香澄は、いつものコンビニでみんなを待っていた。
お気に入りのイヤホンをつけ、朝日を浴びながらコンビニの看板の所でご機嫌な仲間たちを待っている。
Bluetoothで繋がれたイヤホンから、最近流行りのロックンロールが伝波してきていた。つい沸き立ってしまうようなギターロックは思わず踊りたくなるような曲調だったが、さすがに人前では踊れない。音楽のメロディーにあわせて、香澄は鼻歌を歌う程度に留めていた。
時々、道行く人々がチラっとこちらを見てくるが、そんなものはもう気にしない。音楽は、みんなで信仰するものなのだから。なんなら、ああやって見てくる人たちも歌えばいいのに……。とすら思っている。
そんなギターロックに身を任せながら、香澄はみんなを待つ。こうしたらもっとライブが盛り上がるかな、とか。このギターテクニック真似出来ないかな、とか。考えながら待っていると、後方から声がかかった。
「かすみんセンパーイ!」
軽快な足音が聞こえてくる。手を振りながら、緑色のパーカーを制服の上から着ているPoppin’Partyのギタリスト、花園たえだった。
香澄はイヤホンを外し、鞄にしまいながらたえに笑顔を向ける。
「おはよう、たえちゃん」
「おはようっす、かすみんセンパイ!」
おそらく、日本中で毎日何万回と繰り返されている挨拶を交わす。おはようで始まる事が出来た一日は、きっといい日になる気がした。
「……おや、ベンケー殿。もしかして震えているのか?」
「ふ、震えてなんかないわよ。そう。ただ、ちょっと緊張しているだけよ」
「緊張してるではないか」
「緊張するに決まってるでしょ! 新学期で、クラスも変わるっていうのに……。あんたは緊張しないの?」
「うちは、白米を売る先が増えて嬉しい」
「あんたねぇ……」
いつも通り、ちょっと遅れて二人が合流する。Poppin’Partyのキーボーディストと、ベーシスト。市ヶ谷有咲と、牛込りみだ。
二人は、やいのやいのと騒がしくお喋りしながら、たえと香澄の元へ歩いてくる。
「おはようふたりとも!」
「おはようっす」
「おはよー」
「おはよう」
4人が合流し、自然と足が動き出す。昨日の夕飯はなんだったとか、テレビの内容とか。色々な話しをしながら学校へと向かっていく。
花咲川学園の校門を抜けると、普段は何も貼られていない掲示板一面に、何かが貼りつけられていた。少し近寄り、太字の表題のようなものを見てみると、"クラス分け表"という風に書かれている。
クラス分け。それは、今後の学校生活がどう転ぶから運命の時。友達が居る者はその後の生活は華やかなものになり、友達が居ない者はまた1から友達を作らなければいけない。その為、新学期の最初の一日目にはかなりの人集りができていた。
……一度、友達作りのスタートダッシュを失敗している香澄は、ちょっとだけ去年のことを思い出していた。
「……かすみん? 何止まってるの?」
立ち止まり、去年の失敗をしみじみと思い出していると、有咲が心配そうに覗き込んでくる。
「去年はまだ青かったなぁ……。って思って」
ーーなんて、恥ずかしくて言える訳もなく。香澄は、有咲に大丈夫だよと伝え、先に行っているたえとりみの後を追う。
「にしても、やっぱり凄い人だかりだね」
塊ができている掲示板から、少し離れて見守る。左右を見ても、人人人。これだけの人数がこの学校で授業を受けているのが、なんだか不思議な香澄だった。
「ううっ……なんだか酔っちゃいそうっす」
「ふむ、よし。なら、この人達の上をだな……」
「踏んずけるの? やめなさい」
勢いをつけて、今にもジャンプしようとしているりみを止める。あははーと笑いながら、香澄達はその波に加わった。
だが、いる場所は1番後ろ。一概に身長が高いとは言えない香澄では、背伸びをしないと少々見えずらかった。
「戸山……戸山……」
人並みをかき分け、中に入ろうとするものの押し出される。仕方なく、香澄は爪先立ちを強いられることになった。
ぷるぷると足を振るえさせながら、何とか見える掲示板を確認する。
ーー名前はまだ無い。もっと、横に貼られているのだろうか。
爪先立ちのまま、右にジリジリと移動を開始する。
……A組1行目……まだ無い。……2行目……これも無い……。もしかしてB組かな……。あ、あった。A組だ。
自らの名前を見つけた事と、脹ら脛の限界が来た。足を下ろした香澄は、隣に居る彼女らの方を向く。
「私、A組だったよ!」
「あ、私も」
隣にいた有咲がそんな声を上げる。たえとりみがまだまだ右の方へジリジリと移動していく中、有咲と香澄は同じクラスになった。
「やった! 来年もよろしくね、有咲ちゃん」
つい有咲の手を握る。キュッと少しだけ力を込めて、有咲に笑いかけた。
「よ、よろしく……」
なんだか、顔が赤い有咲であった。
そんな事をしていると、ジリジリと移動していたたえとりみが戻ってきていた。有香澄の手から優しく抜け出しながら、有咲はたえとりみに聞く。
「おたえとりみりんはどうだった?」
