ウマ娘 ひび割れた祝杯   作:Cross Alcanna

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どうも、Cross Alcannaです。

今回が、一番私が懸命に書いた作品になるかと思います(どれも懸命に書いてはいますが)。何分レースの描写が難しいので、それも相まって時間がかかるものでして。かけた時間以上の作品に仕上げたつもりですので、是非見ていって下さい。

では、どうぞ。



アンタに、夢を魅せる為に

[中トレ 理事長室]

 

「…理事長、たづなさん。只今戻りました」

 

「祝福ッ!よく戻ってきてくれた!…相変わらず、トレーナーは続けないのか?」

 

「…どうでしょう。今日の有馬次第…ですかね」

 

あれから月日が少し経ち、俺は無事に退院するまで症状を回復させる事が出来た。担当医曰く、「精神疾患がここまで早く治るとは……中々無い経験をしましたよ」らしい。…気のせいか、あん時の俺を見る目が少しだけ興味に塗れていた気がする。…アグネスタキオンじゃあないだけ、まだ安心する余地はあるが。

 

「…今日の有馬、角田トレーナーは誰が勝利すると思ってますか?」

 

「……さぁ、分かったものじゃあないですね。レースには絶対はありませんし。…本来なら、ブライアンが勝つと言うのが正解なんでしょうがね」

 

不安そうなたづなさんの問いに対し、俺はブライアンのトレーナーらしからぬ返答しか出来なかった。トレーナーを降りる気でいる事を強く実感するし、客観的な目線で判断している事も、ソレを助長するようにも感じる。…酷く、冷めきったモンだ。少し前までの俺なら、「ブライアンが勝ちますよ。僕が信じないで、どうするんだって話ですからね」とか言ってる…ような気がする。そんな予想が的を射ているような感じがし、口角が緩む。

 

「…ただ、本音を言うなら。勝って欲しいですよ、ブライアンには。花を飾るのに、有馬は最高の舞台ですからね」

 

…勝って欲しいと。そんな本音を、どこか虚ろそうに呟いてしまう。……まだ、夢を見る事に期待しているのだろうか。それとも、思い入れのあるウマ娘であるからなのか。

 

……いいや。そんな択、どちらが正解かなんて分かり切っている。ただ、そんな幻想から目を逸らしたがっているだけ。甘い気持ちに、蓋をしているだけ。本当はどう思っているかなんて、とっくの昔に気付いていた。

 

 

 

──夢を、魅せてくれ。ブライアン──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中山競バ場 控室]

 

「…緊張してるね、ブライアン」

 

「そんな事は無い。……と、いつもなら言うが。今日ばかりは違うみたいだ」

 

もうすぐレースが始まろうとしている中、控室に来たフジと話をしていた。いつもなら「強い奴等と闘いたい」「レースはまだか」等と考えている自分も、今日は緊張が身体を支配していた。今まで、数多くのG1レースを走ってきて、勝利を重ねてきた。しかし、今日のレースは、今までのどのレースとも訳が違う。G1である事以上に、トレーナーの人生を決める、そんな意味合いがあり得るのだ。レースの観客である野次ウマが、私達の走りを見て夢を持つ事はしばしばある。が、今回はそんなレベルの話ではない。トレーナーの……私の、大切なアイツのこれからを決める可能性がある。

 

これがもし、私が大人に近い年頃だったなら。恐らく、今程までには戦々恐々とはしないだろう。ある程度の覚悟は出来る。だが、今の私は学生の身。そしてトレーナーは、親しい上に恩もある間柄だ。私の今日の走りが、アイツの全てを決めるかもしれない。アイツを取り巻く環境を変化させるかもしれない。…そう考えるだけで、今以上に震えが止まらなくなる。そして、心が弱気になっていく。

 

「ブライアン。そんなにガチガチじゃあ、いつも通りの走りは出来ないんじゃないの?」

 

「……分かってる。…だが、考えも、震えも、止まらないんだ」

 

いつもなら何だかんだ誤魔化してやり過ごすが、今日に限ってそんな余裕は何処へやら。誤魔化すどころか、フジに本心を打ち明けていた。……余程、余裕がないのか。

 

 

 

──らしくねぇな、ブライアン。

 

 

 

そんな今までの思考を止めたその一言は、私達がよく聞いたヤツの声だった。…観客席にいるとばかり、思っていた。

 

