私だけのトレーナー   作:青い隕石

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 ベルトレ短編。今回は純愛系。昼投稿の予定でしたが繰り上げ。

ストックが尽きたので、次の短編は投稿頻度がかなり空くと思います。
今年中にあと2~3話くらい投稿を目標。

次の投稿予定はベルトレ短編or沖スズ短編(別作品)or東方短編(頼ぬえ、別作品)のいずれかとなりそうです。



※あとがきにて、トレーナーの簡単な設定追記


愛してるよ、トレーナー

 

 『誕生日』

 

 

 

 それは、自分が生まれた日。1年という時間の中で、一人ひとりが持つ特別な日。

 

 生まれた瞬間の記憶はないけれど、確かにアタシがこの世に生を受けた日。毎年お祖母様から、姉妹から、メジロ家を挙げて祝福をしてもらえる。

 

 お父さんは勿論・・・・・・普段は、あまり話せないお母さんからも。

 

 いつもは緊張が先に来てしまい会話があまり続かないけど、この日は笑顔を見せてくれる。

 

 そんなみんな笑顔を見て、恥ずかしい、とは口にするけど本当はすごく嬉しい。アタシなんかの誕生日を祝ってもらえる。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、空を見上げれば満天の夜空。

 

 誕生パーティーが終わってメジロ家からトレセン学園に戻ったときには、すっかり辺りが暗くなっていた。

 

 門限まであまり余裕がない時間帯だけど、予め届け出を出しているため、遅くなっても問題ない。とはいえ、一応明日が休みではあるけど夜更かしは身体に悪い。折を見て帰ろうと決めて、敷地内を歩く。

 

 ゴールデンウィークも後半に入った。G1レースが目白押しの月であり、参加するウマ娘は休日返上で最終調整、参加しないウマ娘は帰省したり休暇を満喫していたりと綺麗に二分されている。

 

 普段より人気のない道をゆっくりと歩く。桜は既に散り、新緑が目立ってきた季節。トレセン学園に入学してから、幾度も見てきた光景。

 

 足を進めている先は、寮ではない。

 

 木々に囲まれた細道を抜け、見えてきたのは大きな建物。トレーナー棟と呼ばれる、トレーナーの仕事場である。

 

 人バ一体、といってもトレーナー業だって仕事の一つ。世間一般的な日数分の休日は確保されている。ましてや今はゴールデンウィーク。担当バのレースがない人は、同じように帰省などに充てているだろう。

 

 ・・・・・・それが普通のはずなのに。

 

 正面入口から入って、歩き慣れた道順を行く。目的地まではそう遠くなく、数分としないうちにドアの前にたどり着いた。

 

 コンコンとノックをして、一言声を掛ける。

 

 「トレーナー、入るわよ」

 

 そのまま、返事を待たずにドアを開ける。果たして、部屋の中には予想通りの人物がパソコンと向かい合っていた。

 

 「・・・・・・ドーベル?おかえり~」

 

 音に反応するように、彼・・・・・・アタシのトレーナーが顔を上げ、手を振ってくる。

 

 しばらくレースもなく、休日を謳歌してもいいのにこうやって働いている。

 

 アタシが学園を出発した昼前から、ずっとこんな感じだ。

 

 出かける前、そのトレーナーから貰ったネックレスに触れつつ、お礼の言葉を言う。

 

 「改めてだけど・・・・・・誕生日プレゼント、ありがと。その、嬉しかった」

 

 「あ、付けてくれたんだ。どういたしまして」

 

 アタシの首から下げられたネックレスを認識して、トレーナーが嬉しそうな声を上げる。

 

 簡単なものだけど、と言っていたけど、アタシにとってはどんなに眩しい輝きよりも価値のあるもの。

 

 ものだけでなく、「誕生日おめでとう」という短い、それでいて温かい言葉までかけてもらえた。

 

 ・・・・・・だからこそ、貰いっぱなしは嫌だ。

 

