私だけのトレーナー   作:青い隕石

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トレーナー✕アドマイヤベガ短編、完結です。

第3話と同時投稿したので、まだ呼んでいない方は3話からどうぞ。


以下、ネタバレ防止余白




















地上に輝く一等星(4)終

 「それではこれより、日本ダービーに向けての作戦会議を始める!」

 

 大声で宣言した後、一度言ってみたかったんだよねこういうの、と目を輝かせるトレーナー。

 

 件の出来事が起こってから初めて迎えた週末、明日は学園も休日ということで時間を掛けて打ち合わせを行うことが出来る。残された日数的にも丁度よいということで、夕食を終えた私はトレーナー室にお邪魔した。

 

 今までは特段意識していなかったが、改めて見渡すと殺風景な部屋だと思う。仕事用の机と椅子に仮眠用のベット。あとは小型のソファくらいか。相部屋である私の寮室の方が、まだ物が多いのではと感じてしまう。

 

 物を買っても使う機会がないからなぁ、と笑いながら話すトレーナー。機会ではなく時間がないため使えないのではないか、と勘ぐってしまいまた少し胸が痛んだ。

 

 トレーナーが用意した予備の椅子に座り、2人でパソコンを覗き込む。画面には皐月賞のレース場をプログラムで組んだものと出走予定のウマ娘データが写っていた。

 

 「さて、早速結論を言うけど・・・・・・日本ダービーの本命はベガ、君だと確信しているよ」

 

 「・・・・・・何もここでお世辞とか言わなくていいわよ」

 

 堂々と宣言をする彼に対し、内心苦笑しながら返答をする。皐月賞では無残な結果に終わったことで、ダービーの一番人気はオペラオーになるだろうと噂されている。

 

 今までの戦績があるので私も上位人気に収まるだろうとは言われているが、本命に挙げる人がいるかどうかは甚だ疑問だ。

 

 しかし、彼の顔に冗談の色は浮かんでいなかった。さっきまでの柔らかな声と打って変わって、力強い声が返ってくる。

 「本気で言ってるよ。そもそも、皐月賞だって君が勝てる可能性は十分すぎるほどにあったんだよ」

 

 「そうなの?」

 

 「うん。・・・・・・スパート位置を盛大に間違えたり、焦るあまりバランスを崩したりしてなければね」

 

 「うっ・・・・・・」

 

 じとーっ、と冷たい目で見られ彼から視線を外してしまう。おかしい。トレーナー、こんな人だったっけ?というより、バランス崩したことがバレていた。ほんの少しの動作だったため、気付かれていないと確信していたがお見通しだったみたいだ。

 

 「どれくらい君だけを見てきたと思ってるの?すぐに分かったよ。それにベガにはこれから全レースで1着をとってほしいからね。言うべきことはどんどん言っていくから覚悟してね」

 

 彼はパソコンを操作し、皐月賞のときの映像を立ち上げる。苦々しい記憶であると同時に、反省点が詰まっている教材。

 

 序盤から通して展開を見る。終盤、ハイペースで来たオペラオーが見せた最終直線での再加速。彼女にここまでのスタミナがあったということが予想外だった。しかし、映像を見るトレーナーの目には悲観や不安などがない。

 

 オペラオーが先頭でゴールインし、数瞬遅れてバ群がゴールラインを駆け抜けていく。その中に私の姿もあった。

 

 「ぶり返しになるけど、バランスを崩してなければ2着にはなれていたよ。大外からの展開でブロックされる心配も無かったからね。スパートの位置をもっと早くしていれば、更に分からなかった。ベガだけゴールしてからも息があがってないように見えたからね」

 

 映像を止め、レースを模倣したプログラムを起動させる。予め条件は入力していたのだろう。1度クリックするだけで、画面の中で皐月賞の再現が起こった。

 

 しかし、終盤で私のスパート位置だけが実際よりも早めに始まった。オペラオーもその後スパートを掛けるが、私のほうがスピードが速い。

 

 どんどんと差を縮めていき、最終的には私とオペラオー2人が並んでゴールラインに駆け込んだ。

 

 「ね?結果は6着だったけど、実力で負けたわけじゃない。むしろ純粋な能力だけならまだベガのほうが上だと思っている。作戦で負けたのであれば、いくらでも手の打ちようはあるよ。ベガ、今回のレースで違和感を感じなかった?」

 

 違和感、と言われて私は記憶を呼び起こす。そういえばレースを走っている時・・・

 

 「思い当たる節があるでしょ。ベガ、妙にペースが早いと思わなかった?」

 

 「うん、オペラオーに釣られてみんな前に出たのかと」

 

 「違うよ、みんなベガを警戒していたんだ」

 

 「え、私を!?」

 

 「そう、5連勝中のベガを分析して、同じタイミングでスパートしても、あの末脚には勝てないと思ったんだろうね。だから早めに仕掛けて距離を開けてきた。その貯金が最後の直線で生きてきたんだ。ベガ、1番人気のウマ娘を対策しない相手はいないよ」

 

 静かに諭されるように言われ、うつむいてしまった。自分の能力向上だけを考えていて、相手まで気を回す余裕がなかった。考えてみれば当然だ。いくら自身を高めても、レースは相手に勝ってこそ1着を得ることが出来る。相手を分析し、対策を練るのもトレーニングと同様に、いやそれ以上に大事なことだった。

 

 「まあでも、作戦については問題ないよ」

 

 カタカタとキーボードを打つ音が鳴る。短時間で画面が切り替わり、先程までとは違うレース場が表示された。

 

 「これは・・・・・・」

 

