「……というわけで、明日はRASの記念すべき2回目のライブよ。気を引き締めていきなさい」
高層ビルの最上階。チュチュのスタジオを背に、RASとサポートギターのたえ達は、決起集会のようなものを行っていた。
チュチュを中心として向き合い、他の4人は肩を並べて1列になっていた。
「それと、タエハナゾノ。貴方は、RASのギターとして最後のライブよ。前以上に気を引き締めなさい」
びしと、人差し指をたえに突きつける。たえは、思わず体を怖ばせながら、必死に頷いた。
「最後に最強の演奏力を見せなさい。最後に栄光の幕を
「チュチュ様、幕は
「ぐっ……。パ、パレオー!」
「きゃー♪ 止めて下さい、ご主人様ー♪」
その場で、追いかけっこを始める2人。グルグルと回る2人を、レイとマスキングは微笑ましそうに見つめる。
「……たえちゃん」
「はい?」
隣に居るレイに、声をかけられる。
「……ライブ、頑張ろうね」
「……はい!」
RASでの最後のライブは、もうすぐだ。
☆
「みなさん! おまたせしました!」
夜。そして、学園祭の前日。香澄達Poppin’Partyは、有咲の蔵に集まっていた。
RASの打ち合わせがあり、遅れての参加となったたえを香澄達は優しく受け入れる。
「お疲れさま、たえちゃん」
香澄が、青い金平糖をつまみ、たえに渡す。たえは、香澄が摘んだままの金平糖にかぶりつき、ソファに腰を下ろした。
ーー甘い。なんとなく懐かしい甘さが、疲れた体にしみ渡る。
「最後の練習どうだった?」
「とりあえず、何も無く終わったっす。最後に、チュチュさんには喝を入れられたっすけど……」
沙綾が入れてくれたお茶を、たえがすする。
「まぁ、1日で2つのライブだもんね。たえちゃん、RASはこれで最後なんだし」
広げられている手帳には、ある日に2つの赤丸が付けられていた。Poppin’Partyの学園祭ライブと、RASのワンマンライブ。そのふたつが同日に書かれていた。
「でもたえちゃん、本当に大丈夫? 時間的には問題なさそうだけど、疲れとかもあるだろうし」
「それは大丈夫だと思うっす。RASのライブと、ポピパのライブまで3時間は空いてるっすから。……リハーサルは、ちょっと出れないっすけど」
「うさぎ殿が言うなら問題ないだろう」
「そうね。念の為に時間も遅くしてもらったし、大丈夫よ。……最後の大トリになっちゃったけど」
時間をずらしてもらった関係上、出番が演目の最後になってしまったのだ。後に残っているのは、全員参加のキャンプファイヤーのみ。とても緊張するイベントだけだった。
「ポピパさんが大トリだなんて……! でらときんときんだわぁ……!」
ファンのような人が1人。キラキラとした目で、香澄達を見つめるのは、異様なほど蔵に馴染んでいた朝日六花だった。
「そう言えば、朝日さんはどうしてここに?」
「いやー、話せば色々長いんですけど……。ちょっと悩んでた時に、香澄先輩に声掛けてもらいまして。練習見学に、誘っていただきました!」
「なるほど」
用意された座布団に、ちょこっと座っている六花。キョロキョロと辺りを見回して、「へー」とか、「はえー」とか声を上げている。
「六花ちゃんとは、また話したいと思ってたし。色々とちょうど良かったんだよね」
「うん。悩んでいる内容も、見過ごせなかったし」
香澄と沙綾がそんなことを言い合う。それって一体ーーと、たえが2人にに問う前に、有咲はパンと手を叩いた。
「はいはい。おたえも帰ってきたことだし、練習始めましょうか」
「うん」
「御意」
「はーい」
有咲が指揮を取り、四人が定位置に着く。そして、沙綾のドラムから演奏が始まら……なかった。
定位置に着いたまま、香澄は六花に問う。
「ねぇ、六花ちゃん。なにか聞きたい曲とかない?」
「え?」
「いやぁ。私って、話すことが苦手だから。音楽でなら、六花ちゃんに何が答えられるかなーって思って」
はにかむ香澄。ポカンと口を開けている六花は、そんな香澄の表情を見て俯いた。
「……私、イエバンが聞きたいです」
「イエバン?」
「はい。もし、良ければ聞かせて欲しいです」
「……うん、分かった!」
皆を見る。アイコンタクトを交し、タイミングを合わせる。六花の悩みとか、諸々を省かれていたたえだったが、そのアイコンタクトで全てを察することが出来ていた。日本一のバンドと言うのは、言葉を交わさずとも思いが伝わるというものだ。
「……"Yes! BanG_Dream!"」
ーーさぁ、飛び出そう!
