───ことサッカーにおいて、俺は天才だった。
なんということはない。
俺がただそういう"才能"を持って生まれただけ。
けれど、俺は不幸だった。
俺のプレーに、周りが追いついてこない。
欲しいところに、欲しいタイミングでパスが来ない。出したいところに、出したいタイミングで味方がいない。そんなことが日常茶飯事だった。
いつしか俺は全力を出すのを辞めた。だが、それでも俺はよかった。
幸いチームメイトとは仲が良かったし、いい監督やコーチにも恵まれた。
みんなのレベルに合わせることでパスがつながった。みんなのレベルに合わせることで、シュートが決まった。
みんなとサッカーをするだけで楽しかったんだ。
その時までは。
◇◇◇ 全国高校サッカー選手権 決勝
"決めたー!! 後半30分、U18代表にも招集されている遠藤 翼!! 決勝の舞台で3点目を決め、ハットトリック達成です!! "
「あーあ…」
よりにもよってこの大舞台で。いや、この大舞台だからこそだろうか、思い出してしまった。
自分がどうしようもなくサッカーが大好きだということに。
負けたくない。
蓄積された疲労で足は震え、未だ呼吸は荒いまま。そんなもの関係ないとばかりに無我夢中で戦場を走りまくった。1点なんかじゃ全然満足しない。
「もっと…」
いつしかチームメイトや監督の怒鳴る声も観客の音も消えた。意識は薄れていき、極限まで高められていく。
「もっと…!」
「やっと俺の出番か弱虫。さっさと変わりやがれ」
―――――ガキンッ…!
結果は結局、敗北。俺一人で残り15分で3点決めたものの、最後の最後でダメ押しの1点を決められ俺たちは、負けた。
◇◇◇ 日本フットボール連合
「俺が強化指定選手、ねぇ」
正直なんで選ばれたかなんて全く分からない。でも、ここに来ればまだサッカーを続けられる。だから親に頼み込んでここまで来た。それだけで十分だ。
もう手を抜く必要などどこにもない。チームメイトなど関係ない。これからは、全力でサッカーをやると決めたから。
「お?迅くんじゃん!やっぱりキミも呼ばれてたんだ!」
「…あぁ。この間の」
遠藤 翼。U18代表にも選ばれ、俺たちのチーム相手に1試合で4点も取った紛うことなき天才ストライカーの一人。
「キミには一人で3点も取られちゃったからね。負けじと取り返したよ。僕、負けず嫌いだからさ」
「そ、そうか」
会うのは2度目とはいえ、グイグイ来すぎじゃないか?
「どうした?俺の顔になんかついてるか?」
「いや、随分大人しいからピッチとプライベートで性格が変わるタイプかと思ってね。まぁとりあえずキミとは一度、一緒にサッカーをやってみたいと思ってたんだ。よろしくね」
「……あぁ。よろしく」
「すげぇ。見たことある奴ばっかだ。洗膿のエース、大川に青森のメッシ、西岡に……お、吉良もいんじゃん!」
「知り合いか?」
「そう!この間の試合でね」
やばい、1人も知らないとか絶対言えねぇ。
「ん?誰だアレ」
見ればいつの間にか、ステージの上に眼鏡の男が立っていた。
「おめでとう、才能の原石共よ。お前らは俺の独断と偏見で選ばれた優秀な18歳以下のストライカー300名です」
後に、絵心 甚八と名乗った男が語った内容はこうだ。
曰く、世界一のストライカーを作るための、特殊なトップトレーニングを行う施設。通称
俺たちはここで、自分以外の299人のライバルと戦い、
「イカれてるな」
「確かに……普通じゃないね」
「あの、すみません」
ここで、彼の知り合いだという吉良が声を上げた。
「僕らはそれぞれ僕らの大事なチームがあります。全国大会を控えてる選手もいます」
吉良の言う通り、これは高校の青春を切り捨て、サッカーのみに焦点を置いた常識では考えられない
一体、どれほどの資金が注ぎ込まれているのか知らないが、疑問の声が上がるのも当然である。
「あなたのおっしゃるようなワケのわからない場所に、僕はチームを捨てて参加することはできません」
その一声を皮切りに、次々と反発の声が上がっていく。まぁ、俺は選手権負けたから関係ないんだがな。
「そっかぁ。重症だなお前ら
その一声で、会場全体に沈黙が訪れる。
「チームが大切?お前らは自分が世界一のストライカーになることよりも、こんなサッカー後進国のハイスクールで1番になる方が大事ってか?あ?」
いかにも失望したというかのように、男は続ける。
「いいか?日本サッカーの組織力は世界一だ。他人を思いやる国民性の賜物と言える。でもそれ以外は間違いなく二流だ。
お前らに訊く。サッカーとはなんだ?」
ここで求めらているのはおそらく、絆とか仲間とかそんなありきたりな答えではない。
そもそもサッカーという競技一点にのみ焦点を当てて考えればおのずと見えてくる。競技には必ず勝ち負けが存在する。
では、サッカーにおいての勝利条件とは?
