思えば、一目惚れだったのかもしれない。
俺が南さんを好きになった理由は色々考えたけれど、切っ掛けは多分これだと思う。
水門の上で歌う、南さんの姿。
一人きりで歌う彼女の姿は、何処か幻想的に見えて。
それがどうにも、印象に残って。
だからだろうか。
彼女の呼び出しに、応じたのは。
結局南さんは時間になっても来なくて、ガウマさんが彼女に詰め寄っているのを見て慌てて駆け寄った。
話によると、南さんは待ち合わせ場所に向かおうとせずに街を彷徨っていたらしい。
自分は、彼女にからかわれたのだろうか。
そんな疑問は、南さんの眼を見た瞬間吹き飛んだ。
その時の、南さんの眼はまるで。
助けを求める、子供のようだった。
手を伸ばしたい、と思った。
人からは散々「お人よしが過ぎる」と言われる俺だけれど、その時彼女に抱いた感情は強烈な────────庇護欲、だろうか。
それに近いものを抱いた事は、事実だ。
結局その後怪獣が出てきて、ダイナゼノンに乗る事になって。
なし崩し的に南さんと接点が出来たのは、ある意味僥倖だった。
ダイナゼノンという非日常にのめり込んで嫌な事から目を背けたい、と思っていたのは何も南さんだけじゃない。
俺も、母親の新しい彼氏とどう向き合えば良いか分からずに悩んでいたのだから。
母が連れて来た上条さんは、良い人だとは思う。
けれど、父の事を思うと素直に受け入れ難いのは確かだった。
自分の中の「父」はまだあの人で、新しく父になろうとする上条さんに対して拒否反応めいたものがあるのかもしれない。
母と父の関係はもう終わった事で、子供の自分が口出しするような事じゃない。
でも、上条さんを受け入れるのはこれまで父と慕って来た父さんの事を蔑ろにするような気がして、嫌だったのだ。
そんな俺の気持ちを、母も上条さんも察して配慮してくれている。
正式に籍を入れたりといった事をしていないのも、俺の心の整理が付くのを待ってくれているのだろう。
でも、だからこそ俺はそんな自分が嫌だった。
結局のところ、これが自分の我が儘である事は理解している。
コドモなのは、自分だけだ。
我が儘を言っているのは、自分だけだ。
その事が、情けなくて。
俺は、非日常に逃げたんだ。
そして。
怪獣とダイナゼノンという非日常の中で南さんと過ごすうちに、自然と彼女の事を目で追っていた。
学校では殆ど話した事はなかったけれど、ダイナゼノンに乗る事に前向きな彼女とは共に戦う仲間として交流を重ねていった。
その過程で南さんのお姉さんが亡くなった事に関して彼女が調べに行きたいと言って、会おうとする相手が年上の男性と聞いて居ても立っても居られず衝動的に同行を申し出た。
言い出してから冷静になってこれ鬱陶しいと思われるんじゃ、と危惧したが────────南さんはあっさりと、俺の同行を受け入れた。
後から彼女に聞いた話によると、あの時の俺の申し出は願ってもなかったのだという。
南さんは人見知りで、知らない人と会話する事は相当難易度が高い行為らしい。
だからこそ自分という第三者が付いて行った事で、どうにかなったのだと言っていた。
それを聞いた時、思わず頬が綻んだ事を覚えている。
南さんは「私の我が儘に付き合わせちゃった」と申し訳なさそうにしていたが、こちらとしてはあそこで頼ってくれた事には感謝しかない。
何せ、結果的にあの時自分は南さんに頼りにされていたのだ。
男として、これで嬉しくない筈がない。
基本的に男ってのは、可愛い女の子に頼りにされるのは大歓迎なのだ。
それが、南さん程の美少女なら猶の事だ。
南さんは自己評価がとても低いが、充分以上に美少女と言って良い容姿をしている。
その儚げな空気もあって、童話の中から出て来たお姫様と言っても良い────────というのは、少し大仰に過ぎるだろうか。
ともあれ、そんな南さんとの時間が楽しくない筈がなく、俺はどんどん彼女に惹かれていった。
だから、南さんが俺が風邪を引いた時に見舞いに来た時は仰天したものだ。
何か、変なものでも見られやしないか。