 「うん、日本ダービーのコース。皐月賞との違いはコースもそうだけど、何より距離が400mも違う。今回みたいなハイペース戦を仕掛けられても、流石にあちらの体力が持たないよ。スタミナに関しては、ベガが頭一つ抜けているからね」

 

 皐月賞と極力同じ条件でレースプログラムが起動した。今度は私のラストスパートが炸裂し、最終直線でオペラオーを含む全員をごぼう抜きして1着を取った。

 

 「勿論、相手さんも全く同じ作戦は取ってこない。どんな作戦で来るのか、予想はできても確信は持てない。そもそも大半の顔ぶれが変わるだろうしね。作戦の考案や予想は僕の方で頑張るから、ベガは残りの1ヶ月弱、トレーニングを積んでほしい。大丈夫だよベガ、君が一番強い。保証する」

 

 「・・・ありがとう」

 

 面と向かって言われ、ついそっぽを向きながら返事をしてしまう。こんな性格だからか、真っ直ぐに褒められることには慣れていない。

 

 ダービーまでの期間の大まかな練習内容については既にトレーナーから伝達されている。

 

 基本練習は勿論だけど、レースを意識したトレーニングが主だ。何せ、公式戦では初めてとなる2400mだ。ペース配分を始めやらなければいけない事は沢山ある。

 

 目下のライバルはオペラオーだ。残りの期間で必ず彼女も2400mという距離に適応し、仕上げてくる。

 

 どの道、終盤までは彼女より前に出ることはない。あらゆる状況に対応できるよう、ピークをダービーに持っていく必要がある。

 

 「ベガ。又聞きになるけど、目標は見つかった?」

 

 「・・・・・・まだ、かな。」

 

 顔を上げたトレーナーの問いに、私は悩みつつも答えた。

 

 3日前の謝罪で、私は目標を失ってしまったことを伝えていた。3冠の道が途絶えた日の夜、目標とともに一等星の輝きを見失ってしまった。

 

 ・・・・・・見ようと思えば、晴れ予報の今晩にでも天体観測をすれば会える。でも、今は行かないと決めた。あれだけ邪険に扱ってしまったトレーナーが、私の為に全力で日本ダービーに向けてサポートしてくれるのだ。これで自分の都合を優先するなど恩知らずなことは出来ない。夜はしっかりと休息にあてて、怪我を防ぐために体力を回復させる。

 

 勝って、あなたに会いに行く。そう決めた。

 

 「これが目標かどうかは分からないけど・・・・・・トレーナーが私の走りを、1着を見たいと言ってくれた。だから今は、それだけのために走りたい」

 

 私の走りを望んでくれる人がいる。それなら、今はそのために走りたい。私の願いではないかもしれない。それでも、心に抱くだけで前に進むことは出来る。

 

 「そっか。・・・・・・ベガ。君が心から走りたいと思える理由を再び見つけられるまで、僕も精一杯手助けするよ。勿論、その後もだけどね」

 

 再びトレーニングの資料を閲覧しながらも、力強くトレーナーは答えてくれた。

 私も資料を覗き込む。明日の休日練習用のメニューを確認しながら、トレーナーの話に耳を傾けた。 

 

 

 

 

 残された期間、私は本番を想定した模擬レースの練習に明け暮れた。

 

 基礎練習は言わずもがなだが、その後はトレーナーが上げてくれた私の弱点、欠点の修正に取り組むものだと思っていたため、少し意外な気持ちになった。

 

 「残りの時間があまりないからね。弱点といっても、数はともかく重大なものはないんだ。勿論、修正できるに越したことはないけど今はレースを想定した練習をしたほうが勝率は高くなる」

 

 トレーナーはストップウォッチを手にしながら、走り終わった私に語る。手渡されたスポーツドリンクを飲みながら、今のタイムを伝達された。ストップウォッチに表示されていた記録は、2月に1度だけ取った2400m走の数値より大分悪くなっていた。

 

 息を切らせながら水筒を傾け、喉を潤す。悲壮感は無かった。少し経ち、私の息が落ち着いたのを見て彼は再び口を開いた。

 

 「うーん・・・・・・この距離からのロングスパートは流石に難しいか」

 

 「そうね。残り200mくらいでもう足が動かなくなったわ。」

 

 成程と呟き、トレーナーが手元の資料に目を落とす。

 

 2人で取り組んでいる目下の課題、それは『どこからスパートを掛けるか』である。

 

 いくら私が豊潤なスタミナを持っているとはいえ、最初から全力疾走できるかと問われれば即座に首を横に振る。

 

 前回の皐月賞のように温存しすぎると体力を余らせたままレースが終わってしまうし、逆に仕掛けるのが早すぎると今みたいに最後にバテて失速してしまう。

 

 単純な距離だけの問題にとどまらず、バ場の状態やレース展開、勝負する相手など様々な要素を考慮して調整しなければ、必殺の末脚も宝の持ち腐れのまま終わってしまうこととなる。

 

 スパートタイミングをトレーナーが調節し、それを私が実践する。走り終わった後は2人で検討会を始める。

 

 内容は違えど、全部1人で行ってきたこと。それが今はトレーナーが傍にいて、一緒に課題に取り組んでくれている。

 

 不思議な感覚だった。隣に人がいてくれる事実が。2人で一つの目的に取り組んでいることが。今まで避けてきたこと。でも今は、嫌な感じはまったくない。むしろ・・・・・・

 

 「ん?どうしたの、ベガ」

 

 いつの間にかトレーナーを見つめていた。視線を感じたのだろう。彼も私の方を向いて首を傾げた。

 

 「ふふっ・・・・・・何でもない」

 

