鷲尾須美に会いたかった。   作:あおい安室

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ボミガ杯遅刻組(完結の部)。

ギリギリまで執筆してたけど期間内には間に合わなかったよ……
主催者に最後までかけ!!!と言われたのは当然すぎて本当に焦っておりました。
色々な意味で申し訳ない。


少年は鷲尾須美に会いたかった。

「それからどうしたの?」

 

「基本的には高嶋くんの話を聞いていたわ。時折何か引っかかるものを覚えたから、それを尋ねたらその原因が私が何か失態をやらかしてたことで……彼、私の失敗を隠そうとしてたのよ」

 

「あはは。東郷さんが初恋の人って聞いてたけど、性格も東郷さんみたいに優しいしどこかが似てるのかもね……ちなみに。何をしてたの?」

 

「さ、流石に友奈ちゃんでも言えないから!」

 

「そっかー。ちょっと残念かも」

 

 今日の友奈ちゃんはちょっと意地悪な気がする。誰かが友奈ちゃんに行けないことを吹き込んだのかしら。風先輩辺りに尋ねてみようか、なんて思いつつ手を動かして。

 

「はい、どうぞ。特製ぼた餅完成よ」

 

「わーい!いただきまーす!」

 

 でも、嬉しそうに、美味しそうにぼた餅をほおばる友奈ちゃんを見ているとどうでもいいことに思えてきた。そんな今日は、高嶋くんと出会った翌日。日曜日だった。

 

 あれから高嶋くんはいろいろな話をしてくれた。丸亀城を始めとした香川の各地に点在する重要文化財の清掃ボランティアに一緒に参加したこと。ちょっとした目的があってお金を集めるために一緒に商店街でお手伝いをしたこと。そして集めたお金で愛媛に現存する戦闘機、紫電改を見に行ったこと……なお、これは後で親にバレて大目玉を食らったらしい。

 

 なお、その計画は私主導だったので何とも言えなかった。というか他も大体私だった。

 

 あの時は本当にごめんなさい、と謝っても昔のことだからと彼は笑って許してくれた。

 恋した男の弱味かな、なんてかっこつけて言った時は全然似合わなくて笑ってしまったのは……本当に失礼ね。どうも彼と一緒にいると気が抜けてしまう。記憶には残っていなくても、体は彼のことを覚えているのかもしれない。それを彼に伝えると嬉しそうに笑っていた。

 

 そして、別れ際に。

 

「ありがとう。鷲尾さんが生きてるってことがわかって本当に良かった。今は名前が違うからちょっとややこしいけど……それじゃ、またどこかで。お元気で、東郷さん」

 

 そう言って別れを告げた彼の姿を思い浮かべると。

 

 

 ……どうしてだろうか。少し違和感を感じる私がいる。

 

 

 何かが足りない気がする。何かを見落としてしまった気がした。一体何を私は間違えた?何を見落としているのだろうか?不安を感じて悩んでいると。

 

「えいっ、勇者パンチっ」

 

 ポン、とおでこに優しいパンチが当てられた。友奈ちゃんのパンチだった。

 

「東郷さん。何か気になることがあるの?」

 

「……そうね。でもそれが何かわからないのよ。後少しのところなんだけど……」

 

「そっか。じゃあ、そういう時はアレだね!」

 

 びっ、と数字で4を作った友奈ちゃんが、私たち勇者部が作ったとある条約の一つを告げる。

 

「勇者部五か条、4つ目!悩んだら相談!」

 

 そう言った友奈ちゃんに連れられて私は二人で出かけることになる。向かう先はまだ決まっていないというか、わからないけれどやることは決まっている。勇者部の皆に、会いに行こう。皆ならきっと私にはわからない何かに気付いて教えてくれるかもしれないから。

 

 悩んだら、相談。

 

 

 


 

 

「その、気持ちはわかるけども。明らかに人選ミスでしょこれ」

 

 いきなりダメみたいです。

 

 明らかになんで私がこんなことをと言わんばかりに不機嫌というか嫌がっているというか、呆れているというか。とりあえずやる気がないのが確実なのは三好夏凛ちゃん。

 私たちと同じ二年生で、とある事情から完成型勇者を名乗っていた……もとい、現在進行形で名乗っている彼女は勇者部の中でも非常にストイックな性格で、いわゆるツンデレ。高い運動神経から運動部への助っ人の実績はあるけれど、細かい作業は苦手だったりする典型的な体育会系。

 

