ホロライブラバーズ『数多の星を照らす者』獲得ルート   作:468(ヨルハ)

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無事投稿です。
話した通り今話で純白の少女編完結です!
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます!

これからも物語は続きますがひとまずの区切りということで、お楽しみいただければ幸いです。

あと、章完結と言うことでお気に入り、感想、評価ほしいな。チラッ。





それでは本編へどうぞ。


Part36 純白の少女⑯『星は少女に誓う』

 

 

 

 

 

 天へと昇る光の柱は、まるで夜空への架け橋。煌めく星々を繋ぐ道標のようだった。

 

 そんな昇り橋はその端から残光を揺らめかせて緩やかに収束する。瑠璃の光を以って森を照らしたそれは、相対していた漆黒の砲撃を打ち消し、散らし、気付けば周囲を呑み込む力の奔流はつゆと消えていた。

 

 

 

「きれい…」

 

「すごい…!」

 

 それを間近で見ていた少女たちは思わず声を漏らす。

 

 押し寄せていた真黒の奔流、ラミィの全力の『氷華盾(アイスシールド)』をものの数秒で決壊寸前まで追い込んだ異形の悪魔(マシロ)の『黒虚閃(リヒト・シュヴァルツ)』は決して少なくない恐怖を刻み込んでいた。

 

 それをチリも残さず打ち消した光の奔流は、まさに闇を照らす一番星であり希望の象徴、反撃への序曲(オーバーチュア)

 

 

 

 そして、光が収束したその先には1人の少年がいた。

 

 

 

 ボロボロで紅に染まった『バリアジャケット』は一新されており、その装いが露になる。

 変わらず白と青で構成されてはいるが、より強固に、より堅牢に、フルドライブの最大出力に耐えうるように再設計されたソレは硬質装甲の増加に青い宝石の形をした魔力を制御するための『魔力制御ジェネレーター』が各所に取り付けられており、従来のものより重いながらも洗練さを感じさせる。

 

 そしてその手に握られたインテリジェントデバイス『ストライクハート』もまた形態の変化が見られた。

 

 形だけを見れば砲撃形態(バスターカノンモード)に近い。砲口を思わせる切先に射撃姿勢を安定させるためのサブグリップ。しかし今のストライクハートはそれよりもさらに先鋭的に、そして高速機動に対応してシャープな形に置き換えられており、あえて名称で表すなら銃槍といったところか。

 

 

 

最終形態(フルドライブ)、『エクセリオンモード』」

 

「満を持して、登場です!」

 

 閉じていた瞳が開かれる。

 満ちる瑠璃色の魔力に照らされて、より輝きを増した星の瞳が静かに、たしかな意志をもって対面する異形の悪魔(マシロ)を見つめる。

 

 

 

「さあ、終わらせよう。悲しみも、苦しみも…今、ここで!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───わたしは…ここは、どこ……?

 

 暗い、昏い、右も左も分からない暗闇の中、1人の少女がまどろみから目を覚ます。

 

 絹を思わせる純白の長髪に虹色の虹彩を放つ神秘的な銀眼、素朴なワンピースを身に纏った純白の少女───相良マシロは、しかしそんな自分の姿を認識できないでいた。

 

 いや、決して自分の身体がなくなってしまったわけじゃない。視線を動かしてみれば暗闇の中でも視界が動く感覚はあるし、手や足を動かそうとして見れば()()()()()()()()という感覚もある。

 

 しかし、いざその眼で自分の体を見ようとして見ても何も映らない。視界の目の前で手をグーパーと動かそうとしてみても、まるで自分が暗闇の一部になったかのように映るのは黒だけ。

 

 

 

 途端に、不安になった。

 

 

 

───おにいちゃん、おねえちゃん。

 

 体を丸めてうずくまる。無論体はマシロには見えないのでそういうふうにしているという感覚なだけなのだが、不安を紛らわせる方法が他に思い浮かばなかったが故である。

 

 思い出せない。

 ここにいたるまでの経緯が。最後に覚えているのは、悠たちを見送って、ジェイルと家の中に入ろうとしたところまで。そこから先が、まるで記憶が抜け落ちたかのようにスッパリ消えている。ただ、その時に向けてくれたジェイルの笑顔が、ちょっとだけ怖かったのは記憶に新しい。

 

 楽しい一日になると思っていた。

 起きたら隣でかなたがよだれを垂らしそうな顔で眠っており、クスッと笑ってしまった。そして反対側にいたはずの悠がいなくて探し回り、そして空を自由に飛び回る青い星を見つけた。夢中になって見ていたらノエルやラミィが声をかけてくれて、一緒に眺めた。

 星が降りてきたと思ったらそれは悠で、一緒に空を飛ぶ約束をした。ご飯を一緒に作って、みんなで食べた。

 

 1人じゃないんだって、そう思えた。

 

 あたたかくて、色鮮やかで。

 こんな日々がずっと続いてほしいって、そう願って。

 

 そんな矢先に起こった、この現状。

 不安になったし、助けてほしいとも思ってしまった。

 悠、ラミィ、かなた、ノエル。みんなの顔を思い浮かべて、少しだけ心が晴れる。

 

 

 

 すると、突然視界が移り変わる。

 突然の事態に訳が分からなくなっていると、マシロの視界に、薄暗い森が映し出された。

 

 覚えている。これははずれの森、マシロたちの家からはやや離れてはいるが、間違いはない。

 

 

 

───えっ。

 

 目に移った光景に、声を失った。

 

 ラミィに支えられているかなたが怪我をしている。いや、怪我なんて言葉で済ませていいレベルじゃない。学園制服はボロボロで、土を被っている。強く打ち付けたのか、のぞく背中には打撲痕。

 そして何より、申し訳程度に左手で抑えられている右腕全体に走った大きな切り傷。血が未だに止まっておらず、服と大地を赤で染め上げている。顔色は血の気が引いており、すぐに治療しないといけないのがすぐに分かる。

 

 それを見て叫びながら近づこうとして、そして

 

 

 

 右手に流れる温かい液体の感覚に気が付いた。

 

 

 

 見てはいけない。本能的に分かっていても、それでもマシロは見てしまった。

 

 自分のものとは思えない黒く尖った五指に、真っ赤な液体が、流れていた。

 

