どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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作者から一言。


―――「インフルの予防接種は受けよう!」




聖夜配達で絶対に動揺してはいけない24時!

「―――というわけで皆様、メリー・クリスマス!!」

 

 

「おい。もう年明けているぞ。あけましておめでとうございますって言え」

 

 

バトラーの元気な呼びかけにジト目で睨み返す大樹。幸せな時間を過ごし、ゆっくりと睡眠を取ることができたが、朝起きれば地獄が待っていた。まだ尻に痛み残っているぞ。

 

いつものジャコバスで移動した後、何故かまた夜になっている世界に到着。サンタ服に着替えさせられた俺は、目の前のことより隣が気になった。

 

 

「……どうしたお前ら?」

 

 

「コケー」

 

 

「あまり喋らせるな……喉が痛い」

 

 

「いやホントどうした? この言語崩壊している奴より事情を話せるだろお前」

 

 

「……カラオケだ。文句あるか?」

 

 

「文句より理由が知りたいわ」

 

 

「……もう黙れ」

 

 

「えぇ……」

 

 

慶吾君、今日は様子がおかしいよ! 一段と!

 

そして言語崩壊した———原田君は群を抜いておかしい。

 

 

「おいどうした親友。この一夜で何が起きた? あれか? クリスマスの夜に負けた感じか? 俺は大勝利をおさめたが、お前もしっかりしろ! お前には七罪が居るはずだ! 本編でお前は死んだから意味は無いがな!」

 

 

「コケコッコォーッ!!」

 

 

「医者を呼べ! これだけ煽っても反撃しないってことはマジでヤバイってことだぞ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

クリスマス明け……いや、新年明けのケツロケットはやはり主人公で始まるのだった。

 

とりあえず精神的にやられている原田君の治療をする。荒治療になるが、ニワトリのままでいるよりはマシなはずだ。

 

 

「というわけで拳!!」

 

 

「判定。クリティカル」

 

 

「TRPGやってるわけじゃねぇぞ。しかもクリティカルするな」

 

 

ゴシャッ!!

 

 

原田の顔にえげつない一撃が叩きこまれる。本当にクリティカルに当たったじゃねぇか。

 

そのまま後方に吹き飛ぶ原田。数秒後、ムクッと上半身が起き上がる。

 

 

「我、起床」

 

 

「お前、キショい」

 

 

駄目だ。完全に頭狂ってる。この親友はもう手遅れだ。

 

 

「冗談だ。すまん、ニワトリの神と一緒に部屋に居たせいで……」

 

 

「「!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

まだ頭がおかしいと疑ったが、事情を聞いて納得……納得できるか。何でニワトリの神と一緒に一夜過ごすんだよ。しかもクリスマスに。

 

 

「お疲れ様です。やはりゲームをする前に正気になって貰わないと進行するのに困りますからね」

 

 

「SAN値チェックさせているのお前らだろ?」

 

 

「今日のお前はTRPGネタで推すな?」

 

 

黒幕の宮川君、TRPG好き説。

 

 

「何があった黒幕……ニワトリの口癖より酷いぞ」

 

 

「「それはない」」

 

 

「それではゲームの説明をします。皆様、サンタさんになりましたね?」

 

 

「待て。それについて俺から質問がある」

 

 

バトラーの説明をストップするのは原田。額を抑えながら手を挙げていた。

 

 

「どうぞ」

 

 

「―――何故俺はトナカイだ」

 

 

「それを言うなら俺は血に濡れた黒いサンタ服だぞ」

 

 

「まぁ待て。主人公の俺はこんな真冬なのにブーメランパンツ一丁だ。サンタ要素どこ?」

 

 

「―――すまない。トナカイで良い」

 

 

トナカイの格好をした原田。既に何人か殺害した後のような黒いサンタ服を着ている原田。もはやサンタ関係ねぇよと赤いブーメランパンツを穿き、帽子を被った全裸の変態は大樹だ。主人公の扱い雑過ぎて泣ける。

 

 

「順を追って説明しますと、原田さんの衣装は配りミス。宮川さんの衣装はガルペス=ソォディアの(いき)な計らいです」

 

 

「ミスって……茶色と赤を間違えるのか?」

 

 

「粋な計らいだと? ただ生きてる人間殺して来ただけだろ」

 

 

原田と慶吾は溜め息を吐きながら諦める。残るは俺だけだが……さて。

 

 

「で、俺は? このパンツだぞ。納得する弁明できるだろうな?」

 

 

「はい、嫌がらせです」

 

 

「何で真顔で言えるのお前? こっちは戦争起こしても良い勢いだぞおい」

 

 

キレそう。

 

 

「正確には大樹さんのことが大好きな人たちからの嫌がらせです。もちろん、弁当を作った件の人たちと言えば良いでしょうか?」

 

 

「良い性格してるなアイツら!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

絶対前回のクリスマスの夜、嫁とイチャイチャしたことで根に持っているだろ! モテる男ってこんな仕打ちを受けるのだったか普通! 俺の知ってるモテ男のイメージと全然違うぞ!

 

 

「それでは改めまして……ゲームの説明をさせて頂きます。皆様には今からプレゼントを届けて貰います」

 

 

「サンタ服を着させられたら十分にその説明は納得できただろうな」

 

 

「ああ、トナカイの俺は納得できるが……」

 

 

「俺は悪人に死をプレゼント」

 

 

「裸の俺は女の子を襲いにプレゼントだな」

 

 

「おい。今からでも遅くない。この二人は着替えさせろ。あまりにも酷過ぎる。被害者も加害者も可愛そうなことになるぞ。特に大樹」

 

 

人殺しの狂笑を見せるブラックサンタと真顔で腰を前後に動かす変態サンタに原田はドン引きである。先程まで酷い精神状態だった自分より酷い有り様だ。

 

すると大樹は両手をパンッと叩き、創造した。

 

そうだったと原田は気付く。大樹の持つ神の力はどんな物質を作ることができるチート能力があるのだ。それならば問題となる衣装も———

 

 

「カイロ作ったわ。お前らも欲しいか?」

 

 

「ああ」

 

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!? それで服を創れよお前!? 神の力をもっと有効活用して!? 地味なことに使わないで!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

思わずツッコミを入れてしまう。尻の痛みに原田は表情を歪めるが、大樹と慶吾はニヤリと笑っている。

 

 

(こ、コイツら……新年から堂々と潰し合いを……!)

 

 

この物語の主人公がやってはいけないことを平気でしたことに原田は額から汗を流す。黒幕と手を組むとは何事だ。

 

カイロを配った後、大樹は自分のサンタ服を創造する。バッチリと黄色のサンタ服に着替え、白い(ひげ)まで付けた。

 

 

「……おい。俺の服はどうした?」

 

 

「は? 何でお前まで作らないといけないんだ? 敵同士なのに」

 

 

「き、貴様……!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

違った。黒幕と手を組むどころか利用して裏切っていた。あの主人公、ゲス過ぎないか。

 

 

「えー、話の腰が何度も折られていますが私は怒らないです。新年の大笑いを期待しているので」

 

 

「それ苦しむの俺たちじゃなくて作者」

 

 

「メタ発言も多くなって来ましたので早々に説明します! 今から配る地図に印が付いています。どこからでも構わないので全ての子たちにプレゼントを配ってください。いち早く終えた者が勝利です。順位が高い者にはご褒美として———」

 

 

「朝ご飯は食ったから昼飯かまた?」

 

 

「―――サンタさんに『どんな願いでも叶えてくれる』クリスマスプレゼントです」

 

 

「「「!?」」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

その一言で三人の目の色が変わった。

 

 

「この小説のこれからの展開でR-18にしてくれって願いもか!?」

 

 

「本編に戻った頃には俺が生き返っていることもか!?」

 

 

「既に大樹に勝利して物語がバッドエンドになることもか!?」

 

 

「おっと、どれでも叶ったら大変なことになることばかりですね。はい、無理です。この番外編内で可能な願いをお願いします」

 

 

「「「じゃあお前殺す」」」

 

 

「どうしてそういう事だけ団結力を発揮するのでしょうかね」

 

 

……まぁ願い事が一つ何でも叶うのは良い事だな。もしかしたら———うん?

 

今、何でも叶うって言ったのか? 何でも、ってことは……!?

