・作者の手元に原作版落第忍者乱太郎はありません。すべてアニメとWikiからの知識です。
・オリ主にオリキャラ乱舞。
・夢小説と書いたが夢要素は薄い。むしろ夢主になれる人が故人。
・忍たまの完全未来捏造あり。何人か悲しいことになってます。
・忍たまの時代を永禄に設定してます。
・外来語が普通に出ます。
・主人公の主観と忍たま達の主観で場面が変わります。
・ちょっとキャラ崩壊がひどい忍たまがいます
「夢のような、星のような日々だった」
昔、亡き母が『そこ』での日々を語る時そう表現した。
九つから越後に嫁入りするまで国許に居なかった空白期間。修行はやはり厳しかったけど、破天荒で滅茶苦茶で、それでいて皆元気で平和な場所。父と母が出会った場所。そして大切なモノを学んだ場所。
もしお前が父と同じ道を進むならば、そこへ行かせたいとも言っていた。
「あの人の夢もそこに繋がっているから、きっとお前にとっても素敵なことだよ」
柔らかく笑う母に、幼い自分はあの時何と答えただろうか?
乱世の中でそんな浄土のような場所があればよいと思っているが、人の世とは愛だ義だ誇りだと宣いながら、結局一皮剥けば血と鉄と欲である。行きたいかと今言われたら、何やら胡散臭いとしか思えない。
度重なる戦乱と現実を前に、アレは幼子から浮世の惨さを覆い隠すために作った与太であろう思うようになっていた。
文禄2年の春。
太閤秀吉が朝鮮進出の夢に燃えている頃。
1人の若い忍が、何の夢も何の意味も見出だせないまま、命令のために大阪への道を歩いていた。
▼
何で駒治郎がこんなことを思い出していたかというと、花見客でごった返す京を離れて大阪へつながる山中から大和まで広がる山々を眺めているときである。
険しい山中に似つかわしくない立派な塀と門が進路上に見えたので、そういえば母が昔話していた「学園」とやらもこのあたりだったなとぼんやり思ったのだ。
ここなら実家の近江や伊賀の里から遠くはない。京も近いから忍の出入りは珍しくないし、修行にもってこいだ。きっとこの辺りが元ネタなのだろうと思いを馳せていた。
しかし旧道を歩いていたつもりだったが、関所を避けていてどこぞの豪族か領主の敷地に入ってしまったか。駒治郎は面倒だと内心舌打ちした。
仕方なく、ちょうど門前の掃除に出ていた青年に詳しい地理を聞くことにした。幸いおっとりしてそうな、まだ幼さの残る男だ。なぜか紺色の忍装束に「事務」とワッペンが縫いつけてあるが
駒治郎は当たり障りなく声をかけようとして進み出ると、大手道場よろしくでかでかと書かれた看板を見て思わず硬直してしまった。
『忍術学園』
この世にあるはずのないと思っていたものを目にして、門番の青年が心配して声をかけるまで彼は看板の前で思考停止していた。
▼
実習から帰ってくると門前に妙な男がいた。
仙蔵たちからは黒と生成り色の羽織に灰青の伊賀袴を着ている後ろ姿しか見えなかったが、その佇まいから隙のない戦闘者の気配が隠せていなかった。同業者だと直感が告げていた。
密偵や曲者はもちろんだが、旅の武芸者や山伏が学園を訪ねるのは珍しくない。ここは立地が立地だけに修行に通りかかって物珍し気にしている通行人も少なくないのだ。
小松田さんが最寄りの村を説明しているのが聞こえたから、幸い今回は後者だったようだ。
「あ、仙蔵君、文次郎君。おかえりなさーい」
青年は、小松田さんに釣られてこちらを見た。旅笠ごしに目と目が合う。
青年の顔を見て、仙蔵は内心驚いた。ぞんざいに伸ばされた前髪(手入れをすればかなりのサラストとみた)で隠されていたが、あまりに知っている女の面立ちに似ていた。
整った鼻梁に日に晒したことがあるのかと思える雪肌。切れ長の眦。頬に走る苦無傷のせいで凶相になっている挙句やつれているが、身なりさえ整えれば自分ほどでなくともそこそこの美丈夫で通るくらいだ。
だがあちらは此方を認めた途端、切れ長の目を面白いほど真ん丸にして仰天した挙げ句、無言で反対の道を走り去ってしまった。会ってはならぬ者に会ってしまったと言わんばかりである。
「何だありゃ…」と文次郎が憮然と呟いた。「だな」と同意する。
ただーーーあの驚いた顔が、走り去っていく背中が、何故か知っている誰かに酷く似ている気がした。
▼
久々に空気の壁が鬱陶しくなるほど走り続けた。本当に咄嗟だったから肺が痛いが構ってられない。しくじりがばれてしまった子供のようになり振り構わず走った。それだけ駒治郎は混乱の最中にあったのだ。
自分はいつの間にか夢の中にいるのだろうか?それとも夢見るあまり幻が見えるようになったか?あるいはいつの間にか幻術をかけられていたのか?
