僕と俺のかえりみち   作:丸焼きどらごん

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僕と俺のかえりみち【3】

 先ほどまでジェラートに舌鼓を打っていた僕たちだけど(結局僕も食べた。美味しかった)、現在絶賛逃走中である。

 

「うわああああ! ちょ、気持ち悪い! なんか壁とかぬるぬる走ってくるー!?」

 

 僕らを追いかけてくるのは先ほど襲ってきた真っ黒棒人間。ちゃんと近くで見るのは初めてだけど、こいつらは全員ご立派なスーツを着込んでいる。僕らにむけて鉛玉を雨あられと打ち出している重火器は、なんと奴らの腕と一体化していた。

 見た感じ……もしかして、玉切れって存在しない!?

 

「その真っ黒なのっぺら(つら)に鉛玉たっぷりぶち込んでやるぜぇ!! はははははははははは!!」

「君ってもしかして武器持つと性格変わる感じの人ー!?」

 

 そしてこっちはこっちで、アイザックが例の変な銃で対抗している。派手に撃ちまくってるけど、君のは薬莢とか落ちてるし上限あるんじゃないの? 一気に撃って大丈夫?? すっごい笑顔で楽しそうだから言えないんだけどさ。

 

「はあ? そりゃ多少好戦的にはなるけどよ、変わるってほどじゃ……伏せな!!」

「ッ!」

 

アイザックの後ろに隠れてやり過ごしていたけど、鋭い声に反応して頭をかかえしゃがみこむ。するとアイザックは懐から抜いたハンドガンで、僕の真後ろにいた一体の脳天をぶち抜いた。

 ……片腕で杖の銃を撃ちながらその動作をやってのけた彼、腕力どうなってるんだろう。部分的にごついし、あれ絶対重いでしょ。

 

「チッ。倒せない分、量が少なくても鬱陶しいな」

 

 僕の疑問をよそに、アイザックは好戦的な笑顔を引っ込めて面倒くさそうに言う。僕はその内容にぎょっとして、アイザックに蜂の巣にされている棒人間たちを見た。

 

「え、あれって倒せてないの!?」

「ああ。ぜーんぶ最初の奴らと同じだよ。この町じゃ奴らは死なねぇ」

「うっわ……。じゃあ帰り道が見つかるまで、ずっと鬼ごっこしなくちゃいけないわけか。うへぇ。もっとゆっくりこの町見て回りたいのに」

「命の危機より観光か? 本当にお前、ビビるくせに緊張感ないよな」

「だって一生にあるか無いかの不思議体験だろ? 楽しまなきゃ損!」

「……! おま、楽しんでたのかよ! 度胸だけはありやがる」

「そう? ふっ、光栄だな!」

「けど、それだけじゃ死んじまうぜ! おら、これ貸してやるからお前もちょっとは働け!」

「ええ!?」

 

 言うなりハンドガンを押し付けられて、目を白黒させる。だけど僕はすぐに意識を切り替えた。だって……。

 

「これ撃ってる僕、かっこよくない!?」

「おい心の声もれてるぞ」

「え、今のは君に同意を求めたんだけど」

「…………。ああもう、いいから働け! 無理そうならそこらへんに転がってる鉄パイプでも何でも使いやがれ!」

「イエッサー、相棒!」

「いちいち状況分かってんのかってなるなお前はよぉ!」

 

 怒鳴られながらも僕はハンドガンを構え……。

 

「ダメでした」

「早ぇ!」

「腕がめちゃくちゃ痺れてる」

 

 アイザックから借りたハンドガン、一発撃ってみただけで僕には大ダメージだった。当てるなんてもってのほか。素人がこんなもの使っちゃいけないよな! 煤で汚れたジャケットを翻してハンドガンを構えていた僕は最高にかっこよかったんだけどさ! 多分すごく絵にはなってたと思う!

