私だけのトレーナー   作:青い隕石

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メジロドーベル→トレーナー♂短編です。
純愛+シリアス風味

また予告したものとは関係ない構成が浮かんでしまい勢いのまま執筆しました。




甘えてよ・・・・・・トレーナー

 

 

 『現役ウマ娘G1勝利数第一位』

 

  今年後半に入り、その称号を呼ばれることが多くなった気がする。

 昨年末、尊敬するエアグルーヴ先輩とオグリキャップ先輩がターフから去る事を表明。それにより、現役で最も多くのG1勝利を収めているウマ娘がアタシに変わった。

 

 最強の定義はそれこそ十人十色だろう。別に、勝利の数がウマ娘の優劣を決めるわけではないと思っている。現にアタシは、友人であるスズカにまだ1度しか勝てていない。

 

 それでも、十人十色と言った通り勝ち数を第一に考える者もいる。そしてそう思う人、ウマ娘が世間では大多数に区分されているようで・・・・・・。

 

 今年に入り、アタシを見る目がハッキリと変わったのを自覚している。

 

 後輩からの尊敬の目。学年問わず寄せられる、ライバルを見る目。

 

 それはレースのときだけでなく、日常のトレーニング中にも感じることがある。だからこそ一層アタシは努力を続けている。

 

 期待を裏切りたくないから。尊敬してくれる後輩を。アタシをライバル視してくれるウマ娘を。そして・・・・・・

 

 (アタシを、『強い』ウマ娘にしてくれたトレーナーを)

 

 休日の朝。いつもと違って静かな敷地内をゆっくりと歩きながら深呼吸をする。右手に握った小さな袋を意識し、空を仰ぐ。

 

 断言できることがある。もし、アンタと出会わなかったら。アンタ以外の人がトレーナーになっていたら。アタシは絶対、このような身に余る称号を得られなかった。

 

 反発ばかりのアタシに、素直になれないアタシに、ずっと『強い』ウマ娘と言い続けてくれた。

 

 誰にも、それこそトレーナーにも言っていないけど、アタシ以上の現役ウマ娘は結構いるはずだ。

 

 嫌味ではない。これは言い切れる事実だ。証拠として、レース本番以外の模擬レース戦績はびっくりするほど悪い。

 

 この戦績だけ見れば、『有望株ではあるが、未だG1勝利を掴み取れないウマ娘』と評価されてもおかしくないくらいのものだ。

 

 そんなアタシが、これだけの戦績を残せている理由はもう、一つしかない。アタシのトレーナーが優秀すぎるのだ。

 

 まだ二十代前半の彼。楽しみたいことだってあるはずなのに、やりたいことだってあるはずなのに、毎日アタシの事を考えてくれている。

 

 全ては、レースで勝つために。一つのレースに対して、コースから対戦相手、バ場状態などあらゆる可能性を取り込んでトレーニングメニューを作成してくれる。

 

 レース当日、文字通り100%、最高のパフォーマンスを発揮できるのを実感している。本番に合わせて、一日のズレもなく最高の状態に仕上げてくれるのだ。

 

 ここまでしてもらって負けるなんて担当バとして最大の恥だ。彼が言ってくれる、『強い』ウマ娘であることを証明するためにアタシもレースに全てをぶつけ、出し切る。

 

 その結果として、大層な称号を貰えるまで積み重ねてこれた。

 

 ・・・・・・でも、と思う。

 

 一つ、不安に思っていることがある。

 

 ここまで綿密な計画を立てて、それを元に毎日のトレーニングを考えてくれる。それが一体、どれほどの仕事量として跳ね返ってくるのだろうか。

 

 ただでさえ、トレーナー業は激務だ。それなのに、素人目にでも分かるほどの、計算され尽くしたトレーニングメニュー。それを、1レースごとに執り行う。時には、距離や対戦相手の関係などで根本から練り直す必要がある中で、だ。

 

 果たして、だ。果たして・・・・・・・

 

 

 

 そんな中で、満足な休息を取る時間があるのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は小さな疑念。それが不安と言う形となって心を埋め尽くした原因となった出来事が2つある。

 

 

 

 1つ目は、普段のトレーナーの様子だ。

 

 1年目は彼を特に意識していなかった。単なる自分のトレーナー、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

 去年辺りから、見事に変わってしまった訳ではあるが。

 

 気づけば彼を目で追って。気づけば彼ばかりを見ていて。何とも感じなかった彼との会話が、掛け替えのない大切な時間となって。

 

 (アタシって、こんなに惚れっぽかったっけ?)

