Infinite Stratos Another 作:来迎 秋良
今更ですが、一夏たちの行動はあんまり描いていません。
この物語の主役は、あくまで聡里ですから。
翌日、放課後の整備室。
流石に時間もギリギリで、
僕と簪さんの二人だけでは間に合わないという結論が出た。
そこで、僕は黛先輩に頼み込み、調整を手伝ってもらうことにした。
「黛先輩、ご協力ありがとうございます」
「ふふっ。言っておくけど、私は高いわよ? デート一回……は、
シャルロットさんに悪いし、そうね、独占インタビューとかで」
彼女の言葉を聞いて、僕はあいまいな笑顔しか返せなかった。
昨日のシャルの、あの凍りついたような、傷ついたような表情が、
心に焼き付いて離れなかったからだ。
「……聡里くん? 何かあったの?」
「あ、いえ。 それじゃあ調整、しましょう」
僕の表情が硬かったのか、先輩は怪訝そうな顔を一瞬だけする。
しかしすぐ切り替えたのか、彼女は携帯を取り出した。
「まず本音ちゃんは確定として……京子とフィーでいいかしらね」
薫子先輩は呟き、電話を掛ける。
どうやら繋がった先はその二人の相部屋らしく、二人分の声が聞こえる。
「あ、京子? フィーも居るわよね。 ……そ、ちょっと手伝って欲しいのよ。
一年の専用機持ちの機体の最終調整。 えー、良いのかな? そんな事言って。
男子とお近づきになれるのにな~……。
はいはい。2ショットとかも有りよ。 良いわよね、聡里くん」
僕がそれに了承すると、電話の向こうから二人分の歓声が聞こえた。
◇
電話から数分後。 整備室にさっきの電話相手の二人が来て、
作業が開始された。
「それじゃ、必要な道具があれば最初に言って下さい。
僕も作業するので、全部用意しておきますから」
僕が言うと、工具一式、液晶ディスプレイ八台、小型発電機、
レーザーアーム、データスキャナー、超音波診断装置など、
大量の機材を持ち込んで用意し、作業を開始した。
◇
「篠ノ之くん、そっちのケーブル全部取って!」
「OSシステムチェック……あ、ケーブルですね、どうぞ」
などと、僕は思考制御で作業をしつつ、他の人の作業を手伝う。
打鉄弐式はほぼ全部を再チェック。そのデータに最適化し、
不適切なパーツは一から作り直す。それを繰り返しているうちに、
以前の問題の原因が浮き彫りになっていた。
「ソフトウェア、ですか……」
「ええ。 元が打鉄のOSなのに宵闇用に最適化されたロックオンシステムを使ったから、
データが相互干渉を起こして燃料供給系にバグが起きたのね」
となると、僕が原因の一つになるのかもしれない。
「僕がソフトをほとんどコピーするだけにしたから、ですかね。
それじゃ、今度は僕も一から組みなおします。
と言っても打鉄弐式のOSはまだ構成中だから……」
言いつつ僕は、簪さんに向き直る。
「簪さん、OS開発の時、僕のシステムに一時転送してくれないかな。
その変更ごとに僕が『覚醒』を最適化するよ。 どう?」
言われた簪さんは一瞬驚いたけれど、すぐにうなづいた。
「わかった……。 データリンク、開始……」
彼女は僕のコアに打鉄弐式を接続し、打鉄から僕へデータが流れてくる。
(機体を動作させながら、基幹システムまで改変してる……!?
簪さん、無茶苦茶やるなぁ……)
その簪さんは、また両手両足に二個ずつフルカスタマイズのキーボードを装備し、
それを上げる動作と下げる動作の両方で入力。
コンピューター操作ならウィザード級になるんだろうな……。
そんな彼女の真剣な横顔は、とても眩しく、美しかった。
◇
時間は飛び、タッグマッチ前日。
待機場所のピットで、僕らは打鉄弐式の最終調整をしていた。
「なんとか基本部分はこれで完成、かな? 更識さん、
機体の動作に違和感とか、動かしにくい所とか無い?」
「だ……大丈夫、です」
緊張しているらしい簪さんに、僕は笑いかける。
「火器管制システムの方、大丈夫?