「なんか悪意を感じる伝え方された気がするんだけど」

 

「気のせいよ、夏凛ちゃん。ぼた餅持ってきたんだけど食べるかしら?」

 

「食べないわよ!大体今トレーニング中だったんだけど!?」

 

 今日の彼女は勇者部の活動はお休み中。なので海岸でトレーニング中だったところを捕獲した。

 

「じゃあ煮干し食べる?途中で買ってきたんだー」

 

「……ふん。まあ、煮干しならいいわ」

 

 この格差は一体なんだろうか。煮干しをよく食べる彼女とは言えここまでぼた餅が雑な扱いをされるとは。いつものこととはいえ少しショックである。

 

「で。大体の話は聞いたけど要するに東郷に惚れてる男がいるけど、何かが忘れてるようなことがあるってことでしょ?生憎だけどそんなの私には見当もつかないわよ」

 

「そうかな……?」

 

「少なくとも相手の気持ちを理解できる立場の人じゃないと無理なんじゃないかしら。恋愛経験がある人とか……あ、ダメだ。うちの恋愛経験ありと言えば……」

 

 私たち三人の脳裏に浮かんだのは我が勇者部の部長、犬吠埼風先輩。

 何を隠そう風先輩は同級生の男子から告白されたことがあるのだ!……一回だけ。それの経験を恋愛経験として何度も話しており、正直なところ勇者部全員がうんざりしている。しかもそれが割と長いのだ。チアガールの助っ人してたら告白された話がなぜあんなに長くなるのか謎だ。

 

「……風は一番最後に相談した方がいいわね!それが私のできる唯一のアドバイスよ!」

 

「ええ、そうね夏凛ちゃん。いいアドバイスをありがとう」

 

「え?え?え?」

 

 友奈ちゃんが困惑しているけれど、実際のところ風先輩にこの話をすれば間違いなく例の話がどこかで入ってくるだろう。最後に回さないと時間を食われるのは確実であった。

 

「それじゃ、次のところに行ってくるわね。じゃあまた明日学校で」

 

「そうね……って。何か落としたわよ」

 

 そう言って夏凛ちゃんが拾い上げたのは小さい緑の紙箱。ぼた餅をしまった時にバッグから落ちたのだろうか。

 

「抹、茶、シ、ガ、レ、ッ、ト……これタバコじゃない!」

 

「えええええーーーっ!?と、東郷さんグレちゃったの!?」

 

「違うわよ!それお菓子だから!さっき話した例の高嶋君からもらったのよ!タバコみたいに彼が咥えてたやつの味違いよ!」

 

 今まですっかり忘れていた!これ鷲尾さんが好きなお菓子だった、とか言いながら例のタバコ型お菓子の抹茶味を渡してきたのをバッグに入れっぱなしだったのだ。

 

「あ、本当だ……そうだ、思い出した。昔これ食べたことがあったじゃない。懐かしいわね」

 

「えっ、夏凛ちゃんこのお菓子知ってるの?」

 

「ええ。昔兄貴の前でこれを口に咥えてタバコの真似をしてた頃があったっけ。私はもう大人なんだから子ども扱いするなーって。ただいっつもそれを見ると笑うのよね、あの兄貴……あっ」

 

「……夏凛ちゃんにも、子供らしい時期があったのね」

 

「わ、笑うな東郷っ!大体その、あんたに初恋したやつも同じことしてたんでしょうが!」

 

「高嶋くんは……その、子供らしすぎるとは思うけど、うん。一応私の一個下だそうだし別にいいかなって」

 

「その判定の違いは何なのよ……!って。ちょっと待ちなさい。初恋相手一個下なの?」

 

「そうみたい。中学一年生よ」

 

 今初めて聞いたんだけど、と眉間にしわを寄せている。うっかり言い忘れていたようだ。

 

「となるとその相手って結構あんたのこと意識してそうな気がするわね」

 

「確かに、私が死んだと思っていたけれど勇者部に依頼を出すくらいには意識してるわ」

 

「それもそうなんだけど。二年前、小学生だった頃からやってたその癖を今でもやってたんでしょ。しかも東郷の目の前で。なんて言ったらいいのかしら。こう、ただの目印じゃないというか……くっ、ちょっと言葉に引っかかってうまく言えない……」

 

「うーん……あっ、わかった!大人のふりをして東郷さんに大人みたいに見られたかったとか?」

 

「それよ、友奈!そうやって無理に背伸びしてでも、あんたに合わせようとしてたのよ。よっぽど好かれてたみたいね、昔の東郷って」

 