 今、ここに来た理由。それは、プレゼントのお礼を言うためだけではない。

 

 「トレーナー。去年と同じことを聞くね」

 

 「去年・・・・・・?」

 

 首を傾げて、疑問を口にする彼。

 

 誕生日プレゼントを貰った当日に来たのは、話すきっかけを逃したくなかったため。

 

 去年、聞けなかったことをこの場で聞き出す。

 

 「あたしも、プレゼントを贈りたいの。アンタの誕生日、教えて欲しい」

 

 彼の目を見て、はっきりとそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーにもプレゼントをあげたい。

 

 その考えを抱いたのは1年以上前の話である。

 

 アタシとほとんど変わらない身長。

 成人男性にしては華奢すぎる、それこそアタシよりも細い身体の線。

 

 そんな身体で、アタシなんかのために文字通り全力でトレーナー業を続けてくれた。

 

 チーフトレーナーから受け継いだ後は、模擬レースでも結果が出せない時期があり、彼に当たってしまったこともある。そんな理不尽な八つ当たりを、彼は受け止めてくれた。

 

 大舞台を前にして、緊張と恐怖に支配されたアタシを、彼は優しく励まし、導いてくれた。

 

 ずっと、ずっと恩を受けてばかり。これで何も返さないだなんて、メジロ家の名が廃る。

 

 ・・・・・・そう、あくまで恩を少しでも返すだけ。他意なんてない。無いったら無い。

 

 トレーナーの好みは、多少把握している。あとはプレゼントを買って渡すだけで良いと思っていたけど、ここで一つの壁にぶつかった。

 

 プレゼントを渡すきっかけを見つけられない。

 

 今までの人生で、男の人にプレゼントを渡した経験なんて、お父さん1人である。自分からトレーナーに、どう話しかけて渡せば良いのか、想像の上でもそのシーンが浮かんでこない。

 

 『あのさ、トレーナー・・・・・・これ、プレゼント。いらなかったら・・・その、捨ててもいいから』

 

 うん、絶対ダメだ。こんな言動で感謝の気持ちが伝わるはずがない。そもそも、彼と向かい合った場合緊張してこれだけの言葉を言えるかどうかも危うい。

 

 話しかけて、無言のまま時が過ぎて、耐えきれなくなって部屋を退出する・・・・・・。不思議なことに、こちらの光景は鮮明に想像できてしまう。

 

 クリスマスの日に・・・・・・と思ったけど、即座に却下した。その日に渡すなんて、完全にプロポーズである。そんな恋人同士みたいなこと・・・・・・あ、アタシは別にトレーナーとなら『そういう』関係になっても構わないというか、むしろ・・・・・・

 

 閑話休題。と、ともかく、きっかけを掴めないまま無作為に過ぎていった日々。光が差したのは、去年のアタシの誕生日だった。

 

 誕生日パーティーから帰ってきて寮に戻ると、自分の机の上に綺麗な箱が置かれていたのだ。

 

 「ドーベル、おかえりナサーイ♪」

 

 「ただいま、タイキ。この箱、何か知らない?」

 

 ベットで寛いでいたタイキに挨拶をしつつ質問すると、彼女は『オゥ!』と思い出したようにポンと手を打った。

 

 「そちら、ドーベルのトレーナーさんから預かったものデスヨ。誕生日プレゼントだと言ってマシタ♪」

 

 朗らかに告げるタイキ。しかしアタシはその言葉を聞いて驚いた。

 

 トレーナーからプレゼントを貰うウマ娘は、少なくはない。

 

 ・・・・・・でもそれは、仲が良い関係性の場合に限る。トレーナーと担当バの関係、と割り切って接している間柄も一定数いるのだ。

 

 アタシの場合はもっと悪い。トレーナーが優しく接してくれているのに、こちらから突っぱねている。心の中では感謝して、苦しいほどに想っているのに、態度では意地張って、そっぽ向いて、本当にバカな女。

