ホロライブラバーズ『数多の星を照らす者』獲得ルート   作:468(ヨルハ)

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Part32 純白の少女⑫『燃え盛る瞋恚の焔』

 

 

 

 

 

「おにいちゃんって、おそらがすきなの?」

 

「ん…?」

 

 依頼を受けて訪れたガルナ村。そこで過ごした最初の夜。

 夕食を終えたのち少女たちの申し出によって後片付けを一任し、食休みと称して庭で満天の星空を眺めていると、隣に座りこんだ1人の少女が唐突にそう問いかけてきた。

 

 見上げていた星空から視線を隣に移してみるとそこにいたのは予想通りの純白の少女。

 星の光に照らされた腰に届きそうなほどの絹のような白の長髪は夜風に靡き、一点の曇りもなくこちらを見つめる神秘的な銀の瞳は好奇心に満ちていた。

 髪と同じく真白のワンピースを着て細い両腕で膝を抱え込んだ体育座りで殊更に小さく見えるその少女は、どこか気まぐれで訪れた小さな妖精(ピクシー)のよう。

 

 こちらが言葉を紡がないのを見ると少女───相良マシロは視線を外すことなく続ける。

 

 

 

「さっきから、ずっとみてたから…」

 

「…そうだね」

 

 悠はそれを聞くと視線をまた空に戻し、届くはずのない手を空に、そしてその奥の星へ伸ばした。

 

 

 

「うん、好きだよ。空もそうだけど、何より星が好きなんだ」

 

 悠にとって星は憧れであり、自分が目指したもの。

 いつだったかも覚えていない遥か過去、幼い自分のその瞳に焼き付けられた光景は確かに悠の生きる上での道標となっていた。

 再び瑠璃色の星の瞳をマシロに向けると小さく微笑む。

 

 

 

「星は遥か彼方から暗い夜を照らしてくれる。月や太陽よりもずっと遠い遠い場所にいても、あんなに光り輝いている。たとえどれだけ遠く離れていても、僕たちを見ていてくれる。見つけてくれる」

 

 だからこそ、そんな存在でありたいと思った。どれだけ遠く離れていようとも、誰かを照らし見守ることができる、そんな存在に。

 記憶に靄がかかったように全てが不透明で顔も思い出せないけど、それでもなお輝かしいと感じる、僕たちを助けてくれたあの人たちのように。

 

 そう語る悠の瞳は、憧憬と羨望が入り混じったように揺らぎ、しかしその次の瞬間にはいつもと変わらない人のいい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「…なんて、マシロちゃんにはちょっと難しかったかな」

 

「んん、よくわかんない…ックシュ」

 

 眉をひそめていたマシロがひとつくしゃみ。

 もう春とはいえ時間帯は夜、さらに言えば現在のマシロは薄手のワンピース1枚という格好である。であれば体が冷えてしまうのも当然だろう。

 

 

 

「風邪引いたら大変だし、そろそろ家の中に…って」

 

「…ここなら、あったかい」

 

 マシロのその行動に悠は体が動かせなかった。

 隣にいたマシロは唐突に動き出すと悠の懐に潜り込みすっぽりとその体を収めた。そのまま悠の両手を自身の体の前に回して固定。2人の体がぴったりとくっつきお互いの体温が伝わる。

 

 突然のその行動に悠がやや困惑した表情を浮かべていると、腕の中からこちらを見上げたマシロを目が合う。

 その表情自体は不動。しかし背中を悠に預けて前に回された腕を掴むその様子に悠は一種の諦めとともにマシロの体を支えた。

 

 銀の瞳にわずかに映ったのは、懇願と寂寥。

 触れた温かさに縋っているかのように。込み上げる寂しさを紛らわせているかのように。

 

 それを見て、悠はひとつの推測とともにどこか納得した表情を浮かべた。

 

 

 

 きっと、マシロも同じだったのかもしれない。

 悠がマシロを妹のようだと感じたように、マシロもまた悠のことをどこか兄のように、かなたたちを姉のように感じていたのかもしれない。

 

 そう思うことで、無意識に少しでも心にぽっかりと空いた穴を埋めようとしていたのかもしれない。

 

 

 

「…すこしだけ、だから」

 

「…わかったよ」

 

 悠は掴まれた方の腕はそのままに反対の腕をマシロの頭に乗せる。

 「ん…」とかすかに漏れた声を聞いて、軽く梳くだけでサラサラと流れる白髪に心地よさを感じつつゆっくりと頭を撫でる。

 

 

 