 

 後から自問するも、真相なんて分かるはずもない。何せ、男性が苦手で避けてきたアタシが経験した、初めての恋なのだから。その想いが、現在も絶賛継続中なのだから。

 

 ・・・・・・ともかく、彼の挙動や会話に意識を傾けるようになって長い月日が流れた。だからこそ、気づいたことがある。

 

 ここ半年の練習中やミーティングで、トレーナーの反応が一瞬遅れるようになった事に。

 

 アタシから会話を振った時、以前なら間髪入れずにリアクションをしてくれたトレーナーが、ワンテンポのタイムラグが発生するようになった。

 

 酷いのになると、目の前で話していたのにアタシの話を聞き逃していたという時もあった。

 

 1回目は「ちょっと、ちゃんと集中してよアンタ」と言い、彼がごめんごめんと笑って返してきて終わった。しかし、その後も聞き逃しが何回か続いた。

 

 こうなると、怒りよりも不安が心をよぎる。

 

 仕事では絶対に手を抜かないトレーナー。そんな彼が集中力を切らすはずがない。

 

 つまり、トレーナーは集中していないのではない。『集中できる状態でない』のではないかと。

 

 

 2つ目は、聞いてしまった情報だ。

 

 先週末の昼下がり、人気の少ない場所を歩く私に突然声が掛かった。

「ドーベルさん」

 急な事にも関わらず動揺しなかったのは、その声が見知ったものだったからだろう。

 

 後ろを振り返ると、予想通りの人物がいた。アタシより年上の女性。セミロングの黒髪を靡かせてアタシの前で止まる。小走りできたのか、ほんの少しだけ息が乱れていた。

 

 『トレーナーの、気の合う同期』

 

 それが、彼女。4年前から触れ合う機会も多く、彼と元チーフトレーナーを除けば一番信頼できるトレーナーである。

 

 彼女の担当バとも同学年ということで友人かつライバルとして切磋琢磨しながら良い関係を築けているとは思う。

 

 「こんにちは、どうされました?」

 

 挨拶をしつつ、疑問を投げかける。

 

 本日のトレーニングを合同練習にしたいという誘いだろうか?しかしそれなら、アタシではなくトレーナーに聞くはずだし。

 

 (いやそもそも、それだったら電話すればいいだけだし)

 

 尋ねてきた理由を測りかねるアタシを助けるように、彼女が口を開いた。

 

 「その・・・・・・彼のことでちょっとね」

 

 「彼・・・・・・トレーナーがどうされたのですか?」

 

 彼、という単語から自身のトレーナーに関しての話題だという事が分かった。何かプライベートなことだろうか?そんな軽い気持ちで聞いていたアタシ。

 

 しかし、彼女の口から出てきた言葉は、予想の外側にあるものだった。

 

 「・・・・・・彼ね、ここ3ヶ月ほど、全く飲み会に来なくなったの」

 

 「・・・・・・えっ?」

 

 目を伏せて静かに、はっきりと言う彼女の言葉の意味を、アタシは捉えかねた。

 

 「ドーベルさんもご存知だと思うけど、私も彼もお酒は大好きだし、気の合う同期ってことで月に1回は一緒に飲みに出かけていたの」

 

 それは知っている。トレーナーも彼女も、お酒はかなりイケる口ということで毎月色んなお店を訪れている。

 

 二人きりでの外出。それにモヤモヤとした気持ちはあるものの、咎めるようなことはしないできた。

 

 そもそも、咎める理由がない。アタシのために頑張ってくれていているのに、個人的な感情で息抜きの機会まで奪うなんてメジロ家の一員として、いやそれ以前に1人のウマ娘として出来るはずがない。