 

 契約時にアタシの誕生日は把握しているだろうけど、彼からの好感度は良くて0だろう。いつも笑顔を見せているけど、心では嫌悪しているのかもしれない。

 

 プレゼントどころか、お祝いの言葉もかけられなくて当然くらいには覚悟していた。

 

 だからこそ、ありえない。本当に失礼だけど、タイキがドッキリを仕掛けているのではないかとまで考えて箱を開けたら、瓶に入ったアロマと一枚の紙が添えられていた。

 

 アロマを手に取る。この柄、間違いない。以前アロマについて教えているときに、会話の流れの中で欲しいなとポロッと零したものだ。詳しくない彼のことだから聞き流していたと思っていた。

 

 添えられていた紙を開く。そこには一目で分かる、彼の文字。

 

 『ドーベル。誕生日おめでとう』

 

 短い一文。そのたった一文が、アタシの心を力強く掴んだ。

 ギュッと、紙を持つ手に力が籠もる。

 

 ああ、ズルい。本当にズルい。

 

 アタシがどれだけ勇気を持って、それでも出来ないことをアンタはこんなにさりげなく行う。

 

 結局その夜は一晩中、トレーナーの顔が頭から離れなかった。タイキ経由で渡してもらったものなのに、妄想するのはトレーナーから手渡しで受け取るシーン。甘い言葉、眩しい笑顔付きで貰うところを想像して、意味もなくベットの中で転がりまわった。

 

 ようやく微睡んできた頃、意識が半分夢の世界に入った時にその考えが浮かんだ。

 

 

 

 『トレーナーの誕生日を聞いて、その日に渡せば良いんだ』と。

 

 

 

 今回プレゼントを貰ったお礼、という形であれば、(比較的)すんなりと話しかけることも出来る。会話に関しても誕生日という話題に終止すれば大丈夫なはず。

 

 善は急げとばかりに休暇明け最初のトレーニング後、早速トレーナーに聞いてみたのだ。

 

 「トレーナー。その・・・・・・聞きたいことあるんだけど?」

 

 「?・・・いいよ、ドーベル」

 

 ミーティングも終わって後は解散、というタイミングでアタシからの相談を持ちかけられた彼。何の話題だろうかと目線をパソコンからこちらに向ける彼に、勤めてさり気なく言葉を紡ぐ。

 

 「その、誕生日プレゼント、ありがとう。・・・・・・えっと、嬉しかった」

 

 「・・・ああ!ほんと?良かったぁ。気に入ってもらえて」

 

 その話題ね、と笑顔を向けてくるトレーナー。どうやら、今の今まで意識になかったみたいである。こっちがどれだけアンタのことを、あんたへのプレゼントの渡し方を考えてるのか知りもしないで。

 

 ともあれ、導入のきっかけは成功した。後は聞くだけである。

 

 大丈夫。自然に話すだけでいい。

 

 間を作りすぎてしまうと、会話を再開できなくなるしトレーナーも疑問を感じてしまう。一度深呼吸をして、一気に尋ねた。

 

 「あの、さ・・・・・・誕生日を祝って貰ったわけだし、アタシもお返ししたいんだ。アンタの誕生日って、その、いつなの?」

 

 言い切って、ああ、ようやく口にできたと表情に出さずに安堵した。

 

 ずっと聞こうとして聞けなかったこと。これであとは、彼が言った誕生日までにプレゼントを用意すれば良い。アタシの頭の中はその至高でいっぱいになった。

 

 

 ・・・・・・しかし、そこで会話が止んだ。

 

 

 5秒、10秒・・・・・・。沈黙の時間が伸びていく。

 

 アタシが黙っているわけじゃない。先程の質問から続く沈黙。つまりは、彼が会話を止めているということになる。

 

 (ちょっと、どうしたのよ。誕生日言うだけでいいのよ)

 