 

 

「―――このクソゲーから脱出することができるってことか!?」

 

 

「「!?」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻を痛めながら驚愕する三人。ケツロケットとおさらばできるチャンスが到来したのだ。

 

 

「いや、そういう面白くないことはしないでください」

 

 

「お前の言う何でも叶う願いって制限され過ぎてないか?」

 

 

「せめて自分のケツロケットを誰かに肩代わりさせる程度に抑えてください」

 

 

「「「十分だ。お前に肩代わりさせるからな!」」」

 

 

「どうして私にこれだけの殺意が集まるのでしょうか……あなた方に酷い事、あまりしていないですよね?」

 

 

最初にお前が出て来たことが原因だな。あと旅館のゲーム。

 

何かゲームの進行役みたいな位置だったからなお前。黒幕に近いかなと……うん、八つ当たりだなこれ。

 

 

「とりあえず願いはゲームが終わった後で……それでは地図を渡します」

 

 

バトラーに手渡された地図は大きく……大きいというより日本が小さい?

 

 

「これ……世界地図じゃねぇ?」

 

 

「はい。世界地図ですが?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

馬鹿野郎。どんだけ超人国際的なんだよサンタさん。知ってるか? サンタが世界中の子どもたちに配る為にはマッハ1900の速度でも30時間以上かかるんだぜ?

 

青ざめた顔で地図を見ていると、バトラーが笑いながら説明する。

 

 

「まぁ範囲は日本の一県だけですけどね」

 

 

(まぎ)らわしいわ!!」

 

 

「見にくいわ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「その反応を見る為だけに頑張って用意しました!ちなみに裏に拡大図が書かれていますので」

 

 

オーケー。テメェの命、惜しくないようだな。三人の尻の痛み分、お前の命を削るからな。

 

ポキポキと手を鳴らしながらバトラーに近づくが、人差し指を一本立てた。

 

 

「落ち着いてください。パートナーに嫌われますよ?」

 

 

「んだと……またチームか?」

 

 

大樹の質問にニッコリと笑みを浮かべる。スッとバトラーは懐から三本のくじを取り出す。

 

無言で目を合わせる三人。引けということだろうが……やっぱり嫌な予感しかしない。

 

 

「……同時に引くか」

 

 

「そう、だな」

 

 

「いくぞ……!」

 

 

シュッと同時にくじを引く。そこには名前が記載されていた。

 

まず原田の反応が早かった。何故ならパァッと華……花……いや草だろう。だって可愛くないもん。草を咲かせるように笑顔になったwwww。……これじゃ草を生やすだな。

 

 

夜刀神(やとがみ) 十香(とおか)! これは貰ったぜぇ!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻の痛みなど全く気にならないくらいの喜び方である。

 

一方、絶望顔になったのは慶吾。書かれている名前は———ハズレだった。

 

 

片桐(かたぎり) 玉樹(たまき)だとぉ……!」

 

 

「「それは草」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

慶吾の額に血管が浮き出ている。俺と原田は床を叩いて笑いを堪えている。

 

そんな渾沌(こんとん)とする中、大樹の引いたくじは———ヤバイ結果だった。

 

 

「司波……深雪って……おま」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

同時に慶吾と原田が噴き出す。他人の不幸は(みつ)の味。しかし当事者は苦丁茶(くちょうちゃ)を飲んでいるようなモノ。大樹は凄い嫌な顔になっていた。

 

 

「それでは登場していただきましょう。どうぞ!」

 

 

バトラーの背後から走って来たのは三人のサンタ。

 

勢い良く最初に飛び出して来たのは十香。「夜刀神 十香・サンタフォーム!」と声を上げながら変身した。

 

 

「「「!?」」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

赤と白の霊装を身に纏った十香に驚く三人衆。不意を突かれた行動だった。

 

あの物騒な剣【鏖殺公(サンダルフォン)】の柄には金色のベルが月、先端には大きな袋が(くく)りつけられている。

 

 

「え!? 何!? 突然どうした!?」

 

 

原田が慌てて十香に聞くが、うむと頷くだけだった。

 

 

「サンタクロースの話を聞いてから、私もなりたいと思ってな。なんかこう、できた」

 

 

「あやふやだなッ!!」

 

 

曖昧(あいまい)な発言に原田が早速困っている。一番の当たりじゃなかったんですかね?

 

 

「遂にオレっちも登場! 弓月はいないが、負ける気はサラサラ無いぜ!」

 

 

「なら俺の為に、今すぐ退場して貰っていいか?」

 

 

「……もう仲間割れ?」

 

 

「違うな。これは協力だ。俺の足手まといになる奴を切り落とすのだから、な」

 

 

「クソファッキン!?」

 

 

無の表情で慶吾が銃をパンパン撃ち、玉樹は死に物狂いで逃げていた。仲良くなるの早いな。

 

……さて、そろそろ他人事ではなくなってきたぞ大樹君。前をちゃんと見るんだ。

 

 

「……よ、よぉ」

 

 

「なんと分かりやすい愛想笑いでしょうか。頬が引き攣っていますよ」

 

 

失礼な態度を取ったというのに深雪の顔は笑みを見せたままだった。

 

肩から胸元まで開いたサンタ服。膝下まであるスカート。やはり学校の男たちが全員ガン見するレベルで美少女だ。お兄様も男たちの目を潰す仕事が大変そう。

 

だから、あえて堂々と言おう。深雪に向かって、大樹はキリッとした顔で告げる。

 

 

「ウチの嫁のサンタ服の方が何倍も可愛くてエロイタタタタタッ!? 腹の肉をつまむなお前!」

 

 

「今の言葉、お兄様と一緒に聞いても?」

 

 

「すまなかった」

 

 

それお兄様にぶっ殺されるやつ。よく見れば深雪の眉毛がヒクつき、怒っているのが分かる。

 

 

「それでは新年も張り切って———死んでください!」

 

 

「バトラー。絶対に覚えていろよ」

 

 

三人は決意した。新年最初に血を流すのはバトラーにすると。

 

 

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「―――サンタらしい能力?」

 

 

十香の話を聞きながら屋根の上を静かに疾走する。補足として寝ている住人を起こすとペナルティとして1点の減点。地図に記載された高ポイントを狙って行けば、対して痛くないが、大勢の住民が起きれば大惨事である。

 

隣では十香が宙を飛びながら元気に説明していた。

 

 

「うむ! 例えば今の私はトナカイに負けない速度で空を飛ぶことができる!」

 

 

(サンタクロースの大事な要素を自分から削って行くスタイル?)

 

 

「寝ている子どもに見つからないよう、身体を透明化することもできる!」

 

 

「それは普通に凄いな」

 

 

「そして袋は別空間に繋がっており、プレゼントをいくらでも運べるのだ!」

 

 

「プレゼントを全部預けて正解だった! 完全に当たりじゃねぇか今回!」

 

 

原田の表情が明るくなる。声のテンションも上がるが、盛大なフラグ回収をした。

 

 

「プレゼントの箱には霊力が詰まっているので、空から降らせると、街が光に包まれてクリスマスっぽくなる」

 

 

「―――んんッ?」

 

 

「そらに巨大な靴下を相手に被せて拘束する能力! 回転するクリスマスツリーを無尽蔵に打ち出す能力も———!」

 

 

「ただの破壊神じゃねぇか!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

このサンタクロース、秩序と平和の破壊をプレゼントするつもりだったようだ。原田のツッコミに十香はハッとなり、一大事なことに気付く。

 

 

「火力不足か!」

 

 

「今の話の流れでマジで言ってる!? 逆だよね! 絶対に必要ないヤツだよね!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「試しに開けてみるか?」

 

 

「ちょッ!? その箱は———!?」

 

 

無造作に投げられたリボンの付いた箱。原田の手に渡った瞬間、ビカッと視界を埋め尽くす様な美しい光が輝き出した。

 

 

「―――やれやれ、新年最初に血を流すのは俺だったか」

 

 

チュギュドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

こうして、初手で減点5万点以上を受けた原田であった。

 

 

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爆発音に驚く玉樹。慶吾は振り向くことなく跳躍する。

 

 

「……どっちだ?」

 

 

「原田の方だろう」

 

 

神の力は感じ取れなかった。予想するなら十香の仕業だろうと慶吾は納得する。

 

壮絶な光景にサンタ服を引っ張られながら玉樹は溜め息を吐く。

 

 

(くろ)ボーイ。もう少し、マシな運び方はなかったのか?」

 

 

「黙れ」

 

 

慶吾は玉樹の後ろ首当たりの服を掴み、街を走っていた。他のチームに勝つ為にはスピードが命。どの順番でどの家に行くのか、それが大事だった。

 

直線距離での最短ルート。最高速度は玉樹が付いていけないので出していない。

 

このままでは負ける。そんな焦りが顔に少し出ていた。……だって一位になれば地獄から脱出できるのだから焦るに決まっている。

 

 

「……黒ボーイ。まずは左の家からだ」

 

 

「……?」

 

 

「最短ルートで得点を稼ぐなら左の家から行くべきだ」

 

 