覚醒・改と他のシステムの噛み合いとかは?」
「あの後、多段チェックしたから、大丈夫。 ちゃんと、動く」
その返事を聞いて、僕は安心する。
「そっ、か。 安心したよ。 ……じゃあ、今日はもう、休憩にしようか。
明日の大会に向けて、今日までの突貫の疲れを抜いておかないとね」
言って僕は、先輩方に向き直る。
「先輩方とのほほんさんも、ありがとうございました。
皆さんの協力がなかったら、打鉄弐式は未完成のままだったと思います」
そのまま一礼する僕に、先輩たちは笑って言ってくれる。
「いいっていいって。 結構楽しかったし」
「それに、アタシらはハードの作成くらいで、
ソフトはアンタたち二人が大体組み上げてたじゃん」
「そうですよぉ。 お二人の実力あってこその完成です~」
「そうそうっ。 さとりんとかんちゃん、すごい~」
彼女たちの言葉を聞いて、おどおどしながら、簪さんもお礼を言う。
「あ、あのっ! ありがとう……ございました……!」
彼女たちはその言葉を聞いて、さらに笑顔がはじける。
「んん~、それじゃあ今度甘いものでもみんなで食べたいですね~」
「おっ、良いな、フィー!」
「それなら、今度僕がケーキをお作りします。
どんなケーキがいいですか?」
そんなこんなで言いながら僕らは別れようとする。
と、僕の後ろからにじり寄ってくる影が。
「てぃやーっ、必殺強制装着!」
「えっ、のほほんさん、にゃにを……うにゃーっ!? またこれかーっ!」
僕の頭には、また以前つけられたネコミミがつけられていた。
「のほほんさん、どこからこれ持ってきたんにゃよ……」
「楯無先輩に貰った~。 チャンスがあったら付けなさいって」
「うにゃー! あの先輩めぇぇぇぇっ!!」
僕は頭を抱えて叫ぶ。 その横で、簪さんがまた申し訳なさそうな顔をしていた。
「ご、ごめんなさい……お姉ちゃんがまた迷惑を……」
「にゃっ!? か、簪さんは謝らにゃくていいんにゃよ!?
今度直接文句を言うから、あの自由奔放人間には~!」
僕の慌てつつ怒る姿を見て、彼女たちもまた笑い始める。
「さとりん、にゃーにゃーかわいい~」
「こうなると、男子ったって可愛いもんだな」
「なー! のほほんさんと京子さん、茶化すにゃー!」
こんな感じでわいわい騒ぎつつ機材を元通りまとめて、
先輩方を見送った僕は機材を片付け、部屋に戻る事にした。
◇
「よーし、機材全部片付け終わった! でも……うう、
この耳を隠しておかにゃいと面倒な事になりそうだにゃぁ……」
聡里は言いつつ、猫耳をどうにかして隠そうと四苦八苦、
しかしどうやっても隠せないので、開き直る事にした。
「それじゃ、簪さん、戻ろうか? こんにゃ状態だけど、
まあ、前ので慣れちゃったし……なんとかにゃるでしょ、にゃはは」
そう言って頭の上の耳をぴこぴこと動かす聡里を見て、簪はある感情が生まれる。
(な、なでなでしたい……)
聡里の仕草の端々から子猫のような雰囲気を感じている簪は、
思わず聡里の頭を撫でてあげたい様な衝動に駈られていた。
「にゃ? 簪さん、どうしたの?」
「な、なんでもない……」
当の聡里に声を掛けられ、慌てて簪は返事をする。
「あー、それじゃあここで一旦別れるね。
それじゃあ、また明日にゃ」
「うん……。また、明日……。」
聡里は「にゃはっ」と笑い簪と離れる。
その場に取り残された簪は、その無邪気な笑顔が目に焼きついていた。
◇
「チャオ♪」
「……出たにゃ、諸悪の根源」
僕が謹慎室に居ると、楯無先輩が襲来してきた。
「諸悪の根源とは何よ。 ……あら、聡里くんその耳、誰から?」
「のほほんさんですよ。 あにゃたが渡してたんでしょうに~!」
といいつつ彼女に詰め寄るけど、先輩にはのれんに腕押しだった。
「まぁまぁ。 それで、簪ちゃんのIS、どうなったの?」
「正直、突貫で調整したけど簪さんは本当に凄いです。
彼女じゃなかったら、あのハードワークは投げ出していたと思います。
……そういえば、先輩は誰と組んだんですか?」
僕の問いに、意外そうに先輩は聞き返してくる。
「あら? 聡里くん、聞いてないの?」
「え、どういうことですか……? 僕、ずっと整備室に篭ってたんですけど」
僕は怪訝な顔をしつつ言う。
すると先輩は珍しく溜息をついた。
「そうなの。 ……それでシャルロットちゃんも機嫌が悪かったのね」
「あ゛。 先輩、シャルの様子、どんにゃでしたか……?」
「んー、いつも通りに見えるんだけど、凄い不機嫌よ?
