先日、ある城館の主が周辺の豪族に宛てて密書を送りつけたらしい。
近々攻めてくる敵軍に備えてか、謀反のためか、下剋上のためか。どちらにしろ送られた一つが何者かに盗み出されたのが昨日の深夜。
役人たちが血眼で下手人を探していた中、容疑者として浮上したのが駒治郎だった。
他所から来ていて、やたら腕がたって、事件当日のアリバイが証明出来ない人物。
ーーー駒治郎が刃持て追われるには十分すぎる理由だった。
▼
とっぷり日が暮れようかという頃、大烏の群がカアカアとけたたましく鳴きながら山の中に降りたっていた。
合戦場でも安全に要領よく屍肉を漁る方法を熟知している彼らは、縄張りの中で獲物が出る瞬間もとい死人が出る流れを人間以上に理解していた。
死んで間もないそれに、群れの首魁が降り立つと次々と他の鴉が続いた。
「あーあ、ひっどいなぁ。こりゃ」
その烏たちが宴を催している横で、タソガレドキの忍ー雑渡昆奈門は周囲の惨状に堪らずと言った風に呟いた。
その呟きを聞く人間はこの場にいない。
柿色の忍装束の男どもが、首をあらぬ方向に曲げられていたり、棒手裏剣で深々と眼窩を穿れていたり、喉笛を切り裂かれていたりと様々な方法で殺されていた。
「組頭」と雑渡の傍らに高坂陣内左衛門が降り立った。
「どうだった?」
「こっちは二人死んでいます」
陣左の来た方を見れば、こちらも凄惨の一言に尽きた。人中を棒手裏剣で貫かれたのと、頸動脈をザックリ切り捨てられた骸。吹き上がった血が草や地面を塗らして夕焼けに浮かび上がっていた。
ここで二点同時攻撃されて手傷を負ったところだろう。少し離れた所に点々と血痕が続いていた。
「…忍術学園に向かってますね」
「あっちに逃げ込まれると厄介だなぁ」
今追っている男が密書を持っているかまだ不明だが、もし密書を持っていてそれが学園に渡ったらどう転ぶかわからない。
雑渡は陣左を伴って血の跡を辿りながら森の中を駆けた。陽が殆ど沈んだ頃に忍術学園の塀が見えてきた。
男はその塀に、まるで死にかけの野良犬のように凭れて蹲っていた。
▼
「結局、こうなるかぁ…」
もう疲れた。
駒治郎の心情を表すならその一言に尽きた。
ここ連日の疲れもさることながら、全てに嫌気が差す程度に動いたり考えたくなかった。
役人どもの口振りから、どうも自分は北からの残置諜者と疑われていたらしい。まあ仕方ないと言えば仕方ないが、形はどうあれ希望を抱き始めた矢先の冤罪である。やはり天は自分を見放していたか、期待すること望むことが間違いだったと彼は意気消沈していた。何より追手を撒きに撒いて、最後に手練五人を相手にした時の腹の傷がいろんな意味で痛い。吹き矢も苦無も抜いたが、しかるべき処置をしなければ数刻しない内に失血死するだろう。
疲れていたが、とにかく誰もいないところへ逃げた。捕まればどのみち殺されるが間違いなく楽に死なせてくれない。自分たちが敵にそうだったように、どんな下らないことだろうが雀の涙の情報であろうと徹底的に絞られる。尋問する側の人間の熱心さは散々見てきた。師匠からも「捕まったら自害するか、時間稼ぎのために小出しするか」と言われた。
それは困る。駒治郎は実父と違って上杉家に忠心も無ければ謙信公はもとい、景勝個人に何の感情も抱いたことはない。そも会ったことがない。
だが越後には叩き売るのをためらう程度に思い出が多すぎた。しかもまだ先の苦難を知らない母が暮らしてる。
だから生け捕りされる前に逃げ切るしかない。その先があの世でも
意識に霞がかかってきた。地についている足の感覚も、支えにしている木の感触も遠いもののように感じる。毒が回ってきたのだろう。
まだ足が動くならそれに越したことはない。進めるだけ進まねば追いつかれる。とにかく前へ。目の前が暗くなってもそれくらいは出来る。
こういう時に限って、頭に浮かぶのは今までの人生と未練である。
養父には、こんなつまらない終わり方をしてすまないであった。
結局実父とは向き合えなかった。急に妹分と弟弟子たちを連れて帰ってきた自分に深くは聞いてこなかったが、それだけでも周りから色々言われただろうに。母の時もそうだが常に自分は父の築き上げたものを台無しにしてきた。もうお互い遠くに離れて生きるしか解決策が見いだせなかったが、もう少し落ち着いてうまく立ち回れなかったものかと思う。せめて自分がいなくなったことに安心して、今度こそ持病を治してほしい。