 笑みで返し、続きを促す。本番で私の実力全てを出し切るには、練習で完璧に仕上げなければいけない。前回よりもオペラオーは更に強くなってくる。1位を取るためには、私もより高みに至らなければいけない。

 

 「休んだらもう一回行ってくるね。今度はどこ位置から仕掛けるの?」

 

 息を整えながら、最高の形に仕上げるために闘志を燃やす。

 

 決戦の刻が近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴天、雲ひとつない大空の下で大歓声が鳴り響く。

 

 前のレースが終わり、遂に本日のメインイベントが近づいてきた。

 

 日本ダービー。数少ないGⅠレースの中でも頭一つ格が高いレースであり、見事勝利を手にできれば、長い間語り継がれるほどの名誉となる。

 

 競バに興味がない層でも名前は知っていると言われるレース。当然ながらファンにとって一大決戦であり、開門してすぐに観客席は満員となった。

 

 その数20万人近く。数多の熱気が、期待が、興奮が会場を支配する。

 

 集うは18頭の精鋭。日本ダービーに出走できるというだけでもその優秀さが証明されているが、1着は1人だけ。

 

 出走するだけでは記録にしか残らない。勝ってこそ、人々の記憶に残る。

 

 そして、勝者と敗者が決まるからこそ、人々は栄光を掴むであろうウマ娘を予想する。

 

 1番人気 テイエムオペラオー

 2番人気 アドマイヤベガ

 

 大衆のおおまかな予想は、この2人に絞られていた。

 

 今回の主役になるであろう、本命と本命。選抜レースから抜きん出た実力を発揮していたアドマイヤベガ。前回の皐月賞でこそ破れたものの、その評価は未だに高い。

 

 そんな彼女と過去4戦ぶつかりあったのがテイエムオペラオーだ。その内3戦は敗れるものの全て2着。前回の皐月賞でついに打ち勝ち、1着を手にした。そのレース運びはまさに圧巻の一言であり、余韻冷めやらないまま本日を迎えたことで初めてアドマイヤベガの人気を上回った。

 

 片や演出家の先行型。片や寡黙な追い込み型。

 

 お互いに対極の存在であり、更には事あるごとにオペラオーがベガにライバル宣言をしているため、二人の対決はファンにとっても非常に見栄えが良い。

 

 どちらが勝つのか。2人がどのようなドラマを見せてくれるのか。レースが始まる前から、観客のボルテージは最高潮に達しようとしていた。

 

 その熱気から遠く離れた控室。一組のトレーナーとウマ娘が共に部屋を出ようとしていた。

 

 「・・・・・・トレーナー、行ってくる。」

 

 「うん、いってらっしゃい。僕もトレーナー用の観客席から応援するよ」

 

 気負わず、背負わず、それでい闘志を絶やさず。

 

 その瞳には、ただ前だけを見ていた。1ヶ月前の敗北を乗り越え、自分の全てを入れ替えて望んだ、勝負に挑む少女の覚悟が垣間見えた。

 

 

 

 歓声がひときわ大きくなった。

 

 何事かとあたりを見渡すと、すぐに納得がいった。オペラオーがこちらに近づいてきたのだ。レース直前のこのタイミングで話しかけてくるのはいつもの事とはいえ、日本ダービーという大舞台でも変えずに実行するのは彼女らしいというべきか。

 

 今日、一番の人気を集めているのは間違いなく彼女だろう。その実力も勿論だが、観客がどうすれば喜ぶのかを考えながら行動しているフシがある。今だって声援に対し、大きく手を振りながら応えて笑顔を振りまいている。

 

 「やあやあアヤベさん!今回は1番人気を譲ってもらったよ!大三冠にむけて、今回も先頭は最後まで譲らないさ!」

 

 ・・・・・・そして無意識かもしれないが揺さぶりも上手い。先頭、という単語を聞いた瞬間、皐月賞の大逃げが頭をかすめた。

 

 一見すれば尊大とも取れる態度。しかしその裏には血の滲む努力によって手に入れた確かな実力があった。

 

 『オペラオー!今回も魅せてくれー!』

 

 『ベガー!応援してるぞー!』

 

 地を揺らすほどの応援の声。そこに私達の名前が叫ばれており、オペラオーは応えるように大きく手を降った。途端に起きる大歓声のうねり。

 

 私も同じように、とは行かなかったがなるべく大きな手振りで声援に反応を返した。普段はそんな事をしなかったからだろうか、観客席からどよめきが起き、その後彼女に負けず劣らずの大歓声が届いてきた。

 

 ・・・・・・驚いた。私、ここまで応援をされていたんだ。

 

 今まで自分の事で手一杯だった。1位を取った時の歓声は気持ち良いものがあったが、あくまで勝者への賛美だと思っていた。私に声援を送ってくれる人にまで、気が回っていなかった。

 

 「変わったね。アヤベさん」

 

 応え終わったのだろう、オペラオーが私に再び質問をしてくる。王冠をかぶった白とピンクを基調にした勝負服。彼女の雰囲気も相まって、様になっている。

 

 「変わった?」

 

 「ああ。前まではそこまで余裕が無いように感じたからね」

 

 「・・・・・・そうかな。そうかもね。ありがとうオペラオー」

 

 微笑んで、礼を返す。私の言葉が意外だったのか、彼女は首を傾げた。

 

 「オペラオーとフジキセキ先輩の言葉のおかげで、自分を見つめ直すきっかけが出来た。もし、変われたと言うならあなたのおかげ」

 

 「・・・・・・やれやれ。本当に別人だね」

 

 「でも、変わっていない部分もあるわ」

 

 頭をかきながら苦笑するオペラオーに、はっきりと宣言する。言葉の圧を感じ取ったのか、彼女の表情も引き締まった。

 