あるはずの無い建物があって、いるはずの無い二人がいた。
こんなところにあの人たちがいるわけないのだ。一人は肥前にいるはずだし、片方なんか京で昨日別れたばかりだ。
町への道を聞いている途中だったが、とにかく刹那でも早くそこから逃げ出したかった。
とうとう山を二つ越えた辺りで、荒い息を落ち着かせながら駒治郎は来た道を振り返る。
追手が無いことと、あの建物が見えなくなったことに心底安堵した。
青々とした山々が目に写る。その向こうに入道雲が立ち並ぶ青空。桐の華が咲いていた。
彼が国を出たのは雪が溶けた春先、昨日は京で花見で賑わう人々の列を見ていた。
今、目の前には桜の花は一ひらもなかった。
▼
忍術学園の中に併設されているくのたま教室に、香澄と言う女がいた。
流れるような黒髪に透けるような雪肌。伏せ目がちな黒目と整った瓜実顔。
容姿端麗だがその表情には常に虚無が張り付いておりーーー
心根は従順で優しいが無口でありーーー
行儀作法は一年のころからほぼ完璧。だが同時に拭いきれぬ血腥さがありーーー
そこそこ上背はあるものの、その華奢な体のどこから出るのか想像できない剛剣の持ち主であった。
一応甲賀五十三家の筆頭望月家からの紹介となっていたが、彼女自身入学前の過去を一切話さないため、どこぞ断絶した武家の姫では無いかと噂された。
仙蔵はこのチグハグなくのたまをいたく気に入っていた。多少世間ずれしているがそれは教えてやればいいことだし、本人は話せば厳格だが内気がちで素直な娘だ。何より他のくのたまのアクの強さがない。実家でも学園内でも個性の強すぎる女どもに囲まれた仙蔵はすっかり彼女に入れ込んでいた。
それからは兄妹と言っていいほど仙蔵と香澄は仲が良かった。その後ろを呆れながら同室の文次郎が付いていくというのが日常だった。たまに「あたしたちにも奢りなさいよぉ」と他のくのたまもついてきたが
もし卒業後一緒に仕事をするなら、顔のうるさい野郎より美人で腕の立つ有能な女である。そもあの娘は「中身(生き甲斐)」を無意識に求めているのであり、それを与えてやればとことん尽くす女なのだ。
と、仙蔵(マセガキ)が下衆い発想ながら共に生きる夢を描いていた三年のころ。香澄は嫁入り修行のために実家(望月家)に帰って、その翌年越後の小さな武家に嫁いでしまった。
そう、嫁入りである。早い子は体が出来上がる十二で行くあれである。
わかっていたのだ。くの玉教室は表向き嫁入りを控えた姫子の手習い教室であり、将来の旦那もとい殿に仕えるために色々仕込まれているのである。「女」の使い道としては間違っていない。きっと香澄は甲賀忍者が越後でもやりやすいようにするための足掛かりに送られたのだろう。そういった娘は別に香澄だけに限った話ではない。三年、四年になるにつれて似たような事情でくのたま教室から知っている顔が去っていった。
「さよなら」は言われなかった。正確には伝言を頼まれた文次郎の口から言われた。
「嘘つきとか言われたりするのが怖いからだとよ」と目をそらしながら吐き捨てた文次郎の言葉を、仙蔵は呆然と立ち尽くして聞いていた。それからも何か言われた気がしたが覚えていない。
仙蔵は泣いた。誰にも見られないところで声を殺して泣いて、翌年婚姻が無事挙げられたのを聞いて祝辞を贈りつつ、やはりまた泣いた。
同じくのたまでも、妖怪首取らせろ女や体『だけ』最高な阿婆擦れが何故残った?特に後者、 テメーは絶対ダメだ。
以来、立花仙蔵にとって香澄という娘は永遠に外れぬ地雷だった。
閑話休題
とにかく、気にかけていた娘によく似た男が、よりにもよって学園の回りで物騒な行動をしていればやはり気になると言うものでありーーー
それからしばらくしたある日、町で利吉に会った仙蔵は奢る代わりにこの話を持ち込んだ。
「かくかくしかじかあって、よもやあの子の生き別れの兄弟か親戚かと思っているのですが…」
「いや、それはないと思うな」
と茶を啜りながら利吉は即答した。
「あの子は本来出羽の生まれらしいけど、今は軍神(上杉謙信)が治めているとは言え、あすこの武家が行方知れずの妹1人を探す余裕があるとは思えないよ。川中島でも武田と決着がつかなかったんだから」
「そうなりますかねぇ」
「むしろ君か文次郎君こそが心当たりがないのかい?何でも顔見るなり飛び上がって逃げたとか?」
「正直ありすぎて逆にわからないくらいですだし、文次郎は覚えがないと断言しています」
学園に入る前のバラガキだったころのあいつなら、年上だろうが気にくわなけりゃ背中から蹴り飛ばしそうなものだが、仙蔵は心の中で付け加えた。
「まあ、やらかした本人が綺麗に忘れているだけかもしれませんがね。ただ、ちらりと見たあの古傷だけでもそうそう忘れることはないと思うんですよ」
傷持ちの人間は乱世に溢れかえっているが、あれはここ最近のものではない。保健委員の伊作ならもっと詳しく分析できるだろうが、傷の大きさと歪さからみて大体一年生と変わらない頃にできたものだ。
「単純に会ったとき頭巾や白粉で隠れていただけかもしれないよ?微妙な位置ではあるけど仕事中なら徹底的に隠すだろう。同業者で間違いないならだけど」
「あまり気にしすぎても逆に警戒されるぜ?」と利吉は言った。今の段階では杞憂だと言うことだ。
「ここらにいないってことは、もう丹波か堺にいったんだろう。石山本願寺あたりかな?」
「いや、どうも最近このあたりに引き返してきたみたいなんですよ…」
▼
ある日の早朝、裏々々山の道の外れに掘った落とし穴に誰かがはまった気配を察知した四年い組の綾部喜八郎は、早速見に行ったのだと言う。
ところが現場に着くと穴は空けども底はもぬけの殻。すわ逃げられたかと思いきや、後ろから首根っこを掴まれて穴の上に宙づりにされた。気配はなかったし、全く反応出来なかった。抜け出そうにも微妙に足は届かないし手鍬は真っ先に蹴り飛ばされた。
「やっぱりあんたか『穴堀り喜八郎』」
若い男だった。土の匂いも濃いことから「たーこちゃんに落ちたのコイツか」とわかった。あと前髪が長くザンバラしていて暖簾か簾に見えた。喜八郎の中で男は妖怪スダレ頭になった。
地を這うような底冷えする声で「真田の罠師がこんな山奥でなにやってるんです?」と問いながら片手でミシミシ首を絞めてきた。返答次第でゴキリの流れだコレ
「あの~何処のどなたと勘違いなさってるか知りませんが、わたしまだプロですらない忍たまでして…そもそも真田って何処の家ですか?」
正直に答えたのに更に温度が下がった。
「…鼻がいいですか?相変わらず減らない口がいいですか?それともその分厚い面の皮ごといきますか?」
今度は顔に苦無を当てられた。
▼
「それで?喜八は無事だったのかい?」
