私だけのトレーナー   作:青い隕石

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トレーナー(男)とメジロドーベルの短編です。


『今からの執筆になりますが、筆が乗れば近日中に投稿します』←前回あとがき

筆が乗ってしまったので、本日中の投稿となりました。人間頑張れば数時間で短編書けるんやなあと。なお文字数。

・アプリ育成ストーリー要素若干強め
・ドーベル→トレーナー(男)

となります。


想い、重ねて

 

 深々と。津々と。

 

 降り積もる雪が、『しんしん』と。

 

 白一色に染まった世界。自身が歩んだ場所を振り返ると、くっきりと足跡が付いていた。しかし、延々と降る雪が、そのへこみに降り積もっていく。

 

 本日いっぱいは雪模様。十数年ぶりの大雪となった影響はこの学園にも波及しており、いつもなら休日練習に活気づく運動場には人影が見られない。

 

 幸い、明日から数日間は快晴の予報なので、週明けの練習までには雪も溶けるだろう。

 

 『降り積もる雪は人の想いのようだ』

 

 以前読んだ少女漫画の中に、そのようなフレーズを目にしたことがある。

 

 とめどなく積もる雪と、積み重なっていく恋心。たしかにそこだけを見れば、納得してしまうかもしれない。でも、アタシはその言葉を否定する。

 

 雪は溶ける。気温の上昇で、太陽の日差しで、跡形もなく流れていく。

 

 でも、想いは積もる一方。時には心を満たすように、時には心を焦がすように・・・。

 

 深々と積もっていき、津々と溢れ出る、止めどない感情。

 

 どれほど熱くなっても、溶けることなく積もり続けるこの想い。

 

 もう、これ以上は抱えきれないと身悶えても、容赦なくアタシの心を余すことなく埋めていく。

 

 想いの大きさって、どこまで大きくなるのだろう?目には見えない感情を正確に相手に伝えるには、どうすればよいのだろう?

 

 詩人なら比喩を用いて上手く表すはずだ。でもアタシには気の利いた言葉なんて思い浮かばない。

 

 大きさも測ることが出来ない。正確な数字でなんて、表せない。だって、この気持ちは一日たりとも、一秒たりとも留まらず、大きくなり続けているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 控えめなノックをして、返答を聞かずにそのまま部屋に入る。

 

 冷たかった廊下とは違い、暖房の効いた部屋。

 

 暖かな風を受けつつ、この部屋・・・トレーナー室における主の返事を待つ。

 

 「今日はどうした?ドーベル。何か用か?」

 

 「何よ、用がなきゃ来ちゃいけないの?いつも通り、ここで勉強よ」

 

 頬を膨らます仕草を取るアタシに、そんなことないよと苦笑しながらソファを勧めてくる・・・・・・自分のトレーナー。

 

 休日だというのに朝からパソコン、書類の山と向かい合っている彼。大一番のレースが終わり、取材攻勢が終わっても休まる暇などないとばかりに仕事漬けの毎日を送っている。

 

 休息自体は十分に取っていることは確かだけど、やっぱり不安になる。そんな思いもあってさりげなくプレゼントしたアロマがあるのだけれど、その香りが微かに部屋を漂っているのが分かった。

 

 プレゼントしたものを、しっかり使ってくれている。その事実が嬉しく、緩みそうになる顔を隠してソファに腰掛ける。

 

 定位置となっている、ソファの左端。鞄から勉強道具を取り出して机に置いている最中、コトっ、と静かにカップが置かれた。

 

 容器を満たすのは、湯気が立っている黒一色の液体。私が居座るときは必ず彼が淹れてくれるコーヒーだ。

 

 「まあ言ってもインスタントだし、口に合わなければ無理に飲まないでね」

 

 最初の頃は、そうやって頭をかきながら出してくれた。一口飲んでみると、分量が気持ち濃い目だったのか苦みが強い出来になっていた。

 

 彼がアタシのために淹れてくれた、不器用で、温かな味。普段コーヒーを飲むときは砂糖を一つまみ入れるのだけど、どこか勿体なく感じてしまいブラックで堪能した。

 

 それからというもの、毎回提供されるコーヒー。あまりおいしいとは感じない、苦みの強い味がアタシの、アタシだけのお気に入りとなった。

 

 ありがと、と簡潔にお礼を言うと、ん、と短く返事をして彼も仕事の定位置に戻った。

 

 勉強道具を広げ、ペンを握る。

 

 無言が訪れる部屋。二人の微かな息遣いのほかは、ペンとキーボードの音だけがその空間を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 

 カタカタ、とキーボードを打つ音が、部屋に鳴り響く。その音だけが、鳴り響く。

 

