私だけのトレーナー   作:青い隕石

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何とか3話構成で収まりそうです(予定)。

収まらなかった場合はゴルシのドロップキック受けてきます。


地上に輝く一等星(2)

 

 そのウマ娘は、一人娘として育った。

 

 幼少の頃から元気いっぱいで駆け回り、その明るい性格からたくさんの友達がいた。

 

 毎日のように擦り傷を作って帰ってくるその少女を、両親は呆れつつも喜ばしく迎え入れていた。

 

 ある日、少女はその行動力を生かして両親不在の時に家の中を探検した。

 

 そこで押入れの奥に閉まってあったアルバムを発見した。 

 

 たくさん貼ってあったアルバムの写真。その最初のページには、今より幾分若い母親が写っていた。

 

 

 

 母親は、『双子の赤ちゃん』を幸せそうに抱きかかえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬が終わり、春の息吹がターフを駆け巡る。

 

 3月下旬、私は心を落ち着けながら練習場に立っていた。いつものウォームアップ、ランニング、坂道練習を手短に終わらせ、本日は近づいてきたG1レース、皐月賞を意識した特訓を行う。

 

 場所は人気の少ない第四運動場。普段は設備の良い第一、第二運動場を使用することが多いが、レースを想定したトレーニングの場合はなるべく他人が少ないほうがいい。人やウマ娘が多いと走っている最中、どうしても配慮する必要が出てくるためだ。

 

 タンタンッ!と軽くジャンプを繰り返し足をほぐす。

 

 地元はこの時期も雪に埋もれて満足に練習できなかったのに比べ、関東は仮に降っても積もらないことが多いのがありがたい。夏の暑さだけはどうにかしてほしいが。

 

 ・・・・・・ともかく、来る大一番に向けての調整だ。気合を入れ直し、体勢を低くする。

 

 温かな風を背に受けながら、私は力強く右足を踏み出した。

 

 

 

 『アドマイヤベガ、驚異的な末脚!残り200mで先頭のテイエムオペラーを躱した!テイエムオペラオーも粘る!が、これは追いつけない!アドマイヤベガ1着!!ホープフルステークスを制したのは、地上の一等星アドマイヤベガ!これで無傷の5連勝、彼女の輝きは留まるところを知らない!』

 

 

 

 思い出すは年末のG1レース、ホープフルステークス。初めて勝負服を身に纏ってのレース光景を頭に描く。

 

 ゲートを出てすぐに後方に下がって待機。つかず離れず、中盤まで溜めた足を最終コーナーから爆発させる、いつものパターンだ。

 

 (・・・・・・ここっ!)

 

 あの時と同じ場所からギアを上げる。前に見えるは、幻想の相手達。その影を追い越し、最終直線を突っ切る。

 

 「ふっ・・・!!」

 

 最高速でゴール地点を駆け抜ける。走り切った後の手ごたえは・・・あまり感じなかった。

 

 一つ、息を整える。2000mを走った後ではあるが、息は切れていなかった。本番ではないというのもあるが、このくらいの距離ならもう苦にもならない。

 

 その余裕がタイムになって表れたら苦労はしないのだが。

 

 「ベガ、今回のタイムだけど・・・」

 

 「・・・・・・そう」

 

 トレーナーから今の計測タイムを報告され、言葉少なに返答する。予想通り、満足のいく結果ではなかった。

 

 昨年末よりは確実に伸びてはいる。しかし、その伸び幅が当初の予定より短かった。トレーニングは確実にこなしてきている。同時にトレーナー業の知識吸収も怠っていない。

 

 そう、未だに練習内容は私が考えている。

 

 年が明けてからは、大一番に集中を向けていったこともあり、トレーナーから渡された資料をロクに見もせず突き返すようになった。

 

 「いらないわよ。こんな内容じゃ」

 

 ほとんど内容を確認せずにそう言って拒否する日が当たり前となった。

 

毎日もらい受け、毎日確認せず、毎日突き返す。私の頭は皐月賞から始まるクラシック三冠のことでいっぱいになっていた。

 

 それと最近、トレーナーが私の練習内容に口を出してくるようになった。トレーニング方法、走り方、レースでの作戦など多岐にわたって。

 

