私だけのトレーナー   作:青い隕石

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諦めない心を教えてくれたのは、他ならぬトレーナーなのだから。



注意事項(必読)

・「あなただけに見せる姿」との繋がりは一切ありません。独立した短編です。

・1話完結です。

・メジロドーベル→トレーナー(男)です。シリアスです。今まで投稿した短編とは毛色が違います。(あらすじ詐欺)






消えない想い

 

 ふと、感じることがある。

 

 トレーナーの事ばかり考えるようになったのは、いつ頃だろうか?と。

 

 契約を結んですぐでは無かった事は覚えている。

 

 男嫌いであり、男性恐怖症。私の抱えている気性が原因で、最初の半年間は会話すら碌にできなかった。それどころか、根気強く距離を近づけようとしてくる彼に対して、反発からひどい言葉を投げかけてしまったのは一度や二度ではない。

 

 彼の真摯な思いに触れ、少しずつではあるが心を通わすようになったのが2学年の初めあたりからだった。

 

 本格的にレースに出るまで、長い時間がかかってしまった。それでも、3年目にはG1レースを制することが出来たし、URA決勝では憧れのエアグルーヴ先輩と戦うことが出来た。結果は一歩及ばなかったが、自分の全てをぶつけることが出来たと自負している。

 

 大激戦となったそのレースが繰り返しメディアに取り上げられるのは少々、いや結構恥ずかしかったが。

 

 現在はドリームリーグに籍を移し、しのぎを削っている。ここに在籍するは伝説の存在。シンボリルドルフ会長。マルゼンスキー先輩。オグリキャップ先輩。ミスターシービー先輩。・・・・・・。1人1人が歴史に名を刻んだウマ娘だ。

 

 中には、選手としての全盛期を過ぎた方もいる。身体的にはこちらが有利なはずなのに、レースが始まるとついていくだけで精一杯。新たな舞台に挑んでからは、入賞するのが精一杯・・・・・・そんなレースが続いている。

 

 トゥインクルシリーズとは文字通りレベルが違う、一騎当千の強者が集まる夢のリーグ。3年間培ってきた自信も、技術も、見事に跳ね返された。しかし、だからこそ全身全霊で挑む価値がある。偉大な先輩を超えるため、私は今日も練習場でターフを駆ける。

 

 ・・・・・・負け続けていた3年前は、自分がこの場所に立てるだなんて思いもしなかった。

 

 気性難で、どうしようもなかった私。それを変えてくれたのは、間違いなくトレーナーだ。

 

 「・・・・・・ふっ!」

 

 気合いを込め、ラストスパートを突っ切る。目の前の景色が、急に縮んだような感覚。ゴールラインまでの直線を、私は最高速度で駆け抜けた。

 

 次の勝負は再来月。先々週のレースでは入賞することが出来たが、末席という当落線上、それもハナ差で何とか掴んだものだ。まだ1着を手に入れるには程遠い。時間があるとはいえ休む余裕はないのだ。

 

 夕日は既に沈み、徐々に暗闇が広がってきている。トレーニングの最終項目、2000mの模擬走を立った今走り切った私は、息を整えながら後ろを振り返る。

 

 「どうだった?トレーナー」

 

 「素晴らしいタイムです。前回レースの時より更に縮んでいます」

 

 目線の先には、タイムウォッチを見ながら私の質問に返答をしてくれた・・・・・・私のトレーナーがいた。

 

 「今日は調子がいいみたい。何ならもう一回」

 

 「駄目ですよ、メジロドーベルさん。ただでさえ、明日が休日ということでいつもより長めのトレーニングを組んでいるのです。これ以上の負荷をかけることは許可しません」

 

 「・・・・・・分かってるわよ」

 

 丁寧で、それでいて意思を秘めた確固たる口調に私は渋々賛同する。

 

 「時間も遅いので、本日はミーティングも省略しましょう。ここでトレーニングを終了とします。来週に向けて、ゆっくりと体を休めてくださいね」

 

 こちらを見て優しく微笑む彼。その表情を直視してしまい、慌てて顔を逸らした。

 

 メジロドーベルさん?と不思議そうに聞いてきたが、こちらはそれどころではない。

 

 ・・・・・・ごらんの通り、いつからかは覚えていないがはっきりとわかることが一つある。

 

 今の私が、トレーナーに恋心を抱いているということだ。

 

 以前の男嫌いな自分に、今の私の姿を見せたら卒倒してしまうのではないかと思ってしまう。でもしょうがない。本当に好きになってしまったのだ。

 

 3年前も目を合わせることが出来なかった。契約を結んだことで一番身近な異性となったトレーナーに恐怖を抱き、なるべく顔を見ないようにしながらトレーニングをこなしていた。早く時間が過ぎ去ってくれとさえ思った。

 

 それが今では、違う理由で顔を直視できない。・・・・・・走った後だからという理由で、私の顔が赤くなってしまった訳を誤魔化すことは出来るだろうか?