「首が真っ赤になった以外は。本人的には無理矢理外す際に踏子を犠牲にしてしまったと保健室で大分荒れていたがまあ大丈夫です」
『その後急に気づいたみたいに「あんた縮んだ?」とか「親父さんに似すぎるにもほどがあるだろ…」とか可哀想なもん見たみたいに言ってきやがったんですよ!?だから人違いだっての!!だから真田ってどこだよ!?あとわたしは母上似ですぅ!!!』
「え?そこ?」と伊作に呆れ果てられながら首に冷えた手拭い巻いてもらう間も「あの野郎、今度会ったらフルコースお見舞いしてやるっ!」と息巻いていたのを思い出す。いつもマイペースで飄々としている天才トラパーの怒髪天ぶりや。見舞いに来ていた滝夜叉丸や下級生らがドン引きしていた。
と言うかならお前の母上どんだけぇである。
そこまで聞いて利吉は額を押さえた。
「まあ、自業自得もあろうが…」
「綾部はとにかく、人相を聞いたら案の定目元とかが香澄にそっくりな若い浪人。ちなみ右ほほに深い古傷があったそうです。何か聞いていたりしていませんか?」
人違いだったとは言え、忍者とわかった上であの綾部の後ろを取ったのである。絶対そこらの職にあぶれた浪人ではない。下手すると同業者だ。
そんな話を聞いた生徒が興味を抱かないわけもなく、昼には皆が謎の男の正体について噂しあっていた。
「…敵に屋敷まで攻め込まれたときに女中だった女が、小さいあの子を抱えて甲賀衆に助けを求めたから望月の女になったって話だ。同じ状況下で男の兄弟がいたら、それをほっといて女の子の方を取るとは思えない。そっちの線は無いと思う」
得心いかなそうな仙蔵に対して「未練かい?」と利吉に聞くと、仙蔵は柳眉を歪めた。図星である。
香澄に男兄弟がいれば、きっとあんな感じだろう。噂や目撃証言を聞くにつれて、日に日にそういう思いが強くなった。文次郎も、というより明らかに避けているので何としてでも問いたださねばと息巻いていた。
「まあ…普段物静かなくせに、キレたら静かに物騒なところとか、品性方正に見えてとんでもないウワバミだったりとか…」
「あ、もしかして○○村の呑み処が臨時休業になったのって…」
「つい昨日も、絡んできたチンピラ五人を黙々とのして懐から金子取って行ったのを、文次郎が偶然見かけています」
「そして奴の顔を見るなり逃げています」と仙蔵は付け加えた。
「本当に何もしてないのかね?文次郎君」
やたら文次郎に怯えているが、それ以外はまんま香澄の行動パターンである。東北の人間気質と言えばそれまでだが、あれで身内で無いと言う方がおかしい。
「伊作が何回か助けられているから悪い奴ではないと皆言っていますがね…」
「それは間違いないかもね」
結局、件の男に関しては警戒しすぎず様子見と言うことになった。
その後、仙蔵は利吉と別れて学園へと帰路に着いたが、途中軽く地獄絵図だった。
山中で何やら人だかりが出来ていると思ったら、道のわきに猿ぐつわをかけられた人相の悪い男どもが全員首から下を埋められていた。脇には達筆な字で「フリー鋸引き」と板っきれの看板がかけられていた。ご丁寧に即席の竹鋸まで置いてある。通行人の何人かが本当にやっていいものどうかこしょこしょ相談していた。
まあそこは仙蔵も役人ではないので、埋まっている首が「ダシテ」とか「タスケテ」とか猿轡ごしに叫んでるのがわかっても無視して道に戻った。
そして学園に戻ると玄関先で生徒たちが集まって「牡丹鍋派」だ「熊鍋派」だで白熱した議論が起きていた。
「何ですコレ?」と小松田さんに聞いてみると
「ああ、これねぇ。保健委員会の皆が帰りに山賊たちに襲われて逃げていたら、通りすがりの人が助けてくれて、学園まで送ってもらったんだけどその途中でも猪と熊に追いかけられてまたその人が二匹とも仕留めてくれたんだって」
なるほど、見れば立派な雄熊と猪が石畳の上で横たえられている。
「今その二匹どっちから食べるかでみんな揉めているんだ。ちなみに僕はしんべエ君と一緒でどっちとも食べたいけど」
涎を隠せていない小松田さんは腹の音を鳴らしながら言った。それにしても、保健委員の不運率は相変わらずである。その筆頭六年は組善法寺伊作はいまだ白熱している人だかりに押されながら、仙蔵のもとによってきた。噂をすれば影である。
「仙蔵おかえり」
「ただいま伊作。相変わらず災難だったと言うか、悪運が強いというか…」
「今回で五回目。乱太郎だけでも七回目。流石に何かお礼しないと罰が当たるって思ったんだけど…」
「そういえば例の御仁は?またさっさと別れてしまったか?」
「いや、さっきも言ったけど流石に礼をしないわけにもいかないから、せめて肉を切り分けて持たせよう思って門前で待ってもらっていたんだけど…」
す、と伊作が指さした方向を見ると、そこには黒いオーラを放ちながら袋槍の素振りをしている文次郎がいた。「次会ったらとっちめてシバく」とブツブツつぶやいている。
「反対の道からちょうど文次郎が…」
「うん、大体察した」
文次郎としては山賊を無力化して、熊と猪を同時に仕留めるような男になぜここまで怯えられねばならぬのかというところだろう。なんせ「いる」と悟られた時点ですっ飛んで逃げられるらしい。いい加減膝詰めて問いただすなり殴りたくなるのも分かる。
「ああ、それと」伊作は思い出したように袖から白木で作られた棒手裏剣を出した。
「あの人の得物だよ」
「何か話したり聞いたりは?」
「北から旅で来ているってくらいかな?乱太郎には『与六』と名乗っていたけど多分偽名だ」
与六はよくある名前であったが、仙蔵の頭の中では上杉謙信の養子景勝の小姓・近習が思い浮かんだ。いや、さすがに違うだろうと脳内で却下する。噂を総合すると無口で朴訥とした印象があるが、時折陰鬼のような___忍特有の名状しがたい暗さが見え隠れするという。そもそも最近織田の勢いが凄まじいとは言え、こんなところに一人で来ないだろう。北国に御用入りしていた伊賀者か、信濃甲賀の可能性だってある。
「今度会ったらちゃんとお礼しないと」
「そうだな」
その前に敵にならなければいいがな。と仙蔵は心の中で呟いた。
「立花先輩!善法寺先輩!こっちに妖怪スダレ頭来ませんでした!?野郎勝手にたーこちゃんに山賊埋めていきやがった!!しかも中途半端にっ!!」
「ええ!?ちょっと待って喜八郎。山賊たちを全員のしたのは見てるけど、拘束して放置のはずだよ?僕たちさっきまで一緒だったし」
「ああ、あれか。かくかくしかじかで、多分逃げたその足でまた戻ったから殺すのも面倒くさくて埋めていったんだろうな」
「ちっ!使えねぇ…あのギンギン」
「舌打ちするんじゃありません。あと何だよ妖怪スダレ頭って」
「それはそうと喜八郎。まさか鋸引いとらんだろうな?」
「いえ、長々痛いのは可哀想だからしっかり頭も埋めてやろうとしたら役人が来たんで撤収してきました。無念です」
