愛しき人よ   作:8OROCHI丸

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いつまで経ってもお兄様になれない


じゃあね

「エアグルーヴ。君の担当を辞退させてもらうことにしたよ」

 

私は、その言葉を正しく認識することができなかった。この男は、トレーナーは、一体何を言っている?

 

「…貴様、どういう意味だ」

 

「そのままの意味さ。僕は、君の担当には相応しくなかったようだからね。これ以上、僕といても良いことなんて一つもないよ」

 

なぜ、そんなことが言える。貴様がトレーナーとして相応しくないなど、誰が言った?誰がそんな妄言を吐いた?

ふざけるな。私の担当は、貴様以外ありえないというのに。

 

「何故だ。……何故、今このタイミングで、そんなことを言う?くだらない冗談はよせ。今ならまだ見逃してやる」

 

「冗談なんかじゃないさ、エアグルーヴ。…僕は、本気だ。君がこの先僕といることは、君にとってマイナスにしかならない。だから早いうちに伝えたほうがいいと思っただけだよ」

 

わけがわからない。貴様は、私と過ごしたこの3年に、なんの不満がある?貴様といることが私にとってマイナスになる?そんなくだらない冗談なぞ誰が信じようか。

 

「……理由はっ、理由はなんだ!」

 

「……先日、君の取り巻き……と言っては彼女らに失礼だな。君を慕うウマ娘達の声を聞いたのさ。『あのおちゃらけた巫山戯たトレーナーは、エアグルーヴ先輩に相応しくない。今すぐ担当を降ろさせるべきだ』ってね」

 

嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ!!

 

「それに、君自身も後輩たちとよく話をしていたじゃないか。『あの男はまだまだ未熟がすぎる。私と対等になるまでにはまだ相応しくない』って。つまり、そういうことなんでしょ?」

 

冷や汗と、動悸が止まらない。吐き気も酷い。目眩もする。夢であってくれ、頼むから…。

 

「ち、違っ…、わ、私は!」

 

「いいんだ、エアグルーヴ。僕がずっと未熟なのは真実さ。他のトレーナーにもよく言われてるよ。『女帝の才能に胡座をかいた厚顔無恥の無能トレーナー』……。ははは、たしかにそうだ。僕の評価はなーんにも間違っちゃいない。ウマ娘の将来を潰す男と言われても反応できないなぁ」

 

なぜ、そんな事を言う?私がトリプルティアラを取れたのも、エリザベス女王杯、ヴィクトリアマイルを勝てたのも、有馬記念と宝塚記念を勝てたのも、全部トレーナーが居なければ成し遂げられなかった事なのに。なぜ、自分の事を無能だと卑下する?

 

『おいトレーナー。貴様こんなスケジュール管理で本当にトレーナーなど務まるのか?』

『ふん、貴様のようにいい加減な男など腐るほど見てきた。貴様も所詮その口か』

 

…私の、せいか。

私が、トレーナーという男を、信用できなかったばかりに。

 

私からすれば、トレーナーなんてものは不必要だった。どいつもこいつも、レースに集中しろだの、生徒会の仕事なんて辞めろだの、私を否定するような事しか言ってこなかった。

だが、コイツだけは、このトレーナーだけは違った。

私が生徒会の仕事を最大限行えるようなサポートまで徹底的にスケジュール管理をしてくれた。だというのに、私は、信用ならないというただそれだけの理由で、全て突っぱねていた。

 

ああ、何もかも私のせいじゃないか。どれだけ冷たくあしらっても協力を惜しまなかったこの男を此処まで追い詰めたのは誰だ?

 

「僕は、これから理事長の所に辞退届を出してくるよ。まぁ、あの理事長のことだし、全力で引き留めてくるだろうけどね…」

 

「…だ、駄目だと、わかっているなら、そのような無駄な事に、時間を割くべきではない。わ、わかるだろう?」

 

「無駄じゃないよ。少なくとも、君の評価は下がらない。無能なトレーナーが一人、身の程を弁えて退くだけさ」

 

「…ぁ」

 

「君との3年間は非常に有意義なものだったよ、エアグルーヴ。流石は女帝だ。非の打ち所がないよ、本当に。…楽しかった。君が勝ったとき、僕も我が身のように喜んだ。君が惜しくも負けてしまったとき、僕も我が身のように泣いた。君が落ち込んでいるとき、精一杯サポートしたいと思って寝る間も惜しんでスケジュールを組み立てた。……それでも、僕は、君に最後まで、認めてもらうことは叶わなかったなぁ」

 

違う。違う。私がトレーナーを認めないはずがない。私にここまで献身的になってくれたのは、貴方が初めてだから。

 

