どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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―――ホント待たせてしまったすいませんでした。昨日めちゃくちゃ反省しました。

めちゃくちゃ書き直してめちゃくちゃ自分が納得するラストをめちゃくちゃ書けたので許してください。

本当にめちゃくちゃにどちゃくそにぐちゃぐちゃになるくらいめっちゃ反省しています。はい……


全世界の未来を賭けた決闘

―――カチンッ

 

 

「……ふぅ」

 

 

小さく息を吐きながら刀を鞘に納めて再び走り出す。

 

大樹の背後には何十万と越える数の悪魔が地に落ちていた。広い場所に出た瞬間、待ち伏せしていた悪魔たちに奇襲を受けてしまうが、無傷で戦闘終了。失った物は時間くらいだ。

 

あまりの強さに泣き叫んだのは悪魔の大軍だった。彼が一太刀振るうだけで大勢の悪魔が地に伏せてしまえば嫌でも叫んでしまう。勝てるわけがない相手となんて戦いたくないはずだ。

 

 

「……随分と高いな」

 

 

また広い場所に出た。上を見上げれば先が視認できないくらい階段が続き、途中に大きな島々が浮かんでいた。

 

本当にラスボスのダンジョンみたいな場所だと笑ってしまいそうになる。

 

ダンッ!!と跳躍すると同時に【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を展開して飛翔した。

 

階段を一段一段踏みしめている時間はない。無視して上へと向かった。

 

 

ドクンッ……!

 

 

「ッ……この感じ」

 

 

絶対に忘れることはない。一度前にして、俺は敗北したのだから。

 

―――邪神の力だ。

 

美しかった天界の地は黒く染まり、辺りに黒い煙が漂っていた。

 

この先に、天界の最奥に奴は居るのだ。

 

 

「あれだけボコボコにされたってのに……何でだろうな」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

音速の突進で不意打ちを仕掛けて来ようとしていた悪魔を膝蹴りで撃退する。大樹の顔には余裕があった。

 

 

「全然負ける気がしねぇわ……っていつものことか」

 

 

膝蹴りで黙らせた悪魔をさらに蹴り飛ばし、そのまま隠れた悪魔を後ろに吹き飛ばす。

 

雑で無茶苦茶な戦い方に他に隠れていた悪魔たちが焦っているが、容赦はしない。

 

 

「準備運動もウォーミングアップもとっくに終わってんだけどな。新しい天界魔法の実験台にでもなるか?」

 

 

再び悪魔たちの悲痛な叫びが響き渡った。

 

________________________

 

 

 

最後の悪魔軍勢を倒した大樹は天界の頂上に辿り着いた。

 

見上げれば空はなく、宇宙もなく、神々しい光の空が広がっていた。しかし、大地の草や花は枯れ腐っている。

 

先に進めば巨大な円卓があり、十二個の席が囲んでいた。リィラに聞いた話を思い出せば【神の円卓】と呼ばれる神々の居場所だ。

 

 

「……………」

 

 

だが全ての椅子は無残に破壊されている。ある一席からは血が付着し、奥の方に続いている。

 

当然血が続いている方向から邪神の力を感じている。嫌な予感は、当たっているだろう。

 

急いで向かうことはせず、ゆっくりと警戒しながら歩いた。ポタポタと落ちた血を辿るように。

 

 

「ッ……これが……!?」

 

 

【神の円卓】の先にあるのは封印された【冥界の扉】。オリュンポス十二神とその保持者たちの力で守られている扉であり、天界と冥界を繋ぐ最悪の場所だ。

 

何千メートルを越える黒い扉は黄金色に輝く鎖で閉じられており、隙間から悍ましい煙がゆっくりと出ている。

 

そして同時に気付くだろう。扉の真下に居る二人の存在に。

 

 

「……来たか」

 

 

奴は―――宮川(みやがわ) 慶吾(けいご)は俺がこの場所に来ることを確信していたようだった。

 

闇のような髪色に、傷だらけの上半身には赤黒い紋章が刻み込まれ、背中には悪魔と冥府神の契約を象徴する羊の骨が刻まれている。

 

黒色のローブを羽織り、斜めに装着した二つのベルトには黒い宝石が埋め込まれ、左右には黒色の銃が装着されている。

 

 

(冗談だろッ……あの時とレベルが違い過ぎるッ……!?)

 

 

命を削るような威圧感に思わず怖気づいてしまう。無理にでも笑みを浮かべて見せるが、もう一人の存在に大樹から笑みは消える。

 

 

「ゼウスッ……!」

 

 

俺を転生させてくれた神であり、この騒動の中心となっている人物。

 

額と腹部から血を流し、白い服を赤く染め上げていた。倒れて小さく息をしているが、重傷なのは遠くからでも分かる。

 

 

ガスッ!!

 

 

その反応を見た慶吾はゼウスを俺の居る所まで蹴り飛ばした。急いで受け止めるが、体が光始めていることに気付く。その光が何を意味しているのか大樹には分かっていた。

 

 

「大樹……!」

 

 

「無理して喋るなよ。もういい……あとは俺に任せろ」

 

 

「……聞かないのか?」

 

 

寂しそうな顔で、涙を流しながら俺の顔に触れる。血に濡れたヨボヨボの手を、握ったことのある手を俺は掴み返す。

 

 

「もう全部分かってる。ありがと、()()()()()

 

 

あの日、三途の川で遭遇したのは偶然も奇跡でもない。必然的に出会うようになっていた。

 

神野宮家が所持する山が三途の川と繋がっている時点で何かあることは察していた。ゼウス―――じいちゃんと自分の関係を少しずつ紐解いて考えれば、自分の記憶が操作する必要性を理解してしまう。

 

途中からコンタクトを取れなかったのは他の保持者が動き出し、ポセイドンのような裏切り者が居たせいなのだろう。

 

ちゃんと分かっている。全部、分かっているから。だから、

 

 

「あぁ……やっぱり信じて良かった……自慢の孫だ……!」

 

 

大切な人との別れはとても短かった。

 

美しい光のベールに包まれた神の最後を見届けた。

 

腕の中にあった重みは消え、胸の奥にあった小さく大切な物が音を立てて割れたような気がした。

 

目の奥に溜まった涙をグッと堪え、下唇を噛み締める。

 

 

「これで【冥界の扉】を縛る鎖は消える。短い別れだったな」

 

 

「……お前は俺の家族に手を出したって分かっているよな? 分かっていて、こんなことをしたんだよな?」

 

 

「? 今更何を―――」

 

 

刹那———慶吾の視界では捉えることのできない速度で大樹が距離を詰めて来た。

 

 

ドゴォオッ!!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

顔面に叩きこめられたのは怒りの拳。そのまま地面に叩き付けて大地に巨大な地割れを引き起こした。

 

 

「テメェは言ったな。邪神の力で、神の力を殺す―――上等だよクソッタレ」

 

 

拳はあの時のように負けていない。無傷のままの拳を保っている。

 

 

「神の力だって、邪神の力に負けてねぇんだよ! テメェらのくだらねぇ野望を、ここでぶっ壊してやる!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

そのまま慶吾の体を蹴り飛ばし、【冥界の扉】に叩き付けた。凄まじい衝撃が天界を揺らすが、慶吾は静かに俺を睨み付けた。

 

 

「次こそ終わらせてやるよ、最後の英雄」

 

 

黒色の銃を右手に持ちながら邪神の力を解き放った。

 

 

この瞬間―――全世界の命運を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

彼らに『正義』や『悪』など知らない。二人が戦う目的はただ一つ。

 

 

『世界を救う』か『世界を破壊する』か。

 

 

決して交わることは許されない。必ず衝突を迎える運命だったのだから。

 

 

 

________________________

 

 

 

二人の一撃一撃は必殺。ぶつかり合うだけで一帯が吹き飛ぶほどの衝撃が生まれる。

 

 

ガギッ!! ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

両者の拳が、両者の持つ武器が、【神刀姫】と【冥銃ペルセフィネ】がぶつかるだけで爆発するような衝撃が生まれていた。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】!!」

 

 

「やらせると思うかッ!!」

 

 

下から斬り上げようとすると刀の柄に銃のグリップで叩き落とされる。

 

慶吾に斬り上げることを阻止されたが、大樹は諦めない。下を向いた刀身を右足で強引に蹴り上げた。

 

 

「うおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

「チッ!!」

 

 

銃ごと慶吾の手をどかし、そのまま次の技に繋げて繰り出す。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

振り下ろされた斬撃は慶吾の肉体を引き裂き血を流させる。

 

斬撃の衝撃と暴風が慶吾の体を後ろに吹き飛ばす。そのまま追撃を仕掛けようとするが、

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】!!」

 

 

バギバギバギッ!!!

