怪物たちと,バケモノと。   作:パセリセリ

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バケモノの誘い

 

「トレーナーの言うことを聞かない?」

 

「あぁ,そうなんだ。」

 

入学式から数週間後。自分の担当バ達のスケジュールやトレーニングメニューをまとめながら,眼鏡をかけたスーツ姿の女性,おハナさんは手に持つバインダーに視線を向けたまま話しかけてくる。

 

話のネタは,選抜模擬レース前から各トレーナー達にその名を知れ渡っている1人ー「怪物」とさえ言われているウマ娘〝ナリタブライアン〟だ。

 

「少しでも名の売れたウマ娘に声をかけては模擬レース。夜には周りの声も聞かず1人で自主練を行う…その繰り返しだ。誰も彼も彼女に声をかけるが,それを全て断っている。」

 

「自己流で勝てるからトレーナーなど要らない,と言う感じなのですか?」

 

「いや…私も聞いた話だから断言はできないが」

 

バインダーから視線を上げて,目の前のターフで走る教え子(教えバ?)らを眺めながらおハナさんは再度口を開く。

 

「物足りない。彼女は決まって悲しそうに,そう話すんだ。」

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「ハッ…ハッ…この,バケモノ…!」

 

あぁ…またか。またなのか。

 

膝をつき,芝を握りしめながら、震えた声細く呟く彼女を,私は黙って見下ろす。

 

距離は2000,右回り。良バ場,晴天の下での模擬レース。

 

中距離が得意と言い,実際に校内レースや公式の試合でも勝ちを重ねていると聞いていたのに…結果はこれか。

 

弱かった訳ではない。ラスト600まで相手は6バ身の差をつけて先行していた。此方が外から抜こうとしてもそれに合わせて,塞ぐように立ち回り中々抜け出せなかった。

 

面白い!そう思い地面を駆ける足に力を込めて,私は加速した。全力を出せると思ったからだ。

 

目の前で走る相手を喰らい尽くしたい,拗らせたい本能のままに彼女の背中に狙いを定める。

 

(まだだ。まだ私を抜かせるな。前を走れ,走ってくれ。この熱を,渇きを満たしてくれ!)

 

願いに近い感情を胸にするも,彼女の背中は近づき,遂に抜き去る。

 

その刹那。見てしまった。

 

私に怯え,闘志の火が消えてしまった彼女の顔を。

 

(あぁ…お前もか)

 

結果としては,3バ身半の差をつけて私の勝ちで終わった。だが,私の心は何も満たされない。レースで走った後だと言うのに体も心も冷めきってしまっているかのように重く感じる。早くこの場から去りたくてしょうがない。

 

そんな事は知らず,また勝手に集まっていたトレーナー達がターフを出た私を囲んだ。

 

「凄いわ!終盤の加速,追い上げなんてデビュー前とは思えない!貴女ならシンボリルドルフ以来の三冠も狙える!是非ウチに来て頂戴!」

 

うるさい

 

「ウチのチームは環境も良いし,重賞バも出ている!トレーニング施設だって優遇して貰えるし君が望めば色んなレースを組もう!」

 

うるさい…うるさい,うるさい!

 

此方の気も知らず,我先にと勧誘してくるトレーナー達の声に苛立ちが詰まる。だが,彼らに手を出す事など出来るはずもなく,顔を伏せ唇を噛む。ジッと耐えるしかなかった。

早く立ち去りたいのに,彼らが邪魔で思った通りに進めないことがさらに腹ただしい。そんな時だ。

 

「楽しくないだろ,走るの。」

 

「は?」

 

男のその一声に,私は顔を上げた。琥珀色の瞳に真っ黒な髪の彼は,一度見たことのある奴だった。今回は,スーツじゃなくてジャージだったが,何故か覚えていた。

 

「アンタ,入学式の時の…」

 

「少し話をしたい。まずは…場所を変えようか?」

 

他のトレーナー達がいると言うのに,彼は笑って話す。此方が断るなんてことは思ってもないように。

 

だけど,この場を早く去りたい私からしてみればありがたい話だった。

 

「分かった」ーそう返そうとした時だ。

 

「き,君!待ちたまえ!」

 

1人の男性トレーナーが彼奴の肩を掴み,足を止めさせた。そいつの顔はよく覚えている。何度も私のレースを見に来ては勧誘してくる中堅トレーナーだった。

 

「君,分かっているのかな?今,私たちは勧誘していたのだよ。ずっとだ。それをいきなり現れて,君が持ち去るなんて許されるはずないだろう?

君はまだ新人トレーナーだったな…研修で見たことある顔だ。覚えているよ。

今引くなら…なかったことにしてあげよう。」

 

言葉こそ優しいが,目には怒気が篭っている。肩を掴んでいる手にも力が込められていた。

 

この学園だけではないが,優秀なウマ娘ほど実力のあるトレーナーの下に集まる。その方が色々と都合が良いからだ。

 

と言うよりも,せっかく日本最高峰の環境に来たのに,新人と組まされて結果も出ず退学なんて笑い話にもならない。皆,それを恐れているし,仕方ないと割り切っている新人トレーナーだって沢山いる。

 

何より,先輩トレーナー達を差し置いて優秀なウマ娘の担当になった日には今後どうなるのか分かったものではない。内心それを恐れている奴らばかりだ。

 

「えぇ,それが?」

 

「なっ!?」

 

肩に置かれた手を掴み,振り返りながら彼奴は先輩の方を向く。頭ひとつ程大きい彼は相手を見下ろしながら淡々と話し続ける。

 

「確かに,あなた方を差し置いて私が声を掛けたのは失礼でした。しかし,毎回のようにレース終わり,気持ちの昂っていウマ娘である彼女を囲むのは如何でしょうか?