 

 そっぽを向きながら、ぶっきらぼうに答える。

 

 「何でもないわ、じゃあね。トレーナーも早く休みなさいよ」

 

 トレーナーの返事も聞かず、速足で立ち去った。

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び、夕食を食べた後の自由時間。

 

 自分のベッドに顔を埋めながら、毎日のように反省を繰り返す。

 

 また、彼につんけんした態度を取ってしまった。もっと接したいと思っているのに、口に出てくるのは棘のある言葉ばかり。性別が違うだけで何故こんなにも変わってしまうのか、自分でも分からない。

 

 快く思われてはいないだろうな、と考えてしまう。漫画ではツンデレというジャンルがあるが、あくまでそれは創作の世界。実際にこんな当たりの強い女がいたらはた迷惑なだけだろう。それ以前に私の態度、ツンデレのデレの要素が皆無なわけで・・・・・・。

 

 はぁ、とため息を吐く。

 

 手に取ったスマホを開く。あんな会話をした後でも、トレーナーとつながりたいと思ってしまう。

 

 口に出すと緊張してしまう。でも、文字でならば恥ずかしい思いをするだけで伝えることは出来る。

 

 アプリを起動して、彼にメッセージを送る。

 

 『トレーナ-、突然だけど明日空いてる?トレーニング用の蹄鉄シューズを購入したいから付いてきてほしいのだけど・・・・・・』

 

 ポン、と音を立てて短い文章が送信される。

 

 異性に慣れたいから、という結構無理がある理由で休日にトレーナーとのお出かけを行っている。去年から始まって約1年。何かと用事を見つけてはトレーナーに付いてきてもらっている。

 

 中にはトレーナーがいなくてもできる用事もある。というより、そちらの方が多い。なのに彼は嫌な顔一つせず承諾してくれる。

 

 優しい。本当に優しすぎる。

 

 ただ・・・・・・

 

 

 

 『申し訳ありません。明日は外せない用事がありまして・・・・・・至急必要となるものでしょうか?』

 

 

 

 帰ってきた返事。そこには丁寧な文章で断りの文字が表示されていた。

 

 指を動かし、すぐに返信をする。

 

 『分かったわ。別にすぐには大丈夫だから。また今度頼むわね』

 

 メッセージを送って、ベットから起き上がる。スマホを机の上において、ふぅ、と息を吐く。

 

 だいたい2か月に1度。ある一定のペースで彼は、私の誘いに断りを入れている。それは仕方ない。無理なお願いしているのはこちらの方だ。

 

 ただ、ふと気になったのだ。どんな用事があるのだろうかと。

 

 最初は重要な会議なのかと思った。しかし、断りを入れた日は、彼は学園にいないことが分かった。トレーナー室にも、トレーナー寮にもいない。

 

 一定のペースで訪れる、外せない外出の用事。それでいて、具体的に何の用事なのかは書いていない。

 

 2ヶ月ほど前、そこまで考えてふと閃いた。閃いたというよりはただの勘なのだが、その想定はすぐに私の心を埋め尽くすこととなる。

 

 

 

 トレーナーの外せない用事。それはデートなのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生憎の曇り空となった翌日、私はトレセン学園を離れた街にいた。

 

 電車を乗り継いで30分。都心というよりは郊外都市に近い場所。出発当初、私はこの街を目指していたわけではない。そもそも、名前は知っているだけで初めて来た土地だ。

 

 ぐっ、と帽子を深くかぶり直す。ウマ娘の耳をコンパクトに仕舞い込める仕様であり、これを付ければ人間かウマ娘か、見分けることは難しい。どのみち尻尾で一目なのだが、正面からの目は誤魔化すことが出来る。

 

 加えて度の入っていない眼鏡も掛けている。私を知っている人でも、『ウマ娘』だという先入観があるためそう簡単にはバレないはずだと自負している。

 

 ・・・・・・そもそも、変装だなんて初めて挑戦したため自信も何もないのだが。

 

