前回に引き続き、今回もかなりシリアスな内容となっています。最近、新シリーズを書こうか検討中です。今のところ、ほのぼのとした日常系を考えています。その辺りは、決まり次第追ってお知らせします。
では、どうぞ。
[中トレ 食堂]
「やぁ、ブライアン」
「…フジか。どうした、藪から棒に」
「いや、見かけたから声をかけようと思っただけだよ。特に深い理由はないよ」
翌日、私を見かけたからと声をかけてきたのは、フジだった。……特に理由もないのか。少し気が抜けるな。…まぁ、私同様、知り合いが忙しいから私に声をかけてきた、といったところだろうか。そうでなかったら……知らん。
「…いいや、理由が無い、と言えば若干嘘になるかもね」
「……フジらしくないな」
…結局、何やら理由はあるとの事。少しズッコけそうになるが、それ以上にフジの顔付きがいつもと違っている事が、そうした雰囲気から私を追い出した。…本当にらしくない表情だ。眼の下には軽い隈が出来ていて、雰囲気も段々暗くなっている。他者の前では決してそうした面を見せようとしないフジが、ここまで憔悴しきっているのを見て、割と大変な精神状態だという事を読み解くには、私でも……いや、サクラバクシンオーでも容易く出来そうだな。
今のフジが見るに堪えなかったために何があったのか聞いてみると、予想外の返答が返ってきた。
「……夢を見たのさ。トレーナーさんが凶暴になっていく夢を」
……確かに、今その夢を見るのは、些か縁起が悪いな。きっと、今おみくじでも引いてみようものなら、きっと凶以上は出るだろうな。
…だが、私がそんな事を考えていると、フジが続けてこう言った。
「……それも、妙にリアルでね。最初はたづなさん伝手で聞いた症状だったんだ。それから少し経って、急に様子がおかしくなって。……こう言うのもトレーナーさんに失礼だけど、
ケモノ、か。ヒトの事をよく理解しているフジがそう言うのなら、夢でのアイツは最早人間とはかけ離れた存在みたいになっていた、という事か。
「……私はね、怖いんだ。妙にリアルだった事もあって、アレが正夢になってしまわないかって。今のトレーナーさんの心理状況がどうなのかは細かく分からないけれど、恐らくトレーナーさんも私達の思ってる以上に憔悴しきっていると思うから」
…確かに、アイツは私達以上に…いや、私達の数倍はダメージを負っているだろう。自分のやり方が間違っていたと、世間から言われたようなものだ。アイツを刺した犯人の動機も、私達を引退まで追い込んだ事が起因しているとの事。……今思い返しても甚だ憤りを覚える話だが、世間がそう思っているのも、また事実。私達がどうこう言ったところで、大して聞く耳を持たれないのがオチだろう。アイツに感化されて新聞を読むようになって、そういう達観した考えを持つようになった。…だから私は、今もこうして冷静でいられるんだろうな。……全く、皮肉も良いところだ。
──フジキセキさんとナリタブライアンさん、至急理事長室に来て下さい。繰り返します──
……この時の私達は、この放送が絶望を告げる時間の幕開けになる事を、露も知り得なかった。
[理事長室]
「フジキセキとナリタブライアン、到着しました」
「了解ッ!入ってきてくれ!」
理事長室の扉を3回ノックしたフジの声に返答するのは、理事長だった。…気のせいであって欲しいが、どこか取り繕っているような声の張り具合な気がした。
それはさておき、理事長の言葉を聞き、私達は理事長室に入る。入ってすぐに分かった事は、また秘密裏的な内容の話であろう事。そして……私達にとって、とても悪い話である事。重い空気と理事長とたづなさんの表情が、言葉を介さずともそう訴えているようだった。
ふと、横を見る。…どうやら、フジも少しではあるが感づいているように見えた。互いに話を切り出さずに数刻、このままでは埒があきそうにないと思い、私が啖呵を切る事にした。
「…話とは、何ですか?」
「……陳謝ッ、私もすぐに話そうと思っていたのだ……が、私も未だに夢であれと願ってしまっている」
「………それ程に、酷い内容なんですね?」
「…………肯定」
フジの核心を突く問いかけに返ってきたのは、酷く弱った肯定の意。余程話す内容に強い抵抗があるのか、声を出すのもタジタジになっている。いつもの理事長の勢いは、鎮火されたキャンプファイヤーみたく影を潜めていた。たづなさんが「大丈夫ですよ、理事長。…それに、目の前の二人は私達よりもずっと覚悟しているんですから」等と言い、柔らかく励ます。その励ましに感化されたのか、理事長の調子が少し戻った気がした。
「…陳謝ッ!少し醜態を晒してしまった!本題に移ろう!!」
……そして、告げられる。
「彼の──角田トレーナーの容態が、急変した」
