トレセン学園の昔ばなし 〜TTGと呼ばれた世代〜 作:キングコングマン
トレセン学園から歩いて5分。敷地の隣にポツンと、隠れ家的な存在を放っているバーがある。
学園から近い事もあってか、トレーナーの間でも十二分に贔屓されているこの店には、今日とて複数人のトレーナーが足を運んでいる。
その店のカウンターの一角。端の方で一人、左右を刈り上げた特徴的な髪型をしているトレーナーが居た。
「一人で飲んでるなんて珍しいな。沖野くん」
そんなトレーナーに、スーツをピシッりと着た眼鏡を掛けた女性が話しかける。正にできるキャリアウーマンと言った様な出立ちだ。
「ハナさんも、一人なんて珍しいですね」.
沖野と呼ばれたトレーナーはスーツの女性をハナさんと呼ぶ。この女性は東条ハナ。沖野の先輩トレーナーだ。トレーナーになって数年、念願叶って自分のチーム、"リギル"を発足させたばかりであり、その若さでチームを作り上げた事から、期待の敏腕トレーナーとしても注目されている。
彼女の方が先輩であるらしいが、対して沖野は畏まる様子はなかった。相変わらず飄々としていている。
「今日は機嫌が良いからね。お酒が美味しくなると思って」
「……へぇ、そうですか。俺もおんなじ気持ちです」
付き合いが長いのか、互いに軽口を飛ばす。大人のやり取りと言った感じだ。
「隣、良いかい?久しぶりにゆっくり話そうじゃないか」
「良いですよ」
沖野の了承を得ると、東条は彼の隣に座った。
「マスター、適当に見繕ってくれ。今日は甘いのが飲みたい気分だ」
「畏まりました」
口調からも彼女が相当ご機嫌なのが分かる。付き合いのそこそこある沖野でさえ、こんなに楽しそうな彼女に少し面を食らっていた。
「本当にご機嫌ですね。何があったんですか?」
沖野はそんな表情を見せる理由が気になったのか、興味津々に聞く。
「なぁに、自分がスカウトした娘が、来年3冠取りそうだからね」
「……トウショウボーイですか」
ご機嫌の理由を察した沖野が、少し不機嫌そうな表情になる。それを見て東条は、揶揄う様に笑った。
「フフっ、何?あの子にフラれた事、まだ根に持ってんの?」
「俺は別に……と言うか、言い方考えてくださいよ……」
痛いところを突かれたと言う風に沖野は頭を掻きながらそう言う。会話が聞こえていた複数のトレーナーから視線を感じ、少々居心地の悪さを感じてしまった。
「一番最初に行って玉砕したのがアンタだったからねぇ。……ククっ今でもあの時の唖然とした顔を思い出すと笑ってしまうよ」
「……ハナさんも良い性格してるねえ」
思い出し笑いで機嫌の良さそうな東条に対し、沖野は不服そうな顔を崩さない。
選抜レースの後、真っ先にトウショウボーイにスカウトに行ったのは、何を隠そうこの男、沖野トレーナーだったのだ。今でもあの時を思い出すと顔から火が出そうになる。
『トウショウボーイ!!俺と一緒に天下を取らないか!?』
『えー?私もう決まってるからお断りするねー』
『えっ?』
5秒も掛からないうちの瞬殺だった。意気揚々と、断られる事など考えず勢いで言った結果があれである。そして不運にもその瞬間に東条が居たのが恥ずかしさを倍増させていた。まあ、選抜レースに出る前からトウショウボーイに目を付けていた東条に軍配が上がるのは当然と言えば当然なのだが。
「外堀を埋めておくってのは大事な事よ?」
「……それは先輩から教わって無かったからっすねー」
恨めしそうに東条をじとっと見つめる沖野。そんな視線にも東条はどこ吹く風と言ったように笑って流している。
「それで、期待のトウショウボーイさんは今日のトレーニングでどんな走りを見せたんですか?」
「今日の芝でのトレーニング、高等部のG1ウマ娘に競り合う程のタイムを見せたんだ。全く、ポテンシャルだけなら過去最高かも知れないよ」
「……メイクデビュー前なのにですか?それは凄いですね」
驚きの言葉で沖野は返す。デビュー前のウマ娘が実戦を幾つも積んできたウマ娘達と張り合う事など、普通は考えられない。東条が珍しく上機嫌になるのも頷ける結果だった。
「ああ、全く、彼女が次のクラシック戦線でどれだけ暴れるのか、楽しみだよ」
選抜レースでも見た通り、彼女の実力は折り紙付きだ。このままで行けば3冠ウマ娘になる事は間違い無いだろう。
しかし、沖野はそうは思っていなかった。
「お待たせしました。カルーアミルクです」
すると、そのタイミングでお酒が出されて来た。東条はどうもと、それを受け取り、一口、口に入れる。
「それより、アンタだって随分とご機嫌そうだったじゃない?何かあったの?」
話題をすり替える様に東条はそう聞く。対して沖野は思い出したかの様に、ニヤリと笑みを浮かべた。
「今日、坂路で凄いのを見つけたんですよ」
「へぇ、坂路ねえ。今日は芝でずっとトウショウボーイを見てたから行ってないけど……」
「と、トウショウボーイの事は良いんですよ!……まだ選抜レースにも出てない子なんですけどね。テンポイントってご存知ですか?」
「テンポイント?ああ、最近関西から転入して来たって子ね?私はまだあの子の走りを見てないけど……」
