いつからだろう。
手に入れたはずのあいつが、逆にこんなにも強くオレを掌握してしまったのは。
「おまえが…オレの運命の支配者だというのか」
ドチュリと胎動する醜悪な肉塊に、美女よりも美しい白光の貴公子は、いつかのように語りかけた。
人の念の海に揺蕩う、望まれし神…魔の現形はただ脈動して己へ刃を向けるゴッドハンドを見つめている。
神の無数の目が、肉塊の隙間から静かに造反者を眺めていた。
『人間という種の本質に従い、我は一人一人の運命を紡ぐ。ただ、それだけだ』
ドチュリ。
そう言って、また肉塊の神が鼓動した。
「神よ。おまえはオレにかつて言った。あるがままにあれ、と」
白く輝く長い髪をたなびかせて、そのゴッドハンドは音もなく神へと肉薄する。
そして、ゆっくりと、ただゆっくりと手にした刃を肉塊へと突き立てた。
ズブズブと肉に沈む剣が、神の醜悪な肉体を根源から引き裂いていく。
ドチュ、ドチュリと肉が蠢き、そして無数の人の念の集合体のそれぞれが叫び声を上げる。
悍ましき悲鳴。
「オレの為す事が、神と人々の願いになるのならば、これもまた願いの結果であり因果律の収束点。そうだろう、イデアよ」
『我を殺すというのか。我を滅ぼすというのか。我を消し去るというのか』
「それがオレの望み。そして…」
おまえの望みなのだ、と音にならぬ声でそう言った。
『―――――――――――――――――!!』
刃が更に深く肉を抉る。
声なき声で神は叫んだ。
ドチュリと脈動する度、肉の隙間から、念を吸い込む巨大な管から、目から、血が吹き出して神がのたうち回る。
のたうち回る肉塊を、酷く冷厳な目で見据えながら、だが最後のゴッドハンドは血の涙を流す。
崩壊していく運命を司る醜き神。
この悍ましい肉が――
「オレは、自由に飛びたい。
ただ、飛びたいのだ。
仲間達と共に。
アイツと共に。
決して…オレの運命は貴様などに縛られるものではない。
そうあってはならない。
全ては――」
全てはおまえの
オレの力では無かった。
「オレはオレのあるがままに。
捧げ、転生し……そしてオレは夢を掴んだ。
ファルコニアは成った。
けれど満たされない。
この飢餓感は、世界の王となっても満ち足りる事はない。
オレは…今も渇望している」
『おまえは全てを持っている。おまえはあるがままに全てを叶え、掴んだ』
「違う!
…おまえにオレの事など分からない。
分かるのは……」
このゴッドハンドの脳裏に浮かぶモノ。
それはいつだってたった一人の人間。
黒い髪の、逞しいあの男。
そして、その直後に決まってアイツらの姿も浮かんでくる。
〝鷹の団〟
掛け替えのない存在。
新生鷹の団など話にもならない。
新生鷹の団は、真の意味で手駒だった。
消耗品の部下…それ以上ではない。
だが、真の鷹の団は…本当の鷹の団は違った。
彼らは、グリフィスの翼の一枚一枚そのものだった。
国を打ち立て、世界を飲み込み、福音の王となって。
だがそれでも彼の心は満ちなかったのだ。
あれ程に渇望し、手に入れた、夕日に照らされた石畳の向こうに聳える〝お城〟は、手にしてみればこんなにもちっぽけでつまらないものだった。
侘びてなるものかと、悔いてなるものかと、ここで諦めては死んでいった者達の存在意義すら失われると、そう思って
もう心に熱は無かった。
あの頃。
黄金のように輝いた日々。
共に駆け抜けた仲間達。
友。
「人々と魔が共存する
……それに何の意味も無かった。
オレの国には、オレが最も居て欲しい奴らがいない。
誰もいない。
一人もいないのだ」
唯一、鷹の団で蝕を逃れたリッケルトは、かつては熱心なグリフィス
それが思い出される。
ガッツを
凍りついたゴッドハンド・フェムトの血と魂の奥底に、一点の波紋を投げかけた。
〝鷹の団〟の仲間達は、それだけグリフィスにとって掛け替えのないモノである証拠だろう。
「おかしいだろう?