 

 

───あっ。

 

 意識が、途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びの覚醒。

 景色は変わらずはずれの森の中。弾ける閃光がわずかに森を照らしている。

 

 

 

───もう、何も見たくない。

 

 マシロの瞳から光が消える。視界を無理矢理閉じる。

 それは、少女が背負うにはあまりにも重い自責と後悔の念。想像と憶測でしかないが、確信する。

 

 かなたを傷つけたのは、自分(マシロ)なのだと。

 

 今見ている光景が、夢なのか現実なのかはもうマシロには判別がつかない。むしろどうでもいいとすら思った。無論夢なら早く覚めてほしいが、もし現実だったらもう目も当てられない。下手にどっちか分かってしまうくらいなら、ずっとこの暗闇の中にいたい。

 

 『悪魔の子』である自分には、お似合いの場所だろう。

 

 胸の内に燻るモヤモヤが晴れない。何が原因とか、なんでこうなったとか、いろいろと頭には浮かぶが、全てが泡沫となって消えていく。思考が混濁の中へと低迷していく。

 

 

 

 もう、どうだっていいか。

 

 そう思考を放棄しようとした瞬間、声が聞こえてきた。

 

 

 

「いくよストライクハート!!!」

 

「っはい!!!」

 

 それは、無意識に兄のように慕っていた少年の声。強く、猛々しく、強い意志の乗った声。そんなマシロの冷めた心を叩くように響いた声に、少女は呼応した。

 

 

 

───おにい、ちゃん!

 

 それは、わずかに芽生えた希望。助けてくれるかもしれないという期待。縋るように込められた思いは、たしかに「未来を生きたい」という少女の夢そのものだった。

 

 閉じていた眼を見開く。たとえ暗闇の中でも彼なら、悠なら、光で照らしてくれるかもしれないと、その手で自分を引っ張り上げてくれるかもしれないと。そう信じて、信じたくて、前を向いたマシロの瞳に。

 

 

 

 腹部を貫かれて茫然とこちらを見つめる悠の姿があった。

 同時に、右手に感じる先ほどと同じ、そして先ほどより明確な熱と感触。

 

 

 

───いや、いや、いや…!

 

 思考が止まる。いや、途切れる。何も考えられない。光が闇に呑まれていくかのような絶望。クリアなはずの視界がみるみるうちに歪んでいく。

 

 もういやだ、こんな光景を見るのも、みんなが傷ついていくのも、自分という存在自体が、どうしようもなく嫌になる。わたしがいるから、みんなが傷ついていく。

 

 おねがい、だれかわたしを

 

 

 

───こわして。

 

 

 

 

 

 …たすけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リロード完了」

 

「エクセリオンモード専用大口径カートリッジ。弾倉残り6発です」

 

「了解」

 

 空になった弾倉を入れ替える。新しくつけられたのは最終形態(エクセリオンモード)でのみ使える大口径カートリッジ。内包する圧縮魔力は通常の倍は下らない。そこから放たれる魔法の威力は想像に難くないだろう。

 

 悠はゆらりとストライクハートを構え、切先を異形の悪魔(マシロ)へ向ける。

 短い呼吸音。

 

 

 

「ロードカートリッジ!」

 

「Load Cartridge.」

 

 吐き出される空薬莢。瞬間、あふれ出した魔力に三人は思わず目を細める。中でも一番驚いたのは、この中の誰よりも長く一緒に戦ってきたラミィだった。

 

 

 

「カートリッジ一発でこの魔力量、今までの比じゃない…!」

 

 悠の奥の手である『エクセリオンモード』、この形態の真骨頂は「魔力出力量の上昇」と「術者の能力強化」にある。

 

 そもそもストライクハートには術者の負荷を軽減するための安全装置(セーフティ)が取り付けられている。これは要するに瞬間的な魔力出力量をデバイス側で制限することで使用魔力による反動を軽減するためのもので、これがあるからこそ今まで悠はお構いなしに自身の限界まで魔力やカートリッジを使うことができた。

 

 そして現在の『エクセリオンモード』では、この安全装置(セーフティ)が限界までカットされている。

 それにより使用魔力の上限解放とともに速度をはじめとする術者の各性能を最大限引き上げることができるが、術者とデバイスの負荷はこれまでの形態の比ではなく、同時に戦闘可能時間も大きく制限されてしまう。

 

 故に、奥の手。故に、これは悠の命を削る諸刃の剣でもある。

 

 

 

 だが、これによって強化される戦闘能力もまた、これまでの比ではない。

 

 

 

「アクセルシューター…シュート!!!」

 

 魔力球が生成され、瞬く間に撃ち出される。

 その数、32個。

 

 通常時の数が20個と考えればその強化具合がうかがえるだろう。しかし当然ながら20個でギリギリ制御できた誘導弾。それがプラス12個となれば悠1人では到底そのすべてを制御することなどできない。

 

 そう、()1()()では。

 

 

 

「ストライクハート、半分頼んだ。狙いは任せる」

 

「了解です、マスター!」

 

 星が降り注ぐ。

 

 撃ち出された魔力球はひとつ残らずわずかなタイムラグを経て異形の悪魔(マシロ)へ殺到する。包囲網を敷くような全方位攻撃、異形の悪魔(マシロ)は避けられないと見るや両腕を漆黒の凶刃へと変形させると迎撃に走る。

 

 弾ける光と煙、全方位から迫る光弾に必然的に異形の悪魔(マシロ)は足を止めての迎撃になる。

 

 

 

「つかまえ…た!」

 

 全ての魔力球を叩き落とし、光と煙で覆い隠された異形の悪魔(マシロ)を背後から超加速で飛来したかなたが捕まえた。首に腕を回し、離れないという強い意志とともに天使の羽を羽ばたかせる。

 

 

 

「あの驚異的なまでの読み。あれは『未来視』の魔眼があってこそ。なら、物理的に視界を塞げばその読みはできないよね!…って、うわわわ!!!」

 

「かなたちゃん!」

 

 かなたの仮説は当たっていた。

 異形の悪魔(マシロ)の唯一にして最大の武器は間違いなく『未来視』の魔眼。これがあるからこそあの驚異的な読みが成立し、『魔鉱石』によって変質した肉体が最大限の力を発揮する。逆に言えば、その魔眼さえ封じてしまえば有効打を通すことは十分に可能。

