今回からは、所謂面会回です。角田トレーナーの過去が、時折チラつくかもしれませんね。夢を失った彼の、夢の始まり。ソレが齎す未来は、果たして明るいモノなのでしょうか?
では、どうぞ。
鎮まる狂気、星との再会
[面会室]
「安堵ッ!症状が落ち着いたようで何よりだ!」
「…私も、安心しました。面会が出来なかったので……元気そうで何よりです」
「……迷惑を、かけました」
二人の前で、軽く頭を下げる。二人は所謂社長ポジションに近しい人間であり、中トレ自体がトレーナー不足の最中にいる。そんな中でのこの事態。自分に近しい人以上に、この二人には沢山迷惑をかけた。……このまま辞める事も、少し申し訳ないと思う。その事については既に話しているのだが、思いの外肯定的だった。……ただ、その時が近くなるまで保留にする、とは言われたが。曰く、気が変わるかもしれないから、との事。
「質問ッ!あの時の答えは、まだ変わっていないのか?」
「……えぇ。トレーナーを続けるつもりは、無いです」
その一言に、二人は表情を曇らせる。トレーナー個人に思い入れがあるのか、トレーナー不足に対する焦燥なのかを読み取るのは、俺には分かるモノではない。……前者で、あって欲しいものだが。
「……そうだ、アイツらは?アイツらは……どうしていますか?」
「頑張っていますよ、とても。ナリタブライアンさんはそうですが、フジキセキさんもブライアンさんに負けず劣らず努力なさってますし。皆さん、しっかりと前を向いています」
…良かった。取り敢えず、俺みたくはなってないって解釈で良いんだな。安心した。話を聞くと、ブライアンの脚は少しずつ回復してきているようで、調子が優れる時には、一日に一度きりではあるが走っているのだとか。……アイツ、ホントに立派になったな。かつてはただ飢えているだけの怪物の蕾だったブライアンが、病気と真摯に向き合って、しかも挑戦者の立場で挑もうとしている。その頃のブライアンを知っている身としては、何だか感慨深い。
……というより、随分と俺は感性豊かなんだな。色を失って、夢までも見失った人間とは、とても思えない。……今まで、ただ俺が塞ぎ込んでいただけ、だったのかもしれない。夢が所半ばで折れて、今まで味わった事の無い底を見て、恐怖したのかもしれない。希望は無いと、諦観したのかもしれない。……いや、したのだろう。実際、あの時は、どうにかなりそうだった。何のせいかまでは分からずじまいではあるが、色んな負の意識があった。恐怖、絶望、諦観……数える事が、馬鹿々々しく感じる程に、渦巻いていたのを、昨日の事のように思い出せる辺り、そういう事なのだろう。
「…最近、暇があれば。俺は、ずっと考えていました」
意識とは裏腹に、自分のものではないように動き出す口。そこから、溢れ出る、誰にも言って来なかった、本音。言わなくても良いじゃないかと思っているのに、当の口は、止まる事を知らない。何故だか、心の中の別の自分から、「少しぐらい、吐き出してしまえ。抱える事を咎めはしないが、限度が過ぎる」とでも言われてる気分になる。
「…心を、閉ざし過ぎたのかなと。自分だけ、ずっと後ろを向き過ぎたのかな、と」
まだ、口が閉じる気配はない。…こんな戯言を、二人は熱心に聴き入ってくれている。戯言と思っているのに、静かに聴き入ってくれている事を、嬉しく思う自分がいた。
「担当が頑張っているのに、自分は足踏みを繰り返して。……日を重ねるうちに、そんな自分で良いのかと、思うようになって。挙句の果てに、そんな自分が、言葉では表せられない程に情けなく感じて」
次の言葉を言い放つのに、本能からの抵抗があるのか、口は中々動かない。先程まで言わなくていいと思っていた自分は、いつの間にか、早く言ってしまえ、と思っていた。
「……でも、怖かった。あれだけの罵詈雑言を浴びて尚、立ち上がってまた夢に関わる事が、これまでの人生の中で、一番に感じる程に怖かった…………」
……一体、俺の身体は誰に主導権を奪われたのか。そう思いたくなる程に、無意識のうちに頬を伝う何筋もの涙。やがてソレは、俺が言葉を発せなくなるくらいまでに増えていく。殺風景な白い部屋に、一人の男の嗚咽が、木霊する。
「……その一歩が、重かった。……海に沈んだ、鉛のように」
その言葉を最後に、俺の口は開く事は無かった。対する二人も、口を開く事は無く、ただじっと。俺を、見つめていた。
「……ライスシャワーか」
「…お兄様、大丈夫?」
開口一番に俺の事を聞く辺り、出来た子だ。…元々、ライスシャワーは他人を優先しがちな性格である。ソレを思い出した今は、彼女の事を心配するばかり。……目が赤くなっている事には、触れないで置いた方が良さそうだ。
「……大丈夫…とは言えないな。自分でも分かる位に、俺は変わっちまった。挙句に残ったのは、滑稽な屍さ」
「……お兄様…」
そう言って、自分を嘲笑う。あれから、笑う事が苦手になったとばかり思っていたのだが、案外笑えるじゃあないか。……自分を嗤う、嘲笑ではあるが。逆に、それ以外の純粋な笑いは出てこない。出てくるのは、己を嗤うソレのみ。…つくづく、自分がどうしようもなく思える。
「…ゴメンなさい。ライス、何も出来なくて……」
…驚いた。何故、お前が謝る必要がある?元々、他人に等しい関係だろうに。コイツが気に病む要素は、何一つとして存在しない。……まさか。
「…自分が不幸を齎した、なんて考えてるんじゃないだろうな」
少し、声を低くして聞いてみる。……少し怯えながら首を縦に振るライスシャワーを見て、予感が的中した事を認知する。…最近になって観客から評価されるようになったとはいえ、その根底から根付いた性格まで治すのには、まだ時間がかかるのだろうか。
「…あのなぁ。そもそも、俺とお前はこの件での関わりは無いに等しいだろう。アレは、愚かな人間の、なるべくして起きた、どうしようもない喜劇だったんだ」
「……ぅ」
他人を慰める為に、また、自分を落とす。この数ヶ月で、ソレだけは上手くなった自身がある程には、ソレばかりをしてきた。まぁ、言ってること自体は、紛れもない事実なんだが。
「あんな大きな夢、持つにはあまりに大き過ぎた、って事だ。今になって、強くそう思うもんd
──違うッ!!
