ホロライブラバーズ『数多の星を照らす者』獲得ルート   作:468(ヨルハ)

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Part29 純白の少女⑨『絶望と希望の境界線』

 

 

 

 

 

「もう、こっちこないでったら!『氷飛礫(アイスバレット)』!」

 

「ナイスラミィちゃん!ワール…ウィンド!」

 

 

 

 時間は少し巻き戻り、悠からの信号弾を視認したラミィとかなたは立ち塞がる魔獣の群れを掻い潜りながら着実に村への距離を縮めていた。

 

 ラミィが眼前にかざした掌から放たれた氷弾が魔獣を穿ちその足を止め、かなたがその隙をついて持ち味のスピードで急速接近、己の身の丈を大きく超える装飾絢爛な槍斧(ハルバード)による超速の二連撃が魔獣たちをまとめて切り裂いた。最前線にいた狼やイノシシは情け容赦なく胴体を真っ二つにされ、後続の魔獣もひとつの例外もなく槍斧(ハルバード)が生み出した風によって吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた魔獣はさらに後ろの魔獣や森の木に激突し崩れ落ちる。態勢を崩されたそれらは痛みを感じないかのようにゆらりと立ち上がり雄叫びを上げながら再び突撃を敢行しようとするが、吹き飛ばされ、激突し、立ち上がる。そんなことに時間をかけてしまえば、それは魔法を放つための詠唱の時間となり、格好の餌となる。

 

 

 

「貫いて、『氷魔槍(アイスランス)』!」

 

 ラミィの声とともに撃ち出された氷の槍が風切り音をかき鳴らして標的へ殺到する。

 数にして合計12発。近づくだけで凍えそうな冷気を携えるグレシャーブルーの魔槍が大気中の水分を凍らせ氷霧を発現させる。一切の慈悲を与えないその攻撃は突撃を敢行しようとした魔獣の眉間をまとめて易々と貫いた。

 生命体としての稼働限界を迎えた魔獣たちはその姿を欠片も残すことなく霧となり音もなく静かに散る。

 

 一先ず目に見える範囲の敵を屠った2人は小さく息を吐いて呼吸を整える。

 

 

 

「…よし。ラミィちゃん、まだいける?」

 

「…大丈夫。はやく、悠くんたちと合流しなきゃ」

 

 

 

 あまり余裕はなさそうかなと、ラミィの様子を見てかなたは思案する。

 

 心配させまいと気丈に振舞ってくれてはいるがラミィの消耗はかなりのものだ。

 ただでさえ慣れない地形での戦いに加えてここまでの戦いでかなりの魔力を消費している。空も暗い霧に覆われて時間の経過も定かではないが戦闘開始してから体感して2〜3時間くらいは経っているだろう。

 その間ラミィは敵の足止め、後方からの火力出し、さらには防御手段に乏しいかなたの援護とかなりの広範囲に渡ってその培った魔法を遺憾なく発動している。

 それは本当にありがたく、頼もしい。事実ここまで2人とも被弾らしい被弾はゼロでやってこれているし、村までの距離も着実に近づいている。

 

 だがそれはイコール疲弊なしということではない。特に実戦というシチュエーションにおいては尚更だろう。

 これは訓練じゃない。確かな敵がいて、お互いがその命を賭けて戦う。そこには緊張が走り、重圧(プレッシャー)がのしかかり、負荷(ストレス)がかかる。普段のパフォーマンスは十全には発揮できず、疲労は重なるばかり。

 

 

 

(実戦らしい実戦はこれが初めてみたいなのに、本当に凄いよラミィちゃんは)

 

 それでもなお渦中の只中に立たされたハーフエルフの少女は手を止めず、足を止めず、そしてなにより思考を止めない。その輝かしい金色の瞳はひたすらに前を見据える。

 その瞳に映る意志の強さはいったい誰に似たのやら。

 

 恐怖はたしかにあるだろう。

 だが、それは彼女が立ち止まる理由にはなり得なかった。その感情を飲み込んででも、彼女は彼が残した(しるべ)に応えることを選んだ。踏みとどまることよりも、恐れながらも前に進むことを選んだ。

 今彼女を突き動かしているのは、ただ彼を、そして彼が守ろうとしているみんなを助けたいという願い。

 

 

 

 健気で、一途な、そんな眩い感情(おもい)

 

 

 