 

 しかし誤算というべきは『魔鉱石』によって変質した肉体が質量にも影響していたという点。

 

 持ち上げようとして想像をはるかに超える重量に驚愕したかなたは振りほどかんと暴れ出した異形の悪魔(マシロ)にしがみついたまま暴れ牛(ロデオ)よろしく振り回される。

 

 

 

「離すもんかって…っうわぁ!?」

 

「っと、キャーッチ!」

 

 必死にしがみつくも健闘空しく弾き飛ばされるかなた。最初に相対したときの二の舞のように再び大木に激突しそうになったが、その直前で進路に滑り込むように間に立ったノエルによるギリギリのキャッチで事なきを得た。

 

 

 

「うへ~、ありがとうございますノエル先輩」

 

「仕切り直し、だね…」

 

 見てみればそこにはすでにしっかりと体勢を立て直して4人を見れる位置に陣取っている異形の悪魔(マシロ)の姿。分かっていたことではあるがこちらも4人揃ったとはいえやはり一筋縄で通用する相手ではない。

 

 わずかな膠着状態、ラミィはふと気になったことを悠に問いかけた。

 

 

 

「悠くん、あの光の輪で捕縛する魔法は?」

 

「『レストリクトロック』…もう何回かは試してるんだけど、発動の兆候を見せたらすぐに指定区域外まで逃げられる。完全に見られていない状況か、接触した状態で発動しないと効かないだろうね…」

 

 『レストリクトロック』

 

 悠の十八番(おはこ)で、発動から完成までに指定区域内に脱出できなかった対象全てを光の輪で拘束する捕縛魔法。

 

 本来であれば前述のとおり効果範囲を指定して発動まで時間を要する魔法。『未来視』を持つ異形の悪魔(マシロ)に見られている状況では当たるべくもないが、悠は魔法のバリエーションの強化の過程で、拘束したい相手と接触状態であれば無時間(ノータイム)での発動を可能にしている。

 

 もし接触状態にまで持っていければ間違いなく発動は可能。そして、この魔法の強度はかなたとココですらすぐには破壊できないほど。いくら異形の悪魔(マシロ)であっても少なくとも数秒は動きを止められる。

 

 

 

「そう…じゃあ、悠くんが接触できればいけるんだね」

 

「…!…援護、できる?」

 

 悠はラミィの目を見てそう問う。これはラミィの実力を疑っているわけではない。問題なのは、純粋にラミィの残存魔力量だ。

 

 ラミィは戦闘が始まってからここまでほぼノンストップで魔法を発動し続けている。途中で多少魔力を補う時間があったとはいえさすがにもう底が尽きかねない時間帯だ。故に、ラミィの魔法によるアタックはどうしたって慎重にならざるを得ない。

 

 

 

「…大丈夫!ここまで悠くんたちが時間を稼いでる間に少しは溜められた。大技と小技が1発ずつ。ギリギリいける!」

 

「…よし、それじゃあいこうか!」

 

 ラミィはまっすぐ悠の星の瞳を見返す。悠がそれに頷くとストライクハートを握りしめ『アクセルフィン』を展開し異形の悪魔(マシロ)に向かって飛翔した。それに合わせてラミィも魔力を練る。

 

 発動タイミングはシビア、そして失敗は許されない。必要なのは、異形の悪魔(マシロ)の視線がこちらに向いていない時、そして、悠と異形の悪魔(マシロ)の間に障害物がないタイミング。

 

 当然ながらそんなタイミングを受動的に待つなんてしている暇はない。既に悠が最終形態(エクセリオンモード)になってから1分が経過している。残り2分弱、焦りは禁物だが、悠長に構えている時間はない。

 

 隙が無いなら作り出せ、それが1人でできないなら、仲間に頼ればいい。

 

 

 

「かなたちゃん!一緒に魔法で包囲、いける!?」

 

「うん、後1発、どうにか振り絞る!」

 

 悠はこちらが動きやすいように異形の悪魔(マシロ)が悠と自分たちを同時に視界に入れないような立ち回りをしてくれている。超速で常に死角に入り込み、異形の悪魔(マシロ)の首を常に動かす。

 

 ラミィとかなたの魔力はギリギリ、しばらく反撃がないと判断すれば必ずこちらから視線を外すタイミングが来る。

 狙うは、そこだ。

 

 

 

「さあて、今はこっちと遊んでもらおうかな!」

 

「団長のことも忘れてもらっちゃ困るよ~!」

 

 異形の悪魔(マシロ)を挟み込むように悠と、そしてノエルが一瞬のアイコンタクトから同時に迫る。

 

 倒す必要はない。元より視認されている状況での有効打はほぼ決まらないということはお互いに自負している。故に求められるのはヘイト買い、要は囮役だ。

 

 圧倒的な空中機動で翻弄する悠と、ガードもろとも吹き飛ばしにかかる超パワーのノエル。強みが違う2人からの同時攻撃、しかし異形の悪魔(マシロ)は2人を視認するとその銀眼を煌めかせて動き出した。

 

 

 

「………!」

 

「っと!」

 

 先手は悠。強化された全能力を集約してのストライクハートでの突きは亜音速と錯覚するレベル、しかも突きという攻撃は攻撃のポイントが文字通り点である。受け手の防御の難易度は相当に高い。

 

 しかし異形の悪魔(マシロ)はその超速の突きを事前に展開した『ラウンドシールド』で受け止め、その防御が割られる前に五指で掴もうとするが悠はこれを『フラッシュムーブ』で回避。あくまで悠の目的は時間を稼いで隙を作ること。前掛かりになる必要はない。

 

 そしてその真後ろから追撃をかけるのはメイスを天空に掲げたノエル。異形の悪魔(マシロ)が悠に気をとられている内に視認できるほどの魔力を纏わせて異形の悪魔(マシロ)…ではなくその眼前の地面にメイスを叩きつけた。

 

 

 

 『大地砕破(アースインパクト)

 

 大地を砕く音が鳴り響く。

 