「最初のエアグルーヴは怖かったなぁ。私の意に沿わなければすぐにでも契約解除してやるってくらいの気迫があったからなぁ、いつでも思い出せる。あの時はやる気が出たもんだ。このウマ娘を世間に認めさせて、僕も一端のトレーナーとして認めてもらうんだ!って若い心を奮起させたもんだよ。……結局、一番認めてほしかった担当に認められなかったんだ」

 

言え。今、ここで。言え。エアグルーヴ。動け、私の口よ。ここで言わなければ、本当にトレーナーがお前から離れていくぞ。言うんだ、女帝よ。その程度言葉にできず、何が女帝か。今までのように気高く振る舞え。ここで認めていると言え、私の口よ。

 

「…ぁ、と、トレーナー、わ、私は…」

 

「いいんだエアグルーヴ。君は僕のことをきっと認めてくれているだろうって、薄々は思ってる。これでも3年間君と過ごしたから、最初の頃と変わったのは、僕の自惚れでなければしっかりと理解できているよ」

 

「な、なら!」

 

「………でもね、エアグルーヴ。想いは。言葉にしなきゃ伝わらないんだよ」

 

「…………………っあ」

 

「君は最後まで、僕に対して本心で接しなかった。僕は、悲しかった。最後まで、本心で接してもらえるくらいの努力を怠ってしまった。君が素直じゃないとか、気難しいとか、そういう話じゃあないんだよ。僕は、結局最後まで臆病だったんだ。踏み込める領域の線引がわからなくて、最後の最後まで君に本心を語らせることができなかった臆病者の無能だよ。…だから、僕は君の担当を外れる。きっと今なら、僕なんかより、いいトレーナーに恵まれるはずだよ」

 

「わ、私は…」

 

「君はG1タイトルを数え切れないほど持ってる。ホープフルステークスに始まり、トリプルティアラにヴィクトリアマイルとエリザベス女王杯。宝塚記念2連覇に有馬記念2連覇、天皇賞だって春秋制覇してる。かのシンボリルドルフすら成し得なかった偉業を達成してるじゃないか。今の君は引く手数多のスーパーウマ娘だ。……きっと、今以上に君の能力を引き出してくれるトレーナーが居るよ」

 

「…居ない。私には、貴様以外など、考えられない…!!」

 

そうだ。そのまま想いをぶつけろ。なんとしても引き留めねば。想い人を、みすみす逃すなど女帝にあるまじき行為。欲しいものを全て手に入れてきたのだ。ここまで来て、今最も欲しいものを手放してたまるか。

 

「私は、貴様が居たからここまで上り詰めることができたんだ!!貴様が…、貴方だけが!私の生徒会の仕事を否定しなかった!!私が生徒会の仕事と、レースの両方で最大限力を活かせるスケジュールを組んでくれたのは、貴方だけだった!!」

 

「……」

 

そうだ、そのまま言い続けろ。彼の気持ちを変えるんだ。私に、女帝ではない、エアグルーヴそのものに想いを向けさせろ。それが今の女帝が成すべき仕事だ。

 

「だから、私の元を去るなんて言わないでくれ!!貴方でなければ、私は駄目なんだ!!頼む、どうか、どうか考え直してくれ!!」

 

……言い切った。言い切ってやったぞ、私。想いを伝えることが、これほどまでに重く、苦く、………暖かく、心地よいものだったなど、誰が思うだろう。想いの丈を全て出し切った。……なんとも言えない、とても良い気分だ。

 

「……駄目だ。駄目だよ。駄目なんだ、エアグルーヴ。君の想いがどうであれ、僕の評価はすでにこのトレセン学園では地に落ちている。これは個人の意見ではないんだ、トレセン学園の生徒トレーナー問わない大多数の総意なんだよ、エアグルーヴ。だから、君の想いには応えられない」

 

……どうして?どうして届かない?私のこの想いは、どうして最も届いてほしい愛しい人に届いてくれない?

 

「………どうして」

 

「…唯一、リギルの東条さんや、スピカの沖野さんは猛反対してくれた。僕はかの皇帝ですら成し得なかった偉業を達成したウマ娘を育てたのだから、担当を下ろすべきではない……ってね」

 

「………」

 

「…分かってる。それがエアグルーヴに負けた僻みや恨みだっていうのは、重々承知している。だけど、このままエスカレートしていったらどうなる?僕だけの問題じゃない、君にまで被害が及ぶんだよ。……君が妬み嫉みに巻き込まれるのが、嫌なんだ。君のことが世界で一番大切だからこそ、君と距離を置かないといけない」

 

「――――っ」

 

こんな時だというのに、一番大切だと言われて、嬉しいと喜んでしまっている自分がいるのが腹立たしい。こんな状況じゃなければ、普段の態度など崩して、きっと手放しで喜んでいただろうに。

 

「…ならば、私と貴方の二人で、障害を跳ね除けて行こう。私も恨みを買うのには慣れている。今更貴方の分が増えた程度で、私がどうにかなると思うのか?」

 