 そんなものを間近で見せられて、少しだけ羨ましいと思った。

 ただ純粋に願いのために進むことができるラミィのことを、そして彼女に想われている悠のことを。

 

 だからこそそんな2人のことを、ボクは支えたいと思ったんだ。

 

 もちろん頑張る理由はそれだけじゃないし、ボクの気持ち的にもラミィや悠にも譲れないものはある。

 でも、今この瞬間だけは。

 救いと祝福を与える天使として、友達として。

 仲間のために、友達のために、精一杯のことを。

 

 

 

「…うん。村までもうちょっとだから、あとひと踏ん張り頑張ろう!前はどーんと任せておいて!」

 

 また視界を埋め尽くすように溢れ出した魔獣たちを見てかなたは内に眠る魔力を解放して体中を巡るように循環させる。イメージとしては心臓から供給される血液の流れのように。多すぎず、だが少なすぎず、過不足なく全身に均等にいきわたるように。

 

 これはココ直伝の魔力による身体強化。

 今までかなたは悠なども使っていた武器に魔力を纏わせ威力と強度を引き上げる『武装強化』をメインにして戦っていた。

 理由としては『武装強化』は『身体強化』と比べて対象が小さい分使用する魔力を抑えられるし、あくまで武器を持って戦うことを主題としてるかなたとしては『身体強化』に重要性を見出していなかったから。

 

 だが、このココから教えてもらった『身体強化』は普通のそれとは違う。

 従来の『身体強化』が『武装強化』と同様に魔力を外に放出して対象に纏わせるものだとすれば、今かなたが使っているのは魔力を放出せずに身体の内側で循環させるものだ。あえて名前をつけるのであれば『身体強化・(かい)』といったところだろうか。

 これはならば対象が使い続ける己の魔力と親和性が高い己の肉体のみという制約こそつくが通常の『身体強化』と遜色ない…いやむしろそれより効力が高いものを魔力消費を抑えて行使することができる。

 

 

 

(ここまではラミィちゃんのおかげで魔力を温存できたからね…ここからはノンストップ、一気に駆け抜ける!!!)

 

 

 

 村までの距離はもうだいぶん縮まった。ラミィの疲労もある。であれば、ここはもう時間をかけずに一気に行くべきだ。

 足を踏みしめて力を込める。前傾姿勢で『武装強化』を施したハルバードを後ろに引き絞り、天使の羽を準備運動のように軽く羽ばたかせる。フェイントも何もない、これから突撃しますよと宣言しているかのような構え。

 対人戦では論外と言う他ないバレバレの構えではあるが相手が意思も思考も存在しない魔獣であればさして問題はない。

 

 己の感情に身を任せろ。

 今やるべきことはなんだ。

 それは、目の前の敵の掃討だ。

 こいつらを乗り越えて、ラミィと一緒に悠とノエルの元へ辿り着くことだ。

 

 グッとハルバードを握る力を強める。

 いくぞいくぞと一気に飛び出そうとした瞬間、わずかに冷気が己の目の前に集積するのを知覚した。

 

 

 

「かなたちゃん止まって!なにかくる!!!」

 

「…!?」

 

 

 

 そんなラミィの呼び声とともにかなたの眼前に『氷華盾(アイスシールド)』が形成される。

 その直後、けたたましい衝撃音を響かせて目の前の魔獣が周囲の空間もろとも正体不明の力の波にのみこまれた。

 

 

 

「な、なに…これ!?」

 

「分かんないよ!でも、そこから魔力反応がするの!ラミィでも知覚できるくらいとんでもない反応が!!」

 

 なにかを削るような音が、抉るような音が、叩きつけるような音が何とも言えない不協和音となってラミィとかなたの鼓膜を割りにかかる。2人は咄嗟に耳を塞ぎながら現状把握をしようとするが、花弁を象った氷の盾の向こう側は巻き上げられた土煙で物理的な視界が奪われているのが現状だ。

 ただ分かるのは、この先にいるのは想像を絶するであろうナニカ。この音だけで理解できる暴力的な力をあたりに無作為に振りまく自分たちの常識を飛び越えた存在。

 まず間違いなくまともなものではない。

 

 警戒は解かず、叩きつけられた重圧(プレッシャー)を振り払うようにひとつ息を吐く。

 目の前で行われた暴力の嵐はようやく鳴りを潜め、徐々に土煙が晴れていく。

 