 

 ・・・・・・そんな、彼の息抜きの機会が途絶えている。

 

 「アタシのトレーナー側から断っているのですか?」

 

 「ええ」

 

 「それは・・・・・・」

 

 心当たりがない、訳ではない。むしろ、明確な事例が存在する。

 

 ここ数ヶ月の出走スケジュールが、例年より詰まっている。

 

 世間からの評判では現役最強馬としての期待を受けており、出走しなければいけないレースが昨年よりも増えたためだ、。

 

 1戦ごとの間隔自体はしっかり空いており、アタシには大きな負担はない。しかし、トレーナーは別だ。

 

 アタシはトレーナーの考える練習メニューに全力で打ち込むだけでいい。でも、そのトレーニングを考える彼にとって、この短期間で1戦ごとに全く違うトレーニングを、あらゆる想定を考慮して作る必要がある・・・・・・考えただけで、逃げ出したくなる仕事量だ。ここに、様々な雑務が加わる。

 

 そんな気の遠くなる仕事量を、彼が真面目にこなしていなのであれば・・・・・・月に一度の、それこそ数時間の楽しみすらも、犠牲にしているのだろうか?

 

 知らない内に右手が握りこぶしを作っており、慌てて解く。

 

 「それに・・・・・・」

 

 繋げるように彼女が口を開き、そこで不意に口が閉じた。

 

 「・・・・・・ううん、何でも無いわ」

 

 「?」

 

 「ドーベルさん。彼の様子はどう?彼、周りに弱さを見せようとしないから・・・・・・もしかしたら、があると不安なの。」

 

 目を伏せ、心から彼の健康を憂う声を出す。それを聞き、アタシも目を伏せる。

 

 (そうだ、アンタはいつも・・・・・・)

 

 アタシには散々「頼ってこい」とか「誰かに寄りかかってもいい」とか言うくせに、本人は一切しようとしない。

 

 (トレーナー、気づいてよ。アンタのことを心配する人、多いのよ)

 

 ここにいない彼に向けて、想いをぶつける。少なくとも、アンタを心から心配する人が、この場に『2人』いる。

 

 チーフトレーナーが倒れた時の、足元が崩れ落ちていくような感覚は今も脳裏に焼き付いている。

 

 もし今、彼が倒れたら・・・・・・

 

 「・・・・・・っ」

 

 心臓が締め付けられる。実際に起こったわけではないのに、想像しただけで吐き気がこみ上げてきた。

 

 口を固く結び、無理やり飲み込む。それでも、恐怖が身体を這い上がってくる。

 

 (ダメ、そんなの絶対耐えられない)

 

 座り込みそうになる脚を踏み留める。

 

 「ごめんなさい。学生にこんな事を頼むなんて、一介のトレーナーとして失格なのは承知よ。・・・・・・それでも、もし彼が無理しているようだったらすぐに教えてほしいの」

 

 切実な彼女の願い。それに対して、アタシはうなずくことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・だからこれは、いつも借りっぱなしの借りを返すだけ。そう言えば、トレーナーも受け取ってくれるはず」

 

 誰に聞かれるでもない、延々と繰り返される言い訳を口から吐き出しつつアタシは歩を進めていた。

 やがて我に返れば、目の前には見知った扉。第一声が決まらずに堂々巡りの脳内とは裏腹に、自分の足は最短距離でトレーナー室を目指していたようだ。

 

 マズイ、と心で呟いても状況は好転するはずもなく。休日ということもあっていつもより数段閑静な雰囲気の中、急ピッチで脳内を無理やり回す。

 

 『おつかれ、トレーナー』

 『入るわよ』

 

 いつも意識せずに発していた単語が、口から出ない。

 

 何層にも積み重ねた言い訳を纏って、本心を隠そうとする。

 

 手に持つ小袋の中に入っているのは、昨晩届いたアロマ。疲労に効果のあるもので、普段は買わないような高級品だ。値段は5桁に達したけど、彼からもらってきたものを考えれば足元にも及ばないだろう。