 この場に立つウマ娘なら、全員が持っている感情。

 

 「人気は譲ったわ。でも、レースでの1番は譲らない。絶対に」

 

 「・・・・・・望む所さ。そうでなくちゃね、アヤベさん」

 

 お互いに笑みを消し、別れた。歓声が鳴り止まない中、私は静かに、ゲートに入った。

 

 思い浮かぶのは、練習の日々。一ヶ月、この日のために全てを費やした。今、その成果を全てぶつける時。

 

 (・・・・・・行ってくるよ。見守っててね)

 

 晴天の下、未だ見えない遥か彼方の輝きを胸に、静かにその時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガコン!とゲートが開く。視界一面に広がる、ターフの景色。右足を踏み出し、その直線に身体を一気に放り投げた。 

 

 大歓声が背中を押す。私を呼ぶ声が聞こえる。オペラオーを呼ぶ声が聞こえる。他のウマ娘を呼ぶ声が聞こえる。たくさんの声援を、感情を、一心に受け止めて私は駆け出した。

 

 『さあ始まりました。皆並んでのスタートとなったが4番イーグルアイズ、7番リメンバーラインがまず先頭を主張していった。続いてテイエムオペラオーとアールガイスト。オペラオー、今回は大逃げをせず前方で仕掛けどころを狙う作戦か?大方の予想通りアドマイヤベガは最後方に下がりました。果たしてこの大舞台、必殺の末脚は炸裂するのか!?』

 

 いつものペースを保ちつつ、すっと後方に下がる。早速離れていった先頭に、オペラオーの姿はなかった。2400mという長丁場、逃げの作戦は取らずに彼女のスタイルで勝負しに来たみたいだ。

 

 馬群に囲まれない位置で序盤を進める。後方には私ともう2人、それ以外のウマ娘は全員前線に参加しポジション争いをしていた。 

 

 (・・・・・・私の脚を警戒しているのか、それとも)

 

 走りながら思考を巡らせる。皐月賞とは違い、先頭との距離は大きくは離されていない。オペラオーの周りに固まっていることを考えると、むしろ警戒されているのは彼女のほうかもしれない。

 

 コーナーを曲がり、向かい正面に突入する。声援が遠く聞こえる中、周りにいた2人が徐々に進出を開始した。結果、私一人だけが取り残されることとなる。

 

 最後方にぽつんと1人。前回と同じ状況に、微かなどよめきが聞こえてきた。

 

 『先頭イーグルアイズ、向こう正面の坂を越えました。1番人気テイエムオペラオーはリメンバーラインを抜かし、現在2番手。ピッタリと先頭をマークしております。アドマイヤベガは1人取り残された状態です。皐月賞と同じ状況ですが、ここからどう動いてくるのか!?』

 

 オペラオーが順位を上げてきた。少しずつ前進し、何時でもトップに立てる位置につけている。

 

 他のウマ娘もオペラオーに離されまいと食らいついている。

 

 (・・・・・・よし)

 

 レース距離半分を通過した。大丈夫、ここまでは予想通りだ。私は、『オペラオーとの距離』だけを見て、静かに仕掛け時を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オペラオーは逃げでは来ない?」

 

 レース前日の夜に行われた作戦会議、トレーナーから伝達されたのは結論に近いものだった。

 

 「うん。以前から先行で来るだろうっては言っていたけど、今は確信を持って言うよ。彼女のチーム練習を拝見しても、逃げのトレーニングは積んでいなかった。大事なこの時期、わざわざ有意義な時間をブラフに充てるとは思わない」

 

 あくびを噛み殺し、コーヒーを飲みながらトレーナーは分析結果をまとめる。最後の1週間、トレーナーは睡眠時間を削って最後の追い込みをしてくれた。止めようとしたけれど、「今回だけだから。お願い」と頭を下げられてしまい、レース後はしっかりと休息を取ることを約束条件として許可をした。・・・・・・本当は、頭を下げなければならないのは私の方だというのに。

 

 膨大な資料とトレーニングのデータ。そこから彼は一つの作戦を取り決めた。

 

 「ベガ。明日のレースだけどさ、この作戦で行こうと思うんだ」

 

 パソコンを操作して、画面を私に向ける。そこには、一つのレース展開が映っていた。

 

 「今回の難敵はオペラオー1人に絞ってもいい。だからさ、ベガはオペラオーとの距離だけを意識してほしい。どれくらいの距離までだったら差しきれるか。その感覚は今までのトレーニングで培ってきたからね。その距離だけを守って、走ってほしい。そして・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先頭争いに加わっていた者。テイエムオペラオーの周辺で仕掛け時を探っていた者。中盤から徐々に追い込みを開始した者。そして何より、テイエムオペラオー本人。レースを走るウマ娘全員が、その音を聞いた。

 

 『ドガッ!!!!!!』 

 

 形容するなら、轟音。地を抉るような、深い衝撃音。それがはるか後方から鳴り響いた。

 

 レース中にも関わらず、気を取られて全員が一瞬後ろを振り返った。振り返ってしまった。そこで彼女らは等しく、同じ光景を見た。

 

 ターフを流れるように走る、一等星の姿を。

 

 

 

 『来た!アドマイヤベガ、何と第3コーナーからラストスパートを仕掛けてきた!この2400mを物ともしないロングスパートだ!あっという間に最後方からライトトーンを捉えたぞ!この大舞台で、彼女の末脚がいよいよ本領を発揮するのか!?』

 

 大歓声が近づいてくる。流星と称された私の末脚。何度も何度も模擬レースを行い、くたくたになりながらも調整を重ね、余力を一切残さない距離を導き出した日々。

 

 バ場状態は良好、その場合のスパート位置も打ち合わせの末、決めていた。オペラオーが逃げなかったことで私も距離を保つために必要以上のスタミナを消費しなかった。

 

 これ以上ない条件。私の脚はあっという間に1人を捉え、更に加速をしていく。

 

 ずっと1人で積み重ねてきた特訓。繰り返し練習を重ねた末に手に入れた、豊潤なスタミナと自慢の爆発力。

 

 この武器だけは、誰にも負けない!