一軒の家の屋根に降り立つと、玉樹の方を嘲笑うように慶吾は地図を見せた。

 

 

「最短ルートだぞ? 家々を直線で結んでいる。跳んで行ける俺に道も障害物も関係―――」

 

 

「関係無い上でオレっちは言っている。最短ルートなら、それは違うぞ黒ボーイ」

 

 

「……何が言いたい」

 

 

「黒ボーイの最短ルートは一軒一軒の家を結ぶだけの単純なルートだ。本当の最短ルートを出すなら()()()()()()()()()()()()()()ルートの選び方がある」

 

 

慶吾のルートは単純に近い家から順々に結んでいるだけ。玉樹が新たに赤いペンでルートを書く。

 

 

「このゲームにゴール場所はない。例えスタート地点近くまで戻ることがあっても、時間と無駄な距離を走る必要がないルートなら構わないことだ」

 

 

「ッ!」

 

 

玉樹の書いたルートは明らかに慶吾が書いた黒の線より短い。赤の線はそれだけ最短ルートだということが分かる。

 

 

「実はオレっち、あの【絶対最下位】に一日勉強を叩きこまれてな。酷い一日だったけど、戦い方に関しては考えさせられたよ」

 

 

「……………」

 

 

「ま、暗い話は置いておこう。今はアイツのおかげで、子どもたちに生きる最強の希望が生まれたからな!」

 

 

玉樹は立ち上がると、袋を持ち上げて笑う。

 

黙って聞いていた慶吾も立ち上がり、笑った。

 

 

「その意気なら速度を上げても問題無さそうだな」

 

 

「え゛」

 

 

残念ながら、悪い顔をした笑みだった。

 

 

「さっきの倍だ。死ぬなよ」

 

 

「いや、それとこれは話がぁふッ!!??」

 

 

問答無用で玉樹を担ぎ上げる慶吾。そのまま先程の倍の速度で跳躍した。

 

 

―――玉樹の意識は、何度も飛びかけていた。

 

 

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大樹&深雪ペアは既に最初の家の屋根に付いていた。二階建ての一軒屋は地図に記載されている場所で間違いはない。

 

 

「―――ここが最初の家か」

 

 

(大樹さん、爆発に関してノーリアクションでしたね……)

 

 

「今までの出来事を経験していたら驚かねぇよあんなの」

 

 

「私の心を読むのはやめてください!?」

 

 

仕返しじゃボケェ!! いつも兄妹揃って読まれていたから読み返してやったぞお前の心ぉ!!

 

それはともかく、背負っていた深雪を降ろし、侵入口を探す。やはり煙突は無いようなので二階のベランダから侵入することにする。

 

 

ガチャガチャンッ

 

 

ハリガネ一本で十分。頑丈で複雑な構造をした機械セキュリティ。そんな対策は大樹の前では通じない。手慣れた手つきで窓のロックを解除した。

 

 

「大樹さん……その、あまり手慣れていると」

 

 

「うん、俺も今思った。自分のことなのに、コイツやべぇ奴だって」

 

 

だけど体に染みついた常人離れした技術は二度と離れることはない。何故なら頭が完全に記憶しているから。

 

そんなやべぇ奴と美少女サンタは部屋の中に侵入する。不法侵入じゃないよ。サンタだから合法だよ。

 

耳を()ませば近くから寝息が聞こえる。どうやら運良く目的はすぐに達成できるそうだ。

 

深雪にはここに居るよう指示。その後、暗い部屋の中を進みベッドの横まで腰を下ろす。

 

 

(部屋に入った瞬間、匂いで分かっていたが……女の子かぁ)

 

 

ベッドの上で寝ているのは女の子だった。背を向けるように横になって寝ているので顔は見えないが、女の子なのは分かる。

 

とにかく急いで終わらせて出よう。とんでもない事態が起きる前に。

 

ベッドの横に備え付けられた少し大きな靴下の中に手を入れて紙を取り出す。サンタさんから欲しい物が書いてあるはずだ。

 

 

大樹(だーりん)()()CD(キャラ別最低三パターン)』

 

 

「ッ……ぅッ……!」

 

 

駄目だ。気を抜いた所で突かれたせいで耐え切れない。

 

 

ドッ!

 

 

「んぐぅッ……んんッ」

 

 

「だ、大樹さん……!」

 

 

民家の中ではケツロケット(クリスマスバージョン)のおかげで音はいつもより大きくないが、痛みは倍。重い一撃に叫び声を上げそうになるが、我慢できた。

 

小声で深雪が呼んでいるが、俺は首を横に振って大丈夫だと伝える。

 

 

(だーりんっておま……美九(みく)じゃねぇかよ……!)

 

 

ちょうど寝返りを打つ女の子。その正体は誘宵(いざよい) 美九(みく)だ。

 

幸せそうな顔で、どうやって用意したのだろうか等身大の大樹の抱き枕に(よだれ)を垂らしながら寝ていた。

 

 

「あぁん……ダメですったらぁだーりん……」

 

 

(今すぐ見なかったことにしてこの場を立ち去りたいぞおい)

 

 

はやく帰ろう。とっととプレゼントを置いて―――あッ。

 

 

(俺の添い寝CDとか用意しているわけがねぇだろ……)

 

 

逆に用意してたら怖いだろ。どんだけ自分に自信持ってんだよ。

 

頭が痛くなるような問題に最初からぶち当たって行く。

 

とりあえず窓の近くに待機している深雪のところまで戻る。どうしたか聞かれる前に、美九の紙を渡した。

 

 

「……相変わらず罪な男ですね」

 

 

「やめてくれ。ここだけ他よりポイントが高いのはその紙のせいだな」

 

 

地図を広げながら確認する。確かに周辺の家より美九の場所のポイントが他より高かった。

 

 

「では作りましょう」

 

 

「嫌な上にどうやってだよ。ここで録音するとか、俺の声が聞こえて起きるぞ」

 

 

「そんな時こそ便利な魔法があるんですよ」

 

 

あー、音の遮断(しゃだん)ね。それならベランダで録音しても問題ないな!

 

 

「……いや、前提として録音するのが嫌だからな? ここはスルーして別の場所に―――」

 

 

「では叫ぶしかないようですね。今から大樹さんが逃げるなら私はお兄様への愛を叫ん―――!」

 

 

「やめろやめろやめろ」

 

 

急いで口を抑える。本気で叫ぼうとしたぞこのブラコン!

 

ここで美九が起きたら更に厄介なことになる。それを盾にされると非常に困るわけで……諦めるしかない。

 

 

「はぁ……添い寝を録音するにしても特殊な機械が必要だったけど―――」

 

 

「準備万端ですッ」

 

 

「―――危うくケツロケットしそうになった。頼むからそういう唐突なことはやめて」

 

 

深雪は運営の手先なのではないかと疑ってしまう。頼むから味方であってくれ。

 

一度ベランダに出て深雪に録音機を渡される。マイクが二つ。左耳と右耳で添い寝の仕方がうんたらかんたらっと説明されるが、結局俺は台本通り読めばいいだけの話。

 

 

「あ、再現しやすいように私が隣で———」

 

 

「絶対にいらない。お兄様に殺されるわッ」

 

 

深雪のいらない気配りを断り、一人マイクに向かって台本を読む。ちゃんと魔法を発動していろよ?

 

 

「……というかこの台本って誰が作ったんだよ」

 

 

そんなこと、無視すればいいのに。この時の俺は愚かだった。

 

気になってしまった俺は裏表紙の下に書いてある名前を見てしまう。

 

 

『五河 士道 中学時代の黒歴史』

 

 

「ブハッ」

 

 

ドッ!

 

 

「んぎゅッ……卑怯だろそれッ……!」

 

 

吹くほど笑ってしまった。申し訳ないが、これは耐えれない。

 

尻を抑えながら台本をめくる。今思えば自分で考えてマイクに吹き込んで置けば良かったと。

 

 

『―――この世界は、欺瞞(ぎまん)で満ちている。大人たちは腐敗しきっている。俺たちは、そうなっちゃいけない。示せパワー。(みなぎ)るワンダー。未来に立ち向かう足を止めちゃいけない―――』

 

 

ドッ!