 

 それ以前に、少しでも効果の高いものを使って欲しいという想いが先行し、気づけば購入していた。

 

 (一つ、まずは休みを取ってほしいこと。これを伝えるのが何よりも大事。)

 

 ウロウロと扉の前を行ったり来たりする姿は、端から見れば不審者そのものだ。誰かに見られたら即たづなさんに通報されてしまうだろう。

 

 でも、今のアタシは思考に意識を全部振っていたせいで、周りの状況に全く気を払っていなかった。

 

 だからと言うべきか。

 

 

 

 「・・・・・・ドーベル?」

 

 「ひゃあああああああ!?」

 

 

 

 近づいてきていた気配に、全く気づかなかった。

 

 突然意識に入ってきた声に対し、反射的に悲鳴を上げてしまった。知っている声でなければ、更に飛び下がる行動まで取っていたかもしれない。てっきり部屋にいると思っていたのに、何らかの用事で外出していたみたいだ。

 

 振り向くと同時に、無意識の内に手に持った小袋を後手に隠す。

 

 「どうしたのドーベル、今日は休日だよ。もしかして、何か忘れ物?」

 

 若干、茶化したようなトレーナーの声。いつもアンタはそうだ。こちらの気持ちなどお構い無しで軽く接してくる。・・・・・・アタシが、アンタの前でどれだけ苦労して平常心を装っているか、高鳴る鼓動を押し留めているかを知らないで。

 

 少しだけムッとしたので、抗議をしようと顔を上げる。

 

 「違うわよ、今日は・・・・・・」

 

 目線が、視界が、彼の顔を捉えて。

 

 「・・・・・・」

 

 言葉が止まった。

 

 音が、聞こえなくなる。視線が彼の顔に固定されて離れない。

 

 「どうしたのドーベル?」

 

 そう聞いてくるトレーナー。

 

 

 

 その目元に、酷いクマが出来ていた。

 

 

 

 昨日だってトレーニングで顔を合わせた。その後、ミーティングでより至近距離から彼を見続けた。

 

 でも、断言できる。クマなんて見当たらなかった。ワンテンポ遅れる事を除けば、いつもどおりの彼だった。

 

 でも、このクマは一日やそこらで出来る範囲を超えている。

 

 やがてクマから目を離し、全体の表情が映る。

 

 そこでまた、言葉を失う。

 

 頬が少しやつれ、ボサボサの髪。さっぱりとした彼の面影が、見当たらない。

 

 息を吸い込むと、濃く感じる汗の匂い。

 

 間違えるはずがない。今まで何度も、こっそりと嗅いできてのだから。トレーナーの匂いだ。その匂いが、いつもよりハッキリと濃い。

 

 「ん、どうしたの鼻を効かして・・・・・・あ、そういえば昨日風呂入ってなかったな。ごめん、以前ドーベルに毎日入るよう叱られたのにね」

 

 「・・・・・・トレーナー」

 

 「ん?」

 

 「そのクマ、どうしたのよ」

 

 クマ?と疑問を浮かべた彼の表情が、一瞬で歪んだ。しかし、それも刹那のことですぐに笑顔に戻る。

 

 「あはは、ちょっと昨日から徹夜でね。もうすぐ終わるし、その後休むつもりだから大丈夫だよ」

 

 彼が笑いながら、扉を塞ぐように移動したのを見逃さなかった。

 

 以前似たようなことがあった。トレーナー室の扉前でバッタリ出会い、咄嗟に扉を守るように身体を寄せたトレーナーの行動を見咎め、有無を言わさずに突入したことがある。

 

 その時はカップ麺と栄養ドリンクの山が形成されており、本気で彼を怒った。その後、理由を無理やりこじつけてお弁当を渡すのが日課になったのだけれど。

 

 ともかく、改善されたと思っていた事象が再発しているのなら・・・・・・。

 

 ゆっくりと移動する彼の身体を縫うように、素早く躍り出る。

 