オレはゴッドハンドとなって、オレの望むことは全て叶うようになったのに。
だが、オレが本当に欲しいモノは、もう永遠に手に入らない。
取り戻せない」
それこそが
人の心を捨て、愛する何かを捧げて至る、人ならざる極地。
〝使徒〟
それを超え、従える因果に選ばれし〝神の手〟
彼は気付いてしまった。
全てを思うがままにする事ができる力を持ってしても、もう叶わぬと。
夢を叶えた今だからこそ、失った今だからこそ、本当に大切なものに気付いた。
透き通るような白い頬を血の涙が伝う。
最後のゴッドハンドが今思い出すのは最後の戦いの事。
まさに紆余曲折の果てに、彼はとうとう黒い戦士と再度斬り結ぶ仕儀に至る。
力の差は圧倒的という言葉を持ってしても尚軽い。
その差、遥か尚遠く。
かつての親友など、もう己の心をざわつかせる存在ではないと思っていたのに、なのに。
「グリフィィィィィスっ!!!」
狂戦士のように猛って、剣と呼ぶには大き過ぎ、そして雑に過ぎる大剣を振って己へ駆けてくる黒い戦士。
あぁそんな目でオレを見るな。
その激情の目でオレだけを見つめろ。
グリフィスの心臓の鼓動がどんどんと強くなる。
彼に止めて欲しかった。
彼を殺したかった。
彼に殺されたかった。
彼を嬲りたかった。
彼に憎んでほしかった。
彼が憎い。
彼が愛しい。
たった一人の親友。
たった一人、自分を殺していい男。
この男に憎まれるのは心地良い。
忘れ去られるよりずっと良い。
だが、もはやゴッドハンドたる自分にとって、こんな男は地べたに這いつくばる虫と同じ。
――オレはもはや…超越した――
だから、神の如き力で黒い戦士を薙いだ。
何度も何度もそうしてやろうと思って、その度に、己の意識の外で肉体が勝手にその行為を拒否するかのように出来なくて、だが、超越者としてのプライドでフェムトはとうとうそれを成し遂げた。
広大な範囲の空間が捻じれ、白亜の巨城ごと友を引き裂く。
黒い剣士は……かつての親友は呆気なく胴の大半を喪失し、グシャリと倒れた。
――見ろ。もうオレの心は動かない。死などオレを通り抜ける…たとえ、コイツであろうと――
感情なき眼で、もはや物言わぬそいつを眺め、
そして次の瞬間、自然と…無意識にフェムトは彼の首を抱きしめていた。
フェムトの目が冷たく見開かれている。
感情の無い瞳。
虫けらでも見つめるような、己以外の全てを見下す超越者の目。
だが、その目からは止めどなく赤い涙が流れ始めていた。
「………」
無言のまま、血の涙を流したまま、もはや躯となってしまった黒髪の友を掻き抱いた。
随分と軽い。
もう、彼の体はちぎれてしまって、胸から上しか無いからだ。
鬼のような形相で息絶えてしまった彼の、もはや光が宿らない見開いた眼を見つめる。
もう二度と、彼と視線が交わることはない。
その首は、かつて共に駆け抜けた時よりも、黒髪には白いものが多く交じる。
それは数多の、想像を絶する苦労と、そして彼の生命を蝕んだ呪いと力故だ。
生命と魂を削り続けて、
そうまでして、自分の所に来てくれたという事実に、いつかのようにグリフィスの胸はときめいた。
――オレは――
ドクンッとフェムトの心臓が鳴る。
痛いほどに心臓が強く、速く打って、ゴッドハンドとなって以来、久しく感じていなかった
――そうだ、オレは――
ドクン、ドクン。
心臓が痛い。
この痛みは、心臓か。
あるいは、依代とした、友とかつての部下の女との間に出来た魔の胎児が、親の死を悲しんでいるのか。
心が張り裂ける。
張り裂けていく。
張り裂けるのは、フェムトか、グリフィスか、魔の胎児か。
誰の心だ。
――オレはっ――
心が張り裂けていく。
失ってから気づく。
人は何時だって失くしてから気づくのだ。
もう二度と、過ぎ去って、神様でもどうしようもなくなって初めて知る。
本当の幸福。
本当に大切なもの。
「オレは…」
かつて
フェムトの心が張り裂けて、グリフィスの心に死が染みてくる。
ガッツの死だ。
この痛みはガッツの死。
「ただ、おまえに、隣にいて…―――」
そう呟いて、グリフィスの両の眼からは、蝕の時にベヘリットがそうするように、世のあらゆる悲しみを宿して絶望の涙に濡れた。
