私だけのトレーナー   作:青い隕石

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おまたせしました。

ツインターボ短編、完結です。


この気持ちからは、逃げたくない(5)終

 『ガコンッ!』

 

 と大きな音が鳴り、一瞬だけ時を置いて青色の風が駆け抜ける。

 

 飛び出したその影は、加速することなく速度を落としていき、やがて足を止める。その顔には疲労の色が浮かんでいた。

 

 肉体的なものではない。彼女の体力も、脚も、まだまだ余力が残っている。今すぐに長距離走に挑戦できるほどには元気が有り余っている。

 

 疲労がたまっている箇所は心、つまり精神的な部分だ。

 

 駆け足で再び元の位置・・・・・・発バ機が固定されている所まで戻ってきたツインターボに声をかける。

 

 「ターボ、反応が少しずつ鈍って来ている。一旦休憩しよう」

 

 「・・・・・・ううん、まだやる。こういう時だからこそ、集中しないと。レースで、最高のスタートをするために」

 

 スポーツドリンクを片手に提案したのだが、当の本人が疲労を振り払うように首を振り、そのまま発バ機の中に入る。

 

 中にウマ娘が入った状態になると、一定時間後にゲートが開く仕様となっている設備。開くまでの時間は毎回ランダムに決定されるため、集中していなければ見事な出遅れを披露することになる。

 

 十数秒後、再びゲートが開き、ほぼ同時にターボが飛び出す。同じ行為をかれこれ1時間近く続けているのだ。集中力に支障が出ても不思議ではない。

 

 トレセン学園の片隅にある、発バ機施設。ゲート難を抱えたウマ娘が、その克服のために使用しに来る場所であるのだが、ゲートの先は数十メートルの直線があるだけの、スタート練習しか出来ない狭い野外施設。レーストレーニングなどは出来ないため、利用者に関してはそんなに多くない。

 

 ましてや、ここ毎日のように時間をかけて練習に明け暮れているのは自分たちくらいだろう。施設の担当員も連日来る自分らを不思議そうな目で見ていたが、深くは追及せずに管理の仕事に戻っている。

 

 出遅れを防ぐ意味ではスタート練習は確かに大事である。しかし、優先度という観点から考えればそこまで時間をかけてやる必要があるかどうかは疑問が残るだろう。初めのコンマ数秒を完璧にするより、スタミナやスピードを鍛えたほうがいい。

 

 勿論、そんな事は俺もターボも承知の上だ。その上で、コンマ数秒を制するために集中的にこのトレーニングを行っている。 

 

 スタートを終え、戻ってくるターボ。その目には、以前までは見られなかった尋常ならざる炎が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「トレーナー、まだトレーニング始めないの?」

 

 2週間前、練習前にミーティングを行いたいので、運動場ではなくトレーナー室に来てほしいと伝達してターボを待っていた俺。放課後、時間通りにやってきた彼女は不思議そうな表情で疑問を呈した。

 

 そんな彼女に、一枚の資料を渡す。はてなマークを浮かべていたターボは、その紙に書かれた内容を読み、表情を引き締めた。

 

 「トレーナー、これ・・・・・・」

 

 「ああ。次のレースだ。1か月後、まだ枠が空いていたオープン戦に登録をしておいた」

 

 硬い表情で俺を見つめてきたターボに、力強く頷き返す。

 

 未勝利の彼女が出走できるものの中で、一番位が高いレース。未勝利バ戦やプレオープン戦は、あえて選ばなかった。

 

 「ターボ。先に言っておく。俺は、『ツインターボが勝てるレース』に登録をした。トレーナーとして、君を勝たせる手段を持ってきたつもりだ」

 

 静かな宣言を口にする俺を見て、彼女が目を見開いた。

 

 「勝てる方法、あるの!?」

 

 俺が言葉をつづける前に目を輝かせ、興奮した表情で迫ってきたターボ。いつもおとなしい姿ばかりだったため、この反応には少々面を食らった。

 

 しかし、すぐに思い直す。一年間、彼女はひたすらに貪欲に勝利を求めていた。喉から手が出るほど欲しい1勝。目先の欲を捨て、GⅠへの道が続いている勝利を渇望していたのだ。その方法が見つかったとなれば、冷静ではいられないだろう。

 

 ・・・・・・一つ息を入れる。喜びを全身で表現するターボをじっと見る。勝つ方法を見つけたということで俺も一緒になって喜ぶと思っていたのだろう。感情を顔に出さない俺を見て、ターボはその笑顔を引っ込めた。

 

 「トレーナー・・・・・・?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべてくる彼女。

 

