トレセン学園の昔ばなし 〜TTGと呼ばれた世代〜   作:キングコングマン

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第五話

 あの模擬レースから1週間。テンポイントもトレセン学園での生活に徐々にだが慣れ始めているところだった。

 クラスメイトの顔も徐々に覚え、不安であった勉強にもなんとかついて行けてる。

 そして、次の選抜レースの日程も発表された。5週間後の、水曜日らしい。

 それに合わせて、テンポイントもトレーニングを開始する。彼女にはまだチームに所属しておらず、専属のトレーナーも付いていないので、自己流のトレーニングだ。

 授業を終え、トレセン学園指定のジャージに着替えたテンポイントがトレーニングコースに立つ。

 

 「坂路は初めて使うんだよねー」

 

 今日彼女が考えたメニューは坂路ダッシュ。文字通り坂道に慣れたい時や、瞬発力を鍛えるトレーニングで、スタート時に一気にハナを奪いたい時や一気に末脚を爆発させたい時などにも用いられる便利なトレーニングだ。

 このトレーニングは下から一気に長い坂道を駆け上がるので一本走るだけで一気に体力が削がれる。しかしその分、効果があるのも事実だ。

 トウショウボーイにオススメされた事もあって、テンポイントはこの坂路トレーニングを今回行おうとしていた。

 

 

 「まあ、最初は軽くやろっかな?」

 

 

 そう言うと、テンポイントは長い坂を駆け上がって行った。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

 その後、坂路を繰り返し、ちょうど"3本目"の坂を駆け上がったところで、声を掛けられた。

 

 「お、やってんねー」

 

 テンポイントがゆっくりと振り返ると、そこには前の選抜レースで出会ったあの男トレーナーが居た。

 相変わらずヘラヘラしていて、掴みどころが無い。

 

 「はっ……はっ……ふぅ、、こんにちは」

 

 テンポイントはトレーニングを一時中断して、男トレーナーに向かって挨拶をする。

 少し息が乱れ、汗もかいている様だった。

 

 「坂路か、まあ、瞬発力を鍛えるには打って付けのトレーニングだな。今何本目だ?」

 

 「3本目です」

 

 「……え?」

 

 「だから、3本目ですって」

 

 耳を疑った男トレーナーがもう一度聞き返すが、答えは変わらなかった。……このウマ娘、普通3本も走ればヘロヘロになるところを疲れる素振りを見せるどころか、肩で息さえしていない。

 

 「……本当に3本走ったのか?」

 

 「む、失礼ですね。なんならもう3本走ってきますよ」

 

 テンポイントは疑われた事が不服なのか、少し眉間に皺を寄せてそう言う。

 

 「い、いや。誰だってそう思うだろう。普通、デビュー前のウマ娘であれば一本走っただけで脚にガタがき始めるんだが……」

 

 「まだ全力で走ってないからですね。お試しに一本走って来ましょうか?」

 

 テンポイントはまだ余力はあるぞと言わんばかりに、挑発的にトレーナーに向かってそう言う。

 

 「……是非とも、お願いしたいね」

 

 トレーナーは一言。それを聞いたテンポイントは、何も言わずに坂道を下って行った。

 

 「……もし本当なら、どんな脚と心肺機能をしてやがるんだ……」

 

 そんなことを呟きながら、男トレーナーは驚いた目で坂を下って行くテンポイントの背後を見つめていた。

 

 

 ____________

 

 

 「……全力で走ろうかしら……」

 

 歩きながら坂を下って来たテンポイントは、あの男トレーナーの一言により、無駄な闘志を燃やしている。

 落ち着いた印象のウマ娘だが、案外単純な部分もある様だ。

 あまりの真剣な表情に、他のウマ娘達がテンポイントを見ながら何やらヒソヒソと話している。

 トレーニングでこんな表情を見せるウマ娘など居ないだろう。バカにされたと言う思いもあるのだが、それよりもあのトレーナーに"自分の力を見せつけたい"。そんな感情がテンポイントの中にあった。

 

 坂の下。折り返し地点まで来て、振り返ると目の前に見えるのは、4ハロン、800メートルの延々と続く、気の遠くなる様な長い坂道だ。それを見て不敵に笑い、テンポイントは体勢を低くして地面を深く踏み込む。

 

 「ふぅ………」

 

 一つ、大きく深呼吸をすると、

 

  「……ふっ!!!!!」

 

 テンポイントは自分の中の全エネルギーを右足へと集中させる。

 

 

 _______ドッ!!!!_______

 

 

 そのエネルギーで、一瞬の勢いでテンポイントは"発射"して行った。

 瞬く間に最高速度に達した彼女は、全く息が切れること無く、坂を駆け上がって行く。

 

 「……マジかよっ!!」

 

 それを見たトレーナーは唖然。あんぐりと口を開け、テンポイントを見つめる。極端な前傾姿勢でありながらバランスを崩さず真っ直ぐに走っており、尚且つ頭はブレて居ない。その美しささえ感じる走りは、鋭く、一瞬の内に過ぎ去って行く"流星"の様だ。テンポイントは最高速度を保ったまま1ハロンの標識を通過して行った。

 

 「おいおいっ!今日の"最速ペース"じゃねーか!!」

 