 ともかく速やかに鈍器使いにジョブチェンジした僕は、拾ったパイプで逃げ道を塞ぐ真っ黒棒人間を殴り倒した。うん、こっちの方がやり易い。

 するとまるで鏡合わせの様に相手も鈍器を構えてきた。が、僕としては飛び道具使われるよりはありがたい。

 喧嘩なんて初めてだから引け腰なのは許してもらいたい。でも背中合わせで派手に重火器をぶっ放してるアイザックがいたから、そこはまあ……すぐ慣れた。

 うん、僕って意外と順応力が高いな! 口に出していたらしく、「意外も何もお前は最初から異様に慣れるのはえーわ」と突っ込まれたけど。

 そんな場合じゃないだろうに、つっこみに律儀だよアイザック。

 

 

 

 そのままがむしゃらに応戦し、僕たちは息を切らしながらもなんとか真っ黒棒人間から逃げおおせることが出来た。

 

「はぁ……はぁ……ッ! も、煤と汗で、ぐちゃぐちゃ……お腹痛い……」

「……。ん」

「え?」

 

 路地の壁に手をついて荒く息をする僕に、ぶっきらぼうな声と共にペットボトルが一本差し出される。この不思議な町では逆に不自然に見えてしまう、僕も愛飲している有名メーカーのスポーツドリンクだった。ちなみにシュガーレス。

 ゲームのコインを持っていたからそうだとは思ってたけど、やっぱりアイザックも日本から来たんだな。こんな不思議な場所だし、別の国から迷い込んだ~って言われても違和感なかったけど。

 

「……いいの?」

「ま、無茶させてるしな。これくらいサービスしてやるよ」

「さんきゅー! でも僕、シュガーレスの甘みってちょっと苦手なんだよね」

「返せ」

「ごめんごめん、冗談! 君からの贈り物を無下にはしないよ」

 

 バチンっとウインクを決めながら言えば、綺麗に整えられた艶々の爪が収まる指でデコピンを食らった。ぁ痛ッ!

 

「奏多って無駄にウインク上手いよな。いい感じに腹立つぜ」

「いい感じに腹立つって何……いてて。さっきは真っ赤になって照れてくれたのに~」

「あれはウインクじゃなくてお前のこっぱずかしい発言に照れたんだよ。いやそもそも照れてねーけど」

「今照れたって言った」

「しつこい!! ……とりあえず、それ飲んで息整えたらいくぜ。また追ってくるだろうが、その時はその時で応戦する」

「了解!」

 

 元気よく返事をして、ペットボトルの蓋を開けようと手をかける。…………あれ。

 

「…………」

「どうし……ああ」

「こんなことってある……!? ペットボトルの蓋開けられないとか初めてなんだけど!」

 

 アイザックは何やら納得したように頷いていたけど、僕は愕然とした。何故って、言ったそのまま。手に力が入らなくて、もらったペットボトルの蓋が開けられない。

 

「鉄パイプ振り回したのなんて初めてだろ? その前に撃ったハンドガンも。そりゃ、手も痺れるか。……ほらよ」

「あ、ありがとう。……君って見た目以外はちゃんと男の子だよね」

 

 ぱっと僕からペットボトルを奪い、蓋を開けてよこしたアイザックを見た。

 

「なんというか……ちょっと悔しいな」

 

 こぼれ出た声が思ったより拗ねていて、自分で驚く。

 だけどそんな僕に対し、アイザックはつまらなさそうに鼻で笑った。

 

「こんなことで何言ってんだ。お前の能天気クソ度胸には百点満点の呆れと敬意を送ってやるよ。今は俺の無茶ぶりに応えてみせた事実を誇りやがれ」

「うーわ。なんか素直に喜んでいいか分からないけどかっこよさげなこと言われた。でもちょっとくどくない?」

「お前だけには言われたくない」

「ごめんって。あはは。……じゃあお言葉に甘えて、頑張った僕に乾杯!」

 

 なんとなく恥ずかしくて、誤魔化すようにペットボトルを掲げてから喉を潤す。苦手な人工甘味料の甘みが、今日は妙に美味しく感じた。

 

「切り替えの早い奴。楽でいいけどな」

 

 頭をかきながら笑うアイザックのもう片方の手。余裕が出てきた僕はせっかくだしと気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「ところでアイザックの銃って何? 名前聞いても分からないとは思うんだけど……変な形してるよね」

「これか? んなもん見てわかるだろ。魔法使いのステッキだよ。杖の形してんだろうが」

「そんな可愛い響きのもんじゃなくない!?」

「あ? どう見たって可憐な俺にぴったりのマジカルステッキだろうが」

「さらにかわいい風味にしなくていいよ」

 

 幼い妹たちにつきあっているおかげで自分が幼女だった時から十数年、ずっと見続けている魔法少女シリーズを思い出す。……少なくともアイザックのそれとはマッチしない。

 魔法少女、という大きなくくりでなら最近のバラエティに富んだ作品群にいくらでもありそうだけど、少なくとも僕が抱くマジカルステッキとアイザックのマジカルステッキ()はミスマッチ。第一普通に銃として使ってるだけで、そのステッキで魔法なんて一回も使っていないじゃないか。

 それとも僕が気付いてないだけで、あれで魔法使ってるのか……? マジで???

