私だけのトレーナー   作:青い隕石

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以前執筆した作品

「なあドーベル、もう男慣れのトレーニング必要ないんじゃないか?」

の続編となります。


最新投稿話
「なあドーベル、やっぱり男慣れのトレーニング必要ないんじゃないか?」


 

 人生というのは、得てして予測ができないものだ。

 

 どれだけ準備していても、備えていても、想定外の事態は発生するのだ。

 

 その時、考えていなかったから、で対応できないようではマズイ。

 

 だからこそ必要なのは予測だけではない。

 予想外のことが起きても良いように頭を柔らかくしておくことも重要である。

 

 そう、例え……

 

 

 

 今ドーベルに抱きつかれている事にも臨機応変に対応出来るように、いや無理だよ何でだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は30分ほど前まで遡る。

 

 「男慣れの特訓内容を強化したい?」

 

 「……そうよ。アンタも、その、ニュース見たでしょ」

 

 トレーニング後のミーティング。明日の予定も伝えて早めに解散、と思ったがドーベルに呼び止められた。

 

 トレーナー室の窓からは、薄暗い空が広がっている。

 まあ、余程長引かなければ大丈夫だろうと判断して話を聞いた所、先ほどの言葉をもらった訳である。

 

 指で髪をいじりながら呟く彼女。その内容は継続して行なっている習慣と、ニュースという単語の二つだった。

 

 後者は明らかに情報不足ではあるが、前半との文脈を整理しながら振り返り、やがて先週話題になってた出来事に結びついた。

 

 「ファンサ時の乱入の事か?」

 

 「……それに決まってるでしょ」

 

 顔を逸らすドーベル。ともあれ、正解には辿り着けた。

 

 実は先週開催されたオープン戦で、ちょっとした事件が起きたのだ。

 

 レースを走り切り、一着となったウマ娘はファンサービスのために観客席最前列まで赴く。

 

 件のオープン戦でも、例に漏れず勝利を勝ち取ったウマ娘が近づいたのだが……。

 

 何と、興奮した観客が柵を乗り越えてウマ娘に猛接近したのだ。

 幸い警備員のウマ娘によって接触前に取り押さえられたが、テレビでも中継していたため全国に知れ渡ることとなったのだ。

 

 現在、週末のレースに向けて上層部で対策が練られているが、広大な各地のレース場全てに対策は流石に難しい。

 

 かといって、レースを中止するわけにもいかない。ウマ娘の安全が第一なのは確かではあるが、レース無しで学園は存続できない。

 様々なスポンサーの方々の支援によって成り立っているため、最悪の場合翌年以降の開催にも影響が出てしまう。

 

 「すぐ出来る対策としては、警備員の数を増やすくらいだろうな」

 

 「それはそうだけど……根本的な解決ではないでしょ、それ」

 

 学園が取るであろう対策を予想した俺に、ドーベルが指摘する。

 

 彼女の言葉は正しい。

 

 時間が限られる中、学園が起こせるアクションは応急的な対策に留まる。当面は警備員の数を増やすくらいで恒久的な対策はその間に考えることとなるだろう。

 

 だが、『その間』に第二の乱入が起きないとは言い切れない。

 

 今までだって、乱入ほどではないが問題になったケースはある。

 

 普段はテレビ、新聞、ネットなどの媒体を通してしか見れない憧れのウマ娘が近くに来る。

 

 おまけに、サインを書いてもらえたり、運が良ければハイタッチまでしてもらえる。

 

 その幸運によって正常な判断が飛んでしまい、『もっと』と願い、更に触れようとする観客が何度か出てきたのだ。

 

 当然そんなことが許されるわけもなく、すぐさま引き離され、程度によっては今後のレース場出禁措置などの思い処分が下されることもあった。

 

 今までの傾向上、そういった行為は男性ファンが多いが、女性ファンもいなかったわけではない。

 

 一番厄介なのがウマ娘のファンで、成人男性が束になっても取り押さえられない力を持つため、警備員には一定以上の割合でウマ娘も配備されている側面がある。

 

 

 

 ……とまあ、閑話は置いといて、未遂とはいえレース後のファンサービスを行っているウマ娘に更に触れようとする者は存在する。更に傾向上、男性ファンのほうが多い。

 

 ドーベルがはじめに投げかけた提案は、ここに繋がる。

 

 彼女も言っている通り、他のメジロのウマ娘であれば…………メジロブライトに関してはドーベルと違う意味で心配が残るが、他の者ならソツ無く対応できるだろう。

 

 しかし、もしドーベルが同じ目に遭ってしまったらどうなるか?