 私のことは私が一番分かっている。何度目かも分からないその言葉を口にしても食い下がられることが増えた。

 

 内心鬱陶しくなった私は、彼の言葉を無視するようになる。相変わらず、タイム計測や事務作業等の雑用に関しては助かっている。しかし、それ以上の感情はない。

 

 軽いランニングで息を整えながら、体力を再び溜めていく。2000mであれば、少し休んだらまた走り切れる。

 

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、再びスタート地点に向かって足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大歓声が聞こえる。

 

 ようやくこの日が来た。クラシック三冠への道の第一歩、皐月賞当日。この日に向けて念入りに調整を重ねてきたという自負がある。

 

 再び着ることとなった勝負服に袖を通す。G1レースでのみ身に纏うことを許される、オンリーワンの晴れ姿。卒業するまで、一度も着ることが出来ないウマ娘のほうが遥かに多いという熾烈なレースだ。

 

 私は幸運にも、2回目のお披露目となる。この姿を複数回見せられるというだけで、私は恵まれているのだろう。

 

 そして、2回で終わらせる気などさらさら無い。何度だって着てみせる。何度だって示して見せる。

 

 それが私の・・・・・・

 

 「時間だよ。行ってらっしゃい、ベガ」

 

 「ええ」

 

 トレーナーの声で目を開く。控室での、言葉少な目の会話。何処か他人行儀な所は、1年前から変わっていない。

 

 レース中の作戦も私が立てているのだから当然だ。控室では集中のため、話しかけないでくれと頼んでいる。結果、今みたいな一言の応援だけというのがレース前の日常風景となっていた。

 

 私たちが会話らしい会話をしたのはいつ以来だろうか。・・・・・・いや、そもそもトレーニングやレース以外で会話をしたことはあっただろうか?最近はトレーニング中の会話もなくなった。

 

 彼の趣味も、好きな食べ物も知らない。自分はトレーナーの事を何も知らない事に気づいた。そして、その事実について、特に何も思わなかった。

 

 

 

 「やあやあアヤベさん、お久しぶりだね!今回はこのボクに勝利を譲ってもらうよ!」

 

 曇天が空を覆うレース場、パドックを終えてゲート前での待機中、聞き覚えの声が聞こえた。

 

 振り返ると見知った顔が目に入ってくる。

 

 派手な衣装に身を包んだナルシス・・・彼女、テイエムオペラオーだ。特徴的な口調に前口上も合わせて、最も観客の注目を集めている。昨年末のホープフルSでも同じセリフを聞いた気がするのだが、どこ吹く風で同じ宣言をしてきた。

 

 「何度言われたって譲らないわ。今回は特にね」

 

 「はーはっはっはっは!気合十分みたいだね。それでこそ、このボクのライバルだよ!!」

 

静かに宣言した私に対し、オペラオーはいつもの高笑いで応えた。

 

私たちの姿がスクリーンに映し出されたことで、大勢の観客から歓声が上がった。

 

 ・・・一番人気と二番人気直々の会話。確かに盛り上がる要素だらけだ。オペラオーはこれも狙っていたのだろうか。彼女は演出家だ、どうすれば観客が盛り上がるかを分かっている。

 

 ただ、生憎私は器用な真似は出来ない。

 

 会話もそこそこに切り上げ、ゲートの中に入る。私が出来ることといえば、レースで一着を取ること。それが、あの子への贖罪となるから。

 

 ・・・・・・と、既に集中していたためか、オペラオーの最後の呟きは聞き取れなかった。

 

 

 

 「・・・・・・それに、今回ばかりは君に負ける気はしないさ」

 

 

 

 準備完了。ゲートが開き、力強くターフを蹴った。

 

 『一斉にスタート!少しばらついたスタートになったか?・・・おっと、二番人気テイエムオペラオーが早速ハナを主張していった!一番人気、アドマイヤベガはやはり後方から様子をうかがう展開だ!』

 

 スタートしてすぐ、オペラオーが加速していった。先行、じゃない。逃げだ。ハイペース戦にするつもりだろうか?オペラオーの速度につられたウマ娘が数人彼女に追いすがるように前に出て行った。

 

