私だけのトレーナー   作:青い隕石

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トレーナー×アドマイヤベガを受信してしまったので。

・アドマイヤベガ実装前に執筆した短編となります。
・数話構成となります。
・独自解釈が含まれています


アドマイヤベガ短編
地上に輝く一等星(1)


 

 夜の静けさを彩る、満天の星空。眩い星々の中、ひときわ輝く一等星。

 

 あの輝く星に私は誓ったの・・・・・・。たとえ一人でも勝ってみせるって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アドマイヤベガさん、本気ですか?」

 

 「何度も言わせないでください。」

 

 目の前で困惑する多くの人、人、人。その全てを冷めた目で私は見渡す。彼ら、彼女らの胸元に輝くバッチが、ウマ娘を担当するトレーナーであることを示していた。

 

 『選抜レース』

 

トレセン学園に入ったウマ娘にとって、まず通過しなければいけない門がこのレースだ。筆記や面接、厳格とはいえ規定に沿った実技試験・・・・・・それらを突破して入学したウマ娘たちの優劣は、この時点ではいくらベテラントレーナーでも正確には分からない。

 

 そのため、このレースが試金石となる。たくさんのトレーナーがいる前で走る選抜レース。ここで好成績ないし光る物を見せたウマ娘はひとまず安泰といっていい。

 

 理由は簡単、トレーナーから引く手数多となるからだ。

 

 トレセン学園に入学したウマ娘の目標は様々なれど、共通の項目が一つある。それは『レースで1着を取ること』である。

 

 広がるターフの景色。自分よりも前に誰もいない直線を突き進み、ゴールラインを駆け抜ける・・・・・・ウマ娘として生を受けたのであれば、誰しもが望む光景だ。

 

 しかし、学園のウマ娘たちは走ることに夢を求めた少女たちであり、メジロ家といった名家でない限りは専門的な練習方法についてはまず知らないといっていい。

 

 その手助けをしてくれるのがトレーナーだ。ウマ娘の指導という事象に特化した知識、経験を持つ人々。当然のことながら好成績を収めるウマ娘のトレーナーは評価が上がり、名誉、金、を始め様々な優遇を受けられることとなる。

 

 1着を取りたいウマ娘と、担当ウマ娘に1着を取らせてあげたいトレーナー。必然的に選抜レース後、上位の成績を収めたウマ娘の元にトレーナーが殺到することとなる。

 

 件のレース、私自身も1着を手にしたことでレース場から出るや否やあっという間にトレーナー達に囲まれた。ぜひ私と契約を、俺のチームに来てほしい、などなど瞬く暇もないほどに勧誘攻め。

 

 レース自体は特筆すべきことはない。終盤まで溜めに溜めた末脚を爆発させてのごぼう抜き。1人だけ私の速度に着いてきた者がいたが、最後の200mで失速していき結果としては6バ身という大差だった。

 

 さて、そうして私をスカウトするために集まったトレーナー達だが、自身が条件を言ったとたん、水を打ったように場が静まり返った。

 

 動揺したのだろう。冗談ですよね?と不格好な笑みを張り付けながら聞いてきた人に対して、私はもう一度同じ内容をいった。

 

 『練習方法においては、私が納得した内容のものしかやらない。私が納得しなければ、どれだけ言われてもトレーナーの指示は聞かない』

 

 先ほどよりも通る声で、全員に聞こえるように発言をした。

 

 先程まで私に向いていた期待に満ちた多くの目が、今は困惑のそれに変わっている。トレーナーの指示無しでどうやってレースに勝つつもりでいるのか・・・そんな彼ら、彼女らの心情が伝わってきた。強情な、と実際に口に出したトレーナーもいる。

 

 ざわざわと空気が揺れる。どうやら今の会話で私の評価はそれなりに下がってしまったみたいだ。

 

でも、そんな事対して気にならなかった。どれだけ言われようと、この条件を曲げる気は無いのだから。

 

 ざわめく声が徐々に小さくなっていき、それでも誰も私に近寄ってこない膠着状態。 

 

 そんな状況を打破したのは・・・・・・

 

 「アドマイヤベガさん!契約を申し込みます!」

 

 覚悟を決めたように手を挙げた、年若い青年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーと契約を結んでから1週間が経過した。

 

 宣言した通り、私は一度もトレーナーからの指示を受けずに練習を始めている。

 

 そもそも私は最初からトレーナーに従うつもりはなかった。

 

トレーナーを形だけでも取り付けたのは、教官下に配属されないようにするためである。選抜レースから一定期間経ってもスカウトされなかったウマ娘は、教官と呼ばれる人に教えを乞うことになる。

