鷲尾須美に会いたかった。   作:あおい安室

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更新遅れて申し訳ありません。


少年が鷲尾須美に恋するまで。

 ゼロ戦の絵を僕が次に目にしたのは翌日の図書室だった。

 

 家も図書室も探し回って、途方に暮れていた僕が最後にもう一回探そうと思って訪れると備え付けのホワイトボードに絵が貼られていたんだけど……何か覚えてることはある?

 

『ごめんなさい、記憶にないわ』

 

 そう、か。わかった、それも踏まえて話を続けるよ。どうしてこんなところにあるのかわからなかったけれど、頑張って描いた絵が返ってきたことを僕は素直に喜べなかった。やたらと赤鉛筆で書き込みがあってここが違う、ここの色はもっと薄くした方がいいとか書き込みがあったからだ。

 

「なんだこれ、赤ペン先生が採点したの?」

 

 ゼロ戦を取り囲むかのように描かれた修正ポイントの指示には正直頭が痛くなった。指示の数も内容もかなりのものでめまいがしそうで。間違いなく絵を持って行った人が書き込んだのだろう。

 

『……悩みに悩んだ挙句、改善点を記すことがお詫びになると考えたのかと』

 

 大体似たような話を後日聞いたよ。頭を抱える気持ちはわかるとも。

 

 書き込まれた絵を正直なところ処分しようかと考えた。だけどここまで絵をダメだしされて黙っているのは男として情けなかった。幸い今日は美術の授業があったので色鉛筆を片手にさっそく絵を描き直すことにした。指摘を基に描き直したゼロ戦の絵は癪だけど完成度は断然高かった。それを元の場所に貼りなおす。これで多分書き込んだ人に届くだろう、と思って。

 

 そして、翌日。無事に絵は描きこんだ人に届いたのだろう。

 

 またしてもびっしり書き込まれてそこに貼られていましたとも!色の使いすぎだとか特徴かつぶれてるだとかで書き込み量は大差なしで!

 

 東郷さん。笑い事じゃないですよ。書いたのは昔のあなたですよ。

 

 それ以来毎日の様に絵を描いて掲示板に貼り、回収した人が修正点を書き足して張り直すという顔を一度も見ることはないやり取りが始まりました。

 何度も繰り返す争いは徐々に規模を拡大していきらちが明かないので他にリクエストないのか、と聞かれてば戦艦長門を描けと言われたので描いたらまた批評の嵐でブチキレて。そんなに言うのならあなたはお上手なんでしょうね、と煽れば背景付きの100点満点の絵が返ってくると来た。

 

『ふふっ、当然ね。私はあの頃から大日本帝国の兵器を描くのは得意なのよ』

 

 なので一度アメリカの戦闘機を書いて送ってみました。

 

『戦争よ。あなたとの関係はこれっきりね。さよなら』

 

 待ってくださいお願いです僕が悪かったですから!あの時もこっぴどく怒られるどころかその戦闘機を打ち落とすゼロ戦の絵を掲示板中に貼られるという仕返し食らいましたから!!しかもその後掲示板を独占するなと教師に怒られたのは僕なんですよ!?

 

『記憶にないわね、ごめんなさい』

 

 でしょうねぇ。そうでしょうとも……!

 

 とまあ、こんな奇妙な日々を送ることが僕の小学校における一番の楽しみになっていました。ですが、こんな日々がいつまでも続くとは限りませんでした。

 

『……私が、転校したの?』

 

 いや、それはもっと先の話です。今回起きたのは。

 

「……なにやってるんですか?」

 

「えっ……?」

 

 指摘を書き込んだ後の絵を貼ろうとしていた女の子を、鷲尾須美さんを見つけたことですから。

 

「えっと、あの、その!これは別に怪しいことではありませんからして!」

 

「ああいや、怒ろうとしてるんじゃなくて。純粋に尋ねたいことがあるだけだから」

 

「このホワイトボードの表裏に栗田艦隊を描こうなんてしていません!!」

 

「それもそれで何をやってるの」

 

 あわあわと慌てる女の子が逃げ出そうとしてホワイトボードに足を引っかけて転び。

 

「あ、ちょっ、うわああっっーーー!!」

 

 バランスを崩して倒れてきたホワイトボードに僕は潰される、という一大惨事が起きた。

 

 


 

 