「いつものお前はどこ行った?シャドーロールの怪物の名が泣くぞ」

 

私の心情なぞ知らん、と言うかのようにそんな言葉を放る。今までのトレーナーからは、想像も出来ない事だった。フジが何か言おうとしているが、それを気にも留めず、トレーナーは続ける。

 

 

 

──俺に夢を魅せるんだろう、他に余計な事考える暇は無い筈だ。

 

 

 

──その言葉を聞いて…私は、肩の力が抜けた。心が、軽くなった。

 

…そうだ、私は色々考えると、レースに支障をきたすんだったな。トレーナーの所で鍛錬を重ねるようになって、最初に言われた事だったと、今ふと思い出す。

 

「名立たる強豪が揃っている。勝つ事は叶わない事だってある。()()、お前が走る目的を考え続けていりゃあ、気付いた時には考える暇も無いだろうよ」

 

ぶっきらぼうに、けれど、どこか優しい声色で。アイツが言った最後の一言。……やはり、トレーナーだ。性格や口調は変われど、絶望に打ちひしがれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…私が、私の走りが、フジや私、アイツの全てを変えるだろう。

 

()()()()()。私は勝つ。アイツに、もう一度。私達のトレーナーに戻ってもらう為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中山競馬場 レース場]

 

「さぁ!待ちに待ったトゥインクルシリーズの大勝負、有馬記念です!名立たる強豪を制し、有馬の冠を戴冠するのは誰か!」

 

実況の声がする。もう、レースが始まる。運命の一戦が、始まる。

 

ふと、周りを見渡す。当然だが、共に走るウマ娘は強豪揃い。ミホノブルボンやメジロマックイーンのレコードを阻止する程の実力者、ライスシャワー。成功すれば誰も背中に届かないとまで言われている、ツインターボ。女傑とまで謳われる好戦者、ヒシアマゾン。様々な激戦で3着に食い込む強者、ナイスネイチャ。

 

……そして、参戦するとの予想もなかった、私のライバル。変幻自在の走りをし、その脚は有限を知らず。

 

 

 

──マヤノトップガン。

 

 

 

この有馬は間違いなく、年末の大勝負と言って差し支えないだろう。きっと、大熱戦になるだろう。その証拠に、見渡すウマ娘全員の眼に、闘志が宿っている。この有馬に、どんな想いを込めているのだろうか。

 

……だが、負けられないのは私も同じだ。…いや、私が一番、負けられない理由を持っている。

 

「ブライアンさん、今日はマヤが勝つからね!」

 

……ふっ、言ってろ。

 

 

 

──今日は、絶対に勝利を譲らん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ出走の準備が開始されます。各ウマ娘がゲートインに移っています。今日の優勝候補は誰でしょうか?」

 

「全員が実力者ですから、誰が優勝してもおかしくありませんね。観客の熱気にウマ娘達の気迫、まるでドリームトロフィーリーグなのではないかと、錯覚してしまいますね」

 

トゥインクルシリーズのレースでありながら、熱気や気迫はドリームリーグのソレだ。俺も何度か観戦に行った事があるが、ソレに迫るモノを感じる。熱気や気迫に押され、少し身を引いてしまいそうな程には。

 

ブライアンに言った通り、この有馬には多くの名バが出走する。その証拠に、あのライスシャワーやヒシアマゾン、ナイスネイチャ。…予想外ではあったが、ブライアンのライバルでもあるマヤノトップガンまでもが出走している。このメンツを見ただけでは、本当にドリームリーグなのではないかと思えてくる。

 

横にはフジがいるが、フジも会場の雰囲気にたじろいでいる。レース開始を、固唾を飲んで待っている。…出走する訳でもないのに額から汗が流れる程、ウマ娘にとってもイレギュラーな雰囲気なのだ。かく言う俺も、かつての性格であれば、この会場の雰囲気に押され、心臓が高鳴っていただろう。

 

「さぁ、全ウマ娘のゲートインが完了しました!ウマ娘も観客も、スタートの合図を待っています!」

 

実況の声だけが響く。何故だか、この静寂が無限の如く感じた。いつもはすぐに開始されると思っていたが、この時間だけ、永く感じる。…皆、同じように思っているのだろうか。

 

そう、考えていた時だった。

 

 

 

──ガコン!!