 男と女とはいえ、人とウマ娘。瞬発力はアタシのほうが高く、彼が目を見開いたときには既にアタシの手がドアノブにかかっていた。

 

 ドーベル!?と驚愕の声を出した彼を無視し、扉を一気に開け、中に滑り込む。

 

 真っ先に机横まで歩を進めるが、予想外と言うべきか前みたいな惨状はなかった。匂いを嗅いでもインスタント麺の名残や栄養ドリンクの刺激臭はしない。

 

 何よ、今は食べていないじゃないの。と一旦安堵し、流れで机に目を向けた。

 

 向けてしまった。

 

 「ドーベル!」

 

 慌てて机とアタシの間に身体を入れたトレーナー。

 

 でも、遅かった。はっきりと見てしまった。

 

 それと同時に、今までの出来事が、一つの線となって繋がった。

 

 こちらを見やる彼の目。アタシの表情を見て、隠しきれなかったことを悟ったのだろう。バツが悪そうに、目をそらした。

 

 静寂が押し寄せる部屋の中。沈黙の中、空気まで重くなる。

 

 その中で、フツフツとこみ上げてくる感情を感じた。それは、怒り。トレーナーに対して、ではない。他の誰でもない、自分自身への怒り。何故今まで、最も彼の近い場所にいたのに気づけなかったんだという憤怒。

 

 既に隠蔽を諦めた彼は動こうとしない。なので、今一度見ようとするアタシの動きを止めることもしなかった。 

 

 改めて、机の上に置かれているものを見る。

 

 

 

 『化粧品』。一般的には、そう呼ばれているもの。

 

 

 

 

 「はは・・・男が化粧だなんて気持ち悪いでしょ。嫌なもの見せてごめんね、ドーベル」

 

 無理がある明るい声。作られた笑顔。この期に及んで、こちらに心配をかけまいとするその態度が、嫌だった。

 

 「・・・・・・これで、クマとかを隠していたのね。全然、気づかなかった・・・・・・気づけなかった」

 

 「・・・・・・・」

 

 「これ、借りたんでしょ。『あの人』から」

 

 「・・・・・・うん」

 

 もうお見通しだと分かったのか、力なくうなずく彼。

 

 思い浮かぶは先日、会話の途中で言い淀んだ女性トレーナーの姿。きっとクマの隠し方や、やつれた頬のごまかし方も教えてもらったのだろう。

 

 全ては、疲労を悟られないために。

 

 (どうして、どうしてアタシは気づけなかったの!?)

 

 疲れているのは知っていた。でも、彼に騙されて『致命的な疲労ではない』と思い込んでいた。

 

 今日は休日でアタシとは会わないと思い油断して広げたままだったのだろう。その油断がなければ、アタシは知らないままだった。

 

 アタシだけは、騙されてはいけなかったのに。見抜かなければいけなかったのに。

 

 甘えていた。完全に甘えていた。

 

 「トレーナー」

 

 

 

 

 気づいたら、私は彼に言葉を続けていた。

 

 「話し合いましょう。全部・・・・・・話したいの」

 

 2つのソファに挟まれた中央の机を差すアタシに、トレーナーは静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「トレーナー・・・・・・初めに、これだけは言わせて」

 

 以前トレーナー室に持ってきていた紅茶を入れ、彼に差し出す。お互い向かい合うようにソファに座った状態。このまま話し合いを始める前に、アタシはやらなければいけない事をやる。

 

 紅茶を一口飲み、ふぅ・・・と息をついた彼が不思議そうにこちらを見やる。思わずそむけたくなるような、酷い表情。

 

 今すぐにでも、休んで欲しい。休ませたい。

 

 だからこれは完全なるエゴ。この期に及んで許しを請おうとする、醜いアタシを象徴するような行動だ。

 

 アタシは、机に打ち付ける勢いで頭を下げた。

 

 「ごめんなさい」

 

 意味をなさない謝罪の言葉。「ちょ、ドーベル!?」という彼の言葉を遮るように口が動く。

 

 「気づけなくて、ごめんなさい。無理をさせてしまって、ごめんなさい・・・・・・アタシがもっと強ければ、アタシがもっと気が効けばっ!!」

 