 

 仮に教官から指導を受けることになっていても従う気は無かったのだが、トレーナーの元でなければ使用できる練習場に制限がついてしまうのだ。

 

 流石にそれは支障が出てきてしまうため、スカウト活動は受けたのだ。内容はかなり一方的なものだったが。

 

 さて、そんな感情を持っていたため私はトレーナーの腕前を全く気にせずに選んだ。そんな自分でもこの結果は少々予想外だった。

 

 「・・・・・・トレーナー。この練習方法、本気で言ってるの?」

 

 「・・・はい」

 

 顔合わせを終えた後の初めての練習。一応は掲げた条件を遂行しようと、トレーナーが組んだ練習内容を見せてもらった。どの道断るつもりだったのだが、目を通し読み進めていくたびに違う感情が押し寄せてきた。

 

 少し委縮しているトレーナーに、やや乱暴に紙束を返した。

 

 「これじゃあ、私が考えるのと大差ないじゃない」

 

 私の抑揚がついていない声を聞いた彼は、私より若干大きなその体を縮こめた。一言でいえば、彼は新人トレーナーだったのだ。

 

 一人で勝つと言った言葉は、虚言でも何でもない。私は中央トレセン学園で活躍するため、身体能力の向上とともにトレーナーに必要な知識にも貪欲に手を出して自分のものとしている。

 

 トレセン学園に入るまでの3年間、毎日のようにウマ娘としてのトレーニングとトレーナーとしての学習を独学で続けた。トレーニングはキツかったし、その後にある勉学も睡魔との戦いだった。

 

 この『頑丈な身体』がなければ、ウマ娘といえど途中でどこか壊していただろう。

 

 勿論、片手間とまではいかないがトレーニングと並行して行っていたため、本職のトレーナーに比べれば見劣りするが、付け焼刃と言われるほど甘くはない。

 

 この知識をもって、トレーナーの指導内容に抵抗して躱そうと思っていたのだが、その必要がなくなった。

 

 先程口に出した通りこのトレーナー、今まで担当ウマ娘を持ったことがないトレーナー歴1年目の新人だったのだ。流石に専門だけあって私よりは知識量が多かったけど、逆を言えばそれだけだ。

 

 3年間、自身を追い込みながら両立をしてきた私のほうがトレーニングの実践には詳しいと断言できる。実際に身体を動かしながら知識も蓄えてきたのは私なのだから。

 

 食い下がってきた彼に向かって何度か返答したのち、「私のことを一番分かっているのは私よ」と答えたところで彼は口を閉ざした。最後に

 

 「分かった・・・・・・ごめん」

 

 とつぶやいたのが聞こえたが、それには何も返さずにトレーニングを開始した。

 

 見方によれば、断る理由付けが難解となるベテラントレーナーでなくて良かったとも言える。私自身、ここまで簡単に事が運ぶとは考えておらず拍子抜けした思いもある。

 

 頭を振って思考を切り替える。練習が始まったからには真剣に取り組む。終わった会話について意識している暇はない。

 

 ・・・・・・最後に一言いうならば、私はこの段階では彼のことを頼れるトレーナーとして見ていなかったことは確かである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学して初めての夏を迎えた。関東の夏は暑いと聞いていたが、予想以上の暑さに少し辟易している。幸いというか、練習開始時刻には幾分和らいでいるのは救いではあったが。

 

 ウォーミングアップを終えた後、今日は坂道の練習を重点的に取り組んでいる。先日行われたオープン戦レース、無事に1着を取ることができたのだが、最後の坂でスピードを落としてしまった。

 

 スタミナを再度鍛えることも大切なのだが、坂道走行における身体の細かな動かし方についても改良の余地があると感じた。今日はその試行錯誤に費やす予定でいる。

 

 歩幅を狭める方法がメジャーではあるが、あくまで一般的には、だ。100人中99人に合うやり方でも、自分が残りの一人に含まれていた場合は逆効果となる。皆が取り入れている方法だから、ではなく自分に合うかどうかが重要となる。

 

 そのために、改良案は上記のものを含めて複数個用意してきた。この中に合うものがあればよし。なければまた練り直しとなるだろう。

 

 妥協するつもりはなかった。全ては一人で勝つために。

 

 「はーっはっはっは!精が出るねえ、アヤベさん」

 

 ・・・・・・で、そんな思いを胸に特訓に取り組んでいると絡んでくる人物がいる。私が坂道練習を始めるや否や、頼んでもいないのに近づいてきて並ぶように走る彼女。

 