 そこには、惨烈と言う他ない光景が目の前に広がっていた。

 荒らされた大地、抉り削られ薙ぎ倒された森の樹々、そこにいたであろう魔獣たちは一匹残さず霧となって消えていた。まるで局所的な嵐が通り抜けたかのような天災の痕。

 そして、2人はその中心地でその異形の姿を見た。

 

 

 

 

 

「……あく、ま…?」

 

「さて、ね。まあ、少なくとも味方じゃないのはたしかっぽいかなぁ…」

 

 ラミィの震えた声で称した『悪魔』という表現は、あながち間違ってはいないだろう。かなたもそれに対して軽口を叩きはしたが視界に映るその異形は2人の心に恐怖を植え込むには十分な代物だった。

 

 体格自体は思いがけず小柄である。

 全身が漆黒で覆われたそれはいいとこ2メートルもないだろう。しかしその姿と雰囲気があまりにも狂気的で不気味さを感じさせる。

 骨格はヒトのそれに近いが、猫背のような立ち姿と漆黒で覆われた全身で狂気を体現しているのかと錯覚するほどの先鋭的なフォルムは、見た者の心臓を締め付けるかのような言い知れぬ()()()を突き付ける。

 

 

 

 恐ろしい。

 ただただ本能から発せられるその信号に一歩後ずさってしまう。

 

 逃げ出したい。

 這い上がる感情に、しかし背を向けない。

 

 アレを見続けていたくない。

 それでも、一歩足を踏み出して異形の悪魔を見据える。

 

 

 

 怖くても、逃げ出したくても。

 それは、悠を、ノエルを、マシロを、村の人たちを見捨てる理由にできない。したくない。

 アイツは明らかにボス格の相手。であれば、アイツさえ倒してしまえばあとは残党狩りだけだ。

 

 顔を上げ意を決したかなたは『身体強化・廻』で強化した足で思いっきり地面を蹴り抜いて突撃をかました。

 

 

 

「…悪魔がのこのこ天使の前に現れるなんてね。後悔させてあげるよ!!!」

 

「かなたちゃん、正面から!?」

 

 かなたのその全速力は風を置き去りにし、音とともに最短距離で標的へ飛翔した。

 しかしラミィが言った通りその軌道はひどく単純で直線的。いくら速いといってもその動きを見られてしまえば対応は難しくない。強さの底が不明に相手にその行動は危険と評して差し支えないものだ。

 

 そしてその異形の悪魔はかなたの速度に対応できてしまえるほどの反応速度を有していた。

 右手を振り上げ、鋭く尖った五指を揃え、出来上がるは漆黒の凶刃。傍から見ただけで理解できるその鋭さたるや人の肉体など一切の抵抗なく豆腐のように骨ごと切り裂くだろう。そしてそれは身体強化を施した天使の肉体だろうとさして結果は変わるまい。

 

 かなたの接近と同時に振り下ろされたその刃を視認して、しかしてかなたは表情を変えることはなかった。

 

 

 

「予想は…してたよ!!」

 

 ブンッと、かなたの輪郭がブレたと感じたその次の瞬間には、かなたは異形の悪魔の目の前から消え、その背後で既に銀に煌めくハルバードを振りかざしていた。

 

 天使の羽を使った急制動。

 速度を乗せた状態で羽の角度をつけることで羽が受ける空気抵抗が急激に変わり速度が一気に落ちる。そしてその速度が落ちた瞬間に切り返しを行うことで目の前から消えたように見せる空中機動。今朝の悠を見て咄嗟に思い付いたものだが意外とうまくいくものである。

 

 

 

「くら、えぇ!!!」

 

 覇気を乗せたその一撃は空を裂きながら異形の悪魔へ迫る。

 異形の悪魔はこちらを見ていない。なら回避はできない、今気付こうがもう遅い。防御も『身体強化・廻』と『武装強化』を合わせたこの一撃なら大抵のものは突破できる自信がある。

 一撃で倒すと豪語するつもりはないがある程度のダメージと隙はできるはず。そしてその隙があれば既に魔法の詠唱に入っているラミィの追撃が入るはずだ。

 

 このまま一気に攻め潰す。

 勝利への道筋、その第一幕は通過したと確信したかなた。しかしその確信は

 

 

 

 ガンッ!!!!!