 初めて訪れる場所に、変装スタイルで来るウマ娘。客観的な事実だけを書けば怪しいことこの上ない。おまけに、元来の性格からか挙動不審な動作も無意識の内に見せているだろう。

 

 本当はマスクもつけたかったが、そうした場合今度こそ不審人物として呼び止められる可能性があったため自重した。今回の目的は、数分の無駄すら許されない。

 

 人通りがそれなりにある歩道を、静かに歩く。闇雲に歩いているわけではない。『彼』が通った道を重ねる様に進んでいる。

 

 前方の視界、自分より数十m先に自分の見知った人物がいた。まさか自分の担当ウマ娘に尾行されているなど夢にも思っていないだろう彼・・・・・・私のトレーナーだ。

 

 彼との距離をつかず離れずの状態で、学園からここまで隠れてついてきた。理由はただ一つ、彼の大切な用事をこの目で確かめるため。

 

 いくら予想を立てても所詮は勘から得た発想。私の考えが正しいのかどうか、実際に目で見なければ真相は分からない。

 

 そのために、あらかじめ変装装備をこっそりと購入した。準備が整った後の、彼の初めての用事となるタイミング、今日に追跡を決行したわけだ。

 

 直接聞けば一番手っ取り早いのは重々承知だ。でも私はその方法を取らなかった。

 

 いくらさりげなく聞いたところで、彼に彼女がいると知った瞬間、ポーカーフェイスでいられる自信がなかった。

 

 そもそも、プライベートでの会話を振る経験があまりない。出かけている時だって、いつも話題の提供をしてくれるのはトレーナーからだ。普段自分から会話をしてこない私がいきなり彼女がいるかどうか聞いてきて、その返答に動揺する・・・・・・どんなに察しの悪い人でも、私の気持ちがバレてしまうだろう。

 

 そうしたら、もう二度と以前の関係には戻れなくなってしまう。表面上は元に戻ったとしても、ギクシャクした空気は払拭することは出来ない。

 

 それなら、こっそり確認すればいい。彼がデートしている姿を見るだけでいいのだ。そうすれば私の恋が終わったことを知るのは私だけ。寮に帰ってどんなに泣いても、彼にバレることはない。

 

 未だにトレーナーは、練習中私との会話がぎこちないのは男嫌い、男性恐怖症が原因だと考えている。その二つを未だに抱えているのは事実なのだが、トレーナーとまっすぐ会話できないのは違う意味で緊張してしまうから。・・・・・・ともかく週明け、私の様子がおかしくても気を遣って深くは追及してこないだろう。追及されなければ、隠し通せる自信はある。

 

 彼女がいてほしくない。心から私は願っている。

 

 

 

 ・・・・・・しかし、実を言うと半分ほどその願いを諦めている自分がいる。

 

 

 

 足を止め、通行の邪魔にならないよう歩道の端による。その場で静止したまま、スマホをいじるふりをしながら目線を先に向ける。

 

 前を進んでいたトレーナーが立ち止まったためだ。いや、立ち止まったというよりは声をかけられ呼び止められたと言う方が正しい。

 

 トレーナーを呼び止めたのは、二人組の女性だった。どちらも20代前半に見える。まだ残暑の厳しい季節ということもあってか、女性らしさを強調した薄手の服を着ている。そんな彼女たちが、トレーナーにぐいぐいと迫っているのが見えた。

 

 ウマ娘の耳は、こんな遠くからでも会話を拾ってしまう。

 

 『よろしければ、今から私たちと・・・・・・』

 

 そんな言葉がしっかりと耳に入ってきた。

 

 口調が丁寧で、優しいトレーナー。そんな彼の特徴はまだまだある。そのうちの一つが、彼が、その・・・・・・びっくりするほどのイケメンだということだ。

 

 入学当初、男嫌い真っ只中だった状態の私ですら彼の顔立ちに関しては非常に整っていると思ったほどだ。カッコいい系というよりは、その性格を体現するような王子様系と言うべきか。

 

 以前、大手の女性向け雑誌にトレーナー特集が組まれたことがあるのだが、彼の特集ページ数及び発売後の評判が一番大きかったことが、その裏付けとなっている。

 

 学園でのトレーニング中、隙あらば私のトレーナーに話しかけてくるウマ娘が毎日のようにいる。その度に彼は『申し訳ありません。担当バがトレーニング中ですので・・・・・・』と断っているのだが、一向に数が減らない。最近では、私がトレーニング合間の休憩時間の時に、訪ねてきたウマ娘と会話をする彼を見かけた。