 

 

 

「さぁ、スタート!各ウマ娘、揃って綺麗なスタートです!!」

 

有馬は、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レース序盤ですが、ツインターボが他ウマ娘を置き去りに!」

 

「ツインターボの大逃げですね。このままスタミナが切れずに行けば良いのですが」

 

疾い、そう思った。いつものように中盤以降に失速しなければ、誰もが追い付けないであろうその走りが、今日はより一層怖く感じる。……いや、考えるな。アイツは失速する。失速しなかったら、()()()()()()()()()()()()、それだけだ。今は、勝てる要素だけを見出せ。

 

「今回のレース展開、気になるのはマヤノトップガンでしょうか?」

 

「普段は前の方に陣取る彼女ですが、今回は後方集団に紛れています。差しの作戦を取っているのでしょうか」

 

…他のヤツらはいつも通りの位置にいる。しかし、不気味なのはマヤノだ。差しの位置にいる。変幻自在なのは事実だが、逃げと先行以外の走りは見ない。……周りに余計な思考をさせる作戦か?正直、ツインターボ以上に不安要素だ。…唯一分かるのは、周りの差しウマよりも早く仕掛けに来るだろう、という事のみ。アイツは元々、先頭でのレース展開が得意だ。だから、後半は先頭に居続ける気だろう。…なら、こっちにも手がある。今はまだ、耐えろ。

 

「さぁ!そろそろ第二コーナーに差し掛かります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二コーナーに入り、先頭は変わっていません!依然ツインターボがリードしています!」

 

……少し、奇妙に見えるレースだ。ブライアンもマヤノトップガンも、正統派な手段で攻める気が無い。マヤノの作戦は概ね分かるが、問題はブライアンだ。マヤノの差しが早く始まれば、いくらブライアンであれど追い付くのに苦労するだろう。ましてや、万全でない脚だ。…もしかして、マヤノはそこを狙ってるのか?あり得るな。

 

文字通り、本気なのだろう。ただ応援するだけの観客には推測しきれない心理戦が、開始した瞬間……いや、レース日以前から始まっていたのだ。つくづく、この世界の泥臭さを知らされる。…まぁ、ソレが印象深く残ったからこそ、ここにいるんだろうが。

 

「……トレーナーさん。ブライアン、勝てるかな」

 

レース展開を見て不安に感じたのか、俺にそう尋ねるフジ。…お前が信じてやらんでどうする、とは言わないでおく。俺が言えるのは、ただ一言だけ。

 

 

 

──俺らに出来る事は、見届ける事だ。

 

 

 

そう言った瞬間、誰もが予想しなかった展開が起こる。

 

 

 

 

 

──おっと!?第二コーナーも通過したところで、ナリタブライアンが上がって来た!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここだ。第二コーナーを通過した瞬間、そう思った。こんな場面では、誰も追い上げる奴はいない。…だが、今回は()()()()()()()。恐らく、周りは少なからず私に対して油断している。だから、こう思うだろう。「今まで程の上がりはしないだろう」「マヤノトップガンの作戦の方に集中しないと」と。このレースが少し経過した事で、私の優先順位が下がった。だからこそ出来る作戦だ。

 

…だが、これは賭けだ。その場で判断した事である以上、失敗に終わる事もあるだろうし、スタミナが切れる可能性だって、ゼロじゃない。()()、そんな要素はどうだっていい。私は、舐められている事に、苛立ちを覚えた。何故お前らだけで盛り上がっているのか、私の走りを、軽くあしらうなと、心が叫んでいる。だから、ここなんだ。一番勝てる可能性が高いし、これがレースだ。私の人生の断片が、ただの典型的な展開のレースでたまるものか。

 

──見ろ。これが、レースの在り方だ。

 

 

 

 

 

「…は?」

 

思わず、そんな声が漏れた。アイツ、正気なのか?いつものブライアンは、後半にスパートを掛けて、先頭に食らいつくというスタイルだ。だが、今俺の眼に……いや、中山の観客全ての眼に映るブライアンの走りは、そんな定石のソレではなかった。その姿は、かの黄金の浮沈艦を彷彿とさせる。…いや、それ以上にスピードを上げている点では、全く別物だろうか。

 

「ブライアン!?そんな走りをしたら……!?」

 

横のフジが、その姿を見て声を荒げる。そりゃそうだ。何せ、あの走りは体調が万全なウマ娘ですら行う事を躊躇う戦法だ。下手をすれば、故障を起こしかねない程に危険極まりないのは、この世界に身を置いている者ならばすぐに分かるだろう。

