そもそもシャーレ――先生の存在を知ったのは、以前キヴォトス全域を襲った異変、その根本をほぼひとりで解決してしまったという噂話からだった。
主な被害としては、連邦
そんな噂のある先生だったから、私たちゲーム開発部はダメ元でシャーレに協力を要請した。一度目と二度目は、ゲーム制作における聖書とされていた「G.Bible」の探索のため。そして三度目は、
その時に戦った相手のひとつが――
「――は~い、それじゃあ今日のブリーフィングを始めます。よろしくお願いしま~す☆」
「……」
「……」
「……」
ノノミさんのおっとりとした号令にそれぞれが返す、
白いテーブルの四方を囲む、同じ色のソファー。左手にノノミさんが、正面に先生とカヨコさんが座り……そして私の隣にはカリン先輩が、腕と足を組んだ
……似合い過ぎだと思った。明らかに一般のメイドに許される振る舞いと風格じゃなかった。一般のメイドってなんだろう。
「ええっと、まずは午前中……これからの予定ですが、最初は先生の事務処理のお手伝いと並行して、執務室周辺の清掃を予定しています――」
時折手元のメモに目を落とし、にこやかに進行するノノミさんの言葉が、微妙に入ってこない。隣にただ座っているだけのカリン先輩から、まるで銃口でも向けられているような、異常な圧を感じていたからだった。おかげで先生にお礼を言うことも、ノノミさんに謝ることも、カヨコさんとおしゃべりすることもできなかった。
鼻から息をつく。……まあ、私たちの関係を考えると、仕方のないことではあるけれど……予想していた通りの展開に、肩を落とした。
メイド部。正式名称はCleaning & Clearing、通称C&C。
エプロンドレスをまとって優雅に相手を「清掃」することで有名な、ミレニアムが誇る最強の武力集団。その「ご奉仕」によって壊滅させられた過激団体や武装サークルは、数え切れない。
その中でもカリン先輩は、大口径の
あの時は直接メイド部を打ち倒すことが目的じゃなかったから、一緒に戦った仲間たちの知恵と先生の指揮で切り抜けられたけれど。未だに五体満足で立てていることは、正直奇跡だと思っている。
それに、当時は廃部の撤回に必死でほとんど頭になかったけれど……向こうからしてみれば、私たちは強盗目的でセントラルタワーの一部を破壊し銃口を向け合い、あまつさえ防衛対象を奪っていった因縁の相手であって。深く考えなくても、色々うやむやにしてもらったとはいえ、メイド部が私たちに対していい印象を抱いているわけがないことは火を見るより明らかだった。そんな相手に、今さらどんな顔をして会えばいいのか、私にはわからなかった。
そういったわけで、本当に本当にカリン先輩に会いたくなくて……今日の当番に、どうしても前向きになれなかったのだった。……結局こうなっちゃったけど。
考えてみれば当番のシフトを決める人って、多分先生以外にあり得ないよね。もうちょっとなんとかならなかったんですか配慮とかしてもらえなかったんですかそりゃお金はすぐにでも要るし先生にも早くお会いしたかったですけど――と伝わるはずもない念を込めて、正面をにらんでみる。
「――ああ、任せてくれて構わない。道具の場所は全部確認させてもらったし、欲しいものは一部だけど、下のコンビニでも買い足してきたから。……うん、ちゃんともらってきたよ。後で先生の机に置いておく」
だいたいちょっと前までは敵対していたはずなのに、なんでもうカリン先輩と仲良くなってるんですか。手が早過ぎませんか。どっちが先に手を出したのかは分かりませんけど!
「うんうん。それじゃあ、午前中のお掃除はカリンちゃんとミドリちゃんにお任せしますね」
「えっ!?」
「え?」
知らない間になんだかとんでもないことが決まっていて、思わずぽやっとした表情のノノミさんを振り向いた。いや、もちろん聞いてなかった私がまず悪いんだけど。
「え……っと、それはつまり、掃除の間ずっと、カリン先輩と一緒、ってことですか……? どのくらい……?」
「う~ん、そうですね~……休憩室とか、給湯室とか、ここ以外にも色々とお願いしたくて。午前中いっぱいはかかりきりになっちゃうかなと……」
ふうっと、気が遠くなる。
……死ぬ。絶対に死ぬ。私の自我がプレッシャーで潰れるか――あるいはカリン先輩に直接
「あの……できれば私は――」
「ミドリ」
ごお、と。
真横からの圧が増した、気がした。
「……ハイ」
「私と一緒だと、何か不都合でもあるのか?」
細められた金色の瞳が、標的を射抜く矢じりのように映る。
「……イエ、アリマセン……」
「――だって。掃除は私たちでやるよ。どっちみち書類なんて分からないし、そういうのが得意だから二人は呼ばれたんだろう?」
「……まあね」
「アビドスでもお手伝い程度ではありますけど、一応は……?」
「なら、適材適所で行こう。……ミドリも、それでいいよね?」
……必死に考える。
事務仕事は、確かにできない。ゲーム開発部で磨かれたのは、あらゆるジャンルのゲームの腕前と、イラストやドット絵に関する技術だけ。今回の仕事内容には使えそうもない。
私だけ他の仕事――というのも現実的ではなかった。他の三人はともかく、今日初めてここに訪れたような右も左も分からないヤツに任せられる仕事なんて、そうそうあるわけがない。それこそ掃除くらいのものだろう。
あとは適材適所って言うならそもそも私別に掃除得意じゃないですけど、なんて……そんな子供じみた屁理屈しか浮かばなかった。
――ギブアップ。試合終了のゴングが、脳内で鳴り響く。
「…………ハイ」
私にとって、地獄の一日が始まろうとしていた。