 

 以前の私であれば、これ幸いと半ば無視してトレーニングに打ち込んでいただろう。でも、今となっては無理だ。

 

 彼が他のウマ娘と、いや、女性と話している姿を見るたびに心が痛む。

 

 頭では理解しているのだ。彼は、どんな人でも誠実に対応する。現に今だって、彼女たちの誘いに対して謝罪しながら丁寧に断っている。恐らくは初対面、いきなりナンパ(逆ナンパ?)してきた女性に対しても真摯に応える。

 

あんなに跳ねっ返りだった私にすら根気強くここまで付き合ってくれているのだ。好意を持って話しかけてきた者に優しく返答するのは、彼にとっては当たり前のことなのだろう。

 

・・・・・・それでも、嫌だった。他の女と話さないでほしい。その優しさを、微笑みを、私以外に見せないでほしい。心に黒い感情が湧き出てきそうになって、パチンと両手で頬を叩いてよこしまな想いを振り払った。

 

 トレーナーを見ると、二人組が渋々と引き下がっていくのが目に入ってきた。それでも名残惜しそうに、頭を下げた後に再び歩き出すトレーナーを目線で追っている。

 

 二人だけでなく、彼と道をすれ違う女性の大半が惹かれるように彼を見る。一時的なことではなく、ここまでの道筋でずっと起きていた光景だ。

 

 容姿端麗で、誠実で、優しい男性。漫画の世界から出てきたような、そんな人なのだ。はっきり言って、彼女がいない方がおかしい。誠実なトレーナーだからあり得ないことなのだが、仮に複数人いたとしても納得できてしまう。

 

 でも・・・・・・

 

 「・・・・・・やだな」

 

 ぽつり、と無意識に言葉が漏れる。

 

 初めて意識した異性。その彼に手が届かないと分かった場合、私はどうすればいいのだろうか?

 

 そうやって考え事をしていたせいだろうか。一瞬、トレーナーの姿が視界から消えそうになった。

 

 慌てて集中すると、トレーナーは歩道に隣接した店に入っていくところだった。完全に入店したのを確認し、遠巻きにどんな店か確かめる。

 

 もし飲食店だった場合、このお店で待ち合わせしているのかなと思ったが、そうではなかった。

 

 ガラス越しの店内。そこはフラワーショップだった。

 

 (・・・・・・え?花?トレーナー、デートに花束を持っていくつもりなの!?いやそんな昭和な・・・・・・でもマルゼンスキーさんあたりだったら喜ぶのかな・・・)

 

 トレーナーはデートに行く、という想定が頭にあったためか、とんでもない方向に思考が飛んで行ってしまった。おまけに偉大な先輩を心の中で勝手に貶してしまった。

 

 申し訳なさを覚えること数分。買うものが決まっていたのかすぐにトレーナーが出てきた。右手には、購入した花束がある。

 

 距離を保ちつつ、何気なしに購入した花を遠目で確認し・・・・・・

 

 

 

 「・・・・・・え」

 

 と、小さい声が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街並みを外れた道を歩き始め、20分。

 

 建物は少なくなり、辺りには草木が増えてきた。

 

 一本道を振り返らずに歩くトレーナーと、それを追う私。その構図が崩れたのは、彼が目的地に着いた時だった。

 

 短い坂を上り始めるトレーナー。彼が登り切ったのを見て、私も音をたてないように後に続く。

 

 声は出さなかった。尾行しているのだから当然なのだが、彼の目的地を推測出来た瞬間から、出すことが出来なくなったという方が正しい。 

 

 坂を上がり、少し離れた木々の裏に身を隠した。足元には、関東では珍しい紫苑の花が咲いている。

 

 

 

 一度息を整え、トレーナーを見る。

 

 

 

 この場所は、墓地。トレーナーは、一つの墓石と向かい合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「久しぶり」

 

 ここに来て最初に言うのは、決まってこの言葉。

 

 前回訪れてから、ちょうど二か月。本来ならお盆に来たかったのだが、夏合宿と被ってしまい物理的に不可能だった。その後も休日出勤が重なり、ここまでずれ込んでしまった。

 

 穏やかな風が、草木の匂いを運んでくる。微かに感じる甘い香りは、花だろうか?

