それでは……
本編どうぞ!
これはとある日の出来事……
「藍様お茶が入りましたよ」
「すまないな橙」
「藍様のためなら橙は頑張れます!」
ニッコリと笑みを浮かべる子供に見えるが……見た目は子供だが妖怪であり、八雲紫の式である八雲藍の更なる式は橙と言う。茶髪のショートヘアーに猫耳と猫又が生えている。
ああ……橙は相変わらず可愛いな。優しくて小さくて全てをその笑顔で包み込んでくれる。橙さえいれば他は何もいらないな、地位も名誉も誇りさえ、そして食後のデザートの油揚げ……は残しておいておこう。それにしてもやはり私の橙が一番だな!
無邪気な笑顔で気分は天国の藍はこの瞬間が一番幸せな時だ。藍にとって橙は家族であり、娘のような存在で幼い頃より大切に育てて来た宝だった。お茶を出し終えた橙は野良猫たちに餌をやりに行く。その場から去る後ろ姿を名残惜しそうに見送った藍は寂しい表情をする。
ひと時でも離れてしまうと寂しくと思ってしまう……今この時だけは妖怪の賢者の式としてでなく。子離れできない一人の親と化していた。
ふむ……猫が恋しいな。私も術で猫に化けて橙に撫でてもらおうか?いや、それでは橙の愛情は私ではなく猫にいってしまうのでは?やはり小細工など使わずに橙に撫でてもらうようにお願いするか?いやいや、それでは橙に失望されるかもしれない!それだけは望まぬ!だが橙のなでなでも捨てがたい!
藍が平和な悩みに惚けている時だった。
「……藍、買い物に行ってきて頂戴」
「――ッ!?はっ、かしこまりました紫様」
背後に気配を感じて意識が覚醒する。藍の主である八雲紫がいた。スキマを使って急に現れても驚く様子を見せずに瞬時にだらけきった脳内が切り替えられ、賢者の式としての役割を果たすために動き出す。
「お嬢さんいつもありがとうな!あとこれ、かあちゃんには内緒でおまけしておくな♪」
「――ッこらぁ!このバカ亭主がぁ!毎度鼻の下伸ばしてんじゃないよ!!」
「か、かあちゃん!?こ、これには深い訳がだな……!」
「バレバレな嘘ついてんじゃないよ!このバカ!!」
「いってぇ!?殴ることはねぇだろ!!?」
店先で喧嘩を始めてしまう夫婦の光景は見慣れたものだった。行き交う人々も「またか」と面白おかしく見守っている。買い物に来ていた金髪女性もこの光景は何度も見ることになる。それもこれも金髪女性が美人で亭主が鼻の下を伸ばすのも無理はない……だが、この女性は人間ではない。藍が人里で買い物するときの化けた姿、妖怪が人間達が暮らす人里で買い物していると何かと問題が現れてしまう。それを避けるために人間に成りすましているのだ。
藍はこの夫婦が経営している店にはよく買い物しにやって来る。油揚げが特にいい味を出していて今回も多めに買ってしまった。だが油揚げは安くお財布に優しいため困ることはない。それに夫婦の痴話げんかを眺めるのも実は楽しみにしていたりする。決してやましい思いはなく、藍にとってこの光景を見ていると和やかな気持ちになれるのだ。
いつもは小妖怪同士のいざこざやルールに従わぬ知性の無い妖怪の監視、幻想郷を覆う結界などの管理もしているので仕事は山ほどある。愚痴を言う訳ではないが、紫様は大抵の仕事を私に任せてしまう。それほどに信頼されていることは理解している。しかしその過程で幻想郷の影の部分と見続けていると気が滅入ることもある……私も大妖怪ではあるが、人間と同じような感覚を持っているので心温まる光景を見ていると癒される。
藍は夫婦の痴話げんかを眺めたあと店を後にした。これで買い物は全て済ませたので八雲家に帰ろうとした時だった。
「
「
「姉妹揃って
「「「みこさまは
