怪物たちと,バケモノと。   作:パセリセリ

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駿川たづな

ジリリリッ!!!

 

「うぅん…」

 

耳元でなるアラームに起こされ,止めるとともにベッドから体を起こす。

 

仮眠に近い睡眠時間だが,元々夜の方が冴える体質なこともあり,夜の睡眠時間は少ない方だ。

 

その分仮眠も取っているし,仕事柄元々疎らだ。問題なんてないに等しい。

 

昨晩…いや今日の夜か?電話された内容を思い出しながら立ち上がり洗面所に向かう。

 

蛇口を捻り,冷たい水で顔を洗い,歯を磨く。

いつものルーティーンを行いながら携帯端末をタップする。

 

見ればメールが一件届いている。

メールを開けば,1週間後に配属されるトレセン学園についての資料が添付してある。あの電話の後に送ったのであろうか?

 

(寝てないのか?いや,まさかな。)

 

メールを見ながら昨日の電話を掛けてきた相手の顔が頭に浮かぶ。仕事には真面目な人だが,昨日の電話からしても何か余裕のなさを感じていた。

 

「まぁ,今考えてもしょうがないか。」

 

実際に今日の昼頃迎えに来てくれるとのことだ。仕事の詳細についてもそこで聞かされるのだろう。それならば今出来ることをやってしまえ。

 

そう完結づけ,送られてきた添付ファイルに目を通す。そこにはトレセン学園について基本的なデータがまとめられていた。

 

場所は東京都府中市。

 

寮制の中間一貫校であり,生徒数は2000名弱。

150年続く伝統を持ち,「トゥインクル・シリーズ」という華型レースに出場するために毎年多くの入学希望者がこの学園に挑んでいる。

 

勿論,レース競技者ではなくスタッフ研修生としてのカリキュラム。一般的な義務教育から高校での勉学。ライブやメディアへの対応。スポーツ栄養学やレース座学など幅広い。そして日本最高峰の敷地とトレーニング施設の充実さを誇っている。

 

ただ,年々入学者が増えている上に優秀な成績を収める地方ウマ娘はスカウトなどの編入もあるため,それを教えるトレーナーの数が圧倒的に足りていないことも記されている。

 

グラフを見ればウマ娘の入学者,在籍数に対してトレーナーの数など微々たる増加しかしていない。さらにいえば途中退学者の数も尋常ではない。

 

「唯一抜きん出て,並ぶ者無し」

 

この学園のモットー…理念だろうか。なるほど,華やかな舞台に対して相当な鎬の削り合いがあるのか。成績が出なかった者には容赦がないらしい。

 

「まぁ,競争の世界で生きているんだから当然か」

 

有名なところで言えば,競艇レースの競技者養成学校など,まず入学することが至難だ。そこから軍隊のような厳しい生活があり,訓練や試験を合格した一部の人間がプロになる。そこからプロで居続けられる難しさは想像を絶する。

 

我ながら悲観的かつ,非人道的とも言われるかもしれないが,競争社会なんてそんなもんだろう。生き抜けるかどうかなぞ,そこで実際に生きている奴ら次第だ。赤の他人が勝手に首を突っ込んではならない領域というものは存在する。

 

まぁ別にウマ娘と密に関わることはないだろうから,そんなところまで心配する必要はないか。そう思いながら資料を読み進めているとある項目に指が止まる。

 

そこには,なぜトレセン学園が地方のトレーニングセンター学園と一線を隠したセキュリティが置かれているのか纏められていた。

 

表立ってない。いや,もしそんなことがされていればトレセン学園という大ブランドが崩壊しかねない程の事件の数々。

 

チームウマ娘によるトレーナーの誘拐失踪。

メディア,過激派のファンによる圧力によってのトレーナーおよびウマ娘の自傷・自殺未遂事件。

トレーナー同士による殺傷事件。

トレーナーを巡ってのウマ娘同士による乱闘。

 

そして,引退バ数名の行方不明事件ーこれは解決はしているが,数十年前の話だ。

 

大なり小なり…圧倒的に大きなものが多いに越したことはないが,その中でもより危険なものが幾つもある。

 

セキュリティについては,トレーナー自身の身を守ることは勿論のこと,ウマ娘達のプライバシーやプライベートを守るために厳しいものが置かれている。

 

学園内外に取り付けられた監視カメラの数や警備員の設置数,置かれる時間帯。寮に戻る際の門限と寮の部屋内部の詳細。そして万が一のために対ウマ娘制圧団体及び公安による特殊部隊がいつ行動したのかまだ纏められている。

 

光あるところに影ありとはいうが,ここまでハッキリと明暗分かれているのも珍しい。

 