 

 一番怖いのは、ドーベルが心に傷を負う事、そして

 反射的にドーベルが力づくで突き飛ばす事だ。

 

 ウマ娘が全力でヒトを突き飛ばした場合、その衝撃だけで骨の一本二本が折れるなんて当たり前。打ち所が悪ければ最悪の場合、という可能性まである。

 

 個人的には、ファンサの枠を超え、強引に触れようとした者には痛い目に遭ってほしいという気持ちはある。それでも、命に関わってくる怪我は流石に不味い。

 

 それを防ぐための案。確かにドーベルの申し出には納得できる。

 彼女としても最悪の事態を想定しているからこそ、お願いをしてきたのだろう。

 

 「分かった。レースまではまだ日があるけど、やっておいて損はないな。じゃあ今後の日程に取り入れるか」

 

 「……そ。でも、今日からやるわよ」

 

 「今日?おいおい急だな……」

 

 ドーベルの提案を承諾して段取りに取り掛かろうとしたが、いきなり踏み込んできた。

 

 「……何?今日だと都合が悪い訳?」

 

 「いや、いきなりで驚いただけで都合自体は別に構わないが……」

 

 頭を掻きながら、返答をする。

 

 男慣れトレーニング……元々ドーベルにファンサービス時に耐性を付けるため、彼女の希望の下で行っていたものである。

 

 おかげで問題無しと呼べるレベルにはなっている。

 

 ……それなら大丈夫か、と考えて彼女の提案を促す。

 

 「じゃあどうする?今までの続きで近くに座るとかから始めるか?」

 

 何気なしに質問をして。

 

 「……じゃあ、ハグして」

 

 「なんでや」

 

 思わず素の口調が出てしまった。

 いきなりすっ飛ばしてきた。

 

 いや何でだよ。カルストンライトオでももう少し段階踏むぞ……ごめん言いすぎた。あの子は段階自体が無いわ。

 

 「なんでって、その……最悪の場合を想定しなきゃいけないじゃない。こういう時は。警備員が間に合わず、男の人に強引に抱きしめられてしまう……ってのが一番不味いパターンでしょ。なら、そんな状況で咄嗟に暴力を振るわないようにしないと」

 

 「そうは言ってもだな……」

 

 髪を掻きながら、やけに若干早口でそんな事を口にするドーベル。

 

 確かにその言葉は正しい。『最も起きてほしくない時に、最も起きてほしくない事が発生する』と言ったのは誰だったか。

 

 常に最悪の事態を考えて備える、その考えは間違ってはいない。

 

 いないのだが……

 

 「えっとだな、ドーベル。流石にいきなりハグから始めなくてもいいと思うぞ。さっき言った通り次のレース予定は再来月だし、前からの続きで近くに座る、という所からでも……」

 

 言葉を選びながら軌道修正を図る。

 

 時間に余裕があるという事実を理由に、先延ばしを仄めかす。

 

 正直、ドーベルへハグをする行為には非常に抵抗がある。

 

 俺自身が嫌な訳ではない。彼女の為だったら何だってする覚悟はあるが、彼女の心情をどうしても考えてしまう。

 

 ファンサを見る限り、男性に対しても対応がマシになったのは事実である。

 

 繰り返しになるが、対応に問題ないというレベルにまではなってきた。

 

 しかし、対応できるようになるのと平気になるのは別だ。

 

 表面上はこなせていても、心情的にはいつも苦心しているのが見てとれる。

 

 出来るならばドーベルと男性との接触を必要最低限にとどめたい。

 

 そして、その対象としては当然俺自身も含まれている。

 

 ここ最近は妙に距離感が近い印象を受けているが、そろそろ前の基準……トレーニング以外は極力会話をしないレベルまで戻してもいいだろうとも思案中だ。

 

 「…………」

 

 そんな俺の考えを読んだのかは分からないが、ドーベルの眉間に皺が寄った。

 

 あっマズイ、と口に出すのを何とか堪える。

 

 過去に何度か記憶にある、意固地になった時の表情。こうなってしまった時のドーベルはテコでも考えを曲げない。

 

 (……ええい、仕方ないか)

 

 先ほどまでの考えを翻すようであれだが、解決策も咄嗟には出ない。

 

 一度だけ、抱きしめてみよう。

 

 彼女から提案したことなので、一度の接触でトラウマになる可能性は……0ではないだろうが、低いとは思いたい。

 1回だけやってみれば、ハグされる感触に嫌悪感を感じてそれ以降は頼んでこなくなるだろうという推測もあった。

 