聡里くん、浮気でもしたの?」
言われて、僕は表情が凍りついた。
「……嘘、もしかして図星だった? 聡里君に限って、
浮気なんてしないと思ってたんだけど」
先輩は言ってくるが、僕は否定する。
「違います。 ……でも、シャルにはそう勘違いされちゃってるかもしれない。
簪さんのことばっかり構ってたから、もう嫌われちゃったかも……」
聡里は猫耳をぺたんと垂らし、ひざを抱えて落ち込む。
そして、その後でぴんと耳を立て、楯無先輩に向き直る。
「まさか、先輩のタッグのパートナーって……」
「そう、シャルロットちゃん。 多分貴方達と戦う事になるでしょうね」
「うなぁぁぁ……シャルと戦うなんて嫌だなぁ……」
僕はさらに頭を抱える。
「まあ、諦めなさいな。 それに、今のシャルロットちゃん、怖いわよ」
「ひいぃ……」
僕は本気で震え上がる。 その様子を見て、先輩は笑っていた。
◇
「……できた」
簪は整備が終わった後、寮の調理室である物を作っていた。
聡里からは休んでおけと言われたけれど、落ち着かなかった彼女は
手伝ってもらったお礼も兼ねて、聡里にカップケーキをプレゼントしようと
していたのだ。
(……よし、うまくできた!)
簪は出来を確かめ満足し、一つ一つ丁寧に袋に入れる。
その作業を終えた彼女はそれを持ち、今聡里が居る謹慎室へ向かっていた。
そして、謹慎室の前。 慌てている姿を見られないようにしようと落ち着いている時、
聡里と女性の会話が聞こえてきた。
「いろいろ、貴方も大変なのね」
「ええ、まあ。 でも、それが僕ですから」
(ッ―――!?)
簪は慌てて身を隠す。 聡里と話している相手が、間違いようも無く自分の姉、
楯無だったからだ。
(ど、どうして、お姉ちゃんが、聡里さんの部屋に……?)
混乱する簪の気持ちに関係なく、二人の会話は続く。
「まあ、その様子なら簪ちゃんも大丈夫でしょ」
「ええ。 彼女は、僕より凄いと思いますし」
(……どういう、こと?)
簪の心の中で、疑問と警鐘が同時に鳴り響く。だが、楯無の続けた言葉で、
簪の思考は一瞬停止した。
「私の機体データ、役に立ったでしょう?」
(―――!)
楯無の台詞に、簪は凍りついたような感覚を覚える。
追いつこうとしていた姉に、さらに距離を開けられたように感じたからだ。
しかし、聡里は更識姉妹にとって、予想外の台詞を続けた。
「いえ、使ってませんけど?」
「……え?」
(……え?)
更識姉妹の台詞と思考が同期した。
楯無は虚を突かれた為、簪は絶望から立ち直った為だ。
「だって、簪さんがあんなに張り切ってるのに、
僕らが入れ知恵したらもったいないじゃないですか。
……それに、多分彼女は楯無先輩、あなたに追いつきたいと思ってると思うし。
それなのに先輩の手助けなんか受けたら、意味がないでしょう?
僕は宵闇のデータから仮想動作データを組んだだけですよ」
聡里の長い台詞を受け、楯無は頬を掻く。
「……確かにそうよね。 考えが足りなかったわ。
あの子の気持ち、もっと考えてあげられるようにならなきゃ。
聡里くんも、シャルロットちゃんの事、頑張りなさいな。
いつまでも仲が悪いままは嫌でしょう? 王子様」
悪戯っぽく笑う楯無を、聡里は否定しなかった。
その事で、簪は二度目の大きなショックを受けてしまう。
(聡里さん、好きな人が居たんだ……。 私は、遅かった、のかな?)