 名前はテイエムオペラオー。聞いていないのに初対面で勝手に名乗ってきた。芝居がかった口上を常としており、近くにいるだけで精神が削がれる。

 

 「・・・・・・誰も呼んでいないんだけど」

 

 彼女が視界に入る度、決まって毎回ため息が漏れる。つい最近気づいたことなのだが、選抜レースにて最後まで私の末脚に粘り、食い下がったウマ娘が彼女だったみたいだ。そういえばあのレース終了後、馬鹿な・・・このボクが、とか言っていた気がする。

 

 「まあ待ってくれ。君は将来の覇王となるこのボクに打ち勝ったんだ!普段取り組んでいる特訓内容を是非とも参考にしたいんだよ。・・・ってこれは前にも言ったか」

 

 謙虚なのか自信家なのか判断に困る答えが返ってくる。口調はともかくその表情は本気であり、教えを請いたいという意思はしっかり伝わってくるので無下に出来ない。

 

 かといって手取り足取り教えるために貴重な時間をつぎ込む勿体ないため、見て覚えろというわけではないが、並走などに関しては強く止めていない。

 

 オペラオーも選抜レースでは私に次ぐ2着であり、たくさんのトレーナーから勧誘を受けたとのこと。最終的には彼女自身の判断で、学園内屈指のチーム築き上げたトレーナーと契約を結んだと聞いている。

 

 ベテラントレーナーでも複数のウマ娘を担当することは至難の業であるため、彼女のトレーナーの優秀さを伺うことができる。

 

 「それで、君はまだトレーナー君の指示を聞いていないのか?」

 

 ああ、これも毎回とは言わずとも結構な頻度で聞かれる。選抜レース後、あんな形で宣言を出したのだからトレーナー経由で私の奇行は知れ渡っていた。

 

 ちらっと後ろを見ると私のトレーナーの姿が見える。その手には本日私から突き返されたトレーニング表と、ストップウォッチが握られていた。

 

 そうよ、と簡潔に答えながら坂道を登る。契約を結んでから数か月、未だに彼の指導を受けたことはない。

 

 未だ彼から、私を納得させるほどの案を出されたことがないためだ。トレーナー業は様々な書類、申請関連も受け持つため、そちらでは非常に助かってはいる。しかし、トレーニングにおいては相変わらず雑用係だった。

 

 タイムの計測を行いながらメモを取っている私のトレーナーを見て、オペラオーが口を開く。

 

 「まあ、ボクがとやかく言えることではないが・・・・・・正直、もう少し彼に寄り添ってもいい気がするのだがね」

 

 「本当に余計なお世話」

 

 「何を言うんだ!トレーナーとウマ娘の関係はまさしく人バ一体、二人三脚なのだよ。練習効率云々の前に、お互いがお互いを信頼しあうことが何よりも大切なのだよ!そう!まさしくこのボクとトレーナーのような・・・・・・」

 

 『こらぁ!オペラオー何サボっていやがる!!』

 

 「あ、はいすみませんすぐに戻ります!」

 

 ・・・・・・オペラオーのトレーナーの怒声が飛んできて、素の口調で彼女が戻っていった。怒られるくらいなら来なければいいのに。というか、信頼はどうした。

 

 若干呆れを抱きつつも、私は再び坂道を上がる足に力を込めた。

 

 

 

 練習が終わり、入浴、夕食などするべきことを終えた後は基本的にフリーとなる。

 

 門限までの間、トレセン学園に在籍するウマ娘たちにとっての貴重な自由時間。中央の生徒とはいえ年頃の少女たちだ。毎日自主練習に取り組むストイックな猛者は本当に極一部で、各自思い思いの行動を取っている。

 

 日が落ち、暗闇が景色を支配する時間帯に私は寮を出て歩みを進めていった。黄昏時は人、ウマ娘の往来が多かった道も、今の時間帯は人気がない。

 

 トレセン学園の土地は広大であり、いくら在校生や職員、トレーナーが多くても喧騒とは無縁な場所というのが存在する。夜ともなれば猶更だ。

 

 その中で、外灯などの人工的な光が極力届かない場所に足を運んだ。敷地外に出ればもっといい場所はあるのだろうが、遠くに行けば行くほど往復の時間が発生する。ウマ娘の足があるとはいえ、この貴重な時間を潰したくない。

 

 日中、植えられた植林から絶えず聞こえてきた蝉の鳴き声は止んでいる。暗闇と静寂が支配する夏の夜。私にとって、何よりも大切な時間だ。

 

 「・・・・・・ここら辺でいいかな」

 

 独り言を吐き、心を落ち着けて顔を上げた。

 

