「はぁ〜…」
「あ〜…その,すまん前振りもなく。」
何度目か分からないため息に,先程の爆弾発言を投下した年藤は苦笑する。
現在時刻はお昼過ぎ。言っていた通り学園内のカフェテリアにて昼食を囲んでいる最中だ。
当然ながら,この学園のほとんどの割合を占めるウマ娘たちと数人のトレーナーたちで賑わう最中である。
ただし見慣れない2人,そして緑の制服に身を包むたづなさんが一緒の卓に座って昼食を取っている姿は自然と注目を集めていた。
「みそらさん!彼に何も言わずに連れてきたのですか!?」
「いや,いつ切り出そうか迷っている内に忘れてしまっていてね…我ながら申し訳ないとは思う。
だがこいつは傭兵じみたというか,根無草というか…この年になるまでにも国内外問わず様々な仕事を受け入れていてね。
組織の中でもかなり若い方だし…大学に行っている訳でもないからなぁ。一回腰をおろして職に就かせた方が良いだろうと上の奴らとも話し合ってな。」
バクバクと目の前の巨大なハンバーグを食べ崩しながら話す年藤に,隣のたづなさんは「もぅ〜…」と此方に同情するように言葉を漏らす。
「ウチのトレーナーになる為には現場研修はもちろんの事,学業試験や面接。理事長による判断含めて全国トップの難易度の試験がいくつもあるのですよ?
ウマ娘の知識が多少あるくらいではとても受かりませんし…研修だってどこかのトレーナーの元につかなければなりません。その期間だって適正がなければ落とされることはみそらさんも知っているでしょう?」
たづなさんの話す通り,ここトレセン学園のトレーナー試験というものは最大にして最難関を誇るような倍率だ。
学業,研修,実績,ストレス耐性などなど様々な試験をクリアし,最後に理事長による面談を通し適正有りと判断されて,ようやくスタートラインとなる。
そのあと実際にウマ娘のトレーナーとなり,満足な成績を挙げられなければ当然トレセン学園を去ることにもなりかねない。
高給取り,トレーナー寮,有給制度など色々と高待遇な反面ウマ娘との距離感,メディア関係など考えれば心身共に相当の負担のかかる職だ。
だからこそ順当するレベルの難易度の試験なのだろうが,まぁ今はそんなことどうでも良い。
(事件解決までこの学園に居ることになると思っていたが,こんな事になるとは…)
今からでも断るか?いや,しかし事が起きているのを目の当たりにしてこの場を去るのも…
悶々として悩む男を目の前に,変わらず美味しそうにハンバーグを食べる年藤。横にいるたづなさんも日替わり定食のオカズー本日は鯖の味噌煮を食べ始める。
「この学園には新人トレーナー研修制度や,トレーナー希望者のためのカリキュラムもあるだろう。確か最短で2年だったか?義務教育は勿論,高校の学業もしっかり修めているから研修自体に受かる資格は十分だと思うが?」
「短くても2年なんです!
しかも彼には別の任務解決もあるのですから,本格的なトレーナー研修も同時に行うとなると負担は計り知れません!
それに…先程は理事長が言っておりませんでしたが3つ目の問題だってあるんですよ。」
たづなさんの言葉に反応し,体を起こす。
確かに理事長は3つある問題の2つしか話さなかった。
最後の上司の言葉に全て持っていかれたが,それを聞く事が仕事を受ける上でも重要な事である。
年藤さんも食事を中断し,話を聞く姿勢になるとたづなさんはボソボソと話し始めた。
「3つ目の問題は…申し訳ないのですがトレーナーの数が足りていないのです。
近年ウマ娘の入学者,転入者が増えていく中でチームを持つトレーナーも一時期増えたのですが…コミュニケーションが上手く取れなかったり,特定の娘に集中してしまい他の娘達と関係に軋轢が生まれたり…時には対ウマ娘制圧団体も導入することもあります。
そうなると実力もあり,有名なトップトレーナー中堅トレーナーばかりに人気が集まってしまいまして…その方達の負担も大きくなるばかり。
この学園のトレーナー及び職員の福利厚生は充実している方ではあると思いますが、それでもカバーしきれません。
今はなんとかなっている部分もありますが,将来を見据えるとトレーナーという存在は欲しいだけ欲しいというのが現状です…
幸い,みそらさんはトレセン学園のトレーナー性格適正,業績,学績全てクリアしておりますから,正直な話私は貴女が受けてくれると思っていたんですよ!」
頬を膨らまし,睨みながらそう話すたづなさんに上司は視線を逸らした。
「ごめん…私もやれるならやりたいが別の大型任務が入っていて其方に尽力しなければならないんだ。亜人種の問題は様々でね。私も部隊長を務めているし,後任も育ち切っていないんだ。」
「年藤さんはウチの格闘技のエキスパートですし…対亜人種の犯罪行動を何件か鎮めているやり手なんですよ。あと亜人がもっと表立って自由に動けるような活動もしていますから,ウチの組織でもかなり多忙な方ですから厳しいですね。」
彼女は武力,言動力そして人脈とまだ二十代ながら並々ならぬ実績を残しているやり手で,本当に様々な仕事に追われるような人物だ。