…あまりにも、予想外。その大声を上げたのは、ライスシャワーに他ならなかった。そんなに大きな声を出せるのかとも思ったが…それ以上に、コイツがここまで何かを強く主張する事を、俺は見た事がなかったし、驚きを隠せない。その顔を見る。はたまた驚いた。その表情は、件の菊花賞並みの表情だった。相当の気持ちだと、一目見るだけでも分かった。
「お兄様は、愚かなんかじゃない!!夢を見る権利は、誰にでもあるって!お兄様が教えてくれたんだよ!?」
「……ッ」
その一言に、俺は何も言い返せなかった。確かに俺は、「夢を追うのも、夢を見るのもタダだ」と言った。…言った奴にソレを言われると、余程クる。ライスシャワーの、鬼気迫る表情と口調が、ソレを加速させているようにも感ぜられた。
「お兄様の夢は、確かに叶わなかったかもしれない!なら!」
──また、見つければ良いでしょッ!!
「────」
その一言を言い終えたライスシャワーは、肩で息をする。ゼェハァと、荒い息を漏らす。そんな状況下、俺は動く事が出来なかった。……いや。頭を強く、金槌か何かで叩かれたようだった。いつも通りの思考を取り戻すのに、どれ程の時間を要したのか。
どうにか冷静になった時、俺はある事を思い出していた。
──父さんとの、あの日の記憶。
[十数年前 中山競バ場]
「わぁ…………凄いや!」
「だろ?いつかお前をここに連れて来たいと思ってたんだ」
全てが、初めてだった。競バ場に行ったのも。ウマ娘のレースを見るのも。……夢を見たのも。あの頃の俺は、周りの事を気にする事もなくはしゃいでいた。元々俺は、周りへの関心が薄かった。その結果、両親は俺の事を常に心配し、その予想は的中。学校では孤立し、教師からも腫れ物扱いだった。あくまで疎遠にされてただけであって、イジメ等はされなかった。その辺りは良識があって、助かったものだ。
ソレに見かねた両親は、父さんの提案で、俺をウマ娘のレースに連れていく事を決めた。その当時の父さんはトレーナーで、レース場に着いてから暫く、俺の質問した事に対して、分かり易く説明してくれた。
その説明が終わり、俺達はレースに見入る。その時の俺は、目を輝かせてレースを見ていた、らしい。…小っ恥ずかしいので、俺も思い出したくない場面だが、そうだったような記憶がある。
レースも終わり、俺も周りの人も興奮冷め止まぬ、といった場面だった。不意に、父さんが俺に言った一言がある。
──越也、夢を見ろ。そして、ソレを追いかけろ。今俺達が見たウマ娘達も、何度も夢を見て、追いかけて。そして、漸くあの場に立ったんだ。何処かに辿り着くには、まず夢を見ないと、始まらないんだ。
その言葉が、俺の人生に夢を齎したモノだった。かつて大きな夢を抱えて、誰かの夢の後押しを続けた者の、始まり。原点が、ソコにはあった。
父さんと母さんは、俺に「夢を見ると、見える景色が変わるんだ(のよ)、良くも悪くもな(ね)」と、よく言っていた。今でもその言葉を言った目的を知りたいが、未だに分からない。俺が夢を追いかけている姿を見たかったのか、はたまた俺を案じての言葉だったのか。結論は、今日まで出ずじまい。ただ、あの時の事があったから、俺はこうして生きているのだろう。もしあのままであったら、人生に飽きて、途方に暮れていたかもしれない。
……でも、でもだ。
──父さんと母さんに、合わせる顔が無い、から。
「……お兄様…」
…悲しそうに俺を見つめるライスシャワーに対して、俺は何も言えなかった。
はい、いかがだったでしょうか。
理事長・たづなさん、そしてライスシャワーとの面会の様子が綴られました。…恐らく、勘の良い人はもう誰と面会するのか、粗方見当がつくのではないでしょうか。
──貴方の夢は、誰か。私の夢は──
では、ご精読ありがとうございました。