 

 手に持っていた菊の花束を、墓前に添える。比較的長持ちする花であり、邪気を打ち払うと古来より重宝されている花。アジアやヨーロッパの一部でも葬儀、供養の花として取り扱われているという。

 

 ・・・・・・全て、フラワーショップの店員さんの受け売りではあるが。菊の花についてだけ、やたらと知識がついてしまったなと内心苦笑する。

 

 「・・・って、花の話をしても分かんないよな。君も花より団子みたいな性格・・・・・・これ言ったら怒ってきたけど、実際そうだったからしょうがないじゃないか。ね、イノ」

 

イノ、と彼女を呼ぶ。名前を呼んだ瞬間、心に少しだけ波が起きた。

 

 小さな灰色の墓石に、彼女の面影はどこにもない。それでも、君はこの下で眠っている。

 

 目を閉じるだけで、鮮明に浮かんでくる君の姿。しばしの間、空想の光景に意識を預ける。

 

 小学校での開かれた運動会でのかけっこ。クラスに数人いたウマ娘での勝負となったけど、君は決まって、ぶっちぎりの最下位。もー!と悔しがりながらも走り切って笑顔を浮かべていた姿を見て、自分も自然と笑顔になった。

 

 中央トレセン学園の入学試験に自信満々で受けに行き、余裕で不合格となって不機嫌になったイノ。中学校生活、最初の2か月間は落ち込んでいた君の対応に付きっきりだったことで、回復したころには学校のみんなに二人組として認知されていた訳だが。

 

 まあ、あながち間違っていない。小さい時から、ずっと一緒にいたのだから。

 

 引っ込み思案だった自分を、イノはぐいぐいと引っ張ってくれた。一緒にいるのが楽しい、ではなく一緒にいるのが当たり前だった。

 

 『見ててよね!絶対高等部の編入試験に合格してやるんだから!それでゆくゆくは日本一のウマ娘になってみせるからね!』

 

 中学校の3年間、それが口癖だった。ウマ娘の中で一番足が遅かったのに、本気で頂点を狙っている君がいた。絶対の自信を持つその姿が、自分にはとても眩しかった。

 

 恋仲になった時期は、実は覚えていない。傍にいることが当たり前すぎて、告白といったイベントもなかった。一緒に帰り路を歩いて、休日はどちらかの家の部屋で一日中過ごして・・・・・・一人でいる時間よりも、二人でいる時間のほうが長かったかもしれない。

 

 トレーナーの勉強を始めたのも、中学生頃からだった。深い意味はない。ただ、これからもずっとイノと一緒にいるのだから、それなら彼女を支えられるような職に就きたいと思っただけだ。

 

 『もうっ。勉強をして試験に受かっても、それって何年後の話でしょ。その頃私にはとっくにトレーナーがいて、あらゆるレースを総なめよ』

 

 『ん~・・・イノのことだし、トレーナーからスカウトされる光景が浮かばないというか・・・だからまあ、自分が合格したら拾ってあげるよ』

 

 『何おぅ!見てなさい!入学1か月後にはトレーナーに取り囲まれてスカウトを懇願されている私の姿があるんだからね!!』

 

 部屋でトレーナー試験のテキストと向き合っている自分。その背中に抱き着いて僕の肩に顎を乗せてくるイノ。彼女がそばにいると、不思議と安心感を覚える。

 

 肌寒い3学年の冬。イノは中央トレセン学園の高等部編入試験を受験することが決まっており、もし結果がダメであれば既に合格している地方トレセン学園に進むと明言していた。

 

 自分は近場の高校への進学。どちらにせよ、寮生活となるイノとは離れ離れになってしまう。寂しさはあったが、お互いがお互いの夢に向かって進むのだ。それに、連絡なら毎日取ることが出来る。

 

 編入試験の朝。イノはいつも通り自信満々で家を出発し、その姿に苦笑しながらも自分は彼女を見送った。

 

 

 

 ・・・・・・まさかその光景が、イノの最期の姿になるだなんて思いもしなかった。 

 

 

 

 「交通事故で亡くなる人は、年間数千人・・・・・・。知ってはいたけど、まさかイノがその該当者になるだなんて思わなかった」

 

 ぽつり、と墓に向かってつぶやく。信号無視をして突っ込んできた車に、運悪く歩行者が跳ねられる。交通事故の内容としては、よくある事象なのかもしれない。そのよくある事象で、自分はイノを永遠に失った。

 