それだけでも三之助たちの負担も減る。あの人たちには蒸発した時から随分気をつかわせてしまった。
弟弟子たちもまだ失意の底にいるだろうか。先の見えない不安の中、藁にも縋る思いで頼った春日山城下で自分の錯乱である。兄弟子の醜態をどう思ったか。
駒治郎が国を出る少し前、弟弟子の一人が養父を救いに行くと言って葦名に発った。
本音は現状に見切りをつけたのだろうと思った。怒りよりも悲しみが静かに沈んでいったのを覚えている。もう一人の方も、実父の預かりになってから一度も会っていない。妹分には会っているようだが、時折父を敵を見るような目で見ているという。
父は自分が絡まない限りは偏屈なところはあれど、至極真っ当な人間なのだ。師匠と同類と思って構えなくてもいい。それだけでも伝えるべきだった。あれでは『親』というだけで信じられなくなっているだろう。
悔いを挙げれば切りがないが、やはり最後は母のことである。
無念、それに尽きる。
貰うばかりで何もまともに返せなかった。せめて、教えてもらった抜刀術を極めようとしたがそれもままならずーー、陰ながら助けとなることも出来なくなった。
もう視界が霞んできた。目蓋が重い。多分木だろう物に思わず寄りかかる。眠りたい。あれから追手が来る気配は無い。だからもういいだろう。もう疲れた。
『立って足を動かしなさい』
いよいよまずいと駒治郎は思った。長らく忘れていたが間違いなく無き母の声である。いつものように腐っているわけではなさそうだが、こちらも駒治郎を楽にさせてくれないらしい。
『泣き言を言うのはまだです』
流石に堪忍してくれと泣きたくなった。家出した時持ち出した位牌は川に落ちた後、近くの住職経由で父の手元に届いたし、仕込み刀も実父との喧嘩(?)の後菩提に返した。もう後は自分が地獄にいくだけだから、せめてしばらく休ませてほしい。
『なりません』
目の前が真っ暗になってきた。もうちゃんと歩けているかもわからない。そろそろ体も動かなくなるからーーーもう許してくれ。銭を渡せなくなって本当に悔しいんだ。
『銭はいらないから、生きるのを諦めないで』
急に道が開けた。正確には人の使う道に出た。目の前に白い塀が、見覚えのありすぎる威容が見えた。忍術学園だ。
言い様のない脱力感がのし掛かってきて、駒治郎は壁に背を預けて座り込んだ。始まりがここなら終わりもそうらしい。決して敷居を跨がぬと決めていた場所で死ぬとは何たる皮肉か。
炊き出しの音がした。子供たちの声とパタパタと駆ける音。忍の育成機関とは思えない平和の空気が溢れていた。あの中に父や知っている人たちもいるだろうか。そう思いながら駒治郎はゆっくりと横へ倒れた。そして目を閉じた。
「いただきまーす」と嬉しそうな声が聞こえる。味覚が潰れてから嗅覚も鈍くなったが、あの中はいい匂いがするだろう。あんなに嬉しそうに食事を楽しんだのはいつだっただろう。
茜色が藍色に変わろうかとする間にどんどん熱が抜けていくのを感じて、無意識に蹲った。飯時が終わる頃に死ねるなと他人事のように思った。
そうしてしばらくしてからか、すぐか。気配もなく黒い影が降りた。正確にはいつの間にかいた。ついにお迎えか。
「密書はーーーーの方でーーー確保ー」
「じゃあーーー」
「しっ!ーーー来ます!」
ぼそぼそと夕闇の中で影法師が話し合っている。意識が朦朧としている駒治郎には、そろそろ連れていくかどうかの相談をしているようにしか聞こえなかった。
やがて、一番大きな影が駒治郎の顔を覗いた。どうしたことか、そいつは市ですれ違った火傷だらけの虚無僧に似ていた。
「よかったね。君、多分助かるよ?」
その言葉を最後に、駒治郎は意識を手放した。
◆
「■■、あんまり親父どのを虐めてやるなよ」
京の五条鴨川、花吹雪で彩られた河川敷で花筏を眺めながら眉目秀麗な男が言った。
パチリと駒治郎は目をしばたかせた。はて自分は永禄の時代に神隠しされて、そこで追われて野垂れ死んだのではないのか?
手元には先ほど茶屋で買った串団子があった。そういえば、川端通りで声をかけられてあれよあれよと言いくるめられて花見に同伴することになったのだ。
「なんの話ですか?」
「お前、自分に息子の資格は無いとか抜かして喧嘩になっただろ?」
「喧嘩…?」と駒治郎は心底首をかしげた。あれは激怒した父にひたすら追いかけられただけだったような?
