たえは、ゆっくり揺れる電車が焦れったかった。
左右に軽く揺られながら夕方の街をゆく列車は、特に問題なく進んでいるものの、たえはの心はとても落ち着いていられるものではなかった。
たえは、時間と現在の電車の位置を確認する。だが、電車は早く走ることは無い。ガタゴトガタゴト電車に揺られる。
だが、日常の中に非日常は上手く隠れているものだ。自身が現れるに最適なタイミングをひたすらに待ち、そして大きな障害を残していく。
唐突に、それは起こった。
「……?」
駅に着き、乗客の乗降は終わったものの出発をしない。次第に電車内が騒がしくなり、人々の焦燥感が滲み出てくる。
『ーーただ今、この先の踏切にて電車の脱線が発生致しました。運転再開の見込みは立っておりません。お客様には、大変ご迷惑をお掛けして……』
電車のアナウンス。車掌が、臨時対応をする駅員を代表して謝罪をする。
アナウンスを聞いて、乗客達のざわつきが少し収まった。その場を立ち去る者や、どこかに電話する者。席に座って携帯を弄り始める者もいた。
たえは、急いで携帯で時間を確認していた。現在時刻と、ライブが始まるまでの時間を何度も確認してしまう。
運転再開見込はなく、他の路線も無い。これから乗る電車のみが花咲川への行くルートであり、素早く行く方法がない。
「……や、やばいっす!」
たえは、勢いでその場から駆け出した。
駅の階段を走って下り、改札にICカードを叩きつける。改札のゲートが開くのを待たず、うさぎ跳びで飛び越える。
着地したと同時に、たえは駆け出した。
走りながら、携帯で花咲川までの道を確認する。現在地がじわじわと花咲川に近づいている中、花咲川に着くまでの時間が表示されていた。
「……と、とりあえず連絡を!」
もう、間違いなく遅刻だった。ライブ開始時刻に大幅に遅れるように、スマートフォンには表示されていた。
兎に角時間が無いたえは、香澄にSNSで連絡をする。
『すいません! 電車が止まっちゃって、遅れちゃいそうっす!』
信号待ちの間、Poppin’Partyグループトークにそれだけ送る。
そして、数瞬の隙もなく信号は青になり、たえは走り始めた。
息を切らしながら、走る。走る、走る、走る走る走る。記された道を、ただ上を向いて走った。
メッセージを送って少し経つと、電話がかかってきた。少しだけ走るスピード緩め、たえはスマートフォンを確認する。
かけてきたのは、香澄だった。
「も、もしもし!」
息を切らしながらの電話。思わず声が大きくなってしまう。
『もしもしたえちゃん! 今どこに居るの!?』
負けず劣らず、香澄の声も大きい。感情が籠ったその声は、たえを心配しているのがよく分かる。
「今、大っきい庭園のとこっす!」
『てことは……どこ?』
『あんたねぇ……。肥後細川庭園ってとこじゃない? ちょうど半分くらいね』
有咲の声が後ろから聞こえる。スピーカーで話しているのか、りみの騒ぐ声や、沙綾の声まで聞こえてきた。
そんな中たえは公園の中を突き進む。人の気配が無い並木道をひたすら走っている。
息切れが激しくなってきて、お腹が痛くなってきた。だが、たえは走ることを止めない。
『……たえちゃん。私達、待ってるからね。歌わなくちゃいけないけど、私達は待ってるから』
「……はい!」
それだけ言って、香澄は通話を切った。
ーーかすみんセンパイは、歌わなくちゃいけない。歌えないなんて、あってはいけない。それに……。
たえは足を止めた。膝に手を付き、肩から息をして、酸素を胸いっぱいに取り込んで、呼吸を整える。
ーーそれに、それは自分にとっても救いになる。"自分のせいで"だなんて、思ってはいけないし、思われてもいけないから。
そんな、1年前にあったことを思い出した。
少し息を整えて、たえはまた走り出した。
皆が居るステージに向けて、ただ必死に走りだした。