今回から、第二章に突入します。前話から、果たしてどう物語が動いていくのか、お楽しみにして読んでいただければと思います。アンケートは、近日アップロードする予定です。
では、どうぞ。
虚無たる杯
[とある病院 隔離病室]
「…………」
「…ここに搬送されてから数日経つが、ここまで魂が抜けきった様子の患者は初めてだ」
数日前、この病院にとある患者が運び込まれてきた。その人物が何者かについて、散々ニュースで話題に挙がっていたために、その人が誰かなど、すぐさま分かった。
この病院にはウマ娘科も存在するので、ニュースの前からチラチラと噂話などは耳にしていた。何でも、フジキセキとナリタブライアンという名バを担当していて、重賞制覇をも果たしていたとの事。
この前二人共が、同時でないにしろ、この病院に診察をしに来た。そうして、最近ニュースに挙がるような症状を患っていた……というに至る。……トレーナーまでこの病院に来るとは、何かの皮肉なのだろうか。
…それはともかくとして、ここ数日、彼は目を覚ます時間が少ない。命に別状はないのだが、目を覚ます事が、通常の人間より遥かに減った。……現実逃避の本能が働いているのだろうか。
…それに加え、目を覚ましていても
更に心配なのが、一番始めに目を覚ましてから現在に至るまで、
中トレに連絡を入れてから、あちら側から何度も面会したいとの旨の訴えが来ているのだが、私は断っている。正直言って、面会させた方が良いのではないかとは思う。ただ、
確かに面会させたい気持ちはある。しかし、
「角田さん、調子はどうかな?」
「…………」
相も変わらず、言葉は放たれない。ただ、虚空を見つめるに留まっている。その姿は、まるでセミの抜け殻を見ているようだ。ほぼ微動だにしないのも、そう見せている一つの要因なのだろうか。
返事が無い彼を見て、私は彼のカルテに記入する。……果たして、これで異常無し……とは言えないのは明白だが、何と書き記したものか。こんな症例が無いために、医療経験が豊富だと自負している私でも四苦八苦。
……と、そんな時だった。
「…………分からない」
「……!」
彼が、言葉を発した。が、意図が読めない。一体、何が分からないと言うのか。自身の調子についてなのか、はたまた別の何かについてか。理解する為に、私はここぞとばかりに問う。
「何が分からないんですか?」
「…………何故……ここに立っているのか……」
彼は言葉を放つも、私に目線を向ける事はしない。思考している事がポロッと出たモノなのだろうか。
それは置いておくとして、
……分からない。何となく、担当バの二人が関わっているのは推測出来るが、それ以上の域を脱する事は無い。…犯人の動機が何なのか、そこが分かれば何かが掴めるのかも知れないが、警察でもないので、知る事が出来るのはニュースで、になるだろう。
…でも、今日は彼が言葉を発した。今までよりは良い傾向に進んでる……と思いたいが。これから、ゆっくりでも快調に進んでいけばと思う、今日この頃。
「…………」
今日も、担当医が僕に話しかける。調子はどうか、何があったのか、喋らなくて辛くないか、等々。僕は、ソレに一貫して黙秘を繰り返している。
…誤解を生みかねない表現なので、一応言っておくと、言葉が煩わしかったり、何らかの負の感情を抱いている訳では無い。寧ろ、医師としてやるべき事だから仕方ないだろうし、無言を貫いていても尚話しかけるこの人には、申し訳無さと尊敬の念を抱いている。
……ただ、
きっと、犯罪になるからといった理性のセーブが掛かっているだけで、そう思っている、そうしたい程憎んでいる者は大勢いることだろう。彼女達は、皆に愛されるウマ娘だったし、ファンも多い。だからこそ、こうなった時が怖いのだが。
「…………分からない」
…今までも、そしてこれからも黙り続けようと思っていたのだが、ソレも限界だったのだろう。無意識の中で、そんな一言が零れた。先程まで無音に近かったその空間に、僕の一言がこだまするように感じられる。
「何が分からないんですか?」
「…………何故……ここに立っているのか……」
また、言葉が零れ落ちる。他者が怖くて零さないようにしていたソレらは、器が限界を迎えつつあるために、無意識下で零れていく。
……僕の人生は、一言で纏めれば〖夢〗だ。幾度も夢を見てきたし、夢に折れた人も沢山見てきた。極端に言ってしまえば、僕の今までは夢が土台になっている。
僕がトレーナーであるのも、子供の頃にウマ娘のレースを見て、そこに夢を見出したからだ。…あわよくば、僕が彼女達の夢を叶えてやりたいと。そんな淡い夢を持って。
夢を見るとは何か、それに必要な事は何か、その他諸々、僕の教えられる事を教え尽くす事を目標に、僕はトレーナーとして立っている。それはこれからも、きっと変わる事は無いだろう。
……ただ、今回の二件を省みて、僕の在り方が正しかったのか、最善であったのか等を、どうしても考えてしまう。更に、世間からの目と意見が、ソレを助長する。在り方は自分で決めるモノであって、周りから決められたり自分の意思無しで決めるものでは無いのも、分かっているのに。
「……じゃあ角田さん、今日の問診はこれで終わりますね」
ごゆっくり、と付け足した医師は、静かに扉を閉じて病室を後にした。…我ながら、あの人も大変だろうなと思う。ここ最近毎日だ。最近では介護関連で、魔が差して老人を殺害してしまったという事件もある世の中だ。そんな中でああして面倒くささを顔に出さず、真摯に相手してくれてる事に、感謝せねばならない。そのおかげで、沢山思考を巡られられるのだから。
……そんな貴重な時間でさえ、幻聴や世間の声が邪魔をする。お前が二人の夢を壊した。もっと優秀なトレーナーであれば。そんな声が、まるで僕に直接語りかけるかのように。
……夢が残酷である事は、知っていた。…折れていった人らは、こんな心持ちだったのだろうか。形容し難い虚無感、多方面に向く罪悪感と責任感、そして、自身の未熟さ。今まで出てくる事の無い程激しく、ソレらが沸々とこみ上げる。
……嗚呼、もう…僕が僕でなくなりそうだ。考えても頭がおかしくなりそうで、考えなければ負の感情に駆られる。……何処で、間違えたのだろう。
──そっか。
──夢を見る事が、間違いだったんだ。
はい、いかがだったでしょうか。
少し短い気がしますが、区切りが良かったので、この文量になりました。ここから曇り具合が加速すると思います。果たして彼は、彼の周りは、どうなっていくのか。是非、お楽しみに。
では、ご精読ありがとうございました。