ウマ娘 ひび割れた祝杯   作:Cross Alcanna

14 / 20
どうも、Cross Alcannaです。

忙しい状態が続いているので、執筆がままならない毎日です。今でこそこの投稿頻度ですが、これからもっと遅くなる可能性も無いわけではありません。そうならないよう、頑張ります。……程々に。

では、どうぞ。



死ニ物狂い

[中トレ グラウンド]

 

「はっ……はっ…………ッ!」

 

走る。奔る。疾る。今日の、たった一回の練習を、無駄にしないよう、模索を延々と続けながら。アイツに啖呵を切ってから、私は本気で病気の緩和に全力を注いだ。医師の指示には全て従い、今まで食べる気も起きなかった野菜も摂るようにし、そして、極力足に負担をかけないような生活を志した。

 

ウマ娘は走らないと、最高の仕上がりと言える程の成長は見込めない。有馬への出馬、ソレの為にはまず、練習が出来る身体にまでならないといけなかった。だから今日まで、そしてこれからも、それを続けるつもりでいる。

 

……あの時、有馬に出ると宣言した事を、私は後悔していなかった。病状の緩和は早いに越した事は無いし、ウマ娘として、走れる可能性があるのなら、ソレ目掛けて進むだろう。例え、私でなくても。…それ以上に、私はアイツが弱気でいる事に、とてつもない苛立ちを覚えた。いつも誰かの夢の後押しをしていて、ソレが叶うと、本人と同様に大喜びをする、アイツ。そんなトレーナーが、弱気だった事が、許せなかった。

 

…この感情が、的外れなのは分かっている。アイツは私達には考えようもない事態に遭った。周りからの罵倒、名のあるウマ娘のトレーナーであるというプレッシャー、そして……。

 

…でも、ダメだった。理屈では、どうしようもなかった。…私は、アイツに、夢を持っていて欲しかったのだろう。他人の夢を手助けするという、アイツの夢。ソレを持ってトレーナーとしてここにいるアイツが、私にはとても輝かしく見えていた。

 

私は、夢を持っていなかった。精々、強い奴と闘いたい、という夢かも分からない漠然としたゴールが、関の山だろう。そんな私は、アイツと出会って変わった。

 

「…くっ!どうした、私ッ!!怪物の走りは……こんなものじゃあないだろう!!」

 

頂点になる。ソレが、私の夢になった。私がアイツに話しかけられた時、アイツは私に模擬レースをするよう言った。当初の私は「勝てるにきまっている」と、舐めかかっていた。……結果は、大差での惨敗。デビューしたてのウマ娘と、シニア期のウマ娘のレースのように、私は成す術もなく負けた。

 

……あの時地面に着いた両膝の感覚を、私は生涯忘れる事は無い。あれ程、自身が惨めに思えた事等、忘れられるものか。

 

そんな自分が嫌になった時、アイツはこう聞いてきた。

 

──どう?夢、見つかりそうかい?

 

そうして、今までに至る。…紆余曲折、あったが。私は、アイツに恩があった。あのまま井の中の蛙大海を知らずな私を、ここまでの実力の持ち主にまで導いた、アイツに。ソレが、今の私の原動力だ。

 

だからこそ、全盛期の走りが出来ない自分に対して、檄を飛ばす。アイツに恩返しするのにこの程度の走りで良いのか、アイツに夢を魅せる走りではないだろう、と。

 

「ッ!はぁ……はぁ…」

 

いつの間にか、私はゴールよりも先にいた。それにようやく気付き、歩を止める。…が、私に現実を突き付ける声が、一つ。

 

「ブライアン、全盛期からかなり落ちている。病気を持ちながら走っているのは、重々承知だが、これでは君は満足出来ていないのではないか?」

 

「……あぁ、勿論だ。だが、事を急くつもりもない。自分のペースで、着実に強くなる」

 

「……そう。…タイム、前回よりも縮んでいたわよ」

 

その一言だけ告げ、東条トレーナーは私に背を向ける。その一言に喜びたい気持ちはある。しかし、私が求めている走りは、コレではない。こんな魅力のない走りでは、アイツがもう一度夢を抱く事は無いだろう。

 

……他の奴の走りを見ておこう。数日に一度しか走れない以上、それ以外で補えるものは補わないと……他の猛者には勝てないだろう。…若干、自分がアグネスタキオンみたくなっていると思ったのは、ここだけの話にしておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[隔離病室]

 

──ナリタブライアン、有馬記念に出馬予定!?股関節炎を乗り越えるか!?

