お久しぶりです。
ウマ娘アプリはほぼ引退状態ですが、ネタが尽きるまではぼちぼち投稿したいです。
東方秋季例大祭で頒布予定の作品を執筆中のため、次の投稿までまた空きそうですが、今年中にもう一つ投稿したいです。
・恋愛描写ほぼ無し
・シリアス要素多め
です。ご注意ください。
アタシのトレーナーは、結構な変人だ。
彼との関係を説明するとなると、3年前まで遡る。
6月上旬、アタシの担当をしてくれていたチーフトレーナーが、急病で倒れてしまった。幸い命に別条は無かったけど、トレーナー業を続ける事は非常に厳しいという診断結果が出た。
元々アタシで最後と決めていたこと、高齢であることを鑑みて、チーフトレーナーはそのまま引退することを決意した。
輝かしい実績を残してきた人の最後の担当として、泥を塗るなんて真似をしたくない。その一心で模擬レースに挑んだけれど、結果は入着ギリギリ。結局アタシは、最後まで恩返しをすることができなかった。
チーフトレーナー引退を聞きつけた他のトレーナーも、結構な数が観戦に来ていたけれど、レース後のアタシに声をかけてくれる人はいなかった。
気性難であることが知られており、レース結果も、内容も、光るものが無かった。おまけに今は6月。4、5月で選抜レース、スカウトはあらかた終わり、今後に向けてのプランを計画する大事な時期である。余程の何かを発揮できなければ、見向きもされない。
スカウトが皆無であるのは当然の結果といえた。
悔しさ、自分への怒りが感情を支配する。このレースで全力を発揮できないで、何がウマ娘か。何がメジロ家か。
自身に憤怒するも、それで状況が変わるわけではなく。トレーナーがいない状態となったアタシは、規定通り教官配属となる予定だった。
しかし、ここでメジロ家が動いた。
引継ぎ期間として設定されている2週間、その期間でアタシの知らない間に一人のトレーナーと交渉を進めていたのだ。
アタシがそのことを知った時には、既にトレーナーとメジロ家の間で合意が成された後だった。
メジロ家のウマ娘が、トレーナーからスカウトされず教官配属になる・・・・・・その事を危惧したのかもしれない。
別に、そのことに関しての怒りはない。元はといえば、勝てないアタシに100%責がある。
しかし、契約をしたトレーナーの名前を聞いた瞬間、耳を疑った。
苦手な男性だったから・・・・・・ではない。その点は覚悟していたし、選り好みできる立場ではない事は承知していた。
そのトレーナー・・・・・・彼が、トレセン学園内で有名な人だったからだ。
悪い意味で、だ。
今年配属となった新人トレーナー。新進気鋭の青年であり、ここにきてまだ3カ月目。
当然、実績はまだ何もない。むしろ、3カ月ではスカウトをしたとしてもウマ娘のデビューはまだまだ先の話。つまり、彼の悪評はレース関連から来るものではない。
『彼は、大金を稼ぐためにトレーナーになった』
彼にスカウトされ、5月末に契約解除をしたウマ娘が発した言葉だ。
最初は、関係がこじれてウマ娘側が虚偽とまではいかなくても誇張表現したのでは?という見方もあった。
しかし、噂を聞いた彼本人があっけらかんと認めたことで、その事実が学園中に広がった。
レース出走の賞金、手当を稼ぐために過酷なトレーニング、出走ローテを組んだことで担当ウマ娘達を故障に追い込んだ・・・・・・数年前にそんな悪質トレーナーが現れて、大問題となったことは記憶に新しい。
たとえ心ではお金を稼ぎたいと思っていたとしても、口に出すのは憚られる情勢の中でこれを公言したのだから、学園、ウマ娘双方から敬遠された。
その後1カ月間、当然他のウマ娘との契約が成立しなかった彼。そんな人が、アタシの担当となった。
いくら何でも、この人はマズいのではないのか・・・・・・?
当主様にだって彼の噂は届いているはず。それなのに、どうして・・・・・・?