そんな感じに戦々恐々としていたが、風邪で弱った時に美少女に見舞いに来て貰う、というシチュエーションは今考えても恵まれていたと思う。
まあ、その所為で風邪を移してしまったのは申し訳なかったが。
あの後南さんが風邪を引いたと聞いて、俺は彼女の家に見舞いに行った。
応対してくれた南さんのお母さんは快く家に入れてくれて、俺は南さんの部屋に通された。
俺が来た事で、南さんはびっくり────────────────は、していなかった。
彼女曰く「なんとなく来る気がした」との事だったが、拒絶される事がなくてほっとしたのを覚えている。
何せ、いきなり女子の家に見舞いに行く、なんて難易度の高い真似をしたのだ。
見舞いに来るくらいの好感度はあったと信じて突貫したが、今になって思えば冷静ではなかったのだろう。
考えるより先に、身体が動いてたというやつだ。
とにかく、南さんは見舞いに来た俺を受け入れてくれた。
部屋の目立つ場所に堂々とダイナウイングが置かれていた事は驚いたが、南さんは全然気にしてはいないようだった。
ダイナウイングは、一見すると子供用の玩具にしか見えない。
そんな代物が男子ならばともかく年頃の少女の部屋に置いてあるというのは奇異に映るものだが、それを説いても南さんはピンと来なかったらしく適当にあしらわれた。
そういう浮世離れした所もまた南さんの魅力なのだが、
それから、色々が事があった。
南さんのお姉さんの死が事故ではなく、自殺だったかもしれないと聞いて。
そして、彼女が誰にも頼れずに一人で死んでいったのかもしれないと考えて。
南さんは、塞ぎ込んでしまった。
間が悪く怪獣が現れてしまったのだが、南さんは「先に行ってて」と言いその場に残った。
そして。
その事をガウマさんに話したら、「迎えに行け」と叱られた。
思えば、その通りだ。
自分は、何の為に彼女と共にいた?
彼女と寄り添い、支える為だ。
なのに、自分はそんな彼女を置き去りにしてしまった。
自分の馬鹿さ加減に腹が立ち、一も二もなく駆け出した。
そして。
水門にいた南さんに、手を伸ばした。
南さんは、俺の手を取ってくれた。
その時の事は、今でも覚えている。
これまで何処か壁を感じていた南さんとの距離が、それ以降縮まったような気がした。
実際に、その日以降は彼女との距離が近くなったように思う。
以前はバスに乗った時は離れて座っていたけれど、その後にバスに乗った時には隣に座ってくれた。
一緒に歩く時も、心なしか以前より近くを歩いてくれているようにも思う。
南さんから花火大会に誘われた時は、流石にデートの誘いではないだろうと考えて皆も誘ったのだが────────────────後からそれが実質デートの誘いであった事を知り、惜しい事をしたと後悔した。
まあ、その日は怪獣が出た所為で結局花火大会には間に合わなかったのだが────────────────自分からデートの機会を逃すなんて、と悔しい想いをした事は覚えている。
けれど。
その後、皆で花火をする事になった時。
浴衣に着替えた南さんを見て、思わず見惚れた。
元から浮世離れした雰囲気を持っていた南さんが浴衣という特別な衣装を着る事で、よりその美しさが際立っていたのだ。
あんなものを魅せられて見惚れない程、蓬は男を捨てていない。
その日、南さんと一緒に花火をした記憶は今でも心に焼き付いている。
花火で横顔を照らされた南さんの顔は、とても綺麗だった。
そして。
怪獣に皆が取り込まれて、怪獣の中で過去の世界を夢見ていた時。
皆を救うべく怪獣の中に乗り込んだ俺は、そこで南さんの過去を文字通りに直視した。
南さんのお姉さんが、亡くなった日。
記憶の世界に捉われ、現実の事を忘れていた南さんは。
このままじゃ、もう一度目の前で姉を失う事になる。
そんな事、許せない。
俺はそう思って、必死に南さんに呼びかけた。
そして。
ようやく声が届いて、俺は南さんの過去へ足を踏み入れる事に成功した。
俺と会った事で南さんは記憶を取り戻し、お姉さんを追いかけた。
結果としてお姉さんに自殺するつもりがなく、死の原因は恐らく事故であろうという事が明らかになった。
