アビドス高等学校。
過去のキヴォトスにおいて、あのトリニティやゲヘナを
……スマホの検索結果としてはこんなところだったけれど、ノノミさんの第一印象を塗り替えるには十分な内容だった。
そっか。じゃあノノミさんが、その数名のうちの一人なんだ。
(すごいなあ、ノノミさん……)
学校の、復興。……普段どんなことをしてるんだろう。勉強とかどうしてるんだろう。そういった日頃の努力も、裏の苦労も……全く想像がつかなかった。
(でも……)
話の規模で言うなら、比べるべくもないけれど。
どんなにひどい状況でも、どうしても守りたい場所がある――そういう気持ちなら、痛いほどよく分かるから。
(……後でお話、聞いてみたいな)
あと初対面で人見知ってなんかもごもごしちゃったの謝らないとな、とも思った。
そんな当のノノミさんはと言うと、
『それじゃあ、私はブリーフィングの準備と、あと先生を起こしてきますから。もう少し時間がかかっちゃうので、ミドリちゃんはあちらのソファーで待っていて下さい』
ということで今、この場にはいなかった。
そしてノノミさんが言っていた「あちらのソファー」の後方にて、再び私は固まっていたのだった。
……ソファーには先客がいた。今日の当番の四人のうち、私と
窓枠に切り取られた日差しのもと、慣れないスニーキングの要領で、そろそろと近付いていく。もうとっくに挨拶してもいい距離に入っているのも分かっていたけれど……どうしてもできなかった。
例えばそれは、生え方からして多分どっちかが地毛じゃない、白と黒のツートンに分かれた髪色だったり。
房の大きなポニーテールの結び目に生えている、二本の赤黒いツノだったり。
イラストの中でしか触れたことのない、黒くて筒っぽい形のイヤーカフだったり。
そういった肩から上に覗く諸々のアイテムだけでも、めちゃくちゃな威圧感があって……私はこの時点でひとつ、確信していることがあった。
(うちの部活にはいないタイプの人だ……!)
というか絶対ゲヘナ辺りのヤンキーだ、と思っていた。
……ゲヘナ学園。ミレニアムと同じ、現キヴォトス三大学園のひとつ。「自由と
その独特な校風を表すようにかなりイカレ――ユニークな人が多く、他校や周辺地域からはあまりいいイメージを持たれていなかった。……私も、その一人だ。
「……?」
それでもある程度近付いていったところで、なんだかとても耳馴染みのある……平たく言えば、ゲームっぽいBGMが聴こえてきた。しかも最新のものには程遠い、そして私たちにとってはもはや日常の一部たる、8bitサウンドが。
勇気を振り絞って、背後からこっそりと覗いてみる。同じタイミングで組み替えられた、スカートから伸びる生足が色っぽくて、私は慌てて手元を注視した。
(……うん、やっぱり)
直前までの
「……」
……ポチモンにしてはボタン操作が忙しいな。それにマリンみたいな横スクロールでもない……ゼルナ? いやでも、ゼルナのHPは数字じゃ――
「――あっ」
という声が出そうになった。いや、多分出た。すぐに口を両手でふさいだけれど、勢いをつけ過ぎてべちっという音までした。……よほど集中しているのか、暫定ゲヘナの人が振り向くことはなかったけれど――それほどの衝撃だった。
(せ、聖槍伝説だ……!)
しかもハードがゲームガールってことは……初代聖槍伝説・ファイナルファンタジア外伝以外に有り得ない。儚くて切ないストーリーと単純ながら完成度の高いシステム、そして印象的なチップチューンから、原点にして至高と呼ぶファンも多い
セットになった移植版だったけど、私もぼろぼろ泣きながらやったっけ……
(うわあ、うわあ……!)
し、渋い。なんてクールなチョイス。
お、お話したい……!
そうして一人で鼻息荒くボルテージを上げていると、不意に暫定ゲヘナの人が本体のスイッチを切った。ソファーの背に肘を乗せて、こっちを振り向かれる。
「――で、あんたが新しい子?」
血溜まりのような、赤い瞳だった。
ギロ、という効果音がこれ以上なく似合う、鋭い視線。高まっていたオタクパワーが、一気にゼロに戻る。
や、やばい。大好きなゲームをやってたから忘れてたけど、普通に怖い人の可能性が残ってたんだった。
「あ、え、えと……す、すみません。勝手に、後ろから覗いたりして……」
「ううん、最初から気付いてたから。大丈夫」
「うぁ」
れ、礼儀知らずなヤツだと思われたかな。そりゃそうだよね……ど、どうしよう……
そうしていたたまれなくなってその場でうつむいていると、
「……えっと、別に怒ってるわけじゃなくて。元から私、こういう顔なんだ。怖がらせちゃったなら、ごめんね」
「へ……?」
何故か幾分か優しくなった声が返ってきて、また別の意味で面食らってしまう。……よく聞いてみると、高くて涼やかな、透明感のある声音だった。
立ち上がって、ソファーを迂回してこちらに回ってくる。……もちろん私なんかよりは全然高いけれど、思っていたより身長は離れていなかった。襟元を大きく広げた黒のパーカーに、そこから覗く鎖骨の
「……好きなの? ああいうゲーム」
「……え、あ、はい。好き、です。部活でも、よくやってて……」
「ふうん……そっか」
目を細められる。最初の印象よりずっと、柔らかい笑顔だった。
「……ネコミミ。かわいいね」
「へぁ――」
「私、
「――あっ、さ、才羽ミドリ、です。ミレニアムの一年です。こちらこそ、よろしくお願いします――えっと……オニカタ、さん?」
差し出された手を両手で握り返すと、ふっとオニカタさんが吹き出した。
「なにそれ。カヨコでいいよ、ミドリ」
うわ、わ……
カ、カッコいい人だ。きっとゲヘナでもこうして他の女子に潤いを与えてるんだろうな……ミレニアムで言うところのカ――
「あ……」
「? ……どうかした?」
そこで思い出してしまった。唐突に
「あっ、あの……今日って確かもう一人、ミレニアムから当番に来てると思うんですけど……その人って……」
「ああ、カリン? カリンなら――」
すい、とカヨコさんの赤眼が動く。
「――後ろにいるけど」
「え゛ッ」
握手していた両手をパッと放す。そう言ったカヨコさんの視線は、私の背後に向けられていた。
反射的に振り向こうとした私の首は、神経の伝達に反してぎちぎちと、まるで錆びた歯車のようにぎこちなく視野を回していく。
……私は思い知った。主にホラー映画でよく見られるこの動作は、きっと演出上の時間稼ぎだけが理由ではなかったのだろう。
――恐怖で凝り固まった筋肉が、現実を認めたくない心が、首の回転を邪魔していたから。
「……カ――」
緩慢に回る視界が、長く艶やかな黒髪と褐色肌、そしてすっかり畏怖の対象になったミニ丈のエプロンドレス――いわゆるメイド服を、ようやっと捉える。
「――カリン、せんぱい」
「やあ、ミドリ」
頭一個分以上のひどい身長差から見上げる形になる、鋭利に尖る金眼の主は。
「しばらくぶりだな」
そう言って、シニカルに唇を歪めたのだった。