 

 

銃口から放たれた銃弾は絶対零度の凍気を纏い、地面を凍らせながら大樹に向かって突き進む。

 

一瞬で大樹の片足を地面に固定すると隙が生まれる。慶吾は吹き飛んだ体を即座に回転させて態勢を整える。そして大樹との距離を詰めた。

 

 

ガギンッ!!!

 

 

再び刀と銃がぶつかり合うが、慶吾は同時に引き金を引いている。大樹の腕や足に被弾するが、

 

 

ガシッ!!

 

 

今度は大樹が慶吾の動きを止める番だった。銃を握っていた腕を掴み、そのままこちらに引き寄せる。

 

 

ドゴッ!!!!

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

渾身の頭突き―――大樹の額は慶吾の鼻の骨を砕き、大量の血を流させた。

 

頭蓋骨どころか頭を吹き飛ばすほどの衝撃を耐える慶吾。苛立ちと憎しみを露わにした慶吾はやり返す。

 

 

「調子に乗るなッ……三下ぁ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

今度は慶吾の頭突き。大樹の額が割れ、慶吾と同じくらいの出血をするが、慶吾はさらに追撃を仕掛ける。

 

大樹の腹部に思いっ切り銃口を突き刺し、そのまま引き金を引いた。

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】!!」

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

赤黒い炎が大樹の腹部に風穴を開けながら放たれた。

 

想像を絶する痛みに大樹の表情が酷く歪み、口から血を吐き出す。

 

それでも、大樹は猛獣のように雄叫びを上げる。

 

 

「ぁがッ……ぁぁッ……ぁぁぁあああああああ!!!」

 

 

「何ッ!?」

 

 

この程度の痛みなどで、今更大樹を止められるわけがなかった。

 

今まで流して来た血を見れば、今まで感じて来た痛みを思えば、この程度の怪我はただの掠り傷!

 

 

「抜刀式、【刹那・極めの構え】!!」

 

 

音速を越えた速さで刀を鞘に納め、光の速度で抜刀する。

 

 

「【凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)】!!」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

銃を握り絞めていた慶吾の腕に光が一閃する。そして、血を見るより先に腕が宙を舞った。

 

 

「ッ!?」

 

 

邪神の力を持った慶吾ですら目視することを許さない一刀。数秒遅れて斬り落とされた肩先から血が噴き出した。

 

 

(何だこの速度はッ……!?)

 

 

ドゴッ!!

 

 

「チッ」

 

 

身の危険を感じた慶吾は大樹を蹴り飛ばしながら切り落とされた腕を回収し、距離を取る。蹴られた大樹も怪我をしているせいか深追いはしなかった。

 

あの時に戦った大樹とは明らかに違う。ここに来る途中、全ての悪魔を奇襲させるように待機させて大樹にぶつけて疲労させたはずだというのに、全く疲れた様子はない。それどころか、

 

 

(神の力が増幅している……まさかと思うが……)

 

 

「この感じ……ああ、やっぱりそうだ」

 

 

慶吾の思考よりも、大樹は言葉にして明白にした。開眼した程度で慶吾との差は埋まらない。

 

神の力が増幅していたのだ。体の内から溢れ出す力が止まらない。

 

それも当然、何故なら大樹は保持者ではなく、

 

 

「どうやら俺は———『神』になったみたいだな」

 

 

―――神ゼウスの席を継いだのだから。

 

得意げな顔で告げると大樹の体は【神の加護(ディバイン・プロテクション)】を使って一瞬で回復する。しかも神の力をさらに増幅させて、だ。

 

握り絞めた拳から絶大なオーラを纏い、神々しさを見せつける。だが、

 

 

「……それがどうした?」

 

 

慶吾は自分の腕を元の位置にくっつけると、辺りに漂っていた黒い煙が全身の傷口を癒した。砕けた鼻も、元通りになっている。

 

 

「くだらない。その程度で俺が怖気づいてしまうとでも?」

 

 

「思わないな。だが、驚かせることはできるかもな」

 

 

刹那、慶吾はまた大樹の姿を見失うことになる。

 

それでも邪神の力を鎧を着るように纏い、防御に専念した。その直後、

 

 

「【無刀の構え】———【黄泉送り】!!」

 

 

「ぐぅ!!」

 

 

全身の骨を砕き壊すような衝撃が腹部に走る。一瞬で懐への侵入を許してしまった。

 

再び神々しい光を纏った大樹の手を慶吾は引き離そうと掴むが、

 

 

「―――【地獄巡り】!!」

 

 

ガスッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

掴まれた腕を軸にし、大樹の体は上下に反転する。そのまま右回し蹴りが慶吾の側頭部にブチ当たる。

 

脳を揺さぶられた衝撃で掴んでいた手を離してしまう。その隙を大樹は決して逃さない。

 

 

「―――【天落撃(てんらくげき)】! 【左天翼(さてんよく)】!」

 

 

両手を合わせて一つの拳を作り慶吾の頭部を地面に叩き付けた。地面に亀裂が生まれるが、そこから左足で蹴り上げて宙に浮かせる。

 

一切の手加減無し。容赦なく大樹は攻撃を繋げていた。

 

 

「―――【鳳凰(ほうおう)炎脚(えんきゃく)】!!」

 

 

両足から白い業火が燃え上がり、宙に浮いた慶吾の体を上から蹴り落とす。爆発するように炎は弾け飛び、白い炎を撒き散らしながら慶吾の体は地面に突き刺さった。

 

神の力を存分に使った連撃。一撃一撃が相手を本気で倒すという強い意志が込められていた。

 

巻き上がる土煙を睨みながら慶吾が立ち上がるのを待つが、

 

 

「―――【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】」

 

 

ドゴォッ!!!

 

 

目で捉えきれない超速度で大樹に迫り、今までの一撃を覆す憎悪の一撃が腹部にめり込んだ。

 

全身の骨に杭を打たれたかのような痛みが激しく湧き上がる。

 

 

(復帰が早い!? 回復速度が俺より遥かに上かよ!!)

 

 

血を吐きながら復讐に染まった男の顔を睨み付ける。顔に血は付いているが、傷はとっくに塞がっているようだった。

 

 

ドゴッ! バギッ! ガッ! ドゴォ!

 

 

完成された隙の無い慶吾の連撃に大樹は防御を強いられる。下手に、無理に反撃しようとすれば何倍も痛い返しに襲われるだろう。

 

 

「ガァッ!!!」

 

 

「ぐッ!?」

 

 

獣のように叫びながら攻撃する慶吾に大樹は呻き声しか上げることができない。

 

黒い煙は大樹の体を(むしば)み、赤黒い血で汚れ始め、痛々しくボロボロになっている。

 

だが、彼の目はしっかりと『生きて』いた。

 

 

「―――こんのッ!!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

最強と呼ばれ続けた男の名は伊達じゃない。相手の呼吸から目の動き、体の重心の動かし方から指の動きまで、全てを観察し、予測し、完璧な解答へと辿り着く。戦闘に置いて彼もまた強敵と戦い続けた一人。慶吾と肩を並べるには十分な強敵だった。

 

慶吾の蹴りを右手の甲で受け流し、一瞬の隙が生まれる。その隙に大樹は後ろに跳んで距離を取る。

 

逃がさないと追撃を仕掛けようとするが、慶吾は動かなかった。大樹は返り討ちにしようと狙っていたからだ。

 

 

「ハッ、それに気付くか普通」

 

 

「バレバレだ」

 

 

キツい冗談だと大樹は心の中で苦笑い。邪神の力が神の力を押しているのではない。慶吾自身の持つ力が、大樹と同じだということを思い知らされたのだ。

 

 

(俺と同じ数の修羅場を踏んでいる……いや、それ以上か……!)