「坂路のトレーニングを4本もこなして居たんですよ。……しかもその4本目は今日のトップタイムに並ぶ程です」
沖野の言葉に東条は目を見開く。
「……嘘ついてるんじゃ無いわよね?」
「これがどっこい、嘘じゃ無いんだなぁ……」
自慢げな顔で沖野はそう返す。まだ彼女のトレーナーになった訳では無いのだが、見つけて来た逸材を嬉しそうに語るその姿は、少し子供っぽさも垣間見えた。
「……先輩、来年の3冠はトウショウボーイが取るって言ってましたよね?」
今までヘラヘラした雰囲気から一転、沖野は真剣な表情で東條を見つめる。
「……それが?」
対して東条もその表情の意図を汲み取ったのか、鋭い目線を沖野に返す。
「……来年のクラシック戦線、どうも簡単には取れなさそうですよ?」
「……面白い事を言うじゃない」
トレーナー同士の静かな闘いが、もう既に始まろうとしていた。
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テンポイントとしては、このトレセン学園の施設の充実さに驚くばかりであった。
常時開いているビュッフェ形式の食堂。24時間、誰でも使用可能なトレーニングジム。ウマ娘の事ならなんでも情報が載っている図書室などなど、数を上げればキリがない。
それは併設されている、ウマ娘専用の栗東寮にも言える事であり、テンポイント自身、その寮の設備に関して一切の不満は無い。
しかしただ一つ、解決しなければならない問題があった。
「……あのー、く……カイザーさん。何してるんですか?」
「あぁん?見て分かんねーのか?これからブッ倒すウマ娘共をチェックしてんだよ?」
寮の同室のウマ娘、クライムカイザーの事である。オラオラ系の彼女にテンポイントはどうも取っ付きにくさを感じていた。今現在彼女は、ウマ娘の情報が全て載った、四季報を見ている。眉間に皺を寄せ、口をこれでもかと言うくらいへの字に曲げている表情は、何処から見ても不機嫌そうにしか見えない。
それだけなら良いのだが、彼女はページを捲る毎に目ぼしい成績を残しているウマ娘の顔写真に、赤いマークペンでバッテンを付けていたのだ。
あまりにも気迫のあるそれは、黒い髪なのも相まって、どす黒いオーラが出そうなほどだ。
「今はハイセイコーや、タケホープが最強と言われてるらしいが、来年にはアタシが全て掻っ攫う予定よぉ」
「そ、そうなんだ……」
獰猛な笑みを見せるクライムカイザー。あまりの野心家っぷりにテンポイントも苦笑いになる。その表情は犯罪を犯してでも手段を選ばないと言った雰囲気もあった。
これは打ち解けるまでにかなり時間が掛かりそうだ。
「で、でも、カイザーさんは来年のクラシック戦線に出るんでしょ?なら同世代のウマ娘達を重点的にマークした方が良いんじゃないの?」
しかし、なんとか距離を縮めようと、テンポイントは積極的に話しかける。すると、その険しい表情のまま、クライムカイザーはテンポイントに顔を向けた。
「あん?同世代?んなモン、アタシの敵じゃねーよ。ちゃちゃっと3冠取って高等部の連中にカチコミ掛けるっての」
あしらう様に笑うクライムカイザー。目標が高いのは良い事だが、上を見過ぎると、足元を掬われる可能性もあるのだ。
そんな事を思ったのか、テンポイントは萎縮した雰囲気から少し変わる。
「……トウショウボーイちゃんは、マークしないの?」
同世代のテンポイントとしてはクライムカイザーの態度に不満げだ。本当は自分が名乗り出たいが、まだ選抜レースに出ておらずクライムカイザーにも笑われるだけかと思ったので、選抜レースで脅威の走りを見せたトウショウボーイの名前を出す。
四季報にチェックを入れる程研究熱心な彼女が、トウショウボーイの名前を知らない筈が無い。
「……トウショウボーイ、か。まあ、アイツも一応マークはしてある。……ついでに一緒に走っていたグリーングラスもな」
そう言ってクライムカイザーは四季報をテンポイントに見せつける。そこにはまだ戦績欄が空になっている二人のウマ娘の顔写真に、確かにバッテンが記されていた。
やはり彼女の耳にも、選抜レースの出来事は届いていたらしい。
「だがアタシの敵じゃ無い。"次"の選抜レース、あの二人が霞む様な走りを見せつけてやるつもりよぉ……!!」
再び獰猛な笑みを浮かべて四季報を捲るクライムカイザー。無理な目標ばかりを見つめる彼女だと思っていたが、どうやら同世代のチェックも怠っていないらしい。次の選抜レースに出ると言う事は、テンポイントと闘うと言う事だろう。
静かな闘志がテンポイントの中で燃え上がる。
「……負けないよ」
「ん?何か行ったか?」
「い、いや!?な、何でも無いよ!?」
独り言を聞かれなかったのは、テンポイントにとって幸いだっただろう。
その後もクライムカイザーは戦績欄が派手なウマ娘にバッテンのマークを足していく。
途中、ページを捲ると四季報に登録されたばかりのテンポイントが本人の目にも入った。しかし、クライムカイザーがそれにマークをする事は無く、淡々と次のページが捲られて行くのみだった。