「うーむ、それは惜しかった」
「何が?」
結局、夕餉は熊鍋と牡丹鍋両方作ることになった。おばちゃんの味付けはやっぱり美味かった。
▼
この度、駒治郎が殿から(と言っても組頭経由であるが)いただいた忍務は太閤とその周辺ーーー特に治部少の動向調査である。(だから朝鮮出兵に参加しなかった)
今は5000の兵を伴って肥前国名護屋で駐屯しているが、近々殿自身も海を渡らされるのは火を見るより明らかだ。
太閤秀吉の暴走は実子の死から始まり、弟秀長の死から一気に顕著になった。粛清に次ぐ粛清はもちろん、ようやっと乱世が終わってくれた矢先の海外出兵である。若い駒治郎ですら危機感を覚えてしまうほどの無茶ぶりとそれに否を突き付けられない怖さがあった。
いくら新発田の乱鎮圧の援助をしてくれたとはいえ、太閤からまたぞろ国に無理難題を吹っ掛けてくるようなら、天守閣を血に染めるのもやむ無しと血の気の多い者らは考えていた。
大阪に到着次第、駒治郎は隠れ家にいる同僚たちと合流する予定であった。
しかし大阪に着いたら大阪城が無かった。隠れ家もなかった。ついで仲間もいなかった。しかも暦は春だったはずなのに夏間近だった。
何を言ってるのか自分でもわからないが、最初からなかったかのようにあの大阪城(派手なランドマーク)が無いのである。街並みも昔養父と仕事で来た時と全く違っていた。
駒治郎は、たった一人で異界に放り込まれた様な得体の知れない恐怖を感じた。
おかしい。
あの建物に遭遇してから全てがおかしい。やたら若い穴堀り喜八郎に会った時もそうだがーーー嫌な予感がした。
咄嗟に駒治郎は通行人を捕まえて、確認をとった。
「今年の年号?永禄■年やろ?」
大阪の町は相変わらずの賑わいだったが、駒次郎は息すら忘れて呆然と立ち尽くした。途方にくれるとは、このことである。
▼
件の男の噂はあれから一月近くたっても沈静化する気配が無かった。どうも大阪の国境あたりをうろうろしているらしい。
あいかわらず町で絡んできたチンピラや武芸者を返り討ちして金品をまきあげていたり、村で畑仕事の手伝いをしていたりと様々だ。
ただ学園の生徒たちには積極的とまではいかないが、厄介ごとに出くわしているところ鉢合わせするとすぐに手を貸したりしてくれる。
三年ろ組の次屋三之助が学園の外に出てしまった時に偶然道で出会った。最初不思議そうにまじまじ見た後、迷子だとわかった途端「送りますよ。三之助さん」と軽々肩車すると悠々と山をかけあがり、探し回っていた富松作兵衛に送り届けてくれたと言う。
「綾部先輩がシメられかけたって聞いたからどんなおっかない人かと思ったけど、すごい丁寧で優しい人だったよ。肩車されたときは子供扱いされたみたいで恥ずかしかったけどさ。すっげえ早くて!お礼言おうと振り返ったらもういなかったよ。…あれ?そういえば俺名乗ったっけ…?」
他にも学園の生徒の何人かが、不思議そうに、あるいは感慨深げに見られたり、こっそりトラブルから助けられたりもしたのだと言う。一年は組を含め保健委員なんかしょっちゅうトラブルに巻き込まれるからもはや顔見知りである。
年下相手にまでぶっきらぼうながら敬語を使うから、えらく丁寧で朴訥な青年のイメージが定着し始めていた。
ただし綾部と文次郎除く
「あの野郎、人の顔見た瞬間何やってても速攻で逃げていきやがるんだが…」
「うん、お前の面(四徹目)が怖いんだろうな」
「てめえも目付き悪りぃだろが!」
「いーや!初めて見る奴にはそういう問題じゃねーと思うぞ?」
「あの前髪スダレ野郎…今日はたーこちゃん4号から31号まで全部潰していきやがった…。しかも他の罠は綺麗に避けていってるし!こんな屈辱初めてだぁ!!」
「そうかそうか、そりゃあ腹の立つ話だ喜八郎。で、毎日満席になる医務室について何か思うことはないのかな?」
「善法寺先輩ーーー次はもっとすごいの作ります!」
「とりあえずこの薬一気にいっとく!?」
ちなみに最近は編入生の斎藤タカ丸もこの枠に入った。
曰く、「あの人滝夜叉丸君並みには髪質上等なんですよ?なのにあんなに痛んでバサついたまま雑に結ってるから『ヘッドスパだけでも』ってこないだ町で声かけたら押し売りと勘違いされちゃって…髪が可哀想…!」
「おう、朝のマラソンの時に私も見たぞ。いや、あれ絶対浪人じゃないだろう?どう考えてもプロの同業者だろう!で、見ていてわかったことだが色々ヤバイぞアレは。何があったか知らんがどぶ沼の底みたいな目で延々と蛸壺潰していてな、きれいな顔な分ちょっと怖かったぞ。まあ、私の後ろにいたギンギン文次郎(四徹目)がよっぽど恐ろしかったやら兎のようにすっとんで逃げてしまったがな!あっはっはっはっはっ!気分のいい日に一回胸を借りてみるか!」
仕官口を探しているわけでも、武者修行をしているわけでもない。香澄を知る生徒たちは彼女のいきさつを探しているのだろうと噂していたが、人捜しをしている気配でもなかったと文次郎は言っていた。相変わらず脱兎のごとく逃げられるようだが。
教師たちはやはりどこぞの間者、あるいは抜け忍ではないかと警戒している。
ただ、かの御仁は若いはずなのだが、どうしても印象が一定しない。時折帰る場所を永遠に失くしてしまった孤児のような、生きることに疲れ果てた老人のように見える時があるという。
▼
帰らねば
命令はあっても標的がいなければ意味がない。最初は駒次郎もそう思った。
北上しつつ何とか路銀を稼ぐためにいらぬ喧嘩を買ったり、畑の手伝いをしたりして日々を凌いでいたが、ふと溜めた銭を数えている最中帰った後のことを考えて再び腹の底が冷えきった心地となった。
今が本当に自分が生まれる数年前ならば、帰っても知っている者は誰もいない。駒治郎が知っている人間はいなくもないが、その逆はいないのだ。事情を話したところで“いかれ”と思われるのが関の山だ。両親と暮らしていたあの一軒家も別の誰かが住んでいることだろう。そもそも彼の父がまだ越後にいないから当然である。
師匠と養父のいる山に行くのも考えたが、尊敬する養父から変な目で見られたく無いし、師匠は師匠で事情を話したらどう利用してくるかわかったものではない。身内としては会いたいが、命の惜しい―――いや、死ぬならすっぱり死にたい身としては恐ろしいだけである。
その上、今越後の軒猿内では仁義に厚かった一千と、忍としては有能だったが反面とんだ助平親父(名前は多く使い分けていたので本名は一千も知らない)が組頭に交代している頃である。生まれる前の話とは言え、何が悲しゅうて人の父親に嫌がらせするわ、挙句母親を酔わせて手を付けようとしたクソ爺に頭を下げねばならんのだと思った。
…いっそ両親に手間をかけさせる前に取り巻き諸共根切りするか?