 何も話さないトレーナーに少しムッとし、改めてトレーナーに問いかけようとする。

 

 「ちょっと、トレー・・・」

 

 「・・・・・・・ごめん、ドーベル。この話はここまでにしていいかな」

 

 

 ドンっ、と全身を押された。

 

 

 物理的にではない。トレーナーの一言が、その圧が、アタシを無理やり後退させた。

 

 アタシを遮るように、発せられた言葉。

 

 部屋の温度が、微かに下がった気がした。

 

 「・・・・・・ありがとう。気持ちだけでも、すごく嬉しいよ。ドーベル」

 

 違う、アタシが聞きたいのはそんな言葉じゃなくてアンタの誕生日・・・・・・という言葉を続けることが出来なかった。

 

 感謝の言葉を言うトレーナーの表情は、何かに耐えているようで。これ以上、触れてほしくないというオーラを感じた。

 

 理由をぼかして、拒否する。今まで一度も、こんな事はなかった。

 

 こんなアンタ、見たことない。

 

 だからこそ、この話題は彼にとって、『それほど』のことなんだと理解できた。

 

 突き放すような、拒絶するような態度。そんな彼を見てアタシは、それ以上の言葉を続けることが出来なかった・・・・・・。

 

 

 

 翌日からの彼は、普通にアタシに接してくれた。トレーニングを見てもらって、いつもどおりのミーティング。解散の時まで結局、昨日の件には一言たりとも触れなかった。

 

 アタシもアタシで踏み込む勇気がなくて、言えずじまい。誕生日以外となるとプレゼントを渡しタイミングをつかむことが出来ず、気づけば1年間ズルズルと先延ばしにしてしまった。

 

 今なら去年以上にトレーナーとは普通に話せる。話の流れでポンと渡すことだって出来るのだけど、思い切ってもう一度、去年と同じ質問をした。

 

 『隠し事はなるべくしないこと』

 

 それが、トレーナーと契約を結ぶ時に交わした約束。当初は、不調や悩み事などを突っぱねるアタシが原因で結んだもの。

 

 だけど、蓋を開ければアタシの何倍もの頻度で、トレーナーがその約束を破った。

 

 いつもアタシを気にかけるくせに、自分のことは顧みないで、明らかに無理してるのに大丈夫だと笑顔で嘘をついて。

 

 ・・・・・・その積み重ねもあったのだろう。

 

 

 

 時は戻って、今日本日。

 

 また隠し事をしているトレーナーに、一歩踏み込むことにした。

 

 誕生日を知ることで、何か不都合があるのかもしれない。でも、その不都合で悩んでいることがあるのなら、尚更アタシに打ち明けて欲しい。

 

 解決までは至らずとも、話し相手くらいにならなれるから・・・・・・。

 

 想いを込めて、言葉にする。

 

 去年は踏み込めずに止まった線。その線を、アタシの意思で跨いだ。

 

 黙って、アタシの言葉を聞いているトレーナー。その表情からは、去年のような拒絶の色は見られなかった。代わりに、本当に思い詰めた顔をしていたけど、『打ち明けて欲しい』という言葉で少しだけ笑みを見せた。

 

 「・・・・・・そっか」

 

 「トレーナー?」

 

 何かを納得したように、その華奢な身体に手を添える彼。自身の鼓動を聞くように、胸に手を当ててそのまま目を閉じる。

 

 ・・・・・・・またしても、沈黙。去年と同じような静寂が訪れる。

 

 それでもアタシは待った。

 

 1分は経っただろうか。目を閉じていたトレーナーが、その双眸を開く。

 

 「・・・・・・うん」

 

 再びこちらを見た彼。その表情は、憑き物が落ちたような顔をしていた。

 

 「僕自身、ちょっと驚いているんだ。この事を話したい、って思っている自分に。それは多分、他人に話したいからじゃなくて、『ドーベル』だから話したいんだと思う。」

 

