やっと書きたいところを書き出せます
「うわァァァん!もうやだ!2度とアンタと走らない!」
「ねぇ…今度近くのレース教室に行ってみない?そこならもっと早い子達もいるし…私たちはもう…一緒に走りたくないよ…」
一つ,今日も灯が消えた。
「ハッ…!ハッ…!なんで…なんでアンタみたいなのがこんな所に…!」
「むーりー…勝てるわけないじゃん…」
「先生,私…もうあの子と走りたくないです…」
「ねぇ…もし良かったらこの教室に行ってみない?ここよりもずっと速い子達がいるし,素晴らしい先生たちも多いから…どうかな?」
何度も耳にした内容だった。
最初は小さな噂も時が経つにつれ大きく,広がっていく。
意気揚々と燃える灯は,頼りない蝋燭のように容易く消える。
どこに行っても,誰と競っても。
走れば走るほど飢えていく。
満たされない欲求に心が渇いていく。
空っぽの体にはいつも私が飲み込んだ者達の泣き声が木霊する。
その繰り返しだ。
何度も,
何度も,何度も…
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…何度も味わった。
「トレセン学園に来い。そこでなら本物のレースができる。
…そこでならお前の渇望も満たせるかもしれん。」
あぁ…そうだな。
それが最後だ。
それで満たされなければ…諦めよう。
目の前に垂らされた蜘蛛の糸。
細く,頼りないソレを私は縋るように掴み取った。
春,桜の花が学園に咲き誇り柔らかい陽射しが大地を照らす。
厳しい選抜レースを勝ち抜き,ここトレセン学園のいう偉大な学舎に足を踏み入れた新入生の顔は緊張とこれからの将来に,出逢いに対しての期待や喜びが浮かんでいた。
そしてそれは,学生だけではなく中央トレーナー資格を勝ち取った者達も同様であった。
ピカピカのスーツに,胸に煌めくトレーナーバッジ。これから出会うウマ娘と2人3脚,人バ一体となって「トゥインクル・シリーズ」果てはその先へと進まんとする道のりに誰もがその目に希望と挑戦する意気込みを燃やしている。
そんな彼ら,彼女らは今トレセン学園の体育館にて理事長からの激励を受けている最中であった。
そんな平和な学園の中の,祝いの場が開かれる中ある男は別の場所に立っていた。
正確に言えば,現在入学式が行われている体育館の物陰である。
目の前には,既に鋼鉄製のワイヤーで拘束され気絶している数名の男女が地面に横たわっていた。
そして彼らが所持していた銃火器,武器,火薬類などもまた男の足元に固められていた。
元々ワイヤーも彼らの所有物である。倒した後に回収して利用させてもらった。
「全く,よくもまぁ上手く紛れ込んだものだ。今回は…珍しい,ドワーフと人の混血種か。コイツは単眼…サイクロプスの血が混じっているな、大分小柄だが。後は全部ヒトか。」
彼らの匂いからヒト種とそうでないものを判別し,後は外的特徴からそれぞれ種族を仮定する。
そんなことをしていると後ろから聞き慣れた足跡が複数聞こえてきた。
「やぁ,初日から不運だな。銘無トレーナー?」
「まぁ…これも仕事ですから。」
振り向いた先にはいつもの帽子を被り,スーツを来た自分の上司・年藤さんが立っていた。
後ろには警備員とウチの組織の輸送班のメンバーが揃っていた。
「他の面々は?」
「念のため学園内の見回りをさせていますよ。あとコイツらに倒された警備員らも病院へと搬送済みです。命に別状はないかと。」
犯人らが組織のメンバーらに連行されるのを横目にしつつ,短くそう伝えれば年藤さんは突然こちらを抱き締めてきた。
「…何すか?」
「少しは照れた素振りを見せないか。面白くない…」
やれやれと彼女は離れると,今度は頭を両手で撫でてきた。それも満面の笑みを向けて。
「改めて,中央トレーナー試験合格おめでとう,銘無!たづなからもよく話は聞いていたけど…頑張ったな。」