 ……タバコのお菓子を咥えていたのは、そういうことだったのか。

 一つ謎が晴れたけれどこれで解決とは言えない。次の勇者部部員へ会いに行こう。

 

 


 

 

「なるほど、事情は分かりました!」

 

 次に頼ったのは勇者部最年少、けれど秘めた勇気は部員の中でも屈指の物。占いと歌が得意な勇者部部員、犬吠埼樹ちゃん。学年は私たちより一つ下の中学一年生だ。

 

「でも、ごめんなさい……今は愛用のタロットカードを持ってないんです。学校に忘れちゃったから占いができなくて……」

 

「そ、それでお店の前に立って呼び込みやってるのね……」

 

 申し訳なさそうに謝る今日の樹ちゃんは魔女風のローブと帽子をまとって商店街の占いのお店を手伝っていた。本来は占いそのものを手伝う予定だったが、占いができないのでこうなった、と。お店の人が占いのイメージを何か間違えている気がするのだがこれでいいのだろうか。

 

「店長さんも同じ格好してるおばあさんですよ」

 

「そうなんだー。ちょっと会ってみたいかも」

 

「……その、ちょっとだけ怖い、ですよ?」

 

 さっと友奈ちゃんが私の背中に隠れた。まだその店長さんの姿も見えてないのに行動が早すぎるわよ、友奈ちゃん。苦笑しつつも樹ちゃんに相談結果を聞く。

 

「そうですね。強いて言うのであれば、東郷さんの気持ちに決着がついていないんだと思います」

 

「私の気持ち?」

 

「はい。私はタロットカードでよく占いをするんですが、タロットカードから出る結果ってある程度の目安にはなるんですが肝心なところは占い師が相手に合わせて解釈をする必要があります。例えば、正義っていうカードの逆位置は相手を厳しく裁くっていう意味があるんですけど、どういうことを連想しますか?」

 

「はいっ!えっと、先生に怒られる!」

 

「それも正解ですね。だけど、相手を厳しく裁くのは相手が道を間違えているから。そう考えたら別の意味になりませんか?」

 

「なるほど……その人は、相手が間違えた道を正そうとしている。そして、相手が裁かれた後に正しい道へ進める可能性があるってことかしら?」

 

「それも正解です。こんな感じで色々な答えがあるのがタロットカードの面白いところなんですが……あっ!ごめんなさい、ちょっと関係ない話だったかもしれないです」

 

「別にいいわ、樹ちゃん。興味深い話だったから」

 

「す、すみません……!それで何を言いたいのかと言いますと。今の東郷さんの気持ちって、相手が好きなだけだと思うんです。それがどういう意味なのかが分かっていないんじゃないかと」

 

「好きの意味、だっけ。先生がこの前の授業で言ってた気がする、英語でラブとライクは同じ好きだけど、ラブは恋愛の意味で好きだけど、ライクは友達とかそういう意味で好きって考えるとわかりやすいって」

 

 好きの意味。それを問われて胸に手を当てて考える。私は高嶋くんのことは好きだ。

 

 まだ話を聞いただけでしかなくて、鷲尾須美だった頃に築き上げた思い出も全て失われてしまっているけれど、決して嫌いではない。でも。今の私は。東郷美森は、高嶋君のことを愛せるだろうかと問いかけた時。答えは返ってこなかった。

 

 


 

 

 そして、次はそのっちに聞くつもりだった。だけど、なぜか連絡が取れなかった。

 

「そのちゃんは今小説を書いてるから、それで疲れて寝てるんじゃないかな」

 

「なるほど……そういえばそうだったわね。疲れているのを起こすのも悪いしそっとしておきましょう」

 

 ――これで勇者部全員への相談が終わった。わかったのは、高嶋くんが私を強く思っていたことと、私の中にある高嶋くんへの感情がはっきりしないこと。これでもう十分だった。

 

「それで、これからどうするの東郷さん。その、高嶋くんってまだこの町にいるんだよね」

 

「予定ではそのはずよ。でも昨日の時点でもう話すことは終わってるし……」

 

「……いや、まだ終わってないでしょうに」

 

「そうだよ、東郷さん。せっかくだから、もうちょっと話がしたいって言えばいいんじゃないかな?昔の東郷さんの話を聞いてたけど、今の東郷さんの話はしたの?」

 

「確かにそれもそうなんだけど。別のこと忘れてるでしょ」

 