と黒々した殺意を抱く程度に駒治郎も割り切り上手ではなかった。現在上杉は五大老だから普通に就職するには問題ないが、仇を前にして騒ぎを起こさない保証が出来ない。
~一方、その頃の越後~
「はっ!怖気が…!?」
「え?まーたどこの女転がしたんですか?もう一回くらい刺された方がいいんじゃないですか?」
「何で女限定なんですか!?」
~~~~~
閑話休題。下衆どもを切り刻むのも魅力的だが、当面はどう食いつないでいくかである。「腹が減っては戦はできん」とよく言ったものだ。ただ生きるだけでも飯は要る。兵糧玉の材料もタダではない。
何せ本当の根無し草の無縁仏だ。真の天涯孤独である。
ここにおいて問題だらけだった故郷のありがたみを思い知って、駒治郎は暗いあばら家の中で深く溜め息をついた。
バチが当たってしまったと思った。
駒治郎と実父は母の死をきっかけに、不和とまでも無くてもすれ違いや価値観の違いから多々衝突があった。
そも母が死んだのは父に恨みをもつ連中からまだ子どもだった頃の駒治郎を庇ったのが原因である。最愛の窮地に間に合わなかったことで、心身を病んだ父は、ある夜悪夢に魘されて息子に苦無を振り下ろした。これがきっかけで幼い駒治郎も世にまた絶望した。そして翌日、独り多くない荷物を抱えて出奔してしまった。
その先で修羅の道行きに入ったわけだが、数年後同じ忍の仲間として親子は再開したのである。
感動の再開どころではなかった。駒治郎は過去の罪が追いついてきたのだと、その時発狂した。
父親としては妻の死と息子の出奔に責任を感じればこそ、戦の無い内だけでも心身ともに休ませてやりたいという親心だが、その親心の理解できなかった駒治郎は父の顔を見るなり逃げ出すのが癖になってしまった。
しまいには周囲の気遣いから逃げたくて、仕事をつめては更に疲弊という悪循環に陥ってしまったので、ついに実父は激怒し忍者として再起不能しようとかかってきて再会以来の大騒ぎになってしまった。
国を出る時、組頭に戻った一千に「思うところもあろうが、親子で拗らすのも大概にしろ。帰るまでに頭を冷やしてこい」と厳しく説教されたが、申し訳ないと謝りつつ駒治郎は父たちから離れられることに安堵していたのだ。
徒に周囲に迷惑をかけるくらいならばと望んでいたことが、現実になってしまった。
幸い京と大阪のあたりは余所者も多い。伊賀者や甲賀忍者も多く潜んでいるが、天正のころのように偸盗などで跳梁していないから治安も悪くはない。五車の術に暗い駒治郎でも日銭を稼いで暮らすだけなら問題は無い。
しかし生きることは出来ても生きる理由が全く分からなくなってしまったのがこの男の悩みだった。
人が生きようとする心の動きは理屈や条件があるわけではないが、駒治郎にとって人生とは、母が殺された時点で実質終わっているのである。そんな自分でも道具としてまだ入り用と思っていたから、泥の中にいるような心のまま生きてきたのだ。
だが、道具は不要ならば後は朽ち果てるのみである。
いっそ今この時を自らの斉度の日取りにしょうかと考えたが、逃げた先で自分を庇護してくれた養父の想いと師の教えが、袖口に仕込んである苦無へ伸びる手の動きを止めてしまう。
何の意味もなく、何の望みもなく、ただ命令のために飛んでいく道具として終わるのだと決めていたのに、結局この有様である。
駒治郎の中の未だこびりつく情動は吹雪のように激しく荒れ狂い、冷静に努めようとする脳を千々に切り刻んだ。自分は何がしたいのか本当に分からなくなってしまった。
そう思ってしまえば少しでも、自分が知る世界との縁が欲しかった。まあ、縁はあるにはあったが、当てにしてはいけない縁ばかりだった。だからこそ心の安定のためにも別の縁にすがりたい気持ちで一杯だった。
それからである。大阪を出て町に降りてくる学園の生徒たちを、自然と目で追うようになってしまったのは。
まだ若い実父とその親友がいた(殆ど顔が変わってなかったのですぐわかった)ので、できるだけ不干渉を貫くべきだったが、まだ幼い知己を見かけるとつい「あの人たちにもあんな頃が…」と感慨深い思いになってじっと眺めていたりする自分がいる。しまいには思わず「タヌキさん」とか文禄の頃のあだ名で呼びそうになるから重症だ。だが穴堀り喜八郎、テメーはダメだ。あと親父殿は別の意味で駄目だ。
…しかし、まだ元服してないとは言え、果たして忍の子供とはあんなにハラハラするものであったろうか?特に一年生。
新入りや弟弟子たちでもやらかさないことをやらかしてるから、影で何度冷や汗をかいたか覚えていない。金にやたらがめつい「摂津のきり丸」も大概だが、茶色のタンポポ頭の眼鏡小僧ーーー猪名寺乱太郎なんか今までよく生きてこれたな。何で普通に畦道歩いていたのに猪に轢かれかけるんだ?