 

 

無理。耐え切れない。

 

そのまま膝から崩れ落ちてしまった。ここまで来ると続きを見ることはできない。

 

頼るのはやめよう。この台本の作者の為にも読むことをやめる。

 

 

「もう自分で考えよ……はぁ」

 

 

そうして俺はマイクに自作の添い寝CDを作ることになってしまった。

 

―――大樹人生史上、とんでもない黒歴史を作っているとも知らずに。

 

 

________________________

 

 

 

初手大量失点した原田は膝を抱えて泣いていた。当たりだと思われていた人物がハズレだったからだ。当たりが爆弾を抱えているとは予想できるわけがない。

 

プレゼントを必死に配るも、現在のポイントはマイナス五万から切れていない。

 

 

「負けた……どう足掻いても負けた……」

 

 

さすがの落ち込みように十香も反省。気まずそうに原田の肩をポンポンと叩く。

 

 

「ま、まだゲームは始まったばかりだ! ここから頑張って逆転……さ、最下位にはならないかもしれない!」

 

 

自信がなかったのか一位にはなれないと思っているようだ。地味に辛い。

 

虚ろな目で原田は地図を取り出す。

 

 

「寒いから焚火でもするかぁ」

 

 

「燃やすのか!?」

 

 

ポケットからライターを取り出すトナカイ。十香が必死に止めようとするが、原田は燃やす気満々。火が触れる触れないかの瀬戸際で争っていると、

 

 

「―――?」

 

 

その時、変なことに気付いた。

 

原田は地図を頭上で広げる。後ろの世界地図が透けるように地図を見た。

 

 

「あッ……」

 

 

「ど、どうしたのだ?」

 

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 

ドッ!

 

 

ケツロケットを受けながら立ち上がる原田。大声でまた民間人が数十人起きてマイナスになるが、どうでもよかった。

 

 

「まだ……まだ逆転の可能性があるぞ!!」

 

 

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「お、お、お、おえぇ……」

 

 

「フンッ、順調だな」

 

 

民家のトイレに酔っ払い親父のようにリバースする玉樹。顔色はとても悪く、慶吾は気分が良かった。

 

現在トップを走る慶吾チーム。ポイントを荒稼ぎ、無茶なプレゼントは全て玉樹に任せていた。

 

 

「行くぞ。コイツのプレゼントは終わった」

 

 

「な、中身はなんだったんだよ」

 

 

「好きな女の子のパンツだそうだ」

 

 

「ホント最低な奴ばっかだな!!」

 

 

ちなみに五回目。サンタさんを何だと思っているんだこいつらは。

 

しかし、もっと最低な奴がサンタなのを寝ている奴らは知らない。

 

 

「同じように、母親のパンツを入れておいた」

 

 

「お前は鬼以上の最低野郎だ!!」

 

 

「フンッ、気付かれなければ良い話だ。ポイントも入っている。問題は指示通り本物のプレゼントを置くか置かないかだろう」

 

 

慶吾の言う通り、これでもポイントが入っていることだ。だからこんな最低なサンタが誕生してしまっている。

 

 

「寝ている奴が気付かなければいい話というわけだ。真面目にプレゼントを配る意味は無い」

 

 

さすが黒いサンタ。やることも汚いと来た。

 

玉樹はやれやれとトイレットペーパーで口を拭いていると、携帯電話を見て驚く。

 

 

「ファッ!?」

 

 

「どうしたファッキン野郎。一応男は腹パンして眠らせているが、他の奴らが起きるだろ」

 

 

「俺が見てない間に何やってんだ黒ボーイ!? というかこれだこれ!」

 

 

玉樹が見せたのは自分たちのチームのポイントだ。先程まで七千あったポイントは———全て消えてゼロになっていた。

 

 

「……………は?」

 

 

「ポイントが全部消えた! 何が起こったか分からないが、消えてしまったんだよ!」

 

 

「……………はぁ?」

 

 

メシッという音が額から聞こえた。完全にキレている顔になる慶吾の尻にドッ!と重く響くケツロケット。

 

―――近くに居た玉樹は悲鳴を上げそうになった。

 

 

________________________

 

 

 

「ポイントがああああああ!!??」

 

 

「無くなってます!?」

 

 

ドッ!

 

 

ケツロケットを受けた大樹は思わず五階建てのマンションの屋上から飛び降り自殺してしまう。六千あったポイントが消えたショックは大きかった。

 

深雪の浮遊魔法で助けて貰うが、深雪も同じくショックを隠し切れない。端末を見ながら額から汗を流す。

 

 

「い、今の間に何が起きたのですか……」

 

 

「……恐らく隠されたゲームシステムだろうな。俺たちのポイントをゼロにするとか……或いは」

 

 

様々な可能性が頭の中を巡るが、どれもピンと来ない。ヒントになる物が一切無いからだ。

 

どっちだ? 慶吾か? 馬鹿な原田か? 情報が少なすぎる……!

 

 

「大樹さん、もしかして地図ではないでしょうか?」

 

 

「なるほど」

 

 

地図を取り出し地面に広げる。変わったところは見当たらないが、何か隠されているに違いない。

 

上下逆さま、鏡の反転、火(あぶ)り、ヌッチャケフンブラパッパの踊り、様々な方法で地図を見るが、分からなかった。

 

 

「うーん、地図じゃないのか? プレゼントを配った家には何も無かったし……」

 

 

「大樹さん、最後の謎の踊りに付いていろいろと……」

 

 

「今は地図の秘密が優先だ。今度教えてやるから」

 

 

「いや、腕の関節が引くくらい気持ち悪いのでやめてください。教えなくていいですからね?」

 

 

裏の世界地図にも暗号は隠されていない。となると……最後は———アレだな。

 

 

「どっちかのチーム殴りに行こうぜ」

 

 

「暴力的な解決方法しかなかったのですか……」

 

 

誤解するな。別に好きで暴力を振るいたいわけじゃない。

 

俺はある結論に至っただけだ。敵をボコって話を聞いた方が早く済むと言う結論にな!

 

刀を舌で舐めながら遠くに居る標的を探知する。誰かの気配を感じ取った瞬間、この刀を超伸ばして斬殺する。いや殺したら聞けねぇわ。半殺し半殺し。

 

 

「魔法にも反応しない地図ですから、もしかして最初から見当違いなだけじゃ……」

 

 

ふと深雪は地図を空にかざした。月明かりが地図に当たり、

 

 

「あッ」

 

 

そして気付くだろう。この地図に隠された秘密に。

 

 

「大樹さん、透かすんです!」

 

 

「えびぇッ!?」

 

 

ドッ!

 

 

慌てて大樹の体を揺らしたせいで、舐めていた刀の刃が大樹の舌を盛大に切った。口からドバドバと致死量の血を流し、ケツロケットも一緒に受けていた。

 

 

「この地図、透かすと裏面の世界地図に描いてある首都とプレゼントを配る民家が重なるんです!」

 

 

「血めっちゃ出てるのにスルー!? でもお手柄だ! あとは言わなくても理解したぜ!」

 

 

自分が配った民家の家は裏面の首都とどこも被ってない。もしこれで次に裏面と重なる首都の場所に行き、ポイントを取り返すことのできるシステムがあれば、この説は正しいということになる。

 

 

「どうりで変だと思ったぜこの世界地図。星印の付いた首都が七個八個しかないからな」

 

 

「その星印がプレゼントを配る民家と全部被りますからね。合っていると思いますよ!」

 

 

「うっしゃ、行くか」

 

 

口からダラダラと血を流したサンタは、また民家の屋根を駆け抜けた。

 

 

________________________

 

 

 

 

一方、大樹が行おうとしていた「敵をボコって聞いた方が早く済むと言う結論」に辿り着いたバーサーカーが居た。

 

 

ギャンッ!!

 

 

「うおッ!?」ドッ!

 

 

「くぅッ!」

 

 

凄まじい衝撃波に原田と十香は力を受け流すようにナイフと剣を振るう。地味に尻が痛いのは無視。

 

後方に吹き飛ばされても敵から目を離さないように体勢はしっかり保たれているが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

すぐに床を踏みしめて銃弾を防ぐ。気を抜けばナイフは弾かれ、体に風穴が開いていただろう。

 

銃弾が飛んで来た方向を睨み付ける原田。そこには重力を無視するようにマンションの壁に立っている慶吾の姿。

 

右手に握り絞めた黒銃から不吉なオーラが漂っている。何より苛立ちが慶吾から放たれていた。

 

 

「お前だな」

 

 

慶吾の一言に原田の体がピタリと止まる。

 

普通にバレていた。原田は思わず口元を一度引き締めて、はぐらかす。

 

 

「どうかな? 大樹だって可能性が———」

 

 

「違うと否定から入らない時点でお前は黒だ」

 

 

「―――あ、うん……」

 

 

せめて最後まで言い訳を聞いて欲しかった。

 

 

「いきなり攻撃を仕掛けて来て、何なのだ貴様!」

 

 

「フンッ、そういう割にはガードと同時に反撃の霊力もぶつけていたな」

 

 

待ってくれと原田は心の中で叫ぶ。自分は最初の攻撃に反応できなかったし、反撃どころか一方的に防御を強いられていた。なのに十香はガードした上に反撃していたの? もしかしてサンタフォーム最強?