 (でも、ここは我慢)

 

 スッ、と後方に下がり前の集団を見る。いつもの位置、いつもの作戦だ。

 

 前方はさっそく縦長となっていた。先陣を切ったオペラオーとそれに追随する組。中段からつかず離れずの位置にいる組。そして後ろから機会をうかがう組。序盤からこれだけ差ができるのは珍しいかもしれない。

 

 観客のざわめきが聞こえる。オペラオーの逃げに対するどよめきか。

 

 ・・・・・・まだだ、闇雲について行っては彼女の術中に嵌る。昨年末までは全てのレースで自分が勝ったのだと何度も言い聞かせ、タイミングを伺う。 

 

 『レースは中盤に差し掛かっている。さあ逃げています。先頭は変わらずテイエムオペラオー、これは半端な逃げではない。レース展開を作ったままここまで一度も手放しておりません。3バ身差でホクトレイズとサザンカルナが必死に食らいついているぞ!アドマイヤベガは未だ最後方、一体どのタイミングで仕掛けてくるのか!?』

 

 前方のペースに釣られたのか、私の周りにいたウマ娘が徐々に進出していった。

 

 おかしい、とここに来て初めて違和感を感じた。皆のペースが速すぎる。今までは終盤、最終コーナーの終わりまでは互いに互いをけん制しあいながらのレース展開だった。

 

 それが今回は、皆が前へ前へと足を進めている。オペラオーに影響されたわけではない?

 

 気づけば私だけがぽつんと一人残された状態になった。

 

 (・・・・・・どうする?)

 

 再びの自問自答。先頭から私まで、最低でも8バ身は差が付いている。仕掛けどころを間違えてしまっては、この差が埋まり切らずにゴールラインを迎えてしまう事となる。

 

 直線を終え、最終コーナーに入った私は脚を・・・温存した。

 

 過去のレース全てで勝利をもぎ取ってきた、最終直線での末脚。それに絶対的な自信を持っていた私は、今までのレース展開を信じ、前に出ない選択を取ったのだ。

 

 爆発させてからゴールまで、間違いなく120%全力で走り切れる距離。その確実性を取った。

 

 (ここまでハイペースなら、最後に粘る脚が残っていないはず。最終直線で一気に捲ってみせる!)

 

 コーナーを回り、先頭に目をやる。そこに移っていたのは、私の予想外の光景だった。

 

 『さあテイエムオペラオーが最終直線に入った!アドマイヤベガはまだコーナーを回っている!この距離は果たして捲れるのか?な、何とテイエムオペラオーここにきて更に加速!先頭で走ってきて、どこにこの脚が残されていたのか!?』

 

 (・・・っ、噓でしょ!?)

 

 今まで最後の直線で伸びない、それどころか失速することもあったオペラオーがここでさらに加速をしたのだ。彼女にそんなスタミナがあったなんて、聞いてない。

 

 コーナー終わりに入った私は、スパートをかけた。切り札であるラストスパートでオペラオーとの距離が縮まっていく。しかし、その縮まり方が想定より遅い。

 

 ・・・・・・いや、それだけじゃない。オペラオー以外の、他のウマ娘との距離も中々縮まらない。

 

 昨年まで一気のごぼう抜きを果たしてきた末脚が、届かない。

 

 私の速さに異常はない。他のウマ娘たちが予想以上に落ちてこないのだ。

 

 (速く、速く前へ・・・・・・!)

 

 必死に腕を振る。足を動かす。その動きに焦りがあったと気づいた時には遅かった。

 

 大股になったせいか、バランスを崩しかけた。

 

 あっ、と思う前に反射で体勢を立て直す。幸いにも転ばなかったが、その動作はコンマ1、2秒のロスとなった。

 

 ほんのわずかな時間。それが私とオペラオーの差を絶望的なものから決定的なものにさせた。

 

 再び前を向いた時にはもう、オペラオーはゴール手前だった。

 

 『テイエムオペラオー駆ける!二番手とは大きな差が離れたぞ!アドマイヤベガの流星の如き末脚だがこれはもう追いつかない!テイエムオペラオー先頭!何ということだ、最初から最後まで彼女の一人旅、独壇場だ!皐月賞、一着、テイエムオペラオーおおおおおおお!!!!やりました!見事G1初制覇!今日一番の輝きを放ったのはテイエムオペラオーだ!一番人気アドマイヤベガは6着!』