次点で六年生だが、善法寺伊作という茶髪の青年も酷かった。最初どこからともなく飛んできた土器に米神を打った勢いで畑に頭から落ちそうになったのを(作物のために)思わず助けたが、その後も急に通り雨にやられたり、ガラの悪い連中に絡まれたり、獣に追いかけられたりと散々だった。
いつもなら障りが無い程度にあしらうところだが、どうも子供らの人懐っこさにあてられたのかつい名前を交換してしまった。
素性はできるだけ晒したくないので、とっさに浮かんだ偽名を出してしまったが、さすがに樋口様のことにつながらないとは思いつつ内心頭を抱えた。
だが、彼らと関わって忘れかけていた人間らしい情緒を思い出す一方、不意に忍特有のそれとは違うどす黒い感情が堰を切って溢れそうになるのを駒次郎は感じていた。
次屋三之助を案内した時である。
記憶にある半分近くの背丈の彼に感慨を覚えつつ、かつて彼が『無自覚な方向音痴』と呼ばれていたことを思いだし、即座に肩車して走り出した。そうでもしなければそのまま町の奥まで行こうとしたからだ。
頭の上ではしゃぐ幼い三之助に嬉しくなって駒治郎は「小さい頃、大人になった貴方に同じことをしてもらったんですよ」と呟きそうになるのをこらえた。
何故か何処にいても学園の場所はわかった。そこに向かって見れば、案の定彼と同じ萌黄色の忍装束を来た少年たちに鉢合わせた。
「あ!作兵衛だ。おーい!」
「あー!?三之助いたー!!」
「あ!謎の助っ人さんと一緒だ!?」
ちなみに彼の右手には縄で腰を縛られた同じ格好の少年がいた。多分「決断力のある方向音痴」神崎左門だ。となると縄を持っている赤毛の子供は富松作兵衛か。幼い頃、大人の三之助に笑い話として聞かされていたからわかったが、本当に縛っていたのかと内心引いた。あと謎の助っ人ってなんだ。たしかに保健委員の面々とは顔見知りなるほど助けてしまったが
三之助を降ろすと作兵衛はどこからともなく出した縄で素早く三之助の腰を縛った。
「もぉぉお!!今日はどこまで行ったんだよ!?」
「あっははは!ゴメンゴメン。でも楽しかった!」
「そりゃよぉござんした。こっちは裏々々々山まで見に行ってきたとこだってのに!」
三人が会話に意識がいっている間に、駒治郎は気配を消してその場から離れた。
三之助や作兵衛がそれに気づいて何か言おうとしていたが、あのままいたら三人に何をしでかすかわからなかった。
怒りか、呪いか、嫉妬か、地獄の窯の底のような混沌が駒治郎の心中で煮えたぎっていた。
誰かとはしゃいだり騒いだり笑う―――失うことなぞ夢にも思わないそんな日々が明日も、と何の根拠もなしに信じられる平穏。それを目の当たりにして理不尽な激情が胸の裡を突き破ろうと暴れていた。
正確には、「また明日も」と泡沫の夢を信じ切っていた愚かな自分への怒りだった。
信じて日和っていたばかりに母を死なせ、父は壊れたのだ。
師匠が養父を裏切っていたことにも気づかず、弟弟子たちと一緒に置き去りされたのだ。
信じても、逃げても、忘れても、苦行を課しても、何も変われなかった。だから駒治郎は明日に期待することを今度こそ止めて、ただただ屍のように生きてきた。
どうして自分を助けてくれた人々のように出来なかったのか、どうしてなれなかったのか。駒治郎は暗くなっていく空にむかって理不尽な感情を叫びだしそうな口をきつく閉ざしながら暗い森の中を駆けていった。
穴堀り喜八郎の掘ったであろう蛸壺が目にはいる。あいつめ、ケンカ売りにかかっているな?ちょうどいいとばかりに駒治郎は震脚で潰した。幸い穴は至るところにあった。穴だから捌け口になっていただいても問題なかろう。
忍術学園は間違いなく鍵だ。あそこへ行きついてから始まりだった。だが血みどろの足で両親の優しい思い出が詰まっているだろうあの門をくぐる勇気はなかった。
『夢のような、星のような日々だった』
この世には確かに守るべき美しいモノはあるのだと母は言った。駒治郎にとってそれは美しいものとは紛れもなく母だった。
だが、その母は無力な自分を守ったばかりに死んでしまった。父は壊れた。
人は誰かにとって大切なものを踏み潰して生きているのだ。
結局、浮世なぞどんな綺麗事を重ねたところで血と鉄と欲で出来ている。さもなくば侍も忍もいらない。
だから駒治郎は小田原征伐が終わって、天下泰平が成っても何も感じなかったし期待しなかった。期待すること自体間違っていたと思い知ったから、望む心を殺した。
明るい笑い声が聞こえる優しい日溜まりの中で、
まだ幼い父、そして大切な人たちの前で、
今の自分の有り様をさらけ出せる自信も、嘘をつき続けられる自信も駒治郎には無かった。
とにかく冬の海のように荒れる感情を宥めるために、まるで静かに性質の悪い癇癪を起した子供がひたすら蟻の行列を潰すように、駒治郎は穴を潰す作業に没頭した。夜明け近く人に見つかるまで続いた。
「いけいけどんどーん!」と「ギンギーン!」は普通に怖かった。
▼
かの与六さん(?)が『凄腕の無表情な優しいお兄さん』『ただし酒に目が無い』『口は丁寧なくせに大人げない(綾部談)』と言うイメージが定着しつつある中、教員たちの気配はピリピリしていた。
例の噂は姦しい女衆にも届いていたようで、香澄を知る在学くのたまたちも、どうも正体の掴めぬ男の存在にイラついていた。
「と言うわけで、痩せ狼もとい妖怪スダレ頭を見たらこのわたし、六年くのたまリーダーさつきちゃんに即通報しなさい。あ、シナ先生には内緒よ。ちょっとEテレに出せないようなことしとくから。一応二次創作だから大丈夫だけど忍たま的に発禁だし」
「朝から人に跨がりながら上から目線でメタ発言ごくろーさん!私はまず運営(作者)にお前を発禁にしていただきたいなぁー?」
「何バカいってんの?私がせっかく声かけたのにあんたが逃げ出すからでしょ!?」
「お前が猫なで声で人を呼ぶときは大概録でもないんだ!!」
「ちょっと二人とも~。仲良いのはいいけど出門表記入してよぉ。あと続きは他所でやって」
この日の朝、忍術学園の門の前で立花仙蔵は美少女に馬乗りされていた。
文面だけなら破廉恥だが、仙蔵が縄で亀甲縛りにされてる時点で色々案件である。小松田さんも呆れながら見てるし、しかも忍たまとは言え一年生の前である。
「ねーねー、きり丸、乱太郎。昼間からくのたま六年のさつき姐さんが立花先輩を転ばして馬乗りしてるんだけど?」
「ぱっと見痴話喧嘩だけどいつも通りの厄介事だろうなぁ。あの二人鉢合わせたらとにかくいがみ合ってるけど、姐さん自分だけじゃ解決できない厄介事とかあったら容赦なくお願い(利用)しにかかるし」
「で、嫌な予感がした立花先輩が逃げ出して、怒ったさつきさんにふんじばられたと。いつものパターンだね」
「せいかーい。まあ縄術使いのさつきちゃんならではの光景だよね」
冷静に状況整理する三人と小松田さんに「いつもであってたまるかぁ!!」と仙蔵は吠えた。