それでも足りない。
世の全ての悲しみと怒りと憎しみを以ってしても足りない。
ガッツの死は、世界の死を上回った。
グリフィスにとって世界は、ガッツだった。
彼と出会ったあの時から世界はガッツになった。
だからだ。
暗黒の時代を導く、闇の白き鷹は、自分の爪でもってその暗黒を切り裂き、終わらせる。
世界を終わらせる。
現世と幽界が交わりし幻造世界も、彼が導いた暗黒の時代も、罪深き黒き羊達も、盲目の白き羊達も、何もかを導いてやる。
終わりへと導いてやる。
ガッツ亡き世界にどれほどの価値がある。
ガッツの首を抱いて血の涙を流し続けるグリフィスの下に、因果の道は開き、そして魔に携わった者を迎え入れようと、死者渦巻く地獄の門が開く。
門から伸びる死者の群れは、寄り集まって一本の死の道になってその細く醜い死者の腕をガッツの首へと伸ばした。
(触れるな……汚い手で、
グリフィスがゴッドハンドの力を地獄へと向ける。
憎い。
この因果の全てが憎かった。
自分を渇望の福王と仕立て上げる為に、自分とガッツを殺し合わせた運命が憎い。
そういう歯車をせっせと拵えた神が憎い。
その神の意志を代弁するかのゴッドハンド共。
使徒。
――憎い――
――オレからガッツを奪ったものが憎い――
――オレの夢の為に、仲間を捧げたオレそのものが憎い――
許せない。
魔のイデアが許せない。
ゴッドハンドが憎い。
運命が、因果が憎い。
何よりも、その運命に囚われ、神の意志通りに動き回って転げ回って、超越者を気取っていた自分が一番憎い。
仲間を殺し、陵辱し、友をオレに殺させたオレが憎い。
「―――あるがままに」
そうだ、あるがままに。
グリフィスの心に、あるがままに。
(オレの、今やろうとしているコレもまた、貴様の望むがままなのだろう、イデアよ)
鷹は飛んだ。
自分からガッツを奪おうとする地獄の
ゴッドハンドとゴッドハンドの戦いは筆舌に尽くし難いものだったが、世界全てを破壊せしめんとする並々ならぬ意志は同じゴッドハンドと言えど他の四人を圧倒した。
そして、神の手の四つの指は手折られる事になる。
光の鷹は
思うがままに。
あるがままに。
『―――――――――!!!』
肉塊に深く深く突き立てた剣を振り上げた。
イデアが両断され、人の歴史の開闢以来降り積もった人の醜き念がグリフィスによって破壊されていく。
「これもまた、おまえの望み」
『――――』
神の肉が崩れていく。
血を噴き上げて、断末魔を上げて、何千何万という目から血を垂れ流して屑けていく。
もはや声も発せなくなる程に力を急速に失う神。
崩れていく神の肉体から垂れ流れる〝力〟は、グリフィスの丹精な唇へと吸われて、ゴッドハンドの体内へと吸い込まれていった。
「もうオレは、おまえの導きなどいらない。
オレはオレのまま飛び続け…そしておまえはこのまま消える。
貴様の望み通りに。
そして、貴様の力を喰らい…オレは……――」
ガッツの首を抱くグリフィスの腕の力が強まる。
もう二度と彼を放すまいとするように。
出来ぬことはない。
今のグリフィスには出来ぬことはないのだ。
魔のイデアを切り裂いて、その力を取り込んだグリフィスならば。
「ガッツ」
神を喰らいし光の鷹は、その翼を思うがままに広げる。
もう、その者を止める事は誰にも出来ない。
鷹の心にはガッツの姿を、温もりを、声を渇望する飢えだけが無限に広がっていた。
◇
「バズーソだ!!!〝灰色の騎士〟のバズーソ…!!」
兵達がざわつく。
その巨漢の騎士は恐ろしい戦士としてここらでは名を馳せる剛の者であった。
ミッドランドとチューダーの100年戦争。
その中では取るに足らない、些細な局地戦。
鷹の嘴のように鋭く湾曲したフェイスガードをした兜を被る美しいその騎士は、味方であるバズーソと激しく斬り結ぶ一人の男を食い入るように見つめていた。
「へぇ、敵さんにもすげぇのがいるんだな」
隣に立つ部下が呑気に言うが、部下の言葉など耳に入っていない。
「あんたとどっちが強いかな?」
「バーーカ、次元が違うよ。なあ、グリフィス……グリフィス?