不安を覚えたアタシは、退院をしたチーフトレーナーに相談しに行った。
そしたらそこで、驚きの事実を知った。
アタシが来るより前に、件の彼がチーフトレーナーの元を訪れていたのだ。おまけに、
「大丈夫よ、ベルちゃん。色々と噂は聞いていたけれど、会ってみて分かったわ。彼になら、大事なベルちゃんを託すことができるわ」
そう言って笑ったのだ。
メジロ家だけではない。チーフトレーナーまで、彼に肯定的な意見を述べた。
申し訳ないが、彼の話術に騙されたのではないかと思ってしまったほどだ。
・・・・・・それから3年。結局、騙されていたのは噂に振り回されたアタシの方だった。
GⅠレースを複数制覇という輝かしい戦績。アタシが掴んだ冠だ。彼がトレーナーとなってから、掴むことのできた冠だ。
トレーナーが組み立てたトレーニングは厳しいものだった。でも、理不尽に追い込むものではなかった。
アタシの抱えるメンタル面での問題。その改善も並行して行ってくれた。
『これだけトレーニングを積んだんだ。メジロドーベルさん、アンタは強い。俺が保証してやるよ。だから、安心して勝ってこい。ついでに俺のボーナスも稼いで来い』
レース前にはいつも激励と少しの冗談で・・・・・・いや彼の場合は最後のも本音だろうけど、そう言って送り出してくれた。
実績が伴えば、周りの見る目も変わってくる。気性難で知られていたアタシを育て上げたトレーナーの評価は、手の平を返すように上がっていった。
彼自身の言動は変わらなかったため、批判的な声が0になった訳ではない。それでも、懸念された故障につながるようなトレーニングは一切せずにここまでの戦績を残した。
加えて、トレーナーとしての日々の業務に関しても、たづなさんが名指しで上げるほどに堅実で評判が良い。
それだけではない。アタシの事をチーフトレーナーからしっかりと聞いていたのだろう。トレーニング以外ではあたしに配慮して、無理に話しかけてこない。
その癖、本当に悩んでいる時には隣に寄り添ってくれる。お父さん以外の男の人に泣き顔を見せたのは、彼が初めてだ。その時はあたしが泣き止むまで、ずっと傍にいてくれた。
・・・・・・どうしようもなかったアタシを勝たせてくれて、支えてくれた人。
初めのうちは目線を合わせないようにソッポを向いていたのに、今では無意識に彼を見てしまうようになっていた。
(違う。決して気があるとかそんな訳じゃない。これで惚れてしまうって、どれだけチョロいのよアタシは!!)
そう言い聞かせるも、不意に彼の事で頭がいっぱいになるくらいには毒されていた。
そうやって、彼を考えてしまい、彼のことを知りたくてもっと見てしまい。
それで分かったことがある。分かってしまったことがある。
彼の『一番』にはなれないって事。
恋愛的な意味ではない。むしろ、恋愛であればどれだけよかったか。
失恋の痛みは経験したことがないけど、それでも断言できる。そんなものより、もっと深く、鋭いのだ。
・・・・・・彼にとって、『一番のウマ娘』になれないという痛みは。
「トレーナー、入るわよ」
コンコン、とノックをして返事を待つ。返ってくるはずがないと分かり切っているアタシは、数秒だけ待ったのちドアに手をかける。
抵抗なく開いたドアの先には、殺風景なトレーナー室が広がっていた。
「トレーナー」
と声をかけるも、その声は届かない。いつも通り、彼の耳にはイヤホンが付いていた。
少し顔を上げればアタシの姿を認識できるとは思うけど、生憎彼の視線は微動だにせずパソコンのモニターに注ぎ込まれている。
(・・・・・・っ)
ズキンッ、と心に小さな棘が刺さる。無視しようにも、深く奥まで到達する、鋭い痛み。
そのまま足を進め、彼から少し離れた側面に立つ。大胆な移動をしたけれど、彼が気づく様子はなかった。尋常じゃない集中力で、画面を凝視している。
彼の横から、モニターに映し出されている映像を見る。
それは、レースの画像だった。場面は既に終盤。最後の直線、強烈な末脚で最後方からごぼう抜きをしていき、ゴール手前で遂にトップに躍り出るという見事な差し切り勝ちの一戦だった。
終わるや否や、すぐに次の映像が流れる。そのレースは先行策で機会をうかがっていたウマ娘が、最後に見事な仕掛けを見せて完勝を収めるという結果に終わった。