 発生した衝撃波とともに砂塵が舞い、視界が制限される。悠とノエルで作り出した絶好のチャンス。しかし制限されたのはあくまで視界だけ、砂塵の範囲は決して広くなく少し動けば容易に脱出ができる。

 

 なればこそ、ここで止めることができればそれは一転して絶好のチャンスになり得る。

 

 

 

「かなたちゃん!ラミィちゃん!」

 

 ノエルが2人を呼ぶ。お膳立てはしっかりとしてもらった。なら、ここでしっかり決めなければ、悠とノエルの頑張りに報いることなどできない。

 

 

 

「轟け雷よ、『雷環の計(サークレットサンダー)』!!!」

 

「凍れ、『大地氷結(アイスフロア)』!!!」

 

 天に轟く円環状の雷が、視界を確保しようと動いた異形の悪魔(マシロ)に触れ放電(スパーク)する。視界が封じられた状況での雷撃、それ自体に大きな威力はないものの確実に足を止め、次へつなげるための一手。

 

 そして、続くように押し寄せた氷の波が異形の悪魔(マシロ)の足を絡めとった。脱出しようともがくように体を動かすが、一度動きを封じれば外からの衝撃がない限りその強固さは悠の『レストリクトロック』にも匹敵しうる。

 

 

 

 だがここでは終わらない。

 ノエルが作った砂埃はもう晴れており、その銀眼がすでにまっすぐラミィとかなたを捉えている。『未来視』に加えて『ラウンドシールド』を使える以上足を数秒止めたところで悠がゼロ距離まで詰めるのは至難の業。

 

 故に、もう一段の罠。

 

 

 

「聳え立て、『氷絶壁(アイスウォール)』!!!」

 

 

 

 ギャギャギャッ!!!

 

 

 

 ラミィが『大地氷結(アイスフロア)』の際に地面につけた手をそのままにさらに唱える。

 刹那、耳鳴りがしそうな音を奏でてラミィからまっすぐに20メートルの高さはあろう氷の壁が這い上がった。それは瞬く間に悠と異形の悪魔(マシロ)を分断し、その姿を隠す。

 

 

 

「悠くん!!」

 

「…了…解!!!」

 

 悠はそれを見て驚きとともにフッと小さく笑みをこぼす。

 予想以上、想定以上、そんな言葉で言い表すこともバカみたいに思えるほどの連携、そして信頼。彼女たちは決して守られるだけの存在ではなく、ともに苦難に立ち向かう仲間なのだと己が身で証明してみせた。

 

 ああ、本当に…掛け値なしでこれ以上ないくらいの最高の仲間たち。

 己の全てを賭すに足る、大切な人たちだ。

 

 

 

 だからこそ、敗けられない。

 悠は『魔力感知』で異形の悪魔(マシロ)の居場所を把握すると、最短距離でラミィが作り出した『氷絶壁(アイスウォール)』へ突撃を仕掛けた。掌を前に、魔法陣を展開、わずかな呼吸の後、それは撃ち出される。

 

 

 

「クロススマッシャー!!!」

 

 バカンッ!と音を鳴らして閃光が分厚い氷の壁の一角を砕いた。砕け散った氷の破片がキラキラと舞い、その奥に異形の悪魔(マシロ)を見据える。

 

 

 

「これなら、間に合う!」

 

 異形の悪魔(マシロ)は悠を見ていない。視えていないし直前まで姿を隠していた以上『未来視』は発動しない。視えてないなら壁を挟んでの『レストリクトロック』も考えたが、『大地氷結(アイスフロア)』を砕いて脱出を図る時間を考えると決まるかは確定じゃないと判断し却下。このまま決めると速度を落とさず直進しその手を異形の悪魔(マシロ)へ伸ばす。

 そして伸ばした左手が異形の悪魔(マシロ)へ触れる、その寸前

 

 

 

 グルン、とラミィたちを見ていたはずの異形の悪魔(マシロ)が視線をこちらへ向けた。

 

 

 

「なん、で…!」

 

 出てきた言葉を呑み込み、納得した。

 

 氷の破片だ。

 

 『未来視』の魔眼は未来を視る。その対象は、決して人に限るものではない。目に捉えられる物、つまりは先ほど異形の悪魔(マシロ)が目を向けていたラミィ、そして彼女が作り出した『氷絶壁(アイスウォール)』をはじめとする物体の未来すらも、あの魔眼は見通すことができる。

 

 だがそれが分かっても止まれない、止まるわけにはいかない。

 ラミィとかなたの魔力は今のでもう底を尽きた。悠の制限時間も既に残り1分近い。この制限時間で2人の援護なしで再び異形の悪魔(マシロ)を捉えるのはもう不可能に近い。

 

 だから、ここで絶対に決めなくちゃ。

 悠は必死に手を伸ばす。魔力を込めて飛翔する。届け、間に合えと、そう祈りながら。

 

 

 

 瞬間、周りの景色がスローモーションになる。思考だけが、加速していく。そんな光景を不思議に思う間もなく、現実はコマ送りのように、しかし確実に進む。

 

 異形の悪魔(マシロ)が身体を戻すと同時に右の手を振りかぶる。そのまま悠の手をたたき切るつもりだろう。

 回避、無理だ。既に止まれないほどの勢いだし、ここで止めてしまえばそのまま脱出される。

 なら防御、これもダメだ。最終形態(エクセリオンモード)で強化された今なら受けきれるだろうが、結局は悠の進行方向に展開しなくちゃいけない以上次の手に繋がらない。次の手を打つ頃には逃げられて終わる。勝つためには、ここは引けない。

 

(くそ…!なにか…方法は……!)

