怪物たちと,バケモノと。   作:パセリセリ

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バケモノ思う皇帝と 2

 

生徒会室に訪れたら,トレーナーが言っていた通り目的の人物はまだ部屋の中にいた。とは言っても,鞄を横に抱えていたし部屋の電源も落ちていたからこれから帰ろうというタイミングではあったのだが。

 

(さて,どうやって切り出したものか。)

 

生徒会室にまで来たのは良い。しかし,だからと言っていきなり「あの日のレースにいたのは何故だ?」なんて聞くのは突拍子もないだろう。

 

そもそも,彼女ーシンボリルドルフと直接話す機会など今回が初めてだ。なおさらきっかけなど見つかるはずもない。そもそも普段から親しく会話するような性格も愛嬌もない私には無理な話かもしれないが…そんなふうに悩んでいるときだ。

 

「君,まだ体を動かす余力は残っているかな?」

 

顎に手を当てて,口元に笑みを浮かべながらシンボリルドルフはそう尋ねてきた。

 

確かに疲労はあるが,動けないほどではなく些細なものだ。彼女の言葉に頷くとそのまま話が続く。

 

「実はこれから軽く体を動かそうと思っていてね。よければ付き合ってくれると嬉しいのだが…どうだろうか?」

 

正直ありがたい話だ。このまま生徒会室にいるわけにもいかないし,私自身もただ座って話を聞くのは性に合わない。「恩に着る」と一言返し,部屋の外に出れば彼女も後に続き,鍵を取り出して施錠する。

 

「それじゃあ私はジャージに着替えてくるとしよう。君は先に玄関で待っていて欲しい。」

 

「分かった。」

 

手短に返し,一旦彼女と別れた後に私は正面玄関へと向かった。もうかなり陽は落ちていたが,トレーニングエリアでは照明が照らされ,まだ走っている生徒たちとそれを指導するトレーナーや教員たちの姿が見受けられる。

 

それを遠目に眺めながら,軽く体操をして体が解れ始めたタイミングで,制服からジャージに着替えた会長様もやってくる。手にはタオルが2枚握られていた。恐らく私の分まで持ってきてくれたのだろう。わざわざ律儀なことだ。

 

「待たせたね。それじゃあ行こうか?」

 

「あぁ…メニューは?」

 

「そうだな…外周をジョギングするくらいで良いんじゃないかな?話をしながらならそれくらいが丁度良いと思うんだが,どうかな?」

 

恐らく私が話したいことを見据えて,人気のない外周コースを選んでくれたのだろう。確かに,私が聞きたいことは他の連中には聞かれたくないことではあったため私は頷いた。

 

「それでいい。」

 

「ふふっ…それでは行こうか。」

 

そう言って彼女と共に走り出し,門を潜り抜け校舎の外に出る。校舎周りはちょっとやそっとでは登れない壁で囲まれてはいるが,改めてバカ広い敷地だと痛感する。

 

暫く走ると体が熱くなり,額に薄らと汗が浮かぶ。それを時折吹く夜風が撫で,サワサワと揺れる音が心地よい。

 

「銘無くん…彼とのトレーニングはうまくいっているかな?ブライアン。」

 

隣で走る彼女からトレーナーの話を振られる。

 

「まだ分からん。まぁ,足りないと思ったら直してくれるのはありがたいがな。まぁ時折うざったい程話してくる時はあるが…」

 

トレーニング途中や,始まる前に脚の様子や体調,食事の内容を細かく聞いてくるのはトレーナーだから故仕方ないとは思うが,時折姉貴みたいに野菜を食えと言ってくるのだけはいただけない。あと,少しでも体に違和感がある素振りを見せれば指摘してくるのもげんなりする時もある。

 

それを話せばルドルフは「変わらないな」と懐かしむように言葉を溢す。

 

「アンタも言われたことがあるのか?」

 

「1年半前に体調を崩した時があってね。そんなときに練習に出ていたら無理をするなと怒られたよ。初めて彼に怒られたからそれなりにショックだったのを覚えている。」

 

そのあと彼女は色々とトレーナーの事を話してくれた。

 

元々は亜人種と人間が活動する民間組織に属していたこと。

 

2年前のトレセン学園の施設が破壊され,警察も投げ出した際に事件の真相と犯人を確保するために理事長秘書を通してこの学園に訪れたこと。

 

そしてその犯人グループの一員を捕縛し,事件を収束させたこと。

 

他にも,暴走したウマ娘たちに対するトレーナーの自己防衛の術として所属する組織でも運用している技術の共有と,ウマ娘に合わせた道具の開発,ひいては使用法の指導を務めていること。

 

各自で収めることができなかった場合の外部への救助要請を速やかに行うためのツールを,学園や協会の抱える情報開発部と共に開発したこと。

 

暴走したウマ娘の鎮圧やアフターフォロー。さらには外部からの武力行使の運営妨害に対しての抑制など…

 

学園の運営を携わる生徒会や上層部,外部とも随分と関わりがある事を彼女は包み隠さず教えてくれた。

 