「幸い怪我はしなかったけど、あれがきっかけで鷲尾さんと出会ったんだ。名前も知らない絵の先生が女の子だったとは思わなかったから本当に驚いたよ」

 

 苦笑しながら彼は少し長く話しすぎた、と苦笑してつつ買ってきた水を飲む。ちなみにココアシガレットとかいうタバコのお菓子は時々つまんでいた。タバコを吸っているかのように見える食べ方はやめさせたけど。

 

「……あの、やっぱりこれ似合わない?」

 

「そうね。あまり似合ってないと思うわ。不格好に背伸びしているみたいよ」

 

「そっかぁ……ちょっとショックだけど昔の東郷さん……あ、鷲尾さんって呼んだ方がわかりやすいかな?」

 

 頷く。

 

「ありがと。鷲尾さんにも注意されてたんだよね。初めてやってた時は今日会ったばかりの時みたいに勘違いして説教されたよ」

 

「紛らわしいことをするあなたにも非があるわ」

 

「そうだよねぇ……なるべく控えようかな」

 

「それでいいと思う……あの、一つ思い出したことがあるんだけど。当時の私って神樹館小学校でも護国精神の持ち主としてそれなりに有名だったと思うの。黒板に落書きしたり、国防仮面を名乗ってレクリエーションをした記憶もあるのだけれどそっちから気づかなかったの?」

 

「ああ、国防仮面。懐かしいなぁ。国防仮面については絵の交流がひと段落した頃だったから知らなかったよ。黒板の落書きとかは全然聞いたことがなかった。多分聞こうと思えば聞けたんだけど……」

 

「だけど?」

 

「東郷さん、僕の一個上でしょ?神樹館小学校にいた頃も当然鷲尾さんは一学年上だったからあまり話題が入ってこなかったんだよ。後日鷲尾さんの噂を聞いてちょっと引いた」

 

 引いたのか。少しショックだが、私と同じ趣味を持つあなたがそれをいうのか。

 

「僕も確かに大日本帝国時代の兵器は好きだけど描き専門だったからね。その歴史背景に着目しつつ活躍とその最後まできっちり調べる鷲尾さんとは熱量に差があった。だから……鷲尾さんに僕は興味を持たれたんだよ」

 

「だから興味を持った……ええ、そうね。当時の私の思考を考えたら確かにそうなりそうだわ」

 

 ゼロ戦や長門等の絵を描くことは好きだけどそれがどんなものであったのかをまるで知らない人というのが、当時の彼。ならば当時の私は恐らく――

 

 


 

 

 その日。高嶋少年は冷や汗をかいていた。絵を盗んだことに関する謝罪、さらに指摘を加えたことについても謝罪されたが、おかげで絵が上手くなれたから鷲尾須美のことを許していた。

 

 が。こうなることは予想外だった。

 

「時間通りに来ましたね、高嶋くん」

 

 あの出来事があってから初めて放課後の空き教室に来てください、と呼び出されたので絵の指導だろうかと思っていたのだが、待っていたのは女教師のコスプレをした鷲尾須美という異常な光景で目を疑った。そして、すでに黒板にはみっちりと書き込みがされていた。

 

「……あのー。鷲尾先輩……でいいんですかね?」

 

「鷲尾先生、と呼びなさい」

 

「は、はぁ。その、何をしてるの?」

 

「見てわからないんですか!」

 

 わからないから聞いてるんですが。

 

「そうですか……まあ、今回は不問としましょう。あなたを今日呼び出したのは他でもありません。大日本帝国の歴史に知ってもらうためです」

 

「歴史の勉強!?なんで!?」

 

「なんで、ではありません。あれだけの腕で零式艦上戦闘機等を描くというのにそれに関する知識が皆無とはどういうことですか!」

 

 絵を描くことにしか興味がなかったからなんですが、というと怒られそうなので黙っておく。

 

「そこで今日からあなたには大日本帝国の歴史、そしてその中で産み出された様々な兵器とその行方について学んでもらうつもりです。安心してください。優しくしますから」

 

「れ、歴史の勉強は苦手なのでちょっといいかな……じゃ、また」

 

「っ!待ちなさい!!」

 

 そろりそろり、と後ずさりをして廊下を走り抜けて逃げた。鷲尾さんはそんな僕を容赦なく追い回してきたんだけど、これが信じられないぐらい早かった。僕が荷物を背負っていたとはいえ普通に追いついてきたのははっきり言って恐怖を感じたよ。何かやってたの?