 

 

 

「………へ…?」

 

「………」

 

 

 

 ()()()()()()()槍斧を受け止めた左手を見て、ものの一瞬で崩れ去った。

 

 うそ、そんな馬鹿な、ありえない。

 

 予想外の事態に思考の中でグルグルとそんな単語が行き来する。

 決してかなたは自分の力を過信していたわけではない。皆に認められたその膂力は、実力は正当な評価で、確かな事実であった。

 回避もまともな防御もできないという状況分析は当たっていた。異形の悪魔は回避をせず、防御だって緩く構えられた左手のみ。しかし想定外だったのは、その緩く構えられた左手のみで己の渾身の一振りが完璧に止められたという点。

 そして、こちらを一切見ずにそれを行ったという点である。

 

 己の全力の一撃が止められた衝撃で風が薙ぎ、服や髪を揺らす。

 それが思考が止まっていたかなたを現実へ引き戻した。己が得物を殊更に強く握って羽を羽ばたかせるとひとまずの脱出を図る。

 

 

 

「え、う…わぁ!!?」

 

 だがそれは異形の悪魔の行動によって中断を余儀なくされた。

 異形の悪魔はグルンを顔をかなたへ向けるとその銀眼でひと睨みし、左手で掴んだハルバードを無造作に振り回し始めた。かなたはいきなり視界が乱転したことで慌てた声を上げる。だがここで己の得物を失ってしまえば状況はさらに悪化するのは必至。どうにか離すまいと必死に柄を持つ手に力を入れるが、異形の悪魔はそれを見越していたかのようにそのハルバードをかなたもろとも投げ捨てた。

 

 

 

「ガッ…!」

 

「かなたちゃん!?」

 

 遠心力を加えて投げられたかなたは羽を使って速度を落とす暇もなくその進路上にあった木に背中を激しく打ち付ける。

 打ち付けられた衝撃で肺の空気とともに苦悶の声を吐き出しそのまま崩れ落ちる。

 ラミィは咄嗟に叫び駆け寄ろうとする。が、脳が揺れて意識が朦朧としながらもラミィを見つめるアメジストの瞳と視線が交差して立ち止まる。まるで今やるべきことはそうじゃないと訴えているかのようなその瞳に、ラミィは駆けだそうとした足を止めて異形の悪魔へと振り返った。

 

 

「…分かってるよ。ラミィが今やるべきことは…!」

 

 掌を眼前にかざす。

 イメージする、望むのは刺し貫く氷の槍。

 

 

 

「貫いて、『氷魔槍(アイスランス)』!!!」

 

 詠唱を終え、撃ち出されるのは先ほどより多いグレシャーブルーの魔槍。元はかなたの攻撃の追撃用だったため現状での最適解ではなかったかもしれないが、手加減と温存という考えを取っ払ったその魔法は魔獣たちへ放ったそれとは段違いの密度とたしかな意志を伴って異形の悪魔へ迫る。

 

 異形の悪魔はそれを見ると右手のみだった凶刃を左手にも作り出し、氷の魔槍をその両腕で切り裂きはじめた。

 バキィンと氷が割られる音が暗い森の中に何度も空しく響き渡り、異形の悪魔の周りに氷の残骸が積み重なっていく。総計18回、それが、ラミィが『氷魔槍(アイスランス)』を撃ち終わるまでに聞こえた氷割の音の回数であった。

 

 

 

「…無傷だなんて…っ!」

 

 『氷魔槍(アイスランス)』によって発生した冷気で氷霧がわずかに立ち込める中、ラミィはそう悔し気に零す。

 おそらくこの魔獣の大量発生という事態を引き起こした元凶であり、今目の前でかなたを傷つけた張本人。手加減や油断など一切していないラミィの攻撃には確かに異形の悪魔に対しての敵意が籠っていた。

 そしてそれを、真正面から打ち砕かれた。

 

 まるで届かないと言わんばかりのその結果はラミィを自信喪失させるには十分で、それ故に異形の悪魔の接近にラミィは僅かに気づくのが遅れた。

 

 

 

「!っくう…!」

 