 

…だが、不思議な事に。俺はその走りを止めろ、とは思えなかったし、声に出そうとも思わなかった。何故か、色鮮やかに見えた。

 

段々と鮮明になる記憶と世界。あの時に見た、有馬のレース。ブライアンとフジと共に走った記憶。…関わった、他のヤツらとの記憶。…俺が、抱いた夢。

 

ソレらを夢想しているうちに、夢の一時は、終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!最終コーナーを通過しようとしています!先頭はナリタブライアン!!他のウマ娘が必死に食らいつこうとしていますが、その背中に届くのか!?」

 

後ろの状況が気になって仕方ない程、私は今不安に駆られている。レース中に後ろを確認して状況把握を図る奴はたまにいるが、今ソレは出来そうにない。その一瞬を突かれて追い抜かれる事だけは避けたい。それに、そんな事が出来る程、私の心理状態に余裕はない。賭けのような作戦に出た事もあるが、この走りは一瞬の隙を生む事すら許されない闘いだ。気が狂ってでも、そんな真似はしてたまるか。

 

「最終コーナーを抜けて最後の直線!中山の直線は短いぞ!!」

 

気配で分かる。大差に近いリードだ。ここまでの差が生まれれば、私が気でも緩めない限り覆る事はそうそうない。だが、気を緩める事はしない。勝負に気を抜く事は私のレースに対する姿勢に反するし、気を緩ませる事すら許されない空気の中。嫌でも緊張が高まる。

 

中山の直線は短いが、この直線は、無限に続いているようにも感じた。走っても奔っても、ゴールにたどり着くのか?そんな気さえ、起きてしまう。

 

「ナリタブライアン!セーフティーリードです!!ここから追い抜くのは厳しいか!!」

 

今までのどのレースよりも、楽しい。渇き云々と言っていた自分はそこにおらず、ただレースを楽しみ、勝利を望む一人のウマ娘がいるだけだ。

 

……嗚呼、潤った。私が求めていたレースは、コレだったのか。極限に高まる緊張感、負けられないという状況。そして……勝つに相応しい猛者。アイツと求め続けた潤いは、アイツの夢を蘇らせるレースで潤った。

 

 

 

──せめて歩く事を勧めるよ。止まっていたら、強いウマ娘達とは闘えないだろうからさ。

 

 

 

ふと、アイツの言葉を思い出す。アイツが私の担当になった時の言葉。渇きに翻弄されていた私を、その一言が掬い上げてくれた。その言葉通りに歩を進め続けた結果が、こんな結末だとは。…誰が、予想出来たか。

 

……なぁ、トレーナー。私の走りは、アンタの胸に響いたか?アンタの夢を回帰させるに十分だったか?

 

 

──そうであったなら、私は嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──色が、夢が、広がった。

 

 

 

セーフティーリードが云々と、実況が言っていた気がするが、そんな事はすぐさま頭の中を抜けていった。今までの抽象的な油絵のような景色が、かつての色鮮やかな世界になった。同時に、かつてのレースの情景、抱いた夢が、フッと蘇る。あの時香った芝の匂いが、またした気がした。

 

観客の応援すらも、俺の耳には入らず、さながら俺だけの世界に放り出された感覚になる。その景色を見続けようとばかりに、目を閉じる事もしないままに。

 

……嗚呼、思い出した。俺の、誰かを後押ししたいという、抽象的な夢が。そんな夢を夢想した、あの頃の小さな少年の姿が。

 

…もう一度、やり直してみても良いのだろうか。散々批判を浴び、殺したいと思われるトレーナーであった自分が、また夢を見て、誰かの夢を後押ししても、良いのだろうか。

 

 

 

──妹は大丈夫だ!!一着ナリタブライアン!屈腱炎を乗り越え、今!!有馬を制覇しました!!これが!シャドーロールの怪物だ!!

 

 

 

……嗚呼、思ってしまった。()()()()()()()()()()()()()

 




はい、いかがだったでしょうか。

かなりの期間空いてしまった事、お詫びします。私生活が忙しかったのもありますが、何よりレースの描写に苦戦したのが大きいです。あの名実況を参考にしたり、史実のナリタブライアンの有馬を勉強したりと、大変でした(レース展開は史実通りではないですが)。もう少しで最終回な雰囲気ですが、まだ続きます。

では、ご精読ありがとうございました。
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