 

 おおおおおおおおおおおおお!!!!という大歓声の中、私はゴールラインを駆け抜けた。・・・・・・前に複数のウマ娘がいる状態で。

 

 その歓声が、私を向いていなかった。歓声を受ける主は既に減速を終え、観客に向かって手を振っていた。

 

 ・・・・・・ああ。レース後いつも感じる高揚感がない。達成感がわいてこない。

 

 (負けた・・・・・・)

 

 その事実だけが、私にのしかかる。

 

 減速し、足が立ち止まってから周りを見る。G1レース、それも皐月賞ということで今まで見たこともないほど詰めかけた大勢の観客。その視線が、私に向いていない。

 

 目標だった、クラシック3冠制覇。

 

 多くのウマ娘が挑み、果たせなかった夢。1冠を取るのだけでも血反吐を吐くような努力が必要であり、それ以前にレース出場という挑戦権を獲得するだけでも並大抵のことではない。

 

 その努力をしてきたという自負はあった。制覇できるという自信もあった。

 

 それが、一歩目で夢と消えた。 

 

 (何故・・・?)

 

 立ち尽くして自問自答しても、答えが出ない。どこがダメだったのか、分からない。

 

 「・・・・・・宣言通り、今日は勝たせてもらったよ。アヤベさん」

 

 声が聞こえ、顔を上げる。私のすぐ前に、息を切らせながらも充実の笑みを見せたオペラオーが立っていた。

 

 本来ならこの公の場で、彼女が1位を取ったことを讃えるべきなのだろう。しかし、私にその余裕はなかった。

 

 「どうして・・・・・・」

 

 どうしてここまで差が離れたのか。昨年からのこの進化は何なのか。様々な疑問が沸いてくる。それらを一つにまとめることが出来ず、私の口から洩れたのは短いその一言だけだった。

 

 「・・・・・・アヤベさん、それが分からないようじゃ、ボクに勝てなくて当然だよ」

 

 「努力が足りなかったの?でも、私は誰よりも・・・」

 

 「努力の問題じゃない。・・・・・・前にボクが言ったこと、忘れてるみたいだね。一つアドバイスをするなら、君はもう少し周りを見たほうがいい」

 

 いつもの気取った声ではない。オペラオーの静かな、冷たささえ感じられる声が耳に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば私は、寮に戻っていた。

 

 いつもレース後に行っていた、トレーナーとの形だけのミーティングも無断欠席してレース場から逃げ出した。

 

 ベットに身体を投げ出す。今頃オペラオーはウイニングライブを踊っているのだろうか。誰よりも輝くセンターポジションで。

 

 ぎゅっとシーツを握った。くやしさよりも心に飛来したのは喪失感。贖罪すら果たせない、不甲斐ない自分を幾度となく責める。

 

 あの時、もう少し早くスパートをかけていれば。

 

 あの時、焦るあまり躓いていなければ。

 

 後悔先に立たず。いくら反省点を列挙してもそれで結果が覆るわけではない。

 

 (どうすればいいの・・・?)

 

 あなたへの贖罪となるレースのはずだった。1人でも勝てることを証明するレースのはずだった。

 

 ・・・・・・負けてしまった場合のことなど、考えてなかった。

 

 (教えてよ。私はどうすれば、あなたに罪を償うことが出来るの?)

 

 分からない。1人で考えていても、答えは出てこない。

 

 夕食を取らずに悩み続け・・・・・・辺りが暗くなった頃、無意識のうちに私の足は外へと向かっていた。

 

 気づいたら、私の足は外へと向かっていた。

 

 あなたに直接会えば、分かるような気がして。

 

 

 

 ふらふらとした足取りで、私は歩を進める。

 

あなたに会えるのは春から秋の間。いつもであれば、最も輝く夏しか来なかった。春のこの時期に無理やり来るほど、今の私は思い詰めていたのだろう。

 

 一目だけでも、見たくて。そうすれば、前に進めるような気がして。

 