 一報を聞いた時は、理解できなかった。頭が、その悲劇を理解することを拒否していたのかもしれない。火葬を経て、遺骨となった彼女が墓に眠って、葬式が終わって・・・・・・ずっと、今が現実ではないかのような気がしていた。随分長い夢をみているのだなと思った時もあった。

 

 イノがいない生活。一緒にいることが当たり前だった君が、もう存在しない。トレセン学園は中央地方問わず寮生活だから、今は寮にいるのではないかと思った。毎日毎日電話を待ったけど、君の携帯からは掛かってこなかった。

 

 色彩の無くなった世界。幸いというべきか、自分にはトレーナーとしての才能があったようで高校在籍中に中央トレセン学園のトレーナー試験に合格することが出来た。高校生での合格は前代未聞のことだと一時期話題に取り上げられたりもした。

 

 卒業と同時にトレーナー業の第一歩を踏み出し、そのまま現在に至る。長いようで、短かった日々。

 

 「そういえば、言ってなかったかな・・・・・・自分の担当バ、メジロドーベルさんが今はドリームリーグでしのぎを削っているんだ。うん、絶対に諦めない心の強さを持ったウマ娘でさ、・・・・・・」

 

 そういう所は君と似ているかな、という言葉を飲み込んだ。

 

 「・・・・・・ダメだな。やっぱり、どうしても君の面影を探してしまう。トレーナー業をしていれば、ひょっこり出てきたイノと会えるんじゃないかと、ね・・・・・・」

 

 君はここに眠っているのに、まだそんなことを考えてしまう。

 

 以前、同僚が持ってきた雑誌に自分のことが大々的に紹介されていた。どうやら自分は『王子様』と世間から言われているらしい。

 

 笑ってしまう。こんな、未だに一人の女性の影を追い続ける女々しい自分のどこが王子様なのか。未練を断ち切れない自分は、亡霊という呼び名の方が相応しい。

 

 「・・・・・・未だに、探してしまうんだ。仕事中でも、休日でも。10年近くたっているというのに、未練がましいよなほんと」

 

 暗い感情を、自虐めいたセリフと共に吐き出す。

 

 ずっとこのままではいられないと、色んな事をやった。平日は仕事に集中し、休日は様々な趣味を試してみた。

 

 でも、ほとんど効果はなかった。20歳になってから手にしたお酒やタバコは、1週間も続かなかった。好きなスポーツ観戦をしていても、熱中することは出来なかった。

 

 旅行だけは2年ほど続けられた。まだ見ぬ土地への高揚感を感じ、この気持ちを持ち続けられればと期待した。

 

 ・・・・・・見知らぬ土地にイノがいるのではないかと無意識に探していた事に気づいてからは、高揚感がさっぱり無くなってしまった。 

 

 振り払って、前を見て歩こうとした。こんな情けない姿を見せていては、イノも安心して眠ることが出来ないだろうと。

 

 頑張った。自分なりに頑張った。でも、無理だったみたいだ。

 

 「イノ」

 

 一つ、深呼吸をして語り掛ける。先程から続くのは、自分の独り言。墓から返ってくる返事はない。だから、一方的に宣言をする。

 

 「僕も、そっちへ行くよ」

 

 風が吹く。自分と墓石の間を通り過ぎるように、強い勢いで駆け抜けていく。

 

 「君のいない世界で生きるのは、もう無理みたいだ。勿論、やることは全部終わらせるよ。担当バのメジロドーベルさんとの契約満了までは頑張ってみる。一介のトレーナーとして、自分の全力をかけて、彼女を今以上に輝かせて見せる」

 

 恐らくは、あと5、6年ほど。メジロドーベルさんも、よくこんな自分に付いてきてくれた。男嫌いであるにもかかわらず、今でも自分に従ってくれている。途中で投げ出すなんてことは出来ない。

 

 だから、それが終わったら・・・・・・

 

 「・・・・・・だからさ、待っていてほしい。イノ」

 

 彼女に語り掛ける。暖かい風が、添えた菊の花束を揺らす。頭を下げ、踵を返した。そちらに行ったら、多分ぶん殴られるだろう。何故自分から命を絶ったのかと。

 

 それでも、行こうと思う。どの道、イノに会えるのなら未練はない。家族も、自分が就職してすぐに亡くなってしまった。身寄りもいない。君と一緒になれるのなら、この世で思い残すことは、何もない。

 

 最後に振り返り、一言だけ呟いた。

 

 

 

 ・・・・・・多分、そんなには待たせないと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白一色だった雲が、灰色を纏い始めている。

 