 

 

今まで戦って来た保持者とは全く次元が違う。姫羅のような人との戦いに慣れた戦い方じゃない。自分より強い怪物を戦い続けた者の構えだ。

 

 

(次の手まで読まれている感じだ。このままだと常識破りな戦い方は逆に不利になる)

 

 

だからと言って定石通り打てばいいというわけではない。そんなことをすれば瞬殺されるのが目に見えている。

 

 

「ハッ」

 

 

「何がおかしい。気でも狂ったか」

 

 

今更何を考えている。今まで常識をブチ破り、理を覆し、皆を驚かせてきた。不可能を可能にして、俺に無理なことはないと示して来た。

 

世界を巡り巡って自分が手に入れて来た力は、この為にあるのだとよく分かる。

 

人々を救い、皆を笑わせ、世界を救う。そして、愛する人と未来に進む為に手に入れた力だ。

 

 

「強ぇよ。認めてやる、お前は俺より強い」

 

 

「……諦めるのか?」

 

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺の諦めの悪さはお前が一番知ってるだろ」

 

 

口元に笑みを浮かべながら告げると、慶吾も口端を吊り上げた。

 

 

「ああ、知っている。その余裕を粉々に砕くのが俺だということも…!」

 

 

「そうかよ! 【無刀の構え】!」

 

 

慶吾は銃を回転させながら闇の光を銃口に収束させる。大樹の動きを完全に読み切り、撃ち抜く準備はできていた。

 

右足を前に踏み出して慶吾に向かって跳躍する。大樹の体は反転して慶吾に背中を向けていた。

 

あまりにも無防備な姿に慶吾は息を飲むが、引き金を引いた。漆黒の銃弾が大樹の背中から貫こうとするが、

 

 

「【木葉(このは)(くず)し・(あらため)】!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

銃弾が背中に当たると同時に大樹は姿を消す。気配で察知しているが、一瞬で慶吾の背後を取ったのだ。

 

 

「ッ!」

 

 

―――読んでいる。慶吾は大樹が背後を取ることを読み切り、振り返って銃を構えていた。

 

この反応速度なら大樹の攻撃を受ける前に反撃できると確信していた。だが、

 

 

「読めてねぇよ! テメェの考えは外れだ!」

 

 

「何ッ!?」

 

 

ガチッ、バギンッ!!

 

 

大樹は向けられた銃口に噛み付き、そのまま砕いた。全く考え付かない奇行に慶吾の動きは一瞬だけ止まる。

 

この戦いでその一瞬は致命的な隙のある時間。大樹は拳を握り絞め、慶吾の顔を思いっ切りぶん殴る。

 

 

「だらッッしゃああああああァァァ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

桁外れな衝撃波が広がり、慶吾の体を目視できない距離まで殴り飛ばした。ただのパンチ。ゆえに純粋な爆発的な威力に『神殺し』の拳だといえる。

 

握り絞めた拳が激しく痛い。骨が折れ、血が流れている。殴る加減を大きく間違えていたが、大樹は笑みを崩さない。

 

 

「それでも、掠り傷程度とか抜かすんだろ……お前はッ」

 

 

「……ッ」

 

 

血で汚れた口元を手で拭い、口に入った血肉を吐き出しながら慶吾は睨み付ける。

 

その間に負傷した大樹の腕も回復するが、ついに『限界』が来てしまった。

 

 

「―――んぐッ、ゴフッ!?」

 

 

体の回復と同時に込み上げて来た吐き気を抑えきれず、そのまま地面に向かって吐き出してしまう。吐き出したのは赤黒い液体。血よりも汚い色の吐瀉物(としゃぶつ)だった。

 

突然の嘔吐に慶吾は目を細める。大樹の髪色が徐々に白く染まっていたのだ。

 

 

「クソッ…! このタイミングか……!」

 

 

最悪だと言わんばかりに苦しい声を上げる大樹に、慶吾はニヤリと笑った。

 

 

「ああ、そういうことか」

 

 

慶吾は大樹が苦しむ原因に気付いてしまった。大樹も「しまった」と口元を抑えながら後ろに下がる。

 

誰にも明かすことのなかった【神の加護(ディバイン・プロテクション)】の最大の弱点。負傷した体を完全回復する最強の技に代償があるということ。

 

 

「その回復は『自分で回復する』のか。神の力で細胞を極限まで活性化させた『超自然回復』なんだな?」

 

 

「ハッ、自分でも気付いたのが少し前のことなのに……よく分かってんじゃねぇか」

 

 

「―――ここまでか」

 

 

ドゴッ!!

 

 

会話の途中だと言うのに不意打ちを仕掛ける慶吾。だが大樹は反応することができず、腹部に膝蹴りを入れられてしまう。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

「お前は限界だろ? 体に負担を掛け過ぎて、無理に戦った結果がこれだ。老死寸前まで老化が進んでいる始末」

 

 

ガスッ!!

 

 

そのまま側頭部をぶん殴られ、頭蓋骨が砕ける音が響き渡る。脳が飛び出していないだけでも奇跡だった。

 

 

「骨は脆く、筋肉は衰え、反応速度は鈍い。こんな攻撃に反応すらできないお前は終わりだ」

 

 

「……終わり、だと?」

 

 

地面に倒れた大樹の体がゆっくりと立ち上がろうとする。

 

全身から嫌な音が鳴る。脳がやめろと何度も警告しているのが分かる。だが!

 

 

「終わりなわけ、ねぇだろ……終わっていいわけがねぇだろがぁ……!」

 

 

―――やはり大樹は立ち上がる。

 

ボロボロになった体に神の力を纏いながら、無理矢理にでも立ち上がった。

 

 

「今俺がお前に挑んでいるのは世界の為なんかじゃねぇ。双葉とお前の為に戦っているんだ!」

 

 

「綺麗事を抜かすなッ!! お前の言葉など聞くに堪えん!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

慶吾は銃の引き金を引き、大樹の額に銃弾を飛ばす。先程の攻撃より何倍も早い銃弾に大樹は目で追うことができない。だが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

「自分の五感がお前の攻撃に追い付けないなら、第六感でお前の攻撃を防ぐ!」

 

 

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。老いで五感は使い物にならないと言うなら、自分が今まで戦いの経験で積んで来た物で戦う。

 

【神刀姫】で銃弾を叩き切り、一刀流式を構える。

 

第六感は己の持つ才能で開花させることのできる領域ではない。強さを極めた敵の動きをただの直感だけで見切れるのは未来予知をしているようなもの。

 

 

「何度も言わせるな! ボロボロになった貴様の体では追い付けない!」

 

 

残像を見せるような早撃ちを繰り返す。黒い銃を乱射して大樹の目の前に弾幕を張った。尽きることのない無限の弾丸が容赦なく大樹に襲い掛かるが、

 

 

(自分の力を奢るな! アイツに次の一撃を入れるには何もかも足りない!)

 

 

第六感だけで差を埋めることのできる相手ではない。刀を前に突き出し、死の弾幕に向かって走り出す。

 

 

「抜刀式、【刹那の構え】!」

 

 

右手とは別に、右腰に鞘を納めた刀を出現させる。右手の一刀流式を崩さず、左手だけで抜刀式の技を発動させる。

 

 

「【横一文字・絶翔(ぜっしょう)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

左手から放たれた斬撃波は道を作るように弾幕を消し飛ばした。【横一文字・絶】と【横一文字・翔】を組み合わせた横一文字の完成形。

 

弾幕を破られても慶吾に隙は生じない。むしろ刀を新たに出現させた時点で突破されることを読んでいた。

 

 

「無駄だ! 【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】!」

 

 

猛風の弾丸が大樹の頭部を砕こうとする。銃弾を纏う風はカマイタチの如く。大樹の頬や腕が引き裂かれるが、両目は一切閉じることはなかった。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

嵐の弾丸が大樹の目前で軌道を変える。神の守りは弾丸の軌道を逸らし、後方に飛んで行ってしまう。

 

あの攻撃を正面から受け止めていれば確実に守りは貫かれた。守りを警戒していた慶吾も、【神の領域(テリトリー・ゴッド)】ぐらい貫く自信はあった。

 

しかし、大樹は弾丸の軌道を逸らす僅かな角度を読み切り、守りを展開した。針穴に糸を通すような生易しい難易度ではない。

 

 

ガチンッ!!

 

 

大樹の刀と慶吾の銃が火花を散らしながら衝突する。歯を食い縛りながら睨み合い、

 

 

「貴様ッ……五感の制御をッ!」

 

 

動きに追い付くことができなかったはず大樹。慶吾には大樹が何をしたのかすぐに分かった。

 

直感で弾丸を受け流すことは不可能に近い。確実に流す為には『見切る』必要がある。その為に集中したのだ。

 

―――五感の内、視覚以外を捨てて。

 

 

「ッ!!」

 

 

五感のほとんどを失った状態での衝突はあまりに危険で無謀だった。力加減を間違えればすぐに隙を突かれ、一瞬で敗北する可能性だってある。

 

それにも関わらず、大樹は攻めることをやめなかった。

 

 

「こんのぉ!!!」

 

 

ガスッ!!