「そうね。じゃあ会いに行きましょう。あ、そうだ。友奈ちゃんのこともちゃんと紹介しないと。わたしにはこんなに大切な人がいるって紹介しなきゃね」

 

「死体撃ちする気かアンタ!?だから、別のことを忘れてるって言ってるでしょうが!!」

 

 そう言って盛大なツッコミを入れたのは、我が勇者部部長の犬吠埼風先輩。

 来ちゃったかー、と内心思ったけれど黙っておく。例の話を聞きたくなかったので素で流そうとしたら、友奈ちゃんがのっかったのでついついやってしまった。

 

「辛辣な部員にアタシャ泣くぞ。てか、ついさっき樹に忘れ物のタロットカードを届けに行ったときに話は全部聞いたけど。なんでアタシに相談してくれないのか……恋愛なら一番力になれるっていうのに」

 

「あ、学校まで行ったんですね風先輩」

 

「まあね。学校に用事があったからついでに部室を開けてもらって持ってきたのよ」

 

 ……それは嘘だ、ということを活動を管理している私は知っている。今日の風先輩の予定は図書館で紙芝居の予定だったはずだ。わざわざ空き時間を見つけて取りに行ったのだろう。こういう優しいところがあるからこそ、風先輩は私たちの部長なのだ。恋愛の話は長いけど。

 

「で。忙しいから簡潔に言うけど。東郷、すごく簡単なことを見落としてるわよ」

 

「えっ。私が見落としてることがわかるんですか?」

 

「樹から聞いた話から推測したんだけど多分あってると思う。確認するけど、相手は昔の東郷に初恋して、東郷はその記憶を全部持ってなくて。昨日はその頃の思い出を聞いたのよね」

 

「はい。大体そういう話ですが……」

 

「となるとやっぱりあってるかも。ね、東郷」

 

 そう言って風先輩は口を開く。それはすごく簡単な答え。

 

 

「その相手から、昨日告白された?」

 

 

 恋をしているのなら、いずれ迎えるはずの通過点。それを風先輩は指摘した。

 

 

 その、当たり前の事実に気付いた私はホテルに向かって走り出そうとしたが――。

 

「待ちなさいよ、東郷。園子からアンタの待ち人がどこにいるか聞いてるのよ」

 

 そう言って指を振る。私は部長から話を聞くと彼が待っているという場所へ駆けだした。自らの親友が用意してくれたという、本当の予定における最後の舞台へと。

 

 


 

 

 

 商店街の片隅には小さな劇場がある。収容客は40人ほどの小さな劇場で、演劇でも公演でもなんでもござれ、お望みならば映画の上映もすると手広くやっている町の劇場だ。

 

「……んー。来ないねー」

 

 そんな劇場の窓口にいたのは、中学生くらいの女の子。乃木園子であった。

 

「まあ、来なくても別にボクはいいといいますか……」

 

 乃木園子と会話するのは高嶋くんと呼ばれた少年。鷲尾須美に初恋した少年である。

 

 

 本来ならば二日目は東郷さんと一緒に商店街をデートするんじゃないか、と乃木園子は考えておりここは最後のデートスポットとしてわざわざ貸し切ったのである。何を隠そう、乃木園子はお嬢様。親友の為にちょっと一芝居打つくらいの財力はあったのだ。

 

 元々高嶋くんと呼ばれた少年は乃木園子と面識はあった。

 

 鷲尾須美に初恋した彼は、当然その過程で鷲尾須美の友人である乃木園子ともある程度面識があったし、実は当時鷲尾須美の取扱説明書的な極秘資料をもらっていたり、と割と交友関係が合ったどころかちょっとだけ応援されていた。

 

 しかし、鷲尾須美同様に事故にあった乃木園子は少年の前から姿を消していた。元々彼女はお嬢様ということもあって家の都合という言葉を当時の彼は信じ切っていた。故に、つい最近出会った時は本当に驚いて。近況を尋ねると同時に思わず聞いてしまったのだ。

 

 

「鷲尾須美はどこへ行ったのか」

 

 

 と。その答えをどうすればいいのか乃木園子は悩んだ。

 今の鷲尾須美が東郷美森として生きていることは知っていたし、それどころか記憶を失った自分を助けてくれた結城友奈に恩を感じているどころか恋をしているといっていいほどの感情を向けていることも理解していた。故に東郷美森に会うことは彼のためになるのかわからなくて。

 

 最初に、少年にこう前置きすることにした。

 