 ・・・・・・この方法が、本当に正しいのか?この後に及んでまだ不安になる。1年間、あの高川トレーナーを以てしても最後まで輝けなかったターボ。俺みたいな若手が数日で編み出した方法で良くなるのか?思いあがっているのではないかと自問する。

 

 「・・・・・・ターボ」

 

 俺の口から出たのは、心なしか細い声だった。

 

 「正直な所、この方法は賭けに近い。博打も博打、成功するかどうかは分からない。だから、試してみるかどうかは、俺の話を聞いてターボが決めて・・・・・・」

 

 「するよ!!」

 

 後ろ向きの言葉。悩みが含まれた言葉。その迷いを切り裂くように、ターボの声が俺に届いた。

 

 ハッと彼女を見ると、真剣な顔をこちらに向けていた。その目からは、躊躇いというものが少しも見られなかった。

 

 ぐっ、と机越しに身体と顔を乗り出し、ターボが更に続ける。

 

 「トレーナー。ターボのために考えてくれたんだよね。だから、やる。やってみなきゃ分からないから。もしダメだったら、それはその時に考えればいいから!」

 

 力強く言い切るターボを見て、俺は苦笑した。そうだ、まだ試してもいないのに何を弱気になっているんだと。やってみてダメならそれでいい。やる前に諦めるのが一番愚かな選択だ。

 

 「・・・・・・そうだな。すまなかった、ターボ。改めて説明するよ」

 

 

 

 

 

 発バ機でのトレーニングを終えたターボは、坂路のトレーニングに映る。少々苦手としている坂の克服と同時に、スタミナを鍛える練習だ。

 

 汗を拭いながら、何度も何度も駆け上がる。発バ機と同じく、やや単調な作業の繰り返し。嫌になるだろうに、文句の一つも言わずにトレーニングについてきてくれる。

 

 ふぅ・・・・・・と一息を入れる彼女にスポーツドリンクを手渡しながら、次のトレーニングを確認する。

 

 全ては、初勝利のために。

 

 言葉少なくとも1つの目標に向かって、俺たちは並んでまっすぐ進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とうとう、この日が来た。

 

 春から夏へ変わろうとしている季節。太陽は、まだ穏やかな表情で地を照らしている。幸いにも雲一つない、絶好のレース日より。暖かな天候に惹かれるように、本日は重賞レースがないにも関わらず、まばらとはいえそこそこの観客がレース場に集まっていた。

 

 トリを飾るのはオープン戦。ターボが出走するそのレースが、いよいよ間近に迫っていた。

 

 観客席の最前列で深呼吸をする俺は、ターフに佇むターボの姿を見ていた。数十分前、最後のミーティングを終えた彼女は緊張しているように見えた。

 

 「いよいよね・・・・・・」

 

 「ええ・・・・・・」

 

 隣から聞こえてきた言葉に返答する。

 

 俺やターボと同じくらい、いや、それ以上に緊張しているのかも知れない高川トレーナーの姿がそこにあった。

 

 オープン戦出走の連絡を彼女に伝えた所、必ず観戦するという強い返事をいただき、その言葉の通り本日この場所まで来ていた。比較的、トレセン学園の近くにあるレース会場とはいえ電車を使用しなければ厳しい距離である。チームから離れたとはいえ、教え子への想いが強いことが感じ取れた。

 

 「・・・・・・未勝利バ戦でも、プレオープン戦でもない。今のターボちゃんが出ることが出来る中で、一番手強いレース。・・・・・・勝てる方法を、見出だせたの?」

 

 ゲートに入り佇むターボに視線を向けながら質問をしてきた彼女に、逆に質問を返した。

 

 「・・・・・・高川トレーナーは、彼女のどこに惚れてスカウトをされましたか?」

 

 「勿論、あの末脚に惚れて、よ。あの加速力とトップスピードが合わさったラストスパートが決まれば、間違いなく頂点を狙える。彼女の弱点を知った後でも、信じて疑わなかったわ」

 

 「私もです。弱点については後から知りましたが、考えたことは一緒でした。『克服できれば勝てる』『どうやって、あの末脚を生かすか』・・・・・・最初のレース後から、ずっと考え続けていました」

 

 ぎゅっ、と右手で握りこぶしを作る。見れば、ターボも胸元で手を握りしめ、深呼吸をしていた。こういう仕草は似ていたんだなと、どうでも良いことが頭をよぎる。

 

 そう、どんなトレーナーでもターボをひと目見た瞬間そこに惹かれるだろう。彼女の長所を、末脚に活かしたいと思うだろう。

 