 照れくさそうに笑うトレーナー。話の核心には触れていないけど、アタシにだから話す、という言葉を聞いて心が高鳴った。

 

 想い人に信頼してもらえて、嬉しくないウマ娘はいない。3年間突っかかってばっかりだったけど、トレーニングを、レースを通じて一定の信頼を築けていた喜びを心に押し留める。

 

 

 

 ・・・・・・本来なら、気づくべきだった。

 

 誕生日を言い淀むという、選択肢がそう多くはない『理由』を。

 

 でも、結局アタシは、『答え』が彼の口から紡がれるまで気づけなかった。

 

 

 

 「僕ね、自分の誕生日が分からないんだ」

 

 

 

 「・・・・・・えっ?」

 

 頭を掻きながら、アハハというトレーナー。しかしアタシは、トレーナーの仕草に気を配る余裕がなかった。

 

 『誕生日が分からない』

 

 忘れた、のではなく分からない。

 

 それが意味する理由に思い至った瞬間、アタシは口を抑えた。

 

 去年踏みとどまった線。それは文字通り、超えてはいけない一線だった。

 

 謝らなければいけない。謝って許されることではないけど、それでも頭を下げなければいけない。

でも、動作を実行する前に、彼に止められた。

 

 「ははは・・・。やっぱりドーベル頭がいいから気づいちゃうか。でも、言ったでしょ。僕が、君に話すことに決めたんだ。謝られるようなことなんて一つもないよ」

 

 「で、でもっ!」

 

 食い下がるアタシを手で制して、彼は部屋中央のソファに移動した。深く腰掛けて、こちらに顔を向ける。

 

 「うーん・・・・・・そうだ!だったら、長くなりそうだから紅茶入れてくれないかな?それで貸し借りは0ってことで、ね?」

 

 部屋の一角に置かれたティーポットセットを指さしながら、トレーナーはニッコリと微笑んだ。

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・ふぅ、やっぱりドーベルが淹れてくれる紅茶はおいしいな~」

 

 微かに湯気の立つ紅茶を一口飲み、のほほんと感想をいうトレーナー。

 

 でもアタシはそれどころではない。目の前に置いた紅茶に視線を落としながら、頭がグルグルと駆け巡っていた。

 

 完璧に地雷を踏んだ。

 

 彼が、あそこまで言い淀んでいたのだ。何故アタシは推測できなかったのかと自身を責める。

 

 アタシの気持ちを知ってか知らずか、トレーナーは明るく口を開いた。

 

 「もうドーベルも察しているし、結論から言うよ。僕、物心ついたときには施設にいたんだ」

 

 カラッと言うその声には、悲壮感がなかった。もう割り切ったことなのか、それとも・・・・・・ずっと考えて、考えて。とうに涙が枯れた後なのか。アタシには判別ができなかった。

 

 ギュッと、膝においた手を握る。アタシから聞いたことだ。だからこそ、彼の言葉を聞き逃してはいけない。

 

 「両親のことは、何一つ分からない。僕を捨てる時、手掛かりや繋がりとなるものを何一つ残していかなかったみたいでさ。この名前も、施設の人に付けてもらったんだ」

 

 「僕の本当の名前って、何なのかな?と考えるときもあるよ。本当の両親は、僕にどんな名前とつけたんだろう。僕の本当の名前はどんなものなんだろう、ってね」

 

 一瞬だけ、額に入った賞状を見た彼。

 

 『最優秀新人トレーナー賞』

 『優秀トレーナー賞-クラシック部門-』

 などなど、わずか3年間の間に積み上げられた、数々の栄誉。そこに書かれている名前を見た当の本人の目は、どことなく「他人事」のようだった。

 

 「勿論、施設の人が付けてくれた誕生日はあるし、実際に毎年祝ってくれたんだ。本当に感謝している。」

 

 でも、と言葉を止める彼の顔は、過ごしてきた日々を振り返るように微笑んでいた。

 