「……違う、違うんだよ、エアグルーヴ。そういうことじゃ、ないんだ……。」

 

「ならばどういうことだ!貴方だけに重荷を背負わせ、知らぬふりをするような薄情な女になった気はないぞ!!」

 

「……これを、見てくれ」

 

―――彼が袖を捲り、見せてきた箇所には、痣があった。それを見た瞬間、嫌というほど何が起きたか認識してしまった私の脳を、これほど恨んだことはないだろう。

 

「……これは、まさか……っ!」

 

「…言っただろう?僕だけの、問題じゃなくなってくるんだ……!」

 

人の嫉妬とは、かくも恐ろしく陰湿なものであるのかと、かつてない怒りを抱いた私は間違っていないだろう。天下の中央トレセン学園に、個人的な嫉妬だけで、特定の個人に嫌がらせをするなど。ましてや、暴力という行為に訴えるような恥知らずがいるなど……。

 

「……許せん。許せん許せん許せん許せん、許せんっっ!!人のトレーナーに、何という仕打ち!!理事は何をしているっっ!!このような私刑が許されるなど思うかっ!!!」

 

「いいんだエアグルーヴ!!落ち着きなさい!!!僕はどうだっていいんだ!」

 

「良いわけがあるかっ!!このような仕打ちがまかり通るわけがなかろう!!なぜ上層部はこれを黙認しているのだ!私が直接……」

 

駄目だっ!!

 

……かつてない怒号に、私ですら思わず身が竦んだ。彼がここまで声を張り上げる事など、3年間一度も無かったのだから。

 

「……エアグルーヴ。上層部に掛け合ったとしても無駄だ。『他のウマ娘が特定のウマ娘を僻むことでレースが盛り上がるのであれば我々はそれを咎めはしない』と理事長が言われたそうだ。……このトレセンの闇、とも言えるかもしれない」

 

「…ならどうすればよいのだ!!このまま貴方をみすみす手放してたまるかっ!!何か、何か方法は…!!」

 

私は考えた。どうすればトレーナーを手放さずに済むか、持ちうる知識を最大限活用して考えようと()()

 

「……いいんだ、エアグルーヴ。君の気持ちは、とても嬉しい。ここまで想ってくれている事を、僕は誇りに思うよ。……だけど、いいんだ。これは、個人の努力の範疇を超えてしまっている。……言い方は悪いかもしれないけど、君一人でどうこうなる問題はすでに通り越してしまっているんだ……。だから、君が悩む必要はない。……じゃあね、エアグルーヴ。楽しかったよ」

 

「ま、待て!!」

 

…脚が、動かない。どうした、私の脚は何故動かない。何故だ、お前の脚はなんの為にある。

 

「行くな!トレーナー!!頼む!!行かないでくれ!!!」

 

遠く、遠く。私も届かぬ場所へ。行ってしまう。

…なにが女帝だ、何が皇帝を超えただ。

―――――私は、無力だ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「おや、お目覚めかね?副会長?」

 

「……わ、私、は……」

 

「やれやれ、『深い眠りの代償に悪夢を見せる薬』を所望したのは副会長じゃないか。…その様子を見るに、相当堪えたようだね」

 

「……………ああ、私自身、これほどまで夢見が悪いことなど無かった。…まさか、ここまでとはな……」

 

「大方、自分のトレーナーに別れでも告げられたかね?」

 

「…わかるのか?」

 

「わかるとも。この薬を作ったのは私だ。…最初の被検体になったのも、私だ。……いやはやなんとも、凄まじいものを作ってしまったよ。あれは私でも堪えたくらいだ」

 

「……なるほど、経験則か。…だが、感謝をしておこう。この悪夢が、現実のものとならん可能性など無いからな。……私も、もう少しあ奴としっかり向き合わねばなるまい」

 

「そうすることをお勧めするよ。すれ違うというのは非常に心苦しいものだ。お互いの心象は、しっかりと把握しておかねばね」

 

「…ふん、今回ばかりは大目に見てやろう。そして、感謝もしておく。………ありがとう、アグネスタキオン」

 

「おやおや、副会長からそのようなことばを聞けるとは。何事もやってみるものだね。……願わくば、もう副会長がこんな薬に頼らざるとも良きウマ娘ライフを送れることを願っているよ。クククッ……」

 

「あれだけ被検体を欲しがっていた貴様がそのようなことを言うなんてな。貴様にとってもよほど酷いことがあったと見える。…だが、そうだな。そんな薬など頼らなくとも、ワタシは大丈夫だ。ああ、彼と向き合えば、きっと解決するような気がする」

 

「……そうだね、副会長ならきっと上手くいくだろう。アレはああ見えてかなりの大物だ。……きっと、君の言葉を全て信じて、向き合ってくれることだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだね。次は……誰にしようか?クククッ……」




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