簪は思い、手の中のカップケーキを抱きしめる。
聡里に対する自分の気持ちを確かめるように。
◇
日が変わり、専用機持ちタッグマッチトーナメント、当日。
僕は開会式で、箒姉さんの横に並んで開会宣言を聞いていた。
「いよいよ、だね。 姉さんのパートナーは誰?」
「一夏だ。 誰よりも早く、アイツに声を掛けてよかった……」
姉さんは物凄い気合の入り方。
やっぱり一夏パワーは凄い。
そんなことを言っていると、楯無さんが演説の途中でがらりと空気を変えた。
「……まあ、それはそれとして! 今回のタッグマッチトーナメントでは、
『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』を開催します!
皆の者、振るって参加せよっ!」
と、またとんでもない事を言い出した。
「……公然と賭けなんてしちゃって大丈夫なんだろうか……。
でも、織斑先生が額を押さえてるだけだし、問題ない……のかな?」
などと考えているうちに、先輩にツッコミを入れた一夏は撃沈されていた。
そして、第一試合の対戦カードが発表されたけれど、僕はそれを見て驚いた。
「うっ……これは……」
盾無先輩の後ろのディスプレイに大きく表示された対戦カードは、
[篠ノ之聡里&更識簪ペア vs 更識楯無&シャルロット・デュノアペア]。
よりによって、一回戦からこれだ。
僕は視線を巡らせ、シャルの方を見る。
そしてシャルと目が合った瞬間、彼女は氷のような笑みをこちらに向けて来て、
ぞわっと背筋が寒くなるほどの威圧感を感じた。
◇
試合前、僕がピットに向かっていると黛先輩に声を掛けられる。
「さーとりくーん」
「ああ、黛先輩。打鉄弐式の件はお世話になりました」
僕は言って一礼、先輩はてをひらりと振ってそれを受ける。
「それはいいわよ。 それで、これ。オッズ表なんだけど」
「どれどれ……ああ、やっぱり下のほうですか。
まあ、僕もまだ不完全ですし、簪さんは今まで公式行事に出てないし……」
など会話をしていると、不意に僕らが、いや、校舎が揺れた。
「なっ……!?」
「きゃぁっ!」
僕は自身の緊急モードを起動、揺れに対応したけれど、
黛先輩は普通の人間だから、振動に対応できず壁にぶつかりそうになる。
僕は咄嗟に彼女の手を掴み抱き寄せた。
「大丈夫ですか、先輩!?」
「え、ええ。ありがとう。 それより、この揺れは……?」
先輩が言った瞬間廊下の電灯が全て赤色に変わり、
続いて展開されたディスプレイが『非常事態警報発令』の文字を表示する。
さらに、スピーカーから先生の、かなり慌てているらしい声が聞こえてきた。
『全生徒は地下シェルターへ避難してください! 繰り返します……きゃあぁぁっ!』
先生の声は振動と共に途切れ、僕は宵闇を展開し、先輩を抱き上げる。
「ちょ、ちょっと聡里くん!?」
「先輩、シェルターまで大急ぎで行きますから、黙ってないと舌かみますよ!
……無事で居てよ、シャル!」
僕はそれだけ言うと先輩を抱いたまま最寄のシェルターの入り口へ。
そこのモニターで外の状況を確認すると、
見間違えようの無いオレンジ色の機体が、戦っていた。
「……シャル!」
そしてそれを確認した僕は、そのまま先輩をシェルターに入らせ
揺れる校舎の廊下を全速力で駆け抜けた。
◇
「あ、あっ……ああっ!」
簪は、ピットの中で震えている事しかできなかった。
聡里を待ってピットに居る時に校舎が揺れ、警報が鳴り響き、
それで竦んでいるうちにロックがかかり、逃げられなくなってしまったのだ。
そしてそんな彼女の前には、敵……黒いISがいる。
そいつは簪の手の打鉄弐式を確認し、ゆっくりと簪に迫る。
簪はじりじりと追い詰められ、とうとう壁際へと追い込まれてしまった。
(嫌……誰か、助けて……!)