弾きなれたフレーズ、止まない興奮。うねる螺旋に、回る旋律。共有を超えた、共鳴。いつまで経っても、このドキドキは鳴り止まない。
ここから、何かが始まるーー。そんな予感がする。
演奏中、ふと六花を見るとキラキラした何かが見えた。
一筋の涙滴が頬を伝い、全身で音楽を享受している。
たえは、そんな様子を俯瞰して見ていた。そして、理解していた。
朝日六花は、何かを止めてしまいそうだったのだろう。例えばーー、そう。バンドメンバーを集める事だとか。
詳しい話は分からないが、香澄の歌からそれが伝わってくる。
ここから始めよう! 大丈夫! 怖くないよ! 夢にはいつか、必ず出会える。強くなれる!
ーー思いは、伝わっただろうか。
1曲を終え、香澄は六花を見た。
涙と鼻水で大変な事になっている六花は、制服の袖で必死に顔を拭っている。
「ぐずっ……」
「ろ、六花ちゃん大丈夫!?」
沙綾が慌ててタオルを持ってくる。「ありがとうございます」と、つっかえつっかえになりながら六花はお礼を言う。
「ありがとうございます……。ぐすっ」
タオルで顔を覆う。肩を震わせ、聞こえてくる嗚咽が香澄を焦らせる。
頭をフル回転し、何を言おうか考えるも何も出てこない。とてももどかしい。
「ごめんなさい……。色々と、思い出しちゃって」
近くにあったティッシュで、ぶーんと鼻をかむ。
香澄は、その姿がとある人物と被ってまで見えた、!
「私、中学校までバンドやっていて。とても楽しかったんです。友達と組んだバンドだったんですけど、目指すところもあったり、皆仲が良かったりして……」
ポツリ、ポツリと話し始める。話す度に、頭が段々と垂れていく。
「……けど、都内の高校に行くって事で、バンドは解散しちゃったんです。それでも、バンドはしたかったから、こっちで色々と探してたんですけど……。何も上手くいかない」
元々、人と話す事が得意ではない六花にとって、とても大きな壁だった。更に、ギターという人口が多い楽器だった事もあり、六花は次第にバンドを探すことをやめていったらしい。
「いつの間にか、バンドを探すのを止めてしまってたんですけど……。私、いまのイエバンを聞いて思い出しました」
六花はゆっくり立ち上がった。
髪の間から見える表情は、決意の表示で溢れている。
「諦めちゃ、ダメですよね! バンドをしたいのに、それを自分から諦めてしまったら、それは楽しかった思い出に、自分を裏切ることになってしまう」
鞄とギターケースを持つ。今にもどこかに走り出しそうな勢いだった。
「ポピパさん、ありがとうございます! お陰様で、大切なことを思い出しました!」
ぺこりと、90度のお辞儀をする。消えて、なくなってしまいそうな表情から一転、自信で溢れていた。
「香澄先輩、みなさん! ちょっと私、行ってきます!」
では! と、六花は階段を上り、走り去っていった。
一気に静かになった、蔵の中。あまりの勢いに、香澄達は呆気に取られていた。
「……嵐みたいにどっか行っちゃったっすね」
もう夜なんですけど、とたえはつけ加える。りみが後を追って蔵の扉を開けるも、もう六花の姿はないようだ。
「ふむ、本当に行ってるな」
「即行動かぁ、凄いね」
感心している沙綾。後に残された、タオルを拾い上げていた。
「でも、元気になってくれてよかった」
「そうね。かすみんとか、皆の気持ちがちゃんと伝わった結果よ」
やり切ったような、嬉しい感じ。自分の考えている事とかが、伝えたい事が伝わるとこんなにも嬉しいことだなんて。考えた事はあったけど、実感したのは今日初めてだった。ストレートに感想を貰ったのも、目の前で自分達の音楽の力を感じたのも、初めてだった。
「……それじゃあ、練習続けましょ。明日はいよいよ本番だし、気合い入れないと」
この感覚を、忘れないようにしたい。香澄たちは、それを染み付けるように最後の練習に励む。