 

 

手元だけに集中してしまっている慶吾に、大樹はガラ空きになっていた額に頭突きする。互いの額から鮮血が飛び散り、顔を歪める。

 

 

「ッ……!?」

 

 

大樹のペースに呑まれると危険を察知した慶吾は一度距離を取る為に大樹の腹部を蹴り飛ばした。

 

蹴り飛ばされた大樹は何度か地面をバウンドして転がされるが、すぐに立ち上がり刀を構える。慶吾は呼吸を整え、流れた血を拭う。

 

 

「同じ手に引っかかるなんて……油断し過ぎじゃないか?」

 

 

「……黙れ」

 

 

「俺が追い付けないって? 絶対に追い付けないなら、どうしてお前は焦る必要がある?」

 

 

「ッ……」

 

 

慶吾の額から流れたのは血だけではない。焦りで流れた、汗もだった。

 

嫌なことを指摘されたせいで慶吾の頭に血が上る。

 

 

「【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】!!」

 

 

禍々しい漆黒のオーラを纏った慶吾。超速度による猛連撃を繰り出そうとするのは分かっている。

 

どれだけ見たことのある技でも、見切ることは不可能だと慶吾は確信している。だから使ったのだ。

 

 

(その自信満々な態度をブチ壊す! 姑息な手段も使わず、真正面から堂々と!)

 

 

戦いの流れを変えるにはここしかない! ボロボロになった体に鞭を打ち、大樹は待ち構える。

 

 

「剣術式奥義、【無限の構え】」

 

 

両手で刀を地面に突き刺し、思考を忘却する。

 

ここから先は剣の道―――無限へ至る為の戦い方。『極めれば斬れぬモノも斬れる』と称された究極の技。

 

一撃も許さない完全で完璧で、絶対の守りを見せつける。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

そして、慶吾の拳が大樹の腹部に当たろうとした瞬間、

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)】」

 

 

ビシッ!!

 

 

大樹は突き刺したまま刀の柄で慶吾の拳を虚空へと受け流した。

 

受け流された慶吾の手は全く痛みを感じない。それもそのはず、まるで手を振り払うかのような動作で大樹は攻撃を避けたのだ。

 

続けて慶吾の連撃が始まる。次々と拳を大樹にぶつけようとするが、

 

 

パシッ、ビシッ、カッ、

 

 

右手、刀の柄、鞘と弱々しい力で受け流されてしまう。

 

地面に突き刺した剣を軸に、最小限の動きと動作で戦っていた。

 

先程まで圧倒的な力でねじ伏せていたにも関わず、今は覆していた。

 

 

(馬鹿なッ!? 何故反応できる!? 何故受け止めれる!?)

 

 

音速を越える弾丸も、岩石を粉々に砕く拳も、大樹の刀や手に当たれば何もかもが無へと還る。

 

人間が反応することのできない素早い攻撃にも対応し、どこにも流すことのできない力を霧散させる。虫の息だったはずの奴が、まるで復活したかのような動きに変わっていた。

 

 

「どうだ? 俺の自慢のオトンの剣は?」

 

 

「……いつまでも耐え続けれると思うな」

 

 

「耐え続けれる。それが、【無限の構え】だ」

 

 

傍から見れば大樹は今にも死にそうな姿に見えるだろう。だがこのまま戦い続けても、その血だらけの体は決して崩れ落ちることはない。

 

一切の無駄な動きを消失し、あらゆる全ての行動を最小限―――ゼロに抑えた動きをする構え。

 

例え僅かな体力でも、疲労することのない戦い方をすれば、胸に諦めない意志がある限り、彼は戦える。

 

 

「本気で来ないなら俺は構わない。本気を出す前に、お前をぶっ倒す」

 

 

「何度も言わせるな。その体では不可能だ」

 

 

「その不可能を可能にするのが俺だ。そして、俺の剣だ」

 

 

大樹の声に反応するように突き刺した刀が神々しく輝き始める。嫌な予感がした慶吾は急いで距離を取ろうとするが、一歩遅かった。

 

 

「この俺が反撃しないと思ったか? 馬鹿め、お前の攻撃は受け流していない。全身を循環させて、刀に乗せていることに気付かなかったか!?」

 

 

大きく前に踏み出しながら勢い良く刀を引き抜く。刀に流し込まれた力を爆発させるように【神刀姫】は更に輝きを増した。

 

―――刀に流し、力を導く。その次はどうするか。

 

 

「【刀解斬(とうかいざん)】!!!」

 

 

―――刀の力を解放し、敵を斬る。

 

剣の頂きに辿り着いた者が編み出した技。見えない先を、無限の道を目指した剣術。

 

 

ザンッ!!!

 

 

白い光の太刀が振り下ろされる。突然の反撃に慶吾はあらゆる攻撃で相殺しようとするが、

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】! 【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】!! 【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】!!!」

 

 

邪神の力を出し切り、光の太刀を消そうとするが全ての弾丸は光に呑まれた。

 

光が弱まる様子は一切見えない。あの攻撃はただの剣術ではない。何かしら神の力を組み合わせた一刀だと見抜くが、思考は途切れる。

 

 

グシャッ!!!

 

 

「があぁッ、がはぁッ!!??」

 

 

致命的な一撃が慶吾の体に刻まれる。光の太刀は数千メートル先まで斬撃波を飛ばし、慶吾の体も吹き飛ばしていた。

 

 

(クソッ、全身が痺れてッ……神の席に座ってなけりゃ逆に俺が死んでいたぞ……!)

 

 

最強の一撃の代償に大樹の体は酷い痺れを残していた。

 

まるで全身の骨が凶暴な獣に噛み砕かれているような痛み。脳は絞め上げられて意識が飛びかけた。

 

呼吸を乱しながら斬撃波を飛ばした方向を見る。今の一撃は確実に当たった。死んではないと思うが、重傷まで追い込んだはず。

 

 

「はぁ……はぁ……くぅッ、【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

再び神の力を発動するが、限界が来ていることは変わらない。

 

 

「―――ごふッ……!」

 

 

赤黒い血を吐き出し、髪は生気を感じさせない汚い白色に変わり果てる。これが回復する方法だと誰も思わないだろう。

 

視界がまたぼやける。口の中で感じていた鉄の味は消え、全身の神経が死にそうになっているのが分かる。

 

 

「ッ……少しくらい休憩させろよな……!」

 

 

危険を感じ取った大樹は急いで刀を地面に突き刺して【無限の構え】をする。

 

ゆっくりとした足取りで近づくのはもちろん慶吾だ。

 

周囲に死の黒煙を撒き散らし、引き裂いたはずの体には大きな傷はあるが、不自然に出血は止まっている。

 

刻まれた赤黒い紋章のおかげなのか分からないが、憎しみの表情を見せながら慶吾は歩いている。

 

 

「……やってくれたな。今のは半分以上の悪魔が死んだ」

 

 

「身代わりか。お前一人じゃ耐え切れない一撃だったのか?」

 

 

「挑発のつもりか? それならこう返す」

 

 

不敵な笑みを見せた慶吾は新たに血のような赤黒い銃を握り絞める。慶吾の纏っていた空気がガラリと変わる。

 

今までとは違う、本気で殺しに来ると大樹は警戒する。

 

 

「【幻覚(ハルツィナツィオーン)】!」

 

 

ガギィンッ!!

 

 

勢い良く走り出すと同時に両手に握り絞めた銃の引き金を引く。歪な音を出しながら目の前で銃弾同士が直撃すると、慶吾の後ろから分身が何百と出現した。

 

いつもの調子なら偽物と本物の区別程度、一瞬で可能なのだが、

 

 

(何だ今の音ッ!? 頭の中がッ!?)

 

 

脳内で巨大な鐘を鳴らされたかのような酷い音が響いた。

 

戦いに集中しなければいけない状況にも関わらず、大樹の集中力は一気に削られてしまった。

 

 

「くぅッ!?」

 

 

見分けの付かない分身の攻撃を避ける。実態があるかどうかも分からないまま、とにかく攻撃を避けようとした。

 

 

ゴッ!!