 

 『第4コーナーを回って最終直線に入った!先頭は既にテイエムオペラオーだ!ラストスパートで後続との差を引き離していく!・・・・・・いや違う、1人だけ突っ込んでくるぞ!アドマイヤベガだ!ここで地上の一等星がバ群を尻目に大外から一気のごぼう抜き!既に5番手まで上がってきている!食い下がれるウマ娘はいない!どんどんと彼女の後塵を拝する形となっていく!』

 

 最終直線、なだらかな上り坂に差し掛かるもこの脚は衰えない。基礎練習で来る日も来る日も鍛えた坂路トレーニングの成果を発揮し、瞬く間に3人を一気にちぎった。

 

 見据えるは、彼女の後ろ姿。後はもう、直線での一騎打ち。

 

 息が少しずつあがってくる。ロングスパートの影響が出てきた。それでもまだ、脚も、身体も、気持ちも止まらない。

 

 徐々にオペラオーとの差が詰まってきた。彼女も腕を振り、必死に脚を動かしている。それでも前方で走り続けていたためだろう、肩で息をするように身体が上下に動いていた。

 

 2000mであればもう終わっていたレース。私達は今、未知の領域に足を踏み入れている。

 

 「はああああああああああああああああ!!!!!」

 

 叫びながら、最終直線を突っ走る。中盤離れていた差は縮まった。

 

 心臓の高鳴りが激しい。肺が辛い。それでも私は脚を止めない。

 

 『熾烈なデットヒートだ!本命の2人による一騎打ちは残り200m!もう差は2バ身も無いぞ!テイエムオペラオー譲らないか!アドマイヤベガが差し切るか!大歓声が東京レース場を包み込みます!』

 

 

 

 (遠い・・・・・・遠いっ・・・・・・!)

 

 ゴールラインはもうはっきりと視認できる。オペラオーとの距離はもう1バ身もない。その距離が、遠い。いくら体を動かしても、彼女より前に立てない。

 

 かすかに見えた、オペラオーの表情。彼女は普段なら絶対にしないであろう、私と同じような雄叫びを上げながら走っていた。

 

 『大三冠にむけて、今回も先頭は最後まで譲らないさ!』

 

 レース前の彼女の宣言。オペラオーは私が望めなかった、大三冠を本気で狙っている。心からの目標にしているのだろう、何度も顔を振りながら一心不乱に駆け抜ける。

 

 私だって必死だ。最後に残ったスタミナを振り絞り、脚を前に出す。それでも、最後の距離が縮まらない。

 

 伸びないのではない。私の末脚に、オペラオーが追いついている。もう、気力だけで走っているはずなのに届かない。

 

 もう、ゴールまでは100mを切った。このままでは・・・・・・

 

 (・・・・・・追いつけない?)

 

 フッ、と心に影がさした。何故、どうして届かないのか。練習で培った力も、必死に組んでくれた作戦も完璧だったはずだ。

 

 なら、私に足りないものは何だ?彼女にしかないものは何だ?

 

 (・・・・・・分からない)

 

 答えは、1人では思い浮かばなかった。もう、考える力も尽きかけていた。

 

 答えを諦めたせいだろうか、最後の最後まで追い込み、後少しまで縮まっていたオペラオーとの距離が再び・・・・・・

 

 

 

 

 

「ベガあああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 その声は、突然耳に飛び込んできた。聞き覚えのある、どころではなくずっと聞いていた声。

 

 顔を巡らすと、いた。スタンドの最前列席で私の名前を呼ぶ、トレーナーの姿が。

 

 昨日まで働き詰めで顔色は良くない。声にもあまり元気がない。それでも大声で私の名を呼ぶ彼。

 

 その瞬間、いままでの日々が頭を駆け巡った。

 

 あなたと形だけの契約を交わした日。

 指示を聞かず、1人で練習に明け暮れた日。

 負け無しの状態でG1初勝利を飾り、偽りの自信を持った日。

 そのハリボテを、皐月賞で粉々に砕かれた日。

 あなたと和解をした日。

 

 そして1ヶ月という短い期間ながら、トレーナーとウマ娘として、二人三脚で取り組んできた日。

 

 彼はずっと私を見ていてくれた。ずっと私のために動いてくれた。そんなあなたが、私にはとてもまぶしく見えて・・・・・・。

 

 暴れていた心臓の鼓動が更に高鳴った。視界が急にクリアになる。

 

 ああ、ああ!ようやく見つけた!見失っていた私だけの光を!地上に輝く 一等星(あなた)を!!

 

 トレーナーが望むから、じゃない。私は、私の意思であなたに勝利を届けたい!!