「アイツ、あれから随分しょげてたぞ。こんなことなら忘れられたままの方が何十倍も良かったとさえ言っていた」
「それはーーー」
「こちらも同じことです」と言いかけて止めた。多分愚痴に付き合わされたのだろう。再会して以来、父は再び胃痛に悩まされるようになった。そうなると人はどうしても心が弱る。特に父は自分が苦しいとき限界になっても隠し通そうとするから、それさえ越えると自他ともに深刻に面倒な形で出てくる。
「申し訳ありません」と小さく謝ると、彼は「何のことにだ?」と怪訝な顔で聞き返してきた。この人がわざわざ言ってくるということは、かなり長く付き合わされたか。自分のことがなければ他愛のない話に花を咲かせていただろうに。
その事を言えば、心底呆れたように「そんなこと何とも思っとらん」と首を横に振って深くため息をついた。
「お前ら親子揃ってめんどくさいな。愚痴が嫌なら最初から越後に入ったりせんわい。お前も昔のことでくよくよするくらいならお互い腹の中晒せばよかろうが」
「全く」と肩をすくめて団子を頬張ると、「お前の親父はな」と続けた。
「妻が死んで、お前に出ていかれて、しばらくしてから『新しい女をどうか』と言われだしてな。もちろん余計なお世話だとつっぱねていたんだが、仕事に戻って小頭になってから更に売り込みにかかられてそりゃあ辟易しとったんだ」
「そもそも、あんな暑苦しい老け面がモテてたまるかよ」といい歳した大人が串ごと吐き捨てた。
駒治郎は嫁取りを勧めた周りの行動に、静かに納得していた。悲しい記憶は新しい記憶で塗り潰した方が早いし、効率がいい。当時の父の憔悴ぶりを思うに致し方ないと思った。
崇緑(御城番の医者)のところに入院中、「また気触れが始まるぞ」という陰口を聞いたが、そこに蔑みや嘲りでなく戦々恐々したものがあったのを覚えている。
「だが、流石に三年、四年とたつと流石に私達もお前を諦め始めてきてな。もう川原から死体の山まで捜し回って一喜一憂するよりはと、アイツが倒れた時にそれとなく言ったことがある」
母のことを思えば無神経に聞こえるが、母の思い出と未練が毒になっているならば、忘れてもらうのが一番父と父の周りにとって最善だ。覚えていても母は帰ってこれない。
正直息子としても、至らぬ自分のために倒れるまで無駄な労力を使うより、そうして欲しかった。自分が出ていってから数年の間なら子供の一人、二人は出来ていただろう。
なにもかも忘れて、のうのう生きていた自分だけが呪われていればいいのだから。あるいは、自分がちゃんと死んでいれば、父は新しい人生を歩めていただろう。つくづく自分は間が悪かったのだなと、駒治郎は居たたまれない気持ちだった。
しかし男の「そしたらなぁ」の前置きの後は、駒治郎の予想を裏切っていた。
「『香澄を無駄死にさせてまで幸せになりたくない。せめて、息子が生きてるか死んでるかだけでもはっきりさせたい』と言って、譲らなかったんだ」
「…息子としては喜ぶべきでしょうが」
「それだけお前を思ってのことだ、今も変わらんさ」
「だからな、■■」男は駒治郎を正眼で見た。
「その傷のこともあろうし、薄井のこともあるから怖いのも疑う気持ちも分かる。分かるが死に急ぐのは止めろ。私たちはお前を介錯しに探し回っていたわけではないのだ」
「それにお前はもう守られるだけの童子でない。ならば生きていいも何もない。生きねばならん」
ああ、これは夢だ。
そう思った。しかも走馬灯の類いの。
この後、「だから大阪城で死に花咲かせようものなら太閤もろとも爆破な」と釘を刺されたのだ。
本当にこの人は強い人だと駒治郎は思った。この人はもしかしたら父以上に母を愛していた。母が身籠った時も、スケベ爺の館に襲撃するときも、訃報を聞いた時も、真っ先に駆けつけてくれた。駒治郎の母は色仕事で散々ひどいのを見たせいで、男の情愛に懐疑的であったがこの男のそれは素直に信じていた。
駒治郎もそうだった。子どもの頃も会うたびからかわれもしたが、よく遊んでくれた。そして今も助けようとしてくれてる。
あの時は、怨めしげに睨む母の亡霊が見えないからそんなことが言えるのだと内心恨めしく思ったのだが、今は本当に申し訳なかったと思う。
この人は自分を一人の人間とみなして、ああ言ってくれたのだ。いつまでも怯えず父といずれ向き合わねばならないと。
それなのに自分は、居たたまれなくて黙り込んでいた。串団子も泥団子のような感触しか無いのを我慢して流し込んだ気がする。
あの時渡された串団子は、今食べたらどんな味がするだろうか?
