トレセン学園の昔ばなし 〜TTGと呼ばれた世代〜   作:キングコングマン

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第三話

 

 翌日、トレセン学園の午後。少し曇りの天気の中、トレーニングセンターのターフの周りには、スーツを着た大人の人間が、目を凝らしながらターフの中のウマ娘達を凝視していた。

 これから選抜レースが始まる。その中に居るであろうダイヤモンドの原石を探そうと、各々血眼になりながら双眼鏡で覗いたり、必死にメモを取っているトレーナーが確認できる。

 観客席には未来の有望なウマ娘を見つけようと、一般の観客もちらほら居た。

 

 「緊張感あるなぁ……」

 

 テンポイントはトウショウボーイの選抜レースを見に来ただけなのだが、先日のお祭り騒ぎの様な日本ダービーとは違い、そのピリリと張った緊張感に当事者では無い自分でさえ肩が強張る。

 

 「あはは、トウショウちゃん笑ってるよ」

 

 苦笑いになりながらテンポイントはリラックスした様子のトウショウボーイを見やる。もうすぐレースが始まると言うのにニコニコしながら他のウマ娘と会話をしており、全く緊張した様子を見せてない。

 

 「……どう見る?今回の選抜レース」

 

 「まあ、良い素材は沢山いるけど、"一強"って感じだな」

 

 すると、テンポイントの近くでトレーナー同士がそんな会話をしているのが聞こえた。

 

 「……トウショウボーイか。まあ、何も無ければ彼女が一着だろうな」

 

 「ああ、体格、風格からしてモノが違う」

 

 話の内容は、トウショウボーイの事だった。どうやら彼女はこの選抜レースの目玉であるらしく、他のトレーナーを見てみると、彼女に注目している者が殆どだった。

 

 「……凄いなあ、トウショウちゃん……」

 

 これだけ注目される程の実力があると言う事なのだろう。しかしテンポイントとしては、それを向けられて尚リラックスしたムードのトウショウボーイの気の太さに感嘆していた。すると、彼女はターフの外で見つめているテンポイントに気付いたのか、満面の笑みでこちらに大きく手を振って来た。

 テンポイントも薄く笑ってヒラヒラと軽く手を振り返す。緊張により実力が出せないと言う事は無さそうだ。

 今回の選抜レースは芝の2000メートル。中距離のスタンダードなレースだ。トウショウボーイは高身長かつ体格も良いウマ娘なのでスタミナはあるだろう。後は瞬発力があるかどうなのかだが……

 

 

 「うーん、しなやかで柔らかい筋肉。柔軟性は申し分無いな……」

 

 

 男性の声と共にテンポイントのふくらはぎに誰かから触られる感触を覚える。全身が逆立つ程の鳥肌を覚えたテンポイントは、反射的に後ろ蹴りをかました。

 

 「ぐげっ!!!!」

 

 男の断末魔と同時にテンポイントは咄嗟に振り返り、自分にセクハラをかまして来た男を睨みつける。

 

 「な、何してるんですか!!ヘンタイ!!!」

 

 後ろにぶっ飛んだ男は少し痙攣した後、ゆっくり頭を上げてテンポイントを見やった。……と言っても見ているのはテンポイントの顔では無く、足を凝視しているのだが。

 

 「いやー、すまんすまん。余りにも良い脚だったもんでな」

 

 男はヘラヘラと笑いながら悪びれる様子もなくテンポイントに向かってそう言う。男は20代前半、長身で髪は側面を大きく刈り込んでおり、他は伸ばしていると言う特徴的な髪型をしている男性だった。

 対してテンポイントは警戒心が解けないのかジトっとした目を男性に向けていた。

 

 「あー、そんなに警戒しないでくれ。これでもトレーナーなんだ」

 

 「……本当ですか?」

 

 いきなりウマ娘の脚を触ってくる男を信じろと言うのも無理があるだろう。先程の行動もそうだが、軽薄そうな見た目もテンポイントの疑心を深めるものにしていた。

 