そんな彼女が,一個人の依頼の為に時間も労力も割いて行動していることから,よほどこの学園…もしくは〝駿川たづな〟という存在が大切なのだろう。
「…分かりました。寧ろ電話した翌日にここまで準備してくださっただけでも感謝しきれません。これ以上の無理は言えません。」
言い過ぎました。そう言ってたづなさんは上司に謝ると,年藤も「気にしていない」と笑って返す。
「もちろんアドバイスは送るし、私ができることはする。人手が足りない場合は制圧部隊や警察にも知り合いがいるから声を掛けよう。
流石にウチで体力お化けの銘無でも限界は来るだろうしな。
それに現状,私のチームの中でトレーナー適正が1番高いのは此奴だよ。適当な人物を送るわけにもいかないから,一度信じてみて欲しい。」
真剣な眼差しで話す様子に,たづなさんも納得したのか,此方を見る。
「銘無さんは良いのですか?」
「直属の上司にここまで太鼓判を押されたとなると退くに退けませんよ。やれるだけやってみます。」
腹を括りそう話す俺に,たづなさんの瞳が若干潤む。そして意を決したように口を開いた。
「分かりました!理事長にもその旨をお伝えしておきます。
銘無さんの新しい居住区についての諸々手続き,そしてトレーナー育成カリキュラムへの参加手続きも此方で準備します。此方のことは気にせず,まずは事件解決の方お願いします。」
先程までの不安が振り切れたように,彼女は「よし!」と気合を入れる。
「あと,これを持っとけ。現場調査の際他のトレーナーやウマ娘達への証明となる。」
理事長の印鑑が押された学園立入許可書と白い小さな箱を年藤さんから手渡される。
箱を開ければ,白いクッションの真ん中に丸いバッチが鎮座している。蹄鉄の上に交差する斜線…対ウマ娘鎮圧団体が身につけるマークと同義のものだった。
「対亜人種鎮圧ということは,当然暴走したウマ娘の対処も含まれる。ウチの組織,私のチームにいる時点でその資格はクリアしているからな。
バッヂは常に身につけるか側に所持しておけ。
証明書は今日明日は持っといたほうが色々と楽だと思うぞ。」
「ありがとうございます。」
証明書はカバンの中のファイルに,バッジは上着のジャケットに着ける。
それを確認すると,年藤さんをはじめ3人は改めて食事に手をつける。少し冷めたご飯になったが,心なしかいつもより食事が旨いと感じられた。
授業が終わるベルが鳴り響くと,学園内は生徒の声で賑わい始める。
次のレースに向けてトレーニングに向かう者。
友人たちと談笑する者。
休みならばと図書館や,外の娯楽施設に向かう者。
鎬を削りあうトレセン学園においても,華の女子校生ー青春を謳歌するのも彼女らの仕事だ。
そんな中,コツコツと規則正しい靴音と共に悠然と歩く少女が1人。
長く,暗めの栗毛に白い三日月が一条。
アメジストのような瞳を持つ彼女が廊下を歩けば,周りからは視線を向けられる。
憧れ,羨望,期待,重圧など様々な感情が混ざったそれを受けるも,彼女の顔は涼しいものだった。
名を〝シンボリルドルフ〟
試験,模擬など全てのレースにおいて他を圧倒したその姿には新人からベテランまで声を掛けないトレーナーなど存在しなかい。
生まれながらにウマ娘としての高いレベルの英才教育を受け,全てを血肉に変えた彼女は並のトレーナーでは霞んでしまうような存在である。
そんな彼女には,偉大な夢がある。
「誰をも導く頂点となり,皆を導くウマ娘で有りたい」
夢物語だ。無理のある話だ。非現実的だ。
その夢を語れば誰もがそう返した。
ならば,それを実現させてしまえば良い。
全てのレースに勝ち続け,全生徒の規範となる。
その為にトレーニングにも,レースにも手を抜かない。学園を支える為に生徒会にも入り,職務を全うしようではないか。
(昨日はターフの状況を確認したし,今日はダートの方に向かおう。)
ここ最近学園内で起きている問題の一つとして,トレーニングエリアのコースや模擬レースコースが何者かに荒らされてしまった。
警察の迅速な取り調べもあったが,結果は振るわない。しかし傷をそのままにするのも頂けないことから,生徒会と学園上層部は修復補修の計画を進めている。
その必要書類作成のためにも現場のことを調べなければならない。私も生徒会の一員であることから仕事の一部を受け継いでおり,今からそこに向かおうとしていた。
(確かダートコースは,レース内への鉄片含む危険物の混入やレースの柵,観客エリアの広範囲に及ぶ破損被害だったな。)
兎にも角にも今のままでは練習もままならない。一刻も早く修復に移らなければ。
そんなことを思いながら現場に着く。立ち入り禁止のテープが張り巡らされたそこに向かうと,見慣れない男性が立っていた。
彼は破損されたエリアを見渡し、時折屈んでその破片や破壊痕を注意深く観察する。かと思えばダートの上を歩きコース内の異物を見つけては手に持つバケツに投げ入れていく。
(誰だ?少なくとも学園内の人間ではないだろう。顔を見た覚えがない。)
一度見た顔は忘れないという自分の記憶力には少なからず自信がある。懸命に振り返るも彼のような人物とは一度も出会ったことがない。完全に初見だ。
ならば警察の関係者だろうか?