風に煽られて、桜の花が舞い上がって花旋風となり、川岸から歓声が上がった。男の長い髪が揺れる。今、彼はどんな顔をしていたか。
駒治郎は男の名を呼ぼうとしてーーー目が覚めた。
◆
薬草の匂い。傷んでない畳の香り。布団の感触。シミ一つ無い天井。障子から差し込む光。そしてーーー
「よう、今日は逃げねえのか?」
あ、死んだ。
駒治郎は再び意識を手放した。
▼
文次郎が手負いの与六(?)を負うて帰ってきたのは、夕方の食事時。やたら鴉がうるさいのと、妙な胸騒ぎがするので、足を急がせると塀の下で蹲って死にかけていたという。
すでに六年生にも残地諜者の可能性は通知されていたので、学園に入れていいものかと迷ったがやはり捨て置けず介抱した。
それからは忍術学園は色んな意味で大騒ぎだった。
子細(保健委員が食いっぱぐれたとか)は省くが、瀕死で担ぎ込まれた与六か分からぬ男の処遇について大いに紛糾した末、彼に助けられたことのある者たちの嘆願で、ひとまず医務室で治療することになった。解毒と腹の傷の縫合を伊作が率先して施術した。
そして二日目の朝。
「ホゲゲェー!!魂抜けてるぅー!?」
「だからっ!何なんだお前は!?」
その与六もとい駒治郎は、布団に寝た状態のまま潮江文次郎と乱太郎の前で幽体離脱していた。
▼
何故こうなったかと言うとーーーその日の朝、伊作が資材を取りに出なければならなくなったので、乱太郎だけでは心配だと文次郎が見張りを買って出たのだ。
心配だからと言うより、会うたびに脱兎の如く逃げられてるので、起きたらこの男に拳骨なり文句なり一発入れねば気がすまなかったのもある。
そして駒治郎は覚醒した。
パチリと目を開けると、しばらく自分がどこにいるのかわからず視線を彷徨わせているのが面白くて、文次郎は思わず声をかけた。その文次郎の顔を見てーーー駒治郎は硬直して幽体離脱した。
そして話は冒頭に戻る。
「潮江先輩どうしましょう!いれた端から出ていきます!?」
「とにかく離すな!あとてめぇは魂だけでも逃げようとするな!!どんどん伸びていくなっ!!!」
「与六さぁーーん!!これ以上そっち行っちゃダメぇーー!?そっちあの世っ!!!」
「乱太郎、大丈夫か!?」
「起きたのか?」
「潮江先輩お困りですか?」
「おっ!起きたか与六殿!」
「あれ?与六さん何で食堂にいるの?」
まろびでた魂を口に突っ込んでやったものの、また出そうになってそれを直しての嫌なループに二人は途方にくれかけたが、悲鳴を聞き付けた伊作と野村が医務室の扉から飛び込んできて、天井裏から尾浜勘右衛門が、床下から七松小平太が、奥から何故か次屋三之助が出てきた。
一気に医務室の人口密度が上がって思わず野村が「何をやっとんだ君たちは」と呆れた。
あっという間に囲まれる形になって与六(?)は身を固くした。魂も戻った。
「あ、戻った」
「善法寺さん?タヌキさん?三之助さん?ーーー何で皆さんお揃いですか?」
「ここは忍術学園の医務室ですよ。貴方昨日丸一日眠っていました」
「え?タヌキって俺?」
「え?ここ、医務室?」
知っている顔を見渡して、駒治郎は混乱していた。少なくとも、文禄の頃の尾浜の呼び方をする程度には。三之助はただの迷子である。
しばらく呆然としていると、あれは夢だったのだと思い出して深くため息をついた。
「そうか、今は永禄か…」
「永楽?」
「宴楽?」
「違う違う、永禄。今の年号だよ」
「あの、与六さん。本当に大丈夫ですか?この指何本かわかります?」
後ろの寸劇を尻目に、さすがに毒の後遺症が心配になった伊作が手を翳してみたが駒治郎はにべもなく即答した。
「一と三で合わせて四。ところで善法寺さん。自分はあすこで死ぬんだと思ってたんですが…貴方が運んでくれたんですか?」
「いえ、違います。僕は治療だけです」
「私も違うぞ!」
床板から半身を乗り出した小平太も首をふる。
「運んでくれたのは潮江先輩ですよ」
乱太郎はそう言って、憮然としながら座っている文次郎を指した。駒治郎もそれにつられて文次郎の顔を見た。
そしてまた鼻から魂が抜けていった。ついで体の方がそのまま倒れて伊作に頭突きした。
「わー!また抜けた!?」