また,学内の情報といえば,学園に在籍するウマ娘達に振り分けられた寮の各部屋とメンバーの名前。在籍するトレーナーが持つチームとそのメンバーまで纏められていた。

 

こちらに至っては読むだけで頭が痛くなるが,仕事上ある程度覚えていかなければならないかもしれない。

 

なんせ〝ウマ娘〟という人と近い種族は,その見目麗しい容姿のために存在するだけでも価値が生まれるのだ。繁栄しているとはいえ全世界の人口比で見れば一般的な人類と比べればその数は少ない。

 

だからこそ,そう言ったコレクターが大金を叩いてでも集めたがるんだろう。反吐が出る。

 

腹の奥底でドス黒いモノが浮かび上がる中,手に持っていた携帯が震え出す。

通知画面を見れば,昨日の相手からだった。

 

「はい,もしもし」

 

「お,起きてたな。メールの中身はもう読んだ?」

 

相変わらずこちらの行動を見透かすように話す相手に,小さく溜息を零す。

 

「えぇ,中々の魔境っぷりで。」

 

「アッハッハ!まぁ事件だけ並べればそうだが,実際に頻繁に起こるわけではないよ。

 

ウマ娘は指導してくれたトレーナーに懐きやすいんだ。長い年月をかけて…少なくとも3年ほどかな?二人三脚,人バ一体となってレースに挑むからね。ならば,チームを預かり,指導するものが増える中で距離感を誤れば嫉妬も生まれるだろう。彼女らだって思春期だからね。

 

そのミスを,過ちを反省させ,正すのはいつだって学園の大人の仕事だよ。ただ…今回は学園の手に余る。」

 

「…だから俺ですか。」

 

「私が動いても良かったけどね…事情によりちょっと,な」

 

申し訳ないという風に話す相手に「いいですよ。」とだけ返す。あの人にだって事情や仕事もあるのだからそこは責められない。

 

「助かるよ。迎えの時間までもうすぐだ。ちゃんと身支度整えときなさいよ。じゃあね。また連絡する。」

 

そう言って電話は切れられる。だいぶ資料を読むのに没頭していたのか,時計の針はだいぶ進んでいた。

 

早足で準備に取り掛かり,ノートパソコンや財布など必要なものをカバンに押し込む。服装はそれなりに纏まれば良いだろう。所謂カジュアルスタイルというやつだ。

 

そんなこんなで準備している間に,ピンポーンとインターホンが鳴った。

 

「今出ます。」

 

「遅いぞ。」

 

少し慌ててドアを開ける,廊下に出る。目の前には栗毛に白い流星の髪を携え、青に赤の線の入った帽子を被る。ガタイの良い女性が立っていた。

 

彼女こそ電話の声のヌシ。そして俺の上司である〝年藤みそら〟である。

 

そんな彼女から,ある匂いを感じ眉間に皺を寄せる。〝嗅いだことのない女性の匂い〟だ。それもついさっきまで一緒にいた匂いのつき方…恐らく近くにいるのだろう。チラリと周りを見渡す。

 

それを見て彼女は小さく笑うと,目の前で「待て」という風に手を突き出す。

 

「相変わらずの嗅覚だな。落ち着け,私の知人だ。」

 

そう言うと年藤は右側…階段のある方を向く。

 

「たづな!出てきなよ!コイツがさっき車で話した私の部下…いや弟子かな?紹介したい。」

 

「…凄いですね。本当に気づかれるとは思いませんでした。」

 

階段下から現れた緑の制服と帽子に身を包んだ,〝たづな〟と呼ばれた女性は目を丸くしながらこちらを見るも,ニッコリと笑いこちらに近づいてくる。

 

「はじめまして。トレセン学園で理事長秘書を務めております,駿川たづなと申します。あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」

 

丁寧に自己紹介をする駿川さんの言葉を受けて,こちらも頭を軽く下げ紹介をする。

 

銘無(ななし)といいます。よろしくお願いします。」

 

簡単にそれだけ伝え頭を下げれば,彼女もよろしくお願いします,と会釈する。随分と物腰の柔らかい女性だ。

 

「よし,互いのことはまた車の中で話してくれ。銘無には早速で悪いが,これからトレセン学園に向かうとしよう。あ,昼飯食べてなければ向こうで奢るから我慢してくれ?」

 

「了解。」

 

そう返事すると彼女は「よし」と頷き階段に向かう。その後を駿川さんと俺も追い,車に向かった。

 

「乗ったな。それじゃあ行こうか。」

 

こちらがシートベルトを着用したのを確認し、年藤は車を走らせた。

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