誰だよ年末には投稿する予定とか言った奴。
遅れてしまい申し訳ございませんでした。しかも、当初告知していた内容ではなく筆が乗って完成してしまった短編(カフェトレ♂ではある)になります。
大さじ一杯の甘さと、小さじ半杯ほどの初期設定を混ぜ合わせた短編になります。
「はい、終わったよ。カフェ」
ずっと私の前で跪いていたトレーナーさん。真剣な雰囲気をまとっていた彼は、一つ深呼吸をして体勢を起こす。両肩を軽く回しながら立ち上がり、優しい声で語りかけてきた。
蛍光灯の光に照らされたトレーナー室。シトシトと小雨が降る空模様のためか、分厚い雲に覆われた夕日は室内にまで差し込んでこない。
ありがとうございます、とお礼を言ってソックスを履く。つま先には、先程まで処置をされていた名残である白いガーゼが巻かれていた。
約30分前、グラウンド状態を鑑みて室内トレーニングに切り替えてもらったのだけれど、屋外屋内関係なしに私の体質が顔を覗かせたのだ。
大型体育館での練習が丁度折り返し地点に入った頃、幾度も経験した痛みがつま先に走った。
「カフェ!」
減速し、足を止めてすぐにトレーナーさんが駆け寄ってくる。何度経験しても、この鋭い痛みはどうも慣れない。
右足を少しだけ床に着けた状態で静止する。傍に来たトレーナーさんは、そのまま屈んで私の右足に触れた。靴紐を慎重に緩め、刺激を加えないようゆっくりとシューズを脱がしてもらった。
ちらっと視線を落とす。予想通り、練習用の白ソックスに赤色が付着していた。
「カフェ、失礼するよ」
「・・・・・・すみません」
シューズを持ち、屈んだままトレーナーがこちらに背を向ける。そこに、自分の身体を預けた。
・・・・・・暖かな背中。私の好きな温度。トレーナーの身体に手を回すと、彼は私の両足を支え、立ち上がった。
俗に言うなら、おんぶの体勢。
「足に響くようならすぐに言ってね」
校内を進みながら、彼が声をかけてくれる。その声に応えるように、回している腕に軽く力を込めた。
より密着する身体。昔、父親に背負ってもらった時はその大きな背中に安心感を感じたのを覚えている。
でも、今はそれだけじゃない。
顔を押し付けて、気付かれないように深呼吸。鼻孔から身体の中に入ってくるのは、彼の匂い。おんぶしてもらっている今だけ許される特権を堪能する。
私よりも大きな身体。安心する匂い。そして、高鳴る胸の音。
爪が割れれば、背負ってもらえる。そこに邪な考えを入れてしまった私は、悪いウマ娘だ。
彼は本気で私を心配して、かつなるべく負担にならないようにトレーナー室までの短くない距離を背負ってくれる。
トレーナーさんの善意を踏みにじる、最低な思考。それでも、この幸せを享受してしまう。
雨に長く当たらないように、なるべく屋根がついている通路を選択して通るトレーナー。しかし、できれば雨に濡れたくないと思う気持ちは他の人、ウマ娘も同じ。必然的に皆が似通ったルートを通って移動することになる。
つまり、今の私達の状況を見かける者は多くなるわけで。
「カフェ、少し我慢しててね」
「・・・・・・はい」
人目が増えてきたことを気にしてか、トレーナーが声をかけてくる。その優しさを噛み締め、私は返事を返す。
怪我の度合いにもよるが、ウマ娘の身体はそれなりに丈夫にできている(というより、丈夫でなければあの速度では到底走れない)ため負傷をしてもよほど重いものでなければ1人で歩行、一歩踏み込んでもトレーナーが肩を貸す程度で保健室へ向かう光景を多く見かける。
それ以上に重い怪我となれば、保健室の設備では対応できないため病院直行となる。
何がいいたいかというと、爪が割れる程度の怪我ではおぶって貰う必要なんて無い。先程も触れたが、トレーナーの純粋な善意に甘える形でしてもらっているのであって、普通なら肩を借りるまでもなく1人で歩く程度の度合。
すれ違うみんなが、私達の体勢を見る。驚いたような表情をして、その後私の右足を見てある程度納得した表情を浮かべる。
しかし、他のトレーナーさんたちはそこで視線を外して終わりなのだが、ウマ娘はそこから更に派生する。
じっとこちらを見て、大半の少女たちが同じ色を持つ目線を向けてくる。大なり小なり伝わってくる感情。
『羨ましい』
その思いが、様々な方向から私を捉える。
理由は分かる。それも痛いほどに。
学園在籍のウマ娘はレースに青春を捧げる者たちとはいえ、年頃の少女。私も含めて、気を張ってばかりというわけではない。偶には、誰かに甘えたい。