簪は打鉄を展開することもできず手を握り締め、祈った。
自分がいつも見ているアニメのように、颯爽とヒーローが現れてくれる事を。
そしてそのヒーローの顔は、簪の良く知っている人物に置き換えられていた。
だが、現実は異なり、一歩一歩、敵は近づいてくる。
その恐怖の中で、彼女はその『ヒーロー』に小さな声で助けを求める。
「……さと……さ、ん……」
ゴーレムの腕が、簪に触れようとするその時、簪の恐怖は最高潮に達し、
思わず全力で、その『ヒーロー』の名を叫んでいた。
「聡里さんっ!!」
彼女の叫びに、一瞬敵の動きが止まる。
そしてその時、簪の後ろの壁に「ぴしり」とひびが入り、
次の瞬間には、綺麗に円形の穴が開いていた。
◇
「僕の友達に、手を出すなァァァァッ!!」
簪さんの叫びを聞いて壁を突き抜けた僕は、そのまま壁を抜いた装備である
『ペネトレイター』の大型ドリル『グラバー』を叩きつけ敵を吹き飛ばす。
そしてその負荷で駆動システムがいかれたグラバーを投げつけつつ、
簪さんと敵の間に立つ。
「簪さん、ケガは無い!?」
「だ、大丈夫……」
「良かった! じゃあ急いで打鉄弐式を展開!
戦闘の余波に巻き込まれるよ!」
僕の叫びで、彼女は慌てて打鉄弐式を展開。
それを見届け僕は火力が高い武器、パイルバンカーガンの『打貫(うちどおし)』と
インパクトナックル『吼拳(ほえこぶし)』をそれぞれ右手と左手に装着。
それを同時に敵に叩き込むけれど、両手で受け止められる。
「火力が足りないか……!? なら、簪さん!」
「は、はいっ!」
「コイツを、倒す! 手伝って!」
僕が言うと彼女は頷くが、高機動型の打鉄弐式ではこの状況はどうしても不利。
超至近距離からの荷電粒子砲ですら、小回りの聞く防御ユニットに防がれてしまうからだ。
僕の装備も大火力の物はミサイルなど、爆発系が多いからここでは使えない。
「ここじゃ、僕らに不利か! 簪さん、コイツをアリーナへ押し出す!」
「で、でもシールドが……」
「そこはそれ、どうにかするから、五秒だけ時間稼いで!」
それだけ言うと、僕は取れるだけ距離をとる。
そして『帝(ミカド)』を展開し、アリーナのシステムをクラッキングする。
「オペレーティングシステム同期。 全システム領域、クラッキングへ!」
僕の音声入力で宵闇はPICのシステム領域すらもシステムクラックに回し、
五秒でシステムをクラック、ゲートを開放した。
「……今だ、簪さん、最大出力で蹴りとばせ!」
「はいっ!」
簪の機体の出力を乗せた蹴りが入り、敵は姿勢を崩す。
その間に僕は機体のシステムを戦闘モードに復帰させる。
「ここから……出て行けぇぇぇぇっ!」
そして怯んだ敵を両手で押さえ、第三アリーナのフィールドに押し出した!
◇
「「はぁぁぁぁぁっ!!」」
楯無はシャルと共に、敵のうち一体を相手していた。
シャルがアサルトカノン『ガルム』を同時撃ちし相手の左腕を弾き、
その隙に楯無がランス『蒼流旋(そうりゅうせん)』に
超高周波振動する水のドリルを纏わせ、突撃をかける。
しかし、ランスが貫くよりも早く、敵の左腕がランスを受け止める。
「シャルロットちゃん! ブースター装備で私を押しなさい!」
「は、はいっ!」
シャルは聡里に教えられた高速換装(ラピッドパッケージ)で
高速戦闘用の追加ブースターを展開し、楯無を押す。
そして相手をシールドバリアに叩きつけ、四連装バルカンがその追い討ちをかける。
だが楯無も無事とは言えず、エネルギーシールドとシャルの間で圧力に押され激痛に顔をしかめる。
「せ、先輩!」
「いいから! もっと出力を上げなさい!」
シャルは簪の叫びに押され、ブースターの出力を理論値ギリギリまで引き上げる。
「これでも、この状態……それや、切札を出すしかないわね」
楯無は言いつつ、ランスを左手一本で握り、右手を天へ向け突き上げる。
すると、ミステリアス・レイディの全身のヴェールを形成していた水が集まり、
巨大な円錐を形作ってゆく。
「アクア・ナノマシンを一点集中。 そして、全てを攻性形成し、
一撃必殺の攻撃を繰り出す一撃必殺の大技……名づけて」
『ミストルティンの槍』。
それを構成するすべてのナノマシンが超高速で振動しており、
どのような物体ですら障子紙のように貫く事ができる。
……だが、それには大きな欠点がある。
それを作り出すことに集中しなければいけないため、
防御・回避全てが出来ないという点だ。
「くっ……あぐっ……!」
ミストルティンの槍を構成していることを察知した敵が、
楯無を攻撃する。しかし、防御も回避もできない楯無は成すがままだ。
ISアーマーは砕け、体のあちこちに傷がつく。
だが、彼女の顔からは笑みは消えず、笑いながらシャルに声を掛ける。
「シャルロットちゃん。 合図したら、全力で私から離れなさい。
巻き込まれるわよ」
「え、でも、先輩は!?」
「ふふん、おねーさんは不死身なのよ」
それだけ言うと、楯無はくすりと微笑み、一言。
ミストルティンの槍、発動―――。
◇
ズンッ……!