 「……1回だけだぞ」

 

 「……!!……分かった」

 

 俺の言葉にピンッ、と耳を立てたドーベルが目を閉じる。

 その表情には緊張の色が滲んでおり、さながらレース前のような雰囲気を醸し出している。

 

 (むぅ……)

 

 心の中で唸るが、それで状況が変わる訳ではない。

 

 「先に言っておく。軽いハグに留めておくぞ。それに少しでも嫌と感じたら遠慮なく突き飛ばしてくれ。」

 

 「うるさい。分かってるから」

 

 重ねての質問。その言葉にも彼女は肯定した。

 ……もうやるしかないか。

 

 彼女の目の前まで歩み寄る。俺の気配を間近に感じて、ドーベルが微かに体を震わせた。しかし、その場から退かない。

 

 静かに腕を伸ばす。

 

 「……その、行くぞ」

 

 「……(コクッ)」

 

 最後の問いかけに彼女は頷く。

 出来る限り力を入れずに、その身体を抱きしめた。

 

 「……っ!!」

 

 ビクッ!、とドーベルが震える。

 

 仄かに香るアロマの匂い。

 服越しにも分かる、柔らかな感触。

 

 その全てをなるべく意識しないようにして、軽く抱く。

 腕に込める強さは最小限。彼女がいつでも脱出できるくらいまで弱めている。

 

 ドーベルの様子は……体をこわばらせているが、それ以上のアクションはない。

 

 「……(ギュッ)」

 

 「って、おい……」

 

 と思っていたら、ドーベルの方からも抱きしめてきた。

 

 少し強いが、ウマ娘である事を考えればあまり力を込めていないくらい。

 

 顔を真っ赤にして、俺の胸元に顔を埋めてくる。

 

 ……いやちょっと待て。

 

 「ドーベル?これ、乱入者から触れられる事を想定しているんだよな?ドーベル側から抱きつく必要は……」

 

「う、うるさいっ……」

 

 当初の目的を思い出し忠告をするも、言い切る前に遮られてしまった。

 

 意固地さは継続中。いつも以上に強引である。

 

 手間のかかる彼女を前に、俺はただただ困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの、ドーベル?そろそろ離してくれほしいんだが……」

 

 「…………」

 

 「ドーベルさん?」

 

 いくら話しかけても無反応。ドーベルが一向に離れる気配がない。

 

 あれから抱きしめられる力が強くなったため、自分の腕力では到底解けない。

 

 更に、胸元に顔をグリグリしてきている。何だか深呼吸されてる気もする。

 

 あの、ドーベルさん?軽いハグって言ってましたよね?これやってるとこ見られたら言い逃れできないレベルになってますよ?

 

 特訓すっ飛ばして恋人同士がやるハグになっているのだが、ドーベルは離れようとしない。

 

 正直な所、こちらとしては嫌ではない。ただ、何事にも限度はある。

 それに、いくら彼女のための特訓、という名目でしているとはいえ、長時間抱きしめられていると、色々まずい。理性とか諸々が。

 

 「なあ。流石にそろそろ……」

 

 「……分かった」

 

 向こう30分経ち、ようやくドーベルが口を開いた。

 

 こちらを見上げた顔は真っ赤。何故かいつもより目がトロンとしているような気がしたが、指摘するとセクハラになりそうなのでやめておく。

 

 いや、今までの行為の方がよっぽどセクハラなのだが、これ以上不必要に積み重ねたくない。

 

 ゆっくりと力を抜いていき、自分から離れた。

 

 「……ま、まあ、悪くはなかったわ」

 

 「?」

 

 顔を逸らして発言を行う彼女。一瞬意味が分からなかったが、特訓は悪くなかったと解釈した。

 

 実際、30分間男の俺とハグして暴れ出さなかったのはかなりの成果である。

 

 これならハグする特訓はいらないな……と考えて提案しようとして。

 

 

 

 「その……これから、毎日やってもらうから」

 

 「……は?」

 

 「……じ、じゃあねっ!」

 

 ドーベルに先を越され、そのまま早足に去っていった。

 

 あっという間の出来事で反応できず、取り残されたのは俺1人。

 

 あっけに取られたまま、彼女の言葉の意味を反芻し、頭がようやく理解に及んで…………。

 

 

 「………………は?」

 

 

 すっかり暗くなり、星空が広がる時間帯。トレーナー室では呆然とした表情の俺1人が残されていた。

 

 

 

 

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