 

「いいだろ? 改造費、けっこうしたんだぜ。……想像力ってのは素晴らしいよな。馬鹿みたいにかっこいいもん作りやがる」

 

 言いながらうっとりと、桜色の唇をマジカルステッキ()によせるアイザック。……本人はとても愛らしいけど、僕には少々分かりかねる趣味だった。

 素直に銃って言ってくれたら納得だったんだけどな。僕、思ったよりマジカルステッキに夢持ってたらしい。

 

「……本当に、俺にもこれを自分で考え出せる想像力があったらな……」

「あ、それ僕も良く思う。イラストレーターさんとかデザイナーさんとか漫画家さんとかさ、すごいよな。見たことの無いもの生み出しちゃうんだもの。積み重ねあってこそだとしても、僕には出来ないことだから憧れる。画集とか写真集見るのは好きなんだけどさぁ……自分でそれが出来るかって考えたら、想像できない」

「…………。お前だってすごいだろ」

「は? 何言ってるのさ。君、僕が作ったものとか見たことないだろ。美術はそんな得意じゃない」

 

 僕が描いた犬、カバって妹たちに言われたからな……。好きなんだけども、技術が追い付いてない。

 

「……そうか。でも、才能はあると思うぜ」

「適当なこと言って」

「適当ってわけじゃないんだけどな」

「えー?」

 

 妙なお世辞を言うアイザックにダル絡みしようと思ったけど、どうも様子が変で首を傾げた。だけど僕が調子を問う前に、何かを振り払うように大股の一歩を踏み出したアイザック。肩を叩こうとしていた僕の手は目標を失って、空を切った。

 

「もう休憩は十分か? さっさと行くぞ! 町中見て回るんだからな」

「へぇい」

 

 内心僕は首を傾げたままだったが、相棒が行くというなら行こうではないか。

 さぁ、まだまだこの町は見たことのない場所ばかり! 真っ黒棒人間の襲撃は怖いけど、それと同じくらい楽しませてもらおうか!

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 ほの暗くてほの明るい、少し湿った道。

 暗い影と鮮烈な光が交差する、建物の角。

 噴水の飛沫が、まるで朝露の様に舞う薔薇園。

 暗がりを人口の明かりが照らす、夜が住み着く商店町。

 

 よくよく見れば、この町には空と同じくいろんな時間が同時に存在していた。

 その空気は始めてきた場所なのに、どこか懐かしい。不思議だ。

 

 キョロキョロ周りと見回して歩く。飽きることは無い。

 狭い石階段を下りながらお店らしき建物のショーウィンドに目をやれば、コサージュで着飾った愛らしいクマのぬいぐるみがこちらを見ていた。手には箱に収まった四つ入りのチョコレート。横には香ばしそうな焼き菓子から、きらきらとした飴細工まで様々な種類の甘い誘惑が並んでいる。

 どうやらこのクマは、お菓子屋さんの看板娘らしい。それとも看板息子だろうか。

 

「不思議な町だけど、やっぱり見ていて楽しいな。あ、待った! あそこの店も見ていい? 銀食器だ。綺麗! かっこいい!」

「店の中に帰り道があるかもしれねぇから寄り道は別に咎めないが、相も変わらず楽しそうだよな。いつまた襲われるとか、そういう不安や心配はないのか」

「あるけど、君が居るから大丈夫かなって」

「そーかい。……ずいぶん信頼されたもんだな。素性も知れない、会って数時間も経ってない相手だっつーに」

「頼りにしてるよ、相棒!」

「調子のいい奴。ま、面倒見てやるよブラザー。せいぜいありがたがれ」

「はーい!」

 

 だらだらと喋りながら僕たちは町の探索を続けた。なんだかんだ僕のノリに付き合ってくれるアイザックは、やっぱり律儀で面倒見がいいと思う。同い年くらいの相手でこんなに頼って楽な人って初めてかもしれない。ことあるごとに簡単に信じていいのか? って聞いてくるけど……そこまでしつこく聞かれると、逆に疑う方が難しいと思うんだよな。