「ッ!?」
僕らがアリーナに飛び出すと、反対側のゲートで爆発が起きた。
(あっちのゲートには、楯無先輩と、シャルが居たはず……!)
それに気付いた僕はプライベート・チャネルを発振するけれど、
ジャミングされているのかまったく通信が繋がらない。
「……危ない!」
「簪さん!?」
簪さんに突き飛ばされて僕は少し移動する。
そして僕が居たところを敵の超高密度圧縮熱線が貫いた。
「助かった! ありがとう、簪さん!」
お礼を言う僕を一瞬だけ見て、簪さんは敵に向き直る。
「あなたは、あっちのゲートを見てきて……。
シャルロットさんを、たすけてあげて」
「えっ……うん! ありがとう!」
僕は彼女にそれだけ言うと、一気に反対側のゲートまで駆け抜ける。
煙がもうもうとたちこめるそちら側のゲートで、
宵闇がISコアの反応を感知する。
「シャル、無事!?」
僕が叫び近づくが、煙から出てきたのは敵の左腕。
その腕は宵闇の脚部を掴み、僕は脱出しようとするけれど力任せに投げられる。
「がっ……!?」
条件反射で腕部装甲を展開し防御したけれど、
投げられた後、僕は異常な感覚を感じ取った。
(体が、動かない……というより、
僕は宵闇のアラートコンソールを見る。
そこには『敵ISより未知のエネルギー反応確認。シールドバリアー展開に障害が発生』と表示されていた。
「対、IS用IS……!」
僕にとっては、天敵と言える存在。
僕の生命活動は、僕の心臓と同化しているISコアによって支えられている。
だから、その活動が阻害されると、生命維持すら困難になる可能性がある。
だけど。
「それが、どうしたァッ!」
僕は腕を地に突いて倒立、そのまま足を回転させてカポエラの要領で蹴りを入れる。
しかし、それを右腕のブレードに弾かれてまったくダメージを与えられない。
さらにその足を再び掴まれ、アリーナのシールドバリアへと叩きつけられた。
(マズい、僕のシステムのレスポンスが落ちてる。
このままだと、体が戦闘モードを維持できない……)
そう判断し、どうにか距離をとろうと防御にまわしていた腕部装甲から、
機動力のため脚部装甲を展開。しかし。
「あ……」
目の前には、すでに熱線が迫っていた。
◇
怖い。
簪が始めて体験した、本物の『敵』との命のやり取り。
超振動薙刀『夢現』を持つ手が震え、徐々に押され始める。
そして一旦後退した簪は、ゲートの残骸の中に、間違えようのない水色の残骸を見た。
他でもない彼女の姉、楯無の『ミステリアス・レイディ』の装甲だ。
(う、嘘……)
その事から想定される不安を拭うため、辺りを見回す簪。
そして、一番当たって欲しくない予想の光景を見てしまう。
それは……ボロボロになった楯無の姿だった。
(嘘……嫌、いやっ!!)
叫びたいのに、声が出ない。
抱きつきたいのに、動けない。
助けたいのに、力が出ない。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪いきもち悪い気持ちわるいきもちわるいキモチワルイ...