それを聞いて私は唖然とした。それを全て最難関とされる中央トレーナーの資格を得る勉強をしながら行っていたのだ。身体がいくつあっても足りないなんてレベルではない。

 

「よく過労死しなかったな…」

 

「昔から無理をしようと思えばいくらでもできたみたいでね。時には5日も寝ずに動いていた時なんて瞠目結舌したものさ。頼むから無理をしないでくれって怒りながら泣いたものだから,彼を困らせたのを覚えているよ。」

 

無理をしようと思えばいくらでもできる…その言葉に私はトレーナーが例の男に叩かれた出来事を思い出してしまった。

 

「…何かあったのかな?よければ聞かせて欲しい。」

 

目敏いな。そう思うも私は今日あった出来事を彼女に話す。少し有力な新人トレーナーを弄るのはこの学園内でも尽きないネタであるため,珍しくはないはずだ。

 

しかし彼女は違った。トレーナーが叩かれ,血を流した事を聞いた瞬間に纏う空気が変わるのを肌で感じた。冷たく,重い〝皇帝〟の名に恥じない重圧だった。もし,あの男がこの場にいれば間違いなく失禁していたであろう。

 

「なるほどな…君と手を切らなければ後悔する,と。それを他のトレーナーにも言われているのか。」

 

「手を出されたのは今回が初めてみたいだがな。目撃者もいるし,理事長らが何かしら処分を下すから気にしなくて良いとは言われた。」

 

とは言ったものの,今その理事長にすら意見を通せる権力を持つ人物に話してしまった時点であの男の末路は決まってしまったようなものではあるが。

 

隣で走る会長様の瞳孔は鋭くなり,妖しい色を浮かべていた。ボソボソと呟かれる言葉から時折物騒なことが聞こえるが,敢えて無視をする。面倒ごとはごめんだ。

 

話を変えるか。そもそも私が聞きたいことはそんなことではないのだから。

 

「あの日,私とトレーナーの模擬レースを覚えているか?」

 

「鮮明に覚えているよ。流石に銘無くんから君に勝負を仕掛けたと言った時は驚かされた。何故それを?」

 

「理事長秘書と,アンタのとこのトレーナーがいたのは分かる。だけどアンタは何故あの場にいたんだ?そもそも勝負を後押ししたのもアンタだと聞いた。

 

アンタは私のトレーナーにとって,なんなんだ?」

 

そもそもだ。今の話を聞いている限りこの会長様は私のトレーナーにぞっこん…というわけではないだろうが随分とお気に召しているような体でいる。

 

自分を指導するトレーナーに担当しているウマ娘が惚れてしまうというのは自然な流れかもしれないが,アイツとはそんな関係ではないだろうに。

 

私の質問に彼女を目を点にし,顎に手を当てて考える。気づけば2人ともその場に足を止めていた。

 

そして暫くした後に彼女は口を開いた。

 

「あの時…彼と君の模擬レースを後押ししたのは,銘無くんが適任だと思ったからだ。

 

私は彼が人狼である事を知っていたというのもあるけど,彼なら君と上手くやれるんじゃないかと直感していたんだよ。

 

それでも,レースの勝敗にトレーナー資格を捨てると聞いた時は気が気ではなかったよ。彼らしいといえば彼らしいが…

 

そう言った意味では,私は彼に惚れているのかもしれない。人間味的な意味でね。」

 

少し照れたように頬を染め,尻尾を揺らす彼女の顔は生徒会長でも,皇帝でもなく年相応の少女の顔をしていた。

 

「そうか」

 

「納得してもらえただろうか?」

 

「するしかないだろう。」

 

再び走り出した私の後に続いて彼女も走り始める。そこからは互いに無言の時間が続き,気づけばスタート地点に戻っていた。

 

「随分と話し込んでしまったね。付き合わせてしまってすまない。」

 

スマホで時間を確認すれば,時計の針は本来走り終えているであろう時間を大幅に超えていた。それだけ話し込んでしまった時間もあっただろうし,無意識のうちに遠回りで走っていたのかもしれない。

 

「別に構わん。私も色々と聞けたことだしな。」

 

まだ付き合いが短いとはいえ,知らなかったトレーナーの情報を一気に知れたのは良かっただろう。まぁ,だからと言って何か急速に変わるわけではないだろうが。

 

「もしまた何か有れば,生徒会室にでもきて話してくれ。私個人に頼んできても構わない。いつでも聞き入れよう。」

 

「…その時が来たならな。」

 

「ふふ,待っているよ。」

 

そう言って私は彼女と別れる。もうすっかりと夜になり空には月と眩く光る星が浮かんでいた。

 

「あの皇帝様の余裕…いつか剥がしてみたいものだな。」

 

もし,彼が惚れている言うアイツと共にその首を食いちぎる次元まで行けたのであれば,彼女のその本性を見ることができるのだろうか。そう思うとゾクリと身が震えた。

 

レースに勝ち続ければそれも見えてくる。周りも自然と黙ることだろう。

 

速くレースを走りたいものだ。そう急ぐ気持ちを感じつつ私は学生寮へと向かうのであった。


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