 

 

 

 

 

「───やらせるかあああ!!」

 

 悠を現実に引き戻す覇気を込めた咆哮が響くと同時に、白翼の天使が身の丈を大きく超える槍斧(ハルバート)を振りかざしてこちらに向かって全力で飛翔してきていた。

 

 全力全開、後のことなんて考えていない。最後の最後、もはや搾りかすほどしか残っていなかった魔力を全て羽にかき集めての突貫はまさに刹那のタイミングで2人の元に辿り着いた。

 

 

 

 甲高い衝撃音。

 

 激しい火花を散らし銀のハルバードと漆黒の凶刃がぶつかり、弾き飛ばされる。

 

 

 

「かな、た…」

 

「あとお願い、悠くん…!」

 

 もう全部の力を使い果たしたかのように突撃した勢いのまま倒れ伏したかなたがそう笑いかける。

 正直に言って、かなたはこの結果が予想できたわけではなかった。ただ、止まったままではいられなくて、少しでも、悠の力になりたくて。気付けば取り落していたハルバードを掴んで突撃を敢行していた。

 

 結果としては正解だったかなと内心でそう思って、それでも魔力切れでもう動けない自分の体を見て少し悔しくなって。

 でも、繋ぐことができた。

 

 あとは、みんなが上手くやってくれる。

 

 

 

「っ最高だよ、かなた!!!」

 

 あと一歩、その差を埋めてくれたかなたに悠は最上級の感謝をしつつ。

 そして、その左手がとうとう異形の悪魔(マシロ)に届いた。

 

 

 

「レストリクトロック!!!」

 

 魔力を込め、そう唱える。

 

 返しの刃で悠を切り裂こうとした異形の悪魔(マシロ)が幾重もの光の輪に雁字搦めにされる。腕、足、首と、もはや捕縛されていない部位がないのではと言わんばかりの強固な捕縛。

 

 しかしそれでも、異形の悪魔(マシロ)は動き出す。

 ギリギリと音を鳴らし拘束を解きにかかる。徐々に、しかしたしかに光の輪にヒビが入り始める。

 

 当然だ。異形の悪魔(マシロ)はあのかなたを簡単に振りほどいた。膂力は間違いなく互角以上、いくら強固にしようと時間をかければじきに破られるのは自明の理。

 

 だが、時間が稼げればいい。異形の悪魔(マシロ)が動けない時間を作り出せれば、目標は達成できる。

 

 残り、30秒。

 

 

 

「…ノエル先輩!」

 

「…ゴメンねマシロちゃん。ちょっと痛いかもだけど、我慢して!」

 

 颯爽と、月光に煌めく銀髪を揺らめかせて少女騎士が飛び込む。

 

 下段に構えられたここまでの戦いで傷付き、ボロボロになったメイス。彼女の魔力光である白銀の光を纏って放たれるそれは乾坤一擲を賭した一振り。

 

 

 

「白亜の鉄槌!!!」

 

 

 

 吸い込まれるように異形の悪魔(マシロ)の腹部めがけて繰り出された一撃は、寸前で展開された1枚の『ラウンドシールド』をまるで角砂糖のように粉々に砕き異形の悪魔(マシロ)をはるか彼方の天空へ打ち上げた。

 異形の悪魔(マシロ)に飛行能力は持ち合わせていない。すなわち、はるか上空に打ち上げられたこの状況(シチュエーション)こそが、唯一未来視を鑑みずに必中の一撃を放つことができる最後の瞬間。

 

 

 

「いって悠くん!!」

 

「お願い、マシロちゃんを!!」

 

「解放して…ううん、助けて!!」

 

「………っ!!」

 

 分かっていた。ラミィも、かなたも、ノエルも、そして悠も。その選択が何を意味するか。悠にどんな業を背負わせることになるか。

 

 他に出来る人がいなかったから、悠がその選択を望んだから。理由なんていくらでも出てくるけれど、そんなことはただの言い訳にしかならなくて。

 分かっていたし、理解もしていた。それゆえに3人は悔しさと情けなさで涙を浮かべながらも、それでもなお悠から目を逸らすことはなかった。

 

 悠を1人きりにしないために。決して1人でその業を背負わせはしないと伝えるために。

 

 悠がその意図を読み取れたのかは定かではない。

 それでも、悠は自分を見つめて呼びかける3人を見て、わずかに頬がほころばせた。

 

 

 

「…ストライクハート!ここで決めるぞ!!!」

 

「ACS Stand by.」

 

 カートリッジロード、ストライクハートから吐き出されたふたつのカートリッジが落ちる音とともに、足元に瑠璃色の魔法陣。そして、星の光を束ねた、光の翼が顕現する。

 

 切先が異形の悪魔(マシロ)へ向けられたストライクハート、その両側面に四対八枚の光の翼が現れた。

 膨大な魔力を秘めたそれらは互いに共鳴し、呼応し、抑えきれない魔力が嵐となって悠の周囲を駆け巡る。

 

 

 

「終わらせてみせる。悲しみも、苦しみも…!僕は、そのためにここにいるんだ!!!」

 

「Strike Frame.」

 

 開かれた砲口、そこから瑠璃を超えた大海を思わせる濃青色の細長い魔力刃が展開された。

 それは、半実体化した超高密度の魔力によって形成された打撃機構『ストライクフレーム』。どれだけ堅牢だろうとも、撃ち貫く。ただそれだけを追い求めた魔法。

 

 

 

「エクセリオンバスター・ACS!ドライブ!!!」

 

 光の翼を纏って、少年は夜空へ飛び立つ。光の軌跡を残して空を駆けるその様は、まさに彼自身が流星になったかのよう。

 

 『アクセルフィン』に加えてストライクハートに展開された4対の光の翼による加速機構。それらをかけ合わさった速度はほんの一瞬だが、音すらも超える。

 

 疑似的に光速へと至った悠が瞬く間に異形の悪魔(マシロ)の元までたどり着く。それに対して異形の悪魔(マシロ)は空中では回避が不可能と判断してか、漆黒の『ラウンドシールド』を悠の眼前に多数展開する。

 

 その数、5枚。

 

 1枚でもその硬さは堅牢と言える。これだけの多重展開はそれだけ悠の攻撃を警戒した証拠だ。しかし、悠はそれを見て苛立つでもなく、悲観するでもなく、ただ真っすぐに異形の悪魔(マシロ)を見つめていた。

 

 

 

「貫け…!!」

 

 悠の展開した『ストライクフレーム』と異形の悪魔(マシロ)の『ラウンドシールド』が衝突音とともに激突する。

 

 今度は、拮抗すら起こらなかった。

 

 

 

 バキンッ!と脆い音を立てて漆黒の『ラウンドシールド』が砕かれる。さらにそこで勢いは止まらず、続けざまに2枚目、3枚目と立て続けに濃青色の魔力刃が黒の盾を貫き異形の悪魔(マシロ)へ突き進んでいく。