 「やっぱり、仕事だからなのかな。僕と似たような理由で十数人の子供が施設にいたし、手が回らなかったって所はあると思う。日常でも、誕生日のお祝いでも、どこか事務的に感じちゃったんだ。・・・・・・・職員さんは、心を込めて接してくれていたのにね。我ながら、わがままな子供だったよ」

 

 まだ半分以上残っている紅茶に一口つけ、ふぅ、と吐息をつく。

 

 「・・・・・・ごめんね、ドーベル」

 

 こちらを向いたと思ったら、トレーナーはいきなり頭を下げてきた。

 

 「ちょ、ちょっと!?」

 

 「ドーベルは優しいからさ。誕生日プレゼントをあげたら、僕にもお返しを贈ってくれる。そこを気づくべきだったのに・・・」

 

 「・・・!!待って!」

 

 トレーナーが謝る理由なんて無い。謝らせてはいけない。咄嗟に、ともすれば彼にとっては痛いくらいの力で上体を起こす。

 

 ぐいっ、と身体を起こされるけど、トレーナーの表情は変わらない。

 

 優しい微笑み。その表情しか、見ることが出来ない。変わらないその表情は、本当の顔を隠す仮面のようで。

 

 「・・・・・・優しいで思い出した。お節介になるけど、余計な一言言わせてね。」

 

 こちらをまっすぐに捉える深い黒色。いつもなら吸い込まれそうになるその瞳に、今は見えない壁を感じた。

 

 「ドーベルは以前、お母さんとあまり話せない、って言ってたけどさ。お母さんのことを好いているなら、1年に1度でも良い、言葉だけでもいい。感謝の気持ちを伝えてあげてほしいんだ。・・・・・・言えずに後悔、してほしくないから」

 

 優しい口調が、最後に変わった。

 

 一瞬だけど、重く、引きずり込まれるような感覚。

 

 まだ、何も失っていないアタシに対する、忠告であり金言。まだ、遅くはないという願い。

 

 辛いはずなのに、八つ当たりたくなるはずなのに、自分よりも他人を優先する。

 

 「・・・・・・どうして、アンタは弱音を吐かないの?」

 

 気づいたら、その言葉が口からこぼれていた。

 

 だって、そうだ。親がいないという、計り知れない心の傷。アタシだったら、塞ぎ込んだまま立ち上がれないかもしれない。仮にその足が地に付いたとしても、立つだけで精一杯。他人を支えるだけの余裕なんて、あるはずがない。

 

 何故アンタは、他人を気遣うことが出来るのか?

 

 そんなアタシの疑問を、トレーナーは何でも無いという風に答える。

 

 「うーん・・・吐ける相手がいなかったんだろうなぁ」

 

 「・・・・・・っ!」

 

 また、地雷を踏んでしまった。

 

 顔を歪ませるアタシを知ってか知らずか、彼は残りの紅茶を一気に流し込み、続きを紡ぐ。

 

 「いつも忙しそうな職員や、自分よりも小さかった他の子供に、迷惑をかけたくなかったのかも・・・・・・あ、心配しないでドーベル。一人の時は思いっきり愚痴とか言ってるから♪」 

 

 昨日も一人、トレーナー寮で秋山理事長の無茶振りについて・・・・・・と慌てておちゃらけるトレーナー。アタシの表情を見て、誤魔化しきれてないと悟ったのか、更に明るい表情を作った。

 

 「・・・・・・うん。ありがとう、ドーベル。初めて、他の人に話すことが出来てっ・・・・・・!!」

 

 突然、明るく振る舞っていた彼の言葉が止まった。

 

 

 

 ポタッ・・・・・・

 

 

 

 と、空のティーカップに一滴の雨が落ちた。

 

 「・・・・・・えっ・・・・・・あれっ」

 

 ポタッポタッ、とその雨は次第に強さを増していく。

 