 俺みたいな若手でも、当然そう考えた。何とかして、レース本番で発揮できるよう彼女の精神的な感情を克服しようとした。

 

 ・・・・・・だが、ふと思ったのだ。

 

 「最終的な目標は、レースで勝つことです。ターボの場合は、そこに将来はGⅠレースで、という夢が追加されますが」

 

 「・・・?」

 

 話の脈絡が見えなかったのだろう。高川トレーナーが怪訝な表情を浮かべた。そんな彼女に顔を向け、言葉を続ける。

 

 「一旦、まっさらな状態に戻してターボと向き合ったんです。ターボの武器は、先程も言ったとおり加速力と最高速度。それと同時に、スタミナも平均以上はあります。加えて、技術的な部分では大きな弱点はない。・・・・・・そこで一つ、作戦が思い浮かびました」

 

 彼女が、1着を狙える方法が。

 

 言い終えると同時に、ゲートが開く音がした。音につられて、高川トレーナーがターフの方に目を向け・・・・・・

 

 その顔が驚きに染まった。

 

 レースは始まったばかり。おまけに人気バが出走していないオープン戦。にも関わらず、まばらな観客からはどよめきの声が上がった。

 

 その発生源となったのは、小柄な青色のウマ娘・・・ツインターボだ。

 

 握った右手に、更に力が籠もるのを感じた。

 

 彼女はその脚を跳ばしてターフを駆けていた。文字通り、誰よりも速く、遠くまで。そう・・・・・・

 

 

 

 バ群を置き去りにして1人、遙か先を走っていた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「逃げ・・・・・・?」

 

 困惑したようなターボの顔。突如発バ機の練習が取り入れられ、その理由を聞いてきた彼女に俺の作戦を話した。

 

 今までのターボは、その脚を活かすための差し、追い込み型だった。しかし、いくら体力を温存してもラストスパートでバ郡に近づけないことで宝の持ち腐れとなっている。

 

 どうやって末脚を発揮させるか?どうやって精神を克服するか?

 

 その考えを一切捨て、彼女が勝てる方法を1から考え直したとき、浮かんできたのだ。

 

 「バ群に近づかなければ、ターボは本来の実力を発揮できる。ならば、最初から最後まで近づかなければいい。いや・・・・・・『近づけさせなければいい』」

 

 一種の前提を覆す方法。勿論、これは博打の面がある。前半飛ばすのだから、必然的に彼女の最大の武器、ラストスパートでのスピードを殺すことになるからだ。

 

 加えて、精神面の改善にも重きをおいてはいない。逃げ切れずバ郡に飲まれたら最後、萎縮してしまい逆転は絶対にできなくなる。

 

 レナの顔が頭に浮かぶ。彼女は恐怖心を抱えたまま、レースに挑んでいた。その話を聞いて、一歩下がった見方を出来るようになったのだ。何が何でも精神面を改善するやり方から、レースに勝つためにどんな作戦を立てるかというやり方へと。

 

 何より・・・・・・

 

 「実際に走ってみなければ分からないが、この方法ならば十分に『上』を狙えると思っている」

 

 「・・・・・・!」

 

 力強く言い切った俺の言葉を聞き、ターボは目を見開いた。

 

 GⅠを狙える末脚。これを捨てるやり方だ。正気の沙汰ではないと自分でも思う。それでも、発揮できるまで何年かかるか分からない武器に縋るよりも、今この状況で活かせる方法を取る。

 

 その決断をするのも、トレーナーの役割だ。

 

 「・・・・・・トレーナー、お願い。発バ機の使い方を教えて」

 

 数十秒の沈黙。一旦目を閉じ、開いた彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースは進み、ちょうど1000mを過ぎた辺り。

 

 先頭を駆けていたツインターボ。彼女と後続のウマ娘の差が徐々に縮まってきた。最大10バ身以上はついていた差が、今は8バ身ほどだろうか。懸命にターフを蹴っているが、目視で認識できるほどに、間隔が狭まっていく。

 

 逃げウマの宿命ではある。序盤、リードを広めるためにスタミナを他のウマ娘より消費するのだから、どうしても差は詰まる。しかし、その詰まる速度が想定より早い。

 

 (・・・・・・速すぎたか)

 

 じっとターボを見ながら、内心で後悔する。

 

 スタートは完璧だった。それでも、練習の時とは違う、ウマ娘の気迫、足音を聞きながらの逃亡劇。一刻も早くバ群から離れたいと思ったのだろう。幾度ものトレーニングで打ち立てたペース配分を超える速度で序盤を駆け抜けてしまった。

 

 そのツケが今、現実のものとなって少しずつ押し寄せてきている。

 