 

 

「がぁ!?」

 

 

突如後頭部に鈍痛が走る。顔は地面に叩き落とされ、そのまま追撃に腹部を思いっ切り蹴り飛ばされる。

 

転がりながら態勢を立て直そうとするが、休む暇も無く分身が攻撃を仕掛けて来るせいで直せない。

 

 

(惑わされるなッ……本物を見逃すんじゃねぇ……!)

 

 

見ている光景は全て『幻覚』だ。あの時、後ろには誰もいないはずなのに後頭部に攻撃を受けた。嘘の世界を見せられているのは明白。

 

耳の奥に釘を刺されたような痛みが止まらない。あの銃弾のぶつかり合い―――そこから推測される一つの可能性に大樹の行動は決まる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

左手に握り絞めたのは【神銃姫・炎雷(ホノイカヅチ)】。そのまま自分の顔の横まで移動させ、引き金を引いた。

 

銃声で鼓膜が弾け飛びそうになるが、脳の痺れが僅かに薄れていた。襲い掛かろうとする慶吾の幻影もいくつか消えて、幻覚を解く手前まで来ている。

 

 

(銃弾同士のぶつかり合いで生じた『音』による脳へのダメージ! ただの強烈な『酔い』だ! 醒めれば反撃ぐらい―――!)

 

 

「もう遅い!!」

 

 

ガギィンッ!!

 

 

再び頭の中で巨大な鐘を鳴らされたかのような酷い音が響く。視界が一瞬だけボヤけると、幻影の数が先程より増えていた。

 

このままでは二度と醒めなくなる。終止符を打とうと慶吾は銃口を大樹に向けようとする。

 

 

「ッ!?」

 

 

突如上空から一筋の赤い光が降り注いだ。慶吾の動きは止まり、頭を抱えた大樹の頭部を光は貫いた。

 

頭部から血などは噴き出さず、外傷は見当たらない。だが変化は起きた。

 

白くなっていた髪は赤みを帯び始め、緋色へと輝き始める。そこで慶吾は気付くだろう。

 

 

「『緋弾』か……」

 

 

額から緋色の炎が燃え始め、刀身や銃から緋色の炎が燃え移り始めた。

 

頭の中を(むしば)んでいた悪い物が焼却されるのが分かる。緋色の炎は体の怪我まで治そうと傷口にまで燃移っている。

 

 

「右刀左銃式、【臨界点・(ぜろ)の構え】」

 

 

緋色の力を込めた弾丸を何百発と放つ。弾丸が空中で飛んでいる間に、神すら捉えきれない斬撃を一閃する。

 

 

「【終焉(ラスト)(ゼロ)】」

 

 

キンッ……

 

 

抜刀していた刀を鞘に戻すと、斬られた弾丸は強烈な爆散を引き起こす。

 

緋色の炎が空間一杯に燃え盛り、全ての幻影を一斉焼却した。皮膚を焦がすかのような熱風が巻き起こり、視力を失ってしまうかのような瞬きを見せた。

 

 

「チッ!!」

 

 

「そこだぁ!!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

業火の中を強引に突き進んで来た慶吾。二丁の銃と刀が交差する。

 

近距離で撃たれる銃弾を右手の銃弾で撃ち落し、身を翻して紙一重で避ける。隙が生まれるまで反撃を待った。

 

幻覚(ハルツィナツィオーン)】が破れたせいか慶吾の攻撃には焦りが見える。刀をグッと握り絞めたまま、憎悪に満ちた瞳から目を逸らさない。

 

 

キンッ!!

 

 

「ッ!!」

 

 

一瞬の隙を突いて大樹が地面に刀を突き刺した。再び【刀流導(とうりゅうどう)】を発動させると予感した慶吾は急いで距離を取る。

 

だが『後ろに下がる』という行為は、大樹が狙っていた行動だった。

 

 

ダンッ!!

 

 

なんと突き刺した刀を放置し、距離を取る慶吾に向かって走り出したのだ。【無限の構え】を露骨に警戒していたことが仇となった。

 

すぐに大樹の行動を止める為に銃弾を何発も撃つが、既に地面に突き刺した刀とは別の刀を握り絞めている。

 

次々と漆黒の弾丸を撃ち落としながら徐々に距離を詰める。そして緋色の炎を纏った右手の刀は轟々と激しく輝き燃える。

 

 

「【緋寒桜(ひかんざくら)】!!」

 

 

一刀を振るった瞬間、常人の耳では聞き取れない超爆音が空間に広がった。

 

人の想像どころか、神の創造を越える超巨大な緋色の火柱が二人を包み込んだ。

 

全ての神が下す鉄槌の一撃より遥かに重い。爆風を一瞬でも肌に当たれば灰になる熱量。一帯の空気が炎によって一気に死滅した。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

刀を振るうと同時に大樹は【神の領域(テリトリー・ゴッド)】を発動していた。この結界の外側は空気のない世界が広がっている。いくら大樹でも酸素が無い空間では生きて―――宇宙で戦った経験を思い出す―――いけない……とは言えない……と思う。

 

 

(確実に当てた。これで終わってくれたら楽だが……!)

 

 

息を切らしながら前を見る。黒煙の中から感じる禍々しい気配は強まっている。

 

 

「がはッ……かふッ……!」

 

 

目に映った光景に驚愕する。空気が燃え尽きた世界で、奴は生きている。

 

黒焦げた半身の上から紅い紋章が何度も点滅を繰り返す。生きろ、生きろと心臓のように点滅を繰り返している。

 

 

「楢原ぁ……大樹ぃ……!」

 

 

焼き爛れていた顔が黒い煙に包まれると再生を始める。結界の外で呼吸ができていることが理解できなかった。

 

 

「『肺』を燃やした程度で、俺を止めれると思うな!! この身は既に、邪神と同体だ!」

 

 

「ッ……人間をやめてまで俺を殺したいのかよ!」

 

 

「当然!! 貴様の亡骸(なきがら)を足で粉々に踏み潰すまで、この復讐は終わらない!」

 

 

復讐を叫びながら慶吾は再び両手に銃を握り絞める。大樹も刀と銃で対抗しようとするが、

 

 

「【復讐者の呪い(レッヒャー・フルーフ)】!!」

 

 

慶吾の体に刻まれた紅い紋章が蠢き、形を変え始める。炎で黒焦げた部分を覆うように悪魔の紋章を描く。

 

肉が軋む嫌な音を立てながら焦げた腕を再生させるが、同時に自分の体にも異変が起きる。

 

 

「うぐぅ……がああああああぁぁぁぁ!?」

 

 

突然の激痛に握り絞めていた刀を地面に落としてしまう。自分の右腕を見れば、赤黒い紋章が刻まれていた。

 

 

(今度はそういう攻撃かよ……!?)

 

 

先程から対処し辛い攻撃ばかりだ。今度は自分の痛覚を敵にも与える呪い。

 

即座に右腕を斬り落とそうと考えたが、不用意に【神の加護(ディバイン・プロテクション)】を使えないせいで実行できない。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

腕を切断しないことを良い事に慶吾は攻撃を続行。銃声と同時に腕にまた痛みが走る。銃弾は当たっていないのに、腕に弾丸が貫かれたような痛みだった。

 

前を向けば慶吾が銃を自分の腕に撃っていたのを目撃する。額から汗を流しながら、狂気的な笑みを見せていた。

 

 

「痛ぇだろうが……!」

 

 

「そうだ、その顔だ。お前の苦しむ顔が、俺は見たいから悪魔に魂を売った!」

 

 

奇想天外、常識破りな戦い方をする大樹とは違い慶吾は狂気的な戦い方になりつつあった。

 

我が身を犠牲に敵を攻撃する―――何の躊躇いもなく。

 

 

「双葉を傷つけたお前が許せなかった。双葉を変えたお前が大っ嫌いだった。お前が笑って生きていることが憎かった!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

再び銃弾を自分の腕に撃ち込む。激しい痛みが腕に走るが、大樹は慶吾を睨み付けたまま倒れない。

 

 

「何故だ!? 何故お前なんかの為に、双葉は傷つけられなきゃならないんだ!?」

 

 

「……お前の言う通り、俺は双葉を傷つけた」

 

 

あっさりと罪を認める大樹。だが、彼の目は強い意志の炎のような光が宿っていた。

 

 

「他人を理解しようとせず、嫌な奴だと、最低な奴だと周囲の人間を勝手に決めつけて……双葉を巻き込んだしまったことは今でも忘れられない。だけど!」

 

 

ゴオォ!!