「明日は少し寂しくさせちゃうけど、大丈夫だよ」

 

 回した腕に少しだけ力が籠る。

 この子(マシロ)はここまでたくさんつらい思いをしてきた。両親を失い、望まぬ力を宿し、村のみんなから淘汰された。加えて、ようやく訪れかけた平穏に新たな脅威が迫った。

 

 それでも、この子は懸命に生きている。いろんなことを我慢して、今を生きている。

 

 ならば、それは必ず報われなければならない。これから先の人生は、この子にとって幸せなものでなければならない。

 

 その一助となるのが、僕たちの今の目的。

 為すべきことなんだ。

 

 

 

「この村を…マシロちゃんを脅かす脅威は、必ず僕たちが祓ってみせるから」

 

「…うん」

 

 空に輝く星を見上げ、少年は少女にそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………オ……ニイ……チャ…」

 

「…………………はっ…?」

 

 

 

 せめぎ合うふたつの力の境界線で、悠の青眼と異形の悪魔の銀眼が交差する。衝突した力の余波で生まれた風が悠の髪をなびかせ、露になった瞳がその心情を詳らかにした。

 

 困惑と驚愕、空虚と絶望。

 思考は混濁し、体が急速に冷えていくのを自覚する。

 

 

 

 待て、待って、待ってくれ。

 

 

 

 言葉を紡ごうとした口が閉じなくなった。

 

 練ろうとした魔力が霧散した。

 

 動かそうとした体が凍り付いた。

 

 

 

 世界が、その動きを止めた。

 

 

 

 ありえない、ありえていいはずがない。

 頭の中を駆け巡るのはそんな現実を受け止められない言葉ばかり。たどり着いた結論を己の脳が拒否している。

 

 守るべき光は討つべき闇へ、希望が絶望へと挿げ替わる。

 

 悠にとっては理不尽という言葉すら生ぬるい真実に、戦場という場で決して止めてはならない思考すら金縛りにでもあったかのように動かなくなった。

 脳が縛り上げられ、同じような言葉の羅列だけが延々と頭に響く。

 

 受け入れられるわけがなかった。

 だってあの子は、今までずっと辛い思いをしてきたのに。

 失って、虐げられて、色のない世界で生きてきて。これからの人生は絶対に報われなくちゃいけないのに。さんざん苦痛を味わったはずの少女が行きつく末が、これなのか。

 

 

 

 

 

「悠くん!!!」

 

 突如として悠の耳に響いたノエルの悲鳴にも似た叫び声。その刹那。

 

 

 

 ズブッ…

 

 

 

「…っあ…」

 

 熱い。

 最初に知覚した感覚はそれだった。

 

 左の脇腹、内側から溢れ出した熱がじわじわと広がっていく。意識外からの感覚に悠が我に返ってその発生源に目を移す。

 白と青、その二色で構成されていたはずのバリアジャケットがみるみるうちに紅に染まっていく。ひとつの斑点が滲んで広がっていくかのようなそれがいったい何なのか、分からないはずがなかった。

 そしてその中心地にあったのは光の反射すら許さない漆黒。鋭く、研ぎ澄まされた狂気の刃。

 ここまできてようやく、悠は己の現状を理解した。

 

 

 

「…ゴフッ……」

 

 目の前の異形の悪魔によって脇腹を貫かれていた。血がとめどなく流れ出し、体内から逆流したそれが口からも滲みだす。

 わずかに遅れて、焼けつくような激痛が襲った。

 

 

 

「悠くんっ!!!!!」

 

 つんざくような悲鳴が聞こえた。

 後ろを見てみると、そこには悲痛どころの騒ぎではない、まさに絶望を表すような顔をしたかなたの姿。まだ完全には回復しきっていないのか立ち上がれてはいないが、体の傷自体は大方塞がっているのを見て自分のことを棚に上げるが少しだけ安心した。

 

 しかし状況は一転悪い方へと加速している。

 ラミィはまだ気を失ったまま、かなたは復帰までまだ時間がかかる。ノエルはまだ重症というほどではないが疲労が見え始めているし、悠にいたってはこの有様だ。

 

 さらにはあの異形の悪魔の正体。

 不幸中の幸いと言うべきなのか異形の悪魔が発した言葉を聞きとれたのは悠だけだったため自動的にその正体に気付いたのも悠だけだろう。故にノエルたちが正体に気付いていない以上その戦意が途切れることはないだろうが、気付いた場合がどうなることか。あるいは気付かず倒せたとしても、その後に正体が割れればその心に深い傷を負いかねない。

 

 

 