 「……信じてないって感じだな。まあ、なりたての新人トレーナーだし、信じてもらえなくても当然か。そうだな……」

 

 男は立ち上がると、テンポイントの隣に立ち、ターフにいるウマ娘の1人を指差した。

 

 「あのウマ娘、良いレースをするぞ」

 

 男が指差したのはトウショウボーイでは無く、細身の、しかし高身長のウマ娘だった。鹿毛の色の髪をショートに切り揃え、まさにスレンダーと呼んで差し支えない様なその体躯は、トウショウボーイとは真逆の印象を受ける。

 

 「……それがどうしたんですか?」

 

 「あのウマ娘が良いレースをしたら、トレーナーって認めてくれるか?」

 

 トレーナーと名乗る男は挑戦的な笑みを浮かべてそう言う。皆んなトウショウボーイを見に来ている中で男は敢えて別のウマ娘に注目した。

 それだけでも胡散臭さが半端無いが、男にはかなりの自信がある様だ。

 

 「……トウショウちゃんが勝つと思いますけどね」

 

 友人を差し置いてほかのウマ娘を推すこの男に、テンポイントも内心面白くない。不機嫌な顔を隠さずにそう言うと。男はヘラヘラとした顔から真面目な顔になる。

 

 「もちろん、トウショウボーイは強い。恐らく一着になる確率は一番高いだろう」

 

 「なら……」

 

 「しかし、それを面白く思わないウマ娘もいるって訳だ」

 

 男は目線をテンポイントから件のウマ娘へと視線を移す。テンポイントも釣られてそのウマ娘に視線を移すと、一瞬だが、言葉を失ってしまった。

 

 

 まるで咬み殺す様なオーラを放ちながら、トウショウボーイを見つめていたのである。

 

 

 

 「……公式のレースじゃ無いのに……」

 

 テンポイントはやっとの思いで言葉を捻り出す。そのウマ娘は、これからまるで死地にでも向かう様な気合を入れてレースに臨もうとしていたのだ。

 

 「確かにただの模擬レースだな。しかし負けたく無い相手が居るってのは、自分の実力以上のものを引き出す事があるんだぜ」

 

 男は再び楽しそうな顔に戻ってそのウマ娘を見つめる。この男の口車に乗せられたかどうかは分からないが、テンポイントもそのウマ娘から目が離せなくなって居いた。

 

 「……あの……あのウマ娘って名前は何って言うんですか?」

 

 「ん?何だ、トウショウボーイの同期だから知っていると思ったんだがな」

 

 「あの子、トウショウちゃんと……」

 

 同期だとは知らなかった。と言う事はテンポイントとも同期という事になる。只者では無い事はあの目を見れば分かった。あの子がこれからライバルになるのかと思うと、テンポイントも拳に力が入る。

 男はそんなテンポイントを見て満足そうに頷くと、そのウマ娘の名前を口にする。

 

 

 

 「あのウマ娘は"グリーングラス"。覚えてて損は無いぞ?」

 

 

 

 

 

 

 ゲートインが始まり各ウマ娘が続々とゲートに入る。トウショウボーイは内側、グリーングラスは外側。定石なら内側から最短距離で走れるトウショウボーイが有利だ。全馬すんなり入り係員が退き、一瞬の静寂が訪れる。

 

 _____カシャン!!!

 

 ゲートが開くと共に、各馬が一斉にスタートした。先日のダービーとは違い、かなり静かなスタート。しかし、それが緊張感を更に高めるものとしていた。

 

 「!、抜け出した!!」

 

 まずは第一コーナー。真っ先に抜け出したのはトウショウボーイだった。どうやら先行の戦法を取るらしい。一気に先頭に躍り出る光景に、各々のトレーナーからも感嘆の声が上がる。

 

 「先行か、はてさて、どんなペースで走るのやら」

 