相手より点を多く取った方が勝ちだ。
俺がサッカーを始めた理由は、これだ。中盤のような華麗なパス回しでもなく、DFのような泥臭いプレーでもない。
FWが、相手からゴールを奪う瞬間。この瞬間に俺は、憧れたんだ。
「「点を取ったやつが1番偉い」」
これが真理だ。これが現実だ。試合に勝ったあとで褒め称えられるのは、ゴールまでのラストパスを出した中盤でも、必死にゴールを守ったDFでもない。
最後にゴールを決めた、
「革命的なストライカー達は皆、稀代のエゴイストなんだ。日本のサッカーに足りないのは
世界一のエゴイストでなければ、世界一のストライカーにはなれない」
そうだ。俺はこういうのを求めてたんだ。
「想像しろ
舞台はW杯決勝、8万人の大観衆。
スコアは0VS0。後半A•T。
ラストプレー、味方からのパスに抜け出したお前はGKと1対1。
右6mには味方が1人。パスを出せば確実に一点が奪える場面」
自分でも口角が上がっていくのがわかる。
「全国民の期待、優勝のかかったそんな局面で迷わず打ち抜ける。そんなイカれた
鼓動が早くなり、興奮が収まらない。
「常識を捨てろ。ピッチの上では、お前が主役だ」
あぁ……俺やっぱり──
「己のゴールを何よりの喜びとし、その瞬間のためだけに生きろ。それがストライカーだろ?」
「来てよかった」
1人が走り出したのを皮切りに、続々と選手たちは門へ向かって走り始める。
まるでこれから生死がかかった戦場へ向かう兵士のように、彼ら一人一人の顔には決意が見えた。
「お前は行かなくていいのか?」
隣で固まっている遠藤に声を掛ける。
「こんなの間違ってるってわかってるんだけどさ。アイツの言うことにシックリ来ちゃった自分に驚いたんだよね」
困ったような、納得のいかないような顔をしながらそう答えた。
「じゃあ、行くんだろ?」
「うん。俺は行くよ」
先程とは打って変わって、試合の時のような真剣な表情を浮かべている。コイツもやっぱり1人のストライカーだったわけだ。
「迅くんは行かないの?」
「迅でいい。あとアイツに聞きたいことあるから、先行っててくれ」
「わかった。先行って待ってるよ」
そう言って、俺は最後の1人になるのを待った。
「なぁ」
「どうした」
近づいて見るとこの男、意外と身長が大きい。しかし体の線の細さから、お世辞にもサッカーが上手そうとは思えなかった。
だが、そんなことはどうだっていい。俺が知りたいのはただ1つ。アンタの目指すところはなんだ? あんたには何が見えてる。
「アンタのエゴを教えてくれ」
絵心はニヤリと笑い、読みづらかった表情を一変させて言う。
「
「……ハハっ」
こりゃあ、いよいよ負ける訳にはいかないな。
「最高だよ、アンタ」
満足した俺は、最後の一人として戦場への門をくぐる。
踏み出した一歩目はこれからの期待と好奇心も相まってか、とても軽かった。