 強くなった風が、私の髪を撫でる。目的地のないままに、どこまでも、どこまでも吹き進んでいく。

 

 今、墓地にいるのは私一人だけ。トレーナーは、お墓参りを済ませて既に立ち去っている。最後まで、私の存在には気づく気配すらなかった。

 

 ゆらゆらと歩みを進め、墓前の前で足を止める。そこは、先程までトレーナーが立っていた場所。

 

 トレーナーが持ってきた花束が添えられている墓石。そこには『ライフイノセンス』という名が刻まれていた。

 

 ライフイノセンス。彼が、イノと呼んでいたウマ娘。

 

 彼の会話は15分くらいだっただろうか。街にいたときは人込みもあって、断片的な言葉しか拾えなかった。でも、今回は街外れにある小さな墓地。風と虫の音のみが支配する場所では、私のウマ娘としての聴力が、彼の言葉を全て捉えていた。

 

 捉えていたからこそ、分かってしまった。彼の想いが。

 

 「・・・・・・トレーナー」

 

 ぼそっとつぶやく。その言葉に応えてくれる彼は、ここにはいない。

 

 彼の声は、静かだった。それでいて、叫びを伴うような感情が籠っていた。

 

 普段のような、相手を気遣う丁寧な口調ではない。遠慮のない会話。自分の全てを吐き出したような、そんな言葉だった。きっと、あれが彼の本当の姿なのだ。

 

 私や、他の人には決して見せなかった、きっと『彼女』にだけ見せていた姿。

 

 「・・・・・・失恋、しちゃった」

 

 ぽた、ぽた、と涙が溢れてきた。痛みからでも、悔しいからでもない。

 

 ただただ、美しくて悲しかった。二人のあり方が。今でも彼女のことを思うトレーナーが。色彩を失った世界でここまで頑張ってきたトレーナーが。

 

 女々しいだなんて感じなかった。あれだけ一途に想い続けるトレーナーが、そしてその愛を受ける彼女の関係が、泣きたくなるほどに眩しかった。

 

 「トレーナー・・・・・・本当に、後を追うの?」

 

 最後の言葉を思い浮かべる。トレーナーとは、私がレースを引退するまでの契約を結んでいる。彼の言った通り、私の残りのレース生命は、長くても10年まではいかない。今が全盛期であり、あと数年で身体的な衰えが始まってくる。

 

 現実的な目安としては、20代中盤くらいに引退する可能性が高い。勿論、怪我や故障を抱えた場合はもっと短くなる。

 

 まだ先の話とは言え、必ず『その時』はやってくる。私の引退、それはすなわちトレーナーとの契約が解除される時であり・・・・・・。

 

 「・・・・・・嫌だ」

 

 心からの本心が漏れる。あなたを知ってしまった。あなたの優しさに触れてしまった。あなたがいない日常なんて、もう考えられない。

 

 でも、いくら私が思ったところで、トレーナーはいなくなってしまう。彼も言った通り、契約中は私に対して全力を注ぐ。それでも、心に持った想いはこれからも、そしてこれからも彼女に向き続けている。

 

 契約解除と同時に、メジロ家で強引に抱え込めれば・・・・・・一瞬考えたが、すぐに首を振る。強引に彼から命を絶つ手段を奪いメジロ家に連れ込んだとして、その先はどうなる?トレーナーはお金にも、地位にも欲がない。

 

 何より、彼女の元へ行こうとする手段を奪った私に、メジロ家に対してどんな感情を抱く?・・・・・・考えなくとも容易に想像できる。

 

 「私は、トレーナーが好きなの」

 

 彼の前では、絶対に言えない言葉を口にする。トレーナーが好きだ。心の底から好きになってしまったのだ。

 

 ・・・・・・それなら、好きになった人の気持ちを尊重するべきなのでは?

 

 ぎゅっ、と右手を握り締める。強く握りすぎたせいで爪が手のひらに食い込み血が流れてきたが、今の私は気づけなかった。

 

 彼のことを想うのなら・・・・・・

 

 

 

 

 

 トレーナーを諦める?