 だってもし騙してるんだとしたら、その対象に騙されてるかもしれないぞ! って言ってくるのは相当なお人よしだろ。そんな相手になら、逆に騙されてもいいかも、などと思ってしまう。

 

 ここから帰れた後も、縁が続けばいいと思う。ちなみにラインしてる? って聞いたらスマホ持ってないと言われた。くっ! つれない。

 

 

 

 風に乗って汽笛がどこからか聞こえてくる。

 ……風が吹いてるってことは雲も動くんじゃない? と思って見上げたけど、空は特に顔色を変えていないようだ。文句なしに綺麗なのだが、この夕焼けとも朝焼けとも区別がつかない時間が長く続いていることが不思議。町のいろんな場所にいろんな明度があるけれど、空気がどれかしらの時間に染まりきることが無いのだ。これ以上明るくなることも、暗くなることもない。中間を漂っている。

 

 古ぼけた町灯の明かりで濡れた石畳に、僕たちの足音が響いていた。

 

「そういえば、帰り道を探すのってこの町だけでいいの? 町の外にあったりは……」

「心配しなくていい。この世界は町だけで完結してる」

「え、」

「張りぼてみたいなもんだ。限られた空間に、町って質感が貼られている」

「ふ、ふーん? じゃあ、あの空の下には何もないんだね。それはちょっと、寂しいな」

 

 よくわからなかったことをごまかすために、なんとなく思っていたことを口にする。するとアイザックが反応した。

 

「…………。寂しい、ね」

「そう思わない? あんな高くて遠い、どこまでも広がってそうな空が、宇宙がさ。途中で途切れているなんて」

 

 僕の言葉にアイザックは目を細め、何も言わずに先へと歩いていった。意外と歩幅が大きくて早足だから、あっという間に置いていかれる。

 

(あれ、何か気に障ることでも言ったかな?)

 

 少し小走りになって追いかけ、石のライオンが水を吐き出している水飲み場で追いついた。が。

 

「って、なにやってるんだよ!?」

「頭冷やしてんだよ。見てわかるだろ」

 

 水飲み場に勢いよく頭をつっこんだアイザックを前に、ぎょっとして問いかければ憮然とした表情で振り向かれた。びしょ濡れになったみつあみ二つが派手に水の粒を投げてくる。こ、この水冷たい!

 

「え、僕頭に血を昇らせるようなことでも言った? ごめん」

「ちげーちげー。単純に、ちょっとした自戒だ。気にすんな」

 

 ひらひらと手を振るけど、大事な相棒の突然の奇行を気にするなという方が無理だ。

 

「よくわからないけど……。ほら、そんな濡らしたら風邪ひくし髪が痛むよ。せっかくのキューティクルが傷つく。もったいない」

「気にするところそこか? まあ俺の髪は黄金にも勝る至高。それが損なわれるかもしれない事実に胸を痛める心理には共感できる」

 

 ふふんっと胸を張るアイザックは、何を気にしていたのか知らないけど調子を取り戻したらしい。

 …………。それにしても本当にアイザックって顔がいいな。濡れそぼった長い睫毛には態度とは裏腹に愁いを帯びた艶のようなものを感じるし、水分を含んだ髪の毛が白い頬に張り付いて色っぽい。いや艶も色っぽいも同じような意味か。

 う~ん、この壮美を表す脚本家の才能が欲しい。本は好きな方だけど、表現するとなるとまだまだだ。

 

「何見惚れてんだよ」

「君が美しいのが悪い」

「うつっ」

「?」

 

 自分のこと美少女だの至高だの見惚れてるだと言う割に、変なところで照れるなこの子。僕だったら素直に喜んじゃうけど。

 

「ああ~、もう。服までこんな濡らして……」

 

 ぎこちなく動きを止めたアイザックの真っ赤な上着をバサッとを脱がせて、ゆるく編まれた三つ編みをほどいて布で挟む。手持ちの布がハンカチくらいしかなかったけど、幸い煤で汚れていなかったので使用した。

 ……でも案の定というか、たっぷり水分を含んだ髪の毛にハンカチ一枚は焼け石に水というか大湿地に屁のツッパリというか……いや大湿地に屁のツッパリってなんだ。その組み合わせは聞いたこと無いし何の意味も形成できていない。考えるにしても、もう少し何かなかったのか僕。

 そんなしょうも無いことを考えながらアイザックの髪の毛を可能な限り丁寧に丁寧に絞っていると……手首を掴まれた。

 