 暖かな部屋。半分ほどまで飲んだコーヒー。降り続ける雪は止む気配を見せず、勢いを増してきた風と相まって窓から見える景色を荒らす。まるで、アタシをここから出さないかのように。

 

 カタッ、とほとんど音を立てずにノートの上に置いたペン。勉強具合は、あまり進んでいない。開始してからの経過時間を考えると、もっと進んでいてもいいはずだ。

 

 でも、この結果は当然だ。半分も経たないうちに、私の目線はノートから外れていたのだから。

 

 部屋の中央に置かれたソファ。その真ん中ではなく今みたいに左端に座ると、ちょうどパソコンが重ならずに見ることが出来るのだ。

 

 目線を上げているアタシの視界に映るのは、トレーナーの顔。照明に照らされて映るアンタの表情は、真剣そのものだった。

 

 絶え間なく鳴るキーボード音。時折、チラッと資料確認のために目線を落とし、すぐさま画面に向き直る。

 

 何度も、何度も行われてきた動作。その全てを私は見つめていた。

 

 (・・・・・・トレーナー)

 

 心の中で、小声で呼ぶ。その行為だけで、胸が熱くなる。声には出さない行いだったため、彼は反応しなかった。

 

 そのまま、じっと見つめる。人は視線を感じるというが、これだけ見つめてアンタは意識していないようだった。

 

 (アンタは、気づいているのかな?)

 

 アタシの視線に。アンタを呼んだことに。

 

 (気づいて欲しいな、この想いに。・・・・・・でも、まだ気づかないで欲しいな。アタシの全てを伝える言葉が、まだ見つからないから)

 

 想い、溢れてとめどなく。どれだけ、アンタに助けてもらったのだろうか。どれほど、アンタに支えてもらったのだろうか。

 

 目を開いたままでも、容易に浮かぶは今までの日々。

 

 暗闇の中、どうしようもなく塞ぎ込んでいた自分を、その場所から持ち上げてくれた。

 

 有マ記念の後、アタシやブライトの事を蔑ろにした放送に、本気で怒ってくれた。自分も悔しくて涙を流してしちゃった。アンタまで泣くとは思わなかったけど・・・・・・でも、それだけアタシの心情を想ってくれたんだよね。それが、たまらなく嬉しかった。

 

 トレーナー。言ってなかったけどアタシ、家族以外の男の人の前で泣くの、初めてだったんだよ?どんなに悔しくても、へこたれても、弱さだけは見せたくないって我慢していた。でも、アンタの前では感情を誤魔化せなかった。・・・・・・誤魔化さなくてもいいって感じたのかな?

 

 諦めないアタシに、ずっと『強い』ウマ娘だと言い続けてくれた。トリプルティアラを達成できたのは、自分でも出来過ぎだったと思うし、今でも、あの時より強くなれたのかは、実はよく分からない。

 

 でもね、はっきり分かる事があるの。それはね、アンタがいなければ絶対にここまで来れなかったってこと。

 

 アンタの励ましが、時には根拠の見当たらない無鉄砲な応援が、どれだけ支えになったのか分かる?

 

 ・・・・・・アンタならきっと、「当たり前のことをしただけだよ?」って言うのかな。でもね、何気ない応援の言葉が、自分にとっては絶対に折れない、何よりの支えになったんだよ。

 

 (・・・・・・ズルいな、トレーナーは)

 

 真面目で、真剣で、かと思えば変なテンションになって、時には言葉にするのも恥ずかしい励ましを平気で言ってくる。

 

 じっと彼を見つめる。吸い込まれるように、彼の姿しか見えなくなる。

 

 (ねぇ、トレーナー)

 

 アンタは、私の事をどう思っているのかな?

 

 ただの担当バ?一心同体の相棒?それとも・・・・・・

 

 (・・・・・・それ以上の、もっと別の何かを、抱いているのかな?・・・・・・抱いていて、ほしいな)

 

 私の今の顔、どんな風になっているのかな?恋する乙女の表情、なのかな?だったら、もし今アンタが視線を上げて見られたら、バレちゃうかな・・・・・・。

 

 

 

 (・・・・・・ねぇ、トレーナー。見て、欲しいな。聞かせて、欲しいな)

 

 心が苦しくなって、切なくなって、それでいて愛おしい。この気持ちを、一片たりとも捨てたくない。溶かしたくない。

 

 だって、この気持ちは全部、アンタからもらったものなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深々と。津々と。

 

 降り積もる雪が、『しんしん』と。

 

 強く吹いていた風は収まれど、未だ雪は降り続けている。

 

 今日いっぱいは、止むことはない。どこまでも積もっていく雪が、景色を白一色に染めていた。

 

 




一旦ここで投稿ラッシュは終わると思います(多分)。


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