自分の中に生まれたドス黒い感情を込め、簪は『敵』を睨む。
以前学園を襲撃した大型機と同型の左腕パーツ。
顔部分に装着されたラインアイ型バイザー。
女性的でありながら無機質なボディライン。
左腕と逆に、洗練された右腕。
その全てが。
(――憎い)
「壊して……やる」
簪は殺意を言葉に乗せて呟く。
そして背部ブースターを展開、瞬時加速の速度を重ね、夢現で斬りかかる。
金属音が響き、夢現が叩き斬られる。
しかし簪はその勢いのままに荷電粒子砲を二門展開して至近距離から乱射。
敵はたまらず距離をとろうとするが、簪は離れず至近距離から打ち込み続ける。
「許さ、ない……!」
一発、二発、三発……。
際限なく打ち込まれる砲撃は防御を力押しで打ち砕き、
装甲を穿ちコアを露出させる。
(これを、砕けば……っ)
そこに自身の怒りをすべて向け、引金を引く簪。
しかし、簪の耳に届いたのは着弾の爆発音ではなく、乾いた「カキン」という音。
――エネルギーが尽きた荷電粒子砲の引金の音だった。
「あ……」
勝利への希望から絶望へ叩き落された簪は、再び体が動かせなくなる。
敵がその隙を見逃すはずも無く……簪は、敵の巨大な左腕になぎ払われた。
「あうっ!」
恐怖でかちかちと音を立てる歯を無視して、簪はコンソールを操作する。
(使える、武器は……八連装ミサイルポッド『山嵐』……でも、これは)
時間が無く結局テストできなかった装備が、この山嵐。
本来は自動ロックオン、自動追尾のミサイルだが、その性能は未知数だ。
(でも……やるしか!)
簪はそれを起動しようとするが、その瞬間に爆発音が鳴り響く。
そして、聡里が簪の横に投げ捨てられてきた。
ISが展開解除された、生身の状態で、だ。
「……え?」
◇
(あはは……マズいな、力、入らないや……。
簪さん、助かるかな……?)
僕はぼんやりとした意識の中で、そんな事を考えていた。
すでに宵闇は展開を解除され、僕は生身。
戦闘状態もほぼ解除され、かろうじて生体保護が機能している程度だ。
(悔しいな……こんな事で死ぬなんて。
やり残した事もあるし、打鉄弐式もまだ完全に調整しきってないし、
何より、シャルに嫌われたままだし……死にたくないなァ)
でも僕の体は指一本も動かせず、僕を吹き飛ばした敵に頭をつかまれ、
そのまま持ち上げられて頭を締め上げられる。
(く……あっ、やっぱり、兵器の末路なんて、こんな物かな……)
僕が思ったとき、僕を掴んでいる腕にオレンジ色の何かが体当たりしてくる。
その『何か』の色は、僕の良く知っている色だった。
(――シャル!)
その衝撃で振り落とされた僕は、しっかりと見た。
そいつに体当たりしたシャルが僕の代わりにそいつの右腕に掴まれて、
左腕からの熱線を喰らいそうになっているのを。
それを見た僕は半ば切れ、動かない体を無理やり動かし
ラウラに貰ったナイフを敵のバイザーアイに投げつける。
「人の恋人に手を出してんじゃねぇよ、機械人形がっ!」
ナイフが直撃したバイザーアイが一瞬表示をぶれさせ、敵が怯む。
そしてシャルはその間に脱出し、僕の横へと飛んできた。
「聡里、大丈夫!?」
「う、ん。なんとか生きてる。 ……そうだ、もう一機は!?」
僕は慌ててもう一機のほうを確認する。
そこでは、簪さんをかばい楯無先輩がそいつの刃に刺され、鮮血を流していた。
「おねえちゃんっ!」
「「楯無先輩!」」
簪さんと僕、シャルの声が重なる。
でも、先輩は笑みを絶やさずに簪さんへ語りかける。
「お姉ちゃんって呼ばれたの、何年ぶりかしらね……」
ただ、嬉しそうに。 ケガをしているなどと感じさせないほど、笑っている。
「よかったわ……。大事な妹が怪我したら、悲しいもの」
「で、でもっ、もう、無理なんだよぅ……」
簪さんは言って泣き出す。 そんな彼女を見て笑顔を苦笑に変えた先輩は、
簪さんの頭を撫でて言う。
「無理じゃ……ないわ」
「無理だよ! この世にヒーローなんか、いないんだよ!」
そう叫ぶ簪さんに、楯無先輩は「そうかしら?」と返し、上を指差す。
そこには、ボロボロになりながらも駆けつけてきた一夏と箒姉さんが居た。
「大丈夫か、みんな!?」
「楯無先輩! その怪我……!」
彼らが駆けつけてきて二体のうち一体を相手してくれる。
そして、その間に僕も、どうにか立ち上がる。
「聡里さん……」
「簪さん、『Nodoby's Parfect』。完璧なヒーローは居ないよ。
でも、一夏は前に言ってたよ。
完璧なヒーローなんて、泣きも笑いもしないからなりたくないって。
僕も一夏と同じ。 完璧なんか、嫌だ。
皆と一緒に、笑って、泣いて、負けて……でも、諦めない!