「いい。あのな、俺は魔法使いだぞ? これくらいどうとでもなる」

 

 言うなりパチンっと鳴らされる指。すると水分で重くなっていた髪の毛は軽やかさを取り戻し、ついでに僕のハンカチまでさらさらに乾いてしまった。

 柔らかい金色の猫毛が、繊細なレースが縁取る白シャツの上で踊っている。

 

「え、なにそれ! すっげー! すっごい! 羨ましい! その長さの髪の毛一瞬で乾かせるの!?」

「思わぬ食いつき!」

「だってすごいものはすごい! いいな、いいなー! 僕、髪が長かったころ乾かすのが大変でさ。今の長さなら早いんだけど、それでも羨ましい! 魔法って便利だね!」

 

 アイザックにとってはなんでもないようなことなのだろうが、僕にとってはひとつの奇跡だ。感動のあまり僕の手首を掴む手を、更に上から手を重ねてぐいっと近づく。

 

「近い近い近い! 距離感!!」

「初対面で僕の頭にお尻を乗せた君がそれ言う?」

「それはそれ! これはこれ!」

「ええ~」

 

 上半身をスウィングするようにして僕を振り払ったアイザックは、濡れた上着を再び魔法で乾かして羽織る。そして僕を見ると、くいっと親指で道の先を示して見せた。

 

「……ほら、行くぞ」

「うん!」

 

 

 

 そのあと僕たちは町の色んな所を巡った。自分の住んでいる町でさえこんなに隅々見て回ったこと無いってくらい、たくさんの場所を隅から隅まで。だけどこの町、見れば見るほど僕の好みだし好奇心を刺激してやまない。

 

 銀河が沈んだ地下水路、突然鳴りだす公衆電話とそこから流れる極上のオペラ、高台の公園へ続く空の姿見となった鏡の道。音だけ聞こえていた蒸気機関車にも運よく出会う事が出来て、真っ黒棒人間たちからの逃走に一役買ってもらった。減速していたとはいえ、動いている列車に飛び乗るなんて映画みたいなこと自分が出来るとは思わなかった。怖くもあったけど楽しかったな……。

 

 走り回って疲れた分、美味しいものもたくさん食べた。襲われたりするのにこんなにのんびり食事してていいの? って疑問は僕とアイザックの食欲の前に敗北している。

 ふわっふわのスフレオムレツに、屋台で買ったソースの濃さがたまらない焼きそばパンとシンプルに塩のみで味付けされた牛串。色とりどりの誘惑が並ぶショーウィンドからケーキを選ぶときは大変だった。アイザックとシェアすることでいろんな種類を食べられたのはラッキーである。

 

 新しいものが目に入るたびにちょこちょこ食べていたものだから、僕の財布は大分軽くなってしまった。帰りにゲームを買おうとお年玉から結構多めの額を引き出して入れておいたんだけど……うん。この経験はゲームに勝るから、まあいいだろう。うん。

 

 

 こうして時間の移り変わらない空の下、僕たちはたくさん走り回った。

 

 たくさん、さくさん。

 時間がどれほど流れたのか、わからないほどに。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 ぎしぎしと不穏な音をたてる階段を躊躇なく上っていくアイザックの背中に、鉄パイプを杖代わりにした僕が情けない声で呼びかける。

 

「アイザック~。ここ、上らなきゃダメ?」

「俺の勘がここは見ておけと言ってる」

「魔法使いの勘だけに無視できない~。わかった、がんばる~」

「よしよし、素直なのはいい事だぞ奏多」

「僕の長所だからねー。アイザックも素直だけど」

「はぁ? 俺のどこがだよ」

「反応が素直」

「言ってろ」

 

 現在僕たちは最初この町に訪れた時のようなビルを上っている。鉄で組まれたその建物はさながらビルというより工場で、町に乱立している煙を吐き出す煙突を、その体から何本も生やしていた。

 帰り道を探すなら一番初めに来た場所と似た雰囲気の所を探すのは……まあ理にかなっているといえなくもない。だけどいかんせん入り組んでるし、なにより階段が長い。

 ここに来るまで何度か真っ黒棒人間たちの襲撃を受けやり過ごしたこともあって、僕はけっこう疲れていた。その分休憩もしたけどさぁ……。

 でもアイザックがあまりにもふわりふわりと軽やかに歩いていくもんだから、なんとか気力を振り絞る。特に力がない僕だけど、相棒としてついていくくらいは出来ないとな。

 ちなみにその幾度かの襲撃で、僕も少しだけ戦いになれた。一番磨かれたのは逃げ足だけど。

 