 

 

「―――――」

 

 

呪いを刻まれた大樹の腕が黄金色の炎に包まれる。浄化するように紅い紋章がゆっくりと消えていく。

 

あらゆる奇跡を跳ね返すはずの【復讐者の呪い(レッヒャー・フルーフ)】を無効化されたことに慶吾は言葉を失う。

 

 

「世界を巡って俺は変わった! そして変えて見せると誓った! いつまでも過去に囚われ続けるお前なんかに負けねぇよ!」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

「そして教えてやるよ。あの時―――双葉が命に代えてお前を救ったことを!」

 

 

「お前が双葉を気安く語るなあああああァァァ!!!」

 

 

叫び声を上げる慶吾の背後から数百を越える漆黒の拳銃が出現する。怒りを吐き出すように、怒涛の攻撃を繰り出した。

 

 

「【拒絶する世界(ヴァイガーン・ヴェルト)】!!」

 

 

白い世界を塗り潰すように、銃口から放たれた無数の弾丸。一発一発が命を狩り取る死神の鎌。どれだけ強靭な魂でも、邪神の前では屈服するしかない。

 

だが、神に選ばれた最強の男なら話は違う。

 

 

「剣術式奥義、【無限・極めの構え】」

 

 

「何ッ!?」

 

 

既に彼は数え切れない程の限界を越えて来た。どんな状況でも、この土壇場でも、彼の強さは無限そのもの。

 

才能から生まれた強さではない。ここまで最強を開花することができたのは―――いつも想う人がいたからだ。

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)(あらため)】」

 

 

ダンッ!!

 

 

逃げ場のない弾幕へと疾走する。慶吾を倒す為に、前へ。

 

大樹の気迫に慶吾は思わず一歩下がってしまう。そして自分が恐れたことに苛立つ。

 

 

「無駄だ! 神を喰らう邪神の力に敵うわけがない! そのまま砕け散れ!!」

 

 

更に銃の引き金を引いて火力を上げる。凄まじい破壊力を秘めた弾丸に、大樹は刀一本で挑む。

 

 

パシッ! ガギンッ! ビシッ! キンッ!

 

 

信じられない光景を目の当たりにする。刀は地面に突き刺さず、前へと走っていたのだ。

 

全ての弾丸は刀を砕くのに十分な力を秘めていた。なのに、刀は折れるどころか欠けることもない。

 

大樹に向かって放たれた銃弾は華麗に受け流され、体に傷一つ付けることなく後方へと流れる。

 

 

「馬鹿なッ……何故だッ……!?」

 

 

圧倒していたはずの状況が、完全に逆転されていた。相手はボロボロで回復する力も無いはずなのに、慶吾の頭には『敗北』の文字が過ぎり始めていた。

 

もう少しで大樹の間合いに入ってしまう。このまま()()()()()()ながら攻撃を続けて―――!

 

 

(下、がる……!?)

 

 

瀕死の敵に対して取る行動ではない。それは慶吾の持つプライドが許さなかった。

 

静かに握り絞めていた二丁の銃を地面に落とす。そして、狙撃銃のような真紅の長銃を生成した。

 

 

「殺す……ここで、終わらせるッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

鋭い殺意を肌で感じ取った大樹は弾丸を【刀流導(とうりゅうどう)(あらため)】で受け流しながら慶吾の異変に気付く。

 

絶対に避けるべきだと本能が叫んでいる。それでも、前に踏み出さなければならない。

 

救うと決めた大樹の矜持が逃げることを許さない。握り絞めた刀に力を流し込む。全身を循環させ、神の力も上乗せした必殺の一撃の為に。

 

 

「【狂気の災い(フェアリュックトハイト・ユーベル)】!!!」

 

 

「【刀解斬(とうかいざん)蒼天(そうてん)】!!!」」

 

 

ドゴンッ!!! ガギンッ!!!

 

 

銃声と共に亡者の叫び声が轟く。邪神の供物となった魂が大樹の命を貪ろうと襲い掛かる。

 

白い光の刀の先に真紅の銃弾が衝突した瞬間、自分の両腕が赤黒く腐り始めた。

 

このまま骨まで腐り、折れてしまえば一瞬で死ぬ。心が恐怖で染まり切りそうになってしまう。

 

 

「ぐぅ……がぁッ……!!」

 

 

「潰れろぉ! 潰れろおぉ! 潰れろおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 

真紅の銃弾から悪霊が勢い良く溢れ出す。大樹の全身を強く掴み、噛み付き、命を奪おうとしていた。

 

 

「……ぅ……がッ……!」

 

 

だが大樹の命を奪うことはできない。

 

右手を刀身に置き、さらに力を入れる。それでも押し返せないなら、

 

 

「終われるわけがぁ、ねぇだろうがああああああァァァ!!!!!」

 

 

ガギンッ!!!

 

 

獅子の咆哮より轟く声音。大樹は自分の額を刀身にぶつけ、全ての力を注ぎ込んだ。

 

既に致死量を越えたはずの鮮血が宙を舞う。死んでいるはずの魂を燃やしながら邪神の力に牙をむく。

 

 

バギンッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

【神刀姫】の刀身が折れると同時に必殺の弾丸が砕け散る。亡者の叫びも消え、大樹は慶吾の攻撃を押し返した。

 

信じられない光景に動きが止まってしまう慶吾。その一瞬で無残な体を酷使して大樹は前へと距離を詰める。

 

 

「くッ―――【狂気の―――】」

 

 

「遅ぇ!! 二刀流式、【紅葉(こうよう)神桜(かみざくら)の構え】!」

 

 

腐り切った腕は―――まだ微かに動く。全身の力を腕に注ぎ込み、限界を越える。

 

瞬時に両手に新たな【神刀姫】を展開。握り絞めると同時に逆手に持った刀を十字に構え、一点に全身全霊の一撃を集中させる。

 

 

「―――【双葉(そうよう)双桜(そうおう)】!!」

 

 

グシャッ!!!

 

 

桜色の斬撃に慶吾の血が混ざり飛び散る。慶吾の体ごと真紅の長銃を破壊した。

 

たった一撃で身代わりの悪魔が全て死に絶え、致命的な傷を負わせた。勢い良く後ろに吹き飛び、慶吾の意識は朦朧(もうろう)としていた。

 

 

「ぐぅ……がはッ……はぁ……はぁ……!」

 

 

口に溜まった血を吐きながら立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。床に手を付けたまま、大樹を睨み付けた。

 

 

「はぁ……はぁ……ぐぅッ……はぁ……!」

 

 

刀を地面に突き刺し、重い体を支える。全身からおびただしい量の血を流す大樹は虫の息。

 

お互いが息を荒げながら睨み合う。自分から攻撃を仕掛けようとはしない。

 

均衡が破られない内に、大樹は口を開いた。

 

 

「双葉の死因……」

 

 

「何?」

 

 

「お前は、双葉の死因を知っているか?」

 

 

質問の意図が分からない。困惑した慶吾は口を開けなかった。

 

双葉の死因。それは自分が彼女を押し、本棚の下敷きにしたことだ。

 

本棚の下敷きになった双葉を、ゆっくりと血が床を浸透する時間を、自分の首を絞めながら後悔したことを鮮明に覚えている。

 

 

「双葉を殺したのは自分だと言ったな。お前は都合の良いことになっていたと口にしていたな」

 

 

怒りを含んだ低い声音。大樹は腐り切った手をグッと握り絞める。

 

 

「ふざけるなよ馬鹿野郎がッ。アイツの死因が自殺になったことにおかしいと思わねぇのかよッ」

 

 

「何が……言いたい……!?」

 

 

「まだ分からねぇのか……双葉は自殺したって言っただろ。警察が部屋を調べて『他殺』と判断せず、『自殺』と断定した。それだけ部屋は『自殺』だと自然な形だったと思わないのかよ」

 

 

「馬鹿な……いや、そんなことはッ!?」

 

 

そこまで口にすると、慶吾は察してしまった。大樹が何を伝えたかったのか。

 

目を見開き、手を震わせる。言葉にならない消えた感情が膨れ上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

「―――お前は双葉を殺していない。双葉が、自分の意志で死を選んだんだ」

 

 

 

 

 

慶吾の中で、何かが壊れるような音が響いた。

 

 

「黙れッ……!」

 

 

「アイツは自分の意志で縄で首を絞めたんだよ! 他殺だと思われないように、お前が殺したとバレないように!」

 

 

「黙れ黙れ黙れッ!!」

 

 

「それがどれだけ怖いことかお前に理解できるか!? どれだけ人を深く愛せても、とても容易にできる行為じゃないくらい分かるだろ!? アイツの思いに気付いてやれよッ!!」

 

 

それが双葉の死の真相。義理の弟を守る為に命を絶った。

 

慶吾は頭を抑えながら苦しむ。血に濡れながら彼女は偽装工作をしたことを想像してしまう。

 

そして―――慶吾は愚かな勘違いをしていたことを後悔してしまった。

 

 

「ああああああああぁぁ!! もうッ、黙れよお前ぇ!!」

 

 

怒りに火が点くように叫び声を上げながら黒銃を握り絞める。そのまま大樹の眉間を狙おうとするが、

 

 

「どれだけ辛いことから逃げても、必死に目を逸らそうとしても、心のどこかで残っちまうんだよ」

 

 

「俺は逃げてない! 記憶を無くして過去から背いたお前とは違う!」

 

 

「ああ! 俺はお前とは違う! でもな、最低野郎なのは同じだ!」

 

 

ガキュンッ! カキンッ!