 

 

 

 

 

 

 「トレーナあああああああああああああああああああ!!」

 

 

  

 

 

 心からの叫びとともに、最後の末脚を爆発させる。

 

 一瞬離れかけた距離が縮まり、そして・・・・・・

 

 私とオペラオーがほぼ同時にゴールラインを駆け抜けた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 汗を拭う。先程まで受けた歓声、それが聞こえなくなってからも熱気はこの身体に残っている。

 

 1人静かに歩く。大観衆を収容する競バ場といえど、関係者用通路まではその声は届かない。

 

 その道の先に、見知ったウマ娘がいた。

 

 「ウイニングライブおつかれ様、オペラオー」

 

 声を掛けてきたフジ先輩。レース場でも、ライブ会場でも最前列で見守ってくれており、今も私のためにここまで来てくれた。

 

 「どうでした、素晴らしいライブだったでしょう。何せ、ボクが踊ったんですからね」

 

 髪を手でサラッと上げ、格好をつける。レースは勿論、ライブにおいても練習を怠ることなく取り組んでいたため、振り付け、パフォーマンス、歌全てで完璧なステージを提供できたと自負している。 

 

 強豪チームの一員として、恥ずかしくないライブを届けることが出来た。

 

 そう、出来たのだ。

 

 「・・・・・・オペラオー」

 

 「なんでしょうか」

 

 「もう、無理しなくてもいいさ」

 

 じっと私を見つめていたフジ先輩から、短い言葉が漏れる。

 

 その何気ない、そして本心からの一言が、ボクに突き刺さった。

 

 「ここからだったら、観客にも声は届かないからさ・・・・・・」

 

 「・・・・・・っ」

 

 先輩の言葉にうなずく。

 

 ・・・・・・ああ、駄目だ。思ったより限界は近かったんだなと。

 

 フジ先輩の顔が徐々に、徐々にぼやけて見えてきた。ずっと押さえていた激情が溢れ出る。

 

 レース場でも、会場でも付けていた笑顔の仮面が剥がれ落ちる。晴天の日に、私の目からは雨が流れ落ちていく。

 

 ずっと心に留めていた想いが、爆発した。

 

 「・・・・・・センターで、踊りたかっだ!1着を、どりだかっだ!」

 

 決壊した堤防は、直らない。一度あふれると、もう止まらない。

 

 勝てると信じていた。アヤベさんの全力を受け止め、それでも上回れると思っていた。

 

 最終直線の最後の最後でボクは、アヤベさんの背中を見ることとなった。

 

 トレーナーから受け取った作戦は完璧だった。2400mという未知の距離に適応でき、間違いなく全力を出し切ることが出来た。

 

 もう一日多く休日練習していれば勝てたのではないか。もう一時間多く朝練習をしていれば勝てたのではないか。

 

 声を上げ、泣き叫ぶ。後悔が尽きることなく、押し寄せる。

 

 「かでなくで・・・トレーナーに、もうじわげなくでっ・・・・・・私が、もうずごし、頑張っでれば・・・」

 

 「お前のせいじゃねーよ」

 

 突然聞こえてきた、男性の声。トレセン学園に入ってから一番聞いた異性の声。

 

 顔を上げる。グシャグシャになった視界に、壮年の彼が映っていた。

 

 頭をかきながら、練習中のときとは違う、静かな声で私に語りかけてくる。

 

 「勝てればお前の実力、負けたら俺の責任だ。お前は俺の指示によくついてきてくれた。全力で応えてくれた。それで負けたのは、単に俺の指導が至らなかっただけだ」

 

 「でもっ、私はアヤベざんにっ・・・・・・」

 

 「こっそり助太刀をしたってか?それなら俺だって毎週あの新人に塩を送ってたよ。お互い様だ」

 

 トレーナーの発言に驚き、涙が溜まった目を張る。この事はトレーナーに言ってなかったはずだ。

 

 反射的にフジ先輩に目を向けたが、驚いた顔をして首を振っていた。彼女からトレーナーに報告があったわけでもない。

 

 再びトレーナーを見ると、ぼやけた視界の先で彼が苦笑いを浮かべているのが分かった。

 

 「伊達に1年間指導をしていた訳じゃない。お見通しさ。・・・・・・全力で戦いたかったんだろ。なら、自分が選んだ選択肢に胸を張れ」

 

 トレーナーはまっすぐ、ボクを射抜いた。アヤベさんのトレーナーに助太刀をしたこと。それに対し一切の後悔も感じられない、堂々とした態度だった。

 

 ・・・・・・一瞬、一瞬だけ思ってしまったのだ。

 

 『アヤベさんに助太刀をしていなければ、勝てたのではないか』と。

 

 次の瞬間、その感情を打ち消した。それはアヤベさんへの、何よりその選択肢をとった自分への最大限の侮辱行為だ。まだまだボクは未熟者だなと笑みが浮かんだ。

 

 手で涙を拭き、まっすぐに背筋を伸ばす。この敗北を受け入れて前に進むために。自分が選んだ選択肢を、誇るために。

 

 トレーナーは、ボクの態度を見てフッ、と表情を緩めた。

 

 「オペラオー。菊花賞では必ず勝たせてやる。俺に付いてきてくれるか?」

 

 「・・・・・・はいっ!!」

 

 彼の問いに、力強く返した。

 

 一度、誰もいない後ろ通路を振り返る。1時間前、確かな自信を持ってこの場所を進んでいった。結果は見事に打ち砕かれたが、心は折れていない。

 

 胸に手を当て、静かに誓う。次こそは、笑ってみせると。

 

 (この敗北を、糧にする。次は負けないよ、アヤベさん)

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つ、昔話をします。

 

 どこにでもいるような1人のウマ娘の、生い立ちについての話です。

 

 そのウマ娘は一人娘として育ちました。幼少の頃から元気いっぱい走り回る子で、明るい性格から男女問わず友達が多い子でした。

 

 毎日すり傷だらけになって帰ってくるその子を見て、両親は呆れつつも笑顔で娘の成長を喜びました。

 