 悉くを両断する漆黒の双刃が両サイドからラミィを襲う。

 ラミィはほぼ無意識に『氷華盾(アイスシールド)』を展開。ぶつかり合ったふたつの技はもはや必然と言わんばかりの結果を示し、双刃が氷華を切り裂いた。

 しかしあくまでラミィの目的は防御ではなく回避のための時間稼ぎ。『氷魔槍(アイスランス)』が切り裂かれた時点でこの展開を予想していたラミィは盾がわずかに双刃を押し留めている間に足元に氷を生み出し、その勢いに乗って後方へのジャンプを行い異形の悪魔の攻撃範囲から脱した。

 

 だが当然これで終わりなわけがない。

 ラミィのジャンプ、その着地を狙いすました刃が振られる。それに対してラミィは失敗したと言わんばかりに顔を歪ませる。

 ジャンプを高くしすぎたのだ。凶刃から逃れることに必死だったラミィはそこに芽生えたかすかな恐怖心から生み出す氷の規模を自分が想像していたよりも大きくしすぎてしまった。心に巣くった恐怖心が、強みの精密な魔力操作をわずかに狂わせた。

 

 

 

「───あああああ!!!」

 

 凶刃がラミィを貫く、本人ですらそれを覚悟したそのコンマ数秒前、刹那の差で異形の悪魔の後方から飛来した存在がギリギリラミィを掴まえて凶刃の射程外まで連れ去った。

 予想だにしていなかった結果にラミィは困惑し、その表情のまま己を凶刃から連れ出してくれた正体を見つめる。

 

 

 

「かなたちゃん…」

 

「っへへ、ギリギリセーフ…」

 

「あ、ありがとう…ってかなたちゃん、血が!?」

 

「だいじょーぶ。かすり傷だよこんなの」

 

 慌てるラミィにかなたはそう笑いかけるがそんなわけがないと心の中でそう確信する。

 かなたは右の二の腕から手の甲にまでかけてバッサリと長い切り傷が刻み込まれていた。ドクドクと鮮やかな赤い血が溢れて学園制服を瞬く間に紅く染め上げる。見ただけで想像に難くないその痛々しさにしかしかなたは左手でそれを抑えるのみでおくびにも顔には出さない。

 

 かなたはラミィと共に異形の悪魔と距離をとりながら思考を続ける。

 ラミィにはああ言ったが、助け出すこと自体はできてもそれでも被害は甚大。よりにもよって利き腕の右腕を負傷、これではハルバードを持つことはできても振ることができない。先ほどの初撃の後隙のようにハイヒールを使うことができれば回復は可能だが、向かい合っているこの状況では果たしてアイツが使わせてくれるかどうか。まあおそらくは無理だろう。

 だがこの怪我を負った状況で戦い続ける方が土台無理な話だ。どこかでアイツを撒くか隙を作るかしないと。

 

 

 

「…?追撃、してこない…?」

 

 ラミィのそんな声にかなたはハッと異形の悪魔を見る。

 異形の悪魔はかなたを斬った右手の凶刃をじっと見つめ動く様子がない。

 おかしな話だ、想像の域を出ないがあの異形の悪魔は大量発生した魔獣たちとは違い意思が、そうでなくとも知能があるはずだ。それはかなたの攻撃への対処、そしてラミィのジャンプの隙を的確に狙ったことから予想できる。

 そしてそんな奴なら1人を負傷させて2人がかたまっているこの瞬間を見逃すはずがない。

 

 だが現実はどうだ。

 異形の悪魔はこちらを見ることすらせずに自身の右手を、正確には右手についたかなたの血を眺めている。

 感情は見えない。喜んでいるのか、あるいは苦しんでいるのか。

 異形の悪魔がその瞳に宿す感情が何なのか、2人には理解することも、窺い知ることもできない。

 

 しかしどうあれ奴が動いていないならチャンスだ。

 回復するにしても態勢を立て直すにしても、ここを逃してはいけない。

 ラミィとかなたが同時にそう結論を出し動き出そうとした、その瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───aaaaaAAAAAAAAA!!!!!」

 

 

 

 

 

 暴力的な漆黒の魔力の渦が、異形の悪魔を中心に吹き荒れた。

 

 

 

「ぐぅ…!」

 

「これ、声……!?」

 

 漆黒の風が、纏わりつくようにラミィとかなたを巻き込んで渦巻く。息苦しく、重苦しい。不快感を強制的に募らせるような重く暗い魔力。

 それにのって響く音は、何重にも負の感情を重ねたようなつらく、そしてどこか悲しい音色。

 それを目の前で聞いた2人は脳みそを無理矢理かき回されたかのように意識が遠のき立つことすらおぼつかず、手と膝を地面について息を吐き出す。

 