「あ、乱きりしん。ちょっとあんたらも頼まれてくんない?報酬に饅頭代くらい出すから」
「お饅頭!」
「はいやります!やりまーす!きりちゃん頑張りまーす!!ミッションプリーズ!」
「おいバカやめろ。ちみっこを巻き込むな阿婆擦れ「お黙り」アダダダ!?」
「まあまあ、立花先輩。私たちも無茶しない範囲でやりますから。大体姐さんが先輩に頼み事するときって自分以外のためだったりするし」
「当たり前よ!」とさつきは胸を張る。「私のものにちょっかいかける奴はどこの殿様だろうがちょんぎるに決まってるでしょ!!」
「ナニを?」とは誰も聞かないでおいた。一年は組の名物トリオもやぶ蛇はしたくない。忍たま乱太郎はよいこの番組である。
「ささやかな胸張りながらのご高説はいいから早く降りろ」
「噂の男を見つけたらすぐにわたしに伝えなさい。いい加減正体はっきりさせないと私もうかうかバイトに行けません」
「聞けや!」
「与六さんが何かしたんですか?」
「また飲み客全部潰して呑み処休業させたとか?」
「ついに店主に怒られて出禁とか?」
ちなみに情報源は三年は組の三反田数馬である。「ほんと早くどうにかしないとあの人…」と保健委員として深刻に語っていた。
「うーん、それだったらいさっくんに頼んで対アル中プランで潰してもらえばいいだけの話だけど」
「断酒だけでも急に真っ青になって倒れそうだよね。与六さん」
「さつき先輩、保健委員の対アル中プランはれっきとした治療であって別に廃人にしているわけじゃありません!患者さんが元から廃人なのをお酒の力で無理矢理誤魔化している状況を解決するためのプランです!」
「乱太郎も大概酷いな」
「善法寺先輩に完全に感化されているよね」
「いや~それほどでも」
「ところで何の話でしたっけ?」
「与六さんがまた呑み溜めして、ついにお店出禁になった話だっけ?」
「違うから!あいつがアル中なのは確定だけど完全に脱線にしてるから!」
「やめろ私の上で暴れるな!」
「おっほん!話を戻すと、どうもアイツ最近荒れだしたと言うか、盗賊狩り始めたのよね」
さつきが説明するには、きっかけは住み込みさせてもらっている村に盗賊が襲来したので、家に押し掛けてきた何人かを返り討ちしてからだと言う。
今まで牙を隠してきた男の何かのスイッチが入ってしまったのだろう。その夜の内に盗賊の塒を割り出して単身突入。朗党を殲滅した後、夜明けには大将首を手に帰ってきた。拐われた女も帰ってきた。
それだけなら小さな武勇譚で終わっていたが、以来見回りと称して男は山賊狩りに精を出すようになった。
最初は治安もよくなるし、役人からも少ないが報酬もあるから家主夫婦も手放しで喜んでいた。しかし、回数が重なると男の寝食が細くなってやつれてしまい、代わりに目がギラギラしてきたので、見かねた家主が流石に休むよう薦めた。
だが、男は疲れをおくびに出さず、畑仕事が終わる夕方になると気配を隠して狩りに向かう狼のように夜へ消えてしまう。
そんな日々が続いて、夫人の方がついに同じ川で洗濯(バイト)していたさつきに世間話の中でこぼしてきたのである。
「うーん…確かによろしくありませんねぇ。稼ぐのはいいけど無茶したら効率下がるだろうに」
「ほんとです!ご飯抜くのはいけません!」
「きり丸、しんべヱ、それも大事だけどそういうことじゃないと思うなぁ」
「ほっんとブレないわよねアンタら」
三人揃って「いやぁ~それほどでもぉ~」と照れてるのを「いや、褒めてない褒めてない」とさつきと仙蔵はつっこんだ。
「さすがにかどかわされた女子供は帰してるみたいだけど、現場見に行った私に言わせりゃ慈善事業にかこつけた憂さ晴らしよ。憂さ晴らし。完全に首輪の外れた猟犬の行動じゃない。危ないったらありゃしない。あんたらじゃ手に負えないから捕まえなくてもいい。どこで見かけたか報せればいいからね」
「はーい」と乱太郎たちは返事した。「よろしい」とさつきは満面の笑みで頷いた。
「ほらー1年生すぐOK出したわよ?上級生もこれくらい素直になんなさいよぉ~。つーか揃いも揃って逃げるか命乞いとかひどくない!?喜八は二つ返事だったけど」
「ふん、お前の日頃の行いだろうが。喜八郎はただの利害一致だろう」
「あらー?仙ちゃんもっと縛ってほしーのぉ?さつきサービスしちゃう!」
「やめろ!食い込む食い込む!!主に人に言えないアウトなところとかが!?」
「香澄そっくりさんが出てからアンタが全然落ち着かないのはバカ文次からネタがあがってんのよ!素直に是かYESとおっしゃい!!」
「だが断る!」
「立花せんぱーい。意地張らないで口だけでも『はい』って言いましょうよ?今のあんたの有り様の方が黒歴史確定のアウトっすよ?」
ぎゃいぎゃいと騒がしい門前で「ふーたーりーとーもー、早く出門票にサインしてくださーい」と通常運転な小松田さんの声が響いた。
▼
このところ、駒治郎の昼夜は逆転していた。
越後にいたころの駒治郎の仕事は密偵というより国境付近の監視と掃除、もとい間者と落武者狩りである。
修業時代は『教材』確保も兼ねて養父か師匠が連れ回し、一人立ちしてからは自分の持ち場を一人回るようになった。
もちろん戦があれば同門たちとともに「影」として働くが、小田原征伐後からは朝養父が残した小さな畑を手入れした後、国境周辺に赴き国に入りこもうとする落武者や周辺を荒らし回る山賊を狩るのが日課だった。
だから夜通し山を回るのも、
その為に眠る時間がどんどん減っても、
味覚が消えても、
日に日に濃くなる血臭に村人が辟易しだしても、
死んだ母が腐った手で自分の肩や背、足を掴んで引きずり倒そうとする夢を見るようになっても
それらになんの感情も湧かなくなっても
駒治郎からすれば国元にいた頃に戻ったくらいにしか思わなかった。
これは義侠心や功名心などと言うより、絡繰が職人に与えられた動作をこなすそれに似ていた。
結局どこまで行っても、自分は師に与えられた名の通り、人の心を持てない使い捨ての『コマ』であった。
今日も駒治郎は、事務屋のように淡々と敵を苦無で頚を切り裂き、あるいは刺し殺し、もしくは棒手裏剣で撃ち殺して、大将首を切りとると帰路へ着いた。
そして短く浅い眠りの中でも、母は落ち窪んだ眼窩で恨めしそうに見上げながら、駒治郎の袖をウジの湧く腕で引いていた。
朝が来て、鳥の声で目を覚ました。空は快晴。
住み込みさせてもらってる農家の老夫婦に「またか?」と駒治郎は呆れられた。
「役人どもがあてにならんのは判るが、お前さんがやらねばならんことではなかろうが」
「そうだよ?銭もらえるのは嬉しいけど、あたしらも畑の手伝いだけで十分なんだ。こんなこと続けていたら、その内葉もの一つも抜けなくなるよ?」
「秋には帰るんだろ?だったらちゃん自分で稼ぎ抱えて帰ってやるのが孝行ってもんだ。銭袋だけが帰ってきたって親は嬉かねぇよ」
朝餉の席でそう言われて、駒治郎は答えに詰まった。
果たして、自分の帰りを心から待つ者がいるだろうか?