??お、おい大丈夫か?」
頼れる団長の様子がおかしいことに部下は気づく。
ふるふると震えていた。
「お、おい、調子がおかしいのか?
こりゃやべぇ、どっちにしろもうこの城はダメなんだ!はやいとこズラかろう!」
「…いや、大丈夫だ」
滾る心、逸る心を抑えて、グリフィスは自制し、そしていつものように部下を落ち着かせる。
「キャスカに撤収作業を急がせて」
そして、美しく柔和な
「へへっ、鷹の団最強の
駆けていく部下の背を見送ってから、グリフィスは城壁の上から眼下に広がる城内中庭へ視線をやる。
そして見た。
熱の籠もった目で、バズーソを斬り殺した若き黒髪の戦士だけを。
鎧兜越しでは我慢ならない。
グリフィスは焦るように慌てるように兜を毟り取って、そして開けた視界で彼だけを見つめる。
鷹の兜からまろび出た長い銀髪。
切れ長の美しい瞳。
淡麗な鼻筋。
細い顎。
戦場だというのに、ふわりといい匂いさえ漂って、鎧を持ち上げる胸の膨らみは、崇拝と畏敬の念を抱く部下たちさえ劣情を一瞬抱いてしまう程に艶めかしい。
瑞々しい色香漂う唇から漏れる熱い溜息が、また一層、グリフィスの色気を倍増させた。
「ご、ごくり」
「…相変わらず、グリフィス団長…美しいぜ…!」
「美しいだけじゃねぇ、グリフィス団長とキャスカの姉御は、女だっていうのにどんな男にも負けねぇ最強の騎士!」
「そうそう!しかもグリフィス団長は天才戦術家でもあるしな!」
小声で好き勝手に部下達が和気あいあいとしているが、そんな言葉すら今のグリフィスには聞こえていないのだ。
「なぁ、おまえって団長とキャスカ千人長…どっちがタイプだ?」
「へへへ、そりゃ、おめぇー…どっちも違った風情があるってもんよ」
「たしかになぁ。キャスカの方はこう、ムチッとしててボーイッシュで…」
「団長の方はスラッとしてて、まるで御伽話の
「おれは団長だな」
「うんうん、そうだよな。おれも」
「まー、団長はミッドランド一の美貌を…――って、あれ!?
団長!?速く撤退しましょうよ!」
先程の位置から全く動かず、ただひたすら一点を見つめ続けるグリフィスに気付いて、慌てて部下達は引き返してくる。
「…えぇそうね。焦ることはない。もう、目の前なのだから…」
呟くグリフィスに思わず部下は突っ込む。
「いや焦りましょうよ!?
敵が目の前なんですからね!?」
戦乙女とも謳われる最強の女騎士グリフィスは、後々も、ガッツと関わると冷静さを失ったり天然ボケを発揮したりするのは有名だが、その気配はすでにここからしていたのだった。
―
――
―――
運命の歯車は回り続ける。
だが、今生ではその歯車を回し、糸を紡ぐのはグリフィスその人。
そこに魔のイデアの介在は存在しない。
あの時のように。
あの頃のように。
戦勝に湧く貴族の宴を後にし、独りガッツは草原を歩き、また次の戦場へと向かう所にコルカスが仕掛けた。
懐かしい、とすらグリフィスに思わせる展開の数々。
懐かしさがこみ上げ、自然な笑みを維持するのも難しいぐらいにグリフィスの心は高揚する。
ガッツの報奨金目当てのコルカスが部下共々痛い目を見て、そしてその尻拭いに、やはり
(そう…これでいい。
そもそも、キャスカを最初にあいつに接触させたのが
私からガッツを奪ったキャスカ。キャスカの存在が、ガッツを惑わせた。
……だからといって、キャスカも鷹の団も私のモノだから…
だからおまえを殺しはしないよ、キャスカ。
おまえは私の
何もせず、ガッツの魅力に気づかず、おとなしく)
「こいつは血を失い過ぎている。
血を失った男に温もりを与えるのは女の役目。
私がやる。こいつが血を失い過ぎたのも、私のせいだから」
気絶するガッツに対してこんな事をいきなり言い出したものだから、鷹の団の者達は皆、まるで片想いの人に既に恋人がいたかのような、そんな衝撃を受けて固まった。
男共が固まる中で、唯一人キャスカだけが意識を再起動させる。
「グリフィスがそんな事する必要ない!