それもない。時折調査にはくるが事前に生徒会にも連絡が入る。ましてや私服で,単独で調査なんてするだろうか?
(よし…)
悶々と悩むも埒があかない。
そう結論づけて彼の方へ歩み寄る。
「すいません。」
後ろから声が聞こえて振り向くと,そこにはトレセン学園の制服に身を包んだ1人の少女が立っていた。
栗毛に白い三日月の髪。アメジストの瞳。
まだ幼いながらも学内ですれ違った娘たちとは一線を隔す佇まい。
特徴的な耳を此方に真っ直ぐに向けて,尻尾はユラリと揺れる。そしてその目は此方を射抜くように向けられていた。警戒している合図だ。
その姿を見て誰なのかはすぐに理解できた。
送られてきた資料にあった,有力株の1人だ。
名をシンボリルドルフ。
同年代で敵なしとさえ言われる優秀なウマ娘。
そんな彼女に声を掛けられ,作業を止めて体勢を変える。これ以上変に警戒されるわけにはいかない。
「何用かな?」
「ッ…!対ウマ娘鎮圧団体の方が何故このよう場所におられるのですか?」
やってしまった。
ウマ娘たちからすれば、このバッジは自分たちにとって武力を用いた抑止団体。良い思いなどされるはずもなく彼女は後ろ向きに耳を伏せ,目が一層険しくなる。
(面倒なことになった。先程の書類をさっさと渡すか。)
一歩前に脚を踏み出せば,彼女の尻尾がピンと上に伸びる。思い切り警戒されているが致し方ない。なんせ件の書類の入ったカバンは彼女の近くの地面に置いてしまっているのだから。
彼女の痛いくらいの視線を無視しつつも,カバンを手に取り,先程年藤さんから渡された許可証を取り出す。そしてそれを目の前の彼女に渡した。
「立入許可書…理事長の印鑑もある。」
「警戒させて悪かった。後々理事長さんから紹介されることになるだろうが,これも何かの縁だ。君には今のうちに話しておこう。
今回の一件を機に,新しくこの学園の対亜人種鎮圧員に配属た銘無だ。よろしく頼むよ。」
警戒は薄れたのか,不安や迷いがあるのかピコピコと耳を動かし,尻尾を揺らすシンボリルドルフしかし「コホン」と咳払いをすると耳と尻尾の動きは止まり,毅然とした態度となる。
「失礼致しました。
この学園の生徒,シンボリルドルフです。
此方こそ,宜しくお願いします」
そう言って彼女は書類を返すととも提案をしてくる。
「良かったら,他の場所の調査結果もお教えしましょう。こう見えて生徒会の端くれ。
事件を解決してくれる助けとなるのではあればいくらでも情報をお渡しします。」
ハキハキと話すその姿は中学生のものではない。
人の上に立つ者特有の雰囲気を持つ彼女の言葉に有り難く甘えることにしよう。
「助かるよ。自分でゼロからだと時間も労力も掛かるからね。その代わり,他のメンバーへの説明はお願いしても良いかな?」
「もちろん。それではご案内します。」
そう微笑みながら話す彼女はくるりと踵を返し、先を歩く。
地面に下ろしたカバンと,破片の入ったバケツを手に持ち小さな彼女の背中を追う。
これが皇帝シンボリルドルフと,バケモノの出会いだった。