 一度出てしまえば、止まらない感情が溢れ出す。

 

 何も、シンボリルドルフ会長やミスターシービー先輩みたいな、次元の超えた強さでなくてもいい。 

 

 あと少しだけアタシのポテンシャルが高ければ、彼はもっと楽にトレーニングメニューを作成できていたのではないか。

 

 エアグルーヴ先輩やヒシアマゾン寮長みたいな、気配り上手でなくてもいい。

 

 もう少し彼を注意深く見ていれば、違和感に気づけたのではないか。

 

 全力で、彼のトレーニングメニューを遂行する『だけ』だったアタシ。休日練習とかはレース前にある程度で、自主練に関しても重いものはやんわりと止められていた。

 

 今だから分かる。彼は、アタシのプライベートの時間を最大限確保しようとしてくれていたことが。決められた練習時間内のトレーニングだけで、アタシを勝利に導けるよう身を粉にしていてくれたことが。

 

 頼りっぱなしだった。甘えっぱなしだった。そんな簡単なものに気づけないくらい、アタシは『子供』だった。

 

 『大人』の彼に、ひたすら頭を下げる。

 

 「ま、待ってドーベル。謝られるようなことなんて一つもないって!」

 

 気配が近づき、そこで止まる。アタシの状態を起こそうとして、そこで男性が苦手なアタシの体質を気遣って止まったのだと分かった。

 

 思えば、彼の方から触れられたことは一度たりとも無かった気がする。考えれば考えるほど溢れてくる、気づかずにいた彼の気配り。

 

 本当であれば、ずっと頭を下げ続けるべきだろう。でも、その前に言うべきことがある。

 

 一旦頭を上げ、彼を正面から見る。数歳しか違わないはずなのに、はっきりと感じる壁。それを今だけは、超えなければならない。

 

 「トレーナー、寝てないんでしょ。休んで。お願いだから」

 

 途切れ途切れながらもしっかりと伝え、一度スカートのポケットに仕舞っていた小袋を取り出し、中身を出して彼の前に置く。

 

 「これ、疲労に効くアロマ。使ってほしいの」

 

 コト、と小さな音を立てて置かれた小瓶。トレーナーはありがとう、と呟きかけて不自然に言葉を止めた。

 

 どうしたのかと思うと、彼は小瓶を静かに持ち上げ、ラベルをじっと見た。そして、焦ったような表情で再度口を開く。

 

 「ま、まってこのブランド、かなり有名な銘柄だよね。この大きさだと、最低でも1万円超えてくるものばっかりじゃ・・・・・・」

 

 こ、こんなに高価なもの受け取れないよ!と固辞する彼を見て、アタシは驚きを感じた。

 

 断られたことにではない。彼が、ラベルと外見だけを見て正確な値段を導いた知識の深さに、だ。

 

 担当バとなって初めて贈った時は、彼は文字通りアロマに関しては門外漢だった。

 

 「アロマって、あれでしょ。ラベンダーの香りがするやつ。・・・・・・え、他の香りもあるの?」

 

 と、その程度のもの。呆れてしまい、笑みがこぼれてしまったのを覚えている。

 

 なのに最近では、アロマの話題で会話が弾む程になった。時折アロマ講座を開いていたので、その成果かと勝手に思っていた。

 

 全く違った。今日プレゼントしたものは、一度も紹介したことがない。それなりに有名ブランドとはいえ、海外メーカーの一品だ。日常生活は勿論、専門店でも取り扱っている店は多くない。

 

 何故知っているのか。答え合わせは簡単だ。彼が独学で勉強したのだ。アタシの会話に合わせるために。そうでなければ、説明がつかない。

 

 「どうして・・・・・・」

 

 「え?」

 

 「どうして、そこまでしてくれるの?」

 

 口から出てくる言葉を、止められない。

 

 「もらってばかりで、甘えてばかりで、何一つ返せていないのに・・・・・・」

 

 「そんなの決まってるよ」

 