「もんじー、お前ほんとに何やったんだぁ?」
「知るかっ!」
「はい、聞きたいことあるから出て逝くのはそれが終わってからねー」
「あの人潮江先輩の横置くだけでいいんじゃないかなぁ?」
「与六さーん、流石の俺もそのまま行くのはまずいの分かるぞ?」
口から抜けた魂が乱太郎と文次郎の制止も空しく、そのまま開け放たれた障子を抜けようとしたのを野村が鷲掴み、伸びきったシルバーコード(魂の緒)を小平太が苦無でつつき、頭突きを喰らった伊作が悶絶して医務室は一気にカオスになった。
そのカオスに唐突に煙玉が投げ込まれ、派手な音ともに黒い煙が医務室に充満した。
「ぎゃー!?」「みんな動かないで!薬草が!!」「ゲホッゲホッ!このノリは!?」「失礼」「あ!俺の手裏剣!?」「落ち着け与六殿」
乱太郎が悲鳴をあげ、伊作が医務室の薬草を守ろうと立ち上がり、突然の襲撃と受け取った駒治郎は、条件反射的に魂を戻して乱太郎、三之助、文次郎を背にして臨戦態勢に入った。丸腰なので三之助の懐から武器を拝借するのも忘れない。心当たりのある小平太が手裏剣を構える駒治郎の腕を押さえた。
煙の中から人一倍咳き込む影が浮かんできて、駒治郎以外の生徒が白けた顔で煙が晴れるのを待った。
「薄井駒治郎、快復しだい学園長室にくるように!グェホグェホっ!!」
「あ、学園長先生です」
「傍迷惑なじいさんだが敵じゃないぞ」
「なっ?」と笑う小平太に毒気を抜かれていた駒治郎は構えていた腕を下ろした。「ゴッホ!ゴッホ!七松小平太、だぁれが傍迷惑とな!?」とか言っている爺が敵とか間抜けすぎる。弾薬と硝酸の割合を間違えた煙玉投げてくる奴より100倍ましだが。
というか、学園長ならーーー
「貴殿が大川平次渦正殿でありますか?」
「いかにも、ワシが若かりし日は天才忍者と名高い当学園長の大川平次渦正じゃ」
駒治郎は三之助の手裏剣を返すと、静かに居佇まいを直して学園長に向き合った。こうなっては抵抗は無駄である。何よりこの翁は自分の市井での通り名を呼んだ。
「お初にお目にかかります。大川学園長殿。確かに私は薄井駒治郎と申す者です。この度はご無礼をば」
「うーむ、ちと固いなお主」
「すげえ、この人スルーしたよ」と三之助は感心した。普通なら余計な一言を言う爺いに大なり小なり呆れるところである。
単純に駒治郎はそれどころではない。『薄井』の名はこの時代に来てから一度も出していない。だが当てずっぽうではあるまい。駒治郎の中の学園長に対する警戒レベルは高くなった。近隣では自分のブロマイドばらまいておちょくってるのか、抜けてるのかわからない好々爺の噂はやはりあてにならなかった。
薄井の森のことーーー師匠はとにかく養父のことを吐かされるのは困る。軒猿の落ちこぼれと白をきりとおせるか。
とにかく、警戒を表に出すのは逆効果だ。腹の傷は確かに処置してもらっている。普通なら中途半端に治療して牢に叩きこまれているところだ。しばらく相手に合わせようと考えた。
「本来手前から破格の厚遇に対し謝意を示しに参らねばならぬところを、わざわざご足労賜り恐縮の至りでございます」
「あー、囃し立てられるのは好きじゃけどそんな畏まらんでいいから。お主本当に『薄井』か?」
「とびきり礼儀に厳しいお方がいたもので」
「…うん、すごい心当たりあるわい」
大川は辟易しつつも「まあ、その辺の積もる話は後で追々しよう」と話を切り替えた。
「昨日今日追われたばかりじゃろうから察しておろうが、密書云々の話を抜きに周辺の役人もお主の素性を疑っておる。もちろんわしらもじゃ」
「承知しております」
「故に、色々調べさせてもらった。お主が間借りしておった甚平の家にも人をやった。正直今捨て置くには、一年は組並みに不確定な要素が多すぎる」
「学園長先生、それどういう意味ですか?」
「よって、こちらでお主の経緯をつまびらかにしてもらう。つまり詮議じゃ」
「わかりました。ではお時間を取らせるわけにはいきませんので、今から件の学園長室に参ります」
情に絆されて敵意を削がされるのは、暴力に屈するよりもマズイ。若い父がいるだけでも調子が狂いっぱなしなのに、こうも良くされると牙が抜けた犬のようになってしまうと駒治郎は危惧していた。