同時に無数の光が目に飛び込んでくる。夜の帳が下りても私たち地上にいる生物たちを照らしてくれる、遠い光。

 

 晴れ渡る夜空。そこには美しい星が散りばめられていた。

 

 はぁ、とため息が漏れる。『あの出来事』以降、夏になるとほぼ毎日星空を見上げるようになった。どんなに練習後疲れた状態でも、どんなに勉学に追われていても1日たりとも欠かさない行動にして・・・・・・贖罪。

 

 意味のないことなのかもしれない。彼女はもう、ここにはいないのだから。

 

 それでもと思う。はるか遠くから私を見降ろしている彼女に、この言葉が届くのではないかと。

 

 「・・・・・・また来たよ」

 

 小さく、仮に隣に誰かいたとしても届かなかったであろう声音でつぶやく。今日も、昨日も、一昨日も、一週間前も、毎日同じ言葉を夜空に投げかけた。

 

 本来であれば春から秋までは会えるのに、この時期しか見に来ないのは、一番輝いているあなたを見たいからなのか。

 

 それとも、あの出来事が夏だったからか。

 

 理由はまだ見つけられない。

 

 数えきれないほど見上げた星々。天文学の専門でもない私は、星一つ一つの名前を詳しく知っているわけではない。これだけ時間を費やしてはいるのだが、知識量だけでいえば趣味で天体観測を行っている人のほうがまだ詳しいだろう。

 

 でも、これ以上調べようとも思わない。私が求めるものは光り輝く一等星・・・彼女だけなのだから。

 

 星に手は届かない。どれだけ手を伸ばしても、その輝きをつかむことは出来ない。だからこそ、惹きつけられる。

 

 言葉はいらない。無言であの一等星を見つめる。星のカーテンが覆いつくす夜空において、最も明るい輝きを目に焼き付ける。

 

 この時間が好きだ。誰もいない場所で一人、静かにあなただけを見ていられる。だからこそ、

 

 「・・・・・・ベガ?」

 

 それを妨げるものには、良い感情を向けることができない。

 

 振り返ると、予想通りというか彼がいた。ウマ娘の聴力は少し前から彼の存在を捉えていたが、目的が私でない可能性もあると思い、あえて触れないで置いた。足音がまっすぐこちらに近づいて来るにつれ、憂鬱な気分が増していったが。

 

 「何か用?トレーナー」

 

 「あ、いやごめん。ベガが一人で歩いているのを見て、自主練でもするのかと思って・・・」

 

 謝罪をする、形式上はトレーナーである彼。その表情から本心で今の言葉を言っているのは読み取れた。

 

 普段の私であればそっけない態度で返していただろう。でも今は誰にも邪魔をされたくない時間。そのせいか、私も少々気が立っている。

 

 「・・・・・・トレーナー、一人にしてくれる?」

 

 いつもより低い声が漏れた。彼に対しては初めて発したトーンだったかもしれない。その声を聞いたトレーナーは、

 

 「ご、ごめん」

 

 と再びの謝罪をしたのち、この場を去っていった。

 

 もし粘られたら感情がどうなるのか、それを抑えられるのかが分からなかったためすぐに居なくなってくれたのは助かった。トレーニング中はともかく、それ以外では必要以上に事を構えるのは好まない。

 

 遠ざかっていく足音。それが聞こえなくなってから、再び星空に目を向けた。

 

 (・・・・・・ここまでは順調だ)

 

 一つ、手ごたえを確信しながら判断する。レース選抜を終えてから今まで計3戦。デビュー戦も含めて全てで1着を獲得している。

 

 オープン戦のみでの成績のため、まだまだ話題にはなっていない。それでも来月から挑戦することになる重賞レース、そこでも勝利を積み重ねていく自信がある。

 

 まずはGⅢレース、年末のGⅠホープフルS、そして来年になれば・・・・・・

 

 「クラシック三冠に挑戦できる」

 

 ぐっと手を握り締める。

 

 数多くのウマ娘が挑んできた歴史において、数えるほどしかいない三冠バ。だからこそその偉業は長く語り継がれる。

 

 (大丈夫、私なら証明できる)

 

 胸に手を置く。心臓の鼓動が、私が今生きていることを伝えてくれる。生きている私でしか証明できない使命を刻み付ける。 

 

 「一人で戦って、一人で勝つの」

 

 静かに宣言し、輝く一等星に背を向けた。

 

 「・・・・・・明日も来るわね」

 

そう、短い言葉を残して。

 

 

 

 

夜が深まり、それに対抗するように星の光はさらに自身の輝きを主張する。その輝きは、一晩中消えることはなかった。

 


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