 

 

「二対一だぞ。分が悪いと思わないか?」

 

 

原田の言葉に慶吾は下卑た笑みを見せる。

 

 

「雑魚が勢い付いたところで、雑魚が群れた程度で、この俺が尻尾を巻いて逃げるとでも?」

 

 

「だよなぁ……」

 

 

「断じて違う。踏み潰しがいがあるとしか思わないッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

マンションの壁に大きな縦の亀裂(きれつ)が生まれる。目を見開いた時には慶吾の姿は一瞬で消え、原田と十香の目の前まで来ていた。

 

 

「「速いッ!?」」

 

 

「お前らが遅いだけだ」

 

 

ドゴッ! バギンッ!!

 

 

右手に持った銃だけで原田のガードは崩され、邪気を(まと)った左手だけで十香の剣は折られる。

 

銃口が原田の眉間に向けられ、左手の手刀が十香の喉を狙う。

 

 

「ッ!!」

 

 

命の危険が迫ってくれていたおかげか、原田の思考と判断がかつてない回転を見せる。

 

 

パシッ!

 

 

自分の右足を左足で払い体を後ろに逸らす。同時に慶吾の銃弾をギリギリのところで回避した。

 

そのまま体が地面に倒れる前に、十香の足を乱暴に掴み、一緒に転ぶように引っ張った。

 

慶吾の手刀は無事十香に当たることなく、地面に倒れるだけに済む。

 

 

「チッ!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

だが慶吾の攻撃は止まらない。原田と十香の間に右足で踏み込み、黒色の衝撃波を出す。

 

 

「うぐぅッ!!」

 

 

「原田!!」

 

 

十香は霊装に守られたが、回避に徹していた原田が吹き飛ばされる。ゴロゴロと屋根の上を痛々しく転がり落ち、庭の池に落ちた。

 

 

「プハァッ! 寒いだろうがッ!!」

 

 

バシャァッ!!

 

 

すぐに水面から顔を出した原田は冷たい大量の水と一緒にナイフを投げ飛ばす。慶吾はナイフを人差し指と中指で刃を挟んで受け止めるが、

 

 

「―――――!」

 

 

目の前にはナイフの他にプレゼントの箱も投げられていた。

 

 

(水の中に隠していたのか!)

 

 

ドッ!

 

 

夜中の暗さのせいで気付くのに遅れた慶吾。尻も痛くなり、次の瞬間、

 

 

チュギュドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

大量のマイナスポイントを恐れぬ爆発が轟いた。その衝撃は慶吾が思わず腕を(おお)ってしまうほど。

 

 

「【天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)】———」

 

 

「ッ! 舐めるな!!」

 

 

聞こえて来た原田の声に慶吾はすぐに防御の体勢を取る。爆風で視界を奪われている今、原田は攻撃のチャンスだと思っているのだろう。しかし、それは悪手!

 

 

(攻撃を防ぐと同時に原田の位置を定める……あとは取って置きの銃弾を―――)

 

 

だが慶吾の予想は大きく裏切られる。

 

なんと数秒間、一向に攻撃が仕掛けられなかったのだ。まさかと慶吾が思った時には遅い。

 

 

「クソッ!!」ドッ!

 

 

ゴオッ!!

 

 

手で小さくなった爆風を払うと、周囲には誰も居ない。十香もだ。

 

撤退したのだ。攻撃を仕掛けると見せかけ、わざと慶吾に防御を強いらせたのだ。

 

完全に裏目に出てしまったことに尻の痛みを感じながら慶吾は舌打ちする。だが、慶吾の攻撃はこれで終わりではない。

 

 

「おい! 見ていただろ! どっちに行った!」

 

 

『九時方向だ。速かったが、オレっちは見逃さなかったぜ』

 

 

耳に付けた無線機から聞こえて来たのは玉樹の声。マンションの屋上から見張らせていたのだ。万が一、逃げられた時の予防線として。

 

 

「俺はこのまま追いかける。お前も移動して、距離を置いた位置から監視を続けろ」

 

 

『了解だ』

 

 

 

________________________

 

 

 

「えいえいッ」

 

 

ガスガスッ

 

 

「怒った?」

 

 

「ブヂギレ゛だ」ドッ!

 

 

「大樹さん!? 怒ったら駄目ですよ! まだ!」

 

 

大樹と深雪は無事、地図の謎を解いた後、目的の民家に辿り着いたのだが……居た者が最悪だった。

 

 

「えいえいッ」

 

 

ゴスッ

 

 

今度は杖で頬を突かれた。主人公とは思えない鬼の形相で大樹は襲い掛かろうとするが、深雪が魔法で止めているので無理だった。

 

 

「えいえいッ」

 

 

更なる追撃。ニコニコ笑顔で俺の腹を杖で突いているのは———シャーロック・ホームズだった。お前今回出番多過ぎ。単刀直入に言うと死ね。

 

 

「覚えていろ……必ずその面を汚物で汚しに汚した後、トイレの中に何百回も叩きこんでやる……!」

 

 

「ハッハッハッ、では無くしたポイントが倍で返って来るサービスはいらないと?」

 

 

「ギギギギギッ……!」ドッ!

 

 

歯を食い縛った主人公の顔がヤバイ。深雪は必死に大樹を落ち着かせていた。

 

 

「そ、それで私たちがポイントを取り戻すにはどうすれば?」

 

 

「簡単な話さ。皆と同じように私にもプレゼントをくれればいい」

 

 

「ちょっと大樹さん!? 何を投げつけようとしていますか!? 一度止まってください!」

 

 

対戦車擲弾発射器でシャーロックを吹き飛ばそうとしたが、察しの良い深雪に止められた。おのれ。

 

皆と同じようにプレゼントを配れと言われても、シャーロックにあげる物は何一つない。むしろ中指立てるくらいのことしかできない。

 

 

「……負けていいのですか?」

 

 

「あ?」

 

 

「ゲームに負けても良いのかと聞いています大樹さん」

 

 

深雪の質問に言葉を詰まらせる。嫌だ。負けたら大変なことになるもん。

 

だからと言ってコイツにプレゼントを……? 全人類世界を敵に回すより嫌なんだけど。

 

 

「さぁ大樹君。私にプレゼントを」

 

 

「覚えていろ……アリアとの結婚式はお前が絶対に来れない場所で開催してやる……」

 

 

「それは私に効く」

 

 

「子どもには『シャーロック・ホームズってゴミのような人間なんだ』って言い聞かせるからな……」

 

 

「今日一効く」

 

 

「おじいちゃんと呼んで貰えると思うなよ……絶対にクソジジィって呼ぶように教育するからな……」

 

 

「分かった。もうやめるから」

 

 

なんということでしょう。アリアを盾にしたら勝利したぞ。テレレテッテッテ~。

 

意外な勝利方法に右手を掲げる大樹。同時にプレゼントが決まった。

 

 

「ジェームズ・モリアーティ特集。天才名探偵にはできない、孫からの愛され方」

 

 

「ガフッ」

 

 

「大樹さん!?」

 

 

取り出した本を見た瞬間、シャーロックが吐血した。

 

宿敵にはできて天才の自分にはできない現実を突きつけた最高一品。アリアのために頑張るんだな!

 

 

「……推理しよう」

 

 

「あ?」

 

 

シャーロックはプルプルと震えた足で立ち上がり、ビシッと決め顔で告げる。

 

 

「君は最後、どう足掻いても負けるだろう!!」

 

 

「テメェ!!!」ドッ!

 

 

最後の最後に一矢報いるシャーロック・ホームズ。一番最低な推理を残して行きやがった!

 

本をぶん投げるが、向うは端末を投げて来た。思わず受け取るが、シャーロックはその間に逃げ出した。

 

パリンと盛大に窓を割りながら。必死かッ。

 

 

「くッ、逃げられたか」

 

 

「え、ええ……目的の物は入手できましたか?」

 

 

深雪の質問に俺は受け取った端末を見せびらかす。しかし、深雪の顔色が悪くなったことに気付く。

 

 

「お、おい……何だその『完全に負けた』みたいな顔は!」

 

 

急いで端末を見ると、そこには驚きの光景が待っていた。

 

そこには逆転の一手、失ったポイントを取り戻す―――

 

 

『今からポイント五倍デー!』

 

 

―――のではなく、クソッタレなポイント増加システムだった。

 

 

「あんのクソ野郎がああああああああああああああああああああァァァァァ!!!!」

 

 

ドッ!