人々が行き交う中心に見慣れた少女が人里の連中に囲まれていた。その少女は笑顔で接しているが藍から見れば作り笑顔でその場から早く逃げ出したい衝動に駆られているとわかる。顔色も優れないのはそのためだ。
……またか、藍は囲まれた少女を不憫に思う。その少女のことを藍はよく知っていた。
博麗霊璃……先代巫女である博麗霊香殿の娘の一人で同じく娘の博麗霊夢の姉にあたる。能力は存在せず空も飛ぶこともできず、弾幕も扱うこともままならない……正直に言って劣等な人間で素質もなく結界の管理もできやしない。紫様は霊璃を博麗の巫女にすることを避けていた理由も納得である。博麗の巫女は代々妖怪退治を
博麗霊夢……現在の博麗の巫女であり、天賦の才を幼少期の頃より見せ始めていた。元々霊夢には霊璃とは違い博麗の巫女としての素質は十分にあった。そのことが確信に変わったのは弾幕を撃つ練習を一発で決めてしまった時だった。能力も結界に関しても任せられる程に優秀であり、何よりも今までの博麗の巫女を超える才能が溢れていた。霊夢が博麗の巫女になれば『最強』に近い存在になるだろう。
性能、素質、能力を見れば霊夢が博麗の巫女になるのは当然だったと言えるだろう。しかしとある事件がきっかけで霊璃が博麗の巫女になってしまった。
先代巫女である霊香殿が亡くなられた。私はその知らせを紫様からもたらされた時は冗談なのかと思った。霊香殿とは気が合い、紫様だけでなく私もよく酌を継ぎ合ったものだったから霊香殿の死は私を動揺させた。しかしこの事実を伝えなければいけない少女達がいる。霊璃と霊夢……霊香殿の娘達に伝えに行かなくてはいけない仕事があった。動揺を隠しきれずにスキマを経由して博麗神社へと向かった。
わかっていたことだったが、現実を受け入れられない二人……霊璃には掴みかかられた。乱暴に胸ぐらを掴んだ普段は大人しい子だった霊璃がここまで変わってしまった。その時の表情は見ていられない程に涙で汚れていた。霊夢も心ここにあらず魂が抜かれてしまった様子でどれほど二人にとって霊香殿の存在が大きかった見てわかる。そんな状態の霊璃に紫様はとんでもないことを告げた。
「博麗霊璃、あなたが博麗の巫女として先代の務めを全うするのよ」
私は紫様に反対した。残酷なことを言うかもしれないが霊璃は博麗の巫女にはなれない……なっても下手をすれば犬死するだけだからだ。劣等なあの子には荷が重すぎる……だが現実は非情で紫様は私の意見を聞き入れずに霊璃を博麗の巫女へと継がせることにした。
結果は見ていられないものだった……弱小妖怪に弄ばれ、怪我をするしまつで一匹退治することもできなかったのだ。最後まで退治しようと躍起になるが結果は変わらず、代々受け継いできた妖怪退治の専門家である博麗の巫女に妖怪である私が手を貸すと言う事態に陥った。これは博麗の巫女としての存在に疑問が生まれてしまう。妖怪を退治するのは人間の役目であり、人間を襲うのは妖怪の役目である。それなのに私が妖怪退治に手を貸している矛盾が生じることになる。しかしこのままでは霊璃が死に幼い霊夢では博麗の巫女として役目を十分に果たすことはできない。紫様と相談し、例外的な処置で私が最後の最後まで手を貸さないことで承諾することになった。勿論このことは秘密であり、霊璃は妖怪退治等を
人里の連中から博麗の巫女と
藍がそう思っていると霊璃は逃げるように立ち去った。藍はその後を追うことはしない……見られたくない姿がきっとそこにある。だからあえて後を追わずに人里を後にした。
「ふぅ……」
藍は帰宅し、休息がてら自室で一杯のお茶を飲み干し喉を潤していた。
霊璃……あの子は昔から努力を惜しまない子だった。それは私も紫様も霊香殿も知っていること……だが現実はあの子に味方しなかった。努力しても結果は現れず、