 

 

 

 

 

 「嫌だっ!!」

 

 絶叫が墓地に木霊した。遠くの木に止まっていた鳥が、声に反応して一斉に飛び立っていく。

 

 ふー・・・・ふー・・・と肩で息をする。心の荒波が、とめどなく私を揺さぶっていく。

 

 諦める?冗談じゃない。一度ダメならもう一度。またダメでもやり方を変えて再び挑んでいく・・・・・・諦めない心を教えてくれたのは、他ならぬトレーナーなのだから。

 

 トレーナーの気持ちは先程痛いほど伝わってきた。彼がもう、この世界に希望を持っていないことを。色のない世界で生き続ける意味を、失くしてしまったことを。

 

 そんな彼を思い留まらせるにはどうすればいいのか?簡単だ。

 

 「・・・・・・私が、彼の生きる理由になる」

 

 静かに、小さな声で宣言をする。

 

 残りの期間、トレーナーと一番接することとなる異性は、私だ。トレーナーとウマ娘の関係であれば、一日の大半を一緒にいても何らおかしくはない。

 

 その残された時間で、絶対にトレーナーを振り向かせる。今、トレーナーから彼女に向いている気持ちを、必ず私へと向けさせて見せる。

 

 言葉にするのは簡単だ。でも、実際にするとなると、こんなに困難なことはない。

 

 きっと今まで何度も告白を受けたはずだ。私なんかより容姿も、性格も良い人ともたくさん会ってきたはずだ。でも、そんな中でも彼は想いを貫き通している。

 

それでも諦めたくない。トレーナーに生きていてほしいから。トレーナーとずっと一緒にいたいから。

 

 

 

 だから私は、最後に『彼女』に対して宣言をする。

 

 

 

 一つ息を整え、一旦閉じた目を開く。私の目の前には、変わらずに墓石がある。

 

 その墓に向かって、静かに頭を下げる。

 

 「・・・・・・初めまして、ライフイノセンスさん。私は、メジロドーベルと申します。目の前で叫んでしまった事、謝罪します」

 

 この場所で眠っている、彼女への言葉。届いているのかどうかは分からない。だからこれは、私の一方的な意思表明だ。

 

 「トレーナーとあなたの強い絆が、あのわずかな時間からでも伝わってきました。トレーナーの気持ちは、あなたに向いている。あなたの気持ちも、きっとトレーナーに向いているのだと思います・・・・・・」

 

 一泊、言葉を止める。目をしっかりと開き、再び紡ぐ。

 

 「あなたから、トレーナーを奪います」

 

 抑揚のない声が出る。静けさが増す土地で、その声は溶けるように響き渡り、消えていく。

 

 「残りの期間で私は、トレーナーを振り向かせて見せます。たとえ実っても実らなくても、私は死後、地獄に堕ちるでしょう」

 

 これだけ想い合う二人の仲に、割って入ろうとする行為。結果がどうなろうと、天国には行けない。『人の恋路を邪魔するものはウマ娘に蹴られて死んじまえ』・・・・・・全くもって、その通りだ。死後どころか、碌な死に方もしないだろう。

 

 「きっと、許せないでしょう。私自身、許してくれだなんて思っていません。ただ、私にはトレーナーが必要なんです。彼がいないと生きていけないんです。だから私は、私のために行動します」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

 顔を上げる。最初の時と変わらない、菊が添えられたお墓。私は最後の言葉を届けた。

 

 

 

 「私が、トレーナーの生きる意味に、なってみせます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつぽつと、雨が降り始める。

 

 二人の人物が訪れた墓地には、もう誰もいない。

 

 墓地の端に咲いていた、ゆらゆらと風に揺れ、雨粒に打たれる紫苑の花。その花だけが、最初から最後まで、二人を見守っていた。

 

 

 




紫苑・・・キク科シオン属の多年草。

花言葉は「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を想う」




~以下、あとがき~

難産でした。
情緒をぐちゃぐちゃにしなければ筆が進まなかったため、

you -癒月ver-  (ひぐらしのなく頃に)
竹ノ花      (東方vocal、凋叶棕)
ヒメゴトクラブ  (〃)
すぐ傍にある未来 (〃)
嘘と慟哭     (〃)
消えない想い   (FGO)

をエンドレスリピートさせながら書き進めました。後半のほとんどは、youと竹ノ花で乗り切りました。音楽の力凄い・・・。

次こちらの短編で書くとするなら、(ようやく)カフェになりそうです。想定では1話完結になります。
ただ、沖スズ短編を更新していなかったので、しばらくはそちらに力を入れます。

・・・・・・正直な所、未だカフェの性格を掴みきれていない部分があるので、実装してほしいなあと。明日はカワカミさんだったので、次に期待します。

改めて振り返るとトレーナーの心情、『聲』(天野月子)の歌詞が1番近いのかなあと。



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