文化祭が始まった。
今年で二十七回目となる文化祭は、香澄が気づかない所で、花咲川女子学園と、羽丘女子学園との合同文化祭になっていた。
音楽や、飲食。演奏や、ゲーム。展示や、出し物など、さまざまな青春の思い出達が溢れていき、学校の随所で青い砂が湧き出していく。
そんな学校の至る所に、Poppin’Party"のフライヤーは貼ってあった。去年と変わらない、メンバー手作りのフライヤーは、ところどころで注目……いや。去年以上に注目されていた。
ポスター前の人集りが、自分達のものとはいざ知らず。学園祭に来たお客さん達集団だろうと決めつけていた香澄達は、舞台となる体育館でリハーサルを行った。
会場は、去年とは雰囲気がガラリと変わっていた。校風が異なる2校が交わった結果、煌びやかな装飾が至る所に乱れている。羽丘女子学園の生徒も大勢来る為、人数は去年以上。全然ポピパを知らない人たちも来る事になるだろう。
楽しみが8割以上、不安が2割といったところだった。
バタバタとあちこちで学生が走り回る中。リハーサル終えた香澄達は、たえとSNSで連絡をとった。
今は午前10時頃。たえは、14時から始まるRASのリハーサルに既に向かっている。
程なくして、たえから連絡が返ってくる。
『たえちゃん、今どんな感じ? こっちは、リハーサル終わったよ!』
『こっちもリハーサルが終わって、今は最終チェック中っす! とりあえずは順調っす!』
問題はなさそうだった。そんなたえに、ちょっとだけ安心した香澄だった。
まだ、本日の文化祭は続いている。出し物の手伝いをするべく、香澄達はそれぞれのクラスへと散っていった。
☆
「ーーありがとうございます! "RAISE A SUIREN"でした!」
夕刻。ライブが終わる。たえを含む"RAS"のメンバーは、惜しまれる歓声を背にステージを後にしていた。
今日で最後の、RASでのサポートギターという事もあり、たえの名前を呼ぶ声が多く聞こえる。
『たーえ! たーえ! たーえ!!』
ステージ裏に行って尚、床が揺れる程に声援が聞こえる。
「……凄い声援だね」
「そ、そうっすね……。自分、感動で泣いちゃいそうっす」
たえの目尻に、少しだけ光るものがある。dubの多い客数と、揃ったたえへのコールが、たえの心を揺さぶっていた。
……舞台裏の控え室で、水分補給を含む小休憩をしていた五人。心地よいコールを耳にしていると、"たえコール"は次第に"RASコール"へと変わっていく。
「……チュチュさま。これって」
「ええ! アンコールよ! 私達の音楽へのね!」
頬を紅潮させ、語尾を強く言う。
「さぁ、行くわよ! オーディエンスが、RASを待ってるわ!」
「はい! チュチュさま♪」
足早にステージへ向かうチュチュと、後にピッタリと着いていくパレオ。
「先行ってるぞ。早く来いよな」
マスキングも、ニヤリと悪い笑みを浮かべている。自前の白いドラムスティックを肩に担ぎ、控え室を出ていった。
「ーーたえちゃん、行こう!」
レイから手を差し伸べられる。息は上がっているが、興奮した様子で。朱色に頬をうっすら染め、小さい頃、一緒に歌った時のような笑顔を向けられた。
ーーRASとして、一緒に隣に立つのはこれが最後だと思った。一緒に演奏する事こそは、交流の中であるだろうけど。同じバンドとしては、これが最後なのだと思った。
たえは、チラリと壁掛けの時計を見る……。時間は、問題なさそうだ。アンコールで2、3曲披露したとしても充分に間に合う予定だ。
「ーーはい!」
たえは、レイの手を取る。最後かもしれないこの瞬間を満足に噛み締めるべく、スナッパーを首からかけた。
☆☆☆
「……とりあえず、間に合いそうでよかったね」
ライブも終わり、街中を歩いている時。レイからそんな言葉をかけられる。
あの熱烈なコールの後、アンコールをしたたえとRASだった。収まらないコールと熱量に3曲も披露してしまい、ライブ後の高揚感と同時に焦燥感を感じることになっていた。
だが、まだ間に合う。今、向かっている電車に乗ることが出来れば、問題なく着く計算だし。香澄達にも連絡して、返信も帰ってきているし。大丈夫だろう。
チュチュ達への挨拶を早々に済ませ、足早にスタジオを出たたえだったが、レイが見送ってくれる事になり、一緒に駅に向かいだして今に至る。
「そうっすね! チュチュさんがノリノリ過ぎて、4曲目に行きそうな時はちょっと焦ったっすけど……」
角を曲がる。数メートル先に、乗り込む為の駅の看板が、淡く光っているのが見える。
念の為、スマートフォンで時間を確認する。……電車に乗るまで、あと数十分。余裕をもって来れたようだ。
駅に入り、交通系のICカードにお金をチャージする。往復できるくらいのお金を入れて、もう一度時間を確認する。
電車の時間まで、後5分だった。
「……ねぇ、たえちゃん」
チャージを済ませると、レイが真剣な表情をして言った。
「ちょっとの間だけど、たえちゃんとバンドが出来て良かった」
それは、レイの密かな夢だった。ずっと心にあった夢。たえと離れて少しだけ薄れていたが、再熱した、"たえとバンドがしたい"という想い。
サポートギターでRASにいる間に、その想いを伝えようと思ったけど、たえちゃんの笑顔が眩しかった。輝かしい笑顔で仲間のことを語るたえに、そんな思いを伝えられる筈はない。
けど、今日は最後の日。たえがRASとしてギターを弾く最後の日。今後、たえが"RASのギター"として隣で演奏する事は、もうないだろう。
だから、ちょっとだけのわがままで、ちょっとだけの気持ちの吐露だ。
「ーー自分も、楽しかったっす。また、一緒に出来たらいいっすね!」
ーーああ。どうして、そんなことを言うのだろうか。そんなことを言われたら、余計名残惜しくなってしまうではないか。
もっと一緒にバンドしたかった。別に一生の別れでは無いけど、それに値する様な感覚がレイにはあった。
"RASのままで居て"という気持ちに蓋をして、レイはたえを送り出す。
「ーーそうだね。また、やろう」
それだけしか言えなかった。
……もうすぐ電車が来る。アナウンスがたえ達のいるフロアに鳴り響き、人の群れが段々と増えてくる。
「ほら、もうすぐ電車きちゃう。文化祭、遅れちゃうよ」
「ほ、本当っす! すいません、自分行きます!」
ーーそれじゃあ!
たえは手を上げて、改札へと駆け出す。
「ーー後で見に行くから!」
「はい!」
そう言って、たえは駆けだす。レイは、離れていくその背中を寂しげな笑顔で見つめていた。