その事実を理解した南さんは、何処か憑き物が落ちたような顔をしていた。
ずっと、気にかけていたのだろう。
なんで、お姉さんが死ななきゃいけなかったのかを。
それを、怪獣の所為とはいえこうして過去と向き合えた事で折り合いを付ける事が出来た。
その事に関しては、怪獣に感謝している部分もある。
だから、シズムくんの言っていた事も全部が否定し切れるワケじゃない。
シズムくんと話したあの空間が俺の白昼夢だったのか、それとも彼の残滓のようなものだったのかは分からない。
確かに、シズムくんの言う通り怪獣の力があれば現実では不可能な事も可能となる。
記憶の世界に行けた事がその例であり、通常であればどうにもならない死という現象も怪獣の力によって覆されている。
その力があれば、なんでも出来る。
そう言われてみれば、そうなのかもしれない。
だけど。
それは、ガウマさんが託したかった世界のあるべき姿じゃない。
きっと、ガウマさんは。
俺たちがありのままの世界を幸せに生きる事をこそ、望んでいただろうから。
だから、俺は。
怪獣の力による、自由を選ぶのではなく。
その事を、決して後悔したりはしない。
だって、それが。
ガウマさんに、ダイナゼノンに。
この世界を、託された俺のやるべき事なんだろうから。
怪獣がいなくたって、幸せになる事は出来る。
だって。
今の俺は、こんなにも幸せなんだから。
俺に、手を差し出す南さんの姿が見える。
晴れて南さんと付き合うようになった俺は、クラスメイトから「南さん係」と呼ばれてクラスの出し物の当番をバックレた南さんを連れ戻す事になった。
そうして見つけた南さんはクラスに戻るよう言うとあからさまに嫌な顔をしたが、俺が食い下がると「じゃあ連れてって」と手を差し出して来た。
南さんはこうして、時折俺に甘えて来る事がある。
正直その行動一つ一つが俺の心を
こんなに可愛い彼女から頼られて、嫌に思う彼氏がいるだろうか?
もしいたとしたら、殴り飛ばしてやりたいものだ。
ともあれ、南さんが願うならば是非もない。
俺は南さんの手を引き、そして。
「ねえ、まだ
────────────────そんな爆弾を、唐突に落とされた。
確かに、彼氏彼女になったというのにさん付けはどうなのか。
そう思う気持ちも、理解出来る。
しかし、女子の名前を呼び捨てはかなり恥ずかしい。
恥ずかしい、けれど。
南さんが────────いや。
夢芽が願うなら、俺はそれに応えるだけだ。
そうして、俺は彼女を名前で呼んだ。
とっても、とっても恥ずかしかったけれど。
彼女の嬉しそうな声を聞いて、まあいいか、と思ってしまったので色々な意味で手遅れだ。
本当に、こんな可愛い姿を見せられたらもうどうしようもない。
とっくの昔に、俺は彼女にやられていたのだ。
色々と、重い子であるのは事実だ。
向けて来る感情の一つ一つが大きいし、気まぐれで人見知りなのでフォローが必要になった事は数知れない。
けれど。
この不自由は、俺が望んで選んだ不自由なんだ。
それを厭うなら、あの時告げたシズムくんへの啖呵が嘘になってしまう。
それは、シズムくんにも失礼だし。
何より、ガウマさんの意思を蔑ろにする事になる。
ガウマさんは、この不自由だらけの世界を守る為に命を懸けた。
だから、この
思い通りになる事ばかりの世界なんて、こっちから願い下げだ。
それを。
俺は、俺たちは。
ガウマさんと、ダイナゼノンに教わったんだ。
だから、もう泣き言は言わない。
上条さんとも向き合うし、夢芽とは何があろうと離れるつもりはない。
俺の名前の
だったら、そんな名前をくれた親に感謝するしかない。
だって、それは。
今の俺たちに、
そして。
俺たちの生きるこの世界を、応援してくれてるみたいだから。
だから、俺はこれからもこの世界を生きていく。
皆と。
そして。
夢芽と、一緒に。
蓬くんバージョンです。
こっちも衝動のまま書き上げました。
あのシズムくんとのシーンへの言及をやりたい、というのがこの話です。
掛け替えのない不自由を。
良い言葉ですね。