 

 

最後の最後までしてやられた大樹。静かにケツロケットを受けて膝を着いた。

 

 

________________________

 

 

現在、大樹より先に隠しシステムの恩恵を受けている原田。内容は『ポイントの減点は一番近くに居る他のプレイヤーがポイントが0になるまで肩代わりする』だった。

 

大量の減点は大樹と慶吾で帳消しにした原田。逆転の糸口が見えたかのように思えたが、厄介な状況になっていた。

 

隠しシステム『他プレイヤーから自分のポイントを一切奪われない』『自分の減点を無効』と順調に手に入れていた所、慶吾に見つかったのだ。

 

その後は何とか逃げることができたが、再び見つかった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「くッ……!」

 

 

両腕をクロスさせて慶吾の(かかと)落としを防ぐ原田。鈍い音と衝撃が広がり、アスファルトの道路に大きな亀裂が走る。

 

 

カチッ

 

 

微かに聞こえて来た小さな音に慶吾は反応する。急いで体を回転して防御の体勢を取る。

 

 

ギャンッ!!

 

 

原田は口に咥えていたナイフから赤い光線を出す。構えていた慶吾は銃身を当てて攻撃を逸らす。

 

 

ドゴッ!!

 

 

原田の反撃。一瞬の気を逸らした隙に慶吾の側頭部に回し蹴りを叩きこむ。

 

しかし、慶吾はそれを片手で受け止めている。人間の反応速度を越えた本能による防衛で原田の攻撃を防いでいた。

 

 

「終わりだぁ!!」

 

 

「何ッ?」

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!!

 

 

原田の足から放たれた真紅の光線をゼロ距離から受けてしまう。

 

慶吾が反応できなかったのは当然のことだった。靴の中に仕込んでいた短剣の刃に気付かない限り、知らない限り、あの距離まで詰められれば避けることは不可能だった。

 

 

「なッ!?」

 

 

もし反応ができるとすれば、それは極限の反応速度―――神速のインパルスを持つ者だ。

 

 

「惜しいな」

 

 

赤い光線に包まれた慶吾の上半身は無傷。コンマ一秒にも満たない時間で、慶吾は黒いオーラで防御していた。

 

神の力を感じ取ってから防御の体勢を取る他、防ぐことのできない一撃。背筋が凍るように原田は戦慄する。

 

 

「ッ!!」

 

 

「そして遅いッ!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

慶吾から距離を取ろうとするが、そのまま足を掴まれてしまう。慶吾は原田を乱暴に振り回し、地面に叩き落とした。

 

 

「ゴハッ!!」

 

 

肺の中にあった空気が全て吐き出されて(むせ)る。その一秒の隙に、慶吾は容赦なく追撃を仕掛けようとするが、

 

 

「チッ!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

後方から飛んで来た大剣を銃弾で弾く。プレゼントの袋が括りつけられた十香の剣だった。

 

 

「これ以上、好きにはさせぬ!!」

 

 

「ハッ、かかって来い精霊!!」

 

 

サンタフォームからいつもの霊装に着替えた十香は慶吾に向かって斬りかかる。

 

―――ちなみに、サンタフォームで出した剣は消えていない。そのまま遥か彼方に飛んで行ったままだ。

 

 

チュギュドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「ぎゃあああああああァァァ!!!」

 

 

盛大に巻き上がる爆発は、本来なら無視して戦闘を続行していたのだが、聞こえてはいけない悲鳴が聞こえて来た。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

思わず顔を合わせる慶吾と十香。耳を澄ませると、

 

 

「だ、大樹さん!? 大樹さああああああん!!」

 

 

―――被害者を特定してしまった。

 

なんという確率。なんという奇跡。いや運命。まさか十香の剣がアイツに直撃して爆発するとは思わなかった。

 

確かにプレゼントの袋の中には霊力を詰めた爆弾があった。だが、だが、だが、普通大樹に当たるだろうか。

 

たまたま剣を投げた十香。たまたま大樹の居る方角に弾き飛ばした慶吾。たまたまそこに居た大樹。

 

 

「……そうかそうか……クソ探偵からお前らまで……どいつもこいつも、舐めた真似をしやがって……!」

 

 

ダラダラと汗が流れる十香。一目散に逃げ出した。

 

 

「まッ!? 俺を置いて行くな!?」

 

 

地面から急いで起き上がる原田。慶吾も逃げようとするが、

 

 

「―――よぉ」

 

 

「「ッッッ!!??」」ドッ!

 

 

既に時遅し。光の速度で原田の前に立ち、数本の刀が慶吾の周囲を浮遊していた。

 

ケツロケットを気にしている場合じゃない。怒りの炎で燃え上がった大樹が、血に濡れたサンタさんが笑顔で振り向く。

 

 

「今から本編以上に本気出すからな?」

 

 

―――この番外編で一番やってはいけないことをしようとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

―――大暴走。

 

 

大樹の怒涛の攻撃に対して慶吾も猛攻を繰り返す。原田は全力の逃げの防御。

 

街が次々と破壊されるかと思ったが、善の心は辛うじて残っているのか空中で戦闘を繰り広げている。ただ騒音以上に轟いているため、この街の住人は全員起床。現在時刻、夜中の三時である。クソ迷惑である。

 

 

「あーあ、どうするのあれ」

 

 

「ええ、本当にどうしましょうか……」

 

 

玉樹と深雪が溜め息を吐きながら空を見上げる。凄まじい暴風が吹き荒れ、眩い閃光が何度も街の上を瞬く。

 

二人の隣では十香が反省するように正座していた。事の始まりが彼女だった為、深雪が叱ったのだ。

 

 

「オレっち的にゲームとして成立しないと思うが……」

 

 

「恐らく全チーム0ポイント……いえ、原田さんの所だけは違いますね」

 

 

十香は目を逸らすだけで何も言わなかったが、その態度が違うと物語っている。

 

だから二人の戦いの中で原田が逃げの一手なのはこのまま長引けば勝ちだと確信しているからだろう。

 

 

「まぁ今更、オレっちたちは隠しシステムに一度も触れていないから負けが濃厚だ。そっちは?」

 

 

「私も、ポイントが五倍に増えるだけですので……」

 

 

「それでも隠しシステムに多く触れていた原田チームが有利になるってわけか」

 

 

大樹が真面目にポイントを稼ぎ始めても、同じように原田もポイントを稼ぐだろう。追いつける可能性は低い。

 

 

「「……………あれ?」」

 

 

二人は気付いただろう。

 

実は逆転の可能性があるということに。簡単な事だった。

 

 

「もしかして、オレっちたち、利害が一致してる?」

 

 

「ええ、お互いに力を合わせたらどちらか一位になれますね……」

 

 

数秒の間、玉樹と深雪は目を合わせた後、

 

 

ガシッ!!

 

 

「組もう!!」

「組みましょう!!」

 

 

玉樹は急いで慶吾と連絡を取り、深雪は大声で呼んだ。

 

 

「黒ボーイ! まだ勝てる可能性がある!」

 

 

「大樹さん! ここから勝利できる方法を見つけました!」

 

 

二人は一緒に同じ言葉を叫ぶ。

 

 

「原田の野郎を大樹と一緒に倒せ!!」

 

 

「原田さんを宮川さんと一緒に倒してください!!」

 

 

「な、何ぃ!?」ドッ!

 

 

この言葉に原田は酷く驚く。まさかのコンビ結成に予想できなかったのだろう。

 

原田を戦闘不能にすれば、不利だった二つのチームが一位争いをするだけになる。

 

玉樹たちは隠しシステムを探しに行ける上に、深雪はポイントを稼げに行ける。

 

この二つのチームが手を組むことは原田に取って、一番やってほしくないことだった。だったのだが!!

 

 

「「死んでも組むかぁ!!!」」

 

 

「「えぇ……!」」

 

 

残念。無念。年中、仲の悪い二人には無理だった。

 

逆転の一手を自分から蹴り出した二人。原田がグッとガッツポーズする。

 

玉樹はガックシと肩を落とすが、深雪は違った。

 

 

「そうですか……大樹さんにはガッカリです」

 

 

なんということでしょう。美少女の額に合ってはならない物が———青筋を浮かべていた。

 

 

「原田さんの願いが『大樹さんの好きな人の唇』だったとしても、組まないのですね!」

 

 

「あ?」

 

 

「ファッ!? 誰がそんな命を投げ捨てるような願いを―――!」ドッ!

 

 

「名探偵の言う通り、大樹さんは負けるのですね! ゲームにも、お嫁さんにも! 無様ですね!!」

 

 

深雪の煽りに大樹の額にも青筋が浮かぶ。

 

 

「そんな大樹さんに朗報です! 私がお兄様と一緒に養ってあげますよ、ペットのジョンとして!!」

 

 

「ああ!?」ドッ!