乱太郎が「まだ歩き回っちゃダメですよ!」と非難の声をあげたが、正直毒も抜けてるし、傷も縫ってるからもう「故障」と呼べるものでもない。ならば早く済ませてしまいたい。どうせこの後は牢の中だ。飯をもらったりした後になると尋問も苦しみが増す。
そんな駒治郎の内心を知ってか知らずか「話を最後まで聞きなさい」と学園長はたしなめた。
「快復してからと申したじゃろう?病み上がりで、しかも最近までお主がマトモに寝ていたのを見たことがないと、甚平の女房がこぼしておったと聞くぞ?話の最中に寝て倒れられたらたまらん。こら、腹の傷は縫うてあるからもう大丈夫みたいな顔はやめい。保健委員がそろそろ般若の顔になっとるぞ」
「リハビリならいくらでも付き合うぞ!」
「七松先輩お止めください」
「小平太、逆にトドメを差さなくていいから」
「山五つ越えるのはさすがにリハビリと言わん」
「ちぇー!」
「しかし、これ以上ご厚意に甘えるわけにはいきませぬ。薬一つ包帯一つとっても私に対価が払えるか…」
「うーん、その件も話に織り込むかの」
顎を擦りながら神妙な顔で考えてから、ふと思いついたように「あと、お主はちと勘違いしておるぞ」とニカッと笑った。
「治療の許可を出したのはワシじゃが、お主の助命を嘆願したのはそこな六年は組の善法寺伊作を筆頭とした保健委員たちじゃ。礼ならまずその子らに言いなさい。あとしっかり彼らの言うことを聞くこと。以上!」
言うだけ言って、学園長は笑いながら医務室から出ていった。
後に取り残された面々は、しばらく正座しながら呆然としている駒治郎を見た。
駒治郎はちらりと野村を見た。やれやれと呆れながら眼鏡を直していた。そして横にいる忍たま上級生三人を見る。
「ま、こっちでしばらくのんびり出来ると言うわけだな!」と小平太は破顔した。思わず「そうかぁ?」と言いそうになった。自分は今とんでもなく変な顔になっていることだろう。
そんな駒治郎の肩を乱太郎が軽く叩いた。
「学園長いつもあんな感じなんで、固くなってると疲れちゃいますよ」
苦笑いしながら言われた言葉に「はぁ…」と生返事しか出来ない。
「…とりあえず善法寺さん。乱太郎さん。並びここにいない保健委員の皆さま。この度貴重な器具を消費してまで修理…じゃなかった。介抱していただき真にありがとうございます」
「あ、いえ、こちらも今まで助けてくれたのにまともにお礼できなかったので」
「だからそんなに固くならなくても…てか今修理?」
再び居佇まいを直して礼を言えば、伊作と乱太郎が「いやいや、こちらこそ」と首を振る。それを横から見ながら小平太は「熊と猪美味しかったぞぉ!」とケラケラ笑った。
「今はまず水分が足りないでしょうから、白湯を持ってきます。粥は食べれそうですか?」
「…どちらも結構です」
「駄目です。ただでさえ食うや食わずの寝ずじまいなんですから。心配しなくても毒なんか入れませんよ」
毒よりも自白剤の方が怖いんだが?と反論しかけたが、有無を言わさぬとばかり伊作は奥に消えた。
気まずい空気が流れる中、乱太郎が「そんなこと言わずに食べてください。おばちゃんの料理、お粥も本当においしいんですよ」と言うが、お互いの論点がずれていることに気づいていない。
「そこまでせずとも詮議で言い逃れする気はございません」
「そんなつもりないんですけど…」
いや、あんたも忍の端くれなら他人からそうそう食い物もらうなくらい言われているだろうが。
駒治郎は猫を捨てて説教したかった。彼の中で忍術学園は実質忍の里だった。善意100%の乱太郎が異様に見える程度に
故に乱太郎の気遣いをやんわりはね除けたのだが、それを後ろから黙って見ていた文次郎は片眉を上げて睨み付けた。
「親切は受け取っておくもんだぞ…」
「御意…」と掠れた声とともに駒治郎はまた幽体離脱した。そのまままたあの世に行きそうなのを慌ててつかみとる。
「だからっ!俺と話すたびに魂まろびだすな!しかも魂で返事するな!」
「わー!?さすがに重いぃぃ!」と乱太郎が倒れた駒治郎の下で潰れかけたので野村先生と小平太が首根っこを掴んで体の方を引っ張りあげた。
「文次郎くん、君昔なんかしました?」