 

 だが4枚目、そこでわずかに悠に勢いが落ちる。バチバチと実体化した魔力同士特有の音を響かせて拮抗を始める。

 

 

 

「ここで…止まれるか…!!!」

 

「Load Cartridge.」

 

 吐き出される空薬莢にカートリッジの撃鉄音。新たに得た魔力でさらに輝きを増した光の翼をはためかせて悠はさらに加速、4枚目の盾を突き破る。

 

 残る盾はあと1枚。

 残り時間は、10秒を切る。

 

 

 

「っぐ、あ…!」

 

「マスター!」

 

「大…丈夫!」

 

 はじけた魔力が身体の内で暴れまわり苦い表情を浮かべるが、それも一瞬。強くストライクハートを握りしめると悠は最後の『ラウンドシールド』と衝突する。

 

 

 

「ッ硬い!」

 

 おそらくこれまでの4枚は最後の5枚目に魔力を集中させるための時間稼ぎでしかなかったのだろう。それが分かってしまうほど、5枚目の硬さはこれまでのそれとは比較にもならなかった。

 

 火花が絶え間なく散り、金属の擦過音のような音が星が輝く宵の夜空に響き続ける。

 

 

 

「…ごめん、マシロ」

 

 静かに、だけどどこか心に響くような強さを秘めた声で悠は小さく呟く。その謝罪は、何に向けたものだったのだろうか。

 

 正体に気付けなかったことだろうか。今こうして刃を向けていることだろうか。それとも、助ける選択肢を見つけられなかったことだろうか。

 

 どれも正解かもしれないし、もしかしたらどれも違うのかもしれない。その真意は本人以外に知る由はないし、それを悠本人から聞くことは、きっと未来永劫訪れることはないだろう。

 

 

 

「どうか許さないでほしい。恨んでほしい。罪も、罰も、僕たちは刻み続ける」

 

 ストライクハートのグリップを握る力が強くなる。

 

 

 

「そして、絶対に忘れない。相良マシロという女の子が、たしかにいたんだってことを!」

 

「Load Cartridge.」

 

 弾倉に残った残り2発のカートリッジを一気に吐き出す。体を蝕む魔力を受け入れ、ただ突き進むための力へと変える。

 

 バチッと、ほんのわずかに『ストライクフレーム』が『ラウンドシールド』を突き破る。少しずつ、少しずつ、それは深くなっていき、5センチメートルほど突き破ると、『ストライクフレーム』の先端に膨大な魔力が一息に収束していく。

 

 これこそが悠の最終手段、シールドを突き破った状態での、全魔力を解放した完全ゼロ距離砲撃。自身に返ってくる反動など何も考慮していない、自爆特攻と称して差し支えない正真正銘最後の一撃。

 

 

 

 

 

「バースト…エンド!!!!!」

 

 

 

 

 

 異形の悪魔(マシロ)を音もなく呑み込んだ瑠璃色の極光が、満天の星空を衝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ッグ、ハ…!」

 

「マスター!魔力がもう限界です!すぐに降下を!」

 

「…分かってる。でもちょっとだけ、待ってくれ…!」

 

 ゼロ距離砲撃による反動ダメージに加えて魔力を一気に消費したことによる魔力欠乏症。ふらつく頭と体を気合だけで耐え抜くと悠は空を見つめる。

 

 ただの希望的観測だ。だけど、もしマシロがその自我をわずかにでも残していたならば、『魔鉱石』の魔力に完全に侵食しきっていなかったのであれば、もしかして…

 

 

 

「…!見つけた!」

 

 わずかに残された魔力で『アクセルフィン』を稼働、星が煌めく夜空の中、ひとつだけ淡く光った光源の元へ駆け出す。

 

 距離が近づくにつれてそれは人のようなシルエットを象っていく。小さな淡い光を散らしながら落ちていくその半透明の人のような何かを悠は空中で抱きとめ、その正体を確かめると急いでラミィたちの元へ戻る。

 

 悠がラミィたちの元へ辿り着くのと、悠が抱き留めた半透明となった少女───マシロが目を覚ましたのは同時の出来事だった。

 

 

 

「悠くんに…マシロちゃん!?」

 

「…あれ……ここ………」

 

「マシロちゃん!ボクたちが分かる!?」

 

「マシロちゃん…!」

 

 悠に横抱きにされたマシロはその体を薄れさせてもなお神秘的な銀眼をゆっくり開いて周りを見渡す。ラミィを、かなたを、ノエルを見て、そして…最後に悠を見た。

 

 みんなを見るその顔は、とても穏やかで、晴れやかだった。

 

 

 

「……あり、がとう……たすけて…くれ…て…」

 

「っ!ごめん、マシロ…!」

 

「…どう、して……あやまる…の…?」

 

「だって、僕は、マシロを助けることは…!」

 

 ふと、悠の懺悔の言葉が止まる。

 悠の腕の中にいたマシロが、右手をそっと悠の頬に添えていた。それは、慈しむように、泣く子をあやすように、優しいものだった。

 

 

 

「なんとなく、だけど…おぼえて、るの…。わたしが、みんなを…きずつけた、こと…」

 

「マシロ、ちゃん…!」

 

 ラミィが堪えきれないようにその金色の瞳から大粒の涙を落とし、二度三度と嗚咽を漏らす。

 それにつられるように、かなたやノエルも雫を零しマシロの手をぎゅっと握る。

 

 

 

「みんなが、とめて…くれたんでしょ…?あのまま、じゃ…きっと…おじいちゃんや…むらの、みんなまで……きずつけ、てた…から。だから…ありがとう……だよ…?」

 

 咄嗟に、言葉が見つからなかった。目の前の、今にも儚く消えてしまいそうな少女に、何を言うべきか咄嗟には思い浮かばなかった。

 少しの逡巡、零れだしそうな嗚咽をどうにか堪えて、それでも悠は一言、こう告げた。

 

 

 

「…どう、いたしまして」

 

「…うん。それと…ごめん、ね……いたかった…よね……」

 

「っ…大丈夫、だよ!ちょっと休めば…すぐ元気になるから…!」

 

「そっかあ…なら、よかった……」

 