 トレーナーの双眼から、伝うように、こぼれるように落ちていく。

 

 「待って、えっ・・・どうしてっ・・・・・・」

 

 拭っても拭っても、乾くことはなくて。止め処なく溢れていく雨が、彼を冷やし、声を震わせた。

 

 「どうしてっ・・・・・・止まらないっ・・・・・・!」

 

 

 

 

 その瞬間、アタシは立ち上がった。

 

 今、分かった。ようやく、分かった。

 

 違ったんだ。トレーナーは弱音を吐かないんじゃない。弱音の吐き方が『分からない』んだ。

 

 子供の頃から、ずっと大人としての振る舞いをしてきた彼。普通の子供なら甘えて育てられる年齢でも、彼は甘えることが出来なかった。甘えられる相手がいなかった。

 

 だから、大人にならざるを得なかった。無理に背伸びし、背丈に合わない鎧をまとった。

 

 『とても気が利く』

 『誰よりも周りを見ている』

 

 彼の評価は、浴びるくらいに聞いている。そして、今この瞬間、そのどれもが上辺だけの評価だと気づいた。

 

 そして今日、初めて他人の前で重い鎧を脱いだ。

 

 だからこそ、ずっと心の奥底に閉まっていた本心が、曝け出されたんだ。

 

 トレーナーは、愛を知らないんだ。

 

 親から注いでもらえるはずの、無償の愛。厳しくも優しい、大きな導きの手のひら。その硬さを、暖かさを、知らずに生きてきた。

 

 『愛されたい』

 

 『弱音を吐きたい』

 

 誰もが抱くその想いを押しとどめて、押しとどめて・・・・・・気づかないうちに、厳重に封印してしまった。

 

 今日見つからなければ、それこそ一生封印したまま、忘れ去って知らないままだったかもしれない感情。会話の中でどんどん膨れ上がっていった想いが、最後に洪水となってトレーナーを襲った。

 

 しかし、初めて溢れた感情とはいえ、彼のことだ。時間が経てばすぐに塞ぎ方を見つけてしまうだろう。

 

 どうすればいい?

 

 ・・・・・・その回答は、アタシの中で既に出ていた。

 

 図らずも、厳重に仕舞われていた彼の本心を曝け出した本人として。

 

 彼に想いを寄せる、一人のウマ娘として。

 

 アタシが、ここでやらなければいけないこと。

 

 恋とは、相手を求めるもの。

 愛とは、相手を受け入れるもの。

 

 アタシがアンタに抱いている感情は、恋だ。

 

 それは、一方的な想い。アンタと手をつなぎたい。抱き合いたい。キスしたい。デートしたい・・・・・・・自己中心的な願望だ。

 

 アタシはまだ、愛を十全に理解できるほど大人ではない。

 

 ・・・・・・でも、愛がどういうものなのかは知っている。

 

 困ったことがあれば、すぐに駆けつけて、助けてくれたお父さん。

 

 顔を合わせるのも怖くなったくらい厳しい指導、練習を課せられて、それでいてしっかりとアタシを支えてくれたお母さん。

 

 両親からもらった、数々のかけがえのない宝物。 

 

 完璧でなくていい。真似事でもいい。

 

 

 

 アタシが、トレーナーに愛を与える。

 

 

 

 中央の机を回り込んでアタシが接近しても、涙を押し留めているトレーナーは気づいていない。

 

 「トレーナー」

 

 一言、声を掛ける。

 

 座ったままの彼はそこで初めて、アタシが側にいることに気づいた。目を拭ってこちらを向こうとして・・・・・・

 

 

 

 ・・・・・・ギュっ

 

 

 

 「・・・・・・へ?」

 

 気の抜けた声。自分の身に、何が起こったのか分からないといった状態。それでも、五感から伝わる情報で今の体勢を認識したようで。

 

 「・・・・・・っ!?え、いや、あのっ!!」

 