「知りませんよ!?」
「文次ー、悪いこと言わんから今からでも謝っとけ」
「なんで俺が悪い前提だ!?」
▼
結局、学園長室に行けたのは翌日の昼前だった。
何せ文次郎が睨みを効かせてから気絶して、その後殆ど魂が抜けた状態で白湯と粥を胃に入れられて気絶寝してしまったのである。
文次郎は心底納得がいっていなかったが、何だかんだあって野村先生が先導して、乱太郎が駒治郎を介添えして学園長室に向かうことになったのだ。
「結局日を跨いでしまいました…」
「本当は今日だって絶対安静なんですよ?」
「よもや朝まで気絶するとは…」
「いや、その、面目ない…」
気を取り直した野村が「さて」と与六の前に座った。
「昨日言ったように君の処遇については、当学園長大川平次渦正様に一任してある。ひとまずここで治療を受けてから私たちの前で詮議を受けてもらう所存だ。だが、ここから抜け出そうとするならーーーその限りではないと思いなさい」
「…承知しております」
「何か質問は?」
「ありません。今牢に入れられないだけでも充分です」
「そんなに気を張らなくても…」と乱太郎は眉を下げて困惑した。駒治郎が見てくれは怪しいかもしれないが、不器用ながらも真面目で朴訥な男だと思っているからだ。
悪い言い方をすれば、ここまで五車の術に暗くて思わず人を助けてしまう男が残置諜者と信じられなかった。役人に追われて斬られたのだって、きっと誤解されたのだと考えていた。
だから、まるで本当に悪いことをしてしまったみたいにしなくてもいいのにと言いたかった。目が覚めてから、彼が「怪我が治ったら」や「詮議が終わったら」等の先の話にあまり反応しないのも不安の種だった。
「ところでなんでそんなに潮江先輩が怖いんですか?与六さんのこと知らないって先輩いってましたけど」
「……私の父にそっくりなんです。あの人」
「ぶふっ!」
至極ばつが悪そうに歯切れ悪く言われた言葉に、野村も乱太郎もたまらず吹き出した。奥で包帯を巻いていた三年生の三反田数馬も吹き出した。
「それ絶対本人に言わないように…ブククッ」
「潮江先輩、結構気にしてますから」
「そうします」
しょんぼり俯いた顔は、乱太郎よりも幼く見えた。
「あ、そう言えば与六さんじゃなくて駒治郎さんなんですよね?」
「“こま”か“駒治”で結構です。地元でもそう呼ばれてました」
「じゃあこれからコマさんって呼びますね」
道中駒治郎は大人しかった。しかし道中会った生徒は全然大人しくなかった。
「おう、コマさん!起きたかい?いつぞや伊作とかが世話になったな」
「あ、食満先輩こんにちはー!」
「初めまして、食満さん。早速つかぬことを伺いますがそのお怪我は?」
「あー、昨日ちょっとな」
いつもの文次郎との喧嘩とは言え、自分も要安静の癖に用務委員会の作業してる留三郎はまだいい方で
「あっ!留三郎!?あばら逝ってるから今日は絶対安静だって言っ…ぎゃああああ!?」
「伊作うぅぅぅ!?」
「伊作せんぱーいっ!?」
「あー、今日は綺麗に落ちましたねー」
善法寺伊作が早速日頃の不幸を発揮した現場に遭遇して、また皆で引っこ抜いたり。
やっと伊作の救出が終わったと思ったら
「お、与六殿…じゃなかった駒治郎殿!もう歩けるのか!?」
「お陰さまで。七松殿」
「まだカッタイなぁ!ここは武家だのなんだの関係ないから私のことは小平太で十分だぞ?」
「そういうわけには…」
「だーっ!細かいことは気にするな!!何なら分かりやすく今からでも手合わせ…」
「伊作、風向きは大丈夫だ」
「もう準備してるよ留さん」
塹壕から顔を出してきた七松小平太がいつもの調子で暴走しかけたのを伊作が霞扇の術で鎮圧したり
「あ、野村先生!与六さん起きましたね?んじゃその傷んでバサついた髪治させてください!!」
「後にしなさい!」
鬼気迫る顔で鋏と櫛を構えた斎藤タカ丸が立ちはだかったり
「あ、吾郎さんが歩いてる!もう起きれるの?」
「やっぱり北国のプロ忍者じゃないかって話本当だったんだ。タフだなぁ」
「あっちの給料ってどんくらいですかぁ?」
「北国で一番美味しいものって何ですか?」
「喜平さん!今度剣の腕見せてください」
「ナメクジさん好きですかぁ~?」