それが、僕という……一つの『兵器』の決意だッ!」
そう叫び、僕は生身のまま吼拳を両手に展開、
その両手を組み、僕の頭を掴んだ敵に対して鈴の衝撃砲と同じ様な攻撃を叩き込む。
「いい加減、シャルと先輩の攻撃でボロッボロだろ、落ちろッ!」
そのまま胴体へ吼拳の衝撃拳を叩き込み、大穴を開ける。
そして、敵は自重でその穴から上下真っ二つに折れ、爆発した。
「……後は、もう一体!」
言って、姉さんたちが戦っている敵のほうを見る。
その時、簪さんに手を掴まれた。
「待って、行かない、で。 貴方のISも、体も、もう限界……」
「ん、そうかもね。 でも、僕は行くよ」
「ど、どうし、て? 死ぬのが、怖くない、の?」
簪さんに言われて、僕は返答する。
「いや、死ぬのは怖いよ。 だって、もうシャルに会えなくなるから」
「え……」
「それに、僕は戦闘用に生産された人間だからね。
戦いから逃げたら、僕の存在意義を見失っちゃうよ……それじゃ、行って来ます」
それだけ言うと、僕は宵闇を展開。敵に向けて、一直線に飛び出した。
◇
簪は聡里の背中を見送り、その先に居る聡里の仲間達を見て再び涙を零す。
――私もあんな風に、戦う勇気があればよかったのに。
――あんな風に、戦えればいいのに。
――そうすれば、聡里さんと並べる。
――少しでも距離が縮められる。
――自分も、自分も、自分も、自分も、
――よかったのに、よかったのに、よかったのに、よかったのに。
思考がどんどんループし、悪い結論に達してしまう。
「私……卑怯者だ」
戦えない理由ばっかり考えて、一歩も動けない。
弱くて、卑怯で、汚くて、みっともない。
「私……やっぱり、駄目だったよ、お姉ちゃん……」
簪は涙を流し、腕の中で抱かれている、目を閉じた楯無につぶやく。
その時、簪に楯無が言葉を投げかけた。
「駄目なんかじゃ、無いわ」
「お姉ちゃん……」
簪は弱弱しく目を開いた楯無の顔を覗き込む。
「いいじゃない。弱くても、卑怯でも、汚くても、みっともなくても。
それが人間って言うものよ」
そして、簪に向けて楯無は微笑み、言う。
「だからね、弱さ、小ささ、まとめて受け入れちゃいなさい。
それが当たり前なんだもの。だって……」
「それが、人間っていうことだから?」
「そうよ。それに……私の、自慢の妹なんだから」
その言葉を聞き、楯無に簪は微笑みかけることが出来た。
「ふふ……笑えたわね。それなら大丈夫。 ……じゃあ、私は、少し、寝るわね。
ちょっと、疲れちゃったから。 大丈夫、すぐ、起きるわ……」
言って、楯無は口と目を閉じて大人しくなる。
簪は一瞬慌てるが、生命反応が安定したことで安心し、彼女を安全な場所へそっと寝かせる。
「それじゃ、行って来ます。お姉ちゃん」
眠った楯無に、それだけ言って簪は立ち上がる。
彼女の涙は、すでに止まっていた。
続く。
今回も分割になってしまいました。
そろそろ夏休みも終わるので、すぐに書けるかどうか怪しいです。