「もしここにも無かったら、さっきの広場戻って屋台で何か食べよう~」

「…………。ああ、わかった。つーかお前、思ったよりばててるな。しょうがねぇなー。ほら」

「…………?」

 

 僕より十段ほど上に居たアイザックが戻ってきたかと思えば、手に持っていたステッキ銃をベルトのホルダーにぶら下げ、しゃがんで何かを促してくる。これは……。

 

「だめ、無理。僕のプライドが許さない」

「急にきびきび喋ったな」

 

 アイザックの意図を正確に読み取ったものの、僕は即座に拒否した。

 

「だって考えてもみてよ、絵面を! 可憐な美少女の背中におんぶされるかっこいい僕! 僕がいくらかっこよくても、かっこ悪いだろ! 僕はかっこよさに妥協したくないんだ! 誰も見てないとしても!」

「…………」

「うおぇあ!?」

 

 突然の浮遊感に全然クールでも格好良くもない声が出る。

 

「めんどくせぇから、これで行くぞ。ぐだぐだ文句言うなよ」

「…………。ほんと君、どこにそんな腕力あるんだ?」

「魔法」

「納得」

 

 人生で初めて肩に座らされる形で担がれた……。冗談でもお姫様抱っこを選択しなかったことには感謝するけど、背丈が自分より低い相手にこの形で運ばれるとは……。

 アイザックの肩小さいからお尻がはみ出る。その分肘を持ち上げる形で支えてくれてるけど、その体勢きつくない? 

 

「思いっきり頭部掴んじゃってるけど大丈夫?」

 

 咄嗟の事にバランスをとろうとした僕は、がっちりアイザックの頭に手を添えていた。

 

「あんま気分はよくねーが、まあいい。後……で何か奢れよな」

「ええ~? 僕はいいって言っ……わかったよ、なんでも奢るって」

 

 ぎろりと睨まれたので降参、と片手をあげた。あまり納得は出来てないけど、このまま大人しく運んでもらおう。

 

「……わっ」

 

 建物内部のはずなのにふいに突風が吹いて、壁の一部が吹き抜けになっていることに気づく。そちらに視線をむけると、下方に見える町の明かりは思った以上に遠かった。途中から疲労ばかりに気を取られて気づかなかったけど、こんなに高い場所まで上ってきていたのか。疲れるわけだよ。

 この建物、町の中でひときわ高くそびえていたもんな。例の時計塔より高い。

 ちなみにここに入る前、時計塔が示していた時刻は八時。そういえば途中からスマホの時計を確認してなかったけど……まだずれたままかな?

 

「…………なあ。もう一度聞いていいか」

「え?」

 

 外の景色に呆けていた僕に、淡々とした声が投げかけられた。

 

「お前はさ、なんでその恰好で生活してるんだ? 髪、長かったんだろ。どうして切ろうと思った」

「え? う、ううーん。そう言われても最初に言った事が本音だし……」

 

 僕はかっこよくて美しい僕に似合う格好、好きな恰好をする事が好きだ。もっと端的に言うと趣味としか言いようがないんだけど……。

 

「ああ」

 

 なにげなく外の景色を見て、心にすとんと落ちたものがあった。

 

「僕は少し軽くなった頭で、見たことのない景色が見たかったのかも。……あ、軽くなった頭って馬鹿って意味じゃないから! 僕これでも成績はいい方だから!」

「はっ! これでもってことは、少しは自覚してんじゃねーか。自分が馬鹿っぽく見えるの!」

「酷いよアイザック!?」

「悪い悪い。あはははははは!」

「そんなに笑う!?」

 

 何がツボに入ったのかひとしきり笑ってみせたアイザック。僕としてはこれ以上ないくらいしっくりきた答えだというのに、失礼しちゃうな。

 

 僕は十四歳だ。小学生の頃より出来ることは増えて、少し遠くまで行けるようにもなった。

 だけどまだ子供って事に変わりなくて、学校や塾に行って、親に面倒を見てもらっている。それが嫌だというわけではない。クールな僕に年相応の反抗期は訪れていないのだ。ふふん。

 でもどうしようもない欲はある。

 