 (・・・・・・ターボ)

 

 両手の指を組み、祈るような仕草を取る。

 

 もう、これくらいしか出来ない。歓声の中、俺はひたすら彼女の勝利を願っていた。

 

 いくらトレーニングメニューを経てても、いくら指導をしても、レース本番は彼女を見守ることしか出来ないもどかしさ。

 

 内ラチに沿って軌跡を残すターボ。その後ろに迫るバ郡。勝負は、最終コーナーに入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (怖い・・・・・・怖いっ・・・・・・)

 

 近くに聞こえる足音。それが、自身とバ郡の距離が大きく詰まっていることを表していた。

 

 逃げウマにとって必須と言えるスタート技能。元々そこまで苦手でも無かったけど、集中的に発バ機での特訓を組み込んでくれたことで、今までで一番いいスタートを着ることが出来た。

 

 出遅れでもして囲まれたら、絶対に抜け出すことが出来ない。その緊張に打ち勝ち、先頭に躍り出たのまでは良かったけど、その後にミスを犯した。

 

 すぐ後ろに感じる気配。スタート直後だから当然なのだけど、ターボの後ろにはウマ娘の集団が出来ていた。

 

 恐怖を感じる前に足が動いた。一刻でも早く離れようと全力で走ってしまったのだ。結果として大きくリードを取ることにに成功したけど、ペース配分もそれ以上に乱れてしまった。

 

 そのツケが今、形となって間近まで迫っている。

 

 最終コーナーを曲がり切り、後は直線のみ。

 

 観客の声援。熱気。それを感じる余裕はなかった。 

 

 再び感じる気配。振り返るまでもない。突き放したバ群がもう後ろまで近づいてきた。

 

 いつもなら、ここまで溜めてきた脚を爆発させる状況。でも、その貯金は前半で粗方使用していた。 

 

 懸命に脚を動かす。恐怖から逃げるように。一歩でも早く前に進むために。

 

 しかし、それでも差は広がらない。

 

 (これでも、ダメなの?トレーナーが必死に考えてくれたのにっ!ターボのために、頑張ってくれたのにっ!それにターボは応えられないの!?)

 

 思い浮かぶのは、トレーナーの顔。隠していたようだけど、ターボは分かっていた。逃げの作戦を考えてくれた日、トレーナーの目にはクマが残っていたことを。自分のために、睡眠時間を削って新しい方法を編み出してくれたことを。

 

 恐らく女性トレーナーから貸してもらったのだろう。誤魔化すために化粧品が目元に塗ってあった。でも、普段から化粧をしていなかったことで雑な仕上がりになっており、クマを隠しきれていなかった。

 

 指摘はしなかった。不器用に隠してまで、自分に気付かれないように努力をしたものをわざわざ口にするなんて真似、出来るはずがない。

 

 ターボのために頑張ってくれたのだから、ターボも走って返すしかない。

 

 ・・・・・・それすら、出来ないの?

 

 あと400mを切った。ゴールはもう目視できる。それなのに、心にあるのは恐怖心。

 

 どんどんと、足音が大きくなってくる。そこから逃げるように前を向く。

 

 

 

 『彼』が見えたのは、その時だった。

 

 

 

 「あ・・・・・・」

 

 ゴール付近の観客席に、トレーナーがいた。

 

 力強くターボの背を押してくれた人。その彼が、祈るように目を伏せ、うつむきながらも願っていた。

 

 (トレーナー・・・・・・っ)

 

 ・・・・・・何を、不安にさせているのだ『私』は。

 

 (トレーナーは言った。この方法なら、上を狙えるって。それなら、こんな所で躓くわけには行かない!)

 

 後方1バ身も無いほどに迫ってきた足音。もう、距離はない。このまま差し切られたら、負ける。

 

 ・・・・・・そんなの、嫌だ。

 

 キッと顔を上げる。

 

 そうだ、ターボはバ群が怖い。接触が怖い。二度と走れなくなってしまうのが、どうしようもなく怖い。

 

 何度レースに出ても克服できなかった。今まで二人のトレーナーがターボのために手を尽くしてくれて、それでも改善できなかった。

 

 ・・・・・・それでも、走り続けた。

 

 怖いのなら辞めることが出来た。簡単なことだ。学園を去れば、二度とあの恐怖を感じなくて済む。中央トレセン学園は中退後のケアもしっかりと取ってくれると聞いていた。いつでも、レースと無縁の新しい生活を歩むことが出来た。その選択肢をいつでも行使できる状況にあった。

 

 何故、取らなかったのか。理由なんて、簡単だ。

 