 

「…………アイツ、本気なのか」

 

看護師の人に頼んだ購買の新聞の見出しを見て、そう一言呟いた。あの発言を聞いて、「本気で言っているのか?」とは思ったが、それ以上に「股関節炎の事は考えているのか?」と思っていた。後遺症が残りやすい病気でもあり、罹患者は全力で走る事は大変に難しい。かつては実力を兼ね備えていたウマ娘も、股関節炎を患った後に一度は復帰したが、最終的に戦績もままならずに引退した、なんてケースもチラホラ。

 

フジの屈腱炎同様、完治する治療法は確立されていない。精々、症状を緩和するに留まる。現に、ウマ娘の屈腱炎や股関節炎が完治した例は、今日に至るまで見られていない。現在進行形で議論が為されている程、治療が難航する病気でもあるのだ。それを抱えての有馬と来たら……まぁ、マスコミも世間もこう反応するわな。

 

「……克服するか、競技人生の閉幕か………」

 

ふと、無意識にそんな言葉を口にする。最近、このような弱気な発言が多くなった。自分で自覚出来るまでになったと思うと、相当な重症と感じざるを得ない。色んな人の教えや自身への奮起の言葉、夢があったあの時は、何とか自分を激励して弱気にならないようにしていたというのに。ソレが無くなった自分がここまで弱気な人間になる事に、かつてない程の驚きを覚える。

 

……本当に、情けない。ブライアンは勿論、フジや学園の人達は前を向いて進んでいるというのに、対して自分は、抉られた傷ばかりを見て、前を向く事をしない。前を向く事が、出来ない。…今でも、あの時に刺された場所が、痛む事がある。傷は治ってきているとの担当医の言葉から察するに、精神から来る幻肢痛に似た病状なのだろう。

 

…今の自分は、何を見ているのだろう。何が、見たいのだろうか。もう一度、夢が見たいのか。フジやブライアンがG1優勝する姿が見たいのか。明るい人生が見たいのか。……これだけの具体案を挙げたのにも関わらず、漠然とした答えさえも出ない。

 

……あぁ、そうだ。そういえば。

 

 

 

──外が、見たいな。

 

 

 

永い間、この窓越し以外で外を見ていない。外にも、出ていなかった。視界から色が失せてから、外の事を考えた事は無かった気がする。大分前から、「もう鎖はしなくても大丈夫ですよ?寧ろ、外に出て新鮮な空気を吸わないと、角田さんも身体の調子が良くないと思いますよ」って言われていたような。自分が変わってから、一層強くなった理性が自身を外に晒す事への抵抗感も強くなった。そのせいで、この病室に来てからずっと、外に出ていなかった。

 

…あれ程外に出てた生活を送っていたのにも関わらず、今更になって外に出たいと思うのも、大層可笑しな話ではある。外の世界は、刻々と変化を繰り返す。その点から考えても、身体は刺激が足りないと思いそうではあると思うのだが。……いや、そもそも神経が正常じゃなかったっていう可能性もあっただろうし、視界がモノクロになった事が、外に対して刺激を求める、という考えが排斥されたと考えれば妥当ではある。そんな中で外に出たいと思えるようになった事は、精神が少しでも良くなっていると捉えるべきなのか、まだ精神状態が不安定だから外に出るべきでないという点から、良くないと捉えるべきなのか。

 

……外のナニカを見れば、色が戻るのだろうか。ウマ娘の走りを見れば、前の自分に近づけるのか。そんなもしもの連鎖が、脳内で起こり続ける。そのもしもは、どれも自身を良い方向に傾けてくれないか、という欲に塗れたもの。このように外的要因に縋り、過去に悔いる事ばかりを繰り返す辺り、かつての自分とは別人になってしまった。

 

「……俺は、もう。()()()()()()()()()()()()

 

今の自分は、過去の自分とは違う。それこそ、ヒトが違うと言って差し支えない程には。弱気な口調をしていて芯が強い僕と、強気な口調をしていてボロボロな精神の俺。内に鬼を秘めた小さき者と虎の威を借る狐の如く、自身が創り上げた強者の皮を被った臆病者。どちらが強いかと聞かれて、後者を答えるような者はいないと分かり切っている程、自身は弱く成り果てた。自身が気付いてしまう程、弱い。

 

……でも、それでも。前を向く事くらいは、赦されないのだろうか。もう一度やり直す事は、赦されないのだろうか。……夢を見る事は、赦されないのだろうか。こんな自分になっても、あの時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。普通に生きていたし、これからも普通に生き続けるだろうと思っていたあの時に、俺は衝撃を打たれた。色の無い世界を見るような俺でも、あの時の光景だけは思い出せる。

 

…きっと俺は、心の奥で望んでいるのだろう。あの時のように、また夢を見る事を。俺は詩人では無いのだが、もし可能であるならば、時を戻してやり直したい。……ただ、ここは現実世界。不可能なのだ、時間にソレを乞う事は。

 

「……面会、したいな」

 

…二人も頑張ってるんだ。少しくらい、一歩を踏み出さないと。かつての自分、とまではいかずとも。かつて自分が言ってきた言葉を思い出すんだ。こうなる事は、予想できた筈だ。……()()()()()()()()()()()()()

 

フジやブライアン、たづなさん、理事長……。沢山迷惑をかけたんだ、そろそろ立ち上がらないと。その思いを胸に、俺は病室を後にした。

 

 

 

──一歩、前に進む為に。

 




はい、いかがだったでしょうか。

角田トレーナーに、心境の変化が見られたように思えますね。その要素は、他の箇所にも表れている訳ですが。……他に書く事が見当たらないので、これで終わります。

では、ご精読ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。