夕晴れ。あの日のシャーレからの帰り道まで、時は
車窓を流れる大小様々な建造物を、カリンは頬杖をついて何となしに眺めていた。ちらちらと照り返される陽光が、網膜に黄昏色を
立ち並ぶビル群の合間を、黒塗りの車体がその図体に見合う重低音を響かせながら縫うように走る。一般車両より遥かに長いボディーを操る同級生――アカネの表情には、いつも通りのアルカイックスマイルが
シートに身体を預け、嘆息をひとつ。常人ならば本革の滑らかさやじわりと沈むような心地よさに息を漏らしたところだろうが、助手席に座るカリンの顔色は晴れなかった。
……妙な沈黙。アスファルトを
「――首尾はいかがでしたか?」
口火を切ったのは、アカネの方だった。
沈黙に耐えかねたのか、それとも機を見計らっていたのか……おおよそ不敵な笑みを絶やさないこの同僚にはどちらも似合わないなと、カリンは内心でひとりごちた。
「……どっちの?」
「では、ゲーム開発部がシャーレに出した依頼のウラから伺いましょうか」
ふん、と鼻で息をつく。
「……ヴェリタスに調べさせたのと同じ日付で、シャーレのメールボックスにログが残ってたよ。別に盗み見たりクラッキングなんて面倒な真似しなくても、普通にお願いすれば見せてもらえた。……ただ――」
「ただ?」
「――『何のために見たいのかを、正直に答えて欲しい』なんて、真顔で言われてしまって。……しばらく何も言えなかったよ」
まぶたを下ろす。思い浮かぶのは――あの時の先生の、優しくも力強い、真っ直ぐな瞳。
「……シャーレの先生は、これまでのどんな相手とも違う。自分が誠実であろうとする代わりに、こちらにも同じだけの誠実さを求めてくる。……正直、立場上は向こうの方が格上なだけに、とてもやりにくい」
「ふむ……」
アカネがハンドルから片手を離し、自らのおとがいにそっと指を添える。
「シャーレを賢く扱うことが出来れば、他のどの勢力よりも
「……それとあの先生、キヴォトス全域の雑用から連邦生徒会の寄越した任務まで、大小問わず何でも請け負おうとしてる。あんな仕事のやり方じゃ激務で気絶するのも当たり前だ」
「あら」
そこかしこからの依頼にまみれたメールボックスを思い返しつつそう言うと、アカネはそのまま口元へと指をスライドさせ、くすくすと笑みを漏らした。
「……何?」
「いえ。良妻賢母を志す
「ッ――知らないッ」
カッと頬が熱を持ったことを自覚できてしまって、カリンは顔をそむけた。
「うふふ。ずいぶんとご機嫌ナナメのようですね、お嬢様?」
「それ、ほんとにやめて。怒るよ」
既に怒っているようにしか見えませんよ、という言葉はさすがに胸中に押しとどめておく。
「……気持ちのいいわけがない。こんな任務……」
「あら、ミドリちゃんはお気に召しませんでしたか? ゲーム開発部におけるブレーキの役割は、彼女が担っているものと思い込んでいましたが……あてが外れてしまいましたでしょうか」
「違う、逆だ。……いい子だよ、凄く。だからこそ余計に、こんな騙すような真似をしなければならないのが……もどかしいんだ」
「……カリン」
しっとりとした、言い聞かせるような声音。
「あなたは彼女を騙してなんていません。ただ……すべてを伝えていないだけです」
「……まるで詐欺師のような言い分だな」
「カリン」
そんな同僚の声が、今度は少し低くなるのが分かった。
「忘れてはなりませんよ、カリン。私たちの主は、私たちがご奉仕すべき相手は、一体誰ですか?」
言うまでもないことだった。自分たちが今身にまとっているのは、主に仕える
「……ミレニアムサイエンススクール、そのものだよ」
「仰る通りです。そしてミレニアムを――我らが母校を守ることは、ひいては彼女を守ることにも繋がる……そうでしょう?」
「……」
「それとも……全部伝えてしまいますか? あなたたちが『廃墟』から連れてきたその愛らしいお人形は――非常に危険だと」
……エンジニア部部長である
おまけに今のキヴォトスの技術では、まず生徒たちの外見と近しいロボットを作ることすらまだまだ難しいというのに、彼女はヘイローまでその身に宿しているのだ。本当に、とんだオーパーツを掘り起こしてくれたものだった。
「我々とよく似た外見のAI――というだけなら、まだ良かったのです。それがあんな重火器を易々と振り回し、ヘイローまで身に付けているとなれば……さすがにこのまま静観するわけには行きません。まるで全力ではなかったとはいえ、かの
これまでC&Cが得てきた情報を統合すると、ゲーム開発部がミレニアムプライスより半月ほど前にシャーレを頼り、『廃墟』から天童アリスと『G.Bible』とやらを持ち帰ってきたのは疑いようがない。しかし彼女が(偽造とは言え)ミレニアムの生徒として登録され、その存在を公的に認められてしまった以上、C&Cが日頃と同じく
C&Cが仕える主は、ミレニアムそのものだ。その主が彼女の在校を許してしまった以上、自分たちの独断で彼女を無理やり排斥するという手段を取りづらくなったためだ。
正直、付け入る隙も致命的な矛盾も、事情を知っている人間からすればいくらでも透けて見える。そこを突いていつもの実力行使に臨めないのは……ひとえにあの生徒会長の、鶴の一声があったからだ。
『天童アリスについては、しばらく様子を見る』――と。
ハンドルを握るアカネの手に、ぐっと力がこもる。
「……校内での賭博施設の開場や他サークルへの襲撃の動機など、アリスちゃんが所属するゲーム開発部の突飛な発想と行動力にも、目に余るものがあります。だからこそ――」
「だからこそ……集団の中でも比較的まともで話が出来る子から懐柔していこうって話でしょう。わかってるよ。……わかってる」
前方に赤信号。巨体が減速――停車し、迫力のあるアイドリングが双方の身体を揺する。
「……本気で、お気に召されているのですね」
「……可愛い絵を描くんだ、あの子。本人も臆病だけど、素直でね。この前の特別賞取ったゲーム、私もやったよ、面白かったよって……それだけで、涙まで見せる程度には」
「まあ」
この時にようやく、アカネは打算のない笑みを見せた。
「それは確かに……貴女がいじらしく思う気持ちも、わかりますわね」
「……」
信号が青に変わる。ツインターボエンジンが唸りを上げて、公道を駆けていく。
「……守るよ、必ず」
行く先を真っ直ぐに見据えて、カリンはそう呟いた。
そんな相方を心強く思いながら、アカネはかつてセントラルタワーの暗い廊下で相対した、アリスの言葉を思い返していた。
『――どんなゲームの中でも、主人公たちは……決して、仲間のことを諦めたりしませんでした。なので、アリスもそうします』
例えばここが物語の中なら、彼女たちが育んだ麗しき友情が理屈を跳ね返すこともあるだろう。だからこそ、自分たちは
しかし――アカネもまた、あの時の屈託のない笑顔が、嘘だとは思いたくなかった。
嘘に、させたくはないと思っていた。
「ええ」
残照に染まるフロントガラスの向こうに目を細めながら、
「是非とも、そうして下さいな」
アカネは珍しく願うように、そう