 

『当時の私はちょっとした訓練みたいなことをしてたから。生身でもそれなりに動けたのよ』

 

 なるほど。それで捕まった僕は諦めて鷲尾さんの授業を受けることにした。

 幸い結構わかりやすくまとめてくれてたり、細かい疑問を尋ねてもちゃんと教えてくれるから結構楽しい授業だったと思うよ。そのおかげで社会の点数もちょっと上がったし。

 

『あら、そうだったの。ということは護国精神の布教には学校の勉強を通して行うのも有効かもしれないわね……うん、帰ったが先生にも相談してみましょう』

 

 流石にやめておいた方がいいと思うけどなぁ!と、とにかく。鷲尾先生の授業を受けつつ、たまには一緒に絵を描いてこの戦闘機は翼の形状が違っている、いや、搭載している装備がそもそも~~とか色々談義をする日々が続いていて……ふと、尋ねた。

 

「……あの、鷲尾さん」

 

「何かしら?鬼畜米英の戦闘機を描いた高嶋君」

 

「いや、日本のゼロ戦もいいけど絵で書くんだったら戦う相手もいた方がかっこいいでしょ?」

 

「それは認めるけれどこれは話が別よ」

 

「理不尽!?と、とにかく。聞きたいことがあるんだけどいいかな。どうしてこんなに勉強を教えてくれるの?僕はただ落書きをするのが好きなただの小学生なんだけど……」

 

 それを尋ねた鷲尾さんはおかしそうに笑った。

 

「あら、私も小学生よ。教える理由は……そうね。あなたが上手に、楽しそうに私が好きな物の絵を描くからかしら。たまに嫌いなものも描くけれど」

 

「ま、まだ根に持たれてる……」

 

「だけど、一番の理由はあなたが仲間だから、よ」

 

 仲間。友達とのごっこ遊びでそう呼ばれたことはあるが、予想外の言葉が飛び出してきょとんとしていると、鷲尾さんは微笑みながら返した。

 

「私はこの日本のことが好きよ。日本が積み重ねてきた歴史、未来へと想いをつなげるために生きた偉人達。そしてそれの上に立って生きている私はそれを守る義務がある、って考えているわ」

 

「護国精神、だっけ」

 

「ええ。だけどそれを理解してくれる人はあまりいないし、私の友達も苦笑いしてばかり。そんな時にあなたと出会ったのよ、高嶋君」

 

「ゼロ戦の絵を描いたのを偶然見かけた……と」

 

「私はそれが初めて見た身の回りの人が書いたゼロ戦の絵だったわ。それまで身近には私の想いを理解する同志はいないのか、って考えていたからそれを見た時嬉しかったのよ」

 

「……絵を盗むほどにね」

 

 指摘するとそれを言わないで、と慌てつつも鷲尾さんは会話を続ける。

 

「そして今、あなたは私の話を聞いてくれている。初めて私の話をちゃんと真面目に聞いてもらえて、一緒に歴史や兵器について談義してくれる。そんなあなたを私は同じ国を愛する仲間だと思っているのだけど……えっと、その。ダメ、かしら?」

 

 伊達メガネをいじりながら。恥ずかしそうに尋ねてきた鷲尾さんの頬は心なしか赤かった気がするけれど、夕方だったから見間違いと言われればそれまでだ。

 

 

 ――でも。そんな鷲尾さんのことをすごく綺麗だと思った。

 

 

 だからあの時の僕は。

 

「そんなことないよ。鷲尾さんの仲間とか光栄かな。ちなみに階級は何?」

 

 なんて、ちょっと茶化しながら鷲尾さんの問いを肯定した。鷲尾さんに恋をした、という気持ちを誤魔化すように出したその答えを鷲尾さんは怪しまなかったけれど……

 

『……多分、気づいてなかったと思うわ。ごめんなさい』

 

 構わないよ。そっちの方がちょっとだけ楽だからさ。

 

 

 とにかく。こうして僕は鷲尾須美に恋をした。これが僕の初恋だった。

 

 

 




鷲尾須美は特別な少女だった。それに対して、高橋少年はただの少年だった。
故に、鷲尾須美に仲間であるといわれたことは彼にとって特別な意味があったのだ。

しかし。それで物語がハッピーエンドを迎えたのならば。

彼は鷲尾須美に会いたいと言わないのだ。



次回完結予定で、ボーイミーツガール杯終了までには何とか間に合わせるつもりです。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
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