 マシロはそこで言葉を切ると視線を悠から空へ…満天の星空へ向けた。

 ひとつ大きく目を見開くと、悠の頬へ添えていた右手で今度は服を控えめにつかむ。そこには先ほどまでの優しさではない、子ども特有の懇願するかのような姿。

 

 

 

「おにい、ちゃん…あの、ね……やくそく、って…おぼえて…る…?」

 

「…!…うん、もちろん」

 

 悠は一度マシロから視線を外しラミィたちを見る。

 そこに込められた意図に、ラミィたちはすぐに気づいた。今一度3人はマシロの手を強く握ると、ボロボロと零れ落ちる涙をそのままに優しく笑いかける。

 

 

 

「マシロちゃん、マシロちゃんのこと…絶対…忘れないから…!」

 

「マシロちゃんと遊んだ時間、すっごく楽しかったよ!だから…ありがとうね…!」

 

「マシロちゃん…向こうでも元気でね…!また、会おうね…!」

 

「…うん。ありがと…おねえちゃん……!」

 

 マシロはそう締めると悠の服を軽く引っ張る。

 それを合図に、悠はひとつ頷き、脚部に魔力消費の少ない『フライアーフィン』を展開、マシロを落とさないようにしっかりと抱きしめるとゆっくりと満天の星空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

『よかったら今日の夜にでも一緒に飛んでみる?』

 

『!…うん、うん………!』

 

 事件が起こる前の朝にマシロと約束したこと。閉鎖環境で育った彼女が希った小さくとも大きな望み。まさかこんな形で叶えることになるとは、思ってもみなかったけれど。

 

 風を切る音が鼓膜に響く。抱きしめたマシロを見てみると、体は先ほどよりも薄れてきており、零れる光もさらに儚く淡いものになっている。

 

 

 

「…怖くない?しっかりつかまっててね」

 

「…うん……あっ………!」

 

 そう言っていたのも束の間、高度はいつの間にか森を抜け、視界いっぱいに星の煌めきが映りこむ。

 

 マシロからすれば夢のような光景だろう。

 手を伸ばせば届きそうなほどに近い星々、それが瞬く間に移り変わり、頬を撫でる夜風が心地よい。

 

 縛られるものが何もない、自由を体現する無限の大空。

 

 

 

「…す、ごい……!」

 

「…そっか、ならよかった」

 

 マシロは悠の服を握りしめたままあっちこっちと指を差して懇願し、悠もまたそれを見て微笑みながら言うとおりに空を飛び回る。

 

 マシロの体から零れる光、空を飛び回りながら振りまく姿はまるで美しい蝶が鱗粉を振りまいているかのようで、どこか幻想的なその光景に地上にいた3人は顔を見合わせて笑っていた。

 

 

 

 

 

「…ねえ、おにい、ちゃん……」

 

「…どうしたの?」

 

「…わたし、ね…パパとママが、いなくなって…から……どうして…いきてる、のか……わからなかった、の…。」

 

「………」

 

 それはきっと、相良マシロという少女の、最後の独白。少女の口から紡がれる、最後の言葉。

 

 

 

「おじいちゃんは、たすけて…くれたけど…。それでも…いたくて…くるしく、て…。さいご、には……みんなを、たくさん…きずつけて……」

 

 マシロは小さく息を吐いて言葉を切ると、悠を、そしてその奥の星空を見つめる。

 

 マシロの体が、さらに薄くなる。命の灯火が消えてしまうのを示すように悠の服を握る手の力が弱くなる。もはや触れているだけとなったその手を、悠は空いている手でしっかりと握りしめた。温もりを伝えるように。最後の一瞬まで一緒にいると、そう伝えるように。

 

 

 

「ずっと、ずっと…わからな、かった……けど…。さいご、に……こうやって、おねえちゃんたちに…おくりだして…もらえて……じゆうに、そらを…とんで……。そして…おにいちゃんの…あたたかさを……かんじながら…ぱぱと、ままの…ところに、いける…。それ、だけは……とっても…うれしい……よ……」

 

 そうしてマシロは、笑顔を浮かべる。

 これ以上ないくらい幸せだと言わんばかりに。後悔も憂いも何もないと言わんばかりに。

 

 悠は、それを聞いて、自分の頬を暖かな液体が伝っていくのに気づいた。

 泣くまいと決めていた。マシロの人生を終わらせた自分に、泣く資格などないのだと、そう思っていたから。

 

 でも、一度自覚してしまうとそれはもう止めることはできなくて。溢れる感情が抑えられなくて。涙をぬぐうことはせず、悠はマシロの体を支える力を、手を握る力をさらに強めた。

 

 

 

「…ありがとう、マシロ。僕たちと…出会ってくれて。短い時間だったけど…傍にいてくれて。…マシロと過ごした時間は、紛れもなく僕の…僕たちの宝物だ」

 

 

 

「そして…マシロは、僕にとって世界で1人だけの、大事な妹だよ」

 

 それを聞いた瞬間、マシロは少しだけ驚いたような顔をして。

 そして、最後にはやっぱり笑顔を浮かべて、目を閉じた。

 

 

 

 刹那、マシロを構成していた光が弾けた。

 腕に感じていた重みが溶けて消える。手を握っていた感触が、そのかすかな温もりだけを残して儚く消えていく。

 

 その光はゆっくりと天に昇っていき、そのひとつひとつが淡く薄れて、そして消えていく。

 

 悠は、声を殺して泣いた。今この場で声をあげることは、1人の少女の旅立ちに相応しくはないと思ったから。

 

 

 

 淡い光とともに残された純白に煌めく鉱石を抱きしめて、その温もりをかみしめるように、そっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまあ、村を救ったとはいえ村人たちから謝罪されるとは思いませんでしたね…」

 

「そういうこと言わないの。人はいつだって変われる。きっかけさえあれば、ね」

 

 事件が収束してその翌日、悲しみの暮れにジェイルとマシロが過ごした家で一晩を過ごし涙を涸らして、改めて今日村長である相良クロナへ依頼達成の報告を行い、現在はその帰路の途中である。

 

 今はもうはずれの森もすっかり落ち着きを取り戻して実に静かである。戦闘で薙ぎ倒された木も一部はすでにエルフの森の祝福で生えなおっており、もう一週間もすればすっかり元通りとなるだろう。