 

 

「残念ですが結婚は無理です! 今の大樹さんは、生理的に無理ですから!!」

 

 

「俺だってお断りだこの野郎! 好き放題言いやがって……!」

 

 

「これで原田さんが大樹さんのお嫁さんを貰うのでボッチ確定しましたよ! 一生独身ですね!」

 

 

「いやだから俺はそんなことしないって!? 何でさっきから俺巻き込まれてんの!」

 

 

「ハッハッハッ、独身? 深雪、落ち着いて考えて見ろ。独身なのは意外とお前のような美少女だぞ?」

 

 

「こっちも凄い喧嘩の売り方して来たな!」

 

 

「私にはお兄様が居るので。大樹さんは誰もいないと思いますが」

 

 

「馬鹿め! これまでの本編を見てまだ言うか!」

 

 

「だって願いは何でも叶うんですよ?」

 

 

その時、大樹の体が凍るように止まった。

 

 

「番外編内だけでも、原田さんがお嫁さんに囲まれることって可能だと思いますよ」

 

 

「いや、だから、美琴たちは俺の……」

 

 

「大樹さんのことが好きでも、原田さんに奪われるんですよね。願いってそんな物じゃないですか」

 

 

「………………あ、吐きそう」

 

 

「ストレスマッハで溜まったのかお前!?」ドッ!

 

 

事の大変さを理解した大樹。今にも吐き出しそうなくらい辛い表情だ。

 

深雪はそれでも追撃をやめない。

 

 

「土下座をしても、助けないですからね。私にはお兄様が居るので」

 

 

「……い、いいぜ。別に一人で今からこの二人をぶっ飛ばせば———」

 

 

「ポイントが追いつければいいですね。では私は傍観に徹するので」

 

 

「……………」

 

 

深雪は大樹に背を向けた。大樹が無言で慶吾たちの顔を見るが「いや俺たちに意見求めるなよ」と顔をされる。

 

大樹は刀を握り絞めるが、自信がない。

 

この二人に勝つことじゃない。ゲームに勝つことだ。

 

 

「な、なぁ……原田」

 

 

「願わないぞ!? 心配するなよ!」

 

 

「だ、だよな……そう、だよな!」

 

 

「お、おう……」

 

 

「……………本当?」

 

 

「お前に殺されたくないから! 本当だから! な!?」

 

 

「……ギャグで死なないからって本当に願わない?」

 

 

「コイツ超面倒くさいな!!!」ドッ!

 

 

不安で仕方のない主人公。親友であるはずの男を疑っていた。あまりのうざさに尻が痛い。

 

 

「……なるほどな」

 

 

その時、この状況を面白がる男が居た。

 

 

「原田は黒だな」

 

 

「おまッ!?」ドッ!

 

 

「楢原 大樹。このゲームは潰し合いだぞ。口約束程度、俺たちは平気で破るだろ?」

 

 

「は、原田……お前……!」

 

 

「おい主人公!? 仲間を信じろよ!?」

 

 

「そうだな……じゃあ指を詰める程度くらい、親友ならできるよな?」

 

 

「大樹はヤクザか何かかよ!!」

 

 

「原田……詰めてくれるよな?」

 

 

「詰めるか!? どんだけ信用ねぇんだよ!?」ドッ!

 

 

拒絶された大樹は一気に青ざめる。本当に奪われると思いこんだのだろう。あと先ほどから尻が痛い。

 

 

「原田の最低ハーレム野郎がぁ!!」

 

 

「それお前が一番言っちゃいけないブーメラン!!!」

 

 

「見損なったぞお前! 七罪だけ、一人だけ愛せよお前!!」

 

 

「だからお前が言っちゃいけないや――――――つ!!」

 

 

原田が凄い心外そうな顔でツッコミを入れているが、大樹は焦り出した。

 

 

「どどどどど、どうしよう!? 原田に嫁が奪われる……アリアが、ティナが……!」

 

 

「うぉい!? 僅かに見えるロリコン線を消せテメェ!!」

 

 

「―――大樹さん」

 

 

その時、心優しい声が聞こえて来た。

 

 

「今なら、助けてあげますよ?」

 

 

「とんでもない茶番を見ている気がするぞ俺」

 

 

声をかけたのは深雪だった。原田が何かを言っているが、無視する。

 

 

「私に、お兄様と結ばれる願いをくれるなら、お手伝いしますよ」

 

 

「完全計画的犯行じゃねぇか!! 全ての流れが茶番だったのか! 大樹、騙されるな!」

 

 

「うるせぇ! 浮気野郎の言うことなんざ信じられるか!」

 

 

「んんんんブーメランッッッ!!」

 

 

頭を抱えて体をクネクネする気持ち悪い浮気の親友。大樹は急いで深雪の下に行き、コンビを再結成。

 

 

「逆転しましょう! 大樹さんの大好きな人を守る為に!」

 

 

「ああ!」

 

 

完全に騙されていると、誰に言われても今の大樹は信じないだろう。

 

今は、自分の身を心配するのが先だ。

 

 

「のあ!?」ドッ!

 

 

不意打ち。慶吾の攻撃に原田は驚きながらかわす。尻を痛めながら睨み付ける。

 

 

「これで良い……下手にお前が願いを叶えるより、ロクでもない願いを叶える方がずっとマシだからな」

 

 

「ま、まさか……」

 

 

「お前がケツロケットから逃げるより、あの女の願いを叶えた方が何倍も素晴らしいと思わないか? 共に地獄へ落ちて行こうか?」

 

 

(と、とんでもない形で利害を一致させやがったコイツらああああああ!!)ドッ!

 

 

それは慶吾と大樹が実質組んでいるようなものだった。二人は自分の願い事を捨てたのだ。

 

原田に叶えさせるくらいなら、深雪の願いの方が良いと大樹と慶吾は思ったからこそ手を組んだ。

 

 

「だ、だが残念! 俺は既に最強のシステムを手に入れている!」

 

 

「何?」

 

 

「『他プレイヤーの入手したポイントの二割が俺に入る』だ」

 

 

「なんッ……だと……!」ドッ!

 

 

ハッと尻を痛めながら気付く慶吾。視線の先は正座している十香。

 

彼女は一歩も動いていない。ではこの状況で自由に動ける者は———!

 

 

「あのクソ蛇(ヨルムンガンド)か!!」

 

 

「お前らと喧嘩している間も、俺は勝つ為の布石を置いていたのさ!」

 

 

「そんなに俺の嫁を奪いたいのか外道!!」

 

 

「お前はもう黙れッ!!」

 

 

そろそろガチでキレ始める原田。大樹のしつこさにイライラしていた。

 

 

「こんなクソゲーム、もう付き合えるわけねぇだろ! それと願いも決めたぞ! お前らに俺と同じニワトリの呪いをかけてやる!」

 

 

「「それだけはやめろぉ!!」」ドッ!

 

 

物凄い気迫で首を横に振る大樹と慶吾。尻を抑えながら泣きそうになっている。

 

深雪も原田の手に入れた隠しシステムの内容に唇を強く噛む。どれだけポイントを手に入れても二割のポイントが原田に加算される。しかもヨルムンガンドという駒も増えている。

 

勝負は目に見えてしまったか、敗北が濃厚になった。大きなポイントはこの周辺にない。どれだけ大樹が頑張ってポイントを集めても、恐らく原田のポイントには追いつけない。

 

ポイントも奪えない。原田の減点はほぼ不可能。既に勝利の一手を―――王手を打たれていた。

 

 

「―――まだだ!!」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

それでも逆転の一手を打とうとする男が居る。

 

残り時間、わずか十分。

 

どんな逆境からでも、盤面をひっくり返すような規格外な男が、まだ諦めていない。

 

 

「世界地図だ……ああそうだ、深雪!! 全力で移動と加速魔法を!!」

 

 

「ッ! はいッ!!」

 

 

「な、何をする気だ!」

 

 

こうなった大樹は最強の壁をまた一つ越えることを知っている。原田は急いで止めようとするが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ハッ、あんな男は放って置いて、こっちで戦おうじゃないか」

 

 

「て、テメェ……!?」

 

 

そこに慶吾が立ち塞がる。原田の短剣と慶吾の銃が激しくぶつかり合った。

 

 

フォンッ!!

 

 

上空に移動魔法と加速魔法が同時に展開する。大樹は地面に巨大な亀裂を作る程の超跳躍を見せる。

 

 

「【神格化・全知全能】!!」

 

 

神の力を振るのは大樹自身。そして———深雪の魔法だ。

 

魔法陣が神々しく輝き、大樹の体に触れた瞬間、姿を消した。

 

 

………ォォォオオオゴオオオオオォォォ!!!