薄らと彼女の茶色の瞳には涙が浮かんでいた。
ずっと実の弟のように育ててもらったようなものだから,此方としても嬉しい限りだ。
しかし既に成人を超えたばかりの男の頭を撫で回すのはやめて欲しい。仕事を終えた警備員の方や組織の顔見知りの方らの温かい眼差しが向けられているのを感じ,恥ずかしくなる。
それを察したのか,年藤さんも撫でるのを止めてくれた。
「今後はどうする?早速新しい娘のトレーナーになるのか?それとも誰かの下でサブトレにでもなって実績を積むか?」
「ありがたいことに研修期間に面倒みてもらった方々からもお声掛け頂きまして…取り敢えずおハナさんのお世話になりますよ。」
研修期間中にルドルフとの繋がりもあった為に1番お世話になったおハナさん。彼女にも試験合格の報告をした後,「私が…チームリギルが直々にお前の面倒を見てやる!」と祝いの酒の席で言い放ったのだ。
他にお世話になった黒沼,南坂トレーナーはそれを聞きクックっと抑えるように笑い,沖野トレーナーは「オレも面倒みたい!」と抗議してくれたが,じゃんけん3番勝負でストレート負けした。
他にも何人からお声がけ頂いたが,その方々にも他の新人トレーナーがお世話になることが決まっている。
因みにおハナさん呼びはルドルフや,彼女のチームメイトの娘らがそう呼んでいるのが移り,気づけばそう呼んでいた。怒られた事はないのでそのままにしている。
「おハナさん…あぁ,東条トレーナーか!皇帝や怪物含め有名バを輩出しているやり手の有名な方だね。まぁサブトレだって立派なトレーナーだ。しっかり励むようにね。
それじゃあ私はこの辺で。報告書も出すように。」
そう言うと彼女は踵を返し,手を振りながらその場から離れる。「今度は他のやつらも連れてくるから〜!」と届いた声は聞こえなかったことにする。
さて,この後はどうするか?
時計を見れば式に戻るにしても半端だし,そもそも先程まで戦闘していたことから,汗や血などの臭いのついた自分が入れば嗅覚の鋭いウマ娘達から警戒される事は間違いない。
「しょうがない…このままサボるか。」
悩んだ末に,そう思いつく。今頃戻る必要も殆どないだろう。のちにお叱りを受けたとしたら,甘んじて受けよう。そんなことを思いつつ春らしい暖かな光と気持ちの良い風を感じるままに歩き始める…そんな時だった。
「おい、アンタ…何やってる?」
不意に声をかけられ,足を止める。
声のした方を見れば少し離れた廊下から1人の学生ウマ娘がいた。
切り揃えられた長い黒鹿毛は縄で結われた後,腰まで下されている。鼻には鼻腔テープが貼られているその娘の月のような瞳が此方を見据える。
「…学園内の見回りだよ。君は?」
「アンタに話す義理はない。」
「此方が質問に答えた分,君も答えるのは自然なことではないかな?」
彼女の方に近づき,そう返すと彼女は小さく舌打ちをするも,不機嫌そうに答えてくれる。
「…トイレと言って抜け出して来た。退屈してきたからな。少ししたら戻るさ。」
要するにサボりか。そして偶々歩いていた矢先にトレーナーバッヂをつけている俺を見て不審に思い声をかけた…そんなところだろう。
「アンタは…そうか,噂に聞いた個人で動いている対ウマ娘鎮圧団員はアンタのことか。ご苦労なことだな。」
此方の胸につけたもう一つのバッジに気づくと彼女はそう話してきた。噂で流れるまでになるとは…行動を改めなければならないな。
というか,なぜ彼女は知っているのだろうか?
「君,名前は?俺は銘無…新人トレーナーになったばかりの者だ。」
目の前の彼女が気になり,自己紹介を兼ねてそう話せばそのウマ娘はため息を吐きながらも答えてくれた。
「今後関わることもないとは思うが…一応言っておこう。ナリタブライアンだ。」
そう話す彼女の瞳はどこか,諦めと一縷の望みを混ぜ合わせたような色を滲ませていた。