 「ごめん、トレーナー!!後で殴っていいから!!」

 

 慌てふためくトレーナーを、力強く抱きしめる。

 

 トレーナーがこちらを向いた瞬間の、真正面からの抱擁。姿勢差の影響か、アタシの胸に、トレーナーの頭がすっぽりと収まった。

 

 抜け出そうとする彼を、両手で押し留める。

 

 力は、アタシのほうが上。トレーナーの抵抗は、10秒ほどで終わった。

 

 「ど、ドーベル・・・・・・」

 

 「トレーナー」

 

 静かに、彼を呼ぶ。ちらりとこちらを見上げた彼と、視線が交錯する。少しだけ見えるトレーナーの顔は、林檎のように真っ赤になっていた。

 

 ここで伝える。彼が再び鎧を纏ってしまう前に。アタシの、心からの言葉を。

 

 「・・・・・・っ」

 

 トレーナーの口から、声が漏れる。アタシがトレーナーの頭を、優しく撫で始めたからだ。

 

 その仕草は、親が子供をあやすようなもので。彼の身体から、微かに力が抜けたのが分かった。 

 

 アタシでは、どう頑張ってもトレーナーの母親にはなれない。

 

 でも、不格好でも良い。母親の役割をする事は出来る。

 

 力強く抱きしめて、静かにささやく。

 

 「愛してるよ、トレーナー」

 

 言った瞬間、ビクッとトレーナの身体が震えた。それに構わず、彼に言葉を届ける。

 

 「本当にありがとう。トレーナーがいなれけば、ここまで来れなかった。全部、全部トレーナーのおかげだよ」

 

  だから、と一呼吸おいて、言いたいことを全て吐き出す。

 

 「だから、今度はトレーナーが休む番。弱音を吐いてもいいんだよ。甘えていいんだよ。アタシで良ければ、いつでも胸を貸すからさ・・・・・・」

 

 不器用ながらギュッと抱きしめ、頭を撫でる。

 

 「あっ・・・・・・」

 

 細い、気の抜けたようなトレーナーの声。

 

 少しの間だけ訪れた沈黙。しかし、それはすぐに破られた。

 

 

 ・・・・・・ギュっ

 

 

 トレーナーの腕の力が、強くなった。

 

 顔をアタシの胸に押し付けるように、初めて彼の方から抱きしめてきた。

 

 「・・・・・・少しだけ、甘えさせて」

 

 「うん。いいよ。ここなら、『誰も見てない』から」

 

 「・・・・・・っ」

 

 本日は生憎の天気予報。

 

 ずっと流してこなかった涙。十数年間せき止められていた想いが、抱きしめられたことで再び振り始めた。

 

 次第に雨音は大きくなる。

 

 アタシは黙って目を閉じた。これで、彼の弱い一面を見たものは、誰もいない。

 

 

 

 星空が輝く夜分遅く。トレーナー棟の一室では長時間、雨が止むことはなかった。

 

 

 





 ベルトレ、アヤベトレ、カフェトレ短編にて定期的に一人称が『僕』のトレーナーが登場しますが、設定を簡単にまとめたので記載。
 
 短編ごとに差異があるので、あくまで大まかな目安としていただければ幸いです。
 
 
 
 『僕』トレーナー
 
 年齢:20代前半
 
 性別:男性
 
 身長:153~159cm

 体重:45kg 
 
 特徴:中性寄り、華奢
 
 女性陣、ウマ娘からの人気が非常に高い。
 男らしさに憧れており、特に力仕事に関しては率先して取り組もうとするが、すぐにヘタれてしまう。その度に我先にと周りのウマ娘が助けに入る光景は一種の伝統となっている。
 
 悩み事は、タイキシャトルと顔を合わせる度に強制ハグの被害を受けていること。タイキいわく「抱き心地がベリーグット♪デス!」と言っているが、抱きしめられる本人は天国と地獄を同時に味わうこととなってそれどころではない。

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