「く…っそが…っ!!?」

 

 今ここにはいない黒幕に悪態を吐いた瞬間、異形の悪魔が悠を貫いていた右腕を引き抜かれる。

 引き抜かれた際にさらに血が溢れ出すが、悠がそれに反応する間もなく対の左腕で悠の首を掴んだ。

 

 

 

「ッ悠くんを…離せ!!」

 

 地を這うように重心を落として急接近したノエルが異形の悪魔の足首めがけてメイスを振るう。上半身を狙えば悠を盾に使われるかもしれないし、使われなくともあれだけ近くにいれば攻撃の余波だけで悠に被害が及びかねない。今の悠にはそれすら致命傷になりかねない。なんとか引きはがしてすぐに魔法で治癒しないと。

 

 

 

 そしてそんなノエルの思惑を嘲笑うかのように異形の悪魔は少女騎士を視界にとらえて動き出す。

 

 グッと少しだけ体を低くして跳躍。

 掴んだ悠をそのままにいとも容易くノエルの攻撃圏内から脱した異形の悪魔はノエルがメイスを空振らせたのを見るとその先鋭的なフォルムの足を叩きつけた。

 

 

 

「ぐっ…!!」

 

 どうにか左腕の籠手を相手の足の軌道上に滑り込ませてガードには成功したが、如何せん急なガードだったためまともに受けきれる体勢ではなくお構いなしに振り抜かれた足によって吹き飛ばされる。二度三度小石のように地を転がり視界の彼方まで飛ばされていった。

 異形の悪魔がそれを見やると視線を掴んだままの悠に移し、先ほど悠を貫いた黒爪を振りかぶる。

 

 振り下ろされれば間違いなく終わり。

 星宮悠という1人の人間はこの世から消え去ることは確実。

 

 

 

「やめてえええええ!!!!!」

 

 

 

 かなたがありったけで叫ぶ。

 しかし止まらない、止まるわけがない。それで止まるのなら事態はここまで深刻になってなどいない。

 風を切る音とともに異形の悪魔がその死神の鎌を振り下ろし悠を切り裂く、その寸前。

 

 

 

 

 

「…ごめん、マシロ」

 

 

 

 

 

 異形の悪魔にしか聞こえないほどの掠れるような小さな声に、今度は異形の悪魔が動きを止めた。

 振り下ろされた腕が寸でで止まる。異形の悪魔の銀眼が今一度悠の星の瞳とぶつかる。

 

 星の瞳に浮かぶ鮮やかな虹彩が、揺れていた。

 それは、気付けなかったことへの無力感。刃を向けてしまったことへの罪悪感。

 そして、もう元に戻すだけの力がないという己への憤怒。

 

 他の誰でもない、異形の悪魔(相良マシロ)へと向けられた切実で純粋な感情。

 

 

 

 

 

「───aaaaaAAAAA!!!!!」

 

 

 

 

 

 異形の悪魔が頭を押さえて漆黒の魔力が暴れ出す。

 頭に混ざりこんだ雑音(ノイズ)を振り払うようにその元凶たる悠を一切の力加減なしで投げ飛ばした。

 

 

 

 そして亜音速かと錯覚するほどの速度で投げ飛ばされた悠は体を襲うGを感じつつ確信した。

 分かる。いや、最初から分かっていた。

 ただ、認めたくなくて、心のどこかで否定したがっていただけで。

 

 この事件の一連のつながり。悠だからこそ知りえた真実。

 ほんのわずかにでも残っていた少女の意思と、それ故にあまりにも残酷すぎる未来の結末。

 

 たとえあの異形の悪魔を倒せようとも、そうでなくても。

 

 あの子は。

 

 マシロは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう助からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキィッと木々をへし折る音とともにようやく悠を襲っていた直線運動がその働きを終える。

 背後を見てみればそこにははずれの森の中でも一際大きい部類に入るであろう巨木。さすがにこの巨木をへし折るほどの速度は出ていなかったようで、などと場違いなことを考えながら悠はなんとも自嘲気味な笑顔を浮かべる。

 

 

 

「グ…カハッ…!」

 

 咳き込む声と吐き出される鮮血。

 まばらに散った紅が大地をわずかに染める。

 

 

 

 ───ひどいな、これは。

 

 

 

 致命傷には至らない。だがその一歩手前といったところだろう。

 全身に擦り傷、背中は先ほど木々をへし折った際に強打して裂傷、加えて一番重傷なのが今もなお血が止まっていない脇腹。背中側にまで貫通しており、おそらくは内臓もいくつかやられていることだろう。