 

 

 

 「でも、クロナさんも元気そうでよかったね。空元気…なのかもしれないけど」

 

 ラミィの言葉で思い出すのは、報告に行った際のクロナとの会話。

 

 

 

 

 

「そう、ですか。ジェイルさんが今回の事件の犯人で。そして、マシロは…」

 

「…申し訳ありません。守ると、そう決めていたのに…」

 

 時間はわずかに遡り、場所は村長であるクロナの家。クロナは悠たちから一連の報告を受けると目を掌で覆って一つ息を吐く。

 

 クロナの心中を、悠たちに推し量ることなどできないだろう。唯一残された家族の死、しかもそれが自分が善意で保護した人物の手によるものだったなど、数奇な運命にもほどがある。

 

 

 

「…ひとつだけ、お伺いしてもよろしいですか?」

 

「っはい」

 

 どんな罵倒でも、叱責でも甘んじて受け入れる。そう覚悟を決めて、悠たちはクロナの言葉を待った。だからこそ

 

 

 

「…マシロは、笑えていましたか?」

 

「───え」

 

 クロナから問われたその問いに、一瞬言葉を失った。

 

 

 

「どうでしたか?マシロは…皆さんといて、楽しそうでしたか?」

 

「えっと、はい。笑ってくれてたと、思います…」

 

「一緒に遊んでいるときも、楽しそうでした、けど…」

 

 戸惑いつつも返答を返したのは悠とかなた。当然戸惑った理由はその質問の意図が分からなかったから。

 

 クロナはそれを聞くと手元に置いてあったクロナとマシロ、そしてマシロの両親であるグレイとユウリが映った家族写真を手に取り、そっと撫でる。その顔にはどこか昔を懐かしむような色があった。

 

 

 

「グレイとユウリが亡くなってから、儂はマシロが笑ったところを終ぞ見れませんでした」

 

「あ…」

 

「昔は、ユウリに似てよく笑う子だったんです。素朴な食事に笑顔を浮かべて、庭でグレイとかけっこをすれば笑いながらグレイの背中を追いかける。優しくも、笑顔が絶えない子でした」

 

 クロナは悠たちの表情をうかがうとひとつ苦笑しながらパタンと写真立てを倒す。

 

 

 

「儂では、マシロに笑顔を取り戻すことはできなかった。きっと、儂のことも恨んでいたことでしょう。こんな仕打ちをすれば当然「…恨んではいませんでしたよ」…は…?」

 

 クロナの言葉を遮って間に入ったのはノエル。キュッと自身の胸のあたりの服を掴むと目を逸らさずに告げる。

 

 

 

「マシロちゃんは、クロナさんや村のみんなのことを案じていました。そして、傷つけなかったことに心から安堵していました。そんなマシロちゃんがクロナさんを恨んでいるなんて、絶対にないです!」

 

「………」

 

 さすがのクロナも信じられないといった顔。しかしまっすぐクロナを見つめるノエルの顔に嘘はないということもよく分かる。

 

 クロナは目尻を抑えて顔を伏せる。

 あそこまで拒絶してもなお、そう思ってくれていたマシロに、罪悪感と後悔の念、そして至上の愛が募る。押さえてもなおこぼれそうになる涙を大きく呼吸をしてどうにか押し留めると顔をあげて悠たちを見る。

 

 

 

「…まったく、そんなことを思われれば長生きしなければいけませんね。あの子の分まで」

 

「…ええ、ぜひ、そうしてください」

 

 クロナは年老いてすっかり重くなった体を「よっこいせ」と起こして立ち上がる。そして悠たちを1人ずつ見やると、深々と頭を下げた。

 

 

 

「…この度は本当に、ありがとうございました。村を救ってくれて。マシロに笑顔を取り戻してくれて。ガルナ村を代表して、マシロの祖父として、心から感謝いたします」

 

 悠たちはお互いに顔を見合わせる。するとそれぞれがふと顔をほころばせて、クロナに向き合う。

 

 

 

「「「「どういたしまして」」」」

 

 そう声を揃えて、四人は笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ねえねえ!もうお昼時だし、街に戻ったらみんなでご飯食べに行かない?お疲れ様会!」

 

 はずれの森の入り口付近、木々の奥にはすでに見慣れた建物群が乱立しており戻ってきたんだと同時に濃い2日間だったとちょっとした感慨に更けていると唐突にノエルが腕を振り上げながらそう提案してくる。

 

 見れば目をキラキラさせていて興奮していると同時にどこかテンパっているようにも見える。ノエルを除いた1年生3人組は顔を寄せ合ってしゃがみ込むと小声で密談を開始する。

 

 

 

「…どう思う?」

 

「自分が持ってきた依頼であの事件と遭遇したから気を使ってる…とか?」

 

「いや、これは元から計画していたのを意気揚々と提案したはいいけどあんな事件の後だからタイミングを間違えたと思って狼狽えていると見た」

 

 上から順に悠、ラミィ、かなたである。

 

 

 

「全部聞こえてるんやけど!?」

 

「おっとしまった」

 

 もちろんすべてわざとである。

 

 「もー!」と揶揄われたことに怒ったノエルが固まっていた3人のところへダイブし、その細いながらも力強い両腕で3人まとめて抱きしめた。意図せずおしくらまんじゅうのような状態になった4人はしゃがんだままで体勢が安定しなかったのかバランスを崩して仲良く倒れこむ。

 

 わずかな静寂。

 しかしその次の瞬間には、おかしさからそれぞれが笑い声を上げる。

 

 

 

「それじゃ、はやくいきましょ!」

 

「わ、待ってよかなたちゃん!」

 

「あー!団長が発案したんやけどー!?」

 

 森の外へ駆け出す3人を見て、悠はひとつ苦笑を浮かべる。

 

 ふと、風が森の奥から吹き抜けた。少し冷たい乾いた春風が、葉擦れの音を届ける。

 クスクスと、小さな子どもが笑っているかのような、そんな葉擦れの音が。





ねえ、パパ、ママ。

はなしたいことが、たくさんあるんだ。

えへへ、それはね…



───わたしたちをたすけてくれた、わたしだけのおにいちゃんとおねえちゃんのはなし!
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