 

 

衝撃と暴風が遅れて一帯に襲い掛かる。深雪はスカートを必死に抑えながら、玉樹のサングラスが飛んで行く。

 

慶吾と原田は口を大きく開けながら、何が起きたのか考えていた。

 

 

「ど、どこに行ったんだアイツ……!?」

 

 

―――全員が呆然と立ち尽くすまま、ゲームはそのまま終了した。

 

 

________________________

 

 

 

 

「えーっと、結果発表です」

 

 

「「「「「えええええェェェ!!??」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

結局、大樹は帰って来なかった。そのままバトラーが額から汗を流したまま、状況を説明する。

 

 

「簡単に説明しますと、馬鹿な人はアメリカのニューヨークで発見されました」

 

 

「「「「「ええええええェェェ!!」」」」」

 

 

「クレイジー!! どうしてそんな場所に居る!?」

 

 

「どうやら世界地図に書かれた首都とまで行ってポイントを稼ごうとしましたが……」

 

 

「なッ!? 世界地図の首都もポイントの対象だったのか!!」

 

 

完全に盲点だったと原田は驚愕する。対して深雪は嬉しそうに尋ねる。

 

 

「で、では大樹さんのポイントは……!」

 

 

「変わりません」

 

 

「……………え?」

 

 

「いや、私言いましたよね? 範囲のこと。『まぁ範囲は日本の一県だけですけどね』と」

 

 

―――全員がズッコケた。

 

慶吾は床をバンバン叩いて爆笑している。アレだけカッコつけて置いてこのザマなのだから。

 

深雪は無言で顔を手で隠した。同じチームとして恥ずかしい。

 

 

「迎えはジャコとリィラが行っているので気にせず進行します。それでは結果発表です。とりあえず宮川 慶吾チームは……0ポイントで最下位です」

 

 

「フンッ、ハゲのせいでな」

 

 

「言ってろ。お前はそんな坊主(ハゲ)に負けてんだからな?」

 

 

「チッ」

 

 

慶吾が悪口を言うが、原田は余裕のニヤけ顔で返す。

 

 

「では一位……願い事を叶えて貰えるのは———5万ポイントを手に入れたチーム」

 

 

「……ん?」

 

 

その時、原田から大量の汗が流れた。

 

―――確か、4万程度しかポイントを手に入れていなかったような気がすると。

 

 

 

 

 

「大樹チームです!!!!」

 

「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!????」

 

 

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

目玉が飛び出す様な驚きぶりを見せる原田。後方に十メートルくらい吹っ飛んだ。

 

何が起きたのか分からない一同。頭の上にハテナマークが浮かぶばかりだ。

 

 

「それでは勝利を収めた大樹さんにインタビューをして貰いましょう」

 

 

「―――やっぱりぃ、勝利を掴むのは主人公の俺なんっすよ。どれだけサブ主人公や黒幕が頑張っても、無理な領域があるんですよぉ」

 

 

そこには世界一ムカつく顔でインタビューを受けている男の姿が。ボロボロのサンタ服を着た大樹だった。

 

すぐに姿を見せた大樹に原田が掴みかかる。

 

 

「どんな不正をした貴様ぁ!!」

 

 

「不正? ノーノ―ノー、じ・つ・りょ・く」

 

 

「殺すぞぉ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

本気で殺されそうなので大樹は説明する。

 

 

「確かに俺は間違えた。アレだけドヤ顔で世界に旅だったのに、全く違ったからな」

 

 

「そうだ! お前は恥ずかしい間違いをしたはずだ! なのに……!」

 

 

「ポイントが逆転されている? いいや、違うな。バトラー、原田のポイントはいくつだ?」

 

 

「―――ちょうど1万ポイントですね」

 

 

「なッ!?」

 

 

4万あったポイントが減っていた。自分のポイントは隠しシステムのおかげで減るはずはないのに……!

 

 

「な、何をした……どんな手を使った!!」

 

 

「簡単なことだった。お前の完璧に守られてるポイントをどうにか減らす方法を考えたら、辿り着いたのさ!」

 

 

大樹は告げる。圧倒的な強者の考え方を!!

 

 

 

 

 

「―――過去に飛んで、お前の配ったプレゼントを全部グチャグチャにすれば良い事にな!!」

 

 

「不正だろこれぇええええええええ!!!???」

 

 

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

とんでもない非道が行われいた。サンタあるまじき行為に周りはドン引きである。

 

 

「お前は()()()()()()()。だがプレゼントを配ってポイントがあった事実を消せば、ポイントが無くなるのは道理」

 

 

「最低なゲームの穴の付き方をしたなお前!!」

 

 

「ついでに新しく俺がプレゼントを置けば原田の無くなったポイントが手に入る」

 

 

「ありなの!? これありなの!? めちゃくちゃ最低なんだけどこのサンタ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

だから二割のポイントである1万ポイントが原田に入ったのだ。

 

バトラーは大樹の説明に首を横に振っていた。

 

 

「ええ、とても非道的で駄目だと思います私も」

 

 

「だろ!?」

 

 

「まぁ私は全然気にしないのでOKしました」

 

 

「まず運営が敵なのズルくない!?」

 

 

大樹に味方していた。これは酷いと慶吾と玉樹も頭を痛めている。

 

原田は唯一の仲間である十香に助けを求める。

 

 

「十香! お前も非道的だと思わないか!?」

 

 

「わ、私は街を壊したから……その……」

 

 

「そうだった! ごめんな! こっちも酷いことしたわちくしょう!」

 

 

大樹はとてもズルい作戦だ。だがこっちは物理的に酷い被害を出してしまっている。もう霊力をプレゼントに詰めないで欲しい。

 

 

「というわけで願い事を早速お願いします」

 

 

「約束はちゃんと守るぞ深雪……ぶっちゃけ俺も酷い事したと思っているから」

 

 

「反省するくらいなら最初からしないでくださいよ……私もこんな形で願いを叶えるとなると———」

 

 

罪悪感半端ないだろうな。大樹がすまんと謝ろうとすると、

 

 

「―――罪滅ぼしの機械が与えられて嬉しいです」

 

 

「へ?」

 

 

「私の願いはただ一つ」

 

 

俺たちは後悔することになるだろう。

 

この茶番は、ゲームが始まる前から続いていたということを。

 

 

「三人のケツロケットの数を五倍にします!!!」

 

 

「「「な、な、な、何ぃ!!??」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「ひぎぃ!?」

 

 

「ぎゃあ!?」

 

 

「ぐあぁ!?」

 

 

今までの威力の五倍のケツロケットが三人を襲う。あまりの痛さに前に三メートルくらい吹き飛んだ。

 

 

「ど、どういうことだ深雪! お兄様は捨てたのか!?」

 

 

「違いますよ。最初から、私たちの願いはこれなのです」

 

 

「わたし、たち?」

 

 

まさかと思いながら大樹は玉樹と十香を見る。

 

 

「へへッ、悪く思うなよボーイたち。オレっちもそうするつもりだったからな」

 

 

「う、うむ! そうだな! そうだったな!」

 

 

若干一名忘れていたっぽいな。最初からチームなのはこうして裏切る為か!

 

 

「ば、バトラー! テメェ!」

 

 

「はい! 私が全て仕組みました! 本来なら大樹さんは七草さんと組む予定がありましたが、変更しました!!」

 

 

「お前はマジで憎しみで殺てやる!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 

洒落にならない威力のケツロケットが大樹を襲う。絶叫するほど痛い。

 

動揺しないように必死に耐える原田と慶吾。あまりにも恐ろし過ぎる。

 

 

「それでは次のゲームの舞台に行きますよ。彼らは感染者なので気を付けてくださいね」

 

 

その時、酷い目眩が慶吾と原田を襲う。そのまま意識を刈り取られてしまった。

 

バタバタとガスマスクを付けた不審な部隊が部屋の中に突撃して来た。大樹は構えるが、二人は動かない。

 

 

「お、おい? どうした二人とも?」

 

 

「あ、これ大樹さんに感染した病原菌が死んでいますね。これだから規格外は……」

 

 

「「「「「マジかよ……」」」」」

 

 

「何でガスマスク付けた怪しい奴らにドン引きされてんの俺!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「ホント痛いからぁ!!」

 

 

「隙あり!」

 

 

ガシャンッと手錠をされた大樹。次の瞬間、首筋に何かを刺された。

 

 

パキッ

 

 

「バトラーさん! 注射の針が通りません! ゾウですかこいつ!」

 

 

「ええい! なら目から打ちなさい!」

 

 

「やめろぉ!! 素直に打たれてやるから目はやめろぉ!」

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 237回

原田 亮良 231回

宮川 慶吾 176回


大樹&原田&慶吾「Zzzzz……」

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