 

 

我を忘れるほど憤怒しているせいか、邪神の力があまり込められていない弾丸が大樹を襲う。針玉を握り潰すかのような痛みに耐えながら鉛のように重い腕を振り上げ、剣で銃弾を斬る……が、腕の力が足りずに手から剣が落ちてしまう。

 

それでも、大樹は伝えなければならないことを叫び続ける。

 

 

「俺たちはもっとッ……双葉のことを、『知る』べきだったんだッ!!」

 

 

「ッ……!?」

 

 

「双葉が好きな物で良い! 趣味でも本でも、苦手な物で良い! もっと知るべきだったんだよ! そして彼女の隠していた思いをッ、覚悟した意志をッ、伝えたい気持ちをッ……!」

 

 

あの桜の木の下で見せた双葉の涙が脳裏に過ぎる。たった二文字の『好き』だという言葉をお互いに伝えるのにどれだけの時をかけ、どれだけの世界を渡り歩いたか。

 

そして、その思いが報われないことの悲しさを大樹は知っている。だから二度と、知らないままでは終わらせたくない!

 

 

「『知る』んだよ!! 知らなきゃ何も始まらねぇ! 知らずに全部終わらせようとするな! 多くある世界のことを! 多くの人たちを! 俺たちが前に進むには必要なことなんだ! 真実から逃げてんじゃねぇよ宮川 慶吾!!」

 

 

「偉そうな口を利くな!! それを知ってどうする!? 双葉の思いを知って、何が変わる!?」

 

 

再び銃口を大樹の額に向ける。今度は威力が落ちないように邪神の力を込め、引き金を引いた。

 

 

グシャッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

「ぐぅおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 

腐り切った左腕を盾にしながら前に向かって走り出す。そんな力があるはずがないのに、大樹は戦おうとしていた。

 

 

「変わるに決まっているだろ! 俺は知った! 知ったからここに立っているんだ!」

 

 

「くッ!?」

 

 

右腕を大きく振りかぶり力をグッと込める。動揺していたせいか慶吾の防御が遅れてしまう。

 

ボロボロで脆い拳だろうが、体の限界だろうが、そんなことはどうでもいい!

 

ありったけの思いを乗せて、奴に撃ち込むだけで十分だ!

 

 

「双葉が願っているはずがねぇ! お前の不幸を、傷付く事を! 幸せを願っていることくらい分かれよ!!」

 

 

血が出る程歯を食い縛り、大馬鹿野郎の顔面に向かって拳を振るった。

 

 

「世界の為だけじゃない! 好きな女の子の為だけでもない! 俺はぁッ―――!!」

 

 

目を覚まさせるために、幼馴染が流した涙のために、知った思いのために、大樹は叫ぶ。

 

 

双葉(アイツ)が自分の命を懸けて守ったッ、馬鹿な弟を救う為に戦ってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォ!!!!!!!

 

 

ドゴォオンッ!!!!

 

 

それは今までの攻撃の中で一番弱い攻撃だった。

 

大樹の渾身の一撃は慶吾の顔面に叩き付けられた。だが神の力も出せてない、人の出せる力の拳だ。

 

天界に来る途中の悪魔に傷を負わせることのできないひ弱な拳。

 

 

「ッ―――――」

 

 

だが、慶吾には強烈な一撃となっていた。

 

殴り飛ばされ地面を何度も転がる。両手から銃が落ち、呼吸が激しく乱れた。

 

朦朧(もうろう)とする意識の中、彼は()()()

 

 

「うぐッ―――――!」

 

 

遂に大樹も限界に達してしまい、そのまま前から崩れ落ちてしまう。

 

両者が倒れた状況の中、沈黙は続く。呻き声だけが静かに響いていた。

 

 

(やべぇ……意識が……!)

 

 

既に数え切れない程の限界を越えた戦いを繰り返している。意識は闇に落ちる直前。

 

衰弱しているせいで神の力だけでなく緋色も精霊も、【神刀姫】すら出せない。

 

両腕は腐り落ち、肩まで腐敗が進んでいる。辛うじて両足が付いているのは奇跡だが重傷だ。

 

 

(これで、終わってくれ……)

 

 

そう願いながら(まぶた)が落ちようとした時、

 

 

 

 

 

「―――【究極悪神器(レメゲトン)】」

 

 

 

 

 

ドクンッ……!

 

 

世界を破滅する鼓動が、低く響いた。

 

とてつもない憎悪に溢れた力に大樹は顔を上げる。そこには禍々しいオーラを纏った黒い大剣が地面に突き刺さっていた。

 

操り人形のように歪な動きで慶吾は立ち上がり、片手で握り絞めていた。

 

 

「なんだよ……それ……!?」

 

 

今までの物とは比べものにならない桁違いの悪意。大樹の直感が悲鳴を上げるほどアレは危険だと分かる。

 

全てを貪り、喰い尽し、殺戮を繰り返す。そんな悪を固めた最悪そのものだ。

 

 

「これが、世界を終わらせる剣―――冥界剣『ツェアファレン』」

 

 

三メートルを越える漆黒の両手剣。慶吾はゆっくりと地面から引き抜いた。

 

刀身に血を流せば喜び、肉を斬らせれば笑う。憎悪と憎悪、憎悪だけを取り込んだ悪の根源と言える剣。

 

大剣から邪神の力を受け取ると、嫌な音を立てながら慶吾の傷が回復していく。

 

 

(届かなかった……届かなかったのかよ……!)

 

 

これ以上、戦う力は残っていない。完全な圧倒的敗北に大樹は言葉が出ない。

 

刀を握ることすら、立つ事すら、敵意を向けることすらできない。何もできない現実に、静かに涙を流した。

 

 

(どうしてッ、どうしてだよッ……俺を殺したいくらい双葉を思っているなら、その心に響いているはずだろ……!)

 

 

後方から封印された【冥界の扉】が激しく音を立てていた。

 

鎖が壊れた今、世界が終わるのは時間の問題。もう打つ手がない大樹は心が折れ、諦めてしまった。

 

 

「もう引き返すことはできない。世界は終わらせる。終わらせる覚悟を決めて、俺はここまで来たんだ」

 

 

揺れる視界に朦朧とする意識の中、慶吾の声が聞こえる。

 

 

「……既に邪神が俺の体を蝕み、力にする為に食らう。そうすれば、世界は全て闇に呑まれるだろう」

 

 

「ッ……ちく、しょぉ……がぁ……!」

 

 

大剣から溢れ出す闇が天界を黒く塗り潰す。白い空間は不気味な漆黒へと変わり果てていく。

 

扉から悪魔の笑い声が、吐き出したくなるような不気味な咆哮が轟いている。耳を塞ぎたくなる状況の中、

 

 

ポタッ……

 

 

ほんの小さな水滴が落ちる音が大樹の耳に届いた。

 

顔を上げれば、信じられない光景を目にしていた。

 

 

「抗うことは、できない……ここで止まることは許されないッ。俺はぁ、世界を壊ッ……がああああああァァァ!!」

 

 

苦痛の叫び声を上げ、何かに抵抗するかのように大剣を落とそうとする。慶吾の不可解な行動は、ある意味を示していた。

 

彼の頬を伝い、地面に落ちているのは―――大粒の涙。

 

 

「黙れッ……黙れ黙れ黙れぇ! もう分かっているッ! だから頼むッ……楢原 大樹、俺をぉ……俺を殺せぇ……!!」

 

 

『やめろぉ!! 馬鹿な真似はするなぁ!!』

 

 

「ッ―――!!!」

 

 

扉の先から聞こえるのは邪神の声。必死に止めようとする声だ。

 

慶吾は頭を抱えながら発狂するように叫び声を上げる。次第に大剣から溢れ出る闇に呑まれていく。

 

 

「立てよぉ! お前の意志が本物だと証明しろぉ! ()()はもううんざりだぁ!!」

 

 

『何故だ!? 何故感情を取り戻して!?』

 

 

その瞬間、意識を覚醒させるかのように大樹の感情は爆発した。

 

 

 

 

 

「―――双葉の望んだ世界を、救ってくれぇ!!!」

 

 

 

 

 

グシャッ!!!