「僕は見たことのが無いものを、たくさん見てみたい」

「それと男装は関係あるのか?」

「あるある。えーとね、なんて言えばいいかな……。僕はまだ子供で、移動できる距離って限られてるんだよね。でも僕が姿を変えたら、周りの反応が代わるだろ? それもまた、僕にとって見たことのない景色ってわけ」

「姿を変えたことで反応が代わるのは、見たこと無い景色と言っていいのかよ。本質を見られてないってことだぞ」

「そんなの気にならないよ。この格好してる僕を含めて僕の本質で、装いもまた内面の一部だしね。……うーん。実を言うと趣味以外に言葉を当てはめたのがたった今で……どう説明したらいいか迷うんだけどさ」

 

 肩の上でうんうんと頭を悩ませる僕を、アイザックはただじっと見ている。その真面目な表情に少し怖気づきそうになるけど、どこにそんな必要がある! と胸を張った。

 

「ともかく! 僕にとって、男装ってのは好きな自分になるためのひとつのアップグレード要素なんだよ」

「なんかごり押してないか?」

「ごり押してない。もう、一度答えてるのにもう一度聞いてくるから、せっかく真面目に考えたのに」

「……悪かったって。で、続きはあるのか」

「遮っておいて聞くんだ。いいけどさぁ」

 

 ジト目で睨めば困ったように眉尻を下げられて、それに少しばかり留飲を下げた僕は途切れた言葉の続きを探す。

 

「ん~……。そうそう。男装して違和感なしに男の子に見てもらえるの、今が限度だろ? 君にはすぐばれたけど。……成長した後もやり方はあってもさ、自然体の中で一番中性的で居られる時間は、多分今がぎりぎりのぎり。だからその期間目いっぱいこの視界を楽しもうと思って、普段からこの恰好で過ごしてるんだ。たまにほどほどにしとけ~って言われるけどね。髪をバッサリ切った時はお母さん驚かせちゃったし」

「……そっか。お前のはどこまでも自分を楽しむためのものなんだな」

「何、アイザックは違うの? 僕は自己紹介の時、初めて同志に出会えた~って思ったんだけど」

 

 彼はもうあの友情を忘れてしまったのだろうか。そう不満をこめて言葉を投げかければ、アイザックは実にしみったれた表情でぽつぽつ言葉を落とした。

 

「…………。俺のは、ただの見栄っ張り。虚栄心だ。他に自信が無いから、自分の誇れるもので飾り立てて、守ってる」

 

 なにやら落ち込んでるところ申し訳ないけど、「はあ?」と大声出た。

 

「自信がないとか嘘でしょ。自信の塊でしょ君」

「そう見えてんなら俺の見栄も、お前のプライドくらいのもんはあるのかもな。比べられたくないだろうが」

「なんだか卑屈だよアイザック。どうしたの」

「いや……。でも、そうだな。聞けて良かった。おかげで、自分の小ささがはっきり分かったぜ。ここへ来て正解だ」

 

 どうにも様子が変で、この空気を誤魔化すように笑う。

 

「変なの。数時間前の傍若無人さはどうしたの」

「数時間? ……ああ、そうか。お前はこの空間の中で正確な時の刻みを、把握なんてできないよな」

 

 含みのあるアイザックの言葉に、考える前に問いが口を突いて出た。

 

「それってどういう……」

「八十年」

 

 心臓が跳ねた。本能的に体の底から痺れるような震えが走る。

 

「…………?」

「俺たちがここに居る時間だよ」

「え、は、なに。冗談にしたって質が悪……」

 

 そう言いかけた時だ。ずるっとポケットに入れていたスマホが階段に落ちる。「あ」と声が出たけど、アイザックに担がれているのですぐ拾う事が出来ない。ぱっと画面が、点灯した。

 そして僕は……どうしようもない違和感に気付いてしまう。それはいつもは時刻しか表示されないロック画面に、何故か年月日まで表示されていたからかもしれない。

 

「にせん……ひゃくいち、年?」

 

 二千百一年。日付と時刻の前に表示された歴に、ざらついた寒気が背を這う。

 

 

 その時だ。

 

 

 

「おや、まだ完成させていなかったのかい、アイザック」

「まあまぁ、なんと遅い。なんてのろま。とってもとっても愚かだねぇ」

 

 

 

 

 この町の中で初めて、僕たち二人以外の声が空気を震わせた。

 

 

 

 

 

 

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