 その子供はとても身体が丈夫でした。たくさん動き回っても怪我らしい怪我をしたことがなく、病気とも無縁のまま幼少期を過ごしました。特に男子生徒に羨まれているその頑丈な身体は、彼女の自慢できる長所でした。

 

 そんな彼女にとって生涯を変えてしまう日がやってきます。

 

 きっかけは、10歳を迎えたその子がインフルエンザに罹ってしまったことです。それまで熱を出すことも無かったため、両親は大慌て。しかしやはり体力があったのでしょう、わずか数日で快方に向かいました。

 

 熱が下がったことで両親も安心し、外出厳禁を伝えてそれぞれ仕事、パートに向かいました。

 

 家に残された子供は、手持ち無沙汰となりました。元気を取り戻したのに外に出ることが出来ないからです。

 

 頭より早く体が動く性格だったので、勉強という選択肢も頭に思い浮かびません。

 

 結果、家の中の探検が始まりました。いつもは家族の目があったため散らかすと怒られていたのですが、その心配もありません。普段は止められるであろう押入れの中にも潜り込み、好き勝手に漁りました。

 

 そこで少女は運命の物を発見します。押入れ深くに眠っていた、1冊のアルバムです。

 

 今まで見たことがなかった本に興味津々の少女は、すぐに表紙をめくりました。めくってしまいました。

 

 アルバムの初めのページには、赤ん坊を抱いた女性の写真が貼ってありました。その女性が自分の母親であるとすぐに気づきました。

 

 

 

 

 母親は『2人』の、ウマ娘の赤ちゃんを抱いていました。

 

 

 

 少女が感じたのは、困惑でした。写真は間違いなく年若い母親であり、双子を生んだということが読み取れます。

 

 しかし、その少女には姉、または妹がいたという記憶がありません。物心ついたときから一人娘として育ってきたからです。何度も記憶の引き出しを開けますが、自身の片割れまではたどり着くことが出来ませんでした。

 

 同時に、自分が見てはいけないものを見ているという感情が湧いてきました。この秘密を暴こうとしたら、後戻りできない気がしました。それでも活発な少女は、自分の気持ちを抑えることが出来ませんでした。

 

 夕方、パートから母親が帰ってきました。

 

 「ただいまベガ。いい子にしてた?今日は快気祝いに大好きなハンバーグを作るから・・・・・」

 

 笑顔で言う母親。その顔が、私が隠すように持っていた物・・・・・・アルバムを見て固まりました。

 

 母の反応を見て、何かを隠していると確信した少女は真っ直ぐに質問します。写真の双子は、もう1人は一体だれなのかと。

 

 口をつぐんだ母親。元々、少女が大きくなってから打ち明ける事を夫と決めておりました。しかし、こうなっては誤魔化すことも出来ないと考え、その場で全てを話しました。

 

 元々母親は双子を生んだこと。そして、1人は身体が弱く、生まれてすぐに亡くなってしまったことを。

 

 悟らせないようにするため、仏壇にも遺影を飾らないという徹底ぶりでした。それでも、母として思い出の一枚だけは残しておきたかったのでしょう。双子の写真を1枚だけ、取っておいたのです。

 

 少女は黙って聞いていました。話が終わり、聞いた話を彼女なりに精査します。・・・・・・そこで、一つの思いが頭をよぎってしまいました。

 

 留めることなど出来ません。気づいたら、母親に向かって口を開いておりました。 

 

 

 

 「お母さん、もしかして、その子の身体が弱かったのって・・・・・・私が奪っちゃったせい?」

 

 

 

 その言葉に母親は動揺しました。

 

 ・・・・・・母親は、娘のためを想って隠していた事柄を暴かれ、冷静ではありませんでした。いや、冷静であろうとしておりました。

 

 違うわ、あなたのせいじゃないのよ。と必死に言いました。しかし、その言葉を口にする前に目を見開いてしまった行為、それを少女は視認してしまいました。

 

 母親の発言は、本心からの言葉だったのでしょう。それでも少女は、一瞬だけ動揺した母親を見て、図星だったと思ってしまったのです。

 

 次の瞬間、少女は駆け出しました。

 

 『自分の身体が人一倍丈夫なのは、もう一人から奪ってしまったからではないのか』

 

 という、悲しき結論を自分で出してしまい、その重さに耐えられなくなったからです。

 

 母親の静止の声も届きません。片や活発なウマ娘の少女。片や大人とはいえ、レースなどとは無縁の生活を送ってきたウマ娘の女性。追いかける母親のほうが先に体力が尽きてしまい、我が子を見失ってしまいました。

 

 少女は走り続けました。太陽が沈み、辺りはすっかり暗くなり、人もまばらです。幸い、北の大地といえど夏だったため、寒さは感じませんでした。

 

 しかし、いくら駆けても感情は整理できません。走ればそのうち収まるのではないかと思った心情は、深く沈んだままです。

 

 我慢できなくなり、喚きました。私があなたから奪わなければ、今頃で2人で仲良く遊んでいたのではないか。家族みんなで笑い合えていたのではないか。

 

 気づいたら、小さな丘の上にいました。無我夢中に走ったため、具体的な場所はわかりません。家への帰り方も分かりません。でも、そんなのどうでもいいと思いました。私の心は、後悔と自責の念で埋め尽くされていました。

 

 叫ぶような大声で謝りました。あなたの命を奪ってしまってごめんなさい、丈夫な身体なんていらないので戻ってきて下さい、あなたに会わせて下さいと。必死に、必死に神様に祈りました。

 

 当然、いくら祈っても帰ってきません。それでも少女は神様に想いを届けようと空を見上げました。

 

 少女の目に飛び込んできたのは無数の光、夜空を照らす星の輝きでした。

 