 普通に考えて絶対安静、出血量も相まって治癒魔法が存在するこの世界でも珍しい入院も十分視野に入るレベルだ。無理に動こうとすれば傷が開いて失血死、そうでなくとも出血多量でなんらかの後遺症が残りかねない。

 

 

 

 ───それでも、まだ終われない。止まれない。

 

 

 

 悠は乱暴に口元の血を拭うととあるモニターを開く。

 映し出されたのはとある一室、ガルナ村を訪れたその日に設置しておいた『エリアサーチ』。

 それすなわち

 

 

 

『ほ、星宮さん!?どうされたんですかその傷は!?』

 

「…問題ありません。村長さん」

 

 ガルナ村の村長、相良クロナへとつなげる魔法である。

 

 

 

「村長さん、時間がないので簡潔に。村の様子は?」

 

『え、ええ…黒い霧がかかったり村のすぐ近くに獣が出たということではみな一様に家に避難しています。なにやら光の壁が村を覆っているようですが…もしや』

 

「僕の結界魔法です。もうしばらくは持ちますのでそのままに、絶対に外に出ないようにしてください」

 

 一先ずの懸念事項を確認して安堵する。

 しかし本題はそれじゃない。言い方は悪いがこの緊迫した状況下でそのためだけにわざわざ連絡したりしない。

 本題はここから、9割の推測を10割の確信へ変えるためのたったひとつの質問。

 

 

 

「あと、最後にひとつ伺います。…指名依頼って、ご存じですか?」

 

『は…?いったい何のことでしょう…?』

 

「…いえ、何でもありません。では、村長さんも家からは出ないように。また後程」

 

『え、ほしみ…』

 

 ヴンと、モニターが消滅する。

 それを見届けた悠は、叫びそうになる想いを抑えて大きく息を吐く。

 

 点在する事実という名のピース。一見バラバラのそれをひとつひとつ組み上げていく。

 傍から見ればすべてが不可解と言えるこの事件。目的も、犯人も、ただ事実だけを見ても何ひとつ明らかにならない。

 

 だが、そこに新しいピースを加えれば、この事件とは一見関係のなさそうな事実を足してみれば、そこには今まで全く見えなかったひとつなぎの真相が映し出される。

 それは吐き気を催すような過去からの因縁と憎悪。巡り巡って積み重なった負の連鎖。

 

 

 

 ───これで確定、か。

 

 

 

 左手に持ったストライクハートに力が籠る。

 おぼつかない脚を懸命に奮い立たせ、右手に再展開した片手長剣(ストライクセイバー)を杖代わりに体を起こす。

 

 まずはみんなの元へ戻る、そして異形の悪魔(マシロ)を止める。たとえ、その結果自分がどんな業を背負うことになっても。

 そう決意して駆けだそうとして

 

 

 

「おお、これは星宮さん。大丈夫ですか?」

 

 

 

 道端で知人を見つけたかのような、そんなありふれた声だった。しかしそれは悠にとっては背筋を逆撫でるような、不気味な声にしか聞こえなかった。

 刃を突き付けられるような恐怖ではない。怨敵が現れたような怒りではない。それはまるで、泥を被った無法者を見た時のような、正体がつかめない異様な不気味さ。

 これを聞いたのがあの秘密結社5人組であればピンときて大声をあげたことだろう。

 

 

 

「…ジェイルさん」

 

「そんな怪我を放置していれば体に障ります。どうぞこちら…」

 

 振り返って見てみればそこにいたのは1人の老人。古ぼけた衣装をまとい、皺の入った顔には心配の色が垣間見える。

 傍から見れば怪我をした悠に向かって手を差し出すどこにでもいる優しそうな老人。しかしそんな彼の言葉は最後まで紡がれなかった。

 

 

 

「…ど、どうしましたかな。そんな物騒なものを向けて…」

 

「………」

 

 闇に仄かに照らされる瑠璃色の魔力刃。この戦いだけで数多の魔獣を屠った近接兵装『ストライクセイバー』。

 その切先をジェイルへ向けて、悠はその瞳に燃え盛る瞋恚の焔を宿していた。




ご読了ありがとうございました!
ちなみに『瞋恚』とは怒りや恨みなどの憎悪の感情を意味しています。
魔獣たちが闊歩する中で堂々と何事もないかのように平然と接するジェイル、もはやわざとやってんだろと。
あ、ちなみに今回割とストーリーに深いところに関わる伏線を張ったつもりなのでいつか回収されることをお楽しみいただけたらと思います。



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