 (勝ちたい。ターボは勝ちたいんだ!誰よりも早く駆け抜けたい!頂点のレースで、一番早くゴールしたい!だからターボは走るんだ!どれだけ怖くても、どれだけ足がすくんでも・・・・・・)

 

 

 

 『この気持ちからは、逃げたくない!!』

 

 

 

 脚に再び力が灯る。体力が残っていない身体に、気力が満ちる。

 

 限界だと思っていた状態から、更に身体が前に進む。フォームはどうなっているか分からない。きっと酷い形だろう。歩幅もバラバラだろう。

 

 それでも、この脚は止まらない。

 

 200mを切っても、他のウマ娘が並んでこない。違う。並ぶことが出来ない。

 

 (逃げろ・・・・・・逃げろっ・・・・・・)

 

 トレーナーが考えてくれた、勝利への作戦。走っていて、誰よりも実感できた。

 

 この走り方であれば・・・・・・

 

 観客の歓声をその身で受けながら、ターボは叫んだ。咆哮のような雄叫びがレース会場に鳴り響く。

 

 その残響が消えないまま、ターボは、私は、ゴールラインを突き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まばらながらも、今日一番の歓声がレース会場を支配した。

 

 人々が口々に、あの4番凄いなと口にする。

 

 名前ではなく、ゼッケン番号呼び。まだ彼女の名を覚えている人は少ない。それでも、今日の記念すべき初勝利は確かな記録と記憶となって残った。

 

 「ターボ・・・・・・っ」

 

 大声で彼女の名を呼ぼうとして、声が詰まる。歓喜と共に溢れ出てきた涙を拭き、ターフを見る。息を切らせ、地面に仰向けに寝転びながらも両手を空に突き出しているターボ。その顔には、今まで見てきた中で一番の笑顔があった。

 

 「ターボちゃんっ・・・・・・」

 

 震える声を聞き、隣に視線を移すと、溢れ出る涙を隠そうともしない高川トレーナーの姿があった。

 

 彼女のもとで1年。俺の元で数ヶ月。ようやく届いた教え子の初勝利に涙をこらえきれなかったのだろう。

 

 かくいう俺もそうなのだ。長い間ターボを向き合った高川トレーナーには、俺以上の想いを抱えていたはずだ。

 

 涙を拭いた彼女が、こちらに向き直る。

 

 「・・・・・・ありがとう。あなたのおかげです。私では、あの時無理やり引き止めていても、ターボチャンを輝かせることは出来なかったでしょう・・・・・・」

  

 「違います、高川トレーナー。貴女が1年間、ターボの実力を伸ばしてくれたから今回の作戦を取ることが出来たんです。俺は、最後のひと押しをしただけです」

 

 頭を下げようとする彼女に、本心からの言葉を返す。

 

 仮にターボが最初から俺の所に来ていたとしても、ここまで実力を伸ばすことは出来なかった。高川トレーナーのもとで1年間、スピードやスタミナを始めしっかりと基礎を築き上げたからこそ、選択肢が広がったのだ。

 

 俺は文字通り、最後の1ピースをはめただけに過ぎない。

 

 「それに、まだまだ課題は多いです。ペース配分は勿論ですが、ラストスパートでもフォームに乱れがありました。直していかなければ行けない箇所はたくさんあります」

 

 「・・・・・・そうね」

 

 俺の言葉に、高川トレーナーは一瞬言葉をつまらせた後、言葉の裏の意図を見抜き、同意してきた。

 

 そう、今回のレースは完璧ではなかった。初めて逃げに挑戦したのだから当然ではあるが、課題は山積みだ。逃げは身体への負担が大きい。怪我をしないためにもしっかりとトレーニング段階から修正していく必要がある。

 

 そして、課題が多いということは・・・・・・

 

 「まだまだ、改善できる箇所がある。一つ一つ直していくことで、もっと『上』を狙えます」

 

 力強く宣言する。修正箇所の多さは、成長の余地につながる。不完全な状態でも今回、オープン戦を制すことが出来たのだ。ターボが文字通り逃げを完璧に仕上げられたら、その時立っているレースは・・・・・・

 

 ぐっと拳を握りしめる。

 

 確かな手応えと共に、そう遠くない未来、勝負服を着たターボが先頭でターフを駆け抜ける姿を想像して、今日初めての笑みが溢れた。

 




『この気持ちからは、逃げたくない』
効果:最終コーナー以降、先頭に立っている状態で追い抜かれそうになると、不屈の精神によって速度がすごく上がる。



本日中(恐らく夕方~夜)にもう一話、メジロドーベル短編を投稿予定です。間違いなく問題作です(断言
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