「源次郎さんって香澄さんソックリですけど、家族なんですか?」
「香澄さんを追っかけてきたって噂なんですけど、そこのところどうなんですか?」
「与六さん、何で前髪そんなに伸ばしてるんですかー?邪魔でしょ?」
「コマさん何個偽名使ってたんですか?」
「はい、みなさんせめて順番にー!あと貴方も私を盾にしないー!?」
一年は組の質問波状攻撃にさらされ堪らず野村を盾にしたり、
「ジュンコー!」「大山兄弟いました!」「キミコそっちいったぞー!?」
生物小屋からの動物脱走騒ぎに巻き込まれたり、
「三年生の教室はこっちだー!」
三年ろ組の神崎左門に轢かれかけたり、
「あれ、野村先生?二年の教室あっちですよ?」
「次屋三之助君、そっちは君らの教室だ」
迷っていた次屋三之助を捕まえて、彼らを探していた富松作兵衛に引き渡して「何度もありがとうございます!」と泣きながら感謝されたり、
「((ノ∀`)プッ」
「……」
「コマさんそれ僕の手裏剣!?」
穴から出てきた綾部喜八郎に鼻で笑われたり、
学園長の庵が見えた頃には三人とも山をいくつか越えた並みにヨレヨレだった。
「あの…コマさん大丈夫ですか?」
「今すぐここから抜け出したいです」
「気持ちは分かりますけど、せめて怪我治してからにしてくださいね?」
「じゃないと人間ピラミッドしますから」と保健委員だけあって、乱太郎も治ろうとしない患者には容赦がない。野村も「あれうちじゃ日常茶飯事ですからね?」とくたびれた笑いをこぼした。
「まあ、改めてーーー」
野村先生が咳払いをして居佇まいを直した。
「ここから先は嘘偽りなく答えるように」
襖に手をかけつつ軽く殺気を放つ。迂闊な真似をすれば命はないと言う牽制である。
「承知しました」と駒治郎も静かに答えた。
「学園長先生、野村です。例の男をつれて参りました」
駒治郎は襖からの矢羽音を聞きながら自分の腕に巻かれた包帯を見た。
「…では、失礼します」
表情を崩さず礼をしながらも、その手が固く強ばっているのを乱太郎は見逃さなかった。
伊賀の里では下忍同士が互いを見張っていて、誰かが掟を破ったり抜けたりしたらそれは残忍な仕置きがなされると乱太郎は父から聞いていた。北国でもそれは同じなのだろうか?
もう屠殺されると決まった犬と同じ静かさが駒治郎にあった。
「大丈夫ですからね。酷いことするくらいなら、最初から治したりしませんから。学園長もわかってくれますよ」
安心させるように乱太郎は駒治郎の手を握った。駒治郎は少し困ったように笑うと「そうだ、乱太郎さん」と何か思い出したように言った。
「私がここから出られないようなら、一つたのまれてくれませんか?」
姐さんのオ・ネ・ガ・イ一覧
平滝夜叉丸の場合
「まあこの優秀で才色兼備な私に声をかけたのは賢明な判断であるからにして(グダグタ」
「そう思ってるなら今すぐその足止めなさい!!」ε=┌(#゚Д゚)┘
「謹んでお断りします!」ε=┌(・∀・)┘
田村三木ヱ門の場合
「私はどうなっても構いませんからユリ子だけは…!ユリ子だけは勘弁を!!」( 。゚Д゚。)
「そのつもり全くなかったけど、今すぐあんたを吊るしたくなったわ」(^ω^#)
浜守一郎の場合
「二つ返事で了解してくれたのは嬉しいんだけど、なんで煙玉持ってるの?」
「なんとなく!」( ・`ω・´)✨
不破雷蔵と鉢屋三郎の場合
「雷蔵早くいけ!ここは絶対通さないから大丈夫だ!!」( ・`д・´)
「三郎のせいで大丈夫じゃなくなっているんだが!?」( ; ゚Д゚)
「サブちゃん、裸縛りとモノホンの素顔さらされるのどっちがいーい?」( ゚言゚)ゴゴゴ…
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さつき「てな感じで半分くらいが話聞く前から逃げるとか臨戦態勢でもうやんなっちゃうのよ!ちょっとお願いするだけなのに人をなんだと思ってんのかしらね!!」ヽ(`Д´)ノプンプン
長次「もそ~」
留三郎「(日頃の行いって言ったらブッ殺されるかな?)」
さつき「八左は八左で虫たちがまた脱走したから話どころじゃなくて手伝う羽目になったし…」( `Д´)/