「ふたりとも同じクラスだったぞ。2-Bだ」
「これで、別れなくて済むっすね!」
「うさぎ殿……」
「ニンジャセンパイ……」
涙を流しながら、たえとりみが手を取り合う。1年生の時に、毎日と言ってもいいくらいに見た光景だった。
有咲、りみ、たえと一緒に、去年とは1階上がった教室へと向かう。階段を去年より数十個多く進んで、廊下を少しばかり歩くと2-A。そして少し奥に2-Bの教室が見えた。
「それじゃあ、みんな。また放課後に蔵に集合だよ」
「忘れるんじゃないわよ」
「ふむ」
「了解っす」
今日は、放課後にバンド練習なのだ。今はいない沙綾も合わせて、5人で新曲の練習をする。
有咲は、予定を確認するように2人に伝え、りみとたえと別れた。
2-Aの教室に入ると、既に教室はガヤガヤと騒がしかった。番号順に並べられた席に座るよう指示がされていたので、香澄と有咲はそれぞれ席に着く。
「……こんにちは!」
「うひゃあ!?」
カバンを置き、準備を済ませ、有咲のところでも行こうかな……と考えていたのも束の間。香澄の机から一人の女の子が生えてきた。
金髪の長い髪を揺らし、金色の瞳で香澄の事を観察するように眺めている。
この約1年くらいで、だいぶコミュ障が改善されてきた香澄だったが、流石に突然女の子が机の下から出てくるのにはびっくりした。香澄は、しどろもどろになりながらもその女の子に話しかける。
「え、えと。お、おはよう……?」
「ええ! おはよう!」
何故かは分からないが、めちゃくちゃに嬉しそうに笑顔を見せている彼女。香澄は、太陽のようにも見える笑顔の輝きがとても眩しかった。
「あなた、一緒のクラスになるのは初めてよね! お名前を教えてちょうだい!」
「え、えと。戸山香澄、です」
「カスミ! 香澄って言うのね! ーー私は、弦巻こころ! よろしくね!」
ーーな、なんでこの子はこんなに嬉しそうなんだろう……?
ただ名前を言っただけなのに、これだけ嬉しそうにしているのはこのこころという子だけなんじゃないだろうか。香澄は、疑問符しか浮かんでいなかった。
「ねぇ、香澄。私、あなたを見た事があるような気がするのよね。どこでかしら?」
頬に人差し指を当てて、考える素振りをする。うーん、うーんとうなり、必死に思い出しているようだ。
「えと、多分ライブじゃないかな。私、"Poppin’Party"っていうバンドに入ってるから」
「ライブ! バンド! そうだったのね! とってもステキじゃない!」
くるりと周り、"素敵だ"という感情を体全身で表すこころ。クルクルと回り続けている彼女を、周りのクラスメイトは微笑ましげに見つめている。
「あぁー……。もう、こころ! くるくる回らない! どっかにぶつかったら危ないでしょ!」
くるくるくるくる回り続けているこころを、後ろから窘める声がした。セミロングで、髪留めをした彼女は、こころの肩に手を置いて回転を止めた後、香澄に向き直る。
「ごめんね、戸山さん。いきなり騒がしくなっちゃって」
苦笑いをする彼女。このこころという子への対応からして、随分仲がいいようだった。
「ううん、大丈夫。えっと……」
「あぁ。私、奥沢美咲。よろしくね」
彼女は、こころの手を握りながら言った。対するこころは、美咲の手を握り返し、上下に振りながら言う。
「ねぇ、美咲! 香澄ったらバンドをやっているのよ! 私達と同じね!」
「同じ……? 弦巻さんと奥沢さんって、バンドやってるの?」
よくぞ聞いてくれました! という感じでドヤ顔のこころ。腰に手を当てて、高らかに言った。
「ええ! "ハロー、ハッピーワールド!"よ! 私とミッシェル、はぐみと花音、薫、そして美咲の6人でやってるの!」
「……一応、やらせてもらってます」
「へぇ、そうなんだ」
なんだか、奥沢さんがちょっといいとどまったのが気になった。が、実際奥沢は満更でもなさそうだったので置いておく。
「……ほら、こころ。もうホームルーム始まるよ。席に戻らないと」
「はーい!」
時間を確認すると、HR開始の直前だった。あと数回秒針が動いたら、2年生初めてのHRは始まるだろう。
こころは、美咲に言われると素直に席に戻っていった。
……なんだろう、この、奥沢さんの感じ。弦巻さんのたしなめ方というか、ものすごくツッコミ役っぽいというか。凄く有咲ちゃんぽい。
「……それじゃ、戸山さん。こんな感じで騒がしくなっちゃうけど、これからよろしくね」
「う、うん。こちらこそよろしく」
手をヒラヒラと振りながら、美咲も席に戻っていった。
なんだか心当たりのある感覚を思い出そうと考えていると、教室に教師が入ってくる。出席番号が1番の有咲が何とか声を絞り出し、号令をし、「きりーつ、れーい」のお辞儀をする。そして、みんな一斉に椅子をひいて席に着く。
「それじゃあ、自己紹介でもしましょうか。出席番号1番の人からお願いね……」
そう言われ、目に見えて焦り出す有咲。その様子を少し離れたところから微笑ましく見つめたのが、2年生生活のスタートだった。