 

 

肉を押し潰すかのような音と共に慶吾の声は消えた。

 

闇の球体が慶吾を包み込み、中で蠢く。

 

 

『捨てろぉ!! お前に感情は不要! 破壊と殺戮を、それだけを考えていればいいのだ!』

 

 

グゥッ……!

 

 

その時、大樹の体が動いた。

 

限界を越え、絶対に立ち上がることのできない体のはず。なのに、彼は額を地面に当てながらグチャグチャになった足で立ち上がろうとする。

 

 

「いらないは、お前だクソ邪神ッ……!」

 

 

ゆっくりと、血塗れになった体を震わせながら立ち上がろうとする。

 

邪神は大樹の生命力にありえないと驚いていたが、両腕のない無様な姿に笑い声を上げる。

 

 

『クッハッハッハッハッ!! その体で勝てると思っているのか!? これは傑作だ! 神の席に座る者達は愚か過ぎて腹が痛いわ!』

 

 

「笑うんじゃ、ねぇ……!」

 

 

『愚か者を笑って何が悪い? 人間共は口では守ると言っておきながら脅威を目の前にすれば仲間を捨て逃げ、人質を取れば自分は見逃されると勘違いして素直に言うことを聞く。人質の犠牲になろうと前に立つ奴らは、死にかければ泣いて命乞いをする。正直者は馬鹿を見るとはッ……まさに人間が相応しい。クッハッハッハッ!』

 

 

人との繋がりを馬鹿にされたことに大樹は歯を食い縛る。腹の底から湧き上がる怒りは抑えきれなかった。

 

 

ドクンッ……ドクンッ……!

 

 

目を閉じれば心臓の鼓動音が聞こえる。自分が生きていることを何よりも証明してくれる。

 

そうだ、まだ生きている。生きているんだ。

 

 

「テメェは馬鹿にしちゃいけねぇことを笑った。その余裕、いつまで保っていられるか見物だな」

 

 

『何だと?』

 

 

アイツは最後の最後まで邪神に抵抗した。だったら俺も、こんな所で諦めて良いはずがねぇ!!

 

再び堅く決意し、前を向けば闇の球体から慶吾の姿が現れる。先程のような助けを求めた彼はどこにもいない。

 

 

「殺す……壊す……それが、俺のぉ……!」

 

 

「もう大丈夫だ。お前は、俺が止めて見せる」

 

 

―――慶吾の最後に見せた思いは、大樹の心に届いた。

 

それは人と人が『知り』、『繋がり』が生まれた瞬間だった。

 

 

『英雄ごっこはお終いだ!! 殺せッ!!』

 

 

「俺のぉ……望みだぁ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

叫び声を上げながら慶吾が振りかざした大剣は地面に叩き付けられた。漆黒の空間が大きくひび割れ、天界中を震動させた。

 

強大な衝撃波が大樹に向かって襲い掛かる。避けることも耐えることもできない強烈な一撃に邪神は勝利を確信する。

 

 

「お前の意志……願い……全てを受け継ぐッ!!」

 

 

ダッ!!

 

 

両足に力を入れて前に向かって疾走する。血迷ったかと邪神は狂い笑うが、

 

 

ガリッ!

 

 

『貴様ッ!?』

 

 

飛び込んで噛み付いたのは慶吾の落とした黒銃だった。口内に激痛が走り、喉の奥から血が吐き出しそうになる。

 

だが、決して離そうとはしなかった。

 

 

(これが最後の戦いだ! だから……だから頼む!!)

 

 

銃から漆黒の光が溢れ出すと同時に衝撃波に呑まれる。

 

全身を引き裂くような激痛に耐え、両足が千切れて心臓が潰れても、大樹は意識を保っていた。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!!

 

 

星を砕くような一撃に一帯が荒れ果てる。今までの戦いが小さく思えるような強大な衝撃波だった。

 

 

「がぁ……はぁ……がぁ……はぁ……!」

 

 

『……くだらん。意味の無い抵抗程、興醒めなことはない。扉を壊せ』

 

 

息を荒げながら苦しむ慶吾に、邪神は扉を開けるように告げる。ゆっくりと扉に向かって歩き出す。

 

刹那———慶吾は命の危機を感じ取った。

 

 

ガギンッ!!!

 

 

「ッッ!!??」

 

 

「俺はいつだって期待を裏切るつもりはないぜ?」

 

 

即座に大剣を横に構えて防御する。紙一重で大剣は刀の攻撃を防いだ。

 

気配なく背後を取り、目にも止まらぬ神速の一刀。驚愕に慶吾と邪神の呼吸が止まるが、

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

その直後、慶吾の腹部に強烈な弾丸が撃ち込まれた。強靭な肉体から血が弾け飛び、勢い良く後方に吹き飛ばされる。

 

 

『馬鹿なッ!? 何故ッ……何故生きている!?』

 

 

白銀の着物に身を包み、緋色の長い帯を巻いた大樹の姿に邪神は動揺する。神の衣である【神装(しんそう)光輝(こうき)】を身に纏っていた。

 

黄金の翼が周囲に舞い落ちる。神の力が復活していることを物語っていた。

 

 

「アイツが残してくれた銃には、俺たちの希望を残してくれたからだ!」

 

 

漆黒の刀身に白銀の紋章が刻まれた剣。それは【神刀姫】が進化した姿だ。

 

ただの刀ではない。慶吾の残した力と思いが刀に繋がり、響き、銃と一体化して『剣銃』になった。

 

絶対に交わることのないはずの力が奇跡の交差を果たした。長い刀身の横に長銃が組み合わさった最強の形。

 

 

「人との繋がりが俺に力をくれた! その証拠が―――【神刀姫・黒金(クロガネ)】だ!」

 

 

『そんな馬鹿なッ!? 邪神の一部を自分の力にできるはずが―――!?』

 

 

「お前なんかの力じゃねぇ!! アイツの力だ!!」

 

 

大樹の完全復活に危機感を持った慶吾は攻撃を仕掛けようとする。大剣で軽く地面を叩くと先程のような凄まじい衝撃波が大樹に襲い掛かる。

 

そんな攻撃に大樹は見ることなく【神刀姫・黒金】を横に振って衝撃波を相殺する。だが、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

即座に逆方向から衝撃波が大樹を包み込む。一撃目は囮だ。がら空きになった反対側から本命の二撃目の攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

しかし、ダメージを負ったのは慶吾だった。衝撃波の中から飛んで来た白い炎の弾丸に左肩を撃ち抜かれる。

 

すぐに邪神の力で回復するが、何が起きたのか理解できない。衝撃波に呑まれた大樹を睨み付けていた次の瞬間、

 

 

「―――【神刀姫・白金(シロガネ)】」

 

 

反対の手には白銀の刀身に真紅の紋章が刻まれた『剣銃』が握られていた。【神刀姫】と【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】が融合した【神刀姫・黒金】と対になる武器。それが【神刀姫・白金】。

 

これで二刀流と二挺拳銃を同時に兼ね備えた最強の構えが完成した。大樹の闘志に点いた火がさらに燃え上がる。

 

 

「これが最後の戦いだクソ邪神! お前の思い通りには絶対にさせない!」

 

 

『貴様ッ……!』

 

 

英雄は再び立ち上がる。

 

最後に託された希望を握り絞め、慶吾に向かって刀を向ける。

 

全ての繋がりを断たせない為に、全ての思いを無駄にしない為に。

 

そして、愛する者の所に帰る為に負けるわけにはいかない!

 

 

 

 

 

慶吾(お前)も! 世界も! 皆も! 全て救ってハッピーエンドだ!!!」

 

 

 

 

 

―――全世界の未来を賭けた本当の最終決戦(ラスボス戦)は、ここから始まるのだ。

 

 

 


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