 涙でぼやけた視界、ぐちゃぐちゃになった思考に一つの記憶が蘇りました。亡くなった人、ウマ娘は夜空に昇り星となって、ずっと私達を見守ってくれるという言い伝えを。

 

 少女はすぐに見つけました。数え切れないほどの星の中で、最も輝く一等星を。直感しました。あの星が、亡くなってしまったあなたなのだと。

 

 

 

 

 

 「・・・・・・その時私は、あの輝く星に誓ったの。ウマ娘として生を受けながら、走ることの出来なかったあなたの分まで走るって。たとえ1人でも、勝ってみせるって」

 

 ふぅ、と一息を入れる。どれくらいの時間を掛けて話したのか、覚えていない。10分でまとめたのかもしれないし、30分以上詳細に話したのかもしれない。思うままに、夢中で話したことだけは覚えている。

 

 「あなたの想いを、そのまま抱けるのは私だけ。贖罪を果たすことが出来るのも私一人でやらなければ意味がない。あの子が報われない。・・・・・・1人で戦うことの難しさがどんなに無謀なものか、分からないまま取り組んで実践してきたわ。あなたに出会わなければ、今なお誰の手も借りずに歩んでいたかもしれない。いいえ、もしかしたら、挫折して歩みを止めていたかもしれないわ」

 

 一度話を止め、隣に視線を移す。

 

 夜が深まり、外灯の光も見えない場所。それでも、顔ははっきりと見えた。

 

 彼・・・・・・トレーナーも私の話が区切られたことで、こちらを向いた。

 

 学園の敷地内、草木の植えられた場所。私とトレーナーはお互い仰向けに身を放り投げたまま、見つめ合った。

 

 「トレーナー、改めて礼を言わせて。あなたがいなければ、私は今頃どうなっていたのか分からない。あなたがいたから、今日勝つことが出来た。新しい目標も、見つけることが出来たの。・・・・・・ありがとう」

 

 「お礼を言うのは僕の方なんだけどなあ。ベガの最高の走りを、今日見せてもらった。これからもずっと君の走りを、一番近い所で見せてもらえる。こんなにうれしいことはないよ」

 

 照れくさそうに頬をかきながら返事をしてくるトレーナー。一大レースが終わり、先週よりも穏やかな表情になっていた。削り気味だった睡眠時間も長くなり、目のクマもすっかりと消えた。

 

 どちらからともなく、視線を元に戻す。

 

 地面に身を投げた体勢。その目に雲ひとつ無い夜空が再び目に入る。

 

 月の光も、星々の煌めきも・・・・・・星空で一番輝いている一等星の『あなた』も全てが見通せる。

 

 (ごめんね、報告が遅れちゃった)

 

 心の中で、謝罪をする。早く来たかったのだけれど、ダービーを制したことで取材攻勢が続いて大幅に時間が取られてしまった。日々の練習やミーティング、道具の手入れを怠ることは出来ないため、結局落ち着くまで待つことになった。

 

 トレーナーも私と同じくらい質問攻めにあったようで、ようやく週末の今日に二人共余裕ができた。

 

 眩しいほどのあなたの輝きは、半年以上前に見たときと何も変わっていない。

 

 

 

 「・・・・・・その、良かったのかな?」

 

 「え、何が?」

 

 小声を発してきたトレーナーに、再び視線を向ける。その声は、昨年までの和解していない時のものに似ていた。

 

 「その・・・・・・ベガが星を見る時、以前邪魔しちゃってて。今回は、良かったのかなって」

 

 言葉を選びながら、つなぎ合わせる彼の姿を見て、少し笑ってしまった。

 

 「ちょ、ちょっとどうしたの」

 

 「もう、邪魔だなんて思ってたら誘わないわよ。・・・・・・去年はごめんね」

 

 一度謝罪して、くるっと身体の向きを変える。横向きになって、身体ごと彼に向ける。

 

 成人男性と呼ぶには少し華奢な、自分より少し大きいくらいの体格。頑丈な自分と違い、私の為に頑張りすぎて倒れる寸前まで行ってしまったこともある。

 

 ・・・・・・私のために、ここまでしてもらった。無愛想で、指示も聞かず、冷たく当たった私なんかのために、『私の走りが見たいから』という理由だけでここまで支えてくれた。

 

 多大な恩はこれからの走りで返していきたい。私の目標、あなたに言われたからではない、私自身が心から望んだ『あなたの為に1着を取りたい』という願いのために。

 

 それと同時に、私の秘密を知ってほしかった。今後、どれくらいの期間になるかは分からないが、二人三脚で歩んでいくことになる。そんな間柄になるのだから、隠し事はしたくなかった。私の全部を打ち明けたかった。

 

 「全部、知ってほしかったの。私のこと」

 

 長い付き合いになりそうだからね、と付け加えると、彼は少しだけ顔を赤くし、まあそうだろうねと小さくつぶやいた。

 

 

 

 ・・・・・・まだクラシック級前半、道半ばどころか始まったばかりだ。9月の菊花賞、11月のジャパンカップを初め今回並の、いや今回以上のレースに立ち向かうこととなるだろう。

 

 それでも、不安はない。私の隣には、導き手となる私だけの一等星がいるのだから。

 




キャラクター紹介と設定、台詞を見ただけで何か創作意欲に火がついてしまい、気づいたら4話構成になっていました。

次の短編に関してですが、早速ネタが切れましたので発掘作業に移行します。筆が乗ればドーベルのおまけ話を近いうちに上げます。それが終わったら本格的に何もない・・・・・・気長にお待ちいただければ幸いです。



P.S
キャンサー杯ではエルがすごく強かったです(小並感
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