「Great! Excellent! Unstoppable! いいわいいわ! 物凄くいいわ!」
高層マンションの屋上階。RASの音楽スタジオの中。チュチュ甲高い声が、スタジオ中に響いていた。
「予想以上の反響だわ! やっぱり、SNSを利用したことが効いたわね」
チュチュはチラリと、視線を下に落とす。沢山のディスプレイと大きめのスマートフォンがチカチカと光っており、その全てが異なるSNSを写し出していた。
下にスクロールしていく度に、目に輝きが増していくチュチュ。笑みも零れ、テンションが上がり続けている。
「おめでとうございます! おめでとうございまーす!」
パレオが、いつの間にか紙吹雪を用意していた。カラフルな細かい紙をカゴから取りだし、上に投げる事で、辺りを華々しく飾ろうとする。
"ミーティング"という名で集められた、たえとRASの四人だったが、まず始まったのはSNSのエゴサーチだった。チュチュとパレオが声を上げて喜んでいる中、たえとレイ、マスキングは、ちょっと離れたソファに座りながら眺めていた。
「マスキング! ケーキを焼いてちょうだい!」
「何ケーキだ?」
背もたれに思い切り寄りかかり、足を組んでいたマスキングが前に乗り出す。マスキングに対し、ケーキというイメージが全くなかったたえは、「ケーキ?」と隣に座るレイに尋ねる。
……どうも、マスキングは料理が得意らしい。「マスキは、料理得意なんだよ。特にケーキとか」と、耳打ちをしてくれた。
「そうね。この私達にふさわしいケーキ……すなわち……」
そう言って、
「イチゴケーキよ!」
「あいよ」
一言で答えると、マスキングは足早に部屋から出ていった。
「あなたもなかなか好評よ、タエハナゾノ! ほら、見てみなさい!」
興奮した様子で、チュチュがモニターを指さす。たえはソファから立ち上がり、チュチュの指の先を覗き込んだ。
"あのギターの子最高! 痺れちゃった!"
"RASのギター、花園たえって子良いね"
決して、少なくない数のコメントがそこにはあった。この前の、ライブについてのコメントが半分以上。たえ自身のギター技術についてがそのまた半分。そして、たえ自信の容姿についてのコメントもあった。(恥ずかしいので、これは余り見ないようにした。)
「……って、RASのギター?」
SNSで、"RAISE A SUIREN"の紹介記事がファンによって共有されていた。その引用で、自分が"RASのギタリスト"と文章が記載されている。
記事は、たえがまるで"RASのギタリスト"である前提であるかのように書かれている。
「もともと、サポートって話だったはずじゃ……」
「気が変わったわ!」
たえの呟きを聞き、チュチュが声を上げる。未だテンションが高く、身振り手振りをしながらチュチュはたえに迫る。
顔が近いーー。そんな事を頭の片隅で考えてると、
「ねぇ、タエハナゾノ。あなた、"RAISE A SUIREN"の一員になりなさい。サポートではなく、RASのギタリストになりなさい」
それは、たえにとって答えがある問だった。
自信ありげな表情が、たえの顔に精一杯近づいている。にやけたその顔は、どこか裏があるような感覚までした。
たえが黙っていると、チュチュはたえから顔を離した。
「……パレオ!」
「はい、ご主人様♪」
召使いのように素早く動いたパレオが、椅子をチュチュに近づけると、飛び乗るようにして椅子に座った。
「貴女には、RASに入る資格があるの。私が望む音を出せて、私が望む最強の音楽を作り出せるのよ。それ以上の理由はないわ」
チュチュが望む音を出せるから、欲しい。そんな、"物が欲しい"ような感覚をたえは感じた。
欲しい音が出ないなら要らない。欲しい音が出せるなら要る。そこには、必要か不必要なのかという1本だけの関係しかない。
友達だからとか、仲間だからとか。ドキドキするから一緒に居るとか、そんな感情は一切無い。
「だから、タエハナゾノ。貴女は、RASになりなさい」
諭すようにもう一度言った。静まり返っていたスタジオ内に、チュチュの淡々と話す声だけが反響する。
チュチュは、自信満々な顔だった。自分の言っている事に間違いは無いと、そう思ってる顔だった。どうせ、花園たえはRASに来るに決まってる。そうとすら思っていそうだった。
けど、そんなものはたえには関係なかった。
だって、たえは"ポピパ"なのだから。
だから、たえはあっさりとその誘いを断ることになった。
「無理っす。自分は、ポピパなので」
あまりに端的に答えるたえに、チュチュは口を開けたまま固まっていた。あまりに微動だにせず固まっている為、たえはチュチュの目の前で手を振ってみる。
しかし、反応はない。たえは首を傾げ、元いたソファに座った。
「随分ばっさりいったね」
隣に座るレイからそんなことを言われる。レイに顔を向けると、若干寂しそうな目をたえに向けていた。
「自分は、ポピパっすからね。サポートをしてる間はRASっすけど、自分は確かにポピパっすから」
「……そっか」
レイは、少し間を置いて笑った。
「……ちょっと、ちょっとちょっとちょっと! タエハナゾノ! 一体どういうこと!?」
やっとチュチュが復活した。
チュチュは椅子から立ち上がり、髪を振り乱しながら勢いのままに言う。
「どういう事って……。自分、Poppin’Partyにもう入ってるっす」
「2つ掛け持ちとかも出来るでしょ!」
「自分、不器用なんで。2つのバンドを掛け持ちとか、ちょっと厳しいっす」
「……今までライブとか練習してきたでしょ? 望む音、望む最強の音楽を作り出せるのは、タエハナゾノ。今はアナタだけ。アナタというピースがいれば、間違いなく"RAISE A SUIREN"は完成するの! 私のプロデュースの元、"RAS"は最強になれる!」
ーー最強。たえは、その思い出深い言葉を繰り返した。
マーシャルとのコラボレーションによる、無敵で最強のロックンロール。溢れ出して、突き抜けて、どこにだって行けちゃうような感覚。皆で奏でる、
たえにとっては、それが最強だった。
「だから、私はアナタをスカウトしているの! だから……!」
だが、チュチュの語る"最強"はたえの"最強"とは違うことを感じていた。チュチュの"最強"は文字通り他を寄せつけないような"最強"。ガールズバンド時代と言う戦国の中で、頂点を目指すようなもの。
たえ達のPoppin’Partyの"最強"とは、根本的に異なるのだ。
たえはチュチュの言葉を遮り、口を開いた。
「……チュチュさん。その、ありがたいっすけど、自分には自分の"最強"があるっす。Poppin’Partyとしての、"最強"が自分達にはあるっす」
「……」
チュチュは口を開かなかった。少し悔しそうに唇を噛みながら、たえを見つめている。
「だから、チュチュさん。自分は、RASにはなれないっす」
静かになる。言い終えると、チュチュは、顔を下に向け何やら震えている。その表情は、長い髪に隠れて読み取れない。
この同じ空間にいるはずのパレオとレイも、難しい顔をして口を噤んでいた。
気まずい空気が流れる中。離席をしていたマスキングが、音を立ててスタジオに入ってくる。
「……なんだ、この空気」
そう呟いていた。先程迄のやり取りを知らないマスキングは、不思議そうに眉を寄せている。
「……あはは。ちょっと色々あったっす。……そ、それじゃあ、自分はこれで!」
「……? おう。またな」
いつの間にか荷物を纏めていたたえ。もともと参加できるのはミーティングのみだったという事もあり、そそくさとその場から立ち去っていった。