霊夢が拾われ、新たに家族が出来た霊璃は育児を楽しんでいた。赤ん坊だった霊夢をあやして遊び相手にもなっていた。私に霊夢の可愛さを自慢げに話すこともあり、友達がいなかったあの子にとって妹とは大きな存在となっていたのだろう。姉として妹の見本になるためにも修行をより打ち込んでいたことも……だが、霊夢が弾幕を始めて成功させた時はあの子は内に秘めた苛立ちを表に出した。紫様も霊香殿も驚いたとあの場に居なかった私は後でその話を聞いた。
霊香殿に憧れ、巫女が亡くなり後を継がざる負えなくなった博麗の巫女……博麗霊璃。
霊璃のことは嫌いではない。私はあの子を嫌いになったりしない……紫様もきっとあの子のことを嫌いになったりはしていないはずだ。しかし簡単にはいかず現実は甘くはない。厳しい言葉を伝えなければならない時だってある……紫様が言うには霊夢は霊璃に依存し過ぎている。霊璃の存在が霊夢に影響を及ぼす可能性が高く、彼女の精神状態にも深く関わってくる。
霊夢が博麗の巫女をやる時に条件があった。
「姉さんと一緒じゃなきゃ私は博麗の巫女をやらない」
霊璃は霊夢に巫女の代を途切れさせないようにするための
そして霊夢は紫様と共に幻想郷を変える決闘方法を生み出した。弾悪ごっこの普及で被害を最小限で済ませ、わだかまりを無くすだけでなく、無益な血を流さずにすむ方法だった。まさに画期的な決闘方法だった。この決闘方法が生まれた原因が姉である霊璃の存在だ。弾幕ごっこはボロボロになっていく姉を守るという霊夢の信念の表れだったのかもしれない。幻想郷の
「霊夢は霊璃に依存し過ぎている。人間としては家族に依存するのは正しいことかもしれないけど、博麗の巫女としては間違っているわ」
霊璃に何かあれば霊夢の精神状態が揺さぶることになる。もし悪しき妖怪の手に落ち、人質にでもされれば霊夢はきっと手が出すことはできずに最悪利用され、命を落とす可能性があった。紫様は危惧しただけでなく、博麗の巫女としての非情さが霊璃によって制限されることが何よりも恐れた。
弾幕ごっこが普及したと言っても暴力で支配しようとする者は必ずいる。ルールを守らぬ相手にはごっこ遊びは通用しない。力で解決しなければならなくなり、命の奪い合いが始まる……が、霊璃を盾に取られれば霊夢は非情になりきることはできないと私は推測する。問答無用で妖怪を退治し理不尽な暴力を振るうことで鬼巫女とも呼ばれている霊夢だが、姉の霊璃にはめっぽう甘い。もしそうなってしまったら……最悪の結果が訪れるだろう。
紫様の危惧することはよくわかる。そうなってしまって霊璃と霊夢を失うことになるのは耐えられない。あの子達は霊香殿の娘であり、昔から顔を合わせた仲だ。妖怪である私だが、人間のために涙を流さないなんてことはない……失ってしまえば霊香殿の時のようにひっそりと心の中で涙を流すだろう。
今のところ幻想郷は平和である。もしその時が来てしまい紫様の危惧したことが現実になってしまったら……
「藍様~お食事の準備ができましたよ」
「むっ、もうそんな時間になっていたのか……すまんな橙、手伝わずに任せてしまって」
「いいんですよ。でも珍しいですね?いつもは藍様が主体になってお食事を準備するのに今日は橙が全部やってしまいました。何かあったのですか?」
「……ちょっとした考えごとだ。気にするな」
「そうですか?それじゃ紫様もお待ちしておりますので行きましょう!」
「ああ」
考えごとをしていていつの間にか食事時となっていた。飲み干した湯呑を持って橙と一緒に紫が待つ居間へと歩き出す。
……もしその時が来ないことを心から願うしかないな。
博麗姉妹に安らかなる最期の時まで藍は平和な時間がいつまでも続いてくれるように願うしかできなかった。