何度も何度も同じ方々に逃げ場を失くすように囲まれれば,頷いて貰えるものも頷いて貰えません。

ここは一つ,気まぐれのつもりで私に任せて頂けませんか?貴方方は皆実力もあり,名の知れ渡ったトレーナーばかりです。たかが新人1人,怖いはずがないでしょう?」

 

馬鹿にする訳でも,挑発する訳でもない。

ただ正論を話す新人の言葉に,周りのトレーナー達は気まずそうに目を逸らした。

 

そしてそれは,目の前に立つ彼も同様だった。

 

「あ…あぁ。そうだ,そうだな。

偶には,新人に譲るのも悪くない。」

 

ぎこちなく笑う男に、ニコリと張り付いたような笑顔で彼奴は返し,私に視線を向ける。

 

「それでは行こうか。」

 

「あぁ,分かった。」

 

何事もなかったかのように歩く彼奴の後を追う。私を囲んでいたトレーナー達は先程までの事が嘘のようにスンナリと私を通してくれた。その様子に胸がスッとしたのは内緒だ。

 

 

「良かったのか?」

 

「何が?」

 

「とぼけるな。先程の件だ。」

 

案内された学園の屋上で,道中で買ったスポドリを受け取りながら質問する。

 

「あんな事をして,タダで済むとは思えん。アンタがそれで良いなら良いんだがな。」

 

言い終えてから,ペットボトルの蓋を開け,一気に半分ほど飲み干す。レース直後で水分を欲していた体によく染み渡る。彼はそれを見て笑っていた。

 

「なんだ?」

 

「いや,噂だと一匹狼だと聞いていたからな。俺の身を案じてくれるなんて随分優しいなと思って。」

 

「そう言う訳じゃない…あの場から逃がしてくれたのは事実だ。心配くらいするさ。」

 

ハァ,と溜息を吐く。アレだけの先輩トレーナー達を前にあんな事を言ったのに,今後が怖くないのだろうか?策があるのか,それともバカなだけなのか。

 

「まぁ,俺の事は気にしなくて良い。それよりも,お前の方が大事だ。」

 

「ふん,お前に心配される事など…」

 

「楽しくないだろ,走るの。」

 

「…なに?」

 

先程も聞いたその言葉を聞いて彼を睨む。耳が絞られ,後ろを向いているのが分かる。それなのに目の前の男は手の中のコーヒー缶を回しながら話し続ける。

 

「さっきのレース見てたよ。ナリタブライアン。確かに君は強い。噂通りだ。でもそれだけだ。

 

相手への敬意もなければ,レースに対しての熱量も感じない…と言うより,全力で臨んでいないだろう?いや,できないと言った方が正しいか?

 

そんな奴が,どれだけレースを走ったとしても楽しいと思えるはずがない。実際に走ってるお前の姿は酷く退屈で、悲しそうだったよ。

 

なんでこの学園に来たのか,不思議に思うくらいに,なー」

 

ガシャン!と屋上の金網が大きく揺れる。

気づけば私は彼のジャージを掴み,金網に押し込んでいた。それがなければ突き落としていたかも知れない。

 

「グッ…!」

 

「フーッ!フーッ!」

 

苦しそうな彼の声が聞こえる。ギリギリと彼のジャージを掴む。あぁ,このまま首を締めてしまいそうだ。それくらい今の自分は怒っている。

 

「お前に…お前に何がわかる!私の渇きも!絶望も!全力で走れないことも!誰にも理解されなかったこの気持ちも!何がわかる!!!」

 

ガシャン!ガシャン!と大きく金網が揺れる音が響く。首が絞まっているせいか,彼は何も話さない。返してこない。返ってこない。

 

あ,しまった。そう思った時には遅かった。

 

そうだ,相手は人間だ。

 

ウマ娘である私が怒りに任せて力を振るえば,その命を簡単に奪うこともできてしまう。

 

ヒュッ,と口から息が漏れる。冷や汗が背中を流れる。

 

「おい,勝手に殺すな。」

 

「イタッ!?」

 

パチン!と良い音が響く。鋭い痛みに額を抑えながら前を見ると,やれやれと言った風に目の前の男は服装を直していた。

 

「アンタ…何ともないのか?」

 

「ん?まぁ多少は苦しかったけど別に。俺も君を怒らせてしまったみたいだし,お互い様ってことで良いんじゃない?」

 

ケロッとしている彼に頭が追いつかない。

何なんだこいつは…単に頑丈なだけか?いや,そんなことよりも,謝らなければ。

 

「その…すまない。初対面なのに,アンタに酷い事をした。許されることではないと思うが…」

 

「気にするな…と言いたいところだが。うん,そうだな。」

 

「なんだ?やはり何かあるのか?」

 

顎に手を置いて,彼は少し考えた素振りを見せると口元に笑みを浮かべてある提案をする。

 

「一つ,競争してみないか?相手は…俺がしよう。」

 

「…ハァ!?」

 

驚く私をよそに、彼は悪戯っぽく笑うのだった

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