 

 

 いけない。

 魔力を有していることは知っていたがここまで近接戦だけだったくせにここにきて開放してくるなんて予想外もいいところだ。

 ヤツは特別な何かをしたわけではない。ただ魔力を解放しただけだ。それなのにこの重苦しさ。一体どれだけの負の意識が込められたものなのか想像すらしたくない。

 幸いと言うべきか自分は天使特有の聖の魔力である程度効果を抵抗(レジスト)できるが他はそうはいかない。かなたは隣のラミィに目を向ける。

 

 

 

「……ぅ、あ…」

 

「ラミィちゃん…!」

 

 意識は、ある。だがそれが身体まで追いついていない。

 焦点のあっていない瞳は虚空を見つめ、肌は白磁を通り越して病的なまでの白さになっている。

 それを見たかなたは即座に魔力を練りつつ思考を始める。どうにかして今は逃げないと、このままでは2人ともあの凶刃の餌食だ。

 

 

 

「…『祝福(ブレッシング)』」

 

 淡い光が2人を包み込む。すると、さっきまでの息苦しさが気持ち和らいだ。

 天使のみが使える聖属性魔法『祝福(ブレッシング)』。闇を祓い、祝福を与える魔法。天使の中でもまだ見習いの自分だがその効果は確かにあったようだ。

 

 動くようになった体を寄せ合いながらラミィと共に起こす。

 しかしマシにはなったとはいえ未だに周囲に渦巻く黒い魔力は健在だ。

 加えて、対面する異形の悪魔がすでにこちらを見据えている。

 

 

 

(ヤッバいなあ…これ。逃げ切れる…?)

 

 割と本格的な絶望的な状況にかなたは心の片隅に「諦め」の文字が浮かんでしまうくらいにはまいってしまっていた。

 当然諦めるつもりなど毛頭ない。だが自分自身は肉体的な負傷、そしてラミィはさっきの魔力によるダメージがまだ残っている。万全の状態ですら防御がギリギリだったのに今のままではその防御すらおぼつかない。

 

 

 

 ───いや、それでもやらなくちゃ。

 

 

 

 決めたんだ。助けるって、支えるって。

 ボクはどうなってもいい。でも絶対、彼女だけでも…!

 

 

 

 バチッと、雷光が走り銀の髪が軽く逆立つ。

 かなたの魔力の開放。

 自身を回復してる暇はない。必要なのは、アイツの隙を作ること、そしてラミィから意識を逸らすこと。

 

 

 

「轟け雷よ、『雷環の計(サークレットサンダー)』!!!」

 

 上空に魔法陣の展開、そして轟音とともにその魔法陣から円環状の雷が迸り異形の悪魔を縛り付け、放電(スパーク)する。それと同時に碌に力が入らない右腕を叱責してハルバードを握りしめた。

 倒すことは、きっと無理。でも、これでできるだけ時間を稼げれば…

 

 

 

「ラミィちゃんいって!ここはボクが…」

 

 己が身を切るかなたの作戦。しかしそのかなたの言葉は、最後まで紡ぐことはできなかった。

 

 その言葉は、音は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガアァァァン!!!

 

 

 

 

 

 突如二人の真下から響いた大地が砕かれる音に無慈悲に搔き消された。

 

 

 

「きゃあぁ!!!」

 

「うああぁぁ!!!」

 

 

 

 大地から這い出した刃が、衝撃波と伴ってラミィとかなたを襲った。大地の刃が足を裂き、腕を裂き、衝撃波が二人をもろとも吹き飛ばす。

 もう立ち上がる力すら奪われた2人はどうにか動かせる頭でこの元凶を見やる。

 そこには、自身の両腕を地面に突き刺せたままの異形の悪魔の姿。おそらくは地面に魔力を通してラミィとかなたの直下で爆散させたのだろう。その威力は見ての通りだ。

 

 普通に受ければ間違いなく致命傷の攻撃。異形の悪魔が放ったその魔法は2人の命を容易く刈り取れるほどのものだった。

 だがしかし

 

 

 

「…う……」

 

「……間に、あった………!」

 

 生きていた。2人とも。

 ボロボロで、立ち上がることすらできず、絶望的な状況でも。しかしそれでもまだ生きていた。

 

 

 

「ラミィ、ちゃん…?まさか…」

 