 何度も何度も通った道を歩み、目的の場所にたどり着く。学園敷地内の端にある、昨年夏、毎日あなたを見上げていた場所。

 

 約半年の間を経て、再び私はあなたに会いに来た。あの時とは違い、縋りたい一心で。

 

 ずっと地面を見降ろしていた目線を上げ、空を見た。

 

 

 

『何も映ってなかった』

 

 

 

 「・・・・・・あっ」

 

声が出る。同時に、4月だというのに体まで震える。

 

 見えない。見えない。星の輝きが見えない。

 

 冷静になって考えられれば、レース中から空は雲に覆われていたことからまだ天候が回復していないという事実に気づけていただろう。

 

 でも、私にそんな余裕はなかった。初めて負け、目標を失い、そして心の支えとなっているものに会えなかった。それが短期間で一気に襲い掛かってきたことで、私の許容量を超えてしまった。

 

 繰り返し空を見る。食い入るように、目を凝らして見渡す。それでも、輝きの欠片すら私の目には入ってこなかった。

 

 曇天に遮られた夜空は、私に何も見せてくれない。

 

 (私は・・・・・・あなたに会うことも許されないの?)

 

 呆然と立ち尽くす。心に穴が空いたようだった。

 

 5分待った。

 

10分待った。

 

 ・・・・・・30分待った。

 

 ずっと空を見上げ続けても、その景色は変わらなかった。私の心を映したような黒一色。

 

 それでも同じ場所に居座る私の顔に、何かが当たった。

 

 頬に手をやる。その手は微かに濡れていた。

 

 その正体を特定する前に、ぽつ、ぽつと同じものが落ちてくる。時間が経つにつれその量と勢いがどんどんと増していった。

 

 雨が、私の身体を濡らしていく。

 

 恵みの雨などといわれることもあるそれは、今の私には冷たすぎるように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が経ったのだろうか?降りしきる雨の中、私は未だ空を見上げていた。

 

 雨の勢いは弱まらない。すっかり水分を吸ってしまった服と、それ以上に重く沈んだ私の心情。

 

 これからどうすればいいか分からない。だから貴方を一目見たかった。会うために、やまぬ雨が終わるのをただ待っていた。

 

 突然、フッ・・・と視界を何かが覆った。同時に、自分を打っていた雨を感じなくなった。

 

 え、と思う間もなく、後ろから声をかけられた。

 

 「いけないよポニーちゃん。ウマ娘なんだから、身体を大事にしないとね」

 

 優しさを感じる声。振り返ると、傘を此方に差し出した寮長、フジキセキ先輩の姿が見えた。

 

 「寮長、どうしてここに・・・?」

 

 「ふふ。門限を過ぎても帰ってこない子がいたのでね。今まで探していたんだよ」

 

 門限という単語で頭を傾げ、ハッと気づく。慌ててスマホを取り出すと、幸いこの雨の中異常をきたさなかった画面に、門限を大幅に過ぎた時刻が表示されていた。考える間もなくアウトである。

 

 「ああ、別に責めているわけじゃないんだ。謝らなくていい。ただ、君は決まりごとはしっかり守る子だから、珍しいと思ってね。」

 

 謝ろうとした私を手で制し、穏やかに語りかけてくる寮長。ただ最後、何かあったのかな?という単語を飲み込んだように感じた。

 

 ・・・・・・今日のレース結果について気を使ってくれたのだろう。

 

 頭を下げ、謝罪と感謝の気持ちを述べる。こんな場所にいたのだ、探すまで莫大な時間がかかったのだろう。今の時刻がそれを如実に物語っていた。

 

 「何はともあれ、まずは寮に戻ろう。急いでシャワーを浴びないとね」

 

 「大丈夫です。私は・・・・・・いえ、ご厚意に甘えます。ありがとうございます」

 

 寮長の提案に、身体が丈夫だからという理由で断ろうとして、今それを言うのは探してくれた彼女に失礼にあたると思った。

 

 今日中でなくても明日返してくれればいい、という言葉とともに共同シャワー室の鍵を預かった。

 

 貸してもらった傘を差し、二人で歩く。

 

 私も彼女も歩き出してからは話さず、無言での歩行が続いていた。

 