そんな中、一番身近にいるのはトレーナーという存在。しかも、レースに向けて一心同体、二人三脚で自分を高めてくれる大人となれば、寄り掛かりたいという感情が芽生えるのも時間の問題だ。
しかし、トレーナー側にも都合がある。同性ならまだしも異性、つまり男性トレーナーの場合、担当バとはいえ未成年の少女と距離が近すぎるというのは問題となる。既に家庭を持っている人だって、当然多い。
結果、男性トレーナーは基本的に担当バに対しても事務的な対応になりやすい。なにかの間違いが合った場合、クビが飛ぶのだからその対応は納得だ。
しかし、担当トレーナーが男性だからこそ、少女達の想いはより強くなる。
考えても見てほしい。親元を離れて1人、慣れない寮生活。中央トレセン学園という最高峰の舞台で先輩たちのレースを間近で見て、入学数日でその壁の高さに圧倒される。
更には、同学年との熾烈な競争。今まで地元では常にトップ、神童と言われてきた者たちの集まりだ。ずっと1位を取ってきたウマ娘が、初めて全国での自分の『位置』を知る。知ってしまう。
そんな中で手を取ってくれ、自分のために昼夜関係なくトレーニングメニューを組んでくれる。誰よりも速く駆け抜けたいという想いを汲み、時には厳しい態度で頂きに導いてくれる。誰よりも、自分のことを考えてくれる。
・・・・・・そんな大人の異性が現れて、意識するなという方が無理な話である。
甘えたいのに、距離をとってしまう自身の男性トレーナー。そんな中、こんな光景を見せられたらどう思うか。
・・・・・・ぎゅっ、と更に腕に力を込める。ああ、私は性格が悪い。それも、どうしようもないくらいに。
心に渦巻くのは、大多数の人に見られているという羞恥心。甘えていることでの、他のウマ娘たちへ対する罪悪感。・・・・・・そして、僅かばかりの優越感。
自分は、こんなにもトレーナーさんに大切にされているんだということを、周知の事実として広められる。
醜い独占力。どうしようもないエゴイズム。
(・・・・・・トレーナーさん)
心の中で、大好きな彼を呼ぶ。
私の『普通』を、ありのままを受け入れてくれた人。でも、まだ彼に見せていない『顔』がある。
それは・・・・・・
「カフェ?」
ハッと意識を戻す。先程の光景を思い浮かべすぎて、集中力が疎かになっていた。
まだ痛む?と心配そうに聞いてくるトレーナーさん。また不安にさせてしまったことを恥じつつ、大丈夫ですと笑顔を作って返す。
「良かった、少しでも違和感を感じたらすぐに言ってね」
治療に使った器具を片付けつつ、トレーナーさんが優しく語りかけてくる。
今日のトレーニングは中止。本来なら数日間安静のためトレーニングを休まなければいけないのだけど、幸いなことに今日は金曜日。週末しっかり休めば、週明けからのトレーニングも可能となるだろう。
下手に悪化させないよう、休日はあまり遠出できなくなるがそれは仕方ない。元々大した用事はないし、トレーナーさんに治療してもらった恩を仇で返すようなことはしたくない。
私の体質の問題なのに、『ごめん、僕のミスだ。もっとトレーニング内容を考えるべきだった』と本気で言うような人なのだ。これ以上、彼に要らぬ負担を感じさせたくない。
(ああ・・・・・・)
器具を仕舞い、いつもの業務に戻るため準備をしているトレーナーさん。その後ろ姿をじっと見る。
先程まで私の全てを預けていた背中は、そんなに大きくはない。成人男性の平均から見れば、華奢に見えるその出で立ち。でも、その背中に私は無限の安心感を、そして淡い気持ちを抱いていた。
(・・・・・・トレーナーさん)
今日だけで、何度目かも分からない心での呼びかけ。背を向けたままの彼に届くことはない。それを認識して、ようやく私のもう一つの『顔』をさらけ出すことが出来る。
まだ、見せたくない。だって、あまりにも自分勝手な願いだから。優しい彼に、失望されたくないから。・・・・・・優しい彼なら、無理に受け入れてしまうかもしれないから。
それは、執着心。人より何倍も強い想いを抱くと言われているウマ娘の、最も強い感情。
貴方だけを見ていたい。貴方の全てになりたい。
「・・・・・・貴方しか、見えません」
小さく、小さく呟いた声。私の内なる願いを汲んだのか、その声は彼に届かないまま空気に溶けるように消えていった。
コロナが収まったらまた東方Project聖地巡りに休日を費やすことになると思うので、それまでに書けるだけ書いていきたいと思います。