 持っていたストップウォッチを確認しながらトレーナーは興奮気味に呟く。彼自身、テンポイントの足を触ってから素質は充分なウマ娘と感じていたが、走りは想像以上だった様だ。ストップウォッチを持つ手が小刻みに震えている。対してテンポイントはかなり飛ばしているが、減速する気配はまだ無い。

 

 「ふっ……!!まだ、行けるっ!!!」

 

 2ハロン、そして3ハロンの標識を通過してもスピードは衰えない。

 今日は"4本目"。普通ならばバテて1ハロンも走らない内にスピードダウンするのが定石だ。テンポイントは前3本を全力で走らなかったと言っていたが、それでもこれだけの本数をこなせる脚の強さと心肺機能は異常と言えた。

 そして遂にそのままスピードを落とすこと無く、テンポイントは坂道を全て全力疾走で上がり切る。

 

 「……あの脚、どうやら想像以上の様だ……!!」

 

 獰猛な笑みを浮かべてトレーナーはそう呟く。ワクワクを堪えきれない様な、そんな笑顔だった。

 

 

 「はあ、っはあ、はあ……」

 

 本日4本目の坂路を終え、流石にテンポイントも疲れたのか、坂を登り終えると両手を膝について肩で息をする様になっていた。

 

 「はぁ、はぁー……ふぅー、走ったー……」

 

 息を整えると、両手を腰に着けて空を見上げる。やはりウマ娘。走る事が好きな彼女の表情は満足そうだ。

 

 「……驚いた。今日の坂路のトップに迫るタイムだ」

 

 そんな彼女に近づいて、トレーナーは感心した様に呟く。『お見それ致しました』とも捉えられるその表情は、テンポイントを満足させるには充分だった。

 

 「私だってウマ娘ですから。お眼鏡に叶いましたか?新人トレーナーさん」

 

 自信あり気な顔でお茶目な反応をするテンポイント。声色は弾んでいて、トレーナーの度肝を抜いた事が相当嬉しい様だ。

 

 「お眼鏡どころじゃねーよ。期待以上の更に上、公園の砂場で金塊を掘り当てた気分だ」

 

 分かりにくい例えだが、トレーナーの最大限の賛辞としてテンポイントにも伝わったのだろう。少し顔を赤らめて目を逸らしながら頬を掻いた。

 

 「テンポイント、お前、何処からかスカウトを受けてるか?」

 

 「いや、まだですけど……」

 

 すると、トレーナーからそんな事を聞かれる。話の流れから次に彼が言う言葉は容易に想像出来る。

 

 「なら俺をお前の専属トレーナーにしてくれないか!?」

 

 トレーナーは食いつく様にテンポイントをスカウトする。これだけのスタミナ。そして柔軟性を備えたその脚は、彼にとって是が非でも欲しい逸材だった。

 

 「え!?それってスカウトって事ですか!?……うーん、どうしよう……」

 

 対してテンポイントはいきなりの出来事過ぎて戸惑って居る様だった。まだ彼女は選抜レースでさえも出走した事はなく、自分の実力がこの中央で通じるのかが彼女自身分からないのだ。

 

 「私、まだレースに一度も出てないですし……」

 

 「今の走りをやれば全く問題無いだろう?そのままいきなり選抜レースに出たって通用する筈だ」

 

 「それは……言い過ぎなんじゃ……」

 

 トレーナーの発言にテンポイントも苦笑いになる。どうも話を誇張する癖があるトレーナーの様だ。

 

 「今のお前の走りは今日の坂路のトップに並ぶタイムだ。ほら」

 

 トレーナーはそう言って自身の手に持っていたストップウォッチをテンポイントに見せる。タイムは52.3秒。他のG1ウマ娘に肩を並べるタイムだった。

 

 「……良いタイムなんですか?これ」

 

 対してテンポイントは微妙な顔をする。そもそも坂路なんて今日初めて走った彼女にとって、タイムを見せられてもイマイチピンと来なかった。

 トレーナーはやれやれと言った表情になる。

 

 「……あのなぁ。お前、自分がどれだけ凄い事をしたのか分かってないだろう?」

 

 「あはは……正直……」

 

 テンポイントは苦笑いになる。こうやって褒められるのは嬉しい限りだが、実感が湧かないと言うのが本音だった。

 

 「……まあいい。それで、スカウト。受けてくれるか?」

 

 「うーん、どうしましょうかねー?」

 

 テンポイントは腕を組んで考え込む。チームに入る事を目的としていた彼女だが、いきなり"専属"の話を貰う事とは思っていなかった。

 正直、魅力的過ぎる話ではあるが、専属トレーナーになってもらうにしてもテンポイントには一つ、通しておきたい筋があった。

 

 

 「そうですねえ。そのスカウト。今度の選抜レースで私が一位になったら、受けても良いですよ?」

 

 

 

 テンポイントはそう言って少し顔を赤らめて頬を掻く。

 

 "選抜レースまでに話し掛けられたトレーナーさんが居たら、捕まえておいた方が良いかもねー"

 

 トウショウボーイにそんな事を言われていたのを、テンポイントは思い出していた。

 

 




 TTGの時代には何処のトレセンにも坂路は無かったのですが、それはIFの話として大目に見て貰えれば……
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