 色々と私に言いたいことはあるはずなのに、何も聞かずに並んで歩いてくれる。突き放さず、それでいて必要以上に近寄ってこない。

 

 普段の私だったら、このまま何も話さずに彼女と別れていた。ただ、この時の私は正常ではなかった。弱っていた。

 

 悩みを一人で抱えきれなかった。誰かに道を示して欲しかった。

 

気づけば私は、口を開いていた。 

 

 「・・・クラシック3冠を取ることが目標でした。私の夢であり、宿命だと思っていました」

 

 「うん」

 

 「努力は誰よりも、とは言いませんが重ねてきた自負はあります。今日のレースでも、1着を取る自信がありました。取らなければなりませんでした」

 

 「うん」

 

 「・・・・・・結果はご存じだと思います。3冠の夢が、一歩目で消えました。贖罪を果たす機会を失いました。目標が、見えなくなってしまいました。出走が決まっている1か月後のダービーへの気力が湧きません。菊花賞への道筋が見えません」

 

 どうすればいいのかが、分かりません。

 

 最後は吐き出すような、漏れ出すような弱い声での言葉となった。

 

レースに負け続け走る楽しさを、意味を見出せなくなりトレセン学園を去るウマ娘も一定数存在する。

 

 目標を失った私もこの先、そうなってしまうのか。あるいはもうそうなっているのか。それすらも判別できなかった。

 

 そんな私の話を黙って聞いていた寮長は全てを聞き終え、こちらを向いた。

 

 「ポニーちゃん。君の言う宿命や贖罪が、どのようなものなのかは分からない。無理には聞かない。ただもし、まだ走りたいという気力が残っているなら2つ助言がある」

 

 「2つ、ですか?」

 

 「ああ。1つ目。私はチームに所属していてね。オペラオーと同じところだよ。希望者のみで朝練を実施しているんだが、明日早朝、第1運動場で行われる練習に来てほしいんだ。」

 

 天候が良くなったらの話だけどね、と笑顔で話す。彼女とオペラオーが同じトレーナーの所属であることは知っていた。トレセン内屈指のチームをまとめている彼の手腕は、競バファンのみならず一般層への知名度も高い。

 

 朝練は自分も日を決めて行っているが、他のトレーナーの所にお邪魔してもいいのだろうか?

 

 「なに、来てくれるだけでもいいさ。・・・2つ目。もっと君のトレーナーの意見を聞いてみたらどうかな?あんなに素晴らしいトレーナーはいないよ」

 

 二本指を立てて話す寮長の言葉に、私は疑問を抱いた。自分の新人トレーナーが素晴らしいトレーナー?何か勘違いしているのではないかと思い、聞き返した。

 

 「寮長、すみません。私のトレーナーは」

 

 「新人君、だろ?承知の上で言っている。断言してもいい。もし私が今フリーだったら、土下座する勢いで彼との契約をお願いしていたよ」

 

 寮長は朗らかに口にするが、その目からは冗談の色は感じられなかった。彼女は本気で、先程のセリフを言っていた。

 

 あのフジキセキ先輩が、私のトレーナーを?

 

 事務的な作業はともかく、専門でありながら私と変わらないレベルのトレーニング内容しか作れない彼に頼み込んで契約を望む絵が想像できない。

 

 私の納得がいかない、というよりは理解しようとしてしきれない表情を見たのか、彼女は微笑んで手を振った。

 

 「長話をして風邪を引いては本末転倒だからね。ここで私は失礼するよ。明日、待ってるよ」

 

 言葉に反応して顔を上げると、とっくに寮の前についていた。お礼を言う間もなく、寮長は自身の部屋の方向へ歩いて行った。

 

 一人残された私は、先程の言葉を反芻する。

 

 ・・・・・・トレーナーに関しての助言はともかく、明日の朝練習に関しては行ってみることにした。今の状態から抜け出す何かを得られるかもしれない。

 

 一つ心に決め、借りた傘を閉じた。

 

 

 

 雨の勢いは、先程よりも少しだけ弱まっているように見えた。

 




今週、アヴァロンでベリルをぶっ飛ばす使命があるのでそれまでには次話を投稿できるように頑張ります。

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