……何となく、そんな方向性の内容なのだろうとは理解していた。…が、それを受け入れきれるとは限らない。現に私は、それを聞いて夢だろう等という縋りつくかのような醜い願望を持っている。いや、持たねば身体が、心が保たない。まだどんな容態かも聞かされていないでコレなのだから、どんな容態かを聞かされれば、私達は正気を保てるだろうか。
……ふと、横を見る。余程現実が受け入れられないのか、フジの身体は震え、今にも腰が抜けて膝から崩れ落ちてしまいそうだ。表情も、どこか正気を失いそうだ。先程までアイツについて話をしていた事も重なって、嫌な予感がフジの中で沸々と浮かんでいるのか否か、私には理解できないのだが。
…正夢。ふと、フジのその言葉が私の脳を過る。この世界、そんなに世の中物語のように
何もかもが重い中、私は意を決して理事長に訊ねる。アイツの容態が、気になって仕方ない。
「……アイツの容態は?」
「……気性が激しくなった、と聞いた。具体的には聞いていないが、病室を一部損傷させた事、その後に鎮圧に成功した事は聞いた」
ソレを聞いて、私は、理不尽という言葉が思い浮かんだ。アイツが、ではなく、世界が、という意味で。
勿論、世界は一個人の為に動く訳ではない。私達のような、世界の中の要素は一個人を動機として行動する事はある。しかし、世界というスケールで見てみれば、
ソレらがどうする事も出来ない事に、私はかつての渇き以上にやるせない気持になる。私は才能や戦績を見るに、かなり恵まれた部類に入っているのだろう。それでも、それでもだ。
……ここまで、己を情けなく思った事は無い。トレーナーの今をどうする事も叶わない、足も心も怯え切っている、今の私が置かされている状況を、これ程恨めしく思う事が、これまでこれからあるだろうか。己の境遇の良さをここまで実感する事も、ソレを悔しく思う事も、この先の生涯には無い事だろう。
…横の気配が、一つ増える。目を向けずとも分かる。たづなさんが、フジを宥めているのだろう。
フジは思うよりも心が強くない。取り繕い用の仮面がアレな分、内側は酷く脆い。フジの一件があってアイツがバッシングを本格的に受けるようになってから、ソレは顕著に現れた。元々、こんな事態に打ち勝てる程の精神力が、私達の歳に備わっている訳が無いのだ。そういうモノは、経験の数で養われていく。対した経験もなくこうなると、耐え切れずに壊れる。脆いままに。
フジの事を気にかけながら、理事長は続ける。…言うのを一度でも止めると、言うと決めた覚悟が揺らいでしまうと思っていそうな表情をしながら。
「…面会は、またしばらく出来ないとの事だ。それと、退院が何時まで伸びるかの検討がつかないそうだ。長くて……半年だそうだ」
…半年。そんな永い期間、私達はアンタを待たないといけないのか。……クソッ。つくづく、世界は平等が過ぎる。
「…その間、私達はどうしたら良い?トレーナーが長期間不在になった以上、無所属扱いになりそうだが」
「杞憂ッ!彼からは、自分に何かあったらリギルに入れるようにと、前々から言われていたからな!東条トレーナーには話を通してある!」
「…ナリタブライアンさんとフジキセキさんには受け入れ難いと思います。…ですが、貴女達の為でもあるんです。彼が無事に戻ってきた時、貴女達としっかり再会できるように、この手段を取った事を、分かって下さい」
「…そこは、問題無い。理屈は分かる。……納得は、したくは無いが」
…心の底では納得出来ていなくとも、納得するしかない。アイツが戻ってきた時に、私達が万全じゃなければ、アイツに何を言われるか分かったもんじゃないからな。
「…じゃあ、フジを連れて出る」
いつの間にか気を失ったフジを背負い、理事長室を出る。…アイツがいないだけで、私含めてここまで変わってしまうものなのか。トレーナーという存在が、ウマ娘にとってどのようなモノなのか、今一度痛感した。……これ以上に無く、嫌という程に。
[とある病院 隔離病室]
「ハぁ………ハァ…」
まタ、暴れタ。鎮圧さレたが。
…動いテイないト、いけない気がシた。そうでナいト、何カに駆らレてしまイそうデ。
……妙に、リアルな夢ヲ見る。周りノ奴ラが、俺を責メる。「トレーナーの恥晒しめ」「トレーナー失格だ」。夥しイ数の罵詈雑言が、ソイツらノ、冷めキった眼が。
「……ッアァァァァ!!」
我慢出来ナイ。我慢シテイタラ、モットオカシクナリソウデ。
……視界が、狭イ気がすル。……イヤ、モウドウデモイイカ。
──アァ……暴レ、ナイト
はい、いかがだったでしょうか。
この世界の病院は、所によっては患者であるウマ娘の鎮圧目的で、鎮圧部隊の配置が許可されています。ウマ娘の力で暴れられたりしたら、ヒトではどうしようもないので。また雲行きが怪しくなりましたね。ここから、どうなっていくのでしょうか。フジキセキが心配ですね。
では、ご精読ありがとうございました。