「…あはは、さっきのおかえし、ね…」

 

 ラミィの魔力感知能力。こんなギリギリの状況でも…いやだからこそ、ラミィは異形の悪魔の魔法の発動兆候を捉えていた。

 魔力の流れから地面からの攻撃と判断したラミィはすぐさま『大地氷結(アイスフロア)』を足元に可能な限り分厚く展開して衝撃を緩和させてみせた。

 

 どうにか命をつなぎとめた2人だったが、それでも死神の鎌は依然首にかけられたまま。

 そしてその死神の足音が、氷を踏み潰す音とともに徐々に2人に近づいてくる。

 

 

 

 いやだ、死にたくない。

 風前の灯火となったこの命、それでもなおかなたが願うことは生存だった。

 

 だってまだやらなきゃいけないことがある。

 やりたいことがある。

 

 神様からホロライブ学園入学の際に承った使命。

 そしてボクがこの学園に来てから芽生えた感情。

 

 まだそのどちらも成し遂げられていない。

 叶えられていない。

 

 辛いこともある、苦しいこともある。

 でもそれ以上に楽しくて、嬉しくて、輝かしいあの日々を大切な仲間たちとともに過ごしたい。

 

 

 

 異形の悪魔がその漆黒の双刃を振りかぶる。

 狙いは、ラミィとかなたの無防備に晒された首。

 2人は揃って自分の首を断ち切るであろうその凶刃を見つめる。

 

 

 

 

 

(いやだよ。こんなところで死にたくないよ)

 

 

 

 

 

「………助けてよ、悠くん…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──させるかああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 2人の目の前で、光が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で、光が弾けた。

 それはとても鮮烈で、それでいてとても暖かい、闇を通さない守護の光。

 その光を見た瞬間にラミィは我を忘れたかのように呼吸を忘れて、思考が止まり、視線がその光を生んだある人物へ固定された。

 

 彼の横顔が覗いた刹那、得も言われぬ安心感に包まれる。

 

 

 

 「あ、ここで死んじゃうんだ」と、ラミィは本気で命を落とすことを覚悟した。

 目の前まで迫った死を告げる凶刃にラミィは魔力を練ることも、身を捩り回避に動くこともできなかった。防がなきゃ、避けなきゃと頭では分かっていたのに、体が全く動いてくれなかった。

 

 偏に、恐怖が体を支配してしまっていたから。

 

 こわくて、怖くて、恐くて。

 

 ここはホロライブ学園じゃないし、仮想戦闘訓練室のような仮想空間でもない。

 致命傷を魔力ダメージに置換する安全装置(セーフティ)なんてものは存在しないし、この肉体は紛れもなく本物なんだ。

 傷つけば痛いし、致命傷を受けてしまえば本当に死んでしまう。

 

 足がすくんだし、手も震えた。

 それでも、隣で一緒に戦ってくれる仲間がいたから。ラミィを待っててくれる人たちがいたから、ここまで頑張ってこれた。侵食するかのように滲む恐怖という感情を押し殺して前を向くことができた。

 

 

 

 でも、この異形の悪魔は、そんなラミィの前を向こうとする心をどうしようもないほど徹底的に打ち砕いた。

 攻撃は通用しないし、防御は簡単に破ってくる。

 

 絶望というのはこういうことを言うのだろうと場違いながら冷静に思ってしまった。

 

 かなたちゃんと一緒に戦って、それでも手も足も出なくて。異形の悪魔の攻撃からかなたちゃんに守られて、そしてラミィも守って。

 でも結局は死の間際まで追い詰められた。

 

 そしてラミィは願ってしまった。

 「助けて」って。

 助けたいと思っていた彼に、またそう願ってしまったんだ。

 

 そう願ってしまった弱い自分にどうしようもなく腹が立った。

 でも同時に、やっぱりどうしようもなく嬉しかった。

 

 

 

 

 

「本当に、僕はいつも遅れてばかりだ」

 

 

 

 だって。

 

 

 

「でも、間に合った…!」

 

 

 

 だって。

 

 

 

「助けに、来たよ!!!」

 

 

 

 ラミィたちの希望()は、こんな絶望すらも塗り替えてくれるんだって。

 ラミィたちのことをたしかに想ってくれているんだって。

 そう、心の底から思えたのだから。




救世主到来。いざ、反撃の時。

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