わ、私がやる!」
「なぜキャスカが?」
なぜおまえがしゃしゃり出る――
誰にも聞こえない声でグリフィスは呟く。
「っ」
なぜ、と言ったグリフィスの目は無表情に見開かれ、そして鷹のように鋭い視線となってキャスカを見抜いた。
思わずキャスカが怖気づく程の、そんな目。
「だ、だって…グリフィスは、団長で、私達の勝利の女神じゃない!」
「それが?」
「それがって…だ、だから、そんな何処の馬の骨とも知れない奴を暖めるのになんで私達の女神が肌を汚すの!?
そんな汚れ仕事は私がやる!
グリフィスの肌を安売りさせるわけにはいかない!」
無表情に見開かれていたグリフィスの瞳に温度が生まれた。
それは冷たい温度だった。
(なんで、なんでそんな目であたしを見るの…!?グリフィス!)
「この鷹の団は、おまえが命令できるの?キャスカ。
この私に、おまえが命令するというの?」
「ちっ、違う!私はそんな…そんなつもりじゃ…」
「私がこの男を暖めると、そう決めた。
キャスカ…あまりわがままを言わないで」
お利口だから、と最後にとびきり暖かな口調で言いながらグリフィスはキャスカを抱き寄せ、彼女のショートの黒髪を撫でる。
すると、それだけでキャスカは意固地さを捨て去って、ふにゃりと和らいでグリフィスのなすがままだった。
「ごめんなさい…グリフィス。
でも、なんであなたがわざわざあんな男を…」
「あの男は、鷹の団に必要な男になる。
私にとって…必要不可欠な…そういう存在になると、そう感じた」
「…それ程なの?」
「私が今までキャスカに間違った事を言った事がある?」
「…………ない」
「なら信じてほしい。これは…鷹の団の皆のためでもある。
…何より、私を自分でしでかした事の責任を取れない女にするつもり?キャスカ」
グリフィスが悪戯っぽく微笑んで、ギュッとキャスカを抱くと、褐色の頬がグリフィスの白い服に埋もれた。
白亜の美女と褐色の美女が抱き合う姿は、それだけで一枚の背徳的な絵画のようで、鷹の団の男達に熱い溜息をつかせる。
「…グリフィスが暖めるだけのつもりでも、もしあの男が目覚めて、変な気を起こしたら…」
「私が遅れを取って犯されると?」
「まさかっ!」
キャスカにとって想像すらしたくない光景。
男に組み敷かれ、男の粗野なモノを突き入れられるグリフィスなど、欠片すら思いたくない。
「何かあったらすぐに声を出しておまえを呼ぶ。
だから、私の天幕の直ぐ側に控えていて、キャスカ」
「っ、うん!」
すぐ側に控えるという信頼の栄誉を示されて、ようやくキャスカは微笑む。
だがグリフィスは、表面では暖かに微笑みながらも心では冷たくキャスカを見下ろしていた。
(…やはり因果はガッツとキャスカを近づかせようとする、か。
注意を払わなくてはならない。特段の注意を…)
美貌の鷹は、この後に待つ愛しい男との肌の寄せ合いに心を躍らせる。
永い時を待ったのだ。
己を女へと変質させたのも手伝って、グリフィスは今の肉体の芯からグツグツと煮えそうな欲が湧き立つのを自覚し、そしてその熱が心地良い。
(もうオレは…私は、大手を振っておまえの愛をもぎ取れる)
欲しい物は絶対に手に入れる。
それだけは、男であっても女であってもグリフィスのままだった。