そんなことを考えてから夫婦が返事がないことに訝しんだので、当たり障り無く「はい」と答えると亭主は「当分は山へ行くなよ?」と釘を刺して雑炊の入った椀を押し付けた。今日は市があるので、作物を運ばねばならないのだ。
「何があったかは聞かんが、あまり若いうちから無理はしなさんな…」
役人のところで首を銭に替えに行く前も、そう言われてしまった。自分のことで近所から苦情が来たのだろう。永禄年代だから問題ないと思っていたが、やはりここは内乱中の越後ではないのだ。慣れてるだけで血腥いのは誰だって嫌がる。
昼前には戻ると告げて、市に入る前に家主と別れて役人の屯所へ向かった。
今まで迷惑をかけていたから、何か長持ちするものを買っておこうと思った。多少の銭でも土産は買えるだろう。
役人との取引を終え、銭を懐に市場へむかった。天気が快晴なだけに遠くからでも市の賑わいは盛況だった。道行く人々の顔も明るい。母と童の親子連れとすれ違った。
国の情勢だの侍だの忍だのわからなかった頃、まだ■■だった駒治郎は母と買い出しにかこつけて父に会いに行っていた。天正末期には会えないことも多かったが、浮き足立つほど楽しみにしていた覚えがある。
あの穏やかな時間が、駒治郎にとって何より大切なものであり、何より夢であった。
そろそろ、未練がましいのもやめようと思った。
「忍術学園」が実在しているのは確かで、基本甲賀寄りだが、あそこの水準も資本も下手すればどこの国の機関よりも高いのは確かだ。
母の話は与太ではなかったと証明された。
生徒間の人間関係も、多少の衝突や軋轢はあれども、それを補い合うだけの周囲の信頼関係が会話からも窺える。敵として会った時、個人なら何とかなるが複数で掛かられたらまともに勝てるイメージが全く湧かなかった。1年生ですら反応は遅れても自分のするべき最適解を理解している。多分、死合いに勝って戦で負けている。戦略性と人的資源の質も極めて高い。
なるほど父たちが「よそ者」でありながら日の本最強と謳われた軒猿の中でも『本当の異常者』を除いて上から数える方が早いくらいに強かった理由が何となく理解できた。持病もちになっても敵わないどころか、叩きのめされるわけだ。
こうやって駒治郎はかつての父たちを知れば知るほど、「それに比べて倅の自分は」といたたまれない気持ちだった。
天正末期の三之助に「無理矢理でも学園に連れていくべきだった」と涙ながら言われたことがあったが、その理由がついに理解できた。駒治郎は刺客としての才に恵まれてはいたが、人に対してどうしょうもなく臆病な所があった。それを矯正できなかったのを悔いていたのだ。
だから学園の敷居を跨ぎたいかと言えば、否である。生徒の何人かは歓迎してくれそうだが、自分ではあそこの環境に馴染めない確信があった。特に駒治郎は何かあった時の対処法「穏便に済ます」ことには致命的に暗かった。特に今年は実父がいる。
同時に「もしかしたら」と小さな希望がひび割れた心に芽吹こうとしているのも確かだった。その芽が無意味で自分に嫌気しか差さない人生を一時でも変えれるのではと囁くのだ。これを何度も摘み取ってきたが、しばらくするとまたしぶとく息を吹き返してきて厄介だった。その結果が連日の狩りである。
叶わない願いとやるせない感情に板挟みされるのにはもう疲れてしまった。
銭も貯まってきたし、今のところを引き払って学園とは関係ない場所に移動しよう。
最近学園の年長者たちが、やはり駒治郎の素性を疑いだしたやら周辺を調べられたり監視されている気配がする。中には近隣の城に詰めているらしい人間の顔まである。そう言う意味でも駒治郎がここにいるのは限界だった。
こうなるといよいよ最初は出来心の発想だった「この時代の越後に潜入してかのスケベ爺とその取り巻きを撫で斬り計画」を実行すべきかもしれない。
私生活でも性関係が酷すぎて公直々に雷を落とされた話もあるくらいだから、きっと菩薩も毘沙門天様も許してくださる。
駒治郎は懐の数珠を握りしめて心からそう思った。
~一方、その頃の越後~
「はっ!?悪寒が…!」
「小頭、ダメ元でもいいからお祓い行ってください!最近仕事の邪魔!」
「あと無駄に多い煩悩も祓ってもらってください!」
「お前らホント私に冷たい!!」
~~~~
その後はーーー影で母を守ろう。まだ最初の夫は元気なはずだが、ほんの数年後に戦の傷が原因で死ぬから、それから女密偵として身を窶していく時が一番苦労するはずだ。その前に出来るだけ銭を貯めて、何時でも母に渡せるようにしておこう。自分が死んだ後でも丸々渡るように細工もして。多くは稼げなくともそれくらいはしてやれる。
父はーーー大丈夫だろう。いくら警告しても脅しても自分の決めた進路を変える人ではない。むしろ「俺の人生だ。余計なことすんなバカタレ!」と拳骨が飛んで来そうだ。
ここに来て駒治郎は、ようやっと自分が「自分から望む心」を少しだけ取り戻していたことに気付いた。
文禄の頃に戻るために、神隠しの原因を探る道もあったが、戻ったところで朝鮮出兵の行く末も太閤暗殺の是非も興味はなかった。
少なくとも、乱世だろうが泰平の世だろうが駒治郎には何も変わらないのだ。結局自分がのうのう生きているうちは父の持病も苦しみも消えてくれないし、何より死んだ母も救われない。
本当は消息不明になった養父や、一緒に春日山城下に身を寄せた弟弟子たちのことも考えなければいけないのだが、彼らには父との確執に巻き込んでしまった負い目があるため自分のいない方がやり易いとさえ思っていた。駒治郎の心の重石は、常に父と母のことだった。
それが変えれるかもしれない。父が望むような忍になれはしないが、母の行く末に貢献は出来る。どこまで天命に抗えるかわからないが、父か、あの人が母を迎えくるまでと思えば問題はない。養父たちのこともそれからだ。
そう思えば曇天に細く日が差し込んだ心地である。夜毎夢枕で恨めしげにしている母も少しだけ許してくれる気がした。
新品の草鞋を持って歩き出す。人混みの中から探るような視線を受けながらも駒治郎は内心意気揚々だった。
あの老夫婦の家に帰ったら、ちゃんと礼を言おう。きり丸もいたらそっちにも礼を言おう。あのがめつさは辟易するが、前向きさは感心していた。
多分、母が死んでから初めてといったくらいに駒治郎は帰路中上機嫌だった。
ーーー家の前で老夫婦を問い質している役人どもを見るまでは
「ーーー結局、こうなるかぁ…」