その二つを、食い入るように見つめているトレーナー。彼の表情は、普段の飄々とした表情からは想像できないくらい眩しく、輝かしい笑みに溢れていた。
そして、3つ目のレースに映る。ゲートインの時点で、このレースの結末が分かった。
何故分かってしまうのか?簡単だ。彼がこのレースを見ている姿を、何回もこの位置から見てきたのだから。
ぎゅっ、と無意識に両手を握りしめる。
トレーナーが視聴している3レースの共通点は、二つ。
一つ目は、アタシが出走したレースではないこと。
二つ目は・・・・・・画面に答えが出ていた。アタシも、何度も見てきたその映像をじっと見つめる。
中盤に差し掛かったレース映像。その視野角が非常に広がっていた。なぜなら、そうしないと走っているウマ娘全員を映せないから。
先頭のウマ娘が、残り800mのハロン棒を通過する。それから番手のウマ娘が通過するまで、3秒以上もの差があった。
イヤホン越しでも分かってしまう、場内のどよめき。観客の視線は、そして映像を見るトレーナーの視線は、一人のウマ娘に注がれていた。
青髪のツインテール。小さな身体。その身をふり絞って、遥か先頭と進み続ける走り。
『大逃げ』
その走りに、トレーナーが釘付けになっていた。
先程までの2レースもそうだ。
トレーナーは、勝利を飾ったウマ娘ではなく、大逃げをする彼女を見ていた。レース開始からゴールまで、ずっと。
スタミナが持たず、最終直線で大失速をする彼女。
強引に競り掛けられ、暴走をしてしまう彼女。
大差のまま最終コーナーに突入し、見事な逃げ切り勝ちを見せる彼女。
その全てのレースに、彼は変わらぬキラキラとした目を注いでいた。
この光景を見たなら、100人中100人が即答するだろう。
彼はこの青髪の少女の走りが、『大逃げ』が大好きなのだと。
アタシが入学した時には、そのウマ娘は既に引退をしていた。
未勝利のまま終わるウマ娘だって珍しくない中、重賞であるGⅢで2勝をあげるという優秀な成績を残した彼女。
そんな彼女でも、最高峰の舞台であるGⅠの冠を手にすることは出来なかった。彼女以上の成績を残したウマ娘は、たくさんいるだろう。
知っている人は知っている・・・・・・GⅢ2勝なら、それくらいの知名度になるはずだ。
しかし、そのウマ娘の知名度は非常に高い。それこそ、GⅠ7勝を成し遂げた生徒会長や、アタシの尊敬する先輩に匹敵するくらいに。
彼女のスタイルである、大逃げ。生半可な逃げではなく、スタート直後からぐんぐん加速し、他のウマ娘を、観客を、そして常識までも置き去りにする。
出し惜しみなんてない。文字通り全てのレースで完全燃焼するまで走り抜ける。
その姿を見て、熱狂しない者はいない。
アタシの走りは、中団付近で脚を溜め、ラストスパートで爆発させるという、一般的には差しに分類される走り方である。
トレーナーと二人で、試行錯誤しながら確立させた唯一の武器。
アタシはもちろん、彼だって全力だった。寝る間も削ってレース映像を何度も見返し、アタシが一番輝ける走り方を見つけてくれた。
模擬レースの時は、改善点がないか真剣に見てもらった。
ミーティングでは、フォームに関してアタシのレース映像を注視しながら数えきれないほどのアドバイスを貰った。
『プロのトレーナー』として、本気で、全力でアタシに向き合ってくれた。
・・・・・・でも、トレーナーという肩書を外した『彼』は、アタシ以外のウマ娘の走りに、夢中になっていた。
アタシには、絶対にマネできない走り。
レースは途切れることなく流れ続ける。本日だけで2週目に突入した映像を、彼はずっと興奮した様子で見ていた。
アタシに止める権利はない。今日は休日、業務時間外。トレーナーとしてではなく、一人の人間として、彼はレース映像を見ている。彼の趣味を、娯楽を邪魔できるはずがない。
(トレーナー・・・・・・)
それでも、それでもだ。
アタシは、我儘な願いが、感情が、心の底から湧いてくるのを止められなかった。
(止めて。見ないで)
(そのキラキラした目を、アタシ以外に向けないで)
(アタシの走りだけを、見てて・・・・・・)
恋よりも重い、一人のウマ娘としてのどうしようもない嫉妬。
それは彼に届くことは無く、ずっと、アタシの心を燻り続けた。