やぁ。モルモ……トレーナー君。
なにか話があるそうだが、何かね?
……ふぅン?どうして副会長に例の薬を服用させたか?なぁに、簡単な話だよ。トレーナー君。彼女が私に欲しがったから、たったそれだけの理由さ。
彼女はトレーナーとの関係について悩んでいたのさ。彼処まで自分に献身的になってくれているのに、自分が何か返せているのか不安になったってね。私は別に気にすることないと思うんだがねぇ。
…え?君のことをどう思っているか?私の口から言わせるのかい?全く、君は私のことを全然わかっていないじゃないか。
っと、話が逸れたね…。
君も経験があるだろう?私というウマ娘のトレーナーをやっていく中で、確実にぶつかった壁があったはずだ。
遅かれ早かれ、ウマ娘とトレーナーはほぼ確実に気持ちがすれ違う。これは私が数多のウマ娘たちに聞きまわった統計を集めたものだから信憑性は高い。そんな顔をしないでくれ給えよ、モルモッ……トレーナー君。
あのエアグルーヴという気難しいウマ娘が、トレーナーとすれ違ったのが今だった、ってだけさ。何もおかしいことじゃあない。ウマ娘はトレーナーからの指示や提案を用いて勝利を掲げ、トレーナーはウマ娘のために勝利への道を模索する。この関係性というものは非常にあやふやでね。繊細で、すぐにでも壊れてしまうようなものなんだ。
え?私と君かい?…私にも、羞恥心というものはあるんだよ?モルモット君。
そんな事はどうでもいいさ。とにかく、ウマ娘というものはトレーナーに懐きやすい。そして、抱える自責の念も比例して大きい。お互いが優秀であると自他ともに認められているなら尚更さ。
簡単な話、お互いに対しての罪悪感というものが非常に大きくなっていってしまうんだ。たとえば大事なレースで1着を取れなかったとしよう。
そうだな……。私で例えれば日本ダービーかな?惜しくも2着だっただろう。その時君は何を考えた?
そう、その考えだ。君はもっといいプランを組めたのではないか、自分が不甲斐ないばかりに勝たせてあげられなかったのではないか、と考えた。
……私も同じなのさ。君のプランは私の脆い足に最適化されていた、これ以上ない最良のプランだった。にもかかわらず、私は結局君の期待通りの結果を残すには至らなかった。その時私は何を考えたと思う?
…そう。同じなんだよ。私が研究ばかりやらずに、もっと真面目にトレーニングに励めば、きっとトレーナー君の期待に応えてあげられたのに……ってね。
おや?意外かい?でもまぁ、そういう事なんだよ。言いたいことは。お互いがお互いに罪悪感を持ち続ければどうなると思う?
いずれ、どこかで取り返しのつかない大きな溝が生まれてしまう。一度生まれた大きな溝を埋めるのに、果たしてどれほどの歳月を費やせる?少なくとも、ウマ娘とトレーナーという関係性が続いている中では修復の可能性は限りなく0に近いだろう。気性が荒いウマ娘なら尚更だ。
だが、担当期間が終わってしまえばいよいよ本当に接点がなくなってしまう。つまり、永遠に修復が不可能になってしまうんだ。我々はこう見えても…いや、周知の事実ではあるが、ウマ娘はかなり神経質だ。
プライドの高いウマ娘なんか、自分から言い出せるはずもない。……一度壊れてしまった関係は、生きている限りずっと修復できないんだ。
修復できなければ壊さなければいいだけの話さ。そのためには、溝ができる前に補強してやる必要があるというわけさ。
……それが、その薬の役割かって?いやいや、これは本当に偶然の副産物さ。実験の過程で出た成功した失敗作とでも呼ぼうか。
……いやはや、深い睡眠の代償に悪夢を見せる薬、と言うには少々語弊があるね。正式名は『あり得たかもしれない決別の悪夢を見せる薬』の方がいいだろうねぇ。
これは、もしも今のままの関係を続けた場合のあり得たかもしれない未来を悪夢として投映する不愉快極まりない薬だ。過程にできてしまったとはいえ本当に不愉快極まりない。興味本位で他人に投与しなくてよかったよ。
だが、おかげで私は今君とこうして話せているのだから、まぁ、完全な失敗作とは呼べないのさ。薬に頼って自分の気持ちを自覚するなんて、中々恥ずかしいものはあるがねぇ。
誰彼構わず投与はしないでくれって?当たり前じゃないか。下手をすれば私が刺されるんだぞ?担当トレーナーに好意を抱いているウマ娘………、ってほぼ全員じゃないか。全く、人間に惚れっぽい性格というものはこれだから困る。
っと、そんな事はどうでもいいのさ。下手に投与して感謝されることはないと思っているよ。…手を差し伸べて欲しい被検体がいれば別だけどね?
クククッ。あの芦毛の怪物にでも投与してみようか?食事量が減るかもしれないよ?
……冗談。冗談だよトレーナー君。そんなに怒らないでくれ給え。
失踪します