「東郷美森は鷲尾須美と別人と考えた方がいい」

 

「確かに鷲尾須美の記憶を東郷美森は思い出しつつある、が。それは東郷美森という土台に鷲尾須美という別人の記憶を使って建築した建物のようなものである」

 

「どれだけ同じ形をしていても、根本的な部分が違っているかもしれない。私はそこも全て含めて東郷美森はわっしーである、と扱うことはできるが――初恋したあなたにはつらいかもしれない」

 

 友達を想う心と、恋した相手を想う心ではベクトルが違いすぎる。それを小説の執筆を通して知っていたから、それを言っておく必要があると考えていた。それでも、願ったのだ。

 

 

 鷲尾須美に会いたかった。

 

 

 ただ、その思いだけを初めて恋した女の子のために貫いて。悲しいことに、乃木園子の予想が的中してしまっていた。一日目を終えた後に乃木園子が少年を尋ねて見た時にこう話した。

 

「……やっぱり。鷲尾須美さんじゃ、ないんだね」

 

「同じなんだ。細かいところは確かに同じなんだよ」

 

「でも、細かいところでどこかが違うってわかっちゃうのが、辛いよ」

 

 やはり。彼が想いを伝えるのには遅すぎたのだろうか。

 

 それでも、少年は彼女が生きていたことを素直に喜んだ。恋した人が生きていることを素直に喜んで、その未来に自分の姿がなくとも幸せなものになるように、と願ったのだ。

 

 強い男の子だ、と乃木園子は思う。こういうのを、勇者というのだろうか。

 

 

「……一応、そろそろ上映時間だね」

 

「例の映画だっけ。当時鷲尾さんと一緒に見るはずが説教で見逃しちゃったやつ」

 

「そうそう。デートの最後に持ってくるのにはいいかな~って思ってたけど、君が二日目の予定はキャンセル入れちゃったからここ使う予定もなかったし。せっかくだから見ていってよ」

 

「そうしようかな。最後にはいい思い出になりそうだよ」

 

「ちなみにドリンクはあるけどポテトはないんよ」

 

「映画の楽しみ半分ないのか……」

 

「君は映画館に何をしに来てるの??」

 

 なんだろうねぇ。昔の思い出に浸る場所?

 

 ドリンクバーでコーラを注ぎながら瞳を閉じる――その飲み物は邪道です。私が持ってきたお茶をどうぞ――なんて言いながら水筒を持ち込んで係員に怒られていた彼女を思い出す。

 

 でも、もう彼女はいない。

 

 かつて鷲尾須美であった東郷美森はいても、鷲尾須美はいないのだ。

 

 それを心に噛み締めながら、上映室の扉を開く。誰もいないボクの為だけの特別な部屋に入ろう。これがボクの想いの最後の行き先なのだ。そして、部屋に足を踏み入れた時。

 

 

「待って、高嶋くん!!」

 

 

 東郷美森が、やってきた。息を荒げながら鷲尾須美だった頃から持っていた大きな――いや、そこに思考を向けるのはいろいろとアウトだ。まだ不自由だという足をふらつかせながらも、彼女はそこにいた。

 

 そして。彼女はかつて自分へ恋してくれた少年へと想いを告げる。

 

「私、まだあなたにちゃんと言ってなかったことがあるの!」

 

 

 私、東郷美森はあなたのことが、好きです。

 

 

 鷲尾須美でなくなった今でも、彼女の中で変わらなかった好意を告げる。それを聞いた少年は嬉しそうに笑う。だけど、それは心からの笑顔ではなく。仕方なしの笑顔だった。

 

「でも。それは……あ、英語だと怒るか。恋愛の意味で?友情の意味で?」

 

「そういう気づかいをしてくれるところが私は好きよ。そして、私の中にある意味は――」

 

 東郷美森は少年に最後の答えを告げる。それがどんな答えであったのかは。申し訳ないが、二人の為に伏せさえていただきたい。既に終わったはずの恋がどんな結末を迎えたとしても、その結末には遅すぎた、と付けざるを得ないのだから。故に、たった一つ確実な事実を述べさせてほしい。

 

 

 その直後。鷲尾須美に初恋した少年と、かつて鷲尾須美だった東郷美森は映画を見ていた。

 

 隣同士に座って、第二次世界大戦をモデルにした映画の中で飛び交う零式艦上戦闘機、ゼロ戦の姿を見て興奮しながら語り合う二人があった。いつの日か、幼い頃の二人と変わらないように。

 

 

 

 

 

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