修行が始まった。
香澄、有咲、りみ、たえ、沙綾の5人は、色々な方向で走り出していた。
香澄と有咲は、成り上がりノートを見ていた。
改めて見ることで何か発見があるかもしれないし、復習にもいいかもと思ったからだ。
そして、ライブでの演出を考えた。
いきなりの出来事、突発的なことがあると固まってしまうかもしれないし、綿密にやっていた。
りみ、沙綾は、低音タッグであり、リズム隊としての息を合わせようとしていた。
りみは沙綾の、沙綾はりみの音を聞く事でお互いを知り、お互いの呼吸を聞く。自由奔放なりみに的確な沙綾が合わせたり、的確な沙綾にりみが合わせにいったりする。そこに残りの3人を加え、更に息を合わせていった。
そしてたえは……。
たえは考えた末、路上ライブを実施していた。
"どうやったら音楽で気持ちがもっと伝わるか"。"かすみんセンパイみたいに伝えるにはどうしたらいいか"。そんなことを自分に課していた。
香澄はギターだけでなく歌もあるが、たえにはギターを弾くことだけ。それなのに、大勢の前で弾く経験が足りないような気がしていた。
ギターを弾く事で伝えたい事を伝えられるようになったら、もう一つ上に進める気がした。
どう伝えるか、どう届けられるか。確かめながら弾くためには、兎に角経験が不可欠だと思った。
そのための路上ライブだった。とにかくライブをして、何かを掴む。掴んだら、それを重点的に進めていく。そんな算段を立てていた。
「……よし」
小型のアンプを、マイギターであるスナッパーに繋ぐ。白いうさぎのピックを取り出し、ジャランと軽く弾く。
ーーうん、今日も調子が良いみたいっす。
たえは、自分のスナッパーを優しく撫でる。
そして、解き放つ。あの出会いのきっかけになった曲を。
「……Blackbirdーー」
屋上で歌ったあの曲。"ホワイトアルバム"の、"Blackbird"。世界で一番有名なバンドの、1番優しい曲。
道行く人を振り向かせたい。どうすれば、もっと伝えられるのか……。そんなことは考えていたが、歌っている時は忘れていた。
普段は香澄が歌ってはいるが、やはりたえも歌が好きだ。
歌っている。ギターを弾く。ふたつに夢中になっていくーー。
「……ありがとうございました」
何人かのお客さんが、立ち止まって聞いてくれている。ちょっとは、私の"想い"は、多少伝えられたのだろうか……。
すると、一人だけ見覚えのある人がいた。黒髪で、ロングで。ちょっと派手な装いをしているが、物凄く見覚えのある彼女。お客さんを見回している時、どうもその人だけが目に止まっていたたえだった。
「……ねぇ、もしかしてたえちゃん?」
大人びていて、落ち着いた雰囲気の女の子だった。なんだかベースを弾いていそうで、とても見覚えがあって、小さい頃からあっていたような……。
「……ああっ、思い出した! もしかしてレイっすか?」
「うん、久しぶりだね」
たえは、神様と別れてしばらく、神様を忘れられなかった。東久留米の家にいた時はその忘れられない思いが残っており、近くの公園でギターの練習していたのだ。
公園こそ違うが、何か近しいもので練習をしていたえ。 そんな姿を、音楽教室か何かの帰りにレイは見ていた。
その姿に惹かれてギターの音を聞いていた。
そこから、いつの間にか話すようになった。お互いの家庭事情なんか知らないし、細かいことも知らない。けど、音楽とか、もっと馬鹿らしい事とか。楽しい事とかを話していると、ずっと前から知っていたような気がして、とてもいい時間を過ごすことが出来た2人だった。言いようのないこの感覚は、2人の仲を急激に近くしていったのだった。
「えと、十数年ぶりっすか」
「そうだね。ほんとに久しぶりだ」
イメージ連結法とでも言うのだろうか。レイの顔を見た途端、次々と思い出していく。
ギターとベースと、一緒に弾いた事。何よりも鮮明に思い出したのは、その記憶だった。
「ギター、続けてたんだね」
「あの約束に会うまでは、やめられなかったっすから」
ジャランとギターが鳴る。脳裏で、未来の約束の歌が流れ出す。
「よく、昔話してくれたよね。……ねぇ。"やめられなかった"って事はもしかして?」
「そうっす! 今は、仲間たちとバンドやってるっす!」
笑顔で伝える。"未来の約束"について、たえはレイに話していた。神に会ったことも、"
だからこそ、レイはたえの笑顔が嬉しかった。親身に聞いていて、一緒に演奏をして、楽しい時間を過ごした分、たえの笑顔が嬉しかった。
「そっか。……良かったね」
「……はい!」
たえとレイは笑い合った。
ーー暫くの雑談の後、たえ達は近くの公園に移動していた。久しぶりに会った為話が止まらず、場所を変えていたのだった。
「レイはバンドとかやってるっすか?」
「うん、一応ね。"RAISE A SUILEN"って言うんだけど」
レイは、通称"RAS"の事を話した。まだできたばっかりのバンドだと言う事、なんだか物騒な、"とあるバンドをぶっ潰す"とかリーダーの小さい子が言っているということ、色々だった。
「なんだか物騒っすね」
「あはは……。まぁ、でも楽しいよ。私、今までサポートしかやってなかったから」
レイが空を見上げる。気がついたら、空には星が浮かび上がっている。
「たえちゃんのバンドのライブ、私見てみたいな」
「じ、自分のライブっすか!? ……ま、まぁ近いうちにあるっすけど」
なんだか急に恥ずかしくなる。久しぶりに会った友人に、変わっていった自分を見せるというのは、なんも言い難い羞恥心があった。
「自分のバンド……"Poppin’Party"って言うっすけど、来月の中頃に学園祭のライブがあるっす」
「本当? 私でも中に入れるかな。結構、高校生に見られなかったりするんだけど……」
「そ、そこは大丈夫っす。学外の人も関係なしのステージになってるっすから」
良かった、と安堵したようだった。
ーーまた暫く、雑談が続いていく。たわいないことや、なんてことない事に対して笑い、話し、楽しんでいた。
夜も進んでいき、星がはっきりと瞬く頃。レイは真剣な顔をしてたえに向き合う。
「ねぇ、たえちゃん。私達のバンド……"RAS"なんだけど、今ギターが居ないんだよね」
「え、それは大変っすね。ギターなんて、バンドの要なのに……」
「うん。だから、たえちゃん」
レイはたえの手を掴む。驚いて目を見開いているたえを真っ直ぐ見つめ、手を優しく包み込む。
「……"RAISE A SUILEN"の、サポートギター。やってくれないかな」
勢いに飲まれる。たえはいきなりの出来事に、思わず首を縦に振りそうになった。