 呆然と語りかけるアタシに、彼はまた精一杯の笑顔をみせてきた。

 

 「ドーベルが悲しむ姿を見るのが嫌だから。ドーベルが喜ぶ姿を見るのが好きだからだよ」

 

 歯の浮くようなセリフ。いつも緊張しがちな自分を励ましてくれる、彼の大げさなエール。

 

 それが真っ直ぐにアタシに届く。

 

 トレーナーは本気なのだ。先程のセリフを心から望み、実行するために『全力』を賭けているのだ。

 

 「だからさ、好きでやっていることだから多少は無理しても・・・・・・」

 

 そうやって、無理な状態で無理な笑顔を見せる彼が見てられなくて。

 

 

 

 我慢の限界だった。

 

 

 

 「・・・・・・えっ」

 

 戸惑ったような、状況を把握しきれていないような彼の声。

 

 それだけ、アタシの動きが早かった。

 

 彼の言葉を聞いた瞬間立ち上がり、机を回り込んで彼の隣まで行き、そのまま引き寄せた。

 

 突然のことで、かつ疲労が溜まっていて反応できなかったトレーナー。座った状態の彼を引き寄せたことで顔が寄り、アタシの胸に収まった。

 

 本気で慌てた彼の声。それを無視して、抱きしめる。彼を、逃さないように。

 

 「お願いトレーナー、無理しないで!疲れたなら休んで!しんどいなら周りを頼って!トレーナ、頼ってよ!甘えてよ!」

 

 「・・・・・・ドーベル」

 

 「ねえ、アタシってそんなに頼れないの?トレーナーが寄り掛かれないほど弱いの?」 

 

 卑怯な聞き方、それでももう、我慢できなかった。

 

 ぎゅっと抱きしめ、彼の頭を撫で続ける。彼は大人でアタシは子供。それは分かっている。理解している。

 

 それでも、大人が子供に甘えてはダメだなんてことはない。

 

 大人だって、頼っていい。甘えていい。1人で抱え込まないで欲しい。

 

 アンタを・・・・・・ううん、貴方1人支えられないほど、アタシはヤワじゃない。

 

 その想いが通じたのだろうか。

 

 「・・・・・・ごめん」

 

 「あっ」

 

 動かずにいた彼が、こちらに体重を預けてきた。彼の吐息が、胸元をくすぐるのを感じる。

 

  「はは・・・・・・自分で考えていたより、疲れていたみたい。情けないな・・・・・・。ドーベル、ごめん」

 

 

 『今だけは、休んで、いいかな・・・・・・?』

  

 

 そのまま、カクっと頭から力が抜けた。どうしたの!?と心配するのもつかの間、彼の呼吸が規則正しいものに変化した。

 

 初めてみたトレーナーの寝顔は、幼子のように穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナー室の仮眠用ベット。そこには、2つの影があった。

 

 1人目は、穏やかな表情で眠る青年。よほど疲れが溜まっていたのだろう、規則正しい呼吸の他に、普段は出さない小さないびきもかきながら静かに目を閉じていた。

 

 2人目は、そんな彼を胸に抱きしめるウマ娘の少女。後悔、悲しみ、愛しさ、慈しみ・・・・・・様々な色が混じった目で眠る彼を見続けていた。

 

 静かな時間が流れる中、青年を起こさないよう小さな声で少女が言葉を紡ぐ。

 

 「アタシ、もっと強くなるから」

 

 「トレーナーの負担を減らせるよう、強くなる。トレーナーが無理しなくてもいいよう、強くなる」

 

 その言葉を聞くものはいない。少女の、誰にでもない、自分への宣言。

 

 「トレーナーに頼ってもらえる存在になる。トレーナーに甘えられるような存在になるから。だから・・・・・・」

 

 望むのは、対等な関係。一方的な恋ではない。1人の女として、彼を支えられるようなウマ娘になるために。

 

 

 

 「だから、その時は・・・・・・貴方の隣に立ってもいいですか?」

 

 

 




次のガチャでアドマイヤベガ実装に花京院の魂とオグリの晩飯を賭けます。
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