 男の方はそう言って何かを確かめる様にレースを見つめる。

 

 トウショウボーイが抜け出した。それは即ち後ろから迫るウマ娘にプレッシャーを掛けられるという事だ。

 

 トウショウボーイは速い。

 

 これは今回選抜レースに出るどのウマ娘も共通認識として持っているものであり、そんな彼女に離されては追いつけなくなると、食らい付こうと自分のペース以上に走ってしまうウマ娘が多くなる。

 ハイペース気味で走り、後方のウマ娘をバテさせると言うのが、今回のトウショウボーイの作戦だった。

 そんな思惑もあり、トウショウボーイが先頭のまま第二コーナーを抜け、そこそこのハイペースでレースが進む。必死に食らい付いているウマ娘は、既に息が乱れそうな者が数人確認できて、地力の差が現れ始めている様だった。ここまではトウショウボーイの作戦通り。

 

 ………しかし、ただ一頭のウマ娘は冷静でいた。

 

 「グリーングラスは冷静だな。自分のペースを保っている」

 

 男は"期待通り"と言った風にそう呟く。彼女は現在6番手。息もフォームもまだ乱れていない。しかし目線はしっかりと、トウショウボーイを捉えていた。

 

 そして第三コーナーから第四コーナー。ここまで来るとスタミナ切れを起こすウマ娘が出て来た。無理にトウショウボーイに着いて行った代償だ。

 だがトウショウボーイのペースは落ちない。2番手のウマ娘と2馬身、3馬身と差が広がって行く。対してスタミナ切れでどんどんとスピードが落ちて行く他のウマ娘達。

 

 「上がって来た!!!」

 

 しかしグリーングラスは違う。そんなウマ娘達を嘲笑うかの様に1頭、2頭、3頭と立て続けに大外から抜かして行く。そして最後の直線まで来ると、いつの間にか3番手にまで上がっていた。

 トレセンのコースの直線は役400メートル。そこそこの長さ。グリーングラスとトウショウボーイの差は5馬身ほど。直線に入ると、グリーングラスはここぞと言わんばかりに加速し始める。スタミナは充分に残っている様でトウショウボーイとの差をグングンと詰めて行く。残り300メートル、3馬身差。残り200メートル、1馬身差。このまま差し切るのか。

 

 「な、並んだ!!!」

 

 残り100メートル。遂にグリーングラスがトウショウボーイに並んだ。それを確認したトウショウボーイは一瞬目を見開く。これからは二人のデッドヒートになる。もしくはグリーングラスがトウショウボーイを差し切る。

 

 _________誰もが、そう思っていた。

 

 

 「へえ、速いじゃん」

 

 

 不敵に笑い、トウショウボーイがポツリと、そう呟く。それはグリーングラスにも聞こえていた様で、咄嗟に隣に居るトウショウボーイを確認してしまった。

 

 _______ズンっ!!!___

 

 効果音にするなら、そんな音になるだろう。一歩、トウショウボーイが深く芝を踏み込むと、今度はグリーングラスがその目を見開いた。

 瞬間、まるでワープでもしたかの様にトウショウボーイの身体が大きく前に出る。

 

 「「差し返して来た!?」」

 

 その驚嘆の声は、男とテンポイント、両方から出た。

 地面が深く抉れ、土が後方に向かって大量に跳ねるほどの踏み込みでトウショウボーイは加速して行く。一体何処にそんなスタミナが残っているのか、そんな走りだ。

 

 差は離れて行く。しかしそれはグリーングラスが先頭の出来事では無く、トウショウボーイが先頭での出来事だ。

 

 残り50メートル。あれだけ詰めていたトウショウボーイとの差は再び開く。1馬身、グリーングラスも必死に追い縋ろうとするが無情にも差は開いていく。そして……

 

 

 

 「ハハッ、想像以上のバケモンだな……」

 

 